説明

過酸化水素分解触媒及びその製造方法、並びに、消毒方法

【課題】過酸化水素溶液内に被処理物と共存せしめることによって、被処理物を十分に消毒でき且つ所定時間の経過後には過酸化水素の残留濃度を十分に低減できる過酸化水素分解触媒を提供すること。
【解決手段】本発明に係る過酸化水素分解触媒は、液相中の過酸化水素を水と酸素に分解するためのものであり、気孔を有する無機酸化物材料からなる担体と、担体に担持されたPt、Pd、Ir、Ru、Rh及びOsからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含む活性金属とを備え、担体の表面近傍において活性金属が担持されている層の厚さが0.01〜0.25mmである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酸化水素(H)を分解するための触媒に関する。過酸化水素は、化学産業における酸化試薬としてのみならず、例えば、医薬や食品、飲料水の分野では殺菌処理などに過酸化水素水は使用されている。
【背景技術】
【0002】
過酸化水素又はその溶液の使用後にあっては、過酸化水素が無害な水と酸素に分解され、その残存量が十分に低いことが望まれる。従来、過酸化水素の分解処理には、PtやPdを担持した触媒が用いられており、白金族金属の存在下において下記の反応が促進されることが知られている(例えば、特許文献1,2参照)。
過酸化水素の分解反応:2H → 2HO + O
【0003】
また、過酸化水素分解触媒の活性を長期にわたって維持するため、当該触媒として酸素−水素結合能を有する物質を使用し、触媒の活性が低下した場合に触媒に水素ガスを供給する方法が知られている(例えば、特許文献3参照)。特許文献3は、過酸化水素分解触媒の活性の低下は過酸化水素の分解によって発生する酸素が触媒の表面に付着して触媒の表面を覆うためであり、触媒表面を覆っている酸素に水素ガスを供給することにより、酸素が水素と反応して触媒表面から除去されて触媒活性が復原することを開示する。
【0004】
ところで、過酸化水素溶液は、例えば、コンタクトレンズを消毒洗浄するための薬剤として使用されている。特許文献4は、コンタクトレンズを過酸化水素水溶液に浸漬する一方、過酸化水素分解触媒を投入することにより、過酸化水素によるコンタクトレンズの消毒を有効に行いつつ、過酸化水素の無害化を行う消毒方法を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−105864号公報
【特許文献2】特開平8−257573号公報
【特許文献3】特開昭61−186208号公報
【特許文献4】特開平6−226098号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、過酸化水素溶液内に被処理物と過酸化水素分解触媒とを共存せしめて、被処理物の消毒及び過酸化水素の分解を同時に進行させる場合、従来の触媒では被処理物に対する高い消毒効果及び所定時間経過後の低い過酸化水素残留濃度の両方を高いレベルとすることが困難であった。すなわち、所定時間経過後の過酸化水素残留濃度を低くするため、活性金属の担持量が多い触媒を使用すると、過酸化水素が短時間のうちに分解してしまい、消毒効果が不十分となる。これに対し、消毒効果を高めるため、活性金属の担持量が少ない触媒を使用すると、所定の時間内に過酸化水素残留濃度を一定のレベル以下にまで低減することができなくなる。この場合、残留過酸化水素を被処理物から除去する洗浄工程が必要となる。
【0007】
本発明は、上記課題を解決すべくなされたものであり、過酸化水素溶液内に被処理物と共存せしめることによって、被処理物を十分に消毒でき且つ所定時間の経過後には過酸化水素の残留濃度を十分に低減できる過酸化水素分解触媒及びその製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、過酸化水素及び上記過酸化水素分解触媒を併用した消毒方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、液相中の過酸化水素を水と酸素に分解するための過酸化水素分解触媒であって、気孔を有する無機酸化物材料からなる担体と、担体に担持されたPt、Pd、Ir、Ru、Rh及びOsからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含む活性金属とを備え、担体の表面近傍において活性金属が担持されている層の厚さが0.01〜0.25mmである触媒を提供する。