説明

車両駆動装置

【課題】車両発進時に摩擦クラッチの仕事量を制限することによって熱エネルギの発生を抑制し、摩擦クラッチの耐久性能を従来よりも向上した車両駆動装置を提供する。
【解決手段】エンジン2と、駆動側部材61、従動側部材62、及びアクチュエータ63を有する摩擦クラッチ6と、エンジン2の出力回転数の目標値を設定して実際の出力回転数が一致するようにエンジン2を制御し、かつ摩擦クラッチ6のアクチュエータ63を制御する制御部7と、を備える車両駆動装置1であって、摩擦クラッチ6の温度を実測または推測するクラッチ温度検出手段(吸気温度センサ5)をさらに備え、制御部7は、車両発進時のアクセルペダルの操作量及び摩擦クラッチ6の温度に基づいて出力回転数の目標値を設定する発進時制御手段71を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両駆動装置に関し、より詳細には、摩擦クラッチの耐久性能を向上した車両駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両のパワートレーンの途中、一般的にはエンジンと変速機の間に、トルクの伝達を継断するクラッチ装置が用いられる。代表的なクラッチ装置として、摩擦面に摩擦材(フェーシングやライニングと称される)を有する従動側プレートが駆動側プレートに摩擦摺動して継合する摩擦クラッチ装置がある。摩擦クラッチ装置は、油などの冷却液を摩擦面に供給する湿式と、空気による冷却に頼る乾式とに細分される。また、操作方式には、運転者がクラッチペダルを踏み込むことによって駆動される方式と、アクチュエータによって駆動される自動式とがある。乾式摩擦クラッチ装置で、クラッチ継断動作を繰り返すと摩擦材が摩耗し、毎回の動作特性や長期的な耐久性能に影響を及ぼす。
【0003】
このような摩擦材の摩耗の影響を自動的に補償し、あるいは低減するための手段を組み込んだクラッチ装置が提案されている。例えば、特許文献1に開示されたハイブリッド車両の駆動装置は、クラッチアクチュエータの動作量であるストローク値に基づいて、クラッチ締結/開放を制御するクラッチ制御手段を備えている。そして、クラッチ制御装手段は、クラッチ完全締結時のストローク値を制御の基準点とし、毎回の締結動作時にリアルタイムで基準点を計測し、基準点を補正することを特徴としている。これにより、クラッチフェーシングの摩耗進行度合いにかかわらず、摩擦クラッチの締結/開放の制御精度が安定して確保される、とされている。
【0004】
また、特許文献2には、摩擦係合することによって両回転部材間での駆動力伝達を行う駆動力伝達装置が開示されており、摩擦係合する摺動面の一方に非晶質構造を有するダイヤモンド状炭素薄膜を施したことを特徴としている。これにより、摩耗が起こりにくく、耐久性がよくなる、とされている。摩擦材の材質に関しては、特許文献2に限定されず、他にも各種の提案がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−143365号公報
【特許文献2】特開2006−250364号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1の技術は、摩擦クラッチの毎回の動作特性を安定化する効果があるが、摩擦材の摩耗量を低減することはできず、耐久性能は改善されない。また、特許文献2の技術は、摩擦クラッチの摩擦材の材質を選定することで摩耗量を低減できるが、摩耗による耐久性能の低下が全く生じないわけではない。一般的に、摩擦材の摩耗量及び発熱量は、摩擦クラッチが継合動作するときの仕事量に大きく影響される。つまり、継合動作時に伝達されるクラッチトルクと回転数差との積を継合動作時間にわたって積分した仕事量が大きければ、摩擦材の摩耗量及び発熱量は大きくなる。周知のように、車両発進時の継合動作でクラッチの仕事量は大きく、アクセルペダルが大きく踏み込まれた急発進時には仕事量が特に大きくなる。この場合、摩擦クラッチの駆動側部材と従動側部材との同期回転が達成されてロックアップ状態になるまでに多量の熱エネルギが発生し、耐久性能に影響を与えるおそれがあり、特に初期温度が高いとおそれが増加する。
