説明

電力変換装置および電力変換装置の保護方法

【課題】 高特性を保ちながら信頼性の高い電力変換装置および電力変換装置の保護方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 パワー半導体素子Trを用いたパワー半導体モジュール101と、基準点の温度Tを測定する基準温度測定部3と、パワー半導体素子Trの温度Tを所定の伝達関数を用いて算出する半導体素子温度算出部2と、算出したパワー半導体素子の温度Tに基づいてパワー半導体モジュール101を駆動制御する駆動制御部4と、を備え、半導体素子温度算出部2は、熱時定数τの異なる複数の一次遅れ系伝達関数(r/(1+sτ))毎に半導体素子Trで発生する電力損失Pに基づいて基準点とパワー半導体素子Trとの温度差ΔTを演算し、演算したそれぞれの温度差の和ΣΔTと基準点の温度Tとに基づいてパワー半導体素子Trの温度Tを算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータを駆動する電力変換装置、特に過熱保護機能を有するパワー半導体モジュールを用いた電力変換装置および電力変換装置の保護方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モータを駆動する電力変換装置に用いられるパワー半導体モジュールでは、スイッチング素子としてIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)やMOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)といったパワー半導体素子がよく使われている。また、最近では、スイッチング素子としてSiC(炭化ケイ素)を適用したパワー半導体モジュールが開発されている。パワー半導体素子がスイッチング動作を繰り返すことによりモータは駆動するが、その際、パワー半導体素子の接合部分(以下、ジャンクション部)の電力損失により発熱が生じ、温度(以下、ジャンクション温度)が上昇する。ジャンクション温度には許容温度があり、許容温度を超えるとパワー半導体素子の性能は劣化し、場合によっては、破壊を引き起こすことになる。
【0003】
上述のようなパワー半導体素子の温度上昇に起因する素子の破壊や劣化を防ぐためには、ジャンクション温度を測定し、過熱時に半導体素子を保護動作する必要があるため、過熱保護機能を備えた電力変換装置が開発されている。このような過熱保護機能が有効に動作するためには、ジャンクション温度の正確な測定が必要である。しかし、実際の製品においてジャンクション温度を直接測定することは困難である。そこで、パワー半導体モジュールに対しての所定位置の温度を温度センサにより測定し、パワー半導体素子内の発熱量(電力損失)により、所定部分とジャンクション部との温度差を計算し、ジャンクション温度を推定する方法が提案されている。(例えば、特許文献1または特許文献2参照。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3075303号(段落0006、図1)
【特許文献2】特開平7−135731号公報(段落0017〜0020、図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に開示されたパワー半導体素子の過熱保護方法では、パワー半導体素子のジャンクション−ヒートシンク間の熱抵抗を一定値として扱い、温度差を計算している。すなわち、特許文献1で算出される温度差は、一定の損失が常時発生している場合の温度差となり、過渡的な状態における温度差を評価できておらず、温度差を安全側(高め)に評価してしまうことになる。また、特許文献2に開示された半導体素子の過熱保護装置では、ジャンクションと温度測定点との過渡的な温度差を考慮しているものの、温度差が指数関数的に温度差の飽和値に向かって変化する場合を想定して温度差を計算している。しかしながら、実際のジャンクションと温度測定点間の過渡熱インピーダンスは緩やかに増大した後、急峻に増大し、一定値へと漸近していくような過渡応答を示す。したがって、特許文献2で算出される温度差も実際の温度差より高温側に評価することになり、過剰な保護をかけてしまい、電力変換装置の特性が低下することになる。
【0006】
本発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであり、パワー半導体モジュールにおけるパワー半導体素子(のジャンクション)温度を高精度に推定し、高特性を保ちながら信頼性の高い電力変換装置および電力変換装置の保護方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の電力変換装置は、スイッチング素子としてパワー半導体素子を用いたパワー半導体モジュールと、前記パワー半導体素子から離れた基準点の温度を測定する基準温度測定部と、前記パワー半導体素子の温度を所定の伝達関数を用いて算出する半導体素子温度算出部と、前記算出したパワー半導体素子の温度に基づいて前記パワー半導体モジュールを駆動制御する駆動制御部と、を備え、前記半導体素子温度算出部は、前記所定の伝達関数として、熱時定数の異なる複数の一次遅れ系伝達関数を有し、一次遅れ系伝達関数毎に前記パワー半導体素子で発生する電力損失に基づいて前記基準点と前記パワー半導体素子との温度差を演算し、演算したそれぞれの温度差の和と前記基準点の温度とに基づいて前記パワー半導体素子の温度を算出することを特徴とする。
【0008】
本発明の電力変換装置の保護方法は、スイッチング素子としてパワー半導体素子を用いたパワー半導体モジュールを有する電力変換装置の保護方法であって、前記パワー半導体素子から離れた基準点の温度を測定する基準温度測定工程と、前記パワー半導体素子で発生する電力損失を演算する工程と、前記演算した電力損失を用いて熱時定数の異なる複数の一次遅れ系伝達関数毎に前記基準点と前記パワー半導体素子との温度差を演算し、演算したそれぞれの温度差の和と前記基準点の温度とに基づいて前記パワー半導体素子の温度を算出する半導体素子温度算出工程と、前記算出したパワー半導体素子の温度に基づいて前記パワー半導体モジュールを駆動制御する駆動制御工程と、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の電力変換装置および電力変換装置の保護方法によれば、パワー半導体素子から離れた基準点までの過渡熱インピーダンスを模擬する熱時定数の異なる複数の一次遅れ系伝達関数を有し、伝達関数毎に算出した温度差の和と測定した基準点の温度に基づいてパワー半導体素子の温度を算出するように構成したので、高精度でリアルタイムにパワー半導体素子のジャンクション温度を推定することができるので、電力変換装置の性能を高く保ちながら、パワー半導体素子の劣化や破損を防止し、信頼性の高い電力変換装置を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施の形態1に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子のジャンクション温度の推定方法及び過熱保護方法を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態1に係る電力変換装置の構成を示す図である。伝達関数を表すブロック図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子−基準点間の過渡熱インピーダンスおよび複数の熱伝達関数を説明するためのである。
【図4】本発明の実施の形態1に係る電力変換装置における複数の伝達関数を使用した温度差の演算方法を説明するための図である。
【図5】本発明の実施の形態1に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子温度の算出方法を説明するための図である。
【図6】本発明の実施の形態2に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子のジャンクション温度の推定方法及び過熱保護方法を示す図である。
【図7】本発明の実施の形態2に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子での電力損失の演算方法を説明するための図である。
【図8】本発明の実施の形態3に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子のジャンクション温度の推定方法及び過熱保護方法を示す図である。
【図9】本発明の実施の形態3に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子での電力損失の演算方法を説明するための図である。
【図10】本発明の実施の形態4に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子のジャンクション温度の推定方法及び過熱保護方法を示す図である。
【図11】本発明の実施の形態5に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子のジャンクション温度の推定方法及び過熱保護方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
実施の形態1.
