説明

電動コンプレッサの制御装置

【課題】 車両状態に応じて要求される静粛性と効率との両立を図ることができる電動コンプレッサの制御装置を提供する。
【解決手段】 電動コンプレッサ制御回路7は、車両状態に応じた要求静粛度スコアを判定する要求静粛度判定部7aを備え、要求静粛度スコアに基づいて、PWMのキャリア周波数とパルスのエッジ急峻度を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動コンプレッサの制御装置の技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、効率(電力損失低減)と静粛性(ノイズ低減)との両立を目的とし、電動コンプレッサを駆動するインバータの温度に応じて、パルス幅変調(PWM)制御のPWMキャリア周波数およびパルスのエッジ急峻度を変更する技術が開示されている。
【特許文献1】特開2001−352786号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記特許文献1では、インバータの温度条件のみを加味し、車両状態を考慮していないため、車両状態に応じて要求される静粛性が変化するのに対し、静粛性と効率との両立を図ることができない。
【0004】
本発明の目的は、車両状態に応じて要求される静粛性と効率との両立を図ることができる電動コンプレッサの制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明では、車両状態に応じた要求静粛度に基づいて、パルス幅変調のキャリア周波数とパルスのエッジ急峻度の少なくとも一方を制御する。
【発明の効果】
【0006】
よって、本発明にあっては、車両状態に応じた要求静粛度に基づいてパルス幅変調のキャリア周波数とパルスのエッジ急峻度の少なくとも一方を変更するため、車両状態に応じて要求される静粛性が変化するのに対し、要求される静粛性と効率との両立を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明の電動コンプレッサの制御装置を実現するための最良の形態を、実施例に基づいて説明する。
【実施例1】
【0008】
まず、構成を説明する。
[空調装置の構成]
図1は、実施例1の電動コンプレッサの制御装置を適用したハイブリッド車両(HEV)の空調装置の構成図である。実施例1のハイブリッド車両は、エンジンと電動モータとを駆動源として走行する車両である。
実施例1の空調装置は、コンプレッサ1、冷却コンデンサ2、膨張弁3およびエバポレータ4を配管で連結し、内部に冷媒を封入した冷凍サイクルを備えている。
【0009】
コンプレッサ1は、U相、V相およびW相による3相交流同期モータ(以下、単にモータと称す。)5により駆動し、駆動時にエバポレータ4で蒸発した低温低圧のガス冷媒を封入して圧縮して、高温高圧になったガス冷媒を冷却コンデンサ2に圧送し、冷媒を冷却コンデンサ2およびエバポレータ4を介して繰返し循環させる。冷却コンデンサ2は、図外のコンデンサファンによって供給される冷却空気との熱交換により、コンプレッサ1から送り込まれてきた高温高圧のガス冷媒を冷却し凝縮液化させる。
【0010】
冷却コンデンサ2と膨脹弁3の間には、リキッドタンク(不図示)を介装している。このリキッドタンクは、冷却コンデンサ2で液化した冷媒を気液分離して液冷媒を一度貯え、液冷媒のみを膨脹弁3に送り出す。一般的に使用される温度式の膨脹弁3の場合には、リキッドタンクを通ってきた中温高圧の液冷媒を減圧膨脹させて、低温低圧の霧状の冷媒にするとともに、エバポレータ下流の冷媒温度を検出する図外の感温筒のフィードバックにより、エバポレータ出口で、冷媒の蒸発状態が適度な過熱度を持つよう冷媒流量を調節する。
【0011】
エバポレータ4は、冷却コンデンサ2で液化され膨脹弁3で低温低圧になった霧状の冷媒を蒸発させて、外側に図示しないブロアファンにより送られてくる空気を流して霧状冷媒と熱交換させることで、車室内に吹き出される空気を冷却し、同時に除湿する。
【0012】
