説明

透明導電性炭素膜の転写方法

【課題】成長用基材を再利用するために成長用基材を溶かさずに炭素膜を転写用基材に再現性良く剥離する手法を提供するとともに、連続成膜方法の適用が可能な、炭素膜の剥離方法を提供する。
【解決手段】CVD法で形成した透明導電性炭素膜と成長用基材の間の剥離強度(F)を1N/cm以下に制御することにより、形成した透明導電性炭素膜を成長用基材から剥がれやすくして、転写用基材に転写しやすくする。これにより、成長用基材を溶かさずに、且つダメージを与えずに剥離できるので、形成した透明導電性炭素膜は、成長用基材からは転写用基材へ連続転写・連続加工することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透明導電膜、透明電極などに利用するための透明導電性炭素膜の製造方法に関し、特に、成長用基材から剥離して、転写用基材に転写して透明導電性炭素膜を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
透明導電性炭素膜は一層以上の平面状結晶のSP2結合した炭素原子と呼ばれている。透明導電性炭素膜については非特許文献1、2に詳述されている。透明導電性炭素膜は、高い光透過率と電気伝導性のため、透明導電膜や透明電極としての利用が期待されている。
【0003】
近年、銅箔表面への化学気相合成法(CVD)による透明導電性炭素膜の形成法が開発された(非特許文献3、4)。この銅箔を基材とする透明導電性炭素膜成膜手法は、熱CVD法によるものであって、原料ガスであるメタンガス等を約1000℃程度で熱的に分解し、銅箔表面に1層から数層の透明導電性炭素膜を形成するものである。
また、最近では、基材温度を500℃以下、圧力を50Pa以下に設定し、かつ含炭素ガス又は含炭素ガスと不活性ガスからなる混合ガスに、基材表面の酸化を抑制するための酸化抑制剤を添加ガスとして加えたガス雰囲気中で、マイクロ波表面波プラズマ法により、前記基材表面上に透明導電性炭素膜を堆積させる方法も提案されている(非特許文献5)
【0004】
また、成長用基材に形成された透明導電性炭素膜を透明電極などに利用する際には、成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜を、成長用基材から剥離又は転写用基材に転写して用いることが必要となる。
しかしながら、前述の特許文献3、4などに記載された熱CVD(約1000℃程度)法で、成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜は、成長用基材と透明導電性炭素膜の間の剥離強度または相互作用が強いので、形成された透明導電性炭素膜は、成長用基材から剥がれ難く又は転写用基材に転写し難い。そこで、一般的には、透明導電性炭素膜を転写用基材に転写する時は、エッチング液を用いて成長用基材を溶して剥離している(非特許文献6、特許文献1)。また、形成した透明導電性炭素膜と転写用基材の間に粘着材料などを用いて成長用基材から透明導電性炭素膜を剥がす方法も開発されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】山田久美、化学と工業、Vol. 61 (2008) pp.1123-1127
【非特許文献2】Y. Wu, P. Qiao, T. Chong, Z. Shen, Adv. Mater. 14 (2002)pp.64-67
【非特許文献3】X. Li, W. Cai, J. An, S. Kim, J.Nah, D. Yang, R. Piner, A.Velamakanni, I. Jung, E. Tutuc, S. K. Banerjee, L. Colombo, R. S. Ruoff, Science, Vol.324 (2009) pp.1312-1314.
【非特許文献4】X. Li, Y. Zhu, W. Cai, M. Borysiak, B. Han, D. Chen, R. D. Piner, L. Colombo, R. S. Ruoff, Nano Letters, Vol.9 (2009) pp.4359-4363.
【非特許文献5】2010年秋季(第71回)応用物理学会学術講演会講演予稿集16a-ZF-2
【非特許文献6】S. Bae et al. Nature Nanotechnology Vol. 5, pp.574-578 (2010).
