説明

車両用液圧マスタシリンダ及び車両用液圧マスタシリンダにおけるシール溝の加工方法

【課題】シール溝のシリンダ孔開口部側面の内周部を良好に面取りして、カップシールの喰われを抑制すると共に、面取り部分の加工を容易にし、作業性の向上を図る。
【解決手段】シリンダ孔3の内周面に形成され、第1カップシール11を嵌着する第1シール溝13は、シリンダ孔周方向のシール溝底面と、シリンダ孔底部側面と、シリンダ孔開口部側面と、プランジャ側に開口したシール溝開口とを備える。シリンダ孔開口部側面の内周部に、シリンダ孔開口部側面の内周部に連続してR形状に面取りしたR形状部と、R形状部のシリンダ孔開口部側端部からシリンダ孔3の内周面に向けてシリンダ孔開口部側が次第に縮径するテーパー状に面取りしたテーパー部とを有する面取り部を備える。第1シール溝13は、シール溝形成刃と、面取り部切削刃とを一体に備えた切削具を用いて切削する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用液圧マスタシリンダ及び車両用液圧マスタシリンダにおけるシール溝の加工方法に関し、詳しくは、プランジャをシリンダ孔に移動可能にシールするカップシールを嵌着するシール溝及びその加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両用液圧マスタシリンダとして、プランジャを移動可能に内挿したシリンダ孔の内周面に環状のシール溝を形成し、該シール溝に、シリンダ孔とプランジャとの間を摺動可能にシールするカップシールを嵌着することが広く行われている。一般に、前記シール溝は、周方向のシール溝底面と、シリンダ孔底部側面と、シリンダ孔開口部側面と、プランジャ側に開口したシール溝開口とを有しており、前記カップシールは、シール溝のシリンダ孔開口部側に配置される基部と、該基部の内周側からシリンダ孔底部に向かって延設され、内周面がプランジャの外周面に摺動する内周リップ部と、基部の外周側から同じくシリンダ孔底部に向かって延設され、外周面が前記シール溝底面に当接する外周リップ部とを備えている。また、カップシールの基部は外周側約1/2が、シール溝のシリンダ孔開口部側面に当接し、内周側約1/2には、内周に向かうに従ってシリンダ孔開口部側面から漸次離れる方向で、シリンダ孔の径方向の面に対して鋭角に交差する円錐面からなる面圧調整面が形成され、非作動状態では、面圧調整面とシリンダ孔開口部側面とが当接しないように形成されると共に、シール溝のシリンダ孔開口部側面の内周部をR形状に面取りしてシリンダ孔の内周面に繋げ、作動時にカップシールがシリンダ孔内周面とプランジャとの間に噛み込まれて喰われることを防止したものがあった(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−71406号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上述のシール溝は、シリンダ孔開口部側面の内周部をR形状に面取りしてシリンダ孔の内周面に繋げるようにしているが、シール溝を形成した後にシリンダ孔開口部側面の内周部角部をR形状に面取りする加工は、切削する刃物のシリンダ径方向への送り量を精度良く管理して加工しなければならないことから、加工に手間が掛かっていた。また、R形状部とシリンダ孔内周面とが連続する部分に角部が形成されてしまうと、この角部でカップシールを傷めることがあった。
【0005】
そこで本発明は、シール溝のシリンダ孔開口部側面の内周部を良好に面取りして、カップシールの喰われを抑制すると共に、面取り部分の加工を容易にし、作業性の向上を図ることができる車両用液圧マスタシリンダのシール溝及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の車両用液圧マスタシリンダは、シリンダ本体に形成したシリンダ孔の内周面に、該シリンダ孔に内挿されるプランジャを摺動可能にシールするカップシールを嵌着するシール溝を形成した両用液圧マスタシリンダにおいて、前記シール溝は、シリンダ孔周方向のシール溝底面と