説明

銅系焼結摩擦材

【課題】 高い減速度で制動して減速、停止させる際に、高い摩擦係数を維持すると共に円滑に制動して乗員に高い制動効力感(制動フィーリング感)を与えることのできる銅系焼結摩擦材を提供すること。
【解決手段】 錫粉;0.5〜15wt%、亜鉛粉;0.1〜30wt%、ニッケル粉;5〜25wt%、鉄粉;5〜25wt%、ステンレス鋼粉;0.1〜20wt%、銅粉;残部のマトリックス金属成分が55〜80wt%、潤滑材、摩擦調整材などのフィラー成分が20〜45wt%の焼結体から成り、(1)鉄粉とステンレス鋼粉の合計量が8〜28wt%、(2)鉄粉が水素ガスまたはアンモニアガス雰囲気中で600〜1200℃の温度で熱処理した粒径範囲が40〜150μmの電解鉄粉であり、更にマトリックス金属成分としてマンガン粉を0.1〜5wt%含み、トルクカーブにおけるビルドアップ率が40度以上であることを特徴とする銅系焼結摩擦材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブレーキライニングやクラッチフェーシングなどに用いられる銅および鉄を主要成分とする銅系焼結摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
二輪車、自動車、鉄道車両、航空機、各種産業機械などにおいては、ブレーキライニング、ブレーキパッドなどのブレーキ材料やクラッチフェーシングなどのクラッチ材料として種々の摩擦材が使用されている。
【0003】
摩擦材料には、大きく分けて、フィラー成分を樹脂、ゴムなどをバインダーとして結合した有機系摩擦材料と金属や合金をマトリックスとして焼結した金属系摩擦材料がある。金属系摩擦材料は、有機系摩擦材料に比べて耐摩耗性、耐熱性などが高いため、苛酷な条件下に使用する摩擦材として有用されている。
【0004】
また、近年における車両の高速化や大型化により高出力化が進み、ブレーキを初め各種摩擦材にかかる負荷も苛酷になり、摩擦材に要求される摩擦係数および耐摩耗性は、より高度の性能が要求されるようになってきた。
【0005】
例えば、特許文献1によれば、高い摩擦係数を有し、温度による摩擦係数の変化も少なく、優れた耐摩耗性を有する摩擦材料として、金属系材料をマトリックスとし、摩擦調整剤や潤滑剤などのフィラーを加えた組成物において、マトリックスを構成する成分の中にマトリックス内の重量%でNiを10〜70%、Cuを30〜80%含み、NiとCuの合計が60%以上である摩擦材料組成物が提案されている。
【0006】
また、特許文献2には、最大粒径15μm以下、平均粒径5μm以下のFeMo、FeCr、FeTiなどの鉄系金属間化合物からなる硬質粒子が、Cu−Sn系銅合金素地に均一に分散した組織を有する焼結摺動部材が開示されている。
【0007】
更に、特許文献3には、チタンやチタン合金製ブレーキローター用に好適な摩擦パッドとして、鉄系金属間化合物の硬質相と固体潤滑成分が素地中に均一に分散し、該素地が銅合金粉末から構成される銅系焼結体において、該焼結体がチタンあるいはチタン合金を相手材として大気中にて摩擦摺動した際に、摺動面間で焼き付き現象を伴うことなく0.3以上の摩擦係数を安定して発現する銅系焼結摩擦材が開示されている。
【特許文献1】特開昭63−030617号公報
【特許文献2】特開平07−102335号公報
【特許文献3】特開平09−269026号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように高速化や大型化に伴う高出力化に対応するために、焼結金属系摩擦材には高い摩擦係数および耐摩耗性を有するとともに、高温下においても摩擦係数、耐摩耗性の低下が少なく、高い値に維持し得る摩擦性能が要求され、上記の先行技術によれば、高い摩擦係数および耐摩耗性を有する焼結金属系摩擦材が提供される。
【0009】
しかし、高速化、高出力化に伴い高減速化が必要となる摩擦材には、高摩擦係数、高耐摩耗性のみでは要求性能を十分に満足することができない。すなわち、高減速化が必要な高負荷の制動時にも、高い摩擦係数および耐摩耗性を維持し得るばかりではなく、スムースに制動して、急激な制動力を作動させることなく円滑に停止させて、大きな衝撃を与えることのないように制動、停止させることが要求される。
