説明

転動装置

【課題】 摩擦係数が低く、従来よりも音響寿命の長い転動装置を提供する。
【解決手段】 外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対応する軌道面を有し前記内方部材の外方に配置された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配設された複数の転動体とを備え、前記内方部材と前記外方部材との間に形成され、前記転動体が配設された空隙部内に、エステル油を基油全量の50質量%以上含有する基油と、グリース全量に対して8〜20質量%のリチウム石けんからなる増ちょう剤と、グリース全量に対して0.5〜5質量%の不飽和脂肪酸とを含有するグリース組成物を封入した転動装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハードディスクドライブ(HDD)、ビデオテープレコーダ(VTR)、デジタルオーディオテープレコーダ(DAT)、デジタルビデオカセット(DVC)、レーザビームプリンタ(LBP)や情報機器用小型冷却ファンモータ等の回転支持部に用いられる転がり軸受、あるいは工作機械に使用される小ストロークで揺動動作するリニアガイド装置、ボールなじ、直動ベアリング等の転動装置に関し、特にトルク性や音響耐久性の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
上記に挙げた機器に使用される転動装置では、潤滑のためにグリース組成物を封入したり、転動面に潤滑油を塗布し、更にグリース組成物を封入する等の対策が採られている。例えば、VTR等に使用される転がり軸受ではグリース潤滑が主流となっており、代表的なグリースとして、ジエステルとポリオールエステルとの混合油を基油とし、増ちょう剤にリチウム石けんを用いたものや、ポリオールエステルとアルキルフェニルエーテルとの混合油を基油とし、増ちょう剤にリチウム石けんを用いたものが知られている。
【0003】
しかし、上記に挙げた機器は、技術革新のスピードが早く、1つの機種の存在期間が短い上、新技術を導入した新機種(高精度、コンパクト化)が次々と生まれている。これに伴い、使用される転動装置も高温で使用されたり、高速回転で使用されて使用条件が厳しくなっており、その一方で低トルクや低騒音化等の高性能化が要求され、さらには小型化も望まれており、本出願人も先に、炭酸エステルを基油に用いたグリース組成物を用いることで、転がり軸受の低摩擦化、音響長寿命化を図ることを提案している(特許文献1参照)。
【特許文献1】特許第3513146号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、装置の小型化、高速回転化の更なる進行は必至であり、今後とも低トルク性や音響耐久性の改善要求は強い。そこで、本発明は、摩擦係数が低く、従来よりも音響寿命の長い転動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するために、本発明は以下の転動装置を提供する。
(1)外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対応する軌道面を有し前記内方部材の外方に配置された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配設された複数の転動体とを備え、前記内方部材と前記外方部材との間に形成され、前記転動体が配設された空隙部内にグリース組成物を封入してなる転動装置であって、
前記グリース組成物が、エステル油を基油全量の50質量%以上含有する基油と、グリース全量に対して8〜20質量%のリチウム石けんからなる増ちょう剤と、グリース全量に対して0.5〜5質量%の不飽和脂肪酸とを含有することを特徴とする転動装置。
(2)前記エステル油が、下記一般式(I)で表される炭酸エステルであることを特徴とする上記(1)記載の転動装置。
1O−CO−OR2 ・・・(I)
(式中、R1及びR2は、それぞれ独立して炭素数6〜30の飽和または不飽和の直鎖または分岐アルキル基である。)
(3)玉径2mm以下で、PCD9mm以下の転がり軸受であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の転動装置。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、従来よりも低トルクで、音響寿命に優れた転動装置が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に本発明について詳細に説明する。
【0008】
本発明において、転動装置の種類や構造には制限がなく、転がり軸受、ボールねじ、リニアガイド装置、直動ベアリング等の直動装置を対象とすることができる。尚、本発明における内方部材とは、転がり軸受では内輪、ボールねじではねじ軸、リニアガイド装置では案内レール、直動ベアリングでは軸を意味し、外方部材とは、転がり軸受では外輪、ボールねじではナット、リニアガイド装置ではスライダ、直動ベアリングでは外筒を意味する。
【0009】