、シリンダ孔底部側面と、シリンダ孔開口部側面と、プランジャ側に開口したシール溝開口とを有すると共に、前記シリンダ孔開口部側面の内周部に、該シリンダ孔開口部側面の内周部に連続してR形状に面取りしたR形状部と、該R形状部のシリンダ孔開口部側端部からシリンダ孔の内周面に向けてシリンダ孔開口部側が次第に縮径するテーパー状に面取りした内周側のテーパー部とを有する面取り部を備えていることを特徴とし、前記シール溝の前記シリンダ孔開口部側面に、該シリンダ孔開口部側面に連続して、シール溝開口に向けて次第にシリンダ孔開口部側に向けて傾斜し、前記R形状部に至る外周側のテーパー部を設けることもできる。
【0007】
また、本発明の車両用液圧マスタシリンダにおけるシール溝の加工方法は、回転軸の先端部に、前記シール溝底面、前記シリンダ孔底部側面及び前記シリンダ孔開口部側面を切削するシール溝形成刃と、前記R形状部及び前記テーパー部を切削する面取り部切削刃とを一体に備えた切削具を使用し、該切削具の回転軸をシリンダ孔の軸線と平行にしてシリンダ孔内に挿入した後、シール溝形成刃及び面取り部切削刃を回転させた状態で、回転軸をシリンダ孔周壁方向に移動させると共に、シリンダ孔の内周面に沿って周方向に移動させて前記シール溝と前記面取り部とを同時に切削加工することを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明の車両用液圧マスタシリンダによれば、シール溝におけるシリンダ孔開口部側面の内周部とシリンダ孔内周面とを、面取り部のR形状部とテーパー部とによって極力なだらかな状態で繋ぐことができることから、カップシールの喰われを抑えることができる。また、R形状部とシリンダ孔内周面との間に内周側のテーパー部を設けることにより、面取り部分の加工を容易にし、作業性の向上を図ることができる。
【0009】
さらに、シール溝のシリンダ孔開口部側面に、該シリンダ孔開口部側面に連続して、シール溝開口に向けて次第にシリンダ孔開口部側に向けて傾斜し、R形状部に至る外周側のテーパー部を設けることにより、シール溝の面取り部とカップシールとの間に形成される隙間を大きく設定することができ、カップシールが液圧を受けた際に、カップシールの変形を前記隙間に良好に逃がすことができ応力を分散させることができる。
【0010】
また、本発明の車両用液圧マスタシリンダにおけるシール溝の加工方法によれば、前記シール溝底面、前記シリンダ孔底部側面及び前記シリンダ孔開口部側面を切削するシール溝形成刃と、前記R形状部及び前記テーパー部を切削する面取り部切削刃とを一体に備えた切削具を用いて切削加工することにより、切削加工時に、切削具のシリンダ径方向への送り量を厳しく管理することなく、シール溝と同時に面取り部を良好に形成することができ、加工性及び作業性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の第1形態例を示す車両用液圧マスタシリンダの断面図である。
【図2】同じく車両用液圧マスタシリンダの要部拡大断面図である。
【図3】シール溝を切削加工する工程を示す説明図である。
【図4】本発明の第2形態例を示す車両用液圧マスタシリンダの要部拡大断面図である。
【図5】本発明の第3形態例を示すシール溝の要部拡大説明図である。
【図6】本発明の第4形態例を示す車両用液圧マスタシリンダの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1乃至図3は本発明の車両用液圧マスタシリンダの第1形態例を示す図である。この液圧マスタシリンダ1は、シリンダ本体2に有底のシリンダ孔3が形成され、シリンダ孔3の底部3aの上部外側にはシリンダ孔3の中心軸CL1と平行な方向にユニオンボス部2aが突設され、該ユニオンボス部2aにユニオン孔4が形成されている。シリンダ本体2の上部には、シリンダ孔3に連通する液通孔5を備えたボス部2bが突設され、該ボス部2bには、シール部材6を介してリザーバ(図示せず)に連結されるコネクタ7が取り付けられる。さらに、シリンダ本体2の下部には、車体取付用の取付ブラケット2c,2cが突設されると共に、シリンダ孔開口側には、プッシュロッド8の先端側が挿入される大径孔9を備えた大径筒部2dが連設されている。
