説明

送信装置とその励振器および歪み補償方法

【課題】経時変化による出力変動を抑圧した送信装置を提供すること。
【解決手段】実施形態によれば、送信装置は、入力信号を増幅する増幅部と、入力信号に前置歪みを与えて増幅部の歪みを補償する補償部と、増幅部からの出力信号を分岐して補償部にフィードバックするループとを具備する。補償部は、データ生成部と、歪補償部とを備える。データ生成部は、入力信号に前置歪みを与えるために必要な補償データを、入力信号とフィードバックされた出力信号とを比較した結果に基づいて生成する。歪補償部は、補償データに基づいて入力信号に前置歪みを与える。ここに補償データは、第1乃至第3データを含む。第1データは、入力信号の入力振幅に依存する出力信号の出力振幅の非線形性を補償するためのデータである。第2データは、入力振幅に依存する出力信号の出力位相の非線形性を補償するためのデータである。第3データは、入力振幅に依存しない出力位相の非線形性を補償するためのデータである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、例えば地上ディジタル放送システムに適用可能な送信装置とその励振器および歪み補償方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ディジタル放送システムに用いる送信装置では増幅部(Power Amplifier:PA)の非線形特性を補償することが大きな技術ポイントとなっている。放送システムのような大電力送信装置ではその非線形特性の補償方式として、一般的にはプリディストーション方式が採用される場合が多い。プリディストーション方式とはPAの非線形特性の逆特性をあらかじめPAの入力信号に掛け合わせて入力させることでPAの非線形特性による非線形歪を抑圧する方式である。送信装置に用いられるエキサイタ(励振器)は、放送波となる変調信号を生成するとともにプリディストーション方式による非線形歪補償機能を有する。
【0003】
プリディストーション方式の逆歪特性を検出する方法のひとつとして、PA出力の一部をエキサイタに入力し、PAの入力信号となる歪のない信号と比較することでPAの非線形特性を検出し、そこから逆歪特性を算出する方法がある。この機能によりPAの非線形特性の変動に常に追従して安定した歪補償性能を実現することが出来る。
【0004】
ところで、高出力の送信装置においては複数の増幅部を備え、各増幅部の出力を合成して大電力を得る形式のものがある。この種の送信装置では合成前の各増幅部の出力位相が変動することにより、出力電力が減少するという問題がある。既存の送信装置では信号の伝送経路の位相や接続ケーブル長などを物理的に調整することで位相のずれによる合成損失を最小限に抑圧するようにしている。また、回路構成を工夫することなどで、温度変動や経時的な変動を最小限にするようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−312935号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
既存の技術ではハードウェア的な領域での追い込みにより複数の増幅部の位相ずれを解消するようにしている。しかしながら時間が経つにつれ位相はやはり変動することが否めず、合成損失は次第に増えてゆくことを避けられないのが現状である。
目的は、経時変化による出力変動を抑圧した送信装置とその励振器および歪み補償方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
実施形態によれば、送信装置は、入力信号を増幅する増幅部と、入力信号に前置歪みを与えて増幅部の歪みを補償する補償部と、増幅部からの出力信号を分岐して補償部にフィードバックするループとを具備する。補償部は、データ生成部と、歪補償部とを備える。データ生成部は、入力信号に前置歪みを与えるために必要な補償データを、入力信号とフィードバックされた出力信号とを比較した結果に基づいて生成する。歪補償部は、補償データに基づいて入力信号に前置歪みを与える。ここに補償データは、第1乃至第3データを含む。第1データは、入力信号の入力振幅に依存する出力信号の出力振幅の非線形性を補償するためのデータである。第2データは、入力振幅に依存する出力信号の出力位相の非線形性を補償するためのデータである。第3データは、入力信号とフィードバック信号との遅延時間を補償するためのデータで、入力振幅に依存しない出力信号の出力位相のずれ(非線形性)も含む。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施形態に係わる送信装置の一例を示す機能ブロック図。
【図2】図1に示される励振器31,32の一例を示す機能ブロック図。