本発明の実施の形態1にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法について図を用いて説明する。図1〜図5は、本発明の実施の形態1にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法について説明するためのもので、図1は電力変換装置の機能ブロック図、図2は電力変換装置の構成を示す図、図3は電力変換装置におけるジャンクション−温度測定位置間の過渡熱インピーダンスについて説明するための図、図4は過渡熱インピーダンス(伝達関数)を用いたロジックについて説明するための図、図5は伝達関数を用いた温度差の演算について説明するための図である。
【0012】
はじめに、図1および図2を用いて本発明の実施の形態1にかかる電力変換装置におけるパワー半導体素子のジャンクション温度の推定方法及び過熱保護方法、およびこれら方法を実行するための構成について説明する。本発明の実施の形態1にかかる電力変換装置は、電力変換装置のスイッチング素子であるパワー半導体素子Trに流れる電流を測定する電流測定部11とパワー半導体素子Trで発生する電圧を測定する電圧測定部12とを有し、電圧値信号および電流値信号を出力する出力測定部1と、電力変換装置の所定の位置に設置され、半導体素子Trから離れた基準点の温度(基準温度T)を測定する基準温度測定部3と、パワー半導体素子Trの電流・電圧、および基準温度に基づいて半導体素子の温度(ジャンクション温度T)を算出する半導体素子温度算出部2と、算出したジャンクション温度Tを基に半導体素子Trを保護動作制御部41による保護動作により保護するための動作制御を行う駆動制御部4と、を備えている。
【0013】
図2はモータを含む電力変換装置全体を示した図であり、モータ102は電力変換装置のパワー半導体モジュール101から出力される3相交流電力により駆動される。電流測定部11としては、モータ102に流れる電流を測定する。3相分の電流の和は零であることから、電流測定部11のセンサは2個備えておけば、残りの相の電流は計算により算出することができる。また、負荷電流とスイッチングタイミングがわかれば、各パワー半導体素子Trに流れる電流がわかるため、電力損失演算部21での電力損失Pの演算に必要な電流値が得られる。基準温度測定部3の温度センサは、パワー半導体素子モジュール101の所定位置に固定されている。電流測定部11により測定した負荷電流値、基準温度測定部3により測定した電力変換装置の基準温度値Tは、半導体素子温度算出部2に送られる。
【0014】
半導体素子温度算出部2は、出力測定部1から出力されたパワー半導体素子Trの電流値信号や電圧値信号といったパワー半導体素子Trの動作情報をもとに、パワー半導体素子Tr(のジャンクション部)で発生する電力損失(発生熱量)Pを演算する電力損失演算部21と、後述するあらかじめ設定した複数の一次遅れ系の伝達関数を用い、演算した電力損失Pからパワー半導体素子Trと基準温度測定部3の温度センサ(の温度測定点=基準点)間の温度差ΔTを演算する温度差演算部22と、基準温度測定部3から出力された基準温度Tの値に温度差演算部22から出力された温度差ΔTの値を加算してパワー半導体素子Trの温度(ジャンクション温度T)を演算するジャンクション温度演算部23と、を備えている。
【0015】
さて、ケースやヒートシンク(図示せず)といったパワー半導体素子Trから離れた位置に設置した基準温度測定部3(のセンサー)とパワー半導体素子Tr(のジャンクション部)間の過渡熱インピーダンスZth(t)は、図3(a)に示すような時間変化を示す。この過渡熱インピーダンスZth(t)は、製品と同仕様の試験機に対して実際に温度測定を行う、あるいは、過渡熱解析を実施して等価回路を構成することにより予め得ることができる。温度差演算部22は、このように予め得られた過渡熱インピーダンスZth(t)に対し、合算することで過渡熱インピーダンスZth(t)を模擬できる複数の伝達関数の和を用い、パワー半導体素子Trにおける電力損失Pを入力とし、基準温度測定部3とパワー半導体素子(のジャンクション部)Tr間の温度差ΔTを演算し、出力する。
【0016】
図3(a)に示したように、実際の過渡熱インピーダンスZth(t)は、最初、緩やかに増大していき、その後、急峻に増大し、最終的に一定値へと漸近していく。これは、パワー半導体素子Trにおいて発生する電力損失(熱)が3次元方向に拡散していくためである。このような過渡熱インピーダンスZth(t)は、図3(b)に示すように、熱時定数の短い一次遅れ系の伝達関数f(t)と、熱時定数の長い一次遅れ系の伝達関数f(t)の少なくとも2つの伝達関数の和で表現することができる。熱時定数の短い伝達関数f(t)により短時間の過渡的な温度変化を再現でき、熱時定数の長い伝達関数f(t)により長時間における緩やかな温度上昇を再現することができる。
【0017】
一方、例えば、上述した過渡熱インピーダンスZth(t)をひとつの関数で正確に模擬しようとすると、演算が複雑(直列演算が増大)になり、たとえ高速なハードウェアを用いても、時間遅れが発生して、リアルタイムに正確なジャンクション温度Tを算出することは困難であった。しかし、過渡熱インピーダンスZth(t)を上記のように単純な一次遅れ系の伝達関数の和で表現することにより、並列演算(単純な演算の並列処理)による高速化ができ、リアルタイム算出を行うことができる。
【0018】
ここで、一次遅れ系の伝達関数は、熱抵抗をr、熱時定数をτとしたとき、ラプラス演算子sを用いてr/(1+sτ)と表される。そこで、過渡熱インピーダンスZth(t)を式1のように複数の一次遅れ系の伝達関数の和として表現することにより、ジャンクション−基準点間の過渡熱インピーダンスZth(t)を高精度に模擬することができる。
【0019】
【数1】

なお、nは正の整数であるが、式1において、図3(b)のように、過渡熱インピーダンスZth(t)を2つの伝達関数の和で表現する場合はn=2となる。
【0020】
これら熱時定数の異なる2つの伝達関数の和による表現で不十分な場合、合算する伝達関数の和を3つ、4つと増やしていくことになるが、一方、伝達関数の数を多くすると、パラメータ数が多くなるために計算モデルが煩雑なものとなり、かえって使い勝手が悪くなる。以上から、2つないし3つ程度の伝達関数の和で表現することが望ましい。
【0021】
なお、各一次遅れ系の伝達関数は、ほとんどの場合、熱抵抗rもそれぞれ異なることになる。しかし、熱時定数τが異なることにより、短時間の過渡的な温度変化と長時間における緩やかな温度変化をそれぞれ再現することができるので、熱抵抗が同じになったとしても構わない。
【0022】
つぎに、一次遅れ系の伝達関数を用いた演算について説明する。
半導体素子温度算出部2で算出されるパワー半導体素子Trのジャンクション温度T(t)は、パワー半導体素子Trで発生する損失をP(t)、基準温度測定部3から出力された温度をT(t)としたとき、式2のように表される。
【0023】
【数2】

伝達関数はラプラス演算子sを用いて表現している。
【0024】
式1において、n=1とした場合の伝達関数をブロック図で表現すると図4(a)に示すようになり、これは式3に示す微分方程式と等価である。