【0010】
例えば、二輪車などのブレーキパッドに使用した場合には、急激な制動による大きな衝撃が生じ、特に、停止直前に急激な制動力が働いて、乗員に不快感を与えるばかりではなく、危険な場合もある。
【0011】
そこで、本発明者は、例えば高速で運転中の二輪車に高制動力を作動させて、円滑に停止させることのできる方策について研究を進めた結果、電解鉄粉とステンレス鋼粉を併用すると、鉄成分が焼結性を阻害する成分として作用してマトリックス相の鉄成分の周辺に空隙が生じて、摩擦材中の気孔や研削材と似た作用が生じて、高制動化時に円滑に機能することを確認した。
【0012】
本発明は、上記の知見に基づいて完成したものであって、その目的は高速車両などを高い減速度で制動して減速、更に、停止させる際に、高い摩擦係数を維持すると共に円滑に制動して、乗員に高い制動効力感(制動フィーリング感)を与えることのできる銅系焼結摩擦材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の目的を達成するための本発明による銅系焼結摩擦材は、錫粉;0.5〜15wt%、亜鉛粉;0.1〜30wt%、ニッケル粉;5〜25wt%、鉄粉;5〜25wt%、ステンレス鋼粉;0.1〜20wt%、銅粉;残部、のマトリックス金属成分が55〜80wt%、潤滑材、摩擦調整材などのフィラー成分が20〜45wt%、の焼結体から成り
(1)鉄粉とステンレス鋼粉の合計量が8〜28wt%、
(2)鉄粉が、水素ガスまたはアンモニアガス雰囲気中で600〜1200℃の温度で熱処理した粒径範囲が40〜150μmの電解鉄粉、
であることを構成上の特徴とする。
【0014】
更に、上記のマトリックス金属成分としてはマンガン粉を0.1〜5wt%含み、またトルクカーブにおけるビルドアップ率が40度以上であることを特徴とする。但し、ビルドアップ率とは、ダイナモ試験機で測定したトルクカーブ(横軸;時間、縦軸;トルク)の制動開始直後以降において、トルクが急激に再上昇する角度である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高速車両などを高い減速比で制動して減速、停止させる摩擦材として優れた摩擦性能を維持すると共に円滑に制動して、乗員に高い制動効力感(制動フィーリング感)を与えることのできる銅系焼結摩擦材が提供される。したがって、高速で制動するブレーキライニングやクラッチフェーシングなどに用いられる銅系焼結摩擦材として極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の銅系焼結摩擦材は、銅を主成分として鉄および鉄を含有するステンレス鋼を多量に含む点に特徴がある。すなわち、マトリックスとなる金属成分は、錫粉;0.5〜15wt%、亜鉛粉;0.1〜30wt%、ニッケル粉;5〜25wt%、鉄粉;5〜25wt%、ステンレス鋼粉;0.1〜20wt%、銅粉;残部、の組成から成る。
【0017】
マトリックス金属成分として、錫粉を0.5〜15wt%の範囲に設定するのは、錫粉が0.5wt%を下回ると材質が脆くなって凝着を起こし易く、また、15wt%を上回ると摩擦係数が低下し、磨耗が増大するためである。また、亜鉛粉を0.1〜30wt%とするのは、0.1wt%未満では材質が脆くなるとともに摩擦係数が低下し、一方、30wt%を越えると磨耗が増大し、更に、ニッケル粉を5〜25wt%とするのは、5wt%を下回ると摩擦係数が低下し、25wt%を上回ると強度が低下し、磨耗が増大するためである。更に、マンガン粉を0.1〜5wt%含むことが好ましいが、その含有量が5wt%を越えると、材質が硬くなり相手材への攻撃性が高くなる。
【0018】
この成分組成に加えて、本発明の銅系焼結摩擦材は、鉄粉を5〜25wt%、ステンレス鋼粉を0.1〜20wt%、残部を銅粉の組成に設定し、鉄粉とステンレス鋼粉との合計量を8〜28wt%の範囲に調整する。鉄粉が5wt%およびステンレス鋼粉が0.1wt%未満では摩擦係数が低く、鉄粉が25wt%およびステンレス鋼粉が20wt%を越えると耐摩耗性や耐フェード性が悪化することになる。そして、鉄粉とステンレス鋼粉の合計量が8wt%を下回る場合は強度およびビルドアップ率が低くなり、一方、28wt%を越えると強度の低下、ビルドアップ率の低下、耐フェード性が悪化する。