モータ5は、インバータ6の出力する3相交流により駆動し、インバータ6は、電動コンプレッサ制御回路(インバータ制御手段)7の生成したパルス幅変調(以下、PWM)指令信号に応じてモータ5に駆動電圧を出力する。電動コンプレッサ制御回路7は、エアコンコントローラ8からの制御指令に基づいてPWM指令信号を生成する。コンプレッサ1、モータ5、インバータ6および電動コンプレッサ制御回路7は一体化しているため、これらをまとめて電動コンプレッサAと称する。
【0013】
エアコンコントローラ8は、入力装置8aと、室温センサ8bと、エアコン制御回路8cとを有する。
入力装置8aは、乗員が所望の車室内温度を設定するもので、設定温度をエアコン制御回路8cへと出力する。室温センサ8bは、車室内の温度を検出し、エアコン制御回路8cへと出力する。エアコン制御回路8cは、設定温度と車室内温度との差を無くすような制御指令(モータ5の回転数)を、車両情報(車両状態)を考慮しつつ生成し、電動コンプレッサ制御回路7へ出力する。実施例1では、車両情報として、車速、エンジン回転数を読み込んでいる。
【0014】
[インバータの回路構成]
図2は、インバータ6の回路構成図である。
インバータ6は、図外のバッテリから印加される直流電力から、モータ駆動用の3相交流電力を生成し、モータ5に印加する電圧型のPWMインバータである。なお、図2では、説明および図面の簡略化のために、U相のみを図示しているが、V相およびW相についてもU相と同様である。
【0015】
インバータ6は、2つのIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)11,12、および両IGBT11,12のそれぞれに対して逆並列に接続したダイオード13,14を有する。アッパーIGBT11とロアIGBT12は直列に接続し、そのIGBT直列回路は、IGBTドライバ15と並列に接続している。各IGBT直列回路は、モータ5を駆動するための3相交流電力を各相(U,V,W)に対応する3アーム分の回路を構成する。なお、各アームにおいて、アッパーIGBT11およびアッパーダイオード13は上流(アッパー)アーム、ロアIGBT12およびロアダイオード14は下流(ロア)アームを構成する。
【0016】
両IGBT11,12は、IGBTドライバ15によりPWM制御されて、モータ駆動用の3相交流電力を生成する。IGBTドライバ15は、電動コンプレッサ制御回路7から入力されるPWM指令信号に基づいて、両IGBT11,12をそれぞれ所望のタイミングでオン・オフすることにより、モータ5を任意の状態で駆動させるための所望の特性(電圧、周波数等)の3相交流駆動電力を生成する。
【0017】
アッパーアームとロアアームにおいて、IGBTドライバ15と両IGBT11,12との間には、エッジ急峻度切り替え器16をそれぞれ介装している。このエッジ急峻度切り替え器16は、並列接続された3つのローパスフィルタ16a,16b,16cと切り替え器16dとを有している。第1フィルタ16aは第2フィルタ16bよりも時定数が大きく、第2フィルタ16bは第3フィルタ16cよりも時定数が大きい。よって、時定数の大小関係は、第1フィルタ16a>第2フィルタ16b>第3フィルタ16cとなる。
【0018】
切り替え器16dは、各フィルタ16a〜16cとIGBT11およびIGBT12との接続を、電動コンプレッサ制御回路7からのスロープ制御信号に応じて選択的に切り替える。図3において、(a)は第1フィルタ選択時のパルス波形、(b)は第2フィルタ選択時のパルス波形、(c)は第3フィルタ選択時のパルス波形であり、エッジ急峻度の大小関係は、(c)>(b)>(a)となる。
なお、アッパーアームにおいて、エッジ急峻度切り替え器16とIGBTドライバ15との間には、ゲート電圧増幅回路17を介装し、アッパーIGBT11のゲート入力を増幅している。
【0019】
電動コンプレッサ制御回路7は、要求静粛度判定部(要求静粛度判定手段)7aを備えている。この要求静粛度判定部7aは、車両情報から現在の車両状態で要求される静粛度のレベルである要求静粛度を算出する。電動コンプレッサ制御回路7は、算出された要求静粛度に基づき、PWM制御のキャリア周波数を変更するための指令をIGBTドライバ15へ出力すると共に、エッジ急峻度を変更するためのスロープ制御信号を切り替え器16dに出力する。