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−298683号公報
【特許文献2】特開2011−6265号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のとおり、透明導電性炭素膜は、高い光透過率と電気伝導性のため、透明導電膜や透明電極としての利用が期待されており、CVD法により成長用基材に形成した場合、形成された透明導電性炭素膜を透明導電膜や透明電極などに利用する際には、透明導電性炭素膜を成長用基材から転写用基材に転写して用いることが必要となる。
【0008】
しかしながら、非特許文献6、及び特許文献1に記載された方法、すなわち、エッチング液を用いて、Cu、Niなどの金属製基材を溶して透明導電性炭素膜を剥離する方法では、Cu基材が溶けて再利用ができない。更に、エッチングプロセスからFeCl、Cu、混合物、液体等の不純物などが発生するので、転写した透明導電性炭素膜の純度が悪化するし、透明導電性炭素膜の特性も悪化する問題があることが判明した。
【0009】
また、特許文献2に記載された方法、すなわち、形成した透明導電性炭素膜と転写用基材の間に粘着材料などを用いて成長用基材から透明導電性炭素膜を剥がす方法では、形成した透明導電性炭素膜は成長用基材から一部しか剥がせないので、透明導電性炭素膜の厚み、電気抵抗(シート抵抗)、透過率の精密制御は問題があることが判明した。
【0010】
さらに、ロール状の成長用基材を成膜装置に連続的に送り込みながら透明導電性炭素膜を成膜した後、これを転写用のロールで連続的に巻き取る、いわゆる連続成膜方法を適用することができれば、製造効率が向上し、工業的に低コストでの製造が可能となるが、Cu基材がエッチングされてしまったり、Cu基材に透明導電性炭素膜の一部が残存してしまったりする従来の方法では、こうした連続成膜方法の適用は困難である。
【0011】
以上のように、透明導電性炭素膜は、成長用基材の間の相互作用が強いので、従来の方法では転写することが困難であることが判明した。
本発明は、こうした従来技術における問題点を鑑みてなされたものであって、成長用基材を再利用するために成長用基材を溶かさずにCVD法で作製した炭素膜を、成長用基材から転写用基材に、再現性良く剥離、転写する炭素膜の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者が前記問題点を解決するために鋭意検討を重ねた結果、プラズマCVD法で形成した透明導電性炭素膜と成長用基材の間の剥離強度(F)を弱める工程を設けて、剥離強度を1N/cm以下に制御することにより、形成した透明導電性炭素膜は成長用基材から剥がれやすくなるので転写用基材に転写しやすくなり、上記目的を達成しうるという知見を得た。
【0013】
本発明は該知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]成長用基材上にCVD法により形成された透明導電性炭素膜を、前記成長用基材から剥離して、転写用基材に転写して透明導電性炭素膜を製造する方法において、剥離する前に、前記成長用基材と炭素膜との剥離強度を弱める工程を有することを特徴とする透明導電性炭素膜の製造方法。
[2]前記剥離強度を弱める工程は、剥離強度を1N/cm以下にすることを特徴とする[1]に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
[3]前記剥離強度を弱める工程が、300℃以下で、低温から高温へ、又は高温から低温へ、200℃以上の温度差を所定時間与える工程であることを特徴とする[1]又は[2]に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
[4]前記剥離強度を弱める工程が、液体窒素の溶液に浸漬する工程であることを特徴とする[3]に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
[5]前記剥離工程が、酸又は塩の溶液に浸漬する工程であることを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
[6]前記酸の水溶液が、0.01M以下の硫酸水溶液であることを特徴とする[5]に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
[7]前記透明導電性炭素膜は、グラフェンであることを特徴とする[1]〜[6]のいずれかに記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
