説明

離型剤の塗布方法及び非晶質合金成形体の製造方法

【課題】離型剤に含まれる金属ガラスの粉体の酸化を抑えつつ、金型等に均一に塗布することができる離型剤の塗布方法を提供する。
【解決手段】キャビティ部を有する金型に、非晶質合金粒子が高揮発性の溶媒に分散された離型剤を塗布する離型剤の塗布方法は、キャビティ部内に離型剤を注入する離型剤注入工程S12と、金型の周囲の雰囲気の酸素分圧を低下させる酸素分圧低下工程S14と、離型剤注入工程S14の後であって、成形材料を注入する前に金型を回転させる金型回転工程S15とを備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、離型剤の塗布方法、より詳しくは、非晶質合金の成形に用いる離型剤の塗布方法、及び当該塗布方法を備える非晶質合金成形体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、複数の金属元素が結晶構造を形成せずに凝固(アモルファス化)した合金である非晶質合金の成形品が注目されている。非晶質合金は、複数の金属元素からなる金属材料の溶湯を、ガラス遷移温度以下になるまで急速冷却することにより形成される。非晶質合金は、通常の結晶金属に見られるような結晶粒界を有さず、結晶粒界を起因とした粒界腐食(結晶粒界に沿って腐食が進行する現象)を生じないことから、耐食性に優れている。
【0003】
非晶質合金の例としては、例えば、チタン(Ti)基合金、鉄(Fe)基合金、ジルコニウム(Zr)基合金、マグネシウム(Mg)基合金などを挙げることができる。また、非晶質合金のうち、ガラス遷移領域(結晶化温度からガラス遷移温度を引いた値)が20℃以上である非晶質合金は、特に、金属ガラスと称される場合がある。
【0004】
このような金属ガラスは、結晶金属のような凝固収縮を生じないことから、成形金型に対する高精度な転写性を有し、さらにガラス遷移領域ではガラスのような熱間プレス加工も可能であることから、成形品の形状自由度、寸法精度、生産性に優れている。また、金属ガラスは、その物性として低ヤング率・高強度であり、さらに熱に対して低膨張であるため、非晶質合金、特に金属ガラスからなる成形品の各種分野への応用が期待されている。
【0005】
従来、アルミなどの金属を鋳造(成形)するための一般的なダイカスト技術においては、鋳造品を型からはずしやすくするために離型剤を用いることが一般的である。離型剤としては水性離型剤、粉体離型剤、粉体を溶媒に添加した液状粉体離型剤等が知られている。近年では、水性離型剤が鋳造時にガス化して様々な品質低下を起こすことから、粉体を使用した離型剤が多く用いられるようになってきている。粉体離型剤を塗布する方法としては、エアー等によって金型等の表面に噴きつける方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
上述した金属ガラスの鋳造においては、一般的な粉体離型剤を使用すると、離型剤が成形体の表面に残って汚染され、所望の表面特性を得られない。また、粉体離型剤に使用される粉体が核となって、金属ガラスの溶湯が固化する際に結晶化を誘発してしまい、非晶質性の良好な金属ガラスを得ることが困難になるという問題がある。
この問題を解決するため、成形する金属ガラスと同一組成又は同一基の金属ガラスの粉体等の非晶質合金粒子を含む離型剤を用いることが検討されている。このような離型剤は、成形される材料と同一成分であるため、成形体の表面を汚染せず、成形材料の結晶化も誘発しないと考えられ、期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−179105号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述のような離型剤に用いられる非晶質合金粒子は、単位体積あたりの表面積が大きくなっており、特許文献1に記載のような方法で塗布を行うと容易に酸化しやすい。離型剤に含まれる非晶質合金粒子が酸化すると、その性質が変化してしまい、上述した結晶化を誘発しない等の離型剤に期待される効果が十分に得られないことがあるという問題がある。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、離型剤に含まれる非晶質合金粒子の酸化を抑えつつ、金型等に均一に塗布することができる離型剤の塗布方法を提供することを目的とする。