【0025】
【数3】

さらに、式3を差分方程式に書き換えると、式4のようになる。
【0026】
【数4】

ただし、mは時刻(ステップ)を示す正の整数である。
【0027】
このように、ある時刻mにおける温度差ΔT(m)は、式4で示したように、1ステップ前の時刻における損失P(m−1)と温度差ΔT(m−1)と、熱抵抗r、熱時定数τを用いて表すことができる。
【0028】
ここで、過渡熱インピーダンスZth(t)は、熱時定数τの異なる2つの一次遅れ系の伝達関数f(t)、f(t)の和で模擬できるので、過渡熱インピーダンスZth(t)をブロック図で表現すると図4(b)に示すようになる。したがって、一次遅れ系の伝達関数f(t)、f(t)毎に式4に示す等価な差分方程式による演算(温度差ΔT(m)演算)を実行し、各伝達関数における温度差(サブ温度差ともいえる)の和を求めれば、ジャンクション−温度測定点間の温度差ΔT(m)を正確に演算することができる。したがって、式2に示すように、演算した温度差ΔT(m)を測定した基準温度Tに加えることで、ジャンクション温度Tを算出することができる。つまり、図5に示すような構成をとることにより、半導体素子温度算出部2では、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tを高速(リアルタイム)に算出することができる。
【0029】
保護動作制御部41において、パワー半導体素子Trに対して有効な過熱保護制御を実行させるためには、電力変換装置が動作中にリアルタイムでパワー半導体素子Trのジャンクション温度Tを算出する必要がある。パワー半導体素子Trは1μs程度以下の高速でスイッチング動作しているため、ジャンクション温度Tをリアルタイムに算出するためには、半導体素子温度算出部2で、上記スイッチング動作の速度以上の高速演算が必要となり、半導体素子温度算出部2をマイコン等に組み込むことが有効である。
【0030】
なお、パワー半導体素子TrとしてSiCを用いる場合、200℃あるいはそれ以上の高温で使用することが想定される。一方、基準温度測定部3の具体的なセンサとしてチップサーミスタを用いる場合、その許容使用温度はせいぜい150℃であることから、パワー半導体素子Trの近傍に設置することは難しい。パワー半導体素子Trから離れた位置にサーミスタを設置する場合、その設置位置(基準点)とパワー半導体素子Tr間の過渡熱インピーダンスは複雑になり、より正確に表現しなければならない。過渡熱インピーダンスZth(t)を式1のように熱時定数の異なる複数の一次遅れ系の伝達関数の和で表すことにより、過渡熱インピーダンスを正確に模擬することができる。このように、本発明は、高温で運転されるSiCを用いた電力変換装置における算出したジャンクション温度Tに基づいて保護動作を行う場合に特に好適である。
【0031】
つぎに、本発明の実施の形態1にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法における保護動作制御について説明する。
電力変換装置の駆動制御部4には、半導体素子温度算出部2により算出したパワー半導体素子Tr(のジャンクション)温度Tから、パワー半導体素子Trが過熱状態にあるか否かを判定する第1の判定Jg1と第2の判定Jg2を実施し、その判定出力に応じて、保護動作Crla(電力変換装置の駆動条件を変更)を実行する保護動作制御部41を備えている。保護動作Crlaは、上記判定結果に基づいて選択される3種類を用意しており、パワー半導体素子Trで発生する電力損失を抑制するため、電力変換装置の出力を抑制する損失抑制動作を実行するCa2と、パワー半導体素子Trのスイッチング動作を停止するCa3と、通常動作指令を継続するCa1がある。Ca2の場合、パワー半導体素子Trで発生する損失を抑制する図示しない損失抑制部を起動させ、Ca3の場合、パワー半導体素子Trのスイッチング動作を停止する図示しない停止部を起動させることになる。
【0032】
保護動作制御部41における第1の判定Jg1は、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tを第一の設定温度Tth1と比較するもので、TとTth1の大小関係により、電力変換装置の駆動方法を決定するものである。ここで、第一の設定温度Tth1はジャンクション温度Tの許容最大温度(例えば200℃)より小さな値(例えば180℃)に設定しておく。Tth1>Tのとき、動作Ca1が選択され、損失抑制部または停止部を動作させることなく、電力変換装置は通常の運転動作を続ける。
【0033】
また、第1の判定Jg1においてTth1≦Tのとき、第2の判定Jg2を実施する。第2の判定Jg2では、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tを第一の設定温度Tth1(=180℃)と許容最大温度(200℃)の間の温度に設定された第二の設定温度Tth2(Tth1より高く、許容最大温度より低い温度、例えば190℃)と比較するもので、TとTth2の大小関係により、電力変換装置の駆動方法を決定するものである。T<Tth2のとき、保護動作Ca2を選択し、駆動制御部4の損失抑制部が動作して、パワー半導体素子Trで発生する電力損失Pが低減され、Tの温度上昇が抑制される。一方、Tth2≦Tのとき、パワー半導体素子のジャンクション温度Tが許容最大温度近くまで上昇していることから、保護動作Ca3を選択し、駆動制御部4の停止部が動作し、電力変換装置を停止するようにはPWM指令部42の動作を制御する。
【0034】
なお、図1において、保護動作制御部41内をフローチャートで表現し、ソフトウェアで構築しているように記載しているが、各動作を実行するハードウェア、例えば「第1の判定Jg1に対しては、第1判定実行部」、のようにハード部材を用いて構成するようにしてもよい。
【0035】
このような構成とすることにより、第1の判定Jg1において、Tth1>Tと判定されたときは、損失抑制部あるいは停止部は動作せず、通常の運転制御の指令どおりに電力変換装置は動作を続ける。一方、Tth1≦Tのとき、第2の判定Jg2での判定に委ね、パワー半導体素子Trで発生する電力損失を抑制する損失抑制部が動作するか、あるいは、パワー半導体素子Trのスイッチング動作を停止する停止部が動作することになる。第2の判定Jg2において、Tth2>Tのとき、ジャンクション温度Tの許容最大温度よりは小さいものの、第一の設定温度よりは高温状態にあり、このとき、パワー半導体素子で発生する損失を抑制するように駆動制御部4内の損失抑制部が動作する。その結果、パワー半導体素子Trで発生する電力損失が抑制され、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tが低下し、パワー半導体素子Trの劣化を抑制することが可能となる。一方、Tth2≦のとき、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tが許容最大温度近くまで上昇していることから、駆動制御部4における停止部が動作し、電力変換装置の動作は停止する。そのため、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tは低下していき、パワー半導体素子Trの過熱による破壊を抑制することができる。