[8]前記CVD法を500℃以下のプラズマCVD法で行うことを特徴とする[1]〜[7]のいずれかに記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
[9]前記成長用基材が、銅製基材であることを特徴とする[1]〜[8]のいずれかに記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
[10]ロール状成長用基材を用い、該成長用基材にCVD法により透明導電性炭素膜を形成し、該透明導電性炭素膜を、前記ロール状成長用基材から剥離し、転写用基材に転写した後、該転写用基材をロールに巻き取ることを連続して行うことを特徴とする[1]〜[9]のいずれかに記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
[11][1]〜[10]のいずれかに記載の方法において得られる炭素膜積層体であって、転写用基材/透明導電性炭素膜/成長用基材の3層を有し、該成長用基材と該透明導電性炭素膜との剥離強度が1N/cm以下であることを特徴とする炭素膜積層体。
[12][1]〜[10]のいずれかに記載の方法において得られる炭素膜積層体であって、転写用基材上に剥離転写された透明導電性炭素膜を有する炭素膜積層体。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、(1)成長用基材がダメージを受けず又は溶かさずに、透明導電性炭素膜を成長用基材から剥離することが可能となる。(2)透明導電性炭素膜を、成長用基板に残さずに、かつダメージを受けることなく、剥がすことが可能である。(3)形成された透明導電性炭素膜には、エッチングプロセスによる不純物が混入しない。(4)成長用基材は再利用が可能であるために、連続成膜方法への適用が可能である。(5)工業的に低コストで透明導電性炭素膜を剥離することができる、などの効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の方法を用いて、連続的に透明導電性炭素膜を製造する工程を模式的に示す図
【図2】本発明に用いたマイクロ波表面波プラズマCVD装置を模式的に示す図
【図3】透明導電性炭素膜の転写結果を示す写真であり、(A)は、転写前、(B)は、未処理のものの、(C)は、実施例2の化学的な処理を施したもの、(D)は、実施例1の物理的処理を施したもの、をそれぞれ示す。
【図4(A)】銅箔成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜の表面の光学顕微鏡写真
【図4(B)】銅箔成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜のラマンスペクトル
【図4(C)】PET転写用基材の上に転写した透明導電性炭素膜の表面の光学顕微鏡写真
【図4(D)】PET転写用基材の上に転写した透明導電性炭素膜のラマンスペクトル
【図4(E)】転写後の銅箔成長用基材の表面の光学顕微鏡写真
【図4(F)】転写後の銅箔成長用基材のラマンスペクトル
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態について、図1を参照して説明する。
図1は、本発明に係る方法を用いて、連続的に炭素膜を製造する工程を示す概略図である。
図1に示すように、本発明の炭素膜の製造方法は、成長用基材(3)を巻きつけた第1ロール(1)を用意する工程、成長用基材を引き出してプラズマCVD装置に導入し、プラズマCVD法で成長用基材の上に透明導電性炭素膜(5)を形成する成膜工程(4)、炭素膜と成長用基材との剥離強度を弱める工程(6)、(7)、炭素膜を成長用基材から転写用基材に剥離、転写する工程(13)、転写された炭素膜を備えた転写用基材をロール10で巻き取る工程を備える。
本発明において、成長用基材は、銅(Cu)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、アルミニウム(Al)等の金属製基材が用いられる。
【0017】
また、本発明において、用いられるCVD法は、特に限定されないが、好ましくは、前記の非特許文献5等に記載の低温下でマイクロ波表面波プラズマCVD法を使用することができる。マイクロ波表面波プラズマについては、例えば文献「菅井秀郎,プラズマエレクトロニクス,オーム社 2000年,p.124-125」に詳述されている。これにより、成膜用基板の融点より十分に低い温度にすることができ、かつ大面積に均一なプラズマを発生させることができる。