【0020】
[電動コンプレッサ負荷レベル判定制御処理]
図4は、実施例1の電動コンプレッサ制御回路7で実行される電動コンプレッサ負荷レベル判定制御処理の流れをフローチャートで、以下、各ステップについて説明する。なお、この制御処理は、エアコン動作指令の入力により開始される。
【0021】
ステップS1では、室温センサ8bにより検出された車室温度と、入力装置8aに入力された設定温度との差ΔTを算出し、ステップS2へ移行する。
【0022】
ステップS2では、温度差ΔTが3℃以下であるか否かを判定する。YESの場合にはステップS5へ移行し、NOの場合にはステップS3へ移行する。
【0023】
ステップS3では、温度差ΔTが4℃〜10℃の範囲内にあるか否かを判定する。YESの場合にはステップS6へ移行し、NOの場合にはステップS4へ移行する。
【0024】
ステップS4では、温度差ΔTが11℃〜15℃の範囲内にあるか否かを判定する。YESの場合にはステップS7へ移行し、NOの場合にはステップS8へ移行する。
【0025】
ステップS5では、電動コンプレッサAの負荷動作は微小負荷動作(負荷レベル1)である判定し、ステップS9へ移行する。微小負荷動作の場合、モータ5の回転数は500rpmに設定される。
【0026】
ステップS6では、電動コンプレッサAの負荷動作は小負荷動作(負荷レベル2)である判定し、ステップS9へ移行する。小負荷動作の場合、モータ5の回転数は600〜2,000rpmの範囲内に設定される。
【0027】
ステップS7では、電動コンプレッサAの負荷動作は中負荷動作(負荷レベル3)であると判定し、ステップS9へ移行する。中負荷動作の場合、モータ5の回転数は、2,000〜4,000rpmの範囲内に設定される。
【0028】
ステップS8では、電動コンプレッサAの負荷動作は高負荷動作(負荷レベル4)であると判定し、ステップS9へ移行する。高負荷動作の場合、モータ5の回転数は、4,000〜6,000rpmの範囲内に設定される。
【0029】
ステップS9では、エアコン停止指令が出力されているか否かを判定する。YESの場合には本制御を終了し、NOの場合にはステップS1へ移行する。
【0030】
[パルス変更制御処理]
図5〜8は、実施例1の電動コンプレッサ制御回路7で実行されるPWM制御のパルス変更制御処理の流れを示すフローチャートであり、以下、各ステップについて説明する。
【0031】
(微小負荷動作)
微小負荷動作時には図5を用いる。
ステップS11では、要求静粛度判定部7aにおいて、要求静粛度スコアを算出し、ステップS12へ移行する。
【0032】
図9は、要求静粛度スコアの設定マップであり、要求静粛度は、エンジン回転数に応じた要求静粛度スコアと車速(車両速度)に応じた要求静粛度スコアとを合算して求められる。要求静粛度スコアは、値が小さいほど要求される静粛度が高いことを表し、エンジン回転数に応じた要求静粛度スコアは、0〜1,000rpmで「1」、1,001〜2,000rpmで「2」、2,001〜3,000rpmで「3」、3,001rpm以上で「4」となる。車速に応じた要求静粛度スコアは、0〜9km/hで「1」、10〜40km/hで「2」、41〜80km/hで「3」、81km/h以上で「4」となる。
よって、エンジン回転数に応じた要求静粛度スコアと、車速に応じた要求静粛度スコアとを加算した最終的な要求静粛度スコアは、「1」〜「8」の範囲で設定される。
【0033】
ステップS12では、要求静粛度スコアが2以下であるか否かを判定する。YESの場合にはステップS15へ移行し、NOの場合にはステップS13へ移行する。
【0034】
ステップS13では、要求静粛度スコアが3または4であるか否かを判定する。YESの場合にはステップS16へ移行し、NOの場合にはステップS14へ移行する。
【0035】
ステップS14では、要求静粛度スコアが5または6であるか否かを判定する。YESの場合にはステップS17へ移行し、NOの場合にはステップS18へ移行する。
【0036】