【0007】
本発明は上記背景技術の問題点に鑑みてなされたものであり、車両発進時に必要に応じて摩擦クラッチの仕事量を制限して熱エネルギの発生を抑制し、摩擦クラッチの耐久性能を従来よりも向上した車両駆動装置を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の車両駆動装置は、エンジンと、前記エンジンの出力軸に回転連結された駆動側部材、駆動輪に回転連結されかつ前記駆動側部材と摩擦継合及び離間する従動側部材、及び前記駆動側部材と前記従動側部材との摩擦継合及び離間を駆動するアクチュエータを有して、前記駆動側部材から前記従動側部材へのトルクの伝達を継断する摩擦クラッチと、アクセルペダルの操作量を含む車両の状態に基づいて前記エンジンの出力軸の出力回転数の目標値を設定し、前記出力回転数の目標値に実際の出力回転数が一致するように前記エンジンを制御し、かつ前記摩擦クラッチの前記アクチュエータを制御する制御部と、を備える車両駆動装置であって、前記摩擦クラッチの温度を実測または推測するクラッチ温度検出手段をさらに備え、前記制御部は、車両発進時の前記アクセルペダルの操作量及び前記摩擦クラッチの温度に基づいて前記出力回転数の目標値を設定する発進時制御手段を有する。
【0009】
さらに、前記発進時制御手段は、車両発進時の前記摩擦クラッチの温度が高いほど前記エンジンの出力軸の出力回転数の目標値を低く設定することが好ましい。
【0010】
さらに、前記発進時制御手段は、前記摩擦クラッチの温度が耐久性能に影響を与えない上限許容温度内に収まるように前記エンジンの出力軸の出力回転数の目標値を設定することが好ましい。
【0011】
さらに、前記発進時制御手段は、車両発進時の前記エンジンの出力軸の出力回転数の目標値と、前記アクセルペダルが操作されてから前記摩擦クラッチの前記駆動側部材と前記従動側部材とが同期回転に達するまでのロックアップ時間内に摩擦クラッチが為す仕事量との関係、ならびに、前記仕事量と摩擦クラッチの温度上昇分との関係を把握しており、車両発進時の前記摩擦クラッチの温度に前記温度上昇分を加算しても前記上限許容温度内に収まるように、前記2つの関係に基づいて前記エンジンの出力軸の出力回転数の目標値を設定することが好ましい。
【0012】
また、前記エンジンは、吸気量を調整するスロットルバルブを有し、前記制御部は前記スロットルバルブの開度を調整して前記実際の出力回転数を制御するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の車両駆動装置は、エンジン及び摩擦クラッチ及び制御部に加えて、摩擦クラッチの温度を実測または推測するクラッチ温度検出手段をさらに備え、制御部は、車両発進時のアクセルペダルの操作量及び摩擦クラッチの温度に基づいてエンジンの出力軸の出力回転数(以降ではエンジン出力回転数と略記する)の目標値を設定する発進時制御手段を有する。つまり、車両発進時のエンジン出力回転数の制御に際して、従来考慮していなかった摩擦クラッチの温度を考慮するようにした。したがって、車両発進時にアクセルペダルの操作量が大きくかつ摩擦クラッチの温度が高いときに、エンジン出力回転数の目標値を低く設定して摩擦クラッチの仕事量を制限でき、熱エネルギの発生を抑制できる。また、アクセルペダルの操作量が小さいときや、アクセルペダルの操作量が大きくても摩擦クラッチの温度が十分低いときには、摩擦クラッチの仕事量を制限せず、アクセルペダルの操作量に対応するエンジン出力回転数の目標値を設定し、このとき運転者の要求に見合った発進動作を行うことができる。
【0014】
さらに、摩擦クラッチの温度が高いほどエンジン出力回転数の目標値を低く設定する態様では、車両発進時に摩擦クラッチで発生する熱エネルギを適正に調整できるので、摩擦クラッチの温度が過大に上昇せず、耐久性能が従来よりも向上する。