ここでいう「担体の表面近傍において活性金属が担持されている層」とは、担体の表面から2.0mm以内の領域(以下、この領域を「担体の表面近傍」という。)において、担体に担持されている活性金属の総含有量に対する9割合以上の活性金属が上記担体の表面近傍に担持されている層をいう。上記活性金が担持されている層の厚さは元素マッピングによって求めることができ、担体の断面の活性金属の濃度分布をEPMA(例えば、株式会社島津製作所製のEPMA)で測定し測定結果より担体の表面からの距離に対する活性金属の含有量の分布を計算することによって活性金属が上記担体の表面近傍に担持されている層の厚さを求めることができる。
【0009】
担体の表面近傍に活性金属の層を比較的厚く形成することで、同じ量の活性金属を含む層を薄く形成した場合と比較して触媒の表面における活性金属の濃度が低くなる。このため、過酸化水素溶液に上記触媒と被処理物とを共存させても初期の段階から過酸化水素が過剰に分解されることを抑制でき、十分に高い消毒効果が得られる。一方、時間の経過に伴って過酸化水素溶液が活性金属の層(担体の表面近傍)に浸み込み、十分な量の活性金属と接触する。このため、所定時間経過後の過酸化水素残留濃度を十分に低いレベルにまで低減できる。
【0010】
担体を構成する無機酸化物材料として、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、シリカ及び酸化チタンからなる群から選ばれる少なくとも1種の材料を使用できる。本発明において、担体は比表面積が1〜30m/gであってもよい。なお、比表面積はガス吸着法により求めることができ、測定装置としては株式会社島津製作所製の比表面積測定装置を使用できる。
【0011】
上記担体として、少なくとも表面近傍にNa又はClが担持された酸化アルミニウムを使用できる。担体としてNaを含浸した酸化アルミニウムの成形体を使用する場合、かかる担体は、活性金属を含浸する前に、水酸化ナトリウム水溶液、硝酸ナトリウム水溶液及び炭酸ナトリウム水溶液のいずれかに酸化アルミニウムからなる成形体を浸漬した後、当該成形体を焼成することによって得ることができる(Na前処理)。担体としてClを含浸した酸化アルミニウムの成形体を使用する場合、かかる担体は、活性金属を含浸する前に、塩化水素水溶液に酸化アルミニウムからなる成形体を浸漬した後、当該成形体を焼成することによって得ることができる(Cl前処理)。
【0012】
従来の触媒を使用して液相中で過酸化水素を分解すると、分解によって発生した酸素の気泡が触媒の表面に付着する。この気泡が触媒表面上で徐々に大きくなり、水溶液と触媒との接触が阻害され反応の進行を妨げる。これに対し、Na前処理又はCl前処理を経た担体に活性金属を担持した触媒によれば、触媒表面の活性点において発生した極細かな気泡がそのまま触媒表面から離れるので、これらの気泡同士が結合して大きな気泡となるのを抑制できる。このため、活性点に過酸化水素が効率よく接触でき、機械的攪拌などをしなくても十分長期にわたって過酸化水素分解能を持続できる。
【0013】
触媒表面の活性点において発生した極細かな気泡がそのまま触媒表面から離れる主因について、本発明者らは以下のように推察する。すなわち、担体にNa又はClが含浸されていることにより触媒表面の親水性が向上し水濡れ性が向上することにより触媒表面の活性点において気泡の表面離脱が促進される。これに加えて、担体にNa又はClが含浸されていることにより、活性金属は極めて微細なクラスター(例えば、粒子径1nm以下)を形成し、このようなクラスターが高度に分散した状態で担体表面に担持される。図1の(a)に示すように、微細なクラスターAに過酸化水素が触れるとクラスターAが分断されて2つのクラスターBになると共に水を放出する。担体にNa又はClが存在する場合、2つのクラスターBは、両者の距離が近く不安定な状態となり、再度、1つのクラスターAとなる。このようなクラスター再形成が起こると同時に極細かな気泡がその都度放出される。
【0014】
一方、図1の(b)に示すように、活性金属の分散化が不十分な従来の触媒にあっては、分断後のクラスターDは、クラスターCと比較して安定レベルの点で差が余りないため、再度合体してクラスターCとなるよりも過酸化水素の分解反応を優先する。このため、逆反応(構造Dから構造Cへの反応)が進行しにくく、その都度酸素を放出するのではなく、表面上に酸素原子を溜めた状態となる。酸素原子がある程度溜まると一度に大量の酸素分子が発生しやすくなる。