本発明の他の目的は、非晶質合金粒子を含む離型剤の機能を十分発揮させて、好適に非晶質合金の成形体を製造することができる非晶質合金成形体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様は、キャビティ部を有する金型に、非晶質合金粒子が高揮発性の溶媒に分散された離型剤を塗布する離型剤の塗布方法であって、前記キャビティ部内に前記離型剤を注入する離型剤注入工程と、前記金型の周囲の雰囲気の酸素分圧を低下させる酸素分圧低下工程と、前記離型剤注入工程後、成形材料を注入する前に金型を回転させる金型回転工程とを備えることを特徴とする。
【0011】
前記酸素分圧低下工程において、前記金型の周囲の雰囲気が減圧されてもよい。
【0012】
前記金型回転工程は、前記金型が、第一の方向に回転される正転工程と、前記正転工程後に前記金型が前記第一の方向と反対の第二の方向に回転される逆転工程とを有してもよい。
また、前記非晶質合金は、Zr基合金であってもよい。
【0013】
本発明の第2の態様である非晶質合金成形体の製造方法は、本発明の離型剤の塗布方法を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の離型剤の塗布方法によれば、離型剤に含まれる非晶質合金粒子の酸化を抑えつつ、金型等に均一に塗布することができる。
また、本発明の非晶質合金成形体の製造方法によれば、非晶質合金粒子を含む離型剤の機能を十分発揮させて、好適に非晶質合金の成形体を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の第1実施形態の離型剤の塗布方法が適用される成形装置の構成を示す図である。
【図2】同成形装置の金型を分解して示す図である。
【図3】同成形装置のキャビティ部を示す部分拡大図である。
【図4】同成形装置による金属ガラス成形の流れを示すフローチャートである。
【図5】離型剤塗布工程の詳細な流れを示すフローチャートである。
【図6】本発明の第2実施形態の離型剤の塗布方法における金型回転工程の流れを示すフローチャートである。
【図7】金型の正転と逆転について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の第1実施形態について、図1から図5を参照して説明する。図1は、本実施形態の離型剤の塗布方法(以下、単に「塗布方法」と称する。)を行う成形装置の一例である成形装置1の構成を示す概略図である。
【0017】
成形装置1は、遠心鋳造により金属ガラスを成形するための装置である。成形装置1は、チャンバー10と、チャンバー10内を真空引きするための真空装置20と、チャンバー10内に不活性ガスを導入するための不活性ガス供給ユニット30と、チャンバー10内に設けられた金型部40と、金型部40に成形材料を投入するための材料供給部50とを備えている。
【0018】
チャンバー10は、成形を行うための内部空間を有している。内部空間は密閉可能であり、内部空間の雰囲気を所望の状態に保持することが可能である。
真空装置20は、公知のものを適宜選択して採用可能であり、バルブ21によってチャンバー10と接続されている。
不活性ガス供給ユニット30も公知のものを適宜選択して採用可能であり、バルブ31によってチャンバー10と接続されている。不活性ガス供給ユニット30は、アルゴン(Ar)等の適宜選択した不活性ガスをチャンバー10内の圧力が所望の値となるようにチャンバー10内に供給可能である。
【0019】
金型部40は、金型41と、金型41を回転させるための回転機構42とを備えている。回転機構42は、モータ等の公知の構成を有し、金型41を軸線X回りに回転させることができる。
【0020】
図2は、金型41を分解して示す図である。金型41は、円柱形の上型43及び下型44と、成形材料が成形されるキャビティC(図3参照)を形成するキャビティ部45とを備えている。
上型43は、金属やセラミックス等からなり、回転中心に沿って形成された貫通孔43Aを有する。下型44は、上型43と同様の材料で同径に形成されており、上面44Aにキャビティ部45を収容するための溝44Bを有する。