後述する実施例においては、プラズマをラングミュアプローブ法(シングルプローブ法)により診断した結果、電子密度が1011〜1012/cmであり、周波数2.45GHzのマイクロ波に対するカットオフ電子密度7.4×1010/cmを超えており、表面波により発生・維持する表面波プラズマであることを確認した。このラングミュアプローブ法については、例えば文献「菅井秀郎,プラズマエレクトロニクス,オーム社 2000年,p.58」に詳述されている。
【0018】
次いで、図1に示すように、成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜(5)を、剥離強度を弱める工程(6)、(7)の少なくとも一方に導入する。
前記工程(6)では、1つの手法として、物理的処理を用いて、透明導電性炭素膜と成長用基材との間の剥離強度(F)を1N/cm以下に実現する。
ここで、「物理的処理」とは、透明導電性炭素膜が形成された成長用基材に、300℃以下で、低温から高温へ、又は高温から低温へ、200℃以上の温度差を所定時間与える処理であり、1回でもよく、或いは、複数回に分けて行ってもよい。
この処理は、金属製基材上に形成される透明導電性炭素膜の熱膨張係数は、成長用基材である金属の熱膨張係数と比較すると、きわめて小さいという知見に基づくものであり、両者が積層された積層体を加熱又は冷却した際に、この熱膨張係数の大きさの差によって、成長用基材と透明導電性炭素膜の剥離強度を弱めることができるものである。
透明導電性炭素膜と成長用基材との間の剥離強度(F)を1N/cm以下にするためには、200℃以上の温度差を与えることが必要である。また、与える温度差は、成長用基材及び透明導電性炭素膜の剥離が可能であれば良く、両者への影響などを考慮すれば、高温側の温度は300℃以下である。
また、低温から高温へ、又は高温から低温へ、200℃以上の温度差を与える手段としては、加熱又は冷却のいかなる方法でも良いが、簡便さから、液体窒素を用いる方法が好ましい。
また、処理時間は、用いる成長用基材の大きさ、加熱手段又は冷却手段の熱容量などにより適宜決められるが、例えば、約−196℃の液体窒素を用いる場合、5秒程度浸漬すればよい。
【0019】
前記工程(7)では、もう1つの手法として、化学的処理を用いて、透明導電性炭素膜と成長用基材との間の剥離強度(F)を1N/cm以下に実現する。
ここで、「化学的処理」とは、酸又は塩の水溶液で処理する工程であり、該処理後は、純水で洗う工程と、乾燥する工程とを備える。
酸としては、硫酸、HCl等の強酸、及び燐酸、酢酸などの弱酸を用いることができ、塩としては、KCl、NaCl等を用いることができる。
これらの酸又は塩の水溶液の濃度は、金属製基材にダメージを与えないで、透明導電性炭素膜を容易に剥離できることを条件として、基材に用いる金属の種類、処理時間及び水溶液温度(室温〜50℃)に応じて定められることが必要であり、たとえば、銅製基材を用いる場合、室温〜50℃以下では、以下のとおりである
SO4の場合:0.01Mでは12秒以下、0.0001Mでは10分以下
HClの場合:0.05Mでは10分以下、0.0001Mでは120分以下
KClの場合:0.05Mでは60分、
NaClの場合;0.05Mでは180分以下、
【0020】
本発明においては、これらの剥離強度を弱める工程(6)、(7)の少なくとも一方を有することを特徴とするものであり、これにより、成長用基材と炭素膜との剥離強度が1N/cm以下である炭素膜積層体が得られる。
【0021】
次いで、成長用基材と炭素膜との剥離強度が弱められた炭素膜積層体は、剥離・転写工程に導入される。
剥離・転写工程は、図1に示すように、ロールプレスにより、圧力、或いは圧力及び熱をかけて、転写用基材/透明導電性炭素膜/成長用基材の3層以上の重ねた炭素膜積層体を作製する工程(圧力・熱付与工程)(11)を経て、透明導電性膜を、成長用基材から転写用基材に剥離、転写する工程(13)とを備える。
【0022】
圧力・熱付与工程(11)において、圧力、或いは圧力及び熱をかけることにより転写用基材/透明導電性炭素膜/成長用基材の3層を重ねた炭素膜積層体(12)が作製される。該工程(11)における圧力・熱付与手段としては、ロールプレス、圧力プレス(一方向加圧)、ナノインプリント等があり、圧力(低・中程度、5MPa以下)、或いは圧力及び加熱(室温から〜100℃以下)が付与される。
【0023】