【0015】
更に、担体にNa又はClが存在することで、高度に分散化した活性金属(クラスター)の凝集を防止でき、触媒の劣化を十分に抑制できる。このため、従来の触媒と比較して繰り返し使用に対する耐久性を飛躍的に向上できる。
【0016】
本発明は、上記過酸化水素分解触媒の製造方法を提供する。当該製造方法は、液相中の過酸化水素を水と酸素に分解するための過酸化水素分解触媒の製造方法であって、気孔を有する無機酸化物材料からなる担体を準備する工程と、Pt、Pd、Ir、Ru、Rh及びOsからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含む活性金属を、担体の表面近傍において活性金属が担持されている層の厚さが0.01〜0.25mmとなるように担体に含浸する工程とを備える。
【0017】
上記製造方法によれば、過酸化水素溶液内に被処理物と共存せしめることによって、被処理物を十分に消毒でき且つ所定時間の経過後には過酸化水素の残留濃度を十分に低減できる過酸化水素分解触媒を得ることができる。
【0018】
本発明は、過酸化水素及び上記触媒を併用した消毒方法を提供する。当該消毒方法は、上記触媒及び被処理物を、過酸化水素溶液中に浸漬する工程を備え、当該工程において、過酸化水素による被処理物の消毒を行うと共に上記触媒による過酸化水素の分解反応を進行させて過酸化水素濃度を低下させる。
【0019】
上記消毒方法によれば、被処理物を浸漬した溶液に含まれる過酸化水素によって消毒を行い、所定の時間経過後においては触媒による過酸化水素の分解反応が進行して過酸化水素の残存量を十分に低い状態とすることができる。このような消毒方法は、例えば、使用後のコンタクトレンズを液体に一晩浸漬して消毒する場合などに有用である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、過酸化水素溶液内に被処理物と共存せしめることによって、被処理物を十分に消毒でき且つ所定時間の経過後には過酸化水素の残留濃度を十分に低減できる過酸化水素分解触媒及びその製造方法が提供され、また過酸化水素及び上記過酸化水素分解触媒を併用した消毒方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1の(a)は活性金属が微小なクラスターからなる触媒の反応メカニズムを示す図であり、図1の(b)は従来の触媒の反応メカニズムを示す図である。
【図2】図2は、本発明に係る触媒の一実施形態を示す模式断面図である。
【図3】図3は、実施例1,4の結果を示すグラフである。
【図4】図4は、実施例5,8の結果を示すグラフである。
【図5】図5は、実施例9,11の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0023】
<過酸化水素分解触媒及びその製造方法>
図2に示す触媒10は、液相中の過酸化水素を水と酸素に分解するためのものである。触媒10は、担体1と、担体1に担持された活性金属とを備える。触媒10の製造方法は、気孔を有する無機酸化物材料からなる担体1を準備する工程と、Pt、Pd、Ir、Ru、Rh及びOsからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含む活性金属を、担体1の表面近傍において活性金属が担持されている層1aの厚さが0.01〜0.25mmとなるように担体1に含浸する工程とを備える。
【0024】
担体1は、気孔を有する無機酸化物材料からなるものであれば、特に制限はないが、少なくとも表面近傍がアルミナ(酸化アルミニウム)を主成分とする材料からなるものが好ましい。ここでいう材料の「主成分」とは、当該材料の全質量を基準として50質量%を超える含有率を占める成分を意味する。図2に示す触媒10は直方体の成形体を担体1として使用したものであるが、成形体の形状は直方体に限定されず、触媒10の用途や使用条件に応じて円柱状や筒状であってもよい。なお、アルミナ以外の無機酸化物材料としてはマグネシア(酸化マグネシウム)、ジルコニア(酸化ジルコニウム)及びチタニア(酸化チタン)などが挙げられる。
【0025】