【0021】
図3は、キャビティ部45の部分拡大図である。キャビティ部45は、キャビティCを規定するキャビティ部材46と、キャビティ部材46の一方の端部に着脱自在に取り付けられたオーバーフロー機構47とを備えている。
【0022】
キャビティ部材46は、その内腔に溶解された成形材料が供給され固化することにより成形されるキャビティCを有し、その形状を規定する。キャビティ部材の形状は、所望するキャビティの形状等により自由に設定することができるが、本実施形態では、一例として、円筒形のキャビティ部材46を示している。したがって、本実施形態のキャビティ部材46によって規定されるキャビティCは、長手方向に直交する断面が円形の棒状である。
【0023】
オーバーフロー機構47は、公知のものであり、後述するようにキャビティ部材46内に塗布された離型剤のうち、余分なものを収容する。オーバーフロー機構47は、軸線方向に延びる係合部47Aを有し、係合部47Aがキャビティ部材46の壁面に設けられたスリット46Aと係合することによって、キャビティ部材46に着脱自在に取り付けられる。
この構成ではスリット46Aと係合部47Aとの境界線が金型41のパーティングラインを形成するが、スリット46Aに代えて、キャビティ部材46の外周面に係合部47Aと係合可能かつ内腔まで貫通しない溝を形成することによって、係合部47Aの境界にパーティングラインを有さないようにキャビティ部45を構成してもよい。
【0024】
金型41は、図2に示すように、下型44の溝44Bにキャビティ部45が収容され、さらに上型43と下型44とが上下に重ねられ、図示しない保持機構により一体に保持されて構成される。金型41は、上型43及び下型44の中心軸線が回転機構42の回転軸である軸線Xと一致するように回転機構42に取り付けられる。
【0025】
材料供給部50は、チャンバー10内であって金型部40の上方に設けられており、加熱機構51を備えている。
加熱機構51としては、誘導加熱を行うためのコイルや、各種ヒーター等の公知の構成を適宜選択して採用することができる。材料供給部50には、図示しない供給機構から成形材料である金属ガラスの材料合金が供給される。供給された材料合金は加熱機構51によって溶解されて材料溶湯Mとなり、貫通孔43Aから金型41内のキャビティCに導入される。加熱機構51として、誘導加熱を行う機構を採用すると、材料溶湯Mの生成後に加熱機構51を停止することで、材料溶湯Mを落下させて金型41内に導入することができる。
【0026】
上記のように構成された成形装置1を用いて金属ガラスの成形を行う際の流れについて説明する。この成形作業には、本実施形態の塗布方法が適用された離型剤塗布工程S10が含まれている。
【0027】
図4は、成形装置1による金属ガラス成形の流れを示すフローチャートである。図4に示すように、この成形作業は、金型41に離型剤を塗布する離型剤塗布工程S10と、チャンバー10内の雰囲気を調整する雰囲気調整工程S20と、金型41を回転させて金属ガラスの遠心鋳造を行う成形工程S30と、成形終了後に成形体を金型から取り出す取出工程S40とを備えている。
【0028】
金属ガラス成形前に、離型剤が準備される。この離型剤は、公知のアトマイズ法等により作製された金属ガラスの粉末(非晶質合金粒子)を高揮発性の溶媒中に分散させて作製する。溶媒としては、アルコールを主成分とするゲル等を好適に採用することができる。離型剤は、調整済みのものを入手しても、自ら作製してもいずれでも構わない。
【0029】
図5は、離型剤塗布工程S10の詳細な流れを示すフローチャートである。離型剤塗布工程S10は、型併せ工程S11と、金型41内に離型剤を注入する離型剤注入工程S12と、金型41をチャンバー10内に設置する金型取付工程S13と、チャンバー10内の酸素分圧を低下させる酸素分圧低下工程S14と、金型41を回転させる金型回転工程S15とを備えている。
【0030】
ステップS11の型併せ工程では、キャビティ部材46とオーバーフロー機構47とが一体に併せられ、キャビティ部45が形成される。キャビティCの形状等の関係で、複数のキャビティ部材によってキャビティが規定されている場合は、すべてのキャビティ部材を一体にして型併せを行う。
【0031】
