転がり軸受における潤滑状態観測方法
【課題】転がり軸受の軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油の不足状態や面荒れを観測可能な転がり軸受における潤滑状態観測方法を提供する。
【解決手段】転がり軸受Bが支持される軸受ハウジング4に取り付けられる超音波探触子5から超音波を軸受Bの軸受外輪1に向けて発生させ、軸受外輪1とボール2との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪1とボール2の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測する潤滑状態観測方法であって、超音波探触子5が受信した反射波からエコー高さ比Hを求めるエコー高さ比算出ステップと、求められたエコー高さ比Hの波形信号において、ハウジングと外輪の境界からの反射波のピーク位置から決まる超音波探触子5の音軸yよりも時間的に早い側に位置する波形の局所凸部Aと、音軸yよりも時間的に遅い側に位置する凹状波形部分のピーク位置と音軸yとのズレ量Δtに基づいて、潤滑状態を観測するステップと、を有する。
【解決手段】転がり軸受Bが支持される軸受ハウジング4に取り付けられる超音波探触子5から超音波を軸受Bの軸受外輪1に向けて発生させ、軸受外輪1とボール2との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪1とボール2の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測する潤滑状態観測方法であって、超音波探触子5が受信した反射波からエコー高さ比Hを求めるエコー高さ比算出ステップと、求められたエコー高さ比Hの波形信号において、ハウジングと外輪の境界からの反射波のピーク位置から決まる超音波探触子5の音軸yよりも時間的に早い側に位置する波形の局所凸部Aと、音軸yよりも時間的に遅い側に位置する凹状波形部分のピーク位置と音軸yとのズレ量Δtに基づいて、潤滑状態を観測するステップと、を有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、前記軸受外輪と転動体との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測する転がり軸受における潤滑状態観測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ボールベアリング等の転がり軸受は、回転する軸を支持する機械要素として良く知られている。転がり軸受を使用する場合には、潤滑油が必要とされるが、近年の省エネルギー化に伴い、必要以上の潤滑油の供給による攪拌抵抗の増加を避ける目的で、潤滑油の供給量を減らしたり、潤滑油の噴霧による効率的な潤滑方法が検討されている。攪拌抵抗の増大は、回転中の転がり軸受の発熱を招き、回転精度を低下させることからも最小必要量の潤滑油での潤滑が望ましいとされている。
【0003】
しかし、油量が少なく、必要な量の潤滑油が潤滑面に供給されなくなると、潤滑油不足に伴う固体接触の発生により、急激に潤滑状態が悪化し、面荒れが生じて焼き付きに至る危険性も大きい。したがって、油量が少ない潤滑状態においては、転動体と軸受外輪あるいは軸受内輪との間の潤滑油の供給状態を観測できるような技術が必要とされる。
【0004】
一方、転がり軸受の損傷状態を評価する技術として、下記特許文献1に開示される軸受損傷評価方法が知られている。これは、軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、軸受ハウジングと軸受外輪との境界からの反射波を測定することにより、軸受に発生した損傷の評価を行うものである。具体的には、超音波探触子が受信した前記反射波からエコー高さ比を求めるエコー高さ比算出ステップと、求められたエコー高さ比の波形信号における局部的な凹部に基づいて損傷の大きさを解析するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3922521号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献は、軸受ハウジングと軸受外輪との境界からの情報を得るものであり、軸受外輪と転動体との境界からの情報を含むものではない。したがって、潤滑油の供給状態を確認できるものではなかった。
【0007】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、その課題は、転がり軸受の軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油の不足状態を観測可能な転がり軸受における潤滑状態観測方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため本発明に係る転がり軸受における潤滑状態観測方法は、
転がり軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、前記軸受外輪と転動体との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測するものであり、
前記超音波探触子が、前記軸受ハウジングと前記軸受外輪との境界からの第1反射波と、軸受外輪と転動体との境界からの第2反射波とを含む反射波を受信するステップと、
前記超音波探触子が受信した前記反射波の中から基準となる第1反射波のピーク位置(音軸)と第2反射波を抽出して各エコー高さ比(H1,H2)を求めるエコー高さ比算出ステップと、を有する転がり軸受における潤滑状態観測方法であって、
求められた第2反射波についての前記エコー高さ比(H2)の波形信号において、転動体が超音波探触子の音軸上に来る前における波形の局所凸部と、転動体が音軸上を過ぎた後における凹状波形部分の(凹部の)ピーク位置と音軸との時間ズレ量(Δt)に基づいて、前記潤滑状態を観測するステップと、を有することを特徴とするものである。
【0009】
この構成による潤滑状態観測方法の作用・効果を説明する。潤滑状態を観測するために、本発明では超音波探触子を使用する。転がり軸受が支持される軸受ハウジングに超音波探触子を取り付け、超音波を軸受の外輪に向けて照射する。外輪に向けて照射された超音波は、軸受ハウジングと軸受外輪との境界で反射するとともに、軸受外輪と転動体との境界でも反射する。これらの反射波は、いずれも超音波探触子により受信されるが、時間的にずれて受信されるため、軸受外輪と転動体との境界からの反射波を軸受ハウジングと軸受外輪との境界からの反射波と分離した状態で受信することが可能である。
【0010】
この受信した反射波からエコー高さ比を求める。これは、反射波の大きさを定量的に表すために(標準化するために)使用される物理量である。エコー高さ比(H)とは、例えば、
H1=(1−h1/h0)×100 ・・(式1−1)
H2=(1−h2/h0)×100 ・・(式1−2)
により定義される。h1,h2は計測された第1反射波と第2反射波のエコー高さ(反射波の大きさ)であり、h0は転動体と転動体の間に超音波探触子の音軸が位置している時のエコー高さである。したがって、エコー高さ比Hは、各境界面からの音波の透過のしやすさの尺度であり、潤滑油の存在や潤滑状態の評価はH2で行う。なお100倍しているのは%表示するためであり、これに限定されるものではない。なお、h0をどのように設定するかは、上記に限定されるものではない。
【0011】
以上のように得られたエコー高さ比の波形信号において、転動体が超音波探触子の音軸上に来る前における波形の局所凸部と、転動体が音軸上を過ぎた後における波形部分の凹部のピーク位置と音軸との時間ズレ量に基づいて、潤滑油の不足状態を観測できることを本発明の発明者は見出したものである。なお、音軸とは、超音波探触子が超音波を照射する方向を代表して表す座標軸であり、第1反射波でのエコー高さ比H1のピーク位置として定まる。
【0012】
具体的な波形信号を図9(a)に示す。この波形信号は、2MHzの超音波を照射する超音波探触子の場合のものである。かかる超音波探触子の場合、観測領域における超音波の照射領域が広く、比較的厚い油膜(例えば、100μm)に対して感度がよいという特性がある。
【0013】
図9(a)は、エコー高さ比の波形信号を表わし、潤滑油が適切に供給されている状態の波形である。音軸yの左側のAで示すのが、転動体が音軸上に来る前における波形の凹部と局所凸部である。潤滑油の量は、転動体と軸受外輪の間の隙間の入口側に多く、出口側で少ない。この入口側における潤滑油の存在により、軸受外輪から潤滑油の中へ透過する超音波が存在する。これに起因して、波形の局所凸部Aが形成されると考えられる。したがって、この局所凸部Aの推移を観測することで、潤滑油の潤滑状態(十分であるか、不足しているかなど)を観測できるものと考えられる。また、後述するように、潤滑油が不足してくると、局所凸部Aが徐々に消失していくことを確認した。