担体1としてアルミナの成形体を採用する場合、アルミナの種類はα−アルミナ及びγ−アルミナのいずれであってもよい。従来の触媒には被反応物と活性金属との接触効率を高めるため、多孔質で比表面積が大きいγ−アルミナが主に使用されている。これに対し、本実施形態においては、気孔を有する成形体として、比較的比表面積が小さいα−アルミナを使用してもよい。本実施形態においては、後述のとおり、活性金属が極めて微細なクラスター(例えば、粒子径1nm以下)を形成する。このようなクラスターが高度に分散した状態で担体表面に担持されることにより、従来の担体と比較して比表面積が小さい無機酸化物材料を担体として使用しても、被反応物と活性金属との接触効率が低下することを抑制し、あるいは向上することができる。また、比表面積が小さな担体は孔径の小さな細孔が多く存在し反応物(過酸化水素水溶液)や生成ガス(酸素ガス)の物質移動速度が遅くなる。液相反応では特にこの移動速度への細孔径の影響が大きく現れることが知られている。比表面積が過度に小さい担体を使用した場合、活性金属は表面積の多い小さな細孔に多く担持されることになり、物質移動速度の低下が問題となることに加えて、本反応の場合はガスの生成を伴うため、小さな細孔がガスで満たされて活性金属と溶液との接触が阻害される可能性が高くなる。これらの観点から適切な比表面積の担体を選択することは過酸化水素水溶液の反応を制御する上で重要なポイントとなる。
【0026】
本実施形態においては、比表面積が1〜30m/g(より好ましくは1〜3m/g)のα−アルミナを使用することで、高い機械的強度及び活性金属の優れた分散性の両方を高度に達成した触媒10を得ることができる。
【0027】
担体1の好適例として、アルミナ粉末を加圧成形した後、1000〜1100℃で焼成して得た焼成体を挙げることができる。なお、この焼成体は、アルミナ以外の成分としてマグネシア、ジルコニア又はチタニアを含有してもよい。
【0028】
担体1としてチタニアの成形体を採用する場合、アナターゼ型及びルチル型のいずれであってもよい。従来の触媒には被反応物と活性金属との接触効率を高めるため、多孔質で比表面積が大きいアナターゼ型チタニアが主に使用されている。本実施形態においては、気孔を有する成形体として、比較的比表面積が小さいルチル型チタニアを使用してもよい。比表面積が1〜30m/g(より好ましくは1〜9m/g)のチタニアを使用することで、高い機械的強度及び活性金属の優れた分散性の両方を高度に達成した触媒を得ることができる。
【0029】
担体1として、アルミナ等の成形体にNa又はClを担持したものを使用することが好ましい。かかる担体1は、成形体にNa又はClを含浸させることによって得ることができる。成形体におけるNa又はClは、活性金属を担体1に担持させる際に活性金属を分散化させる役割を果すと共に、活性金属の担持後においては担体1上における活性金属の移動を抑制する役割を果すと推察される。このため、活性金属の担持量を少なくできると共に活性金属の凝集を効果的に防止でき、触媒10の繰り返し使用に対する耐久性が飛躍的に向上する。
【0030】
担体1がアルミナ成形体にNaを含浸してなるものである場合、担体1は水酸化ナトリウム水溶液、硝酸ナトリウム水溶液及び炭酸ナトリウム水溶液のいずれかに成形体を0.5〜2時間程度にわたって浸漬した後、500〜800℃の温度条件で成形体を1〜3時間程度焼成することによって得ることができる(Na前処理工程)。上述の効果を安定的且つ高度に得る観点から、触媒10におけるNaのモル数と活性金属のモル数の比率(Na/活性金属モル比)は、好ましくは0.5〜50であり、より好ましくは1〜20である。Naのモル数は原子吸光法によって求めることができ、活性金属のモル数は担持量から求めることができる。
【0031】
担体1がアルミナ成形体にClを含浸してなるものである場合、担体1は温度50〜90℃の塩化水素水溶液に成形体を0.5〜2時間程度にわたって浸漬することによって得ることができる(Cl前処理工程)。上述の効果を安定的且つ高度に得る観点から、触媒10におけるHClのモル数(Clのモル数をHClのモル数に換算した値)と活性金属のモル数の比率(HCl/活性金属モル比)は、好ましくは1〜20であり、より好ましくは1〜11である。HClのモル数は電位差滴定法によって求めることができる。
【0032】