ステップS12の離型剤注入工程では、キャビティ部45のキャビティC内に離型剤が注入される。余分な離型剤は後述するようにオーバーフロー機構47に収容されるため、離型剤がまんべんなくキャビティCの内面に塗布されるよう、若干多めに注入されるのが好ましい。なお、この離型剤注入工程は、通常常圧大気下で行われるが、離型剤中の金属ガラス粉末は、この時点では溶媒中に分散しているため、酸化は起こりにくい。
【0032】
ステップS13の金型取付工程において、キャビティ部45が上型43と下型44との間に保持され、金型41がチャンバー10内の回転機構42に取り付けられる。
【0033】
ステップS14において、離型剤に含まれる金属ガラス粉末の酸化を防ぐために、真空装置20によってチャンバー10内の圧力が10000パスカル(Pa)まで減圧される。これにより、金型41周囲の雰囲気の酸素分圧が低下し、金属ガラス粉末が酸化しにくい環境となる。
本工程における減圧目標値は、適宜設定することが可能である。金型41周囲の雰囲気の圧力を低くするほど酸素分圧が低下し、金属ガラスの粉末が酸化しにくくなるが、チャンバー10内が真空に近づくと、離型剤中の溶媒が存在できなくなって揮発してしまい、離型剤の流動性が低下する。その結果、金型回転工程S15で金型41を回転しても、まんべんなくキャビティCの内面に離型剤を塗布することが困難となるので、金属ガラス粉末の酸化を好適に防止しつつ、離型剤中の溶媒が存在できる程度の圧力に減圧目標値が設定されるのが好ましい。このような減圧目標値の範囲としては、例えば、0.1Pa以上15000Pa以下が好ましく、3000Pa以上10000Pa以下がより好ましい。
【0034】
ステップS15の金型回転工程において、回転機構42が軸線X回りに所定の速度、例えば毎分500回転(rpm)で回転される。金型41も回転機構42によって軸線X回りに回転され、発生する遠心力によって、離型剤がオーバーフロー機構47に向かってキャビティC内を移動し、キャビティCの内面にまんべんなく離型剤が塗布される。余分な離型剤は、オーバーフロー機構47の内側の空間に収容され、キャビティC内に過剰に残留することが防止される。
このとき、キャビティCに上述のパーティングラインが形成される場合は、金型41の回転方向に対して後方にパーティングラインが位置するようにキャビティ部45が金型41内に設置されるのが好ましい。このようにすると、離型剤がパーティングラインに進入しやすく、離型剤によってパーティングラインを好適に埋めることができる。
ステップS15が終了すると、離型剤の塗布が完了する。離型剤が均一に塗布されることによって離型剤中の溶媒の揮発が進み、徐々に金属ガラスの粉末が露出し始める。このとき、図示しない加熱機構等によって、金型を加熱し、溶媒の揮発を促進してもよい。離型剤の塗布完了後、処理はステップS20の雰囲気調整工程に移る。
【0035】
ステップS20の雰囲気調整工程では、真空装置20によってチャンバー10内が真空引きされ、続いて不活性ガス供給ユニット30によって、チャンバー10内が所定の圧力になるまで不活性ガスが供給され、金属材料を高温に加熱可能な環境を整える。
このとき、真空引きによって離型剤に含まれる溶媒が完全に揮発し、金属ガラスの粉末がチャンバー10内の雰囲気に露出されるが、この時点ではチャンバー10内にほとんど酸素は存在していないため、金属ガラス粉末の酸化は起こらない。
【0036】
ステップS30の成形工程では、材料供給部50において、材料合金が加熱機構51によって加熱され、材料溶湯Mが生成される。また、回転機構42によって金型41が所定の速度、例えば3000rpmで回転される。
回転している金型41に対して、材料溶湯Mが貫通孔43Aを経て所定量投入される。金型41に投入された材料溶湯Mは、回転によって発生する遠心力によって、貫通孔43A内に開口したキャビティ部材46の他方の端部からキャビティC内に進入する。キャビティC内において、材料溶湯Mは冷却固化し、キャビティCの形状を転写して成形される。
【0037】
ステップS40の取出工程において、金型41の回転が停止され、金型41から金属ガラスの成形体が取り出されて一連の成形作業が終了する。
【0038】
以上説明したように、本実施形態の塗布方法によれば、離型剤注入工程S12において金型41内に離型剤が注入され、金型回転工程S15において金型41に作用する遠心力によって、煩雑な手作業等を必要とせずにキャビティC内に均一に離型剤が塗布される。