本発明において、転写用基材(8)は、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート(PC)、ポリエステルフィルム(例えば、DIAFOIL三菱製品)などのプラスチック、ペーパー、ガラス基板との複合材料等が好適である。特に、本発明では、転写用基材の表面処理は必要ないので、プラスチック又はガラス基材の上に形成した有機太陽電池薄膜又は有機EL薄膜を使用することが可能である。
【0024】
第3ロール(9)に巻きつけられた転写用基材(8)は、前記工程(13)において、透明導電性炭素膜が転写された後、第4ロール(10)に巻き取られる。一方、剥がされた成長用基材(3)は、第2ロール(2)に巻き取られ、転写用基材(8)上に透明導電性炭素膜(14)が形成された炭素膜積層体が得られる。
【0025】
また、本発明において、転写用基材(8)の表面又はロールプレスの表面にパターンを付けることにより、透明導電性炭素膜の表面にパターンを形成することができる。
【0026】
本発明では、成長用基材は、ダメージを受けず又は溶かされないので再利用が可能となるので、成長用基材は第1ロール(1)と第2ロール(2)の間で循環することが可能となる。したがって、図1に示すように、工業的な高スループットで、ロールtoロール法で透明導電性炭素膜を連続して形成・加工する製造方法を提供することができる。
なお、図1では、本発明の方法を用いて、透明導電性炭素膜を連続的に製造する工程を示したが、本発明の方法が、これに限られず、例えば、各工程を非連続的におこなう方法や、一部を非連続的に行う等のその他の透明導電性炭素膜の製造方法に適用できるものであることはいうまでもない。
【実施例】
【0027】
具体的に、実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(透明導電性炭素膜の成膜)
本実施例においては、厚さ33μmの銅箔を基材とし、マイクロ波表面波プラズマCVD装置を用いてプラズマCVD処理を施した。図2は、本実施例に用いたマイクロ波表面波プラズマCVD装置を模式的に示す図である。
図2に示すマイクロ波表面波プラズマCVD装置は、上端が開口した金属製の反応容器(110)と、反応容器(110)の上端部に、金属製支持部材(104)を介して気密に取り付けられたマイクロ波を導入するための石英窓(103)と、その上部に取り付けられたスロット付き矩形マイクロ波導波管(102)とから構成されている。
本実施例においては、反応容器(110)の内部に、銅箔基材を設置し、CVD処理を行う。処理手順は以下のとおりである。
【0028】
マイクロ波表面波プラズマCVD反応容器(110)内のプラズマ発生室(101)に設けられた試料台(106)に、前記銅箔基材(105)を設置した。次に、排気管(108)を通して反応室内を1×10−3Pa以下に排気した。反応室には冷却水管(111)が巻きつけてあり、そこに冷却水を供給して反応室を冷却した。また、試料台は銅でできており、冷却水の給排水管(107)を通して冷却水を供給し、試料の冷却を行った。
【0029】
石英窓(103)と銅箔基材との距離が130mmになるよう試料台の高さを調整した。
次に、反応室にCVD処理用ガス導入管(109)を通して、CVD処理用ガスを導入した。CVD処理用ガスは、メタンガス5SCCM、アルゴンガス95SCCM、であった。反応室内の圧力を排気管(108)に接続した圧力調整バルブを用いて、2Paに保持した。
マイクロ波パワー10.5kWにてプラズマを発生させ、銅箔基材(105)のプラズマCVD処理を行った。プラズマ処理中の基板の温度は、アルメル−クロメル熱電対を基板表面に接触させることにより測定した。プラズマCVD処理を通じて銅箔基材の温度は500℃以下であった。
以上のプラズマCVD処理の結果、銅箔基材上に透明導電性炭素膜薄膜が積層され、銅箔と透明導電性炭素膜薄膜との積層体が形成されたサンプルを得た。プラズマCVD処理時間としては、6分である。
なお、本実施例では、その後の剥離、転写の状態を観察しやすくするために、通常用いる透明導電性炭素膜よりも膜厚の厚いものを用いた。
【0030】
銅箔成長用基材と透明導電性炭素膜との間の剥離強度(F)の測定結果を表1に示す。
実施例は、該透明導電性炭素膜と成長用基材との間の剥離強度は1.33N/cmであることが分かった。
【0031】
【表1】

【0032】
本発明において、剥離強度(F)とは、透明導電性炭素膜と成長用基材との間の強度の指標であり、その測定方法は、以下のとおりである。
1)接着テープ/透明導電性炭素膜/成長用基材の3層の構造のサンプルを作製する。