活性金属は、過酸化水素の分解能を有し、Pt、Pd、Ir、Ru、Rh及びOsからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含むものである。活性金属を担体1に担持するには、まず、これらの金属の塩化物溶液や硝酸塩溶液、硫酸塩溶液に、室温から90℃の温度条件下、10〜120分程度にわたって担体1を浸漬する。2時間以上かけて担体1を乾燥した後、水素の存在下、200〜500℃(より好ましくは200〜400℃)の温度条件で担体1を0.5〜2時間程度還元することによって得ることができる。還元温度が200℃未満であると、触媒10の活性の発現が不十分となりやすく、他方、500℃を越えると還元処理によって活性金属が凝集しやすい。
【0033】
触媒10は、活性金属が担持されている層1aの厚さが0.01〜0.25mmとなるように調整されている。層1aの厚さが上記範囲外であると、過酸化水素による高い消毒効果及び所定時間経過後の低い過酸化水素残留濃度を両立することが困難となる。これらをより確実に両立する観点から、層1aの厚さは好ましくは0.05〜0.25mmであり、より好ましくは0.1〜0.25mmである。
【0034】
層1aの厚さは、担体1の比表面積や気孔率に応じて、活性金属の塩化物溶液等に担体1を浸漬する時間や温度、塩化物溶液等の濃度を適宜設定することによって調整することができる。
【0035】
高い活性を得る点から、活性金属としては複数のPt原子からなるクラスター(以下、「Ptクラスター」という。)であることが好ましい。Ptクラスターの粒径は、好ましくは1nm以下であり、より好ましくは0.6nm以下である。Ptクラスターの粒径が1nm以下であるとPtの高い分散度を達成でき、これにより十分に高い反応速度で過酸化水素を分解できる。Ptクラスターの粒径の下限値は0.5nm程度である。
【0036】
Ptクラスターを形成するPtは、平均配位数が3〜6の範囲であることが好ましく、3〜5の範囲であることがより好ましい。Ptクラスターにおいて2つのPt原子間の距離は0.254〜0.273nmであることが好ましい。Ptの平均配位数及び原子間の距離が上記範囲内であると、触媒10の繰り返し使用に対する耐久性を著しく向上できる。なお、Ptの「平均配位数」とは、Pt原子周りの最近接Pt原子の配位数(Pt−Pt配位数)の平均値である。Ptクラスターの構造(粒径、平均配位数及びPt原子間の距離)はX線吸収微細構造解析法(XAFS)によって測定することができる。X線吸収微細構造解析法は、例えば、高エネルギー加速器研究機構のBL−12Cを用いて実施できる。
【0037】
Ptの担持量は、担体1の幾何学表面積(担体1の外表面積)を基準として、好ましくは0.01〜0.5mg/cmであり、より好ましくは0.01〜0.3mg/cmであり、更に好ましくは0.01〜0.2mg/cmである。Ptの担持量が0.01mg/cm未満であると過酸化水素の分解が不十分となりやすく、他方、0.5mg/cmを超えるとコストが増大しやすい。
【0038】
<消毒方法>
本実施形態に係る消毒方法は、触媒10及び被処理物を、過酸化水素溶液中に浸漬する工程を備える。当該工程において、過酸化水素による被処理物の消毒を行うと共に触媒10によって過酸化水素の分解反応を進行させて過酸化水素濃度を低下させる。
【0039】
消毒液として使用する過酸化水素水溶液(過酸化水素溶液)の濃度及び量は、被処理物の用途や消毒時間に応じて適宜設定すればよい。例えば、コンタクトレンズの消毒に使用する過酸化水素の無害化を触媒10で行う場合、担体1の幾何学表面積(担体1の外表面積)は、コンタクトレンズの消毒に使用する過酸化水素溶液の量を基準として、好ましくは0.2〜2cm/mlであり、より好ましくは0.2〜1.5cm/mlであり、更に好ましくは1.0〜1.5cm/mlである。外表面積がこのような条件を満たす担体1に適量のPtを担持した触媒10を、過酸化水素水溶液(例えば過酸化水素濃度34000質量ppm)に常温で浸漬すると、浸漬開始から10分後における過酸化水素溶液が開始時の過酸化水素濃度の50%を超えて(例えば浸漬開始の過酸化水素濃度34000質量ppmの場合は15000ppm以下にまで)分解されるのを十分に抑制でき、活性金属の担持量やクラスターサイズを最適化することによって40%を超えて(例えば浸漬開始の過酸化水素濃度34000質量ppmの場合は20000ppm以下にまで)分解されるのを十分に抑制できる。他方、浸漬開始から4時間後において過酸化水素濃度を開始時の過酸化水素濃度の0.3%(例えば浸漬開始の過酸化水素濃度34000質量ppmの場合は100質量ppm)以下にまで低下させることができ、活性金属の担持量やクラスターサイズを最適化することによって、開始時の過酸化水素濃度の0.2%(例えば浸漬開始の過酸化水素濃度34000質量ppmの場合は70質量ppm)以下、更には開始時の過酸化水素濃度の0.1%(例えば浸漬開始の過酸化水素濃度34000質量ppmの場合は50質量ppm)以下にまで低下させることができる。
