説明

酸化物超電導膜とその製造方法

【課題】従来よりも超電導転移温度Tcが上昇した酸化物超電導膜を提供する。
【解決手段】金属基板上に、有機金属化合物溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導膜を製造する酸化物超電導膜の製造方法であって、有機金属化合物溶液を、金属基板上に塗布して塗膜を作製する塗膜作製工程と、塗膜を加熱して、有機金属化合物を熱分解し、有機成分を除去することにより、酸化物超電導膜の前駆体膜を形成する仮焼熱処理工程と、前駆体膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導膜を形成する本焼熱処理工程とを備えており、仮焼熱処理工程における塗膜の加熱が、酸素の含有比率が80〜100vol%の雰囲気下で行われる酸化物超電導膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導転移温度Tcが改善された酸化物超電導膜とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体窒素の温度で超電導性を有する高温超電導体の発見以来、ケーブル、限流器、マグネットなどの電力機器への応用を目指した高温超電導線材の開発が活発に行われている。中でも、基板上に酸化物超電導膜が形成された酸化物超電導線材が注目されている。
【0003】
このような酸化物超電導膜の製造方法の1つに、塗布熱分解法(Metal Organic Deposition、略称:MOD法)がある(特許文献1)。
【0004】
このMOD法は、Y(イットリウム)、Gd(ガドリニウム)、Ho(ホルミウム)などのRE(希土類元素)およびBa(バリウム)、Cu(銅)の各有機金属化合物を溶媒に溶解して製造された原料溶液(MOD溶液)を基板に塗布して塗布膜を形成した後、例えば、500℃付近で仮焼熱処理して、有機金属化合物を熱分解させ、熱分解した有機成分を除去することにより酸化物超電導膜の前駆体膜(仮焼膜)を作製し、作製した仮焼膜をさらに高温(例えば750〜800℃付近)で本焼熱処理することにより結晶化を行って酸化物超電導膜を形成するものであり、主に真空中で製造される気相法(蒸着法、スパッタ法、パルスレーザ蒸着法等)に比較して製造設備が簡単で済み、また大面積や複雑な形状への対応が容易である等の特徴を有しているため、広く用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−165153号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、超電導性が発揮される超電導転移温度Tcのさらなる上昇が強く求められており、従来のMOD法のさらなる改良が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために、従来のMOD法においてTcの上昇に悪影響を与える要因につき、鋭意検討を行った。その結果、従来のMOD法で作製された酸化物超電導膜中には、多くの炭素が残留しており、この残留炭素に着目した。
【0008】
次に、本発明者は、この残留炭素が、MOD法のどの工程で発生しているか詳しく検討し、その結果、有機金属化合物を熱分解させ、熱分解した有機成分を除去する仮焼熱処理工程に着目した。
【0009】
具体的には、従来のMOD法においては、高い酸素濃度雰囲気で仮焼熱処理した場合、金属基板の酸化が進み、その後の本焼熱処理において結晶化に悪影響を及ぼすと考えられていたため、窒素やアルゴン等の不活性ガス中に20〜50vol%の酸素を含むガス雰囲気で仮焼熱処理が行われていた。
【0010】
しかし、このような低酸素雰囲気下で仮焼熱処理を行った場合、熱分解した炭素が充分に除去されず、その後の本焼熱処理工程において、多くの残留炭素を含有する酸化物超電導膜(本焼膜)が形成され、その結果Tcの上昇を阻害していると考えられる。
【0011】
本焼膜における残留炭素の量を低減する方法の1つとして、仮焼熱処理温度をより高くすることが考えられたが、この場合には、本焼熱処理持、仮焼熱処理後の膜内部の結晶粒子が粗大化して、臨界電流密度Jcや臨界電流Icなどの超電導特性を悪化させるという問題が発生することが分かった。
【0012】
そこで、本発明者は、仮焼熱処理温度は変更せずに、前記した理由から従来は試みられることがなかった高酸素濃度雰囲気下での仮焼熱処理を行ってみた。
【0013】
その結果、酸素の含有比率が80〜100vol%の雰囲気下で仮焼熱処理を行うことにより、酸素が充分に供給されて、熱分解した炭素が充分に除去された酸化物超電導膜の前駆体膜(仮焼膜)を形成することができ、その後の本焼熱処理において、残留炭素量が2.0×1019atoms/cm以下に低減された酸化物超電導膜(本焼膜)を得ることができた。
【0014】
そして、得られた酸化物超電導膜では、Tcが改善されていることが確認された。さらに、金属基板の酸化も結晶化に大きな影響を与えるほどではなく、JcやIcなどの超電導特性が維持されていることが分かった。
【0015】
請求項1に記載の発明は、上記の知見に基づく発明であり、
金属基板上に、有機金属化合物溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導膜を製造する酸化物超電導膜の製造方法であって、
前記有機金属化合物溶液を、前記金属基板上に塗布して塗膜を作製する塗膜作製工程と、
前記塗膜を加熱して、前記有機金属化合物を熱分解し、有機成分を除去することにより、酸化物超電導膜の前駆体膜を形成する仮焼熱処理工程と、