【0036】
以上のように本発明の実施の形態1にかかる電力変換装置によれば、スイッチング素子としてパワー半導体素子Trを用いたパワー半導体モジュール101と、パワー半導体素子Trから離れた所定位置にある基準点の温度Tを測定する基準温度測定部3と、パワー半導体素子Trの温度Tを所定の伝達関数を用いて算出する半導体素子温度算出部2と、算出した半導体素子の温度Tに基づいてパワー半導体モジュール101を駆動制御する駆動制御部4と、を備え、パワー半導体素子Trから基準点までの過渡熱インピーダンスZth(t)が予め得られており、半導体素子温度算出部2は、所定の伝達関数として、熱時定数τの異なる複数の一次遅れ系伝達関数(r/(1+sτ):それぞれの合算(Σr/(1+sτ))が半導体素子Trから基準点までの過渡熱インピーダンスZth(t)を模擬)を有し、一次遅れ系伝達関数(r/(1+sτ))毎にパワー半導体素子Trで発生する電力損失Pに基づいて基準点とパワー半導体素子Trとの(サブ)温度差ΔTを演算し、演算したそれぞれの(サブ)温度差の和ΣΔTと基準点の温度Tとに基づいてパワー半導体素子Trの温度Tを算出するように構成したので、高精度でリアルタイムにパワー半導体素子Trの(ジャンクション)温度Tを算出することができるので、電力変換装置の性能を高く保ちながら、パワー半導体素子Trの劣化や破損を防止し、信頼性の高い電力変換装置を得ることができる。
【0037】
とくに、一次遅れ系伝達関数(r/(1+sτ))毎の(サブ)温度差ΔTの演算は、各別に差分計算されるように構成したので、ジャンクション温度Tの演算に係る時間が短くなり、高速演算によって、リアルタイムにパワー半導体素子Trの(ジャンクション)温度Tを算出することができる。
【0038】
また本発明の実施の形態1にかかる電力変換装置の保護方法によれば、スイッチング素子としてパワー半導体素子Trを用いたパワー半導体モジュール101を有する電力変換装置の保護方法であって、パワー半導体素子Trから離れた所定位置にある基準点の温度Tを測定する基準温度測定工程と、パワー半導体素子Trで発生する電力損失Pを演算する工程と、演算した電力損失Pを用いて熱時定数τの異なる複数の一次遅れ系伝達関数(r/(1+sτ):それぞれの合算(Σr/(1+sτ))がパワー半導体素子Trから基準点までの過渡熱インピーダンスZth(t)を模擬)毎に基準点とパワー半導体素子Trとの(サブ)温度差ΔTを演算し、演算したそれぞれの(サブ)温度差ΔTの和(ΔT=ΣΔT)と基準点の温度Tとに基づいてパワー半導体素子Trの温度Tを算出する半導体素子温度算出工程と、算出したパワー半導体素子Trの温度Tに基づいてパワー半導体モジュール101を駆動制御する駆動制御工程と、を備えるように構成したので、電力変換装置の性能を高く保ちながら、パワー半導体素子Trの劣化や破損を防止し、信頼性の高い電力変換装置を得ることができる。
【0039】
なお、上記実施の形態では熱時定数の異なる一次遅れ系伝達関数毎に温度差を並列計算する例を示したが、伝達関数毎の計算はいたって簡易であり、また分離した数も2や3と少ないので、ハードウェアの計算能力によっては逐次計算するようにしてもよい。
【0040】
また、上記実施の形態では保護動作制御部41を駆動制御部4中に設ける構成について示したが、動作制御部41は駆動制御部4と独立していても同様の効果を奏することができる。
【0041】
実施の形態1の他の例.
上記実施の形態1では、パワー半導体モジュール101中のひとつのパワー半導体素子Trのジャンクション温度Tに基づいて保護動作を実行する例について説明したが、本形態では、複数のパワー半導体素子のジャンクション温度Tを評価した場合の例について説明する。
【0042】
モータを駆動する電力変換装置に用いられるパワー半導体モジュールの内部構成は、様々である。例えば、小容量のモータを駆動するためのパワー半導体モジュールでは、図2に示したように、一つのパワー半導体モジュール内に3相上下アームのインバータ回路を構成していることが多い。一方、大容量のモータを駆動するためのパワー半導体モジュールでは、複数個のパワー半導体素子を並列に接続して、3相インバータにおける1相片側アーム分のみを構成しているものがある。このような大容量用のパワー半導体モジュールの場合では、複数のパワー半導体モジュールを組み合わせることにより、3相インバータ回路が構成される。このように、一つのパワー半導体モジュールでインバータ回路を構成されているものや、複数のパワー半導体モジュールを組み合わせることによりインバータ回路を構成するものがあるが、いずれの場合においても、パワー半導体モジュール内部には、複数のパワー半導体素子が存在している。
【0043】
そのため、パワー半導体モジュール内部に存在するパワー半導体素子それぞれに対して、基準温度測定部3と各パワー半導体素子間の過渡熱インピーダンスZth(t)を表現している熱時定数の異なる複数の伝達関数の組を設定し、各パワー半導体素子のジャンクション温度Tを推定するとともに、それぞれのジャンクション温度Tに対して、第1の判定Jg1、第2の判定Jg2を実施して、電力変換装置の駆動方法を決定することが望ましい。複数あるパワー半導体素子Trのうち、一つのパワー半導体素子Trのジャンクション温度が、第2の判定Jg2により第二の設定温度TTh2を超えると判定されたときには、他のパワー半導体素子のジャンクション温度Tが第一の設定温度TTh1より低い場合でも、駆動制御部4内の停止部により遮断(Ca3選択)するものとする。また、全てのパワー半導体素子Trのジャンクション温度Tが第二の設定温度TTh2より低い場合において、一つのパワー半導体素子のジャンクション温度Tが第一の設定温度TTh1を超える場合においては、駆動制御部4内の損失抑制部が動作(Ca2選択)するものとする。
【0044】
以上のように、本変形例にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法によれば、半導体素子温度算出部2は、パワー半導体モジュール101内の複数のパワー半導体素子Trのそれぞれに対して予め得られた当該パワー半導体素子から基準点までの過渡熱インピーダンスZth(t)を模擬する伝達関数の組を用いて、複数のパワー半導体素子のそれぞれの温度を算出し、保護動作制御部41は、算出した複数のパワー半導体素子のそれぞれの温度のうちの最も高い温度に基づいて駆動制御部4の動作を制限(Ca1〜Ca3を選択)するように構成したのでパワー半導体素子それぞれの熱的条件が異なっても、最適な保護動作を選択し、パワー半導体素子の破壊や劣化を防ぐことができる。
【0045】
なお、本変形例のように複数のパワー半導体素子の過渡熱インピーダンスZth(t)を模擬する伝達関数の組を使用する場合、予め各半導体素子に流れる電流や印加される電圧の偏り等がわかっている場合、これらの偏りによる寄与分を伝達関数に入れ込むようにしてもよい。この場合、温度測定点や、電流等の測定点を増加させることなく、各パワー半導体素子のジャンクション温度を正確に評価し、適切な保護動作を行うことができる。
【0046】
実施の形態2.