【0040】
本実施形態に係る消毒方法によれば、触媒10によって分解される前の過酸化水素によって被処理物の消毒を行い、被処理物の消毒が終了して時間が経過するに従って触媒10が残存する過酸化水素を分解して無害化することができる。
【0041】
触媒10によれば、過酸化水素溶液内に被処理物と共存せしめることによって、被処理物を十分に消毒でき且つ所定時間の経過後には過酸化水素の残留濃度を十分に低減できる。従って、以下のとおり、消毒液として過酸化水素溶液を使用可能であり、消毒後に過酸化水素の無害化を要する技術に触媒10は適用可能である。消毒液(過酸化水素溶液)に被処理物を浸漬して消毒を行う場合、消毒液を注ぐ専用カップや専用容器に触媒10を備え付けておいたり、被処理物と共に触媒10を消毒液に浸漬したりしてもよく、あるいは、一定期間にわたって消毒を行った後、触媒10が消毒液に自動的に浸かるように設計された装置を使用してもよい。本発明の触媒及び消毒方法は、過酸化水素溶液で使用することができる他に、過酸化物の殺菌消毒薬、例えば液相中の過酢酸を分解して無害化する触媒としても用いることができ、上記触媒と被処理物を過酢酸溶液中に浸漬する工程を備え、上記工程において、過酢酸による前記被処理物の消毒を行うと共に前記触媒による過酢酸の分解反応を進行させて過酢酸濃度を低下させる消毒方法にも用いられる。また本発明の触媒は、過酸化水素付加物、例えば過炭酸ナトリウムなどの酸素系漂白剤を分解して無害化する触媒としても用いられ、過炭酸ナトリウムなどの漂白剤の溶液に被処理物を浸漬して漂白を行い被処理物の漂白を行うと共に溶液中の漂白剤を分解する漂白方法にも用いることができる。
(1)コンタクトレンズを消毒液に浸漬して消毒。
(2)理美容用ブラシ、頭皮・頭髪用ブラシ、髭剃り時に用いられるシャボンブラシ、ペイント用の刷毛、清掃用のブラシ等を消毒液に浸漬して消毒。
(3)義歯を消毒液に浸漬して消毒。
(4)内視鏡、カテーテル等の医療器具を消毒液に浸漬して消毒。
(5)外科手術用及び産科・泌尿器科用の装置(内視鏡等)、器具(メス、カテーテル等)を消毒液に浸漬して消毒。
(6)麻酔装置、人工呼吸装置、人工透析送致、歯科用器具及びこれらの補助的器具、並びに、注射筒、体温計、プラスチック器具等を消毒液に浸漬して消毒。
(7)内孔等に消毒液が残りやすい部品、構造が複雑で従来すすぎに長時間を要していた器具等を消毒液に浸漬して消毒。
(8)内視鏡を消毒するポンプ装置から管路を取り外し、この管路を消毒液に浸漬して消毒。
(9)緊急時に、原水を浄化して飲料用水とする上水用キャリングボックス内部の浄水通路に消毒液を充填して消毒。
(10)玩具を消毒液に浸漬して消毒。
【実施例】
【0042】
<実施例1〜4>
担体の表面近傍におけるPtが担持されている層の厚さが異なるものの、Ptの全量が同一となるように4種類の触媒を調製し、Ptが担持されている層の厚さが過酸化水素の残留濃度に与える影響を調査した。
【0043】
(実施例1)
まず、α−アルミナからなる成形体(形状:直方体、比表面積:2m/g、幾何学表面積:7cm)を準備した。25℃の水酸化ナトリウム水溶液(濃度:5質量%)に成形体を1時間浸漬した後、800℃で2時間にわたって成形体を焼成することによって担体を得た(Na前処理工程)。次いで、25℃のCPA(塩化白金酸)水溶液に担体を60分浸漬した後、水洗及び乾燥を実施した。そして、300℃で1時間にわたって白金の還元処理を行うことで触媒Aを得た。表1に触媒Aの物性を示す。
【0044】
(実施例2〜4)
高い濃度のCPA水溶液を使用して担体を浸漬する時間を短くすることによって、Ptの全量を維持したまま、Ptが担持されている層の厚さを薄くしたことの他は、実施例1と同様の処理によって触媒B〜Dを得た。表1に触媒B〜Dの物性を示す。
【0045】
(過酸化水素の分解処理)
触媒A〜Dの過酸化水素分解能を評価するため、過酸化水素濃度34000質量ppmの過酸化水素水溶液を準備し、各触媒を用いて過酸化水素の分解処理を行った。容器内に5mlの上記過酸化水素水溶液を入れた後、その液中に各触媒を浸漬した時間から10分後及び4時間後の過酸化水素濃度(残留過酸化水素濃度)を測定した。表1に結果を示す。図3は触媒A及び触媒Dを使用したときの残留過酸化水素濃度の変化を示すグラフである。