【0014】
また、転動体の上記入口側と出口側とでは潤滑油の供給量が上記のごとく異なっている。したがって、波形信号は音軸に対して対称にはならず、波形部分の凹部のピーク位置と第1反射波で確認できる音軸yとの間に時間ズレ量Δtが生じる。この時間ズレ量Δtは、潤滑油の供給量に依存するものであり、潤滑油が不足してくると、この時間ズレ量Δtが小さくなっていくことを確認した。
【0015】
以上のような波形の特徴に着目することで、超音波探触子により、転がり軸受の軸受外輪(内輪)と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測可能であることが分かった。
【0016】
上記課題を解決するため本発明に係る転がり軸受における別の潤滑状態観測方法は、
転がり軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、前記軸受外輪と転動体との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測するものであり、
前記超音波探触子が、前記軸受ハウジングと前記軸受外輪との境界からの第1反射波と、軸受外輪と転動体との境界からの第2反射波とを含む反射波を受信するステップと、
基準となる第1反射波のピーク位置(音軸)と第2反射波を抽出して、各エコー高さ比(H1,H2)を求めるエコー高さ比算出ステップと、を有する転がり軸受における潤滑状態観測方法であって、
求められた第2反射波についての前記エコー高さ比(H2)の波形信号において、超音波探触子の音軸もしくは音軸近傍に位置する第2反射波の局所凸部のピーク量や凹部ピーク位置と音軸の時間ズレ量Δtの変化に基づいて、前記潤滑状態を観測するステップと、を有することを特徴とするものである。
【0017】
この構成による潤滑状態観測方法の作用・効果を説明する。エコー高さ比の波形信号を求める点は、前述の発明の構成と同じである。
【0018】
別の具体的な波形信号を図9(b)に示す。この波形信号は、10MHzの超音波を照射する超音波探触子の場合のものである。かかる超音波探触子の場合、観測領域における超音波の照射領域が狭く、比較的薄い油膜(例えば、20μm以下)を感度良く検知できるという特性がある。この超音波探触子の特性に応じて、得られるエコー高さ比の波形信号が2MHzの場合とは異なり、着目すべき特徴量も変わってくる。
【0019】
この場合、第1反射波のピークで決まる音軸yもしくは音軸y近傍に位置する波形部分のピーク量ΔHに着目した。潤滑油が適切に供給されている場合、外輪に到達した音波は転動体側に透過しやすく、H2のピークは上方に向いているが、潤滑油不足や面荒れが発生する場合は、超音波が転動体の方へ透過していく量が減るため、ピーク量が徐々に減少してくることを確認した。
【0020】
以上のような波形の特徴に着目することで、超音波探触子により、転がり軸受の軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油の潤滑状態を観測可能であることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】超音波探触子とボールの位置関係を説明する図
【図2】超音波探触子により受信される反射波(エコー信号)の波形を示す図
【図3】エコー高さ比の波形信号を示す図
【図4】観測装置の概要を示す模式図
【図4A】観測装置の機能を示すブロック図
【図5】測定に使用した軸受の状態を説明する図
【図6】超音波探触子の違いを説明する図
【図7】測定結果(2MHzの超音波探触子)を示す図
【図8】測定結果(10MHzの超音波探触子)を示す図
【図9】潤滑油不足を評価するための指標をまとめた図
【図10】実験前と実験後の軸受の表面粗さの測定結果を示す図
【図11】超音波探触子の特性を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る転がり軸受における潤滑状態観測方法の好適な実施形態を図面を用いて説明する。転がり軸受として、ボールベアリングを例にあげて説明する。
【0023】
<超音波観測の原理>
まず、本発明において、超音波探触子により潤滑状態を観測する場合の原理を説明する。図1は、超音波探触子とボール(転動体に相当)の位置関係を説明する図である。図2は、超音波探触子により受信される反射波(エコー信号)の波形である。図3は、第1・第2反射波のエコー高さ比の波形信号を示す図である。図4は、観測装置の概要を示す模式図である。
【0024】
図4にも示すように、軸受は、軸受外輪1と、軸受内輪3と、これらの間に位置する多数のボール2から構成される。図1に示すように、内輪3が矢印の方向に回転するものとすれば、ボールは図示のように時計方向に自転しながら反時計方向に公転する。ボール2と軸受外輪1の間には荷重が作用しており、面圧分布P2が形成される。ボール2が位置する点で大きな面圧が作用し、ボール2が存在しない位置では、面圧は作用しない分布となる。
【0025】
また、軸受外輪1と軸受ハウジング4の間にも面圧が作用し、面圧分布はP1で示される。面圧のピーク位置は、ほぼ面圧分布P2と同じである。ただし、面圧分布P2に比べて緩やかな分布曲線となる。
【0026】
超音波探触子5は、適宜の方法で軸受ハウジング4の外側に取り付けられる。その音軸yは、軸受Bの回転中心の方向を向いている。超音波探触子5は、音軸yを中心としたある程度の幅を持った領域に照射される。超音波は、軸受ハウジング4と軸受外輪1との境界、軸受外輪1とボール2との境界に向けて照射される。
【0027】
超音波探触子5から照射された超音波は、まず、軸受ハウジング4と軸受外輪1との境界に向かうが、この境界で一部反射し、一部透過する。超音波が透過する量は、面圧分布P1の大きさに依存して変化する。具体的には、面圧分布P1が大きいほど透過しやすくなり、この透過した超音波が、軸受外輪1とボール2の境界に向かうことになる。
【0028】
図1(a)は、ボール2とボール2の間にちょうど音軸yが位置するときであり、このときの音軸上の面圧は最も小さくなる。したがって、このときの第1反射波の大きさh0は最も大きくなる。このh0は、エコー高さ比を求めるときの標準値として使用する。この反射波は、超音波探触子5により受信される。
【0029】
図1(b)は、音軸上にボール2が近づきつつある状態を示す図である。軸受外輪1と軸受ハウジング4の間の面圧が徐々に大きくなるので、軸受外輪1内へ透過する超音波が増加し、軸受外輪1とボール2の境界C2へと向かう。この透過した超音波は、境界C2にて一部は反射し、一部はボール2や油膜へと透過する。この境界C2における反射波の大きさh2は、境界C2における潤滑状態に依存する。
【0030】
前述のように、ボール2と軸受外輪1の間には、面圧分布P1が存在するので、反射波の大きさh2は、両者の間の圧力の大きさに依存するとともに、ボール2と軸受外輪1の間に供給されている潤滑油の量にも依存する。すなわち、透過した超音波は、境界C2を介して潤滑油の中を一部透過していくため、潤滑状態に応じて反射波の大きさh2も影響を受ける。潤滑油が不足してくると、潤滑油内への超音波の透過がなくなってくるため、その影響が受信波形に現われてくると考えられる。
【0031】
ちなみに、ボール2と軸受外輪1の間に存在する潤滑油の量であるが、図1(b)にも示すように、潤滑油が入ってくる入口側E1の方が多く、出口側E2の方が少なくなっている。ボール2は、図示のように時計方向に自転しているので、軸受外輪1とボール2の間では、接触点よりも左側が入口側E1であり、右側が出口側E2となる。逆に、軸受内輪3とボール2の間では、右側が入口側となり左側が出口側となる。
【0032】
図1(c)は、音軸直下にボール2が来た時の様子を示している。この場合、境界C1における反射波の大きさh1はほぼ最小となり、軸受外輪1とボール2の境界C2へ向かう超音波の量は多くなる。
【0033】
図1(d)は、乾燥状態、すなわち、潤滑油が存在しない状態を示している。この場合、潤滑油の中へ透過していく超音波はなく、ボール2との固体接触部への透過のみとなるため、受信される信号波形もその影響を受ける。
【0034】
<信号波形>