【0015】
さらに、摩擦クラッチの温度が耐久性能に影響を与えない上限許容温度内に収まるようにエンジン出力回転数の目標値を設定する態様では、摩擦クラッチの温度を上限許容温度以下に保つことができ、耐久性能が従来よりも確実に向上する。
【0016】
さらに、車両発進時のエンジン出力回転数の目標値と摩擦クラッチが為す仕事量との関係、ならびに、仕事量と摩擦クラッチの温度上昇分との関係を把握して、摩擦クラッチの温度が上限許容温度内に収まるようにエンジン出力回転数の目標値を設定する態様では、摩擦クラッチが為す仕事量及び温度上昇分を高精度に求めることができる。したがって、摩擦クラッチの温度を上限許容温度内に高精度に保つことができ、耐久性能が従来よりも確実に向上する。
【0017】
また、エンジンのスロットルバルブの開度を調整して実際の出力回転数を制御する態様では、車両駆動装置の構成自体は従来から変更する必要がなく、簡易な制御の変更のみで摩擦クラッチの耐久性能が従来よりも向上する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施形態の車両駆動装置を模式的に示す図である。
【図2】発進時制御手段の機能を模式的に説明する図である。
【図3】発進時制御手段を含む制御部の発進制御フローを説明するフローチャートである。
【図4】摩擦クラッチの温度が低いときの一例である図2のR点における発進動作を説明する図である。
【図5】摩擦クラッチの温度が高いときの一例である図2のP点における発進動作を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明を実施するための実施形態を、図1〜図5を参考にして説明する。図1は、本発明の実施形態の車両駆動装置1を模式的に示す図である。図中の破線の矢印は、情報及び制御の流れを示している。実施形態の車両駆動装置1は、エンジン2、摩擦クラッチ6、及び制御部7などにより構成されている。
【0020】
エンジン2は、車両に搭載されて図略のエンジンルームに配置されており、一般的な方式・構造を有するものを使用できる。エンジン2は、出力軸3、スロットルバルブ4、及び吸気温度センサ5を有している。出力軸3は、ピストンにより回転駆動されるクランク軸と一体的に回転してトルクを出力する。スロットルバルブ4は、エンジンルーム内の空気をエンジン内部に取り込む経路の途中に配設されており、その開度は制御部7により可変に制御される。スロットルバルブ4が大きく開かれて吸気量が増加すると、燃料を含んだ混合気の量が増加し、出力軸3の出力回転数及び出力トルクが増加するようになっている。吸気温度センサ5は、エンジン内部に取り込まれる空気の温度を測定するセンサである。本実施形態において、吸気温度センサ5は、摩擦クラッチ6の温度を推測するクラッチ温度検出手段を兼ねている。
【0021】
摩擦クラッチ6は、駆動側部材61、従動側部材62、及びアクチュエータ63を有して、駆動側部材61から従動側部材62へのトルクの伝達を継断する。駆動側部材61は、エンジン2の出力軸3に回転連結されている。従動側部材62は、変速機8の入力軸81に回転連結され、さらに図略の変速機出力軸やデファレンシャル装置を介して左右の駆動輪に回転連結されている。従動側部材62の駆動側部材61に対向する面には摩擦材(フェーシング)が設けられており、駆動側部材61と摩擦継合及び離間するようになっている。アクチュエータ63は、駆動側部材61と従動側部材62との摩擦継合及び離間を駆動する部位であり、サーボモータや油圧操作機構などを用いて構成することができる。
【0022】