【0046】
【表1】

【0047】
<実施例5〜8>
担体の表面近傍におけるPt担持されている層の厚さが異なるものの、Ptの分散度が同一となるように4種類の触媒E〜Hを調製し、Ptが担持されている層の厚さが過酸化水素の残留濃度に与える影響を調査した。Ptの分散度は、Ptの担持量及び担持条件を適宜設定することによって調整した。
【0048】
(過酸化水素の分解処理)
触媒E〜Hの過酸化水素分解能を評価するため、過酸化水素濃度34000質量ppmの過酸化水素水溶液を準備し、各触媒を用いて過酸化水素の分解処理を行った。容器内に5mlの上記過酸化水素水溶液を入れた後、その液中に各触媒を浸漬した時間から10分後及び4時間後の過酸化水素濃度(残留過酸化水素濃度)を測定した。表2に結果を示す。図4は触媒E及び触媒Hを使用したときの残留過酸化水素濃度の変化を示すグラフである。
【0049】
【表2】

【0050】
<実施例9〜12>
担体の幾何学表面積が異なるものの、Ptが担持されている層の厚さが同一となるように4種類の触媒I〜Lを調製し、担体の幾何学表面積が過酸化水素の残留濃度に与える影響を調査した。
【0051】
(過酸化水素の分解処理)
触媒I〜Lの過酸化水素分解能を評価するため、過酸化水素濃度34000質量ppmの過酸化水素水溶液を準備し、各触媒を用いて過酸化水素の分解処理を行った。容器内に5mlの上記過酸化水素水溶液を入れた後、その液中に各触媒を浸漬した時間から10分後及び4時間後の過酸化水素濃度(残留過酸化水素濃度)を測定した。表3に結果を示す。図5は触媒I及び触媒Kを使用したときの残留過酸化水素濃度の変化を示すグラフである。
【0052】
【表3】

【0053】
<実施例13〜15>
担体に対する前処理が過酸化水素の残留濃度に与える影響を調査した。
【0054】
(実施例13)
α−アルミナからなる成形体(形状:直方体、比表面積:2m/g、機何学表面積:1.5cm)を準備した。Na前処理工程を実施する代わりに、以下のようにCl前処理工程を実施して担体を得たことの他は、実施例1と同様の処理によって触媒Mを得た。すなわち、25℃の塩化白金酸水溶液(濃度:3質量%)に成形体を1時間浸漬した後、成形体を乾燥することによって担体を得た(Cl前処理工程)。表4に触媒Mの物性を示す。
【0055】
(実施例14)
Cl前処理工程を実施しなかった他は、実施例13と同様の処理によって触媒Nを得た。表4に触媒Nの物性を示す。
【0056】
(実施例15)
α−アルミナからなる成形体の代わりにγ―アルミナ(形状:直方体、比表面積:200m/g、機何学表面積:1.5cm)を担体として使用したことの他は、実施例14と同様の処理によって触媒Oを得た。表4に触媒Oの物性を示す。
【0057】
触媒M〜Oの過酸化水素分解能を評価するため、過酸化水素濃度34000質量ppmの過酸化水素水溶液を準備し、各触媒を用いて過酸化水素の分解処理を行った。容器内に5mlの上記過酸化水素水溶液を入れた後、その液中に各触媒を浸漬した時間から10分後及び4時間後の過酸化水素濃度(残留過酸化水素濃度)を測定した。表4に結果を示す。
【0058】
【表4】


なお、比表面積は株式会社島津製作所製の比表面積測定装置を用い担体の比表面積を測定した。機械強度はLLOYD材料試験機を用い担体の強度を測定した。
【0059】
<実施例16〜19>
担体としてアルミナの成形体を使用する代わりに、ルチル型酸化チタンの成形体を使用して触媒を調製し、その評価を行った。
【0060】
(実施例16)
ルチル型酸化チタンからなる成形体(形状:直方体、比表面積:8.5m/g、機何学表面積:1.5cm)を準備した。当該成形体をα−アルミナからなる成形体の代わりに使用したことの他は、実施例1と同様にして触媒Pを得た。すなわち、25℃の水酸化ナトリウム水溶液(濃度:5質量%)に成形体を1時間浸漬した後、800℃で2時間にわたって成形体を焼成することによって担体を得た(Na前処理工程)。次いで、25℃のCPA(塩化白金酸)水溶液に担体を60分浸漬した後、水洗及び乾燥を実施した。そして、300℃で1時間にわたって白金の還元処理を行うことで触媒Pを得た。表5に触媒Pの物性を示す。
【0061】
(実施例17)