次に、超音波探触子5により受信される反射波(エコー信号)の波形の具体例を図2に示す。横軸が時間であり、縦軸が反射波の大きさを示す。反射波は図に示すように、時間的に早い第1反射波とそれよりも時間的に遅い第2反射波により構成される。第1反射波は、軸受ハウジング4と軸受外輪1の境界C1からの反射波である。第2反射波は、軸受外輪1とボール2の境界C2からの反射波である。図2に示すように、第1反射波のピーク位置と第2反射波のピーク位置には、wtの時間的なズレが存在するので、第1反射波のピーク位置を基準として、第2反射波のピーク位置を取り出すことができる。このように時間的なズレを持った状態で観測することができ、境界C2からの反射波のみを観測することが可能である。ズレ量wtは、軸受の構造から決まるものであり、所定の範囲内にあることを予測可能である。
【0035】
第1反射波の大きさh1と第2反射波の大きさh2は、それぞれ波形成分の中のピーク値(最大値)が選択される。第1反射波のうち、図1(a)のように音軸yがちょうどボール2とボール2の間に位置するときに得られる第1反射波の大きさがh0で表わされる。
【0036】
また、潤滑状態を評価するに際しては、反射波の大きさではなく、エコー高さ比Hという物理量を用いる。エコー高さ比は次の式で表わされる。
【0037】
H=(1−h/h0)×100 ・・(式1)
また、境界C1からの反射波をエコー高さ比で表わすと
H1=(1−h1/h0)×100 ・・(式2)
境界C2からの反射波をエコー高さ比で表わすと、
H2=(1−h2/h0)×100 ・・(式3)
以上のように、反射波(エコー高さ)で評価するのではなく、標準化されたエコー高さ比Hにより評価を行うようにしている。
【0038】
<観測波形の一例>
図3は、実際に観測されたエコー高さ比を示すものである。上側(イ)が第2反射波による第2エコー高さ比H2であり、下側(ロ)が第1反射波によるf第1エコー高さ比H1である。第1エコー高さ比の場合、音軸直下では、透過する超音波の量が増えるため、h1が小さくなる。仮に、h1が0であれば、H1=1となる。また、図1(a)に示すような場合、h1≒h0であるからH1=0である。したがって、図に示すように、音軸直下で最もエコー高さ比H1が大きくなるような波形が得られる。
【0039】
図3(a)は、第2反射波によるエコー高さ比の波形信号を示す図であり、実線は潤滑油の供給が適切な状態を示し、破線は潤滑油が不足した状態、あるいは乾燥状態における信号波形を示す。この第2エコー高さ比H2の波形に関しては、後述する。ちなみに、第1エコー高さ比H1には潤滑状態の影響は表れないが、第2エコー高さ比H2に関しては、潤滑状態の変化が顕著に現れる。
【0040】
<観測装置の構成>
次に、エコー高さ比に基づく潤滑状態を観測するための観測装置の構成を図4により説明する。使用した軸受Bは、単列深溝玉軸受(6212)である。軸受外輪1、ボール2、軸受内輪3により構成され、軸受内輪3の内径はφ60mm、軸受外輪1の外径はφ110mmである。この軸受外輪1の外周を上下方向から1対の軸受ハウジング4により挟むようにして保持する。また、軸受Bには、上下方向にW=40kNの予圧を作用させた。
【0041】
軸受ハウジング4の上部、軸受Bの回転中心の真上に超音波探触子5を取り付けた。超音波探触子5の音軸は、垂直方向であり、軸受Bの回転中心の方向に向かっている。超音波探触子5は、超音波が2MHzと10MHzのものを使用した。超音波探触子5は、超音波を発信するとともに、反射して戻ってきた反射波を受信することもできる。
【0042】
超音波探触子5は超音波探傷器6と接続されており、この超音波探傷器6は、超音波探触子5の駆動、信号処理、受信した反射波の表示・解析などを行うことができる。また、受信したアナログ信号をデジタル処理しパソコン7に送信する機能を有する。
【0043】
超音波探傷器6は更にパソコン7(コンピュータ)に接続されており、超音波探傷器6からのデジタル処理された信号を受信し、波形の解析、解析された波形の表示、などを行うことができる。パソコン7は汎用のものを使用することができ、波形解析のための専用のソフトウェアがインストールされる。
【0044】
<観測装置の機能ブロック>
次に、図4に示す観測装置の機能をブロック図により説明する。この機能は、超音波探傷器6及びパソコン7により実現されるものであり、観測のためのソフトウェアも使用される。
【0045】
反射波信号受信手段10は、超音波探触子5が受信した反射波信号を受信する。基準反射波ピーク値検出手段11は、受信した反射波信号から、基準となる反射波の大きさh0を検出する。第1反射波ピーク値検出手段12は、受信した反射波のうち、第1反射波(軸受ハウジング4と軸受外輪1の境界C1からの反射波)からピーク値h1を検出する。第2反射波ピーク値検出手段13は、受信した反射波のうち、第2反射波(軸受外輪1とボール2の境界C2からの反射波)からピーク値h2を検出する。前述のように、第1反射波のピーク位置を基準として第2反射波のピーク位置を認識することができる。
【0046】
第1エコー高さ比演算手段14は、得られたh0とh1に基づいて、第1エコー高さ比を演算する。第2エコー高さ比演算手段15は、得られたh0とh2に基づいて、第2エコー高さ比を演算する。
【0047】
局所凸部検出手段17は、第2エコー高さ比の波形信号に含まれる局所凸部の検出を行う。Δt演算手段18は、第2エコー高さ比の凹状波形信号と第1反射波のピーク位置の差からΔtの演算を行う。ΔH演算手段19は、第2エコー高さ比の波形信号からΔHの演算を行う。これら局所凸部、Δt、ΔHについては、後述する。波形の特徴量を抽出することで、これらの演算を行うことができる。
【0048】
なお、予めしきい値を設定しておき、潤滑油の不足状態が生じ始めているか否かなどの自動判定を行うことも可能である。例えば、ΔtやΔHの大きさが予め設定したしきい値を超えた時に、潤滑油不足であると判定可能である。また、局所凸部の形状を抽出し、凸部の減少量などから潤滑状態を評価することができる。
【0049】
表示手段7a(モニター)は、受信した波形信号や、演算されたエコー高さ比の波形信号等をモニターの画面に表示させる。また、局所凸部の検出結果や、Δt、ΔHの演算結果を表示させることもできる。
【0050】
<実験条件>
次に、実験条件について説明する。まず、図5は、測定に使用した軸受の状態を説明する図である。
【0051】
図5(a)は、軸受の受け入れ状態を示すものであり、軸受外輪1及び軸受内輪3の表面には、防錆剤としての油膜が形成されている。次に、この受け入れた状態の軸受に対して、アセトンによる超音波洗浄を2回行う。これにより、(b)に示すような乾燥状態の軸受とすることができる。さらに、この乾燥状態の軸受に対して、潤滑剤を噴霧する。使用した潤滑剤は、鉱物油ベース合成潤滑剤(CRC5−56)であり、噴霧量は0.5ccとした。噴霧量は通常の使用条件に比べて少量であるが、実験結果を早期に確認するために、少量に設定した。
【0052】
次に、超音波探触子について説明する。超音波探触子は、2MHzの超音波と10MHzの超音波を照射するものをそれぞれ使用した。それぞれの特性について説明する。
【0053】
図11は、超音波探触子によりパルス状の超音波を照射させる場合の特性を示すグラフである。グラフの縦軸は、エコー高さhを表わし、横軸は膜厚Lと波長λの比率を表わす。この図からも分かるように、膜厚比の変化に対してエコー高さhの変化が検出される範囲は限定されており、L/λ≦0.1の範囲であれば、膜厚の変化を精度よく検出可能である。したがって、λの大きさ(超音波の波長)に依存して、検出可能な範囲が変わることが分かる。
【0054】
以上のことから、2MHzの超音波探触子は、10MHzのものに比べて、超音波の波長が長く、比較的厚い油膜も検知できるという特性がある。例えば、100〜200μmの油膜に対しても検知することができる。すなわち、ある程度の油膜が存在している状況(ヘルツ接触からかなり離れた箇所)における膜厚の変化を検出可能である。したがって、図1でも示したように、入口側E1における潤滑油の不足状態への移行を容易に観測することができる。
【0055】
また、図6(a)に示すように、超音波照射領域が相対的に広範囲となっている。ボール2と軸受外輪1の間のEHL(弾性流体潤滑)領域に比べて、超音波照射領域はかなり広くなる。具体的には、EHL領域はφ0.3mm程度であり、照射領域はφ7〜10mm程度である。
【0056】
なお、第1反射波と第2反射波の波形信号を合わせて表示している。照射領域が比較的広いために、2つの反射波信号は一部干渉している領域はあるが、分離可能なレベルであり問題はない。したがって、ピーク値であるh1やh2は個別に抽出することができる。
【0057】