2)実験台にサンプルを固定し、接着テープ゜の先端に引張り試験装置(島津AGS-X)を用いて引張力(また荷重)をかける。
3)平均荷重を引張り試験装置で測る(参考方法ASTM D-903など、条件は一定の角度(90°)、一定の速度(100mm/min)、接着テープに付着している単位幅あたり(2cm))。
今回、選んだ接着テープ(Scotch 3M、メンディングテープ)は、透明導電性炭素膜との接着強度が強いので、接着テープと透明導電性炭素膜を同時に成長用基材から剥離することができる。この測定方法では透明導電性炭素膜と成長用基材との間の剥離強度を測定しているので、剥離強度(F)(N/cm)=平均荷重(N)/テープ幅(cm)になる。
【0033】
図3は、成膜した透明導電性炭素膜を銅箔成長用基材からPET転写用基材に転写した結果を示す写真である。
図3(A1)及び(A2)は、それぞれ、用意した、銅箔成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜、及びPET転写用基材である。
図3(B1)及び(B2)は、それぞれ、剥離強度を弱める処理を行わずに転写したものであり、転写後に銅箔成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜は残っており、(図3(B1))、転写用基材の上に透明導電性炭素膜は着いていなことが分かった(図3(B2))。
この実験結果から形成した透明導電性炭素膜は成長用基材からPETフィルムに転写することは不可能であり、この問題を解決するために、成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜の処理が必要であることが分かった。
【0034】
(実施例1:透明導電性炭素膜の剥離転写その1)
前述の、マイクロ波表面波プラズマCVD装置を用いて銅箔成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜を、液体窒素(−196℃)が入った容器の中に約5秒入れ、30℃で約5秒加熱した後、転写用基材/透明導電性炭素膜/成長用基材の3層を重ね合わせた積層体を作成した。最後に、該積層体の成長用基材を取り除いて、転写用基材に透明導電性炭素膜を転写した。
【0035】
液体窒素処理後に、形成した透明導電性炭素膜は銅箔成長用基材からPET転写用基材に転写可能であることを、図3(D3)、(D4)に示す。この結果から、透明導電性炭素膜はPETフィルムに転写すること(図3(D4))、成長用基材の上に透明導電性炭素膜は残ってないことが分かった(図3(D3))。
【0036】
光学顕微鏡又はラマン分光光度計で評価を行った。ラマン顕微鏡(Horiba XploRA)を用いて光学顕微鏡で透明導電性炭素膜の表面又は成長用基材の表面(70×60マイクロメーター、対物レンズ100倍)を観察するとともに、ラマンスペクトル(励起波長638nm、範囲250〜3500cm−1、対物レンズ100倍)を測定した。
透明導電性炭素膜のラマン散乱分光による評価で重要なバンドは、2Dバンド(2652cm−1)、Gバンド(1592cm−1)、Dバンド(1322cm−1)、およびD´バンド(1617cm−1)である。Gバンドは正常六員環によるもので、2DバンドはDバンドの倍音によるものである。またDバンドは正常六員環の欠陥に起因するピークである。また、D´バンドも欠陥から誘起されるピークであり、数層から数十層程度の透明導電性炭素膜の積層体の端の部分に起因するものと考えられる。そして、ラマン散乱分光スペクトルの2DバンドとGバンドのピークの強度比から、積層されている透明導電性炭素膜が、グラフェンであるか否かが判断される。
【0037】
転写前に、銅箔成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜の表面とラマンスペクトルを、それぞれ図4(A)と図4(B)に示す。
転写後に、PET転写用基材の上に転写した透明導電性炭素膜の表面とラマンスペクトルは、それぞれ図4(C)と図4(D)に示す。
図4(B)及び図4(D)では、Gバンドと2Dバンドの両方のピークが観測されており、透明導電性炭素膜によるものであることが明らかである。そして、図4(B)、図4(D)に示したラマンスペクトルの2DバンドとGバンドのピークの強度比、およびD´バンドが観測されていることから、形成された透明導電性炭素膜は、数層から数十層程度のグラフェン膜の積層体が混在する構成を有することが分かった。また、図4(B)と図4(D)を比較した結果、転写前後では、透明導電性炭素膜のラマンスペクトルの特性は相対的に変わらないことが確認された。