Na前処理工程を実施する代わりに、以下のようにCl前処理工程を実施して担体を得たことの他は、実施例16と同様の処理によって触媒Qを得た。すなわち、25℃の塩化白金酸水溶液(濃度:3質量%)に成形体を1時間浸漬した後、成形体を乾燥することによって担体を得た(Cl前処理工程)。表5に触媒Qの物性を示す。
【0062】
(実施例18)
Na前処理工程を実施しなかった他は、実施例16と同様の処理によって触媒Rを得た。表5に触媒Rの物性を示す。
【0063】
(実施例19)
担体の表面近傍におけるPt担持されている層の厚さが異なるものの、Ptの担持量が同一となるように、CPA水溶液の濃度及び担体の浸漬する時間を変更したことの他は、実施例18と同様の処理によって触媒Sを得た。表5に触媒Sの物性を示す。
【0064】
触媒M〜Oの過酸化水素分解能を評価するため、過酸化水素濃度34000質量ppmの過酸化水素水溶液を準備し、各触媒を用いて過酸化水素の分解処理を行った。容器内に5mlの上記過酸化水素水溶液を入れた後、その液中に各触媒を浸漬した時間から10分後及び4時間後の過酸化水素濃度(残留過酸化水素濃度)を測定した。表5に結果を示す。
【0065】
【表5】

【符号の説明】
【0066】
1…担体、1a…活性金属が担持されている層、10…過酸化水素分解触媒。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液相中の過酸化水素を水と酸素に分解するための過酸化水素分解触媒であって、
気孔を有する無機酸化物材料からなる担体と、
前記担体に担持されたPt、Pd、Ir、Ru、Rh及びOsからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含む活性金属と、
を備え、
前記担体の表面近傍において前記活性金属が担持されている層の厚さが0.01〜0.25mmである触媒。
【請求項2】
前記無機酸化物材料は、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、シリカ及び酸化チタンからなる群から選ばれる少なくとも1種の材料である請求項1に記載の触媒。
【請求項3】
前記担体は、少なくとも表面近傍にNa又はClが担持された酸化アルミニウムの成形体である、請求項1に記載の触媒。
【請求項4】
前記担体の比表面積が1〜30m/gである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の触媒。
【請求項5】
液相中の過酸化水素を水と酸素に分解するための過酸化水素分解触媒の製造方法であって、
気孔を有する無機酸化物材料からなる担体を準備する工程と、
Pt、Pd、Ir、Ru、Rh及びOsからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含む活性金属を、前記担体の表面近傍において前記活性金属が担持されている層の厚さが0.01〜0.25mmとなるように前記担体に含浸する工程と、
を備える方法。
【請求項6】
前記無機酸化物材料は酸化アルミニウムであり、酸化アルミニウムからなる成形体に前記活性金属を含浸する前に、水酸化ナトリウム水溶液、硝酸ナトリウム水溶液及び炭酸ナトリウム水溶液のいずれかに前記成形体を浸漬した後、当該成形体を焼成する工程を更に備える、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記無機酸化物材料は酸化アルミニウムであり、酸化アルミニウムからなる成形体に前記活性金属を含浸する前に、塩化水素水溶液に前記成形体を浸漬する工程を更に備える、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の触媒及び被処理物を、過酸化水素溶液中に浸漬する工程を備え、
当該工程において、過酸化水素による前記被処理物の消毒を行うと共に前記触媒による過酸化水素の分解反応を進行させて過酸化水素濃度を低下させる消毒方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【公開番号】特開2013−13868(P2013−13868A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−149358(P2011−149358)
【出願日】平成23年7月5日(2011.7.5)
【出願人】(000226219)日揮ユニバーサル株式会社 (12)
【Fターム(参考)】