【0019】
本発明においては、マトリックス金属成分として鉄粉と鉄を含有するステンレス鋼粉を併用することが主要な構成要件の1つであり、鉄粉およびステンレス鋼粉の鉄成分は、焼結時の収縮率が小さくかつ焼結性を阻害する成分として機能する。すなわち、SEM画像による組織観察の結果から、金属マトリックスにおいて、鉄成分の周囲に0.5〜数μm程度の微細な空隙が確認され、これらの空隙が焼結体中の気孔や研削材に似た作用をするものと考えられる。
【0020】
鉄粉は高純度のものが好適であり、純度99wt%以上の電解鉄粉が使用される。電解鉄粉は、予め水素ガスまたはアンモニアガス雰囲気中で600〜1200℃の温度で熱処理した粒径範囲が40〜150μmのものが用いられる。粒径が40μm未満では摩擦係数が低下し、150μmを越えると強度の低下やビルドアップ率が低くなり、また相手材への攻撃性も増大する。
【0021】
本発明の銅系焼結摩擦材は、上記のマトリックス金属成分55〜80wt%と潤滑材および摩擦調整材などのフィラー成分20〜45wt%の組成から成り、トルクカーブにおけるビルドアップ率が40度以上であることを特徴とする。但し、ビルドアップ率とは、ダイナモ試験機で測定したトルクカーブ(横軸;時間、縦軸;トルク)の制動開始直後以降において、トルクが急激に再上昇する際の角度である。
【0022】
すなわち、ビルドアップ率とは、高速車両などを高い減速比で制動して減速、更に、停止させる際に、急激な制動力に伴う衝撃により円滑、十分な制動力を感知し難い欠点を排除して、乗員が感じ取る円滑かつ十分な制動効力感(制動フィーリング感)の程度を表すものとして、本発明者において指標化したものであり、次の方法によって測定される。
【0023】
ダイナモ試験機により、金属製ディスクに摩擦材を取り付けたディスクパッドを、一定の圧力でローターに押しつけて制動し、所定の速度から減速して停止する場合、ブレーキパッドが及ぼすトルクを時間に対してプロットすると、図1に模式的に示すように変化する。すなわち、図1において横軸は圧力を加えてからの経過時間、縦軸はトルクの大きさであり、トルクの経時的変化を示すトルクカーブは、摩擦材の材質や制動条件によって異なるが、基本的には図1に示したパターンで表される。
【0024】
すなわち、摩擦材の材質や制動条件によらず、図1のAに示すように制動開始直後に急速にトルクが大きくなり、Bで一旦ピークに達した後、Cのように緩やかに減少する。その後、トルクがDのように再び急激に増大した後、減速、停止に向かって、Eのように緩やかに減少して、最後はトルクが0になって停止する。
【0025】
そして、図1の制動開始直後のトルクが急激に増大するAおよびピークBを経過して後の、トルクが緩やかに減少するC以降において、トルクが急激に再上昇するDの角度をもってビルドアップ率を定義する。すなわち、Dの傾きが最大になる点に接線Fを引き、該接線Fの水平線とのなす角度θをビルドアップ率と定義する。そして、このビルドアップ率が40度以上であると、制動時において乗員が円滑かつ十分な制動効力感(制動フィーリング感)を得ることができるのである。なお、ビルドアップ率は横軸を時間軸として1cm当たり2.4秒、縦軸をトルク軸として1cm当たり250Nmとしてトルク曲線を記録して求められる。
【0026】
フィラー成分となる、潤滑材には黒鉛、MoS2 、CaF2 、BaF2 、BN、フッ化黒鉛、雲母などの粉末が、摩擦調整材にはAl2 3 、SiO2 、ZrO2 などの金属酸化物、Si3 4 などの金属窒化物、SiCなどの金属炭化物などの硬質粒子、あるいはコークス、硫酸バリウム、珪藻土などが適用される。
【0027】
なお、必要に応じて、これらの成分に炭化ケイ素繊維、炭素繊維、炭化ケイ素ウイスカー、ボロン繊維、シリカ−アルミナ繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、黄銅繊維、スチール繊維、その他の無機繊維や金属繊維を補強材として加えることもできる。
【0028】