【0013】
シリンダ孔3には、プランジャ10が第1カップシール11と第2カップシール12とを介して摺動可能に内挿され、第1カップシール11は、前記液通孔5よりもシリンダ孔底部側のシリンダ孔3の内周面3bに形成される第1シール溝13に、第2カップシール12は、液通孔5よりもシリンダ孔開口側のシリンダ孔3の内周面3bに形成される第2シール溝14にそれぞれ嵌着されている。また、第1シール溝13と第2シール溝14との間のシリンダ孔3の内周面3bには、前記液通孔5に連続する補給油室15が形成されている。
【0014】
プランジャ10は、シリンダ孔底部側に開口する凹部10aを有する有底筒状に形成され、前記凹部10aとシリンダ孔3の底部3aとの間に液圧室16が画成されている。また、凹部10aの底面とシリンダ孔3の底面との間には、非作動状態のプランジャ10を予め設定された所定の初期位置に復帰させるリターンスプリング17が配置され、該リターンスプリング17の一端が凹部10aの底面に、他端がシリンダ孔3の底面にそれぞれ着座している。また、プランジャ10のシリンダ孔開口側の外面には、プランジャ10を押動させる前記プッシュロッド8が当接する球状凹部10bが形成されている。さらに、凹部10aの周壁には、該周壁の内外を貫通し、非作動状態の初期位置で、液圧室16と補給油室15とを連通する小径の連通ポート10cが周方向に複数形成されている。プッシュロッド8は、前記球状凹部10bに当接する半球状の大径頭部8aが、前記大径孔9からシリンダ孔3内へ差し込まれ、大径孔9の内周に形成した係着溝9aに係着した止め輪18とリテーナ19とで抜け止めされている。
【0015】
ユニオン孔4は、軸線がシリンダ孔3の中心軸CL1と平行に形成され、シリンダ孔3の底面における前記リターンスプリング17の他端が着座する座面よりも外周側上方に開口している。また、液通孔5は、シリンダ孔の中心軸CL1と直交する方向に形成されている。
【0016】
シリンダ孔底部側の第1シール溝13は、シリンダ孔周方向のシール溝底面13aと、シリンダ孔底部側面13bと、シリンダ孔開口部側面13cと、プランジャ側に開口したシール溝開口13dとを有すると共に、シリンダ孔開口部側面13cの内周部には、該シリンダ孔開口部側面13cに連続してR形状(曲面状)に面取りしたR形状部13eと、該R形状部13eのシリンダ孔開口部側端部からシリンダ孔3の内周面3bに向けてシリンダ孔開口部側が次第に縮径するテーパー状に面取りしたテーパー部13fとを有する面取り部13gが形成されている。
【0017】
シリンダ孔底部側の第1カップシール11は、前記第1シール溝13のシリンダ孔開口部側に配置される基部11aと、該基部11aの内周側からシリンダ孔底部に向かってシール溝開口13dに沿って延設され、その内周面がプランジャ10の外周面に摺接する内周リップ部11bと、基部11aの外周側から同じくシリンダ孔底部に向かって延設され、その先端部の外周面がシール溝底面13aの中央部に当接する外周リップ部11cと、内周リップ部11bの外周リップ側先端から周方向に一定の間隔を開けて等間隔でシリンダ孔底部に向かって突設され、先端がシリンダ孔底部側面13bの内周部に当接する複数の弾性突片11dとを備えている。
【0018】
さらに、第1シール溝13のシリンダ孔開口部側面13cに対向する前記基部11aの基端面11eは、該基端面11eの外周側の径方向約1/2がシリンダ孔開口部側に向けて突出しており、第1カップシール11を第1シール溝13に嵌着したときに、シリンダ孔開口部側面13cの外周側であるシール溝底面13a側の部分に面接触する当接面11fとなっている。一方、基端面11eの内周側であるシール溝開口13d側の径方向約1/2は、当接面11fから内周に向かうに従ってシリンダ孔開口部側面13cから漸次離れる方向で、シリンダ孔3の径方向の面に対して鋭角に交差する円錐面からなる面圧調整面11gとなっている。この面圧調整面11gは、液圧マスタシリンダ1の非作動状態で、前記シリンダ孔開口部側面13cの内周側約1/2に形成した面取り部13gとを非接触状態として隙間E1を形成し、液圧マスタシリンダ1の作動状態では、液圧室16の液圧上昇に伴って基部11aが変形することにより、前記シリンダ孔開口部側面13cの内周側約1/2の面取り部13gと、前記基端面11eの内周側約1/2の面圧調整面11gとが圧接した状態になるように形成されている。