ステップS15では、コンプレッサ(モータ)の負荷が小さく、求められる静粛性が高い車両状態であるため、キャリア周波数を20kHz、エッジ急峻度を時定数大、モータ回転数を500rpmとし、ステップS19へ移行する。実施例1では、キャリア周波数、エッジ急峻度を、図10,11のマップに基づいて設定する。ステップS15では、負荷レベル1、要求静粛度スコア2以下であるため、図10からキャリア周波数は20kHzとなり、図11からエッジ急峻度は時定数大となる。
【0037】
ステップS16では、コンプレッサの負荷が小さく、求められる静粛性も高くない車両状態であるため、キャリア周波数を15kHz、エッジ急峻度を時定数中、モータ回転数を500rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0038】
ステップS17では、コンプレッサの負荷が小さく、求められる静粛性が低い車両状態であるため、キャリア周波数を10kHz、エッジ急峻度を時定数中、モータ回転数を500rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0039】
ステップS18では、コンプレッサの負荷が小さく、求められる静粛性が最も低い車両状態であるため、キャリア周波数を10kHz、エッジ急峻度を時定数小、モータ回転数を500rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0040】
ステップS19では、動作モードが微小負荷動作から他の負荷動作へ変更したか否かを判定する。YESの場合には本制御を終了し、NOの場合にはステップS11へ移行する。
【0041】
(小負荷動作)
小負荷動作時には図6を用いる。なお、図5と同一処理を行うステップには同一番号を付して説明を省略する。
ステップS20では、コンプレッサの負荷が比較的小さく、求められる静粛性が高い車両状態であるため、キャリア周波数を15kHz、エッジ急峻度を時定数大、モータ回転数を600〜2,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0042】
ステップS21では、コンプレッサの負荷が比較的小さく、求められる静粛性も高くない車両状態であるため、キャリア周波数を10kHz、エッジ急峻度を時定数中、モータ回転数を600〜2,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0043】
ステップS22では、コンプレッサの負荷が比較的小さく、求められる静粛性が低い車両状態であるため、キャリア周波数を10kHz、エッジ急峻度を時定数小、モータ回転数を600〜2,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0044】
ステップS23では、コンプレッサの負荷が比較的小さく、求められる静粛性が最も低い車両状態であるため、キャリア周波数を7kHz、エッジ急峻度を時定数小、モータ回転数を600〜2,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0045】
(中負荷動作)
中負荷動作時には図7を用いる。なお、図5と同一処理を行うステップには同一番号を付して説明を省略する。
ステップS24では、コンプレッサの負荷が比較的高く、求められる静粛性が高い車両状態であるため、キャリア周波数を10kHz、エッジ急峻度を時定数中、モータ回転数を2,000〜4,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0046】
ステップS25では、コンプレッサの負荷が比較的高く、求められる静粛性も高くない車両状態であるため、キャリア周波数を7kHz、エッジ急峻度を時定数中、モータ回転数を2,000〜4,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0047】
ステップS26では、コンプレッサの負荷が比較的高く、求められる静粛性が低い車両状態であるため、キャリア周波数を7kHz、エッジ急峻度を時定数小、モータ回転数を2,000〜4,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0048】