本実施の形態2にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法は、上述した実施の形態1と較べて、半導体素子温度算出部での電力損失の演算方法が異なる。本実施の形態2にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法の説明の前に、パワー半導体モジュールにおける電力損失について説明する。
【0047】
パワー半導体素子Trで発生する電力損失Pは、導通損失とスイッチング損失の和で表される。導通損失は、パワー半導体素子が導通状態において発生する損失であり、スイッチング損失はオン状態からオフ状態、あるいは、オフ状態からオン状態へのスイッチング動作中の過渡状態において生じる損失である。パワー半導体素子で発生する電力損失は、パワー半導体素子を流れる電流と電圧の積として求めることができる。そのためには、実施の形態1に示すようにパワー半導体素子を流れる電流と電圧を電流測定部11と電圧測定部12のそれぞれが精度良く測定されていることが不可欠である。
【0048】
一方、パワー半導体素子Trの導通損失は、パワー半導体素子を流れる電流と飽和電圧の積により算出することができる。また、スイッチング損失に関しては、動作一回あたりに発生するエネルギー、即ち、ターンオンエネルギー[J/パルス]とターンオフエネル
ギー[J/パルス](まとめてスイッチングエネルギーと称する)は動作条件で定まるも
ので、一回のスイッチング動作における平均的なスイッチング損失[W]は、スイッチングエネルギー[J/パルス]とキャリア周波数[Hz]との積により求めることができる。パワー半導体素子Trの飽和電圧特性およびスイッチングエネルギーのコレクタ電流依存性はいずれも、パワー半導体モジュールのデータシートに記載されている。したがって、パワー半導体素子Trで発生する電力損失Pは、パワー半導体素子のターンオン動作及びターンオフ動作のタイミングがわかれば上述したデータシートを利用して算出することが可能となる。
【0049】
そこで、本実施の形態2にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法では、パワー半導体素子のスイッチング信号(ゲート指令信号)と上述したデータシートのデータを用いて半導体素子温度算出部での電力損失の演算を実施する。以下、図を用いて詳細に説明する。
【0050】
図6は本発明の実施の形態2に係る電力変換装置および保護方法を説明するためのブロック図であり、図7は電力損失演算部における演算方法を説明するためのブロック図である。図において、電力損失演算部21bでは、電流測定部11からの電流値信号SとPWM指令部42bからのゲート指令信号Sとキャリア周波数信号Sに基づいて電力損失Pを算出する。ここで、ゲート指令信号Sは駆動制御部4b(PWM指令部42b)からパワー半導体素子Trのオンオフ指令を与える駆動指令(スイッチング信号)のことであり、キャリア周波数信号SはPWM指令部42bがパワー半導体モジュール101を制御する際のキャリア周波数についての情報を伝えるための情報信号である。
【0051】
図7を用いて演算の詳細を説明する。電力損失演算部21bは、特性テーブルDS1と、特性テーブルDS2とを保持し、入力した信号に応じて保持した特性テーブルDS1、DS2から導通損失やスイッチングエネルギーを読みだす読み出し処理RO1、RO2を実行し、読みだしたスイッチングエネルギーとキャリア周波数によってスイッチング損失を演算する演算Calb2と、スイッチング損失と読みだした導通損失を加算する演算Calb1とを実行する。特性テーブルDS1はパワー半導体素子Trの導通損失特性の電流値依存性を、特性テーブルDS2はパワー半導体素子Trのスイッチングエネルギーの電流値依存性をそれぞれ記憶しているデータテーブルである。なお、ゲート指令信号Sと電流値信号Sに基づいて特性テーブルDS2から読みだしたスイッチングエネルギーのデータと、キャリア周波数信号Sから換算されるキャリア周波数との積により、スイッチング損失を演算することができる。
【0052】
電流測定部11から出力されたパワー半導体素子Trを流れる電流の測定値に基づく電流値信号Sと、PWM指令部42bから出力されるパワー半導体素子Trへのゲート指令信号Sとキャリア周波数信号Sが、電力損失演算部21bに入力されると、保持した特性テーブルDS1と特性テーブルDS2を参照し、特性テーブルDS1からパワー半導体素子Trで発生する導通損失(RO1)が求められる。また、ゲート指令信号Sが入力されると、特性テーブルDS2からパワー半導体素子Trのスイッチングエネルギー(RO2)が求まり、求まったスイッチングエネルギーとキャリア周波数の積から、そのスイッチ動作におけるスイッチング損失が得られる。このように、パワー半導体素子の電流−導通損失特性テーブルDS1とパワー半導体素子の電流−スイッチングエネルギー特性テーブルDS2に格納されているデータを基にしてパワー半導体素子Trで発生する損失を求めることが可能となる。
【0053】
本実施の形態2では、電力損失演算部21bが、電流値信号Sとゲート指令信号Sおよびキャリア周波数信号Sを基にパワー半導体素子Trで発生する電力損失Pを演算している。パワー半導体素子Trで発生する電力損失演算以外の動作については実施の形態1と同様である。このような構成とすることにより、保護動作制御部41(図6)においては、第1の判定Jg1において、Tth1>Tと判定されたときは、損失抑制動作Ca2や停止動作Ca3は選択されず、駆動制御部4bの指令どおりに電力変換装置は動作を続ける。一方、第1の判定Jg1においてTth1≦Tのとき、さらに第2の判定Jg2を実施し、第2の判定Jg2において、Tth2>Tのとき、パワー半導体素子Trで発生する損失を抑制するように損失抑制動作Ca2が選択されることにより、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tが低下し、パワー半導体素子Trの劣化を抑制することが可能となる。一方、Tth2≦Tのとき、電力変換装置を停止するよう駆動制御部4bにおける停止動作Ca3が選択される。パワー半導体素子Trのスイッチング動作が停止するため、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tは低下していき、パワー半導体素子Trの破壊あるいは劣化を防止することができる。
【0054】