【0019】
また、前記当接面11fから前記弾性突片11dの先端部までの長さ寸法は、第1シール溝13の軸方向の長さ寸法よりも大きく形成され、第1カップシール11を第1シール溝13に嵌着した際に、弾性突片11dの先端部が内周のプランジャ側に撓んだ状態で第1シール溝13のシリンダ孔底部側面13bに当接する。一方、前記当接面11fから外周リップ部11cの先端面までの長さ寸法は、第1シール溝13の軸方向の長さ寸法よりも小さく形成され、第1カップシール11を第1シール溝13に嵌着した際に、外周リップ部11cの先端は自由状態であり、制動解除時の作動液の流れを妨げないように、内周リップ部側に撓みやすい構造となっている。
【0020】
さらに、第1カップシール11の面圧調整面11gの起点部P1と、第1シール溝13の面取り部13gの起点部P2とは、非作動時に、前記当接面11fの最も外周側の基部外周側当接部P3のシリンダ半径方向の位置L1と、前記弾性突片11dがシリンダ孔底部側面13bに当接する弾性突片当接部P4のシリンダ半径方向の位置L2との間に配置され、さらに、面取り部13gの起点部P2のシリンダ半径方向の位置は、面圧調整面11gの起点部P1のシリンダ半径方向の位置よりもシリンダ半径方向外側となるようにそれぞれ形成されている。
【0021】
一方、シリンダ孔開口側の第2シール溝14は、シリンダ孔周方向のシール溝底面14aと、シリンダ孔底部側面14bと、シリンダ孔開口部側面14cと、プランジャ側に開口したシール溝開口14dとを有している。この第2シール溝14に嵌着されるシリンダ孔開口側の第2カップシール12は、第2シール溝14のシリンダ孔開口部側に配置される基部12aと、該基部12aの内周側からシリンダ孔底部に向かって延設され、内周面がプランジャ10の外周面に摺動する内周リップ部12bと、基部12aの外周側から同じくシリンダ孔底部に向かって延設され、外周面が前記シール溝底面14aに当接する外周リップ部12cとを備えている。内周リップ部12bと外周リップ部12cの径方向の寸法は、略同一の肉厚に形成されると共に、基部12aから外周リップ部12cの先端までの寸法が、第2シール溝14の軸方向の長さと同一か僅かに長い寸法となっており、基部12aから内周リップ部12bの先端までの寸法は、第2シール溝14の軸方向の長さ寸法よりも短い寸法となっている。
【0022】
このように形成された液圧マスタシリンダ1は、図1及び図2に示されるように、非作動時には、リターンスプリング17の弾発力によって、プランジャ10の連通ポート10cが第1カップシール11よりもシリンダ孔開口側に位置する初期位置に保持され、連通ポート10cを介して液圧室16と補給油室15とが連通し、リザーバと液圧室16との間を、液通孔5,補給油室15及び複数の連通ポート10cを介して作動液が流通可能な状態となっている。第1カップシール11は、基部11aが第1シール溝13のシリンダ孔開口部側面13cに、内周リップ部11bがプランジャ10の外周面に、外周リップ部11cがシール溝底面13aにそれぞれ当接すると共に、第1シール溝13の面取り部13gと、第1カップシール11の面圧調整面11gとの間には隙間E1が形成された状態になっている。第2カップシール12は、基部12aが第2シール溝14のシリンダ孔開口部側面14cに、内周リップ部12bがプランジャ10の外周面に、外周リップ部12cがシール溝底面14aにそれぞれ密着し、外気がシリンダ孔内に浸入したり、作動液が外部に漏れ出したりすることを防止している。
【0023】