前記前駆体膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導膜を形成する本焼熱処理工程と
を備えており、
前記仮焼熱処理工程における前記塗膜の加熱が、酸素の含有比率が80〜100vol%の雰囲気下で行われる
ことを特徴とする酸化物超電導膜の製造方法である。
【0016】
請求項2に記載の発明は、
前記仮焼熱処理工程における熱処理が、450〜600℃で1〜180分間の熱処理であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導膜の製造方法である。
【0017】
熱処理温度が低すぎる場合には、有機成分が充分に分解されない恐れがある。一方、高すぎる場合には、前記の通り、結晶粒子が粗大化してJcやIcを悪化させる恐れがある。450〜600℃であると好ましく、480〜580℃であるとより好ましい。
【0018】
また、適切な仮焼熱処理の温度保持時間は1〜180分である。
【0019】
請求項3に記載の発明は、
前記仮焼熱処理工程における昇温速度が、5〜25℃/分であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導膜の製造方法である。
【0020】
昇温速度が速すぎる場合には、支燃性の酸素ガスが多いことにより、低い酸素濃度で処理する場合よりも燃焼反応が激しくなり、急激な収縮により膜表面にクラックが生じたり、膜内部に有機成分の分解物由来の気泡が閉じ込められ、場合によっては気泡が破れ、膜の剥離や膜面の平坦性が損なわれたりする恐れがある。一方、遅すぎる場合には、含有する有機金属化合物の分解温度の違いから、膜内部での元素分布が大きく偏り、結晶化処理が上手くできなくなる恐れがある。5〜25℃/分であると好ましく、5〜15℃/分であるとより好ましい。
【0021】
請求項4に記載の発明は、
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の酸化物超電導膜の製造方法を用いて製造され、残留炭素量が2.0×1019atoms/cm以下であることを特徴とする酸化物超電導膜である。
【0022】
残留炭素量が2.0×1019atoms/cm以下の酸化物超電導膜は、高いJcやIcなどと共に、高いTcを有する。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、従来よりも超電導転移温度Tcが上昇した酸化物超電導膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】酸化物超電導膜の残留炭素量と酸化物超電導膜の表面からの深さとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0025】
以下に、YBCO超電導膜を形成した実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。
【0026】
1.酸化物超電導膜の形成
(1)実施例1、2
以下の工程を経て、実施例1、2のYBCO超電導膜を形成した。
【0027】
(a)MOD溶液の作製
まず、Y、Ba、Cuの各アセチルアセトナート塩から出発してY:Ba:Cu=1:2:3の比率(モル比)で合成し、アルコールを溶媒としたMOD溶液を作製した。なおMOD溶液のY3+、Ba2+、Cu2+を合わせた総カチオン濃度を1mol/Lとした。
【0028】
(b)塗膜作製工程
次に、金属基板として、SUS上に順にCu層、Ni層を形成させたクラッド基板の上に、CeO、YSZ、CeOの3層からなる中間層を設けた金属基板を準備し、金属基板上に、前記MOD溶液を塗布し、塗膜の作製を行った。
【0029】
(c)仮焼熱処理工程
塗膜が形成された金属基板を、表1に示す窒素/酸素雰囲気、温度、時間、昇温速度で仮焼熱処理を施し、金属基板上に前駆体膜(仮焼膜)を形成させた。この工程を8回繰り返し行って、膜厚約1.4μmの前駆体膜を作製した。
【0030】
(d)本焼熱処理工程
作製された前駆体膜を、酸素濃度100ppmのアルゴン/酸素混合ガス雰囲気下に1.5時間保持して、金属基板上に膜厚約1.0μmのYBCO超電導膜を形成させた。
【0031】
(比較例1、2)
仮焼熱処理を表1に示す雰囲気下で施したこと以外は、実施例と同じ方法でYBCO酸化物超電導膜を作製した。
【0032】
2.残留炭素量、Tc、Jc、Icの測定
(1)測定法
イ.残留炭素量
得られたYBCO酸化物超電導膜の残留炭素量を、SIMS(二次イオン質量分析)により測定した。
【0033】
ロ.Tc
得られたYBCO酸化物超電導膜のTcを、誘導測定法で測定した。
【0034】
ハ.Jc、Ic
得られたYBCO酸化物超電導膜のJc、Icを、温度77K、自己磁場下で測定した。
【0035】
(2)測定結果
測定結果を表1にまとめて示す。また、実施例2と比較例1(従来)の残留炭素量の測定結果を図1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1および図1より、実施例においては残留炭素量が低減されていることが分かる。また、Tcが上昇しており、一方Jc、Icについては比較例に比べて低下していないことが分かる。このような結果が得られたのは、仮焼熱処理をO含有比率が80vol%、100vol%という高酸素雰囲気下で行ったためである。Tcの上昇は1Kであるが、その意義は大きい。
【0038】
(実施例3〜実施例7)
仮焼熱処理の温度、時間を表2に記載した条件で行ったこと以外は実施例1と同じ方法でYBCO酸化物超電導膜を作製し、残留炭素量、Tc、Jc、Icを測定した。仮焼熱処理の温度、時間および測定結果をまとめて表2に示す。
【0039】
【表2】