【0038】
また、転写後の銅箔成長用基材の表面とラマンスペクトルを図4(E)及び図4(F)に示す。
図4(E)及び図4(F)から明らかなように、転写の後、成長用基材の表面の上には、透明導電性炭素膜が残存せず、かつ散乱ラマンも検出されていない(バックグラウンドレベル)。
【0039】
以上の結果から、透明導電性炭素膜はPETフィルムに転写することを確認し、成長用基材の上に透明導電性炭素膜は残ってないことも確認した。
更に、上記の表1に剥離強度の測定結果を示す。表1の結果から、剥離強度(F)が1.33N/cmから0.7N/cmに減小することが分かった。透明導電性炭素膜と成長用基材の両者の熱膨脹係数における相違として、透明導電性炭素膜と成長用基材との間の相互作用が弱くなると考えられ、結果的にロールプレス法で透明導電性炭素膜はPETフィルムに転写することが可能である。銅箔成長用基材はダメージせずに再利用する可能であることが分かった。
【0040】
(実施例2:透明導電性炭素膜の剥離転写その2)
前述の、マイクロ波表面波プラズマCVD法を用いて銅箔成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜を、硫酸の水溶液(HSO、0.01M、室温)で約12秒処理した後、純水(室温)で洗い、30℃で乾燥した。ついで、転写用基材/透明導電性炭素膜/成長用基材の3層を重ね合わせた積層体を作製した。最後に、該積層体の成長用基材を取り除いて、転写用基材に透明導電性炭素膜を転写した。
【0041】
転写した透明導電性炭素膜を、実施例1と同様にして、光学顕微鏡又はラマン分光光度計方法で評価を行った結果、透明導電性炭素膜のラマン特性は転写前後が変わらないことが確認し、透明導電性炭素膜はPETフィルムに転写することが確認し、転写後に成長用基材の上に透明導電性炭素膜は残ってないことも確認できた。
【0042】
更に、上記の表1に、剥離強度の測定結果を示す。
表1に示すように、透明導電性炭素膜と成長用基材との間に複数の現象(液体が拡散、反応が起こる、ガスが発生するなど)が発生することにより、透明導電性炭素膜と成長用基材との間の相互作用が弱くなり、剥離強度(F)は1.33N/cmから0.50N/cmに削減した(表1)。結果的に、ロールプレス法で透明導電性炭素膜は銅箔成長用基材から転写用基材(PET)に転写することが分かった。
【0043】
(転写された透明導電性炭素膜の抵抗率及び透過率の測定)
転写された透明導電性炭素膜の抵抗率及び透過率を測定するため、前述のCVD処理の条件を、CVD処理用ガス:メタンガス29.9SCCM、アルゴンガス20SCCM、及び水素ガス10SCCM、反応室内の圧力:3Pa、マイクロ波パワー:13.5kW/3台、処理時間:3分、に変更して、前述の透明導電性炭素膜よりも薄い膜厚のものを、A4サイズの銅箔基材上に形成した。
その後、透明導電性炭素膜が形成された銅箔基材を、2cm角に切断してサンプルを作製し、それぞれを、実施例1及び実施例2と同様にして、転写用基材(PET)に転写し、転写用基材に転写された透明導電性炭素膜の抵抗率(R)と透過率(T)を測定した。
【0044】
転写された透明導電性炭素膜の抵抗率及び透過率の測定には、それぞれ、ロレスターGP MCP-T600抵抗率計と島津UV3600分光光度計を用いて測定を行った。各サンプルから得られた結果を、最高値から最小値の範囲として、表2に示す。
表2に示すように、いずれも、抵抗率が低く、かつ透過率が高いことが分かった。
【0045】
【表2】

【符号の説明】
【0046】
1:第1ロール
2:第2ロール
3:成長用基材
4:成膜工程
5:銅箔成長用基材の上に形成した透明導電性炭素膜
6:物理的な処理により、剥離強度を弱める工程
7:化学的な処理により、剥離強度を弱める工程
8:転写用基材
9:第3ロール
10:第4ロール
11:ロールプレスで転写用基材/透明導電性炭素膜/成長用基材の3層を重ねた炭素膜積層体を作製する工程(圧力・熱付与工程)
12:転写用基材/透明導電性炭素膜/成長用基材の3層を重ねた炭素膜積層体
13:剥離、転写する工程
14:転写用基材の上に転写した透明導電性炭素膜
101:プラズマ発生室
102:スロット付き矩型マイクロ波導波管
103:マイクロ波を導入するための石英窓
104:石英窓を支持する金属製支持部材
105:基材(銅箔基材)
106:基材を設置するための試料台
107:冷却水の給排水管
108:排気管
109:CVD処理用ガス導入管