制動時に、プッシュロッド8がプランジャ10をシリンダ孔底部側に押動すると、プランジャ10がリターンスプリング17を圧縮しながらシリンダ孔3内をシリンダ孔底部方向へ前進し、連通ポート10cが第1カップシール11を通過し、液圧室16と補給油室15との連通状態が遮断された時点から液圧室16に液圧が発生し始め、昇圧された作動液は、ユニオン孔4を通ってブレーキ系統へ供給される。このとき、ユニオン孔4がシリンダ孔3の底部3aに開口しているので、作動時にプランジャ10がユニオン孔4を塞ぐことがなく、従来のように、シリンダ孔3の内周壁に拡張溝を設ける必要がないことから、プランジャ10の径が同じ場合に、プランジャ10のストローク量を小さくすることができ、液圧マスタシリンダ1の軸方向の長さを短く抑えることができる。
【0024】
制動時における第1カップシール11は、液圧室16側から液圧を受けることによって基部11aがシリンダ孔開口側に変形するが、第1シール溝13に、シリンダ孔開口部側面13cからシリンダ孔内周面3bに緩やかに連続する形状の面取り部13gを形成し、第1カップシール11の面圧調整面11gの起点部P1と、第1シール溝13の面取り部13gの起点部P2とは、非作動時に、前記当接面11fの最も外周側の基部外周側当接部P3のシリンダ半径方向の位置L1と、前記弾性突片11dがシリンダ孔底部側面13bに当接する弾性突片当接部P4のシリンダ半径方向の位置L2との間に配置されていることから、面圧調整面11gの起点部P1から、プランジャ10の外周面までの長さを長くすることができると共に、非作動時に面取り部13gと面圧調整面11gとの間に形成される隙間E1を大きく形成することができる。これにより、液圧の掛かった第1カップシール11の変形を隙間E1に良好に逃がし、応力を分散させることができ、制動時及び制動解除時に、第1カップシール11の基部11a内周部がシリンダ孔3の内周面3bとプランジャ10の外周面との間に噛み込まれて喰われることを防止することができ、プランジャ10の移動を円滑にできると共に、第1カップシール11の耐久性を向上させることができる。さらに、面圧調整面11gの起点部P1と面取り部13gの起点部P2とは、基部外周側当接部P3のシリンダ半径方向の位置L1と、弾性突片当接部P4のシリンダ半径方向の位置L2との間に配置されることにより、作動時に液圧の掛かった第1カップシール11が倒れることを防止できる。
【0025】
制動を解除すると、リターンスプリング17の弾発力により、プランジャ10が初期位置まで復帰する。このとき、プランジャ10がシリンダ孔開口側に移動する際に、第1カップシール11の外周リップ部11cが撓むことによって作動液が補給油室15側から液圧室16に良好に流れ込み、さらに、プランジャ10がシリンダ孔開口側に移動して連通ポート10cが第1カップシール11を通過すると、液圧室16と補給油室15とが連通状態になり、作動液がリザーバから液圧室16に良好に流れ込むので、プランジャ10を円滑かつ確実に初期位置に復帰させることができる。
【0026】
また、このように形成した車両用液圧マスタシリンダ1を、例えばブレーキ制御機構を備えたブレーキシステムの車両用液圧マスタシリンダに適用した場合、ブレーキ制御機構の作動時に、液圧やプランジャ10の戻り方向の力に変化が生じても、第1カップシール11の基部11aは、隙間E1に良好な状態で逃げることができ、喰われを抑制することができる。
【0027】
次に、上述のような車両用液圧マスタシリンダ1の製造方法について説明する。図3に示されるように、鋳造後のシリンダ本体2には、シリンダ孔3の開口側に大径孔9と係着溝9aとが切削加工され、シリンダ孔3の内周面が切削加工されると共に、ユニオンボス部2aにシリンダ軸線方向のユニオン孔4がシリンダ孔3の底部に開口するように穿設される。また、ボス部2bには、シリンダ軸と直交方向の液通孔5がシリンダ孔3の周壁に開口するように穿設される。次いで、シリンダ孔3の内周面に第1シール溝13と第2シール溝14とが切削加工される。
【0028】