【図3】AM−AM補償テーブル96aおよびAM−PM補償テーブル96bに記録される内容の一例を示す模式図。
【図4】比較のため既存の励振器を示す機能ブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
図1は、実施形態に係わる送信装置の一例を示す機能ブロック図である。図1に示される送信装置は、入力信号を複数の増幅モジュールに分配して入力し、各モジュールで増幅された信号を合成して大出力を得る形式である。すなわち実施形態の送信装置は、増幅器とこの増幅器の歪みを補償する励振器とを直列に接続したモジュールを、2系統具備する。入力信号は分配器20により2系統に分配され、それぞれのモジュールに入力される。各モジュールの出力信号は、合成器70により合成され、送信装置出力が得られる。なお送信装置出力の帯域を制限するバンドパスフィルタ(BPF)80を備えるようにしても良い。
【0010】
図1において、OFDM変調器10からのOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplex )変調された入力信号は、分配器20において2系統に分配されて励振器31,32に入力される。励振器31,32は入力信号を周波数変換するとともに、増幅器51,52における歪み補償のための前置歪みを入力信号に与える。周波数変換のためのローカル信号は局部発振器60において発生され、分岐部40を介して励振器31,32に与えられる。励振器31,32の出力はそれぞれ後段に接続される増幅器51,52に入力され、個別に電力増幅される。
【0011】
増幅器51,52の出力は分岐部Dにより2系統に分岐される。このうち一方の信号は合成器70に入力されて電力合成される。これにより無線帯域の送信信号が送信出力レベルで出力される。この送信信号はバンドパスフィルタ(BPF)80により帯域を制限され、送信装置出力として出力される。分岐部Dで分岐された他方の信号はそれぞれ励振器31,32にフィードバックされ、信号のループが形成される。
【0012】
図2は、図1に示される励振器31,32の一例を示す機能ブロック図である。励振器31,32には少なくとも3系統の信号が入力される。すなわちOFDM変調器10からのOFDM信号(OFDM入力)と、分岐部Dからのフィードバック信号(フィードバック入力)と、局部発振器60からのローカル信号である。
【0013】
このうちOFDM入力はIF信号処理部91に入力され、中間周波数(Intermediate Frequency)帯域での信号処理が施される。IF信号処理部91の出力は歪補償部92に入力され、後段(図1)の増幅器51,52の歪みを補償するための振幅制御、位相制御が施される。すなわち歪補償部92は、入力信号に前置歪みを与えることで増幅器51,52の歪みを補償する。この補償のために、データ生成部100により補償データが生成される。
【0014】
歪補償部92の出力は周波数変換部93と、データ生成部100の遅延推定・補償部95に入力される。周波数変換部93は歪補償部92の出力をローカル信号の周波数に応じて周波数変換し、この周波数変換された信号は励振器出力として後段の増幅器に入力される。
【0015】
フィードバック信号はフィードバック信号処理部94を介して、データ生成部100の遅延推定・補償部95に入力される。遅延推定・補償部95は、歪補償部92の出力と、フィードバック信号処理部94の出力とを入力として受ける。遅延推定・補償部95は歪補償部92の出力(すなわちOFDM信号:送信装置への入力信号と等価)を基準として、このOFDM信号とフィードバック信号との遅延時間および位相のずれを検出して、同時にそのずれを合わせるための処理を行う。
【0016】
この処理のため遅延推定・補償部95は、OFDM信号とフィードバック信号との相対的な遅延量、および位相変移量を、両信号を比較した結果に基づいて算出する。これにより得られた遅延・位相情報は補償データの1つとして歪推定部96に与えられる。
【0017】
次に、遅延推定・補償部95で遅延時間および位相のずれを合わせられた2つの信号は歪推定部96に入力され、その2つの信号の差から歪特性となる入力振幅対出力振幅特性、入力振幅対出力位相特性のデータが検出される。このように入力信号に前置歪みを与えるための必要な補償データが入力信号とフィードバックされた出力信号から生成される。すなわちデータ生成部100は、入力信号に前置歪みを与えるために必要な補償データを、入力信号とフィードバックされた出力信号とを比較した結果に基づいて生成する。
【0018】