ここでは、図1に示すような玉軸受を例示して説明する。玉軸受は、外輪1と内輪2との間に、複数の玉3を保持器4を介して転動自在に保持し、更に外輪1、内輪2及び玉3とで形成される軸受空間Sに、後述されるグリース組成物(図示せず)を充填し、シール5で密封して構成される。また、玉軸受の中でも、玉径が2mm以下、PCDが9mm以下のものが好適である。尚、PCDとは転動体(玉)ピッチ径で、軸受内径と外径の平均値である。このような特定寸法の玉軸受は、型番695(内径5mm、外径13mm、玉径2mm、PCD9mm)や、型番694(内径4mm、外径10mm、玉径1mm、PCD7mm)等が挙げられ、後述されるグリース組成物を封入することにより、特に顕著なトルク性及び音響寿命が得られる。
【0010】
グリース組成物において、基油は、エステル油を基油全量の50質量%以上含有し、エステル油単独とすることがより好ましい。エステル油の割合が50質量%未満では、エステル油による摩擦低減効果が得られない。併用可能な潤滑油としては、アルキルジフェニルエーテル等のエーテル系合成油、ポリαオレフィン等の合成炭化水素油、パラフィン系鉱油等の鉱物油が挙げられる。
【0011】
エステル油としては、二塩基酸と分岐アルコールとの反応から得られるジエステル油、炭酸エステル油、芳香族系三塩基酸と分岐アルコールとの反応から得られる芳香族エステル油、一塩基酸と多価アルコールとの反応から得られるポリオールエステル油等を使用できる。
【0012】
ジエステル油としては、ジオクチルアジペート(DOA)、ジイソデシルアジペート(DIBA)、ジブチルアジペート(DBA)、ジオクチルアゼレート(DOZ)、ジブチルセバケート(DBS)、ジオクチルセバケート(DOS)、メチル・アセチルシノレート(MAR−N)等が挙げられる。
【0013】
芳香族エステル油としては、トリオクチルトリメリテート(TOTM)、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテート等が挙げられる。
【0014】
ポリオールエステル油としては、以下に示す多価アルコールと一塩基酸とを適宜組み合わせて反応させて得られるものが挙げられる。尚、一塩基酸は単独でもよいし、複数を用いてもよい。更に、多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステルとして用いてもよい。多価アルコールとしては、トリメチロールプロパン(TMP)、ペンタエリスリトール(PE)、ジペンタエリスリトール(DPE)、ネオペンチルグルコール(NPG)、2−メチル−2−プロピル−1,3−プロパンジオール(MPPD)等が挙げられる。また、一塩基酸としては、主に炭素数4〜16の一価脂肪酸が用いられ、具体的には、酪酸、吉草酸、カプロン酸、カプリル酸、エナント酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、スミテリン酸、パルミチン酸、牛脂脂肪酸、ステアリン酸、カプロレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、オレイン酸、エライジン酸、ソルビン酸、リノール酸、リノイン酸、リシノール酸等が挙げられる。
【0015】
エステル油の中でも、下記一般式(I)で表される炭酸エステルが好ましい。
1O−CO−OR2 ・・・(I)
式中、R1及びR2は、それぞれ独立して炭素数6〜30、好ましくは7〜25の飽和または不飽和の直鎖または分岐アルキル基である。また、分岐アルキル基としては、下記一般式(II)で表されるものが好ましい。
−CH2CHR34 ・・・(II)
式中、R3は炭素数1〜7の飽和脂直鎖アルキル基であり、R4は炭素数4〜12の飽和直鎖アルキル基である。特に好ましいのは、R3とR4の炭素数の和が11〜13のものである。
【0016】
また、基油の動粘度は、40℃において10〜100mm2/sが好ましく、15〜70mm2/sがより好ましい。
【0017】
増ちょう剤は、リチウム石けんを用いる。好ましいリチウム石けんは、1価または2価の有機脂肪酸または有機ヒドロキシ脂肪酸と、リチウムの水酸化物とを反応させて得られる有機脂肪酸リチウム塩または有機ヒドロキシ脂肪酸リチウム塩である。有機脂肪酸としては、特に制限されないが、ラウリン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、牛脂脂肪酸等が挙げられる。また、有機ヒドロキシ脂肪酸としては、9−ヒドロキシステアリン酸、10−ヒドロキシステアリン酸、12−ヒドロキシステアリン酸、9,10−ジヒドロキシステアリン酸、リシノール酸、リシノエライジン酸等が挙げられる。中でも、ステアリン酸と水酸化リチウムとからなるステアリン酸リチウムや、12−ヒドロキシステアリン酸と水酸化リチウムとからなる12−ヒドロキシステアリン酸リチウムが好ましい。これらは単独でも、複数種を混合して用いてもよい。
【0018】
これらリチウム石けんは、グリース全量に対して8〜20質量%配合される。配合量が8質量%未満では、上記の基油を保持できず、グリースを形成できない。また、配合量が20質量%を越えると、目的とする低トルク化が実現できなくなる。
【0019】