第1シール溝13の切削加工は、図3に示されるような切削具20を用いて加工される。切削具20は、回転軸20aの先端に、シール溝底面13a、シリンダ孔底部側面13b及びシリンダ孔開口部側面13cを切削するシール溝形成刃20bと、R形状部13e及びテーパー部13fを切削する面取り部切削刃20cとを一体に備えている。この切削具20を、図3(A)に示されるように、回転軸20aをシリンダ孔の中心軸CL1と平行にしてシリンダ孔内に挿入した後、図3(B)に示されるように、シール溝形成刃20b及び面取り部切削刃20cを回転させた状態で、シリンダ孔周壁方向に予め設定された距離だけ径方向に移動させると共に、シリンダ孔の内周面に沿って周方向に移動させる。これにより、シリンダ孔3の内周面の所定位置に、第1シール溝13と、面取り部13gとなるR形状部13eとテーパー部13fとが同時に切削加工される。
【0029】
本形態例では、上述のように、ユニオン孔4の切削加工の方向を、シリンダ孔3の切削加工の方向と同一にすることができることから、シリンダ孔3の切削加工の工程とユニオン孔4の切削加工の工程とを1つの工程で行うことができ、加工性の向上を図ることができる。さらに、第1シール溝13の切削加工は、R形状部13eとテーパー部13fとを切削する面取り部切削刃20cとを一体に備えた切削具20を用いることにより、切削具20のシリンダ径方向の送り量を厳しく管理することなく、第1シール溝13と面取り部13gとを簡単かつ良好に切削加工することができ、コストの低減化を図ることができる。
【0030】
図4乃至図6は、本発明の他の形態例を示し、第1形態例と同様の構成要素を示すものには、同一の符号をそれぞれ付して、その詳細な説明は省略する。
【0031】
図4は、本発明の第2形態例を示し、本形態例では、面圧調整面11gの起点部P1と、面取り部13gの起点部P2とを同位置としている。これにより、基部11aの面圧調整面11gが面取り部13gの形状に沿って緩やかに変形し、基部11aの変形を隙間E1に良好な状態で逃がすことができる。
【0032】
図5は、本発明の第3形態例を示し、本形態例のシリンダ孔開口部側面13cの内周部に設けられる面取り部13hは、シリンダ孔開口部側面13cに連続してシール溝開口13dに向けて次第にシリンダ孔開口部側に向けて傾斜する第1テーパー部13i(外周側のテーパー部)と、該第1テーパー部13iに連続してR形状(曲面状)に面取りしたR形状部13kと、該R形状部13kのシリンダ孔開口部側端部からシリンダ孔開口部側に向けてシリンダ孔開口部側が次第に縮径するテーパー状に面取りした第2テーパー部13m(内周側のテーパー部)とを有している。
【0033】
尚、R形状部13kは、第1テーパー部13iの延長線EL1と、第2テーパ部13mの延長線EL2とが交差する内側部分をR形状に面取りすることで形成される。また、面取り部13hの切削加工は、回転軸20aの先端に、シール溝底面13a、シリンダ孔底部側面13b及びシリンダ孔開口部側面13cを切削するシール溝形成刃20bと、第1テーパー部13i,R形状部13k,第2テーパー部13mを切削する面取り部切削刃20cとを一体に備えた切削具20を用いて、加工することができる。
【0034】
本形態例では、第1テーパー部13iを設けることにより、前記面取り部13hと、第1カップシール11の面圧調整面11gとの間の隙間E1を大きくし、液圧を受けた際に第1カップシール11の基部11aの変形を隙間E1に良好に逃がすことができ、応力を分散させることができる。
【0035】
図6は、本発明の第4形態例を示し、本形態例の液圧マスタシリンダ1は、シリンダ孔3の底部3aの上部側にシリンダ孔3の中心軸CL1と直交する方向にユニオンボス部2eを突設し、該ユニオンボス部2eに、シリンダ孔の中心軸CL1と直交する方向で、液通孔5と平行な方向にユニオン孔21を形成し、該ユニオン孔21の先端部一側をシリンダ孔3の底部3aに開口させている。本形態例では、ユニオン孔21の切削加工の方向が、液通孔5の切削加工の方向と同一となることから、ユニオン孔21と液通孔5とを1つの工程で行うことができ、加工性の向上を図ることができる。
【0036】