10MHzの超音波探触子は、超音波の波長が相対的に短く、厚膜の検知は難しいが、薄膜の検知は行いやすいという特性がある。すなわち、EHL領域近傍の薄膜部における潤滑油不足や固体接触状態の観測に適している。例えば、20μm程度の薄膜の潤滑状態の変化を検知することができる。また、照射領域の範囲は、相対的に狭くなる。
【0058】
図6(b)に示すように、EHL領域に比べて、超音波照射領域は少し大きい程度に設定されることになる。また、振動子の振動が減衰しやすいので、第1反射波と第2反射波の波形信号は、明確に分離された状態で受信される。
【0059】
<観測結果(2MHz)>
次に、上記の実験条件で得られた実験結果を順に説明する。図7は、2MHzの超音波探触子を用いて、軸受に前述の潤滑油(鉱物油0.5cc)を噴霧した場合の観測結果を示す。(a)は運転開始初期における測定結果を示す。上段が第2エコー高さ比H2であり、下段が第1エコー高さ比H1であり、縦軸の単位は%である。また、横軸は時間軸を表わしている。(b)は50分経過後、(c)は100分経過後である。
【0060】
これら3つのグラフを見て分かることは、第1エコー高さ比H1に関しては、音軸上に波形のピーク値があり、時間の経過とともに顕著な変化は見られない。一方、第2エコー高さ比H2に関しては、波形自体に特徴があり、しかもそれが時間の経過と共に変化していることである。この変化は、潤滑油の供給状態が変化すること、すなわち、潤滑油が徐々に不足していき、最後には乾燥状態になっていくことを表わしていることを本願発明者は見出したものである。
【0061】
図7(d)は、第2エコー高さ比H2の波形の特徴を拡大して示す図である。音軸yに対して、時間的に早い側に局所凸部Aが見られる。これが第1の特徴である。この時間的に早い側とは、入口側E1における潤滑油の供給状態を捕捉したものといえる。この入口側E1に潤滑油が存在していると、境界C2を介して潤滑油の内部に超音波が透過していく。この透過量は、潤滑油の量により変化する。
【0062】
図7(a)(b)(c)のグラフを比較すると分かるように、上記局所凸部Aは時間の経過とともに小さくなって行き、最後には局所凸部Aが消失する。この時点では、潤滑油がかなり不足しているか、潤滑油が存在しない状態になっていると考えられる。
【0063】
また、音軸yよりも時間的に遅い側に位置する波形部分には、凹部のピーク位置(極小値を取る個所)があるが、このピーク位置は、音軸上にはなく、ズレ量Δtだけずれている。このずれは、入口側E1と出口側E2とで潤滑油の量が異なっているため、すなわち、音軸yに対して非対称に潤滑油が存在するためであると推定できる。
【0064】
図7(a)(b)(c)のグラフを比較すると分かるように、上記Δtは時間の経過とともに小さくなって行き、最後にはΔt=0、すなわち、ピーク位置は音軸上に来るものと推定される。図7(c)に示すように、音軸上に来た時には、第2エコー高さ比H2の波形信号そのものが非対称から対称(ほぼ対称)になっていると考えられる。この状態では、潤滑油がかなり不足しているか、潤滑油のない乾燥状態であり、入口側E1も出口側E2も潤滑状態が音軸yに対して対称になるため(入口側E1も出口側E2も潤滑油が存在しない)、波形そのものも対称に近づいてくると考えられる。
【0065】
<観測結果(10MHz)>
図8は、10MHzの超音波探触子を用いて、軸受に前述の潤滑油(鉱物油0.5cc)を噴霧した場合の観測結果を示す。(a)は運転開始初期における測定結果を示す。上段が第2エコー高さ比であり、下段が第1エコー高さ比であり、縦軸の単位は%である。また、横軸は時間軸を表わしている。(b)は30分経過後、(c)は180分経過後である。
【0066】
これら3つのグラフを見て分かることは、第1エコー高さ比H1に関しては、2MHzの超音波探触子の場合と同様に、音軸上に波形のピーク値があり、時間の経過とともに顕著な変化は見られない。一方、第2エコー高さ比H2に関しては、波形自体に特徴があり、しかもそれが時間の経過と共に変化していることである。この変化は、潤滑油の供給状態が変化すること、すなわち、潤滑油が徐々に不足していき、最後には乾燥状態になっていくことを表わしているものと考えられる。
【0067】
図8(a)(b)(c)のグラフを比較すると分かるように、音軸y(もしくは音軸近傍)に位置する凸状の波形のピーク量ΔHは、時間の経過とともに、徐々に下に下がっていくことが観測された。図7の場合と波形が異なっているが、これは10MHzの超音波探触子の場合、照射領域が比較的狭く、油膜が薄い部分での変化のみを顕著に捕捉しているためである。厚膜部では、図11に示したように、ほぼ乾燥状態と同程度のH2となり、そこでのH2の変化は顕著でないため、入口側E1と出口側E2の潤滑油の供給量の違いに起因する波形の非対称性は見られない。
【0068】
従って、超音波の照射が薄膜で支配されるEHL領域近傍における変化が顕著に捉えられる。すなわち、初期状態は潤滑油が存在し、音軸近傍(EHL領域近く)で薄膜やボール2へ透過する音波の量が増え、ΔHが高く表われるが、潤滑油が徐々に不足してくると、接触部近傍の潤滑油がなくなり、乾燥状態での固体接触部からの音波の透過しか望めなくなるために、軸受外輪からボール側への透過量が減少して、音軸上のH2のピーク値は低下する。これに加え、固体接触による面荒れの発生のため、さらにH2のピーク値は下がることになる。したがって、このピーク量ΔHにより、潤滑油の不足状態や、ボール2や軸受外輪1の面荒れ状態を評価できるものと考えられる。
【0069】
<評価指標のまとめ>
次に、図9により、第2エコー高さ比の波形信号から潤滑油の不足や面荒れの評価指標をまとめて示す。
(1)2MHzの超音波探触子を用いた場合、波形の局所凸部Aの大きさや波形の対称性(Δt)に基づいて、評価を行うことができる。
(2)10MHzの超音波探触子を用いた場合、音軸上のピーク量ΔHに基づいて、評価を行うことができる。
【0070】
図10は、実験に使用した軸受の表面粗さを実測したものである。(a)は実験前における外輪、内輪、ボールの表面粗さを測定したものであり、(b)は実験終了後に同様に表面粗さを測定したものである。実験後には、かなり表面粗さが大きくなっており、潤滑油の不足により、面荒れが発生したことが確認できた。このことからも、面荒れの変化が第2エコー高さ比の波形信号に現われたことを実証できたといえる。
【0071】
<別実施形態>
転がり軸受の種類については、本実施形態では、単列深溝玉軸受を例に挙げて説明したが、これに限定されるものではない。
【符号の説明】
【0072】
1 軸受外輪
2 ボール
3 軸受内輪
4 軸受ハウジング
5 超音波探触子
Δt ズレ量
ΔH ピーク量
h,h1,h2 反射波の大きさ(エコー高さ)
y 音軸
A 局所凸部
C1,C2 境界
E1 入口側
E2 出口側
H,H1,H2 エコー高さ比
P1,P2 面圧分布
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、前記軸受外輪と転動体との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測する転がり軸受における潤滑状態観測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ボールベアリング等の転がり軸受は、回転する軸を支持する機械要素として良く知られている。転がり軸受を使用する場合には、潤滑油が必要とされるが、近年の省エネルギー化に伴い、必要以上の潤滑油の供給による攪拌抵抗の増加を避ける目的で、潤滑油の供給量を減らしたり、潤滑油の噴霧による効率的な潤滑方法が検討されている。攪拌抵抗の増大は、回転中の転がり軸受の発熱を招き、回転精度を低下させることからも最小必要量の潤滑油での潤滑が望ましいとされている。
【0003】
しかし、油量が少なく、必要な量の潤滑油が潤滑面に供給されなくなると、潤滑油不足に伴う固体接触の発生により、急激に潤滑状態が悪化し、面荒れが生じて焼き付きに至る危険性も大きい。したがって、油量が少ない潤滑状態においては、転動体と軸受外輪あるいは軸受内輪との間の潤滑油の供給状態を観測できるような技術が必要とされる。
【0004】
一方、転がり軸受の損傷状態を評価する技術として、下記特許文献1に開示される軸受損傷評価方法が知られている。これは、軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、軸受ハウジングと軸受外輪との境界からの反射波を測定することにより、軸受に発生した損傷の評価を行うものである。具体的には、超音波探触子が受信した前記反射波からエコー高さ比を求めるエコー高さ比算出ステップと、求められたエコー高さ比の波形信号における局部的な凹部に基づいて損傷の大きさを解析するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3922521号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献は、軸受ハウジングと軸受外輪との境界からの情報を得るものであり、軸受外輪と転動体との境界からの情報を含むものではない。したがって、潤滑油の供給状態を確認できるものではなかった。