本発明の銅系焼結摩擦材は、マトリックス金属成分となる各金属粉末およびフィラー成分となる潤滑材、摩擦調整材などを所定の割合で混合し、混合粉末を成形した後、焼結することにより製造される。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例を比較例と対比して具体的に説明する。
【0030】
実施例1〜5、比較例5〜6
マトリックス金属となる銅、錫、亜鉛、ニッケル、マンガン、鉄およびステンレス鋼の各粉末に、潤滑材としてCaF2 、黒鉛、摩擦調整材としてジルコンサンド、アルミナの粉末を用い、その重量比を変えて混合した。なお、鉄粉には純度99.5%の電解鉄粉を用い、水素ガス中で900℃の温度で熱処理し、粒径範囲40〜150μmに調整したものを使用した。
【0031】
この混合粉末を所定形状に成形し、成形体を銅メッキした鋼板に載せて、還元性雰囲気中で850℃の温度で焼結して、銅系焼結摩擦材の試験材を作製した。
【0032】
各試験材について、SUSディスクを相手材としてダイナモ試験を行った。試験条件は十分に摺り合わせの後、イナーシャ12.5kgm2 とし、初速度と減速度を変えて摩擦材の特性を測定した。なお、摩擦係数は初速度;200km/h、液圧;0.98MPa、制動回数;3回、ビルドアップ率は初速度;200km/h、液圧;1.96MPa、制動回数;3回,の条件で測定した。
【0033】
比較例1〜4
実施例において、鉄粉として水素ガス中で熱処理することなく、また粒径範囲の異なる電解鉄粉を用いて、その混合比を変えて混合粉末を調製したほかは、実施例と同じ方法により銅系焼結摩擦材の試験材を作製して、その特性を測定した。
【0034】
このようにして得られた結果を、銅系焼結摩擦材の試験材の作製条件を表1に、その摩擦特性の測定結果を表2に示した。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
表1、2の結果から、実施例の摩擦材は強度が高く、磨耗量、摩擦係数などの摩擦材としての性能も高位にあり、そして、本発明において指標化した制動時に感じる制動効力感(制動フィーリング感)を示すビルドアップ率も40度以上を示しており、高速、高出力時の車両などを高減速で制動する銅系焼結摩擦材として好適であることが分かる。これに対して、本発明の要件を満たさない比較例の摩擦材では、強度、磨耗量、摩擦係数、ビルドアップ率などにおいて劣るものであることが認められる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】ダイナモ試験機で測定したトルクの経時的変化を示すトルクカーブの模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
錫粉;0.5〜15wt%、亜鉛粉;0.1〜30wt%、ニッケル粉;5〜25wt%、鉄粉;5〜25wt%、ステンレス鋼粉;0.1〜20wt%、銅粉;残部、のマトリックス金属成分が55〜80wt%、潤滑材、摩擦調整材などのフィラー成分が20〜45wt%、の焼結体から成り、
(1)鉄粉とステンレス鋼粉の合計量が8〜28wt%、
(2)鉄粉が、水素ガスまたはアンモニアガス雰囲気中で600〜1200℃の温度で熱処理した粒径範囲が40〜150μmの電解鉄粉、
であることを特徴とする銅系焼結摩擦材。
【請求項2】
マトリックス金属成分としてマンガン粉を0.1〜5wt%含む請求項1記載の銅系焼結摩擦材。
【請求項3】
トルクカーブにおけるビルドアップ率が40度以上である請求項1または2記載の銅系焼結摩擦材。
但し、ビルドアップ率とは、ダイナモ試験機で測定したトルクカーブ(横軸;時間、縦軸;トルク)の制動開始直後以降において、トルクが急激に再上昇する角度である。

【図1】
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【公開番号】特開2006−16680(P2006−16680A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−197893(P2004−197893)
【出願日】平成16年7月5日(2004.7.5)
【出願人】(000219576)東海カーボン株式会社 (155)
【Fターム(参考)】