このとき、予め酸素分圧低下工程S14において、チャンバー10内の酸素分圧が低下されているので、離型剤に含まれる金属ガラスの粉末が酸化することが好適に防止される。その結果、離型剤がまんべんなくキャビティC内に塗布されるとともに、離型剤中の金属ガラスが結晶化を誘発することがなく、成形体の表面を汚染しない等の所望の性能を十分発揮して、好適に金属ガラスの成形を行うことができる。
【0039】
また、酸素分圧低下工程S14においては、チャンバー10内の減圧を行うことで金型41周囲の雰囲気の酸素分圧が低下されるので、特別な機構を必要とせず、金属ガラスの成形装置が通常備える真空装置20を用いて容易に酸素分圧を低下させることができる。
【0040】
さらに、金型回転工程S15で発生する遠心力によって離型剤が塗布されるので、キャビティ部45がパーティングラインを有する場合は、上述のようにパーティングラインの位置を調節することで、離型剤中の金属ガラス粉末がパーティングラインを好適に埋めるように離型剤を塗布することができる。その結果、パーティングラインによる成形体表面のバリの発生を好適に抑えつつ、金属ガラスの成形を行うことができる。
【0041】
次に、本発明の第2実施形態について図6及び図7を参照して説明する。本実施形態の塗布方法と上述の第1実施形態の塗布方法との異なるところは、金型回転工程の態様である。なお、以下の説明において、第1実施形態において既に説明した構成や工程については、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0042】
本実施形態の塗布方法は、上述の成形装置1を用いた金属ガラスの成形においても行うことができ、その内容は、金型回転工程を除いて第1実施形態の塗布方法と同一であるので、以下、金型回転工程について詳細に説明する。
【0043】
図6は、本実施形態の塗布方法の金型回転工程の流れを示すフローチャートである。金型回転工程S15は、金型41を第一の方向に回転させる正転工程S151と、金型を正転工程S151とは反対の第二の方向に回転させる逆転工程S152とを備えている。
【0044】
正転工程S151において、金型41が回転機構42によって図7に示す矢印A1の方向(第一の方向)に所定速度で回転される。キャビティ部45内に注入された離型剤は、オーバーフロー機構47に向かって移動しつつ、キャビティCの内面にまんべんなく塗布されるが、金型41に作用する遠心力により、矢印A1に対して後方に位置する壁面46Bに比較的塗布されやすく、矢印A1に対して前方に位置する壁面46Cに比較的塗布されにくい。
【0045】
続く逆転工程S152では、金型41が図7に示す矢印A2の方向(第二の方向)に所定速度で回転される。逆転工程S152では、正転工程S151とは逆回りに金型41が回転されるので、離型剤は壁面46Bに比較的塗布されにくく、壁面46Cに比較的塗布されやすくなる。その結果、壁面46B及び46Cのいずれにも好適に離型剤が塗布される。
正転工程S151において、矢印A1、A2のいずれの方向に金型41が回転されるかは適宜設定されてよく、逆転工程S152において、正転工程S151と逆方向に金型41が回転されればよい。また、回転機構42としては、予め正転及び逆転が可能なものを選択して採用しておく。
【0046】
本実施形態の塗布方法においても、上述の第1実施形態の塗布方法と同様に、離型剤中の非晶質合金粒子の酸化を抑制しつつ、容易かつ均一に金型41内に離型剤を塗布することができる。
【0047】
さらに、金型回転工程S15が、正転工程S151及び逆転工程S152を有するので、離型剤をキャビティC内にさらに均一に塗布することができる。したがって、離型剤注入工程における離型剤の注入量が若干少なくても好適に離型剤の塗布を行うことができ、離型剤の使用量を節約しつつ、好適な塗布を行うことができる。
【0048】
以上説明した本発明の塗布方法について、実施例を用いてさらに説明する。
(実施例1)
実施例1では、Zr基の金属ガラスZr55Cu30Al10Ni5を用いて成形を行った。