ステップS27では、コンプレッサの負荷が比較的高く、求められる静粛性が最も低い車両状態であるため、キャリア周波数を7kHz、エッジ急峻度を時定数小、モータ回転数を2,000〜4,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0049】
(高負荷動作)
高負荷動作時には図8を用いる。なお、図5と同一処理を行うステップには同一番号を付して説明を省略する。
ステップS28では、コンプレッサの負荷が高く、求められる静粛性が高い車両状態であるため、キャリア周波数を15kHz、エッジ急峻度を時定数中、モータ回転数を4,000〜6,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0050】
ステップS29では、コンプレッサの負荷が高く、求められる静粛度は高くない車両状態であるため、キャリア周波数を10kHz、エッジ急峻度を時定数小、モータ回転数を4,000〜6,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0051】
ステップS30では、コンプレッサの負荷が高く、求められる静粛性が低い車両状態であるため、キャリア周波数を10kHz、エッジ急峻度を時定数小、モータ回転数を4,000〜6,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0052】
ステップS31では、コンプレッサの負荷が高く、求められる静粛性が最も低い車両状態であるため、キャリア周波数を10kHz、エッジ急峻度を時定数小、モータ回転数を4,000〜6,000rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0053】
作用を説明する。
[車両状態に応じたキャリア周波数設定作用]
(エンジン回転数)
実施例1では、エンジン回転数が高いほど要求静粛度スコアを大きくしてキャリア周波数を低くしている。
エンジン(内燃機関)と電動モータとを併せ持った、いわゆるハイブリッド車両においては、走行中・停車中にエンジンを停車させることがあり、その状態では最も静粛性を求められる。これに対し、実施例1では、エンジン停止時(エンジン回転数0〜1,000rpm)には可聴帯域以外の高いキャリア周波数で制御することにより、静粛性を低コストで成立させることができる。
【0054】
また、エンジン回転数とエンジンが発生する騒音レベルは比例関係にあり、エンジン回転数が高い場合には大きな騒音レベルにより、電動コンプレッサAの発する微小な騒音はマスキングされるが、エンジン回転数が低い場合には、このマスキング効果が期待できない。そこで、実施例1では、エンジン回転数が低い場合には、可聴帯域以外の高いキャリア周波数で制御することにより、静粛性を低コストで成立させることができる。
【0055】
(車速)
実施例1では、車速が高いほど要求静粛度スコアを大きくしてキャリア周波数を低くしている。
一般的に、キャリア周波数は低い方がIGBTのスイッチング損失は少ないが、キャリア周波数が可聴帯域まで下がるとモータ巻線からの放射音により静粛性が悪化する。これに対し、実施例1では、車速が低く、求められる静粛度が高いほど、より高いキャリア周波数を選択することにより、求められる静粛性を低コストで成立させることができる。
【0056】
[車両状態に応じたパルスのエッジ急峻度設定作用]
(エンジン回転数)
実施例1では、エンジン回転数が高いほど要求静粛度スコアを大きくしてエッジ急峻度を高く(フィルタの時定数を小さく)している。
エンジンと電動モータとを併せ持った、いわゆるハイブリッド車両においては、走行中・停車中にエンジンを停車させることがあり、その状態では最も静粛性を求められる。これに対し、実施例1では、エンジン停止時にはパルスのエッジ急峻度を低くすることにより、モータ5のステータコイルに流れる電流の高調波成分を減少させ、静粛性を低コストで成立させることができる。
【0057】