補償データは、少なくとも第1乃至第3データを含む。このうち第1データは、入力信号の入力振幅に依存する、増幅器51,52の出力信号の出力振幅の非線形性を補償するためのデータである。第2データは、入力信号の入力振幅に依存する、増幅器51,52の出力信号の出力位相の非線形性を補償するためのデータである。第3データは、入力信号の入力振幅に依存しない、増幅器51,52の出力位相の非線形性を補償するためのデータである。特に、第3データは増幅器51,52への入力振幅に依存しない量としての位置づけにあり、例えば経時変化による長期的な位相変動を反映するデータである。
【0019】
歪推定部96は、実施形態に係わる機能ブロックとしてAM−AM補償テーブル96aと、AM−PM補償テーブル96bと、書き換え処理部96cとを備える。このうち書き換え処理部96cは、AM−PM補償テーブル96bの内容を、第3データを反映して書き換える。
【0020】
図3は、AM−AM補償テーブル96aおよびAM−PM補償テーブル96bに記録される内容の一例を示す模式図である。図3(a)に示すAM−AM補償テーブル96aは、増幅器への入力振幅に対する出力振幅特性をテーブル化したデータである。このテーブルに記録される内容は第1データを反映する。
【0021】
図3(b)に示すAM−PM補償テーブル96bは、増幅器への入力振幅に対する出力位相特性をテーブル化したデータである。このテーブルに記録される内容は第2データを反映する。
【0022】
図3(c)は、書き換え処理部96cにより変更されたAM−PM補償テーブル96bの内容を示す。すなわち書き換え処理部96cは、第3データすなわち入力振幅に依存しない位相変動分をAM−PM補償テーブル96bの数値に加算することで、AM−PM補償テーブル96bの内容を書き換える。これにより、書き換え後のAM−PM補償テーブル96bを用いれば、入力振幅に依存する位相変動に加えて、入力振幅に依存しない位相変動をも補償することが可能になる。
【0023】
すなわちデータ生成部100は増幅器の歪成分を推定し、そのAM−AM(振幅−振幅)特性、AM−PM(振幅−位相)特性を算出する。実施形態で採りあげたプリディストーション型の増幅器は、上記特性と逆の特性を入力信号に印加することで増幅器の歪成分をキャンセルする。実施形態ではこの機能を用いて、経時変化などを反映する位相変動分だけオフセットさせたAM−PM補償テーブル96bに基づいて歪補償を行うことで、増幅器の歪みと一緒に位相変動分もキャンセルさせることが可能になる。
【0024】
なおAM−PM補償テーブル96bのオフセット量は図3に示すように正方向のケースもあれば、負方向のケースもある。またオフセット量の絶対値も、経時変化を追いかける形で変動する。
【0025】
図4は、比較のため既存の励振器を示す機能ブロック図である。既存の励振器は、遅延推定・補償部95で算出された遅延・位相情報を歪推定部96に与える経路を備えていない。また、書き換え処理部96cも備えていない。よって経時変化に伴う位相変動に追従することができない。
【0026】
これに対し実施形態では、遅延推定・補償部95で算出された、遅延量、位相変化量を示すデータを歪推定部96に渡し、歪補償に使用するAM−PM補償テーブル96bの内容をオフセットさせるようにしている。このオフセット量は経時変化による位相変動を反映するものになる。従って、AM−PM補償テーブル96bを用いて歪補償を行うことで増幅器での出力位相変動はキャンセルされ、出力の位相は一定に保たれる。
【0027】
また実施形態では、励振器にもともと備わる歪補償機能を利用するようにしている。よって複雑な回路を追加することなく、位相変動を効果的に抑え、合成損失の劣化を防止することが可能になる。さらには増幅器の数を簡単に増減することができ、送信装置出力に要求されるスペックの変更にも容易に対応可能である。これらのことから、経時変化による出力変動を抑圧した送信装置とその励振器および歪み補償方法を提供することが可能となる。
【0028】
本発明の実施形態を説明したが、この実施形態は例として提示するものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。この新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。この実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0029】
10…OFDM変調器、20…分配器、31,32…励振器、40…分岐部、51,52…増幅器、60…局部発振器、70…合成器、80…バンドパスフィルタ(BPF)、D…分岐部、91…IF信号処理部、92…歪補償部、93…周波数変換部、94…フィードバック信号処理部、95…遅延推定・補償部、96…歪推定部、96a…AM−AM補償テーブル、96b…AM−PM補償テーブル、96c…書き換え処理部、100…データ生成部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号を増幅する増幅部と、