以上のように、本実施の形態2にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法によれば、パワー半導体素子Trに流れる電流値を測定し電流値信号Sを出力する電流値測定部11を備えるとともに、駆動制御部4bはパワー半導体素子Trのオンオフを制御するゲート指令信号Sを半導体素子温度算出部2bに出力し、半導体素子温度算出部2bは、パワー半導体素子Trの導通損失に対する電流値依存データDS1、およびパワー半導体素子Trのスイッチング損失に対する電流値依存データDS2を保持し、半導体素子温度算出部2bに、電流値信号Sとゲート指令信号Sが入力されると、入力された電流値信号Sおよびゲート指令信号Sに応じて保持したデータDS1,DS2から必要な導通損失の値またはスイッチング損失の値を読み出し(RO1、RO2)、電力損失Pを算出するように構成したので、パワー半導体素子で発生する電力損失Pを容易に演算することができる。また、電圧センサを用いることなく、パワー半導体素子Trで発生する電力損失を演算することができるので、電圧センサが不要となり、電力変換装置の低コスト化、小型化が可能となる。
【0055】
なお、上記実施の形態2では、パワー半導体素子Trの導通損失を求めるために、パワー半導体素子Trの電流−導通損失テーブルDS1を用いる例を示したが、パワー半導体素子の導通損失が、パワー半導体素子の電流と飽和電圧の積で求められることから、パワー半導体素子の飽和電圧特性をテーブル化したものを用いてもよい。
【0056】
また、上記実施の形態では、キャリア周波数が可変の場合にも対応できるような構成を示したが、キャリア周波数が一定の場合には、キャリア周波数信号Sを電力損失演算部21bへの入力とせず、Calb2において一定値を掛けるようにしてもよい。
【0057】
実施の形態3.
本実施の形態3にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法では、パワー半導体素子の飽和電圧特性及びスイッチングエネルギーのコレクタ電流依存性に温度依存性があることを考慮し、パワー半導体素子の特性データとして温度依存性を有するものを用い、特性データからの読み出しに際してジャンクション温度演算部において演算したジャンクション温度のデータを用いることが実施の形態2と異なるようにした。他の形態については実施の形態2と同様である。以下、図を用いて詳細に説明する。
【0058】
図8、9は本発明の実施の形態3に係る電力変換装置および保護方法を説明するためのブロック図である。図において、電力損失演算部21cは、パワー半導体素子Trの導通損失特性の電流値を温度毎にテーブル化したパワー半導体素子の電流−導通損失特性テーブルDSc1を、パワー半導体素子Trのスイッチングエネルギーの電流値を温度毎にテーブル化したパワー半導体素子の電流−スイッチングエネルギー特性テーブルDSc2を保持している。図9においては、導通損失、スイッチングエネルギーのそれぞれについて、実線で25℃のデータを、破線で125℃のデータを示している。他の温度に対するデータについては、線形補間等により算出するものとする。電力損失演算部21cの入力信号として、電流測定部11の電流値信号Sと、ジャンクション温度演算部23cで算出したパワー半導体素子Trの(1ステップ遅れの)ジャンクション温度の演算結果Sを入力信号とすることにより、パワー半導体素子で発生する損失を高精度に演算することが可能となる。他の構成要素や動作については、実施の形態1、2で述べたとおりである。
【0059】
電流測定部11から出力された電流値信号Sと、ジャンクション温度演算部23cから出力された1ステップ遅れの温度演算結果信号Sと、PWM指令部42cから出力されるゲート指令信号Sとキャリア周波数信号Sが、電力損失演算部21cに入力されると、保持した特性テーブルDSc1と特性テーブルDSc2を参照し、入力された温度および電流(電流値信号S)に対応する導通損失データを読み出す(ROc1)。また、ゲート指令信号Sが入力されると、特性テーブルDSc2のうち、入力された温度および電流値信号Sからパワー半導体素子Trのスイッチングエネルギー(ROc2)が求まり、求まったスイッチングエネルギーとキャリア周波数の積からスイッチング損失が得られる。
【0060】
このような構成とすることにより、保護動作制御部41(図8)においては、第1の判定Jg1において、Tth1>Tと判定されたときは、損失抑制動作Ca2や停止動作Ca3は選択されず、駆動制御部4cの指令どおりに電力変換装置は動作を続ける。一方、第1の判定Jg1においてTth1≦Tのとき、さらに第2の判定Jg2を実施し、第2の判定Jg2において、Tth2>Tのとき、パワー半導体素子Trで発生する損失を抑制するように損失抑制動作Ca2が選択されることにより、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tが低下し、パワー半導体素子Trの劣化を抑制することが可能となる。一方、Tth2≦Tのとき、電力変換装置を停止するよう駆動制御部4cにおける停止動作Ca3が選択される。パワー半導体素子Trのスイッチング動作が停止するため、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tは低下していき、パワー半導体素子Trの破壊あるいは劣化を防止することができる。
【0061】
以上のように本実施の形態3にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法によれば、半導体素子温度算出部2cは、パワー半導体素子Trの温度T毎に導通損失に対する電流値依存データDSc1、およびスイッチング損失に対する電流値依存データDSc2を保持し、1ステップ前に算出した半導体素子Trの温度T(m−1)に応じて温度毎に保持したデータDSc1、DSc2から必要な電流値依存データを選択し、電力損失Pを算出するように構成したので、パワー半導体素子の導通損失及びスイッチング損失のそれぞれについて温度依存性を考慮することができるため、より高精度にパワー半導体素子のジャンクション温度Tを推定することが可能である。
【0062】
なお、図9では、保持している特性テーブルDSc1およびDSc2において、温度依存性として、25℃、125℃における特性を保持している例を示しているが、他の温度における導通損失やスイッチング損失のデータを格納していても問題ないことはいうまでもない。
【0063】
実施の形態4.