また、エンジン回転数とエンジンが発生する騒音レベルは比例関係にあり、エンジン回転数が高い場合には大きな騒音レベルにより、電動コンプレッサAの発する微小な騒音はマスキングされるが、エンジン回転数が低い場合には、このマスキング効果が期待できない。そこで、実施例1では、エンジン回転数が低い場合には、パルスのエッジ急峻度を低くすることにより、モータ5のステータコイルに流れる電流の高調波成分を減少させ、静粛性を低コストで成立させることができる。
【0058】
(車速)
実施例1では、車速が高いほど要求静粛度スコアを大きくしてエッジ急峻度を高く(フィルタの時定数を小さく)している。
一般的に、巻線を使用したコイルに高調波成分を多く含んだ(例えば矩形波)電流を加えると、コアや巻線が振動を生じ、いわゆる「うなり音」を発生しやすい。これに対し、実施例1では、車速が低く、求められる静粛度が高いほど、より低いエッジ急峻度とすることで、モータ5のコイルに流れる電流の高調波成分を減少させ、求められる静粛性を低コストで成立することができる。
【0059】
[高負荷時のキャリア周波数維持作用]
実施例1では、モータ回転数が低い微小負荷動作時、小負荷動作時および中負荷動作時には、要求静粛度スコアが大きいほどキャリア周波数をより低くしているが、モータ回転数が高い高負荷作動時には、キャリア周波数を変化させず、エッジ急峻度のみを高くしている。
【0060】
すなわち、高負荷時には、低負荷時よりもモータ駆動電流周波数とキャリア周波数とが近づくため、モータ駆動電流波形の時間分解能の大きくなり、制御性の悪化を招く。これに対し、実施例1では、キャリア周波数を下げずにエッジ急峻度のみを低くすることにより、効率(冷却)と制御性との両立を実現することができる。
【0061】
次に、効果を説明する。
実施例1の電動コンプレッサの制御装置にあっては、下記に列挙する効果を奏する。
【0062】
(1) 車両状態に応じた要求静粛度スコアを判定する要求静粛度判定部7aを備え、電動コンプレッサ制御回路7は、要求静粛度スコアに基づいて、PWMのキャリア周波数とパルスのエッジ急峻度を制御する。これにより、車両状態に応じて要求される静粛性と効率との両立を図ることができる。
【0063】
(2) 電動コンプレッサ制御回路7は、要求静粛度スコアが低い場合には、要求静粛度スコアが高い場合よりもキャリア周波数を高くする。すなわち、要求される静粛性が高い場合にはキャリア周波数を高くし、モータ巻線からの放射音を低減させることで静粛性を高め、要求される静粛性が低い場合にはキャリア周波数を低くし、IGBTのスイッチング損失を抑えることで効率を高める。これにより、静粛性と効率との両立を図ることができる。
【0064】
(3) 電動コンプレッサ制御回路7は、要求静粛度スコアが低い場合には、要求静粛度スコアが高い場合よりもエッジ急峻度を低くする。すなわち、要求される静粛性が高い場合にはエッジ急峻度を低くし、高調波成分を減少させることで静粛性を高め、要求される静粛性が低い場合にはエッジ急峻度を高くし、起動フェーズの電力損失を抑えることで効率を高める。これにより、静粛性と効率との両立を図ることができる。
【0065】
(4) 要求静粛度判定部7aは、車速が低い場合には車速が高い場合よりも要求静粛度スコアを小さくするため、車速に応じて要求される静粛性が変化するのに対し、要求される静粛性と効率との両立を図ることができる。
【0066】
(5) 要求静粛度判定部7aは、エンジン回転数が低い場合にはエンジン回転数が高い場合よりも要求静粛度スコアを小さくするため、エンジン回転数に応じて要求される静粛性が変化するのに対し、要求される静粛性と効率との両立を図ることができる。
【0067】
(6) 要求静粛度判定部7aは、エンジンが停止している場合にはエンジンが駆動している場合よりも要求静粛度スコアを小さくするため、要求される静粛性が最も高いエンジン停止時において、要求される静粛性を実現できる。
【0068】
(7) 電動コンプレッサ制御回路7は、電動コンプレッサAの高負荷時、車速およびエンジン回転数の変化にかかわらず、キャリア周波数を高くするため、モータ駆動電流波形の時間分解能が大きくなるのを抑え、制御性の悪化を防止できる。
【実施例2】
【0069】