まず使用する離型剤を調整した。アトマイズ法で作製されたZr55Cu30Al10Ni5のZr基の金属ガラス粉末(平均粒子径10マイクロメートル(μm))3グラム(g)を、アルコールを主成分とするゲル5g中に分散させ、これを離型剤とした。なお、上述及び以降の記載における平均粒子径は、面積平均粒子径である。
【0049】
型併せ工程S11において金型41の型併せを行った後、離型剤注入工程S12において金型41のキャビティ部45内に上述の離型剤を全量注入し、金型取付工程S13において成形装置1のチャンバー10内に設置した。
【0050】
チャンバー10を密閉後、酸素分圧低下工程S14において、真空装置20を作動させ、チャンバー10内を10000Paまで減圧し、チャンバー10内の酸素分圧を低下させた。その後、金型回転工程S15において回転機構42を作動させて、金型を500rpmで回転させた。
【0051】
離型剤の塗布終了後、雰囲気調整工程S20において、真空装置20によりチャンバー10内を真空雰囲気(5×10−3Pa)とし、続けて不活性ガス供給ユニット30によって、G1クラスのArガスをチャンバー10内の圧力が20000Paとなるまで導入した。
【0052】
さらに、成形工程S30において、金型41を3000rpmで回転させ、材料供給部50でZr55Cu30Al10Ni5の材料合金を溶解して材料溶湯Mを生成し、貫通孔43Aから金型41内に供給した。材料溶湯Mが遠心力によりキャビティC内に進入して冷却固化した後、取出工程S40において、金型41からZr55Cu30Al10Ni5の金属ガラスからなる成形体を取り出した。
【0053】
成形体の外観を目視で観察したところ、離型剤による表面の汚染は認められず、バリの発生もほとんど認められなかった。またX線回折装置(XRD)を用いて成形体の非晶質性を評価したところ、結晶化は認められず、非晶質性が良好に保持された成形体を得られることが確認された。
【0054】
(実施例2)
実施例2では、Zr基の金属ガラスZr60Cu20Al10Ni10を用いて成形を行った。
まず使用する離型剤を調整した。アトマイズ法で作製されたZr60Cu20Al10Ni10の金属ガラス粉末(平均粒子径15μm)3gを、アルコールを主成分とするゲル5g中に分散させ、これを離型剤とした。
型併せ工程S11、離型剤注入工程S12、金型取付工程S13、及び酸素分圧低下工程S14は実施例1と同様に行った。
【0055】
金型回転工程S15では、まず正転工程S151において、金型41を1000rpmで回転させ、続く逆転工程S152において、金型41を正転工程S151と反対の方向に1000rpmで回転させた。
【0056】
雰囲気調整工程S20においては、真空装置20によりチャンバー10内を真空雰囲気(5×10−3Pa)とし、続けて不活性ガス供給ユニット30によって、G1クラスのArガスをチャンバー10内の圧力が50000Paとなるまで導入した。
【0057】
成形工程S30において、金型41を6000rpmで回転させ、材料供給部50でZr60Cu20Al10Ni10の材料合金を溶解して材料溶湯Mを生成し、貫通孔43Aから金型41内に供給した。材料溶湯Mが遠心力によりキャビティC内に進入して冷却固化した後、取出工程S40において、金型41からZr60Cu20Al10Ni10の金属ガラスからなる成形体を取り出した。
【0058】
成形体の外観を目視で観察したところ、実施例1と同様、離型剤による表面の汚染やバリの発生は認められなかった。またXRDによる成形体の非晶質性の評価結果も良好であった。
【0059】
(比較例)
本発明の実施例と比較するため、一般的な方法で離型剤の塗布を行い、Zr基の金属ガラスZr55Cu30Al10Ni5の成形を行った例を示す。
離型剤として、実施例1で使用したものを用い、金型41の型併せ後、一般的なノズルによるエアー噴きつけ法によってキャビティCの内面に塗布した。
その後、雰囲気調整工程S20、成形工程S30、及び取出工程S40は実施例1と同様に行い、Zr55Cu30Al10Ni5の金属ガラスからなる成形体を得た。
【0060】
成形体に対してXRDによる非晶質性の評価結果を行ったところ、結晶化を示すピークが観察され、結晶化が生じていることが確認された。また、圧縮試験により強度を測定したところ、非晶質性が良好に保たれた実施例1の成形体と比較して比較例の成形体の強度は大幅に低下していた。これは、離型剤に含まれる金属ガラスの粉末が酸化したため、酸化した金属ガラスの粉末が結晶化を引き起こしたことによるものと考えられた。