本実施の形態4にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法では、半導体素子温度算出部において算出されたパワー半導体素子Trのジャンクション温度Tに応じて実行する保護動作を実施の形態1と異なるようにした。他の形態については実施の形態1と同様である。以下、図を用いて詳細に説明する。
【0064】
図10は、本発明の実施の形態4に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子のジャンクション温度の推定方法及び過熱保護方法およびこれらを実行するための構成を示す図である。本実施の形態4では、保護動作制御部41dにおける保護動作Crldとして,PWM指令に用いるキャリア周波数を変更するようにしている。つまり、駆動制御部4dによるパワー半導体素子TrのPWM制御におけるキャリア周波数を半導体素子温度算出部2が算出したジャンクション温度Tに基づいて変更することにより、パワー半導体素子での電力損失を抑制しようとしている。
【0065】
なお、図10においては、保護動作制御部41dからの指令により、PWM指令部42dにキャリア周波数fcを変更させる信号を出すようにしているが、図示しないキャリア周波数制御部を設け、保護動作制御部41dは、選択した動作についての情報(保護動作信号)をキャリア周波数制御部に出力し、キャリア周波数制御部が入力された保護動作信号に基づいてキャリア周波数fcを変更するようにしてもよい。
【0066】
このような構成とすることにより、保護動作制御部41dにおいては、第1の判定Jg1において、Tth1>Tと判定されたときは、PWM指令部42dに、キャリア周波数fcを通常動作におけるキャリア周波数fc1にするように指令を出す(保護動作Cd1)。つまり、通常の駆動制御部4dの指令どおりに電力変換装置は動作を続ける。一方、第1の判定Jg1においてTth1≦Tのとき、さらに第2の判定Jg2を実施し、第2の判定Jg2において、Tth2>Tのとき、損失抑制動作Cd2が選択されることにより、キャリア周波数fcを通常のキャリア周波数fc1より低いfc2にするようにPWM指令部42dに指令を出す。スイッチング損失は単位時間当たりのスイッチング回数に比例するため、キャリア周波数を低くすることにより、単位時間当たりのスイッチング回数が少なくなり、スイッチング損失を低減することができる。これにより、キャリア周波数fcを通常より低いfc2に設定することでスイッチング回数が通常より減ることになり、スイッチング損失が低減され、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tを低下させることができる。一方、Tth2≦Tのとき、電力変換装置を停止するよう駆動制御部4dにおける停止動作Cd3が選択される。パワー半導体素子Trのスイッチング動作が停止するため、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tは低下していき、パワー半導体素子Trの破壊あるいは劣化を防止することができる。
【0067】
以上のように本実施の形態4にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法では、駆動制御部4dは、パワー半導体モジュール101を動作させるキャリア周波数fcを制御する図示しないキャリア周波数制御部を有し、保護動作制御部41dは、算出した半導体素子温度Tに基づいてキャリア周波数fcを変更させるように構成したので、駆動動作に制限を掛けたいときに、キャリア周波数を低くすることにより、単位時間当たりのスイッチング回数が少なくなり、スイッチング損失を低減することができる。その結果、パワー半導体素子で発生する損失が小さくなり、パワー半導体素子のジャンクション温度が低下するため、パワー半導体素子の劣化を抑制することが可能となる。
【0068】
実施の形態5.
本実施の形態5にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法でも、半導体素子温度算出部において算出されたパワー半導体素子Trのジャンクション温度Tに応じて実行する保護動作を実施の形態1や4と異なるようにした。他の形態については実施の形態1と同様である。以下、図を用いて詳細に説明する。
【0069】
図11は、本発明の実施の形態5に係る電力変換装置におけるパワー半導体素子のジャンクション温度の推定方法及び過熱保護方法およびこれらを実行するための構成を示す図である。本実施の形態5では、保護動作制御部41eにおける保護動作Crleとして,パワー半導体素子を駆動するゲート抵抗Rgを変更するようにしている。つまり、駆動制御部4eによるパワー半導体素子Trのゲート抵抗Rgを半導体素子温度算出部2が算出したジャンクション温度Tに基づいて変更することにより、パワー半導体素子Trでの電力損失を抑制しようとしている。
【0070】
なお、図11においては、保護動作制御部41eからの指令により、PWM指令部42eにゲート抵抗Rgを変更させる信号を出すようにしているが、図示しないゲート抵抗制御部を設け、保護動作制御部41eは、選択した動作についての情報(保護動作信号)をゲート抵抗制御部に出力し、ゲート抵抗制御部が入力された保護動作信号に基づいてゲート抵抗Rgを変更するようにしてもよい。
【0071】
このような構成とすることにより、保護動作制御部41eにおいては、第1の判定Jg1において、Tth1>Tと判定されたときは、PWM指令部42eに、ゲート抵抗Rgを通常動作におけるゲート抵抗Rg1にするように指令を出す(保護動作Ce1)。つまり、通常の駆動制御部4eの指令どおりに電力変換装置は動作を続ける。一方、第1の判定Jg1においてTth1≦Tのとき、さらに第2の判定Jg2を実施し、第2の判定Jg2において、Tth2>Tのとき、損失抑制動作Ce2が選択されることにより、ゲート抵抗Rgを通常のゲート抵抗Rg1より低いRg2にする。ゲート抵抗を小さくすることにより、スイッチング動作が速くなり、スイッチング損失を低減することができるので、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tを低下させることができる。一方、Tth2≦Tのとき、電力変換装置を停止するよう駆動制御部4eにおける停止動作Ce3が選択される。パワー半導体素子Trのスイッチング動作が停止するため、パワー半導体素子Trのジャンクション温度Tは低下していき、パワー半導体素子Trの破壊あるいは劣化を防止することができる。
【0072】
ゲート抵抗Rgの変更については、例えば、半導体素子のゲートに対してそれぞれゲート抵抗が異なるように複数の配線を接続し、上記動作に応じて配線を切替えるようにしても良い。
【0073】