【0040】
表2より、仮焼熱処理を480〜520℃の温度範囲で70分間行うことにより、有機成分が充分に分解されて残留炭素量が低下しながらも、結晶粒子が粗大化せず、JcやIcが悪化していないことが分かる。
【0041】
(実施例8〜実施例12)
仮焼熱処理の昇温速度を表3に記載した昇温速度としたこと以外は、実施例1と同じ方法でYBCO酸化物超電導膜を作製し、残留炭素量、Tc、Jc、Icを測定した。仮焼熱処理の昇温速度および測定結果をまとめて表3に示す。
【0042】
【表3】

【0043】
表3より、仮焼熱処理の昇温速度を5〜25℃/分とすることにより元素分布の偏りの増大による超電導特性の劣化や、気泡やクラックの生成による膜の破壊がなく、一層確実に残量炭素量を低下させることができ、Tcを向上させた酸化物超電導膜を確実に製造できることが分かる。
【0044】
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基板上に、有機金属化合物溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導膜を製造する酸化物超電導膜の製造方法であって、
前記有機金属化合物溶液を、前記金属基板上に塗布して塗膜を作製する塗膜作製工程と、
前記塗膜を加熱して、前記有機金属化合物を熱分解し、有機成分を除去することにより、酸化物超電導膜の前駆体膜を形成する仮焼熱処理工程と、
前記前駆体膜を加熱して、結晶化させることにより、酸化物超電導膜を形成する本焼熱処理工程と
を備えており、
前記仮焼熱処理工程における前記塗膜の加熱が、酸素の含有比率が80〜100vol%の雰囲気下で行われる
ことを特徴とする酸化物超電導膜の製造方法。
【請求項2】
前記仮焼熱処理工程における熱処理が、450〜600℃で1〜180分間の熱処理であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導膜の製造方法。
【請求項3】
前記仮焼熱処理工程における昇温速度が、5〜25℃/分であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導膜の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の酸化物超電導膜の製造方法を用いて製造され、残留炭素量が2.0×1019atoms/cm以下であることを特徴とする酸化物超電導膜。

【図1】
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【公開番号】特開2012−234649(P2012−234649A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−100894(P2011−100894)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】