前記入力信号に前置歪みを与えて前記増幅部の歪みを補償する補償部と、
前記増幅部からの出力信号を分岐して前記補償部にフィードバックするループとを具備し、
前記補償部は、
前記入力信号に前置歪みを与えるために必要な補償データを、前記入力信号と前記フィードバックされた出力信号とに基づいて生成するデータ生成部と、
前記補償データに基づいて前記入力信号に前記前置歪みを与える歪補償部とを備え、
前記補償データは、
前記入力信号の入力振幅に依存する前記出力信号の出力振幅の非線形性を補償するための第1データと、
前記入力振幅に依存する前記出力信号の出力位相の非線形性を補償するための第2データと、
前記入力振幅に依存しない前記出力位相の非線形性を補償するための第3データとを含む、送信装置。
【請求項2】
前記データ生成部は、
前記第1データを反映する、前記入力振幅に対する前記出力振幅の特性が記録される第1テーブルと、
前記第2データを反映する、前記入力振幅に対する前記出力位相の特性が記録される第2テーブルと、
前記第3データを反映して前記第2テーブルの内容を書き換える書き換え処理部とを備える、請求項1に記載の送信装置。
【請求項3】
前記増幅部とこの増幅部の歪みを補償する前記補償部とを直列に接続したモジュールを複数具備し、
さらに、前記入力信号を複数に分配して前記モジュールのそれぞれに入力する分配器と、
それぞれの前記モジュールの出力信号を合成する合成器とを具備する、請求項1に記載の送信装置。
【請求項4】
さらに、出力段の信号の帯域を制限するバンドパスフィルタを具備する、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の送信装置。
【請求項5】
入力信号を増幅する増幅部と、前記増幅部からの出力信号を分岐してフィードバックするループとを具備する送信装置に用いられる励振器において、
前記入力信号に前置歪みを与えて前記増幅部の歪みを補償するために必要な補償データを、前記入力信号と前記フィードバックされた出力信号とに基づいて生成するデータ生成部と、
前記補償データに基づいて前記入力信号に前記前置歪みを与える歪補償部とを備え、
前記補償データは、
前記入力信号の入力振幅に依存する前記出力信号の出力振幅の非線形性を補償するための第1データと、
前記入力振幅に依存する前記出力信号の出力位相の非線形性を補償するための第2データと、
前記入力振幅に依存しない前記出力位相の非線形性を補償するための第3データとを含む、励振器。
【請求項6】
前記データ生成部は、
前記第1データを反映する、前記入力振幅に対する前記出力振幅の特性が記録される第1テーブルと、
前記第2データを反映する、前記入力振幅に対する前記出力位相の特性が記録される第2テーブルと、
前記第3データを反映して前記第2テーブルの内容を書き換える書き換え処理部とを備える、請求項5に記載の励振器。
【請求項7】
送信装置に備わる増幅器に入力される入力信号に前置歪みを与えて前記増幅器の歪みを補償する歪み補償方法において、
前記送信装置が、前記入力信号に前置歪みを与えるために必要な補償データを、前記入力信号と、前記増幅器からフィードバックされた出力信号とを比較した結果に基づいて生成し、
前記送信装置が、前記補償データに基づいて前記入力信号に前記前置歪みを与え、
前記補償データは、
前記入力信号の入力振幅に依存する前記出力信号の出力振幅の非線形性を補償するための第1データと、
前記入力振幅に依存する前記出力信号の出力位相の非線形性を補償するための第2データと、
前記入力振幅に依存しない前記出力位相の非線形性を補償するための第3データとを含む、歪み補償方法。
【請求項8】
前記生成することは、
前記送信装置が、第1テーブルに、前記第1データを反映する、前記入力振幅に対する前記出力振幅の特性を記録し、
前記送信装置が、第2テーブルに、前記第2データを反映する、前記入力振幅に対する前記出力位相の非線形性の特性を記録し、
前記送信装置が、前記第3データを反映して前記第2テーブルの内容を書き換える、請求項7に記載の歪み補償方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−21617(P2013−21617A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−155125(P2011−155125)
【出願日】平成23年7月13日(2011.7.13)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】