【0061】
さらに、取出工程S50における成形体の取り出しやすさを比較したところ、比較例では離型剤が均一に塗布できていなかったため、成形体の取出しが極めて困難であった。
一方、実施例1では、成形体を金型41から容易に取り出すことができ、実施例2では、より小さい抵抗で成形体を取り出すことができた。いずれも離型剤がまんべんなく均一に塗布されていることによるものと推測された。
【0062】
以上、本発明の各実施形態及び実施例について説明したが、本発明の技術範囲は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0063】
例えば、上述の各実施形態では、酸素分圧低下工程S14において、金型41周囲の雰囲気の減圧が行われる例を説明したが、これに代えてあるいはこれに組み合わせて、金型41周囲の気体を不活性ガスに置換することによって金型41周囲の雰囲気の酸素分圧が低下されても良い。
【0064】
また、上述の各実施形態では、金属ガラスの粉末を含む離型剤のみが使用される例を説明したが、成形体の非晶質性を妨げない限りにおいて、上述の離型剤以外のオイル類やアルコール類等を補助的な離型剤若しくは離型剤塗布前の前処理材として組み合わせて用いても良い。
【0065】
さらに、本発明の各実施例では、本発明の塗布方法がZr基の金属ガラスに適用される例を説明したが、本発明の塗布方法はこれに限らず、各種金属ガラスを含む非晶質合金の成形に適用することが可能である。その際、離型剤に含まれる金属ガラスの粉末は、成形される金属ガラスと同一の基であることが好ましい。
また、Zrは酸化されやすい性質を有しており、本発明の塗布方法は、Zr基を含む非晶質合金に対して特に好適に適用することができる。
【0066】
加えて、上述の各説明では、本発明の塗布方法が遠心鋳造に適用される例を説明したが、金型回転工程において金型を回転させることができれば、遠心鋳造以外の成形方法に本発明の塗布方法が適用されても良い。ただし、遠心鋳造装置であれば、もともと金型が回転可能に構成されているので、特別な機構を付加することなく本発明の塗布方法を適用できるというメリットがある。
【符号の説明】
【0067】
41 金型
45 キャビティ部
S12 離型剤注入工程
S14 酸素分圧低下工程
S15 金型回転工程
S151 正転工程
S152 逆転工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャビティ部を有する金型に、非晶質合金粒子が高揮発性の溶媒に分散された離型剤を塗布する離型剤の塗布方法であって、
前記キャビティ部内に前記離型剤を注入する離型剤注入工程と、
前記金型の周囲の雰囲気の酸素分圧を低下させる酸素分圧低下工程と、
前記離型剤注入工程後、成形材料を注入する前に金型を回転させる金型回転工程と、
を備えることを特徴とする離型剤の塗布方法。
【請求項2】
前記酸素分圧低下工程において、前記金型の周囲の雰囲気が減圧されることを特徴とする請求項1に記載の離型剤の塗布方法。
【請求項3】
前記金型回転工程は、
前記金型が、第一の方向に回転される正転工程と、
前記正転工程後に前記金型が前記第一の方向と反対の第二の方向に回転される逆転工程と、
を有することを特徴とする請求項1または2に記載の離型剤の塗布方法。
【請求項4】
前記非晶質合金は、Zr基合金であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の離型剤の塗布方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の離型剤の塗布方法を備えることを特徴とする非晶質合金成形体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−279970(P2010−279970A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−134912(P2009−134912)
【出願日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】