【0007】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、その課題は、転がり軸受の軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油の不足状態を観測可能な転がり軸受における潤滑状態観測方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため本発明に係る転がり軸受における潤滑状態観測方法は、
転がり軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、前記軸受外輪と転動体との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測するものであり、
前記超音波探触子が、前記軸受ハウジングと前記軸受外輪との境界からの第1反射波と、軸受外輪と転動体との境界からの第2反射波とを含む反射波を受信するステップと、
前記超音波探触子が受信した前記反射波の中から基準となる第1反射波のピーク位置(音軸)と第2反射波を抽出して各エコー高さ比(H1,H2)を求めるエコー高さ比算出ステップと、を有する転がり軸受における潤滑状態観測方法であって、
求められた第2反射波についての前記エコー高さ比(H2)の波形信号において、転動体が超音波探触子の音軸上に来る前における波形の局所凸部と、転動体が音軸上を過ぎた後における凹状波形部分の(凹部の)ピーク位置と音軸との時間ズレ量(Δt)に基づいて、前記潤滑状態を観測するステップと、を有することを特徴とするものである。
【0009】
この構成による潤滑状態観測方法の作用・効果を説明する。潤滑状態を観測するために、本発明では超音波探触子を使用する。転がり軸受が支持される軸受ハウジングに超音波探触子を取り付け、超音波を軸受の外輪に向けて照射する。外輪に向けて照射された超音波は、軸受ハウジングと軸受外輪との境界で反射するとともに、軸受外輪と転動体との境界でも反射する。これらの反射波は、いずれも超音波探触子により受信されるが、時間的にずれて受信されるため、軸受外輪と転動体との境界からの反射波を軸受ハウジングと軸受外輪との境界からの反射波と分離した状態で受信することが可能である。
【0010】
この受信した反射波からエコー高さ比を求める。これは、反射波の大きさを定量的に表すために(標準化するために)使用される物理量である。エコー高さ比(H)とは、例えば、
H1=(1−h1/h0)×100 ・・(式1−1)
H2=(1−h2/h0)×100 ・・(式1−2)
により定義される。h1,h2は計測された第1反射波と第2反射波のエコー高さ(反射波の大きさ)であり、h0は転動体と転動体の間に超音波探触子の音軸が位置している時のエコー高さである。したがって、エコー高さ比Hは、各境界面からの音波の透過のしやすさの尺度であり、潤滑油の存在や潤滑状態の評価はH2で行う。なお100倍しているのは%表示するためであり、これに限定されるものではない。なお、h0をどのように設定するかは、上記に限定されるものではない。
【0011】
以上のように得られたエコー高さ比の波形信号において、転動体が超音波探触子の音軸上に来る前における波形の局所凸部と、転動体が音軸上を過ぎた後における波形部分の凹部のピーク位置と音軸との時間ズレ量に基づいて、潤滑油の不足状態を観測できることを本発明の発明者は見出したものである。なお、音軸とは、超音波探触子が超音波を照射する方向を代表して表す座標軸であり、第1反射波でのエコー高さ比H1のピーク位置として定まる。
【0012】
具体的な波形信号を図9(a)に示す。この波形信号は、2MHzの超音波を照射する超音波探触子の場合のものである。かかる超音波探触子の場合、観測領域における超音波の照射領域が広く、比較的厚い油膜(例えば、100μm)に対して感度がよいという特性がある。
【0013】
図9(a)は、エコー高さ比の波形信号を表わし、潤滑油が適切に供給されている状態の波形である。音軸yの左側のAで示すのが、転動体が音軸上に来る前における波形の凹部と局所凸部である。潤滑油の量は、転動体と軸受外輪の間の隙間の入口側に多く、出口側で少ない。この入口側における潤滑油の存在により、軸受外輪から潤滑油の中へ透過する超音波が存在する。これに起因して、波形の局所凸部Aが形成されると考えられる。したがって、この局所凸部Aの推移を観測することで、潤滑油の潤滑状態(十分であるか、不足しているかなど)を観測できるものと考えられる。また、後述するように、潤滑油が不足してくると、局所凸部Aが徐々に消失していくことを確認した。
【0014】
また、転動体の上記入口側と出口側とでは潤滑油の供給量が上記のごとく異なっている。したがって、波形信号は音軸に対して対称にはならず、波形部分の凹部のピーク位置と第1反射波で確認できる音軸yとの間に時間ズレ量Δtが生じる。この時間ズレ量Δtは、潤滑油の供給量に依存するものであり、潤滑油が不足してくると、この時間ズレ量Δtが小さくなっていくことを確認した。
【0015】
以上のような波形の特徴に着目することで、超音波探触子により、転がり軸受の軸受外輪(内輪)と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測可能であることが分かった。
【0016】
上記課題を解決するため本発明に係る転がり軸受における別の潤滑状態観測方法は、
転がり軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、前記軸受外輪と転動体との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測するものであり、
前記超音波探触子が、前記軸受ハウジングと前記軸受外輪との境界からの第1反射波と、軸受外輪と転動体との境界からの第2反射波とを含む反射波を受信するステップと、
基準となる第1反射波のピーク位置(音軸)と第2反射波を抽出して、各エコー高さ比(H1,H2)を求めるエコー高さ比算出ステップと、を有する転がり軸受における潤滑状態観測方法であって、
求められた第2反射波についての前記エコー高さ比(H2)の波形信号において、超音波探触子の音軸もしくは音軸近傍に位置する第2反射波の局所凸部のピーク量や凹部ピーク位置と音軸の時間ズレ量Δtの変化に基づいて、前記潤滑状態を観測するステップと、を有することを特徴とするものである。
【0017】
この構成による潤滑状態観測方法の作用・効果を説明する。エコー高さ比の波形信号を求める点は、前述の発明の構成と同じである。
【0018】
別の具体的な波形信号を図9(b)に示す。この波形信号は、10MHzの超音波を照射する超音波探触子の場合のものである。かかる超音波探触子の場合、観測領域における超音波の照射領域が狭く、比較的薄い油膜(例えば、20μm以下)を感度良く検知できるという特性がある。この超音波探触子の特性に応じて、得られるエコー高さ比の波形信号が2MHzの場合とは異なり、着目すべき特徴量も変わってくる。
【0019】
この場合、第1反射波のピークで決まる音軸yもしくは音軸y近傍に位置する波形部分のピーク量ΔHに着目した。潤滑油が適切に供給されている場合、外輪に到達した音波は転動体側に透過しやすく、H2のピークは上方に向いているが、潤滑油不足や面荒れが発生する場合は、超音波が転動体の方へ透過していく量が減るため、ピーク量が徐々に減少してくることを確認した。
【0020】
以上のような波形の特徴に着目することで、超音波探触子により、転がり軸受の軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油の潤滑状態を観測可能であることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】超音波探触子とボールの位置関係を説明する図
【図2】超音波探触子により受信される反射波(エコー信号)の波形を示す図
【図3】エコー高さ比の波形信号を示す図
【図4】観測装置の概要を示す模式図
【図4A】観測装置の機能を示すブロック図
【図5】測定に使用した軸受の状態を説明する図
【図6】超音波探触子の違いを説明する図
【図7】測定結果(2MHzの超音波探触子)を示す図
【図8】測定結果(10MHzの超音波探触子)を示す図