以上のように本実施の形態5にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法では、駆動制御部4eは、パワー半導体素子Trのゲート抵抗Rgを制御する図示しないゲート抵抗制御部を有し、保護動作制御部41eは、算出した半導体素子温度Tに基づいてゲート抵抗Rgを変更させるように構成したので、駆動動作に制限を掛けたいときに、ゲート抵抗Rgを小さくすることにより、スイッチング動作が速くなり、スイッチング損失を低減することができる。その結果、パワー半導体素子で発生する損失が小さくなり、パワー半導体素子のジャンクション温度が低下するため、パワー半導体素子の劣化を抑制することが可能となる。
【0074】
なお、本実施の形態5において、実施の形態2や3のように、電力損失算出部がゲート指令信号Sを受けるとパワー半導体素子の電流−スイッチングエネルギー特性テーブルからスイッチング損失を読み出すようにしている場合、保護動作信号を電力損失算出部にも出力するようにしてもよい。その場合、電力損失算出部では、ゲート抵抗Rgごとの特性テーブルDsRを保持し、入力された保護動作(またはゲート抵抗値)に基づいてデータを選択するようにすれば、さらに高精度にジャンクション温度を評価することができる。
【0075】
なお、上記各実施の形態においては、算出した半導体素子温度Tを、2つの閾値Tth1、Tth2と比較して保護動作を決定する例について説明したが、保護動作はこれに限定される必要はない。例えば算出した半導体素子温度Tの値に対して多段階のキャリア周波数fcを対応させたLook Up Tableを保持し、半導体素子温度Tが所定値以上になったら段階的にキャリア周波数を低下させていくようにしてもよい。とくに、本発明の各実施の形態にかかる電力変換装置および電力変換装置の保護方法においては高精度に半導体素子温度Tを算出できるので、半導体素子温度Tに応じてきめ細かく保護動作を掛けることにより、電力変換装置の特性を最大限に利用することが可能となる。
【符号の説明】
【0076】
1 出力測定部(11 電流測定部、 12 電圧測定部)、
2 半導体素子温度算出部(21 電力損失演算部、 22 温度差演算部、 23 ジャンクション温度演算部)、 3 基準温度測定部、
4 駆動制御部(41 保護動作制御部、 42 PWM指令部)、
101 パワー半導体モジュール、 102 モータ、
DS1 半導体素子の電流−導通損失特性テーブル(導通損失の電流依存性データ)、
DS2 半導体素子の電流−スイッチング損失特性テーブル(スイッチング損失の電流依存性データ)、 P 電力損失、 S 電流値信号、 S ゲート指令信号、 S キャリア周波数信号、 T 基準温度、 Tr パワー半導体素子、
th(t) 過渡熱インピーダンス、 r/(1+sτ) 一次遅れ系伝達関数、 ΔT 温度差、
添え字:a,b,c,d,eはそれぞれ実施の形態ごとの変形を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スイッチング素子としてパワー半導体素子を用いたパワー半導体モジュールと、
前記パワー半導体素子から離れた基準点の温度を測定する基準温度測定部と、
前記パワー半導体素子の温度を所定の伝達関数を用いて算出する半導体素子温度算出部と、
前記算出したパワー半導体素子の温度に基づいて前記パワー半導体モジュールを駆動制御する駆動制御部と、を備え、
前記半導体素子温度算出部は、
前記所定の伝達関数として、熱時定数の異なる複数の一次遅れ系伝達関数を有し、
前記一次遅れ系伝達関数毎に前記パワー半導体素子で発生する電力損失に基づいて前記基準点と前記半導体素子との温度差を演算し、演算したそれぞれの温度差の和と前記基準点の温度とに基づいて前記パワー半導体素子の温度を算出することを特徴とする電力変換装置。
【請求項2】
前記保持した一次遅れ系伝達関数毎の温度差の演算は、各別に差分計算されることを特徴とする請求項1に記載の電力変換装置。
【請求項3】
前記半導体素子温度算出部は、前記パワー半導体モジュール内の複数のパワー半導体素子のそれぞれの温度を算出し、
前記駆動制御部は、前記算出した複数のパワー半導体素子のそれぞれの温度のうちの最も高い温度に基づいて前記パワー半導体モジュールを駆動制御することを特徴とする請求項1または2に記載の電力変換装置。
【請求項4】
前記パワー半導体素子に流れる電流値を測定し、電流値信号を前記半導体素子温度算出部に出力する電流値測定部を備え、
前記パワー半導体素子温度算出部は、
前記パワー半導体素子の導通損失に対する電流値依存データ、および前記パワー半導体素子のスイッチング損失に対する電流値依存データを保持し、
前記電流値信号および前記駆動制御部が前記パワー半導体素子のオンオフを制御するために出力する指令信号に応じて、前記保持した電流値依存データから対応する導通損失の値またはスイッチング損失の値を読み出して前記電力損失を算出することを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の電力変換装置。
【請求項5】
前記半導体素子温度算出部は、
前記パワー半導体素子の温度毎に前記導通損失に対する電流値依存データ、および前記スイッチング損失に対する電流値依存データを保持し、
算出した前記パワー半導体素子の温度に応じて前記温度毎に保持した電流値依存データから必要な電流値依存データを選択することを特徴とする請求項4に記載の電力変換装置。
【請求項6】
前記駆動制御部は、前記パワー半導体モジュールを動作させるキャリア周波数を制御するキャリア周波数制御部を有し、
前記算出したパワー半導体素子の温度に基づいて前記キャリア周波数を変更することを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1項に記載の電力変換装置。
【請求項7】
前記駆動制御部は、前記パワー半導体素子のゲート抵抗を制御するゲート抵抗制御部を有し、
前記算出したパワー半導体素子の温度に基づいて前記ゲート抵抗を変更することを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1項に記載の電力変換装置。
【請求項8】
スイッチング素子としてパワー半導体素子を用いたパワー半導体モジュールを有する電力変換装置の保護方法であって、
前記パワー半導体素子から離れた基準点の温度を測定する基準温度測定工程と、
前記パワー半導体素子で発生する電力損失を演算する工程と、
前記演算した電力損失を用いて熱時定数の異なる複数の一次遅れ系伝達関数毎に前記基準点と前記パワー半導体素子との温度差を演算し、演算したそれぞれの温度差の和と前記基準点の温度とに基づいて前記パワー半導体素子の温度を算出する半導体素子温度算出工程と、
前記算出したパワー半導体素子の温度に基づいて前記パワー半導体モジュールを駆動制御する駆動制御工程と、
を備えたことを特徴とする電力変換装置の保護方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−36095(P2011−36095A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−182351(P2009−182351)
【出願日】平成21年8月5日(2009.8.5)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】