110:反応容器
111:冷却水管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
成長用基材上にCVD法により形成された透明導電性炭素膜を、前記成長用基材から剥離して、転写用基材に転写して透明導電性炭素膜を製造する方法において、剥離する前に、前記成長用基材と炭素膜との剥離強度を弱める工程を有することを特徴とする透明導電性炭素膜の製造方法。
【請求項2】
前記剥離強度を弱める工程は、剥離強度を1N/cm以下にすることを特徴とする請求項1に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
【請求項3】
前記剥離強度を弱める工程が、300℃以下で、低温から高温へ、又は高温から低温へ、200℃以上の温度差を所定時間与える工程であることを特徴とする請求項1又は2に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
【請求項4】
前記剥離強度を弱める工程が、液体窒素の溶液に浸漬する工程であることを特徴とする請求項3に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
【請求項5】
前記剥離工程が、酸又は塩の溶液に浸漬する工程であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
【請求項6】
前記酸の水溶液が、0.01M以下の硫酸水溶液であることを特徴とする請求項5に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
【請求項7】
前記透明導電性炭素膜は、グラフェンであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
【請求項8】
前記CVD法を500℃以下のプラズマCVD法で行うことを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
【請求項9】
前記成長用基材が、銅製基材であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
【請求項10】
ロール状成長用基材を用い、該成長用基材にCVD法により透明導電性炭素膜を形成し、該透明導電性炭素膜を、前記ロール状成長用基材からの剥離し、転写用基材に転写した後、該転写用基材をロールに巻き取ることを連続して行うことを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の透明導電性炭素膜の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法において得られる炭素膜積層体であって、転写用基材/透明導電性炭素膜/成長用基材の3層を有し、該成長用基材と該透明導電性炭素膜との剥離強度が1N/cm以下であることを特徴とする炭素膜積層体。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法において得られる炭素膜積層体であって、転写用基材上に剥離転写された透明導電性炭素膜を有する炭素膜積層体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4(A)】
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【図4(B)】
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【図4(C)】
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【図4(D)】
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【図4(E)】
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【図4(F)】
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【公開番号】特開2012−224485(P2012−224485A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−90980(P2011−90980)
【出願日】平成23年4月15日(2011.4.15)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】