尚、本発明は上述の各形態例に限るものではなく、2つのプランジャを備えたタンデム型の液圧マスタシリンダのシリンダ孔底部側に配置されるシール溝にも適用することができる。また、カップシールの形状は上述の形態例に限るものではなく、面圧調整面の起点部と、面取り部の起点部とが同位置に配置されていなくても良く、また、カップシールの基部に面圧調整面を備えていないものでも良い。さらに、ユニオン孔の位置は上述の各形態例に限るものではなく、液圧室に開口していればよい。
【符号の説明】
【0037】
1…液圧マスタシリンダ、2…シリンダ本体、2a…ユニオンボス部、2b…ボス部、2c…車体取付ブラケット、2d…大径筒部、3…シリンダ孔、3a…底部、3b…内周面、4…ユニオン孔、5…液通孔、6…シール部材、7…コネクタ、8…プッシュロッド、8a…大径頭部、9…大径孔、9a…係着溝、10…プランジャ、10a…有底凹部、10b…球状凹部、10c…連通ポート、11…第1カップシール、11a…基部、11b…内周リップ部、11c…外周リップ部、11d…弾性突片、11e…基端面、11f…当接面、11g…面圧調整面、12…第2カップシール、12a…基部、12b…内周リップ部、12c…外周リップ部、13…第1シール溝、13a…シール溝底面、13b…シリンダ孔底部側面、13c…シリンダ孔開口部側面、13d…シール溝開口、13e…R形状部、13f…テーパー部、13g…面取り部、13h…面取り部、13i…第1テーパー部、13k…R形状部、13m…第2テーパー部、14…第2シール溝、14a…シール溝底面、14b…シリンダ孔底部側面、14c…シリンダ孔開口部側面、14d…シール溝開口、15…補給油室、16…液圧室、17…リターンスプリング、18…止め輪、19…リテーナ、20…切削具、20a…回転軸、20b…シール溝切削刃、20c…面取り部切削刃、21…ユニオン孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ本体に形成したシリンダ孔の内周面に、該シリンダ孔に内挿されるプランジャを摺動可能にシールするカップシールを嵌着するシール溝を形成した両用液圧マスタシリンダにおいて、前記シール溝は、シリンダ孔周方向のシール溝底面と、シリンダ孔底部側面と、シリンダ孔開口部側面と、プランジャ側に開口したシール溝開口とを有すると共に、前記シリンダ孔開口部側面の内周部に、該シリンダ孔開口部側面の内周部に連続してR形状に面取りしたR形状部と、該R形状部のシリンダ孔開口部側端部からシリンダ孔の内周面に向けてシリンダ孔開口部側が次第に縮径するテーパー状に面取りした内周側のテーパー部とを有する面取り部を備えていることを特徴とする車両用液圧マスタシリンダ。
【請求項2】
前記シール溝の前記シリンダ孔開口部側面に、該シリンダ孔開口部側面に連続して、シール溝開口13dに向けて次第にシリンダ孔開口部側に向けて傾斜し、前記R形状部に至る外周側のテーパー部を設けたことを特徴とする請求項1記載の車両用液圧マスタシリンダ。
【請求項3】
請求項1または2記載の車両用液圧マスタシリンダにおけるシール溝の加工方法において、回転軸の先端部に、前記シール溝底面、前記シリンダ孔底部側面及び前記シリンダ孔開口部側面を切削するシール溝形成刃と、前記R形状部及び前記テーパー部を切削する面取り部切削刃とを一体に備えた切削具を使用し、該切削具の回転軸をシリンダ孔の軸線と平行にしてシリンダ孔内に挿入した後、シール溝形成刃及び面取り部切削刃を回転させた状態で、回転軸をシリンダ孔周壁方向に移動させると共に、シリンダ孔の内周面に沿って周方向に移動させて前記シール溝と前記面取り部とを同時に切削加工することを特徴とする車両用液圧マスタシリンダにおけるシール溝の加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−166586(P2012−166586A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−26761(P2011−26761)
【出願日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【出願人】(000226677)日信工業株式会社 (840)
【Fターム(参考)】