【図9】潤滑油不足を評価するための指標をまとめた図
【図10】実験前と実験後の軸受の表面粗さの測定結果を示す図
【図11】超音波探触子の特性を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る転がり軸受における潤滑状態観測方法の好適な実施形態を図面を用いて説明する。転がり軸受として、ボールベアリングを例にあげて説明する。
【0023】
<超音波観測の原理>
まず、本発明において、超音波探触子により潤滑状態を観測する場合の原理を説明する。図1は、超音波探触子とボール(転動体に相当)の位置関係を説明する図である。図2は、超音波探触子により受信される反射波(エコー信号)の波形である。図3は、第1・第2反射波のエコー高さ比の波形信号を示す図である。図4は、観測装置の概要を示す模式図である。
【0024】
図4にも示すように、軸受は、軸受外輪1と、軸受内輪3と、これらの間に位置する多数のボール2から構成される。図1に示すように、内輪3が矢印の方向に回転するものとすれば、ボールは図示のように時計方向に自転しながら反時計方向に公転する。ボール2と軸受外輪1の間には荷重が作用しており、面圧分布P2が形成される。ボール2が位置する点で大きな面圧が作用し、ボール2が存在しない位置では、面圧は作用しない分布となる。
【0025】
また、軸受外輪1と軸受ハウジング4の間にも面圧が作用し、面圧分布はP1で示される。面圧のピーク位置は、ほぼ面圧分布P2と同じである。ただし、面圧分布P2に比べて緩やかな分布曲線となる。
【0026】
超音波探触子5は、適宜の方法で軸受ハウジング4の外側に取り付けられる。その音軸yは、軸受Bの回転中心の方向を向いている。超音波探触子5は、音軸yを中心としたある程度の幅を持った領域に照射される。超音波は、軸受ハウジング4と軸受外輪1との境界、軸受外輪1とボール2との境界に向けて照射される。
【0027】
超音波探触子5から照射された超音波は、まず、軸受ハウジング4と軸受外輪1との境界に向かうが、この境界で一部反射し、一部透過する。超音波が透過する量は、面圧分布P1の大きさに依存して変化する。具体的には、面圧分布P1が大きいほど透過しやすくなり、この透過した超音波が、軸受外輪1とボール2の境界に向かうことになる。
【0028】
図1(a)は、ボール2とボール2の間にちょうど音軸yが位置するときであり、このときの音軸上の面圧は最も小さくなる。したがって、このときの第1反射波の大きさh0は最も大きくなる。このh0は、エコー高さ比を求めるときの標準値として使用する。この反射波は、超音波探触子5により受信される。
【0029】
図1(b)は、音軸上にボール2が近づきつつある状態を示す図である。軸受外輪1と軸受ハウジング4の間の面圧が徐々に大きくなるので、軸受外輪1内へ透過する超音波が増加し、軸受外輪1とボール2の境界C2へと向かう。この透過した超音波は、境界C2にて一部は反射し、一部はボール2や油膜へと透過する。この境界C2における反射波の大きさh2は、境界C2における潤滑状態に依存する。
【0030】
前述のように、ボール2と軸受外輪1の間には、面圧分布P1が存在するので、反射波の大きさh2は、両者の間の圧力の大きさに依存するとともに、ボール2と軸受外輪1の間に供給されている潤滑油の量にも依存する。すなわち、透過した超音波は、境界C2を介して潤滑油の中を一部透過していくため、潤滑状態に応じて反射波の大きさh2も影響を受ける。潤滑油が不足してくると、潤滑油内への超音波の透過がなくなってくるため、その影響が受信波形に現われてくると考えられる。
【0031】
ちなみに、ボール2と軸受外輪1の間に存在する潤滑油の量であるが、図1(b)にも示すように、潤滑油が入ってくる入口側E1の方が多く、出口側E2の方が少なくなっている。ボール2は、図示のように時計方向に自転しているので、軸受外輪1とボール2の間では、接触点よりも左側が入口側E1であり、右側が出口側E2となる。逆に、軸受内輪3とボール2の間では、右側が入口側となり左側が出口側となる。
【0032】
図1(c)は、音軸直下にボール2が来た時の様子を示している。この場合、境界C1における反射波の大きさh1はほぼ最小となり、軸受外輪1とボール2の境界C2へ向かう超音波の量は多くなる。
【0033】
図1(d)は、乾燥状態、すなわち、潤滑油が存在しない状態を示している。この場合、潤滑油の中へ透過していく超音波はなく、ボール2との固体接触部への透過のみとなるため、受信される信号波形もその影響を受ける。
【0034】
<信号波形>
次に、超音波探触子5により受信される反射波(エコー信号)の波形の具体例を図2に示す。横軸が時間であり、縦軸が反射波の大きさを示す。反射波は図に示すように、時間的に早い第1反射波とそれよりも時間的に遅い第2反射波により構成される。第1反射波は、軸受ハウジング4と軸受外輪1の境界C1からの反射波である。第2反射波は、軸受外輪1とボール2の境界C2からの反射波である。図2に示すように、第1反射波のピーク位置と第2反射波のピーク位置には、wtの時間的なズレが存在するので、第1反射波のピーク位置を基準として、第2反射波のピーク位置を取り出すことができる。このように時間的なズレを持った状態で観測することができ、境界C2からの反射波のみを観測することが可能である。ズレ量wtは、軸受の構造から決まるものであり、所定の範囲内にあることを予測可能である。
【0035】
第1反射波の大きさh1と第2反射波の大きさh2は、それぞれ波形成分の中のピーク値(最大値)が選択される。第1反射波のうち、図1(a)のように音軸yがちょうどボール2とボール2の間に位置するときに得られる第1反射波の大きさがh0で表わされる。
【0036】
また、潤滑状態を評価するに際しては、反射波の大きさではなく、エコー高さ比Hという物理量を用いる。エコー高さ比は次の式で表わされる。
【0037】
H=(1−h/h0)×100 ・・(式1)
また、境界C1からの反射波をエコー高さ比で表わすと
H1=(1−h1/h0)×100 ・・(式2)
境界C2からの反射波をエコー高さ比で表わすと、
H2=(1−h2/h0)×100 ・・(式3)
以上のように、反射波(エコー高さ)で評価するのではなく、標準化されたエコー高さ比Hにより評価を行うようにしている。
【0038】
<観測波形の一例>
図3は、実際に観測されたエコー高さ比を示すものである。上側(イ)が第2反射波による第2エコー高さ比H2であり、下側(ロ)が第1反射波によるf第1エコー高さ比H1である。第1エコー高さ比の場合、音軸直下では、透過する超音波の量が増えるため、h1が小さくなる。仮に、h1が0であれば、H1=1となる。また、図1(a)に示すような場合、h1≒h0であるからH1=0である。したがって、図に示すように、音軸直下で最もエコー高さ比H1が大きくなるような波形が得られる。
【0039】
図3(a)は、第2反射波によるエコー高さ比の波形信号を示す図であり、実線は潤滑油の供給が適切な状態を示し、破線は潤滑油が不足した状態、あるいは乾燥状態における信号波形を示す。この第2エコー高さ比H2の波形に関しては、後述する。ちなみに、第1エコー高さ比H1には潤滑状態の影響は表れないが、第2エコー高さ比H2に関しては、潤滑状態の変化が顕著に現れる。
【0040】
<観測装置の構成>
次に、エコー高さ比に基づく潤滑状態を観測するための観測装置の構成を図4により説明する。使用した軸受Bは、単列深溝玉軸受(6212)である。軸受外輪1、ボール2、軸受内輪3により構成され、軸受内輪3の内径はφ60mm、軸受外輪1の外径はφ110mmである。この軸受外輪1の外周を上下方向から1対の軸受ハウジング4により挟むようにして保持する。また、軸受Bには、上下方向にW=40kNの予圧を作用させた。
【0041】
軸受ハウジング4の上部、軸受Bの回転中心の真上に超音波探触子5を取り付けた。超音波探触子5の音軸は、垂直方向であり、軸受Bの回転中心の方向に向かっている。超音波探触子5は、超音波が2MHzと10MHzのものを使用した。超音波探触子5は、超音波を発信するとともに、反射して戻ってきた反射波を受信することもできる。
【0042】
超音波探触子5は超音波探傷器6と接続されており、この超音波探傷器6は、超音波探触子5の駆動、信号処理、受信した反射波の表示・解析などを行うことができる。また、受信したアナログ信号をデジタル処理しパソコン7に送信する機能を有する。
【0043】
超音波探傷器6は更にパソコン7(コンピュータ)に接続されており、超音波探傷器6からのデジタル処理された信号を受信し、波形の解析、解析された波形の表示、などを行うことができる。パソコン7は汎用のものを使用することができ、波形解析のための専用のソフトウェアがインストールされる。