ここで、摩擦クラッチ6は、エンジン2とともにエンジンルーム内に配設されている。したがって、摩擦クラッチ6の温度はエンジンルーム内の空気温度に概ね一致するため、前述の吸気温度センサ5でクラッチ温度検出手段を兼ねることができる。特に、或る程度の期間にわたり車両が停止していた後の発進時には、エンジンルーム内の温度が均一化されているため、吸気温度センサ5の吸気温度を用いて摩擦クラッチ6の温度を高精度に推定できる。なお、必要に応じて吸気温度センサ5の吸気温度に補正を施して、摩擦クラッチ6の温度を推定するようにしてもよい。また、摩擦クラッチ6の近傍に専用の温度センサを配設して、摩擦クラッチ6の温度を実測するようにしてもよい。
【0023】
制御部7は、マイコンを内蔵してソフトウェアで動作する電子制御装置(ECU)である。制御部7は、エンジン2の吸気温度センサ5から検出信号を取得して摩擦クラッチ6の温度を推定し、アクセルセンサ9からアクセルペダルの操作量の検出信号を取得する。そして、制御部7は、アクセルペダルの操作量を含む車両の状態に基づいて、エンジン2の出力軸3の出力回転数(エンジン出力回転数)の目標値を設定し、この目標値に実際の出力回転数が一致するようにスロットルバルブ4の開度を可変に制御する。車両の状態を示す指標としては、アクセルペダルの操作量以外に、車速、変速機8で選択されている変速段、ブレーキペダルの操作量、ハンドルの転舵操作量などを適宜参照する。また、制御部7は、摩擦クラッチ6のアクチュエータ63を制御して、継合動作及び切断動作を制御する。
【0024】
さらに、制御部7は、車両発進時のアクセルペダルの操作量及び摩擦クラッチの温度に基づいてエンジン出力回転数の目標値を設定する発進時制御手段71を有している。発進時制御手段71は、制御部7のソフトウェアにより実現されている。図2は、発進時制御手段71の機能を模式的に説明する図である。図2の横軸はアクセルペダルの操作量を比率で示したアクセル開度Ac、縦軸はエンジン出力回転数の目標値Neである。また、図中の3本の曲線C1〜C3は、摩擦クラッチ6の温度Tをパラメータとする目標値Neの設定曲線C1〜C3を例示したものである。
【0025】
図2に例示されるように、エンジン出力回転数の目標値Neの設定は、横軸のアクセル開度Ac及びパラメータである摩擦クラッチの温度Tに基づいて行われる。定性的には、車両発進時のアクセル開度Acが大きいほどエンジン出力回転数の目標値Neは高く設定され、車両発進時の摩擦クラッチの温度Tが高いほどエンジン出力回転数の目標値Neは低く設定される。発進時制御手段71は、アクセル開度Ac及び摩擦クラッチ6の温度Tをパラメータとする目標値Neの一覧表形式のマップ保持し、このマップを用いて目標値Neを設定する。
【0026】
詳述すると、摩擦クラッチの温度T1が高いとき、アクセル開度Acが遊び寸法に相当するアクセル開度Ac1を超えると、設定曲線C1のエンジン出力回転数の目標値Neはアイドル回転数Neiから急峻に増加し始める。アクセル開度Acの増加につれて目標値Neの増加傾向は鈍り、アクセル開度Ac2で目標値Ne1にほぼ飽和し、以降は著変せずアクセル開度Ac3で目標値Ne1となる(図のP点)。目標値Ne1で飽和するように設定することは、摩擦クラッチ6の仕事量を制限することを意味する。この制御を行う目的は、後で詳述するように、摩擦クラッチ6の温度Tが耐久性能に影響を与えない上限許容温度Tmax内に収まるようにするためである。
【0027】
摩擦クラッチの温度T2が中程度のとき、アクセル開度Ac1を超えると、設定曲線C2のエンジン出力回転数の目標値Neは設定曲線C1よりもさらに急峻にアイドル回転数Neiから増加し始め、設定曲線C1よりも上側に位置する。アクセル開度Acの増加につれて目標値Neの増加傾向は鈍るが、アクセル開度Ac3まで漸増して目標値Ne2(Ne2>Ne1)に達する(図のQ点)。
【0028】
摩擦クラッチの温度T3が低いとき、アクセル開度Ac1を超えると、設定曲線C3のエンジン出力回転数の目標値Neは設定曲線C1及びC2よりもさらに急峻にアイドル回転数Neiから増加し始め、設定曲線C1及びC2よりも上側に位置する。アクセル開度Acの増加につれて目標値Neの増加傾向は鈍るが、アクセル開度Ac3まで漸増して目標値Ne3(Ne3>Ne2)に達する(図のR点)。この目標値Ne3は、アクセルペダルの操作量に対応する運転者の要求に見合った値であり、従来技術で設定されていた値である。