グリース組成物には、不飽和脂肪酸が必須の添加剤として添加される。不飽和脂肪酸としては、一価の不飽和脂肪酸等を使用でき、特に好ましいものは炭素数17の不飽和脂肪酸、例えばオレイン酸である。不飽和脂肪酸はグリース全量に対して0.5〜5質量%、好ましくは1〜5質量%添加される。不飽和脂肪酸はグリースを軟化させる作用があり、このためグリースの流動性が高まり、転がり接触部へのグリース供給性が向上して十分な潤滑作用が発現し、結果的に音響寿命が向上する。但し、添加量が5質量%を越えると、グリースが軟化しすぎて漏洩するようになり、耐久性に問題が生じる。
【0020】
グリース組成物には、本発明の効果を損なわない範囲でその他の添加剤を添加してもよい。例えば、何れも公知の酸化防止剤、防錆剤、金属腐食防止剤等を適量添加することができる。
【実施例】
【0021】
(実施例1〜4、比較例1〜6)
表1に示す配合にて試験グリースを調製し、非接触ゴムシール(V形)付き単列深溝玉軸受(呼び番号694;内径4mm、外径10mm、幅2mm、玉径1.0mm、PCD
mm)に、軸受空間の10%に相当する量を封入して試験軸受を作製した。そして、試験軸受を下記に示す(1)音響軸受試験及び(2)軸受トルク試験に供した。試験結果を表1に併記する。
【0022】
(1)音響軸受試験
・軸受回転速度 :2800minー1
・アキシアル荷重:17.6N
・雰囲気温度 :90℃
・測定方法 :試験軸受のアキシアル方向の加速度振動値(G値)を測定
・判定喜寿 :試験前後のG値の上昇値から、下記の如く評価した。尚、少数点以 下を四捨五入した。また、単位は「×10-2m/s2」である。
◎:G値上昇5以下(合格)
○:G値上昇6〜10(合格)
△:G値上昇11〜20(不合格)
×:G値上昇21以上(不合格)
【0023】
(2)軸受トルク試験
・軸受回転速度 :2800minー1
・アキシアル荷重:7.8N
・雰囲気温度 :室温(約25℃)
・測定方法 :試験開始5分後のトルク値を測定
・判定喜寿 :測定値を基に、下記の如く評価した。尚、少数点以下2桁目を四捨 五入した。また、単位は「×10-4N・m」である。
◎:0.9以下(合格)
○:1〜1.5(合格)
△:1.6〜2(不合格)
×:2.1以上(不合格)
【0024】
【表1】

【0025】
表1に示すように、本発明に従い、エステル油を50質量%以上の割合で含む基油と、特定量のリチウム石けん及び不飽和脂肪酸とを含む試験グリースを封入した各実施例の試験軸受は、音響軸受試験及び軸受トルク試験の何れも合格である。
【0026】
これに対し、比較例3,6のように、炭酸エステルを基油全量の50質量%以上含まない基油を用いると、実施例2、3のように50質量%以上含む基油を用いた場合に比べて音響寿命及びトルクに劣るようになり、特に炭酸エステルを全く含まない比較例6は大きく劣っている。
【0027】
また、比較例1、2のように、リチウム石けん量が8質量未満あるいは20質量%超の試験グリースを封入しても音響寿命に劣り、特に20質量%を越えて含有する比較例1ではトルクにも劣るようになる。
【0028】
また、比較例4、5のように、不飽和脂肪酸量が0.5質量未満あるいは5質量%超の試験グリースを封入しても音響寿命に劣り、特に0.5質量%未満である比較例4ではトルクにも劣るようになる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の転動装置の一例である玉軸受を示す断面図である。
【符号の説明】
【0030】
1 外輪
2 外輪
3 玉
4 シール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対応する軌道面を有し前記内方部材の外方に配置された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配設された複数の転動体とを備え、前記内方部材と前記外方部材との間に形成され、前記転動体が配設された空隙部内にグリース組成物を封入してなる転動装置であって、
前記グリース組成物が、エステル油を基油全量の50質量%以上含有する基油と、グリース全量に対して8〜20質量%のリチウム石けんからなる増ちょう剤と、グリース全量に対して0.5〜5質量%の不飽和脂肪酸とを含有することを特徴とする転動装置。
【請求項2】
前記エステル油が、下記一般式(I)で表される炭酸エステルであることを特徴とする請求項1記載の転動装置。
1O−CO−OR2 ・・・(I)
(式中、R1及びR2は、それぞれ独立して炭素数6〜30の飽和または不飽和の直鎖または分岐アルキル基である。)
【請求項3】
玉径2mm以下で、PCD9mm以下の転がり軸受であることを特徴とする請求項1または2に記載の転動装置。

【図1】
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【公開番号】特開2006−38086(P2006−38086A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−218300(P2004−218300)
【出願日】平成16年7月27日(2004.7.27)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】