【0044】
<観測装置の機能ブロック>
次に、図4に示す観測装置の機能をブロック図により説明する。この機能は、超音波探傷器6及びパソコン7により実現されるものであり、観測のためのソフトウェアも使用される。
【0045】
反射波信号受信手段10は、超音波探触子5が受信した反射波信号を受信する。基準反射波ピーク値検出手段11は、受信した反射波信号から、基準となる反射波の大きさh0を検出する。第1反射波ピーク値検出手段12は、受信した反射波のうち、第1反射波(軸受ハウジング4と軸受外輪1の境界C1からの反射波)からピーク値h1を検出する。第2反射波ピーク値検出手段13は、受信した反射波のうち、第2反射波(軸受外輪1とボール2の境界C2からの反射波)からピーク値h2を検出する。前述のように、第1反射波のピーク位置を基準として第2反射波のピーク位置を認識することができる。
【0046】
第1エコー高さ比演算手段14は、得られたh0とh1に基づいて、第1エコー高さ比を演算する。第2エコー高さ比演算手段15は、得られたh0とh2に基づいて、第2エコー高さ比を演算する。
【0047】
局所凸部検出手段17は、第2エコー高さ比の波形信号に含まれる局所凸部の検出を行う。Δt演算手段18は、第2エコー高さ比の凹状波形信号と第1反射波のピーク位置の差からΔtの演算を行う。ΔH演算手段19は、第2エコー高さ比の波形信号からΔHの演算を行う。これら局所凸部、Δt、ΔHについては、後述する。波形の特徴量を抽出することで、これらの演算を行うことができる。
【0048】
なお、予めしきい値を設定しておき、潤滑油の不足状態が生じ始めているか否かなどの自動判定を行うことも可能である。例えば、ΔtやΔHの大きさが予め設定したしきい値を超えた時に、潤滑油不足であると判定可能である。また、局所凸部の形状を抽出し、凸部の減少量などから潤滑状態を評価することができる。
【0049】
表示手段7a(モニター)は、受信した波形信号や、演算されたエコー高さ比の波形信号等をモニターの画面に表示させる。また、局所凸部の検出結果や、Δt、ΔHの演算結果を表示させることもできる。
【0050】
<実験条件>
次に、実験条件について説明する。まず、図5は、測定に使用した軸受の状態を説明する図である。
【0051】
図5(a)は、軸受の受け入れ状態を示すものであり、軸受外輪1及び軸受内輪3の表面には、防錆剤としての油膜が形成されている。次に、この受け入れた状態の軸受に対して、アセトンによる超音波洗浄を2回行う。これにより、(b)に示すような乾燥状態の軸受とすることができる。さらに、この乾燥状態の軸受に対して、潤滑剤を噴霧する。使用した潤滑剤は、鉱物油ベース合成潤滑剤(CRC5−56)であり、噴霧量は0.5ccとした。噴霧量は通常の使用条件に比べて少量であるが、実験結果を早期に確認するために、少量に設定した。
【0052】
次に、超音波探触子について説明する。超音波探触子は、2MHzの超音波と10MHzの超音波を照射するものをそれぞれ使用した。それぞれの特性について説明する。
【0053】
図11は、超音波探触子によりパルス状の超音波を照射させる場合の特性を示すグラフである。グラフの縦軸は、エコー高さhを表わし、横軸は膜厚Lと波長λの比率を表わす。この図からも分かるように、膜厚比の変化に対してエコー高さhの変化が検出される範囲は限定されており、L/λ≦0.1の範囲であれば、膜厚の変化を精度よく検出可能である。したがって、λの大きさ(超音波の波長)に依存して、検出可能な範囲が変わることが分かる。
【0054】
以上のことから、2MHzの超音波探触子は、10MHzのものに比べて、超音波の波長が長く、比較的厚い油膜も検知できるという特性がある。例えば、100〜200μmの油膜に対しても検知することができる。すなわち、ある程度の油膜が存在している状況(ヘルツ接触からかなり離れた箇所)における膜厚の変化を検出可能である。したがって、図1でも示したように、入口側E1における潤滑油の不足状態への移行を容易に観測することができる。
【0055】
また、図6(a)に示すように、超音波照射領域が相対的に広範囲となっている。ボール2と軸受外輪1の間のEHL(弾性流体潤滑)領域に比べて、超音波照射領域はかなり広くなる。具体的には、EHL領域はφ0.3mm程度であり、照射領域はφ7〜10mm程度である。
【0056】
なお、第1反射波と第2反射波の波形信号を合わせて表示している。照射領域が比較的広いために、2つの反射波信号は一部干渉している領域はあるが、分離可能なレベルであり問題はない。したがって、ピーク値であるh1やh2は個別に抽出することができる。
【0057】
10MHzの超音波探触子は、超音波の波長が相対的に短く、厚膜の検知は難しいが、薄膜の検知は行いやすいという特性がある。すなわち、EHL領域近傍の薄膜部における潤滑油不足や固体接触状態の観測に適している。例えば、20μm程度の薄膜の潤滑状態の変化を検知することができる。また、照射領域の範囲は、相対的に狭くなる。
【0058】
図6(b)に示すように、EHL領域に比べて、超音波照射領域は少し大きい程度に設定されることになる。また、振動子の振動が減衰しやすいので、第1反射波と第2反射波の波形信号は、明確に分離された状態で受信される。
【0059】
<観測結果(2MHz)>
次に、上記の実験条件で得られた実験結果を順に説明する。図7は、2MHzの超音波探触子を用いて、軸受に前述の潤滑油(鉱物油0.5cc)を噴霧した場合の観測結果を示す。(a)は運転開始初期における測定結果を示す。上段が第2エコー高さ比H2であり、下段が第1エコー高さ比H1であり、縦軸の単位は%である。また、横軸は時間軸を表わしている。(b)は50分経過後、(c)は100分経過後である。
【0060】
これら3つのグラフを見て分かることは、第1エコー高さ比H1に関しては、音軸上に波形のピーク値があり、時間の経過とともに顕著な変化は見られない。一方、第2エコー高さ比H2に関しては、波形自体に特徴があり、しかもそれが時間の経過と共に変化していることである。この変化は、潤滑油の供給状態が変化すること、すなわち、潤滑油が徐々に不足していき、最後には乾燥状態になっていくことを表わしていることを本願発明者は見出したものである。
【0061】
図7(d)は、第2エコー高さ比H2の波形の特徴を拡大して示す図である。音軸yに対して、時間的に早い側に局所凸部Aが見られる。これが第1の特徴である。この時間的に早い側とは、入口側E1における潤滑油の供給状態を捕捉したものといえる。この入口側E1に潤滑油が存在していると、境界C2を介して潤滑油の内部に超音波が透過していく。この透過量は、潤滑油の量により変化する。
【0062】
図7(a)(b)(c)のグラフを比較すると分かるように、上記局所凸部Aは時間の経過とともに小さくなって行き、最後には局所凸部Aが消失する。この時点では、潤滑油がかなり不足しているか、潤滑油が存在しない状態になっていると考えられる。
【0063】
また、音軸yよりも時間的に遅い側に位置する波形部分には、凹部のピーク位置(極小値を取る個所)があるが、このピーク位置は、音軸上にはなく、ズレ量Δtだけずれている。このずれは、入口側E1と出口側E2とで潤滑油の量が異なっているため、すなわち、音軸yに対して非対称に潤滑油が存在するためであると推定できる。
【0064】
図7(a)(b)(c)のグラフを比較すると分かるように、上記Δtは時間の経過とともに小さくなって行き、最後にはΔt=0、すなわち、ピーク位置は音軸上に来るものと推定される。図7(c)に示すように、音軸上に来た時には、第2エコー高さ比H2の波形信号そのものが非対称から対称(ほぼ対称)になっていると考えられる。この状態では、潤滑油がかなり不足しているか、潤滑油のない乾燥状態であり、入口側E1も出口側E2も潤滑状態が音軸yに対して対称になるため(入口側E1も出口側E2も潤滑油が存在しない)、波形そのものも対称に近づいてくると考えられる。
【0065】
<観測結果(10MHz)>
図8は、10MHzの超音波探触子を用いて、軸受に前述の潤滑油(鉱物油0.5cc)を噴霧した場合の観測結果を示す。(a)は運転開始初期における測定結果を示す。上段が第2エコー高さ比であり、下段が第1エコー高さ比であり、縦軸の単位は%である。また、横軸は時間軸を表わしている。(b)は30分経過後、(c)は180分経過後である。
【0066】
これら3つのグラフを見て分かることは、第1エコー高さ比H1に関しては、2MHzの超音波探触子の場合と同様に、音軸上に波形のピーク値があり、時間の経過とともに顕著な変化は見られない。一方、第2エコー高さ比H2に関しては、波形自体に特徴があり、しかもそれが時間の経過と共に変化していることである。この変化は、潤滑油の供給状態が変化すること、すなわち、潤滑油が徐々に不足していき、最後には乾燥状態になっていくことを表わしているものと考えられる。