【0029】
つまり、従来技術では、摩擦クラッチの温度Tを考慮せずに、出力回転数の目標値Neをアクセル開度Acの関数として扱い、専ら設定曲線C3のみを用いていた。これに対して本実施形態では、車両発進時の摩擦クラッチの温度T1、T2が高〜中程度のとき設定曲線C1、C2を用い、アクセル開度Ac3におけるエンジンの出力回転数の目標値Ne1、Ne2を従来の目標値Ne3よりも低く設定する。
【0030】
次に、エンジン出力回転数の目標値Neを設定する手順について説明する。図3は、発進時制御手段71を含む制御部7の発進制御フローを説明するフローチャートである。図中のステップS1で、エンジン2が始動され、変速機8で第1速変速段が選択されると発進準備が整う。次に、発進時制御手段71は、ステップS2で摩擦クラッチ6の温度Tを推定し、ステップS3でアクセルペダルの操作量を示すアクセル開度Acを取得する。次にステップ4で、前述のマップを用いてエンジン出力回転数の目標値Neを設定する。
【0031】
次いで実際の発進動作の制御に移る。ステップS5で、制御部7は、エンジン2のスロットルバルブ4の開度を制御し、実際の出力回転数を増加させてゆく。これと並行して、制御部7は、摩擦クラッチ6のアクチュエータ63を継合制御し、伝達されるクラッチトルクTcを増加させてゆく。これにより、摩擦クラッチ6の駆動側部材61と従動側部材62との回転数差ΔNが徐々に減少し、ステップS6で回転数差ΔNがなくなってロックアップ状態になる。この後は、通常の変速制御に移行する。
【0032】
次に、実施形態の車両駆動装置1の発進動作及び作用について説明する。図4は、摩擦クラッチ6の温度T3が低いときの一例である図2のR点における発進動作を説明する図である。また、図5は、摩擦クラッチ6の温度T1が高いときの一例である図2のP点における発進動作を説明する図である。図4及び図5でそれぞれ、横軸は共通の時間tを示し、上側のグラフは摩擦クラッチ6で伝達されるクラッチトルクTcを示し、下側のグラフはエンジン2の出力軸3の実際の出力回転数Nout(つまり摩擦クラッチ6の駆動側部材61の回転数)及び変速機8の入力軸81の入力回転数Nin(つまり摩擦クラッチ6の従動側部材62の回転数)を示している。
【0033】
摩擦クラッチ6の温度T3が低いときの図4において、時刻t0で発進動作が開始されると、下側のグラフに示されるようにエンジン2の出力回転数Noutは、アイドル回転数Neiから目標値Ne3に向けて急峻に増加する。一方、変速機8の入力回転数Ninは、摩擦クラッチ6の摩擦摺動の作用により、0から徐々に増加する。そして、時間が経過するとともに、出力回転数Noutと入力回転数Ninとの回転数差ΔN(Nout−Nin)は減少する(便宜的に斜線を付して示す)。最終的に、時刻t3で回転数差ΔNが0のロックアップ状態になり、出力回転数Nout及び入力回転数Ninがともに目標値Ne3に達して発進制御が終了する。
【0034】
一方、上側のグラフに示されるように、摩擦クラッチ6で伝達されるクラッチトルクTc(便宜的に斜線を付して示す)は、時刻t0以降に0から徐々に増加し、時刻t3でクラッチトルクTc3に到達する。時刻t3以降では通常の変速制御が行われ、出力回転数Nout及び入力回転数Ninは同期を保って増加し、クラッチトルクTcもTc3からさらに増加して、車両が加速される。
【0035】
ここで、摩擦クラッチ6は、クラッチトルクTcと回転数差ΔNとの積に相当する仕事を行う。また、この仕事を時刻t0〜t3までの継合動作時間tj3にわたって積分すると、摩擦クラッチ6が為す仕事量を求めることができる。この仕事量は従来と同程度に大きく、摩擦クラッチ6の摩擦材の摩耗量及び発熱量は大きくなり、温度上昇分ΔT3も大きくなる。しかしながら、時刻t0における摩擦クラッチ6の初期温度T3が低いので、初期温度T3に大きな温度上昇分ΔT3を加算しても、上限許容温度Tmax内に収まる。上限許容温度Tmaxは、摩擦クラッチ6の耐久性能に影響を与えない上限の温度であり、構成部材の熱的特性などを考慮して予め設定することができる。