実施例2は、乗員がラジオを聴取している場合を考慮したものである。
なお、全体構成については実施例1と同様であるため、図示ならびに説明を省略する。
【0070】
[パルス変更制御処理]
図12,13は、実施例2の電動コンプレッサ制御回路7で実行されるPWM制御のパルス変更制御処理の流れを示すフローチャートであり、以下、各ステップについて説明する。なお、図5と同一処理を行うステップには同一番号を付して説明を省略する。
【0071】
(微小負荷動作)
ステップS31では、乗員がラジオを聞いているか否かを判定する。YESの場合にはステップS32へ移行し、NOの場合にはステップS12へ移行する。
【0072】
ステップS32では、要求静粛度スコアが2以下であるか否かを判定する。YESの場合にはステップS35へ移行し、NOの場合にはステップS33へ移行する。
【0073】
ステップS33では、要求静粛度スコアが3または4であるか否かを判定する。YESの場合にはステップS36へ移行し、NOの場合にはステップS34へ移行する。
【0074】
ステップS34では、要求静粛度スコアが5または6であるか否かを判定する。YESの場合にはステップS37へ移行し、NOの場合にはステップS38へ移行する。
【0075】
ステップS35では、コンプレッサの負荷が小さく、ラジオを聴取している車両状態であるため、キャリア周波数を20kHz、エッジ急峻度を時定数大、モータ回転数を500rpmとし、ステップS19へ移行する。実施例2では、キャリア周波数、エッジ急峻度を、図14,15のマップに基づいて設定する。ステップS35では、負荷レベル1、要求静粛度スコア2以下であるため、図14からキャリア周波数は20kHzとなり、図15からエッジ急峻度は時定数大となる。
【0076】
ステップS36では、ラジオを聴取している車両状態であるため、キャリア周波数を10kHz、エッジ急峻度を時定数中、モータ回転数を500rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0077】
ステップS37では、ラジオを聴取している車両状態であるため、キャリア周波数を7kHz、エッジ急峻度を時定数大、モータ回転数を500rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0078】
ステップS38では、ラジオを聴取している車両状態であるため、キャリア周波数を7kHz、エッジ急峻度を時定数大、モータ回転数を500rpmとし、ステップS19へ移行する。
【0079】
小負荷動作時、中負荷動作時、高負荷動作時についても、微小負荷動作時同様、図14,15に基づき、負荷レベルと要求静粛度スコアとからキャリア周波数およびエッジ急峻度をそれぞれ設定する。すなわち、図12のステップS15〜S18と図13のステップS35〜S38のみが微小負荷動作時と異なるため、図示ならびに説明は省略する。
【0080】
次に、作用を説明する。
電動コンプレッサAの発するノイズの種類は、モータ5から直接放射される放射雑音と高電圧・電流のスイッチングにより電界および磁界に不要な雑音を発生させる、いわゆる不要輻射ノイズ(雑音電波)に大別される。
【0081】
このうち、ラジオ等の車室内電子機器にノイズをもたらす輻射ノイズは、放送の周波数帯域から500kHz〜100MHzの雑音電波を指すが、実施例1のようなモータ駆動に用いるキャリア周波数はせいぜい40kHz程度であり、両周波数には10倍以上の開きがあるため影響はほとんど無い。しかし、パルスのエッジ急峻度が高い場合には、キャリア周波数の数100倍の高調波成分を持っているため、放送の周波数帯域と重なってしまう。
【0082】
なお、キャリア周波数を40kHz程度に設定している理由は、モータ巻線のインダクタンスがモータ5の機械的出力により決定されるため、キャリア周波数を高くすることによるモータ効率に対するメリットは無く、機械出力の小さいモータ(インダクタンス小)でも40kHz程度が上限となるからである。
したがって、乗員がラジオを聴取している場合には、モータ5からの放射音よりも雑音電波としてラジオチューナーから復調される雑音の方が大きくなる。
【0083】
これに