【0067】
図8(a)(b)(c)のグラフを比較すると分かるように、音軸y(もしくは音軸近傍)に位置する凸状の波形のピーク量ΔHは、時間の経過とともに、徐々に下に下がっていくことが観測された。図7の場合と波形が異なっているが、これは10MHzの超音波探触子の場合、照射領域が比較的狭く、油膜が薄い部分での変化のみを顕著に捕捉しているためである。厚膜部では、図11に示したように、ほぼ乾燥状態と同程度のH2となり、そこでのH2の変化は顕著でないため、入口側E1と出口側E2の潤滑油の供給量の違いに起因する波形の非対称性は見られない。
【0068】
従って、超音波の照射が薄膜で支配されるEHL領域近傍における変化が顕著に捉えられる。すなわち、初期状態は潤滑油が存在し、音軸近傍(EHL領域近く)で薄膜やボール2へ透過する音波の量が増え、ΔHが高く表われるが、潤滑油が徐々に不足してくると、接触部近傍の潤滑油がなくなり、乾燥状態での固体接触部からの音波の透過しか望めなくなるために、軸受外輪からボール側への透過量が減少して、音軸上のH2のピーク値は低下する。これに加え、固体接触による面荒れの発生のため、さらにH2のピーク値は下がることになる。したがって、このピーク量ΔHにより、潤滑油の不足状態や、ボール2や軸受外輪1の面荒れ状態を評価できるものと考えられる。
【0069】
<評価指標のまとめ>
次に、図9により、第2エコー高さ比の波形信号から潤滑油の不足や面荒れの評価指標をまとめて示す。
(1)2MHzの超音波探触子を用いた場合、波形の局所凸部Aの大きさや波形の対称性(Δt)に基づいて、評価を行うことができる。
(2)10MHzの超音波探触子を用いた場合、音軸上のピーク量ΔHに基づいて、評価を行うことができる。
【0070】
図10は、実験に使用した軸受の表面粗さを実測したものである。(a)は実験前における外輪、内輪、ボールの表面粗さを測定したものであり、(b)は実験終了後に同様に表面粗さを測定したものである。実験後には、かなり表面粗さが大きくなっており、潤滑油の不足により、面荒れが発生したことが確認できた。このことからも、面荒れの変化が第2エコー高さ比の波形信号に現われたことを実証できたといえる。
【0071】
<別実施形態>
転がり軸受の種類については、本実施形態では、単列深溝玉軸受を例に挙げて説明したが、これに限定されるものではない。
【符号の説明】
【0072】
1 軸受外輪
2 ボール
3 軸受内輪
4 軸受ハウジング
5 超音波探触子
Δt ズレ量
ΔH ピーク量
h,h1,h2 反射波の大きさ(エコー高さ)
y 音軸
A 局所凸部
C1,C2 境界
E1 入口側
E2 出口側
H,H1,H2 エコー高さ比
P1,P2 面圧分布
【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、前記軸受外輪と転動体との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測するものであり、
前記超音波探触子が、前記軸受ハウジングと前記軸受外輪との境界からの第1反射波と、軸受外輪と転動体との境界からの第2反射波とを含む反射波を受信するステップと、
前記超音波探触子が受信した前記反射波の中から基準となる第1反射波のピーク位置(音軸)と第2反射波を抽出して、各エコー高さ比(H1,H2)を求めるエコー高さ比算出ステップと、を有する転がり軸受における潤滑状態観測方法であって、
求められた第2反射波についての前記エコー高さ比(H2)の波形信号において、転動体が超音波探触子の音軸上に来る前における波形の局所凸部と、転動体が音軸上を過ぎた後における凹状波形部分のピーク位置と音軸との時間ズレ量(Δt)に基づいて、前記潤滑状態を観測するステップと、を有することを特徴とする転がり軸受における潤滑状態観測方法。
【請求項2】
転がり軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、前記軸受外輪と転動体との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測するものであり、
前記超音波探触子が、前記軸受ハウジングと前記軸受外輪との境界からの第1反射波と、軸受外輪と転動体との境界からの第2反射波とを含む反射波を受信するステップと、
基準となる第1反射波のピーク位置(音軸)と第2反射波を抽出して、各エコー高さ比(H1,H2)を求めるエコー高さ比算出ステップと、を有する転がり軸受における潤滑状態観測方法であって、
求められた第2反射波についての前記エコー高さ比(H2)の波形信号において、超音波探触子の音軸もしくは音軸近傍に位置する凸状波形部分のピーク量(ΔH)の変化に基づいて、前記潤滑状態を観測するステップと、を有することを特徴とする転がり軸受における潤滑状態観測方法。
【請求項1】
転がり軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、前記軸受外輪と転動体との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測するものであり、
前記超音波探触子が、前記軸受ハウジングと前記軸受外輪との境界からの第1反射波と、軸受外輪と転動体との境界からの第2反射波とを含む反射波を受信するステップと、
前記超音波探触子が受信した前記反射波の中から基準となる第1反射波のピーク位置(音軸)と第2反射波を抽出して、各エコー高さ比(H1,H2)を求めるエコー高さ比算出ステップと、を有する転がり軸受における潤滑状態観測方法であって、
求められた第2反射波についての前記エコー高さ比(H2)の波形信号において、転動体が超音波探触子の音軸上に来る前における波形の局所凸部と、転動体が音軸上を過ぎた後における凹状波形部分のピーク位置と音軸との時間ズレ量(Δt)に基づいて、前記潤滑状態を観測するステップと、を有することを特徴とする転がり軸受における潤滑状態観測方法。
【請求項2】
転がり軸受が支持される軸受ハウジングに取り付けられる超音波探触子から超音波を前記軸受の軸受外輪に向けて発生させ、前記軸受外輪と転動体との境界からの反射波を測定することにより、軸受外輪と転動体の間に存在する潤滑油や潤滑状態を観測するものであり、
前記超音波探触子が、前記軸受ハウジングと前記軸受外輪との境界からの第1反射波と、軸受外輪と転動体との境界からの第2反射波とを含む反射波を受信するステップと、
基準となる第1反射波のピーク位置(音軸)と第2反射波を抽出して、各エコー高さ比(H1,H2)を求めるエコー高さ比算出ステップと、を有する転がり軸受における潤滑状態観測方法であって、
求められた第2反射波についての前記エコー高さ比(H2)の波形信号において、超音波探触子の音軸もしくは音軸近傍に位置する凸状波形部分のピーク量(ΔH)の変化に基づいて、前記潤滑状態を観測するステップと、を有することを特徴とする転がり軸受における潤滑状態観測方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図4A】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図4A】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−181237(P2010−181237A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−24020(P2009−24020)
【出願日】平成21年2月4日(2009.2.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年10月10日 発行の「社団法人日本設計工学会 平成20年度秋季大会研究発表講演会 講演論文集」に発表
【出願人】(509093026)公立大学法人高知工科大学 (95)
【出願人】(392000110)オートマックス株式会社 (16)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年2月4日(2009.2.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年10月10日 発行の「社団法人日本設計工学会 平成20年度秋季大会研究発表講演会 講演論文集」に発表
【出願人】(509093026)公立大学法人高知工科大学 (95)
【出願人】(392000110)オートマックス株式会社 (16)
【Fターム(参考)】
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