【0036】
また、摩擦クラッチ6の温度T1が高いときの図5において、時刻t0で発進動作が開始されると、下側のグラフに示されるようにエンジン2の出力回転数Noutは、アイドル回転数Neiから目標値Ne1に向けて急峻に増加する。一方、変速機8の入力回転数Ninは、摩擦クラッチ6の摩擦摺動の作用により、0から徐々に増加する。そして、時間が経過するとともに、出力回転数Noutと入力回転数Ninとの回転数差ΔN(Nout−Nin)は減少する(便宜的に斜線を付して示す)。ここで、エンジン出力回転数の目標値Ne1が低温T3における目標値Ne3より低く設定されている。したがって、低温T3における継合動作時間tj3よりも短い継合動作時間tj1を経過した時刻t1でロックアップ状態になり、出力回転数Nout及び入力回転数Ninがともに目標値Ne1に達する。
【0037】
一方、上側のグラフに示されるように、摩擦クラッチ6のクラッチトルクTc(便宜的に斜線を付して示す)は、時刻t0以降に0から徐々に増加し、時刻t1で低温T3時よりも小さなクラッチトルクTc1に到達する。時刻t1以降、出力回転数Nout及び入力回転数Ninは同期を保って増加し、時刻t4で低温T3の目標値Ne3に到達する。また、時刻t1以降、クラッチトルクTcもTc1からさらに増加して、車両が加速される。
【0038】
ここで、高温T1時に摩擦クラッチ6が行う仕事及び為す仕事量は、低温T3時と同様にして求めることができる。高温T1時の仕事及び仕事量は、図4の低温時や従来技術よりも小さく制限され、摩擦クラッチ6の摩擦材の摩耗量及び発熱量は小さくなり、温度上昇分ΔT1も小さくなる。しかしながら、時刻t1における摩擦クラッチ6の初期温度T1が高いので、初期温度T1に小さな温度上昇分ΔT1を加算したとき、上限許容温度Tmaxに接近する。つまり、エンジン出力回転数の目標値Ne1をこれ以上高く設定すると、摩擦クラッチ6の耐久性能に影響を与えるおそれが生じる。
【0039】
このおそれを回避する目的のため、図2の設定曲線C1のアクセル開度Ac2以降で、エンジン出力回転数の目標値Neが目標値Ne1に飽和するように設定する。
【0040】
また、上述したように車両発進時のエンジン出力回転数の目標値Neと摩擦クラッチ4が為す仕事量との間には特定の因果関係がある。さらに、摩擦クラッチ4が為す仕事量と温度上昇分との間にも特定の因果関係がある。この2つの因果関係は、実験やサンプル調査、シミュレーションや理論解析などによって把握することができる。説明が前後するが、エンジン2の出力回転数Neを設定する前述のマップは、把握した2つの因果関係を考慮して作成したものである。
【0041】
以上説明した実施形態の車両駆動装置1によれば、発進時制御手段71は、摩擦クラッチ6の初期の温度T1が高いほどエンジン出力回転数の目標値Neを低く設定して、摩擦クラッチ4の温度が耐久性能に影響を与えない上限許容温度Tmax内に収まるようにする。したがって、摩擦クラッチ6の温度を上限許容温度Tmax内に高精度に保つことができ、耐久性能が従来よりも確実に向上する。
【0042】
また、発進時制御手段71は、車両発進時にアクセルペダルの操作量が小さいときや、アクセルペダルの操作量が大きくても摩擦クラッチ6の温度が十分低いときには、摩擦クラッチ6の仕事量を制限せず、アクセルペダルの操作量に対応するエンジン出力回転数の目標値を設定し、このとき運転者の要求に見合った発進動作を行うことができる。
【0043】
さらに、エンジン2のスロットルバルブ4の開度を調整して実際の出力回転数Noutを制御するので、車両駆動装置1の構成自体は従来から変更する必要がなく、簡易な制御の変更のみで摩擦クラッチ6の耐久性能が従来よりも向上する。
【0044】
なお、複数の電子制御装置(ECU)が連携して協調制御を行うことで、本発明の制御部7及び発進時制御手段71の機能を果たすように構成してもよい。また、坂道発進時には平地発進時よりも多くのクラッチトルクTcが必要とされるので、設定曲線C1〜C3を適宜補正するようにしてもよい。その他、本発明は様々な応用や変形が可能である。
【符号の説明】
【0045】
1:車両駆動装置
2:エンジン
3:出力軸
4:スロットルバルブ
5:吸気温度センサ(クラッチ温度検出手段を兼ねる)
6:摩擦クラッチ
61:駆動側部材 62:従動側部材 63:アクチュエータ
7:制御部 71:発進時制御手段
8:変速機 81:入力軸
9:アクセルセンサ
Ac、Ac1、Ac2、Ac3:アクセル開度
T、T1,T2、T3:摩擦クラッチの温度
Ne、Ne1、Ne3:エンジン出力回転数の目標値
Nei:アイドル回転数
C1、C2、C3:設定曲線
Nout:エンジンの実際の出力回転数
Nin:変速機の入力回転数
ΔN:回転数差(=Nout−Nin)
tj1、tj3:継合動作時間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンと、
前記エンジンの出力軸に回転連結された駆動側部材、駆動輪に回転連結されかつ前記駆動側部材と摩擦継合及び離間する従動側部材、及び前記駆動側部材と前記従動側部材との摩擦継合及び離間を駆動するアクチュエータを有して、前記駆動側部材から前記従動側部材へのトルクの伝達を継断する摩擦クラッチと、
アクセルペダルの操作量を含む車両の状態に基づいて前記エンジンの出力軸の出力回転数の目標値を設定し、前記出力回転数の目標値に実際の出力回転数が一致するように前記エンジンを制御し、かつ前記摩擦クラッチの前記アクチュエータを制御する制御部と、を備える車両駆動装置であって、
前記摩擦クラッチの温度を実測または推測するクラッチ温度検出手段をさらに備え、
前記制御部は、車両発進時の前記アクセルペダルの操作量及び前記摩擦クラッチの温度に基づいて前記出力回転数の目標値を設定する発進時制御手段を有する車両駆動装置。
【請求項2】
前記発進時制御手段は、車両発進時の前記摩擦クラッチの温度が高いほど前記エンジンの出力軸の出力回転数の目標値を低く設定する請求項1に記載の車両駆動装置。
【請求項3】
前記発進時制御手段は、前記摩擦クラッチの温度が耐久性能に影響を与えない上限許容温度内に収まるように前記エンジンの出力軸の出力回転数の目標値を設定する請求項1または2に記載の車両駆動装置。
【請求項4】
前記発進時制御手段は、
車両発進時の前記エンジンの出力軸の出力回転数の目標値と、前記アクセルペダルが操作されてから前記摩擦クラッチの前記駆動側部材と前記従動側部材とが同期回転に達するまでのロックアップ時間内に摩擦クラッチが為す仕事量との関係、ならびに、前記仕事量と摩擦クラッチの温度上昇分との関係を把握しており、
車両発進時の前記摩擦クラッチの温度に前記温度上昇分を加算しても前記上限許容温度内に収まるように、前記2つの関係に基づいて前記エンジンの出力軸の出力回転数の目標値を設定する請求項3に記載の車両駆動装置。
【請求項5】
前記エンジンは、吸気量を調整するスロットルバルブを有し、前記制御部は前記スロットルバルブの開度を調整して前記実際の出力回転数を制御する請求項1〜4のいずれか一項に記載の車両駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−52845(P2013−52845A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−194208(P2011−194208)
【出願日】平成23年9月6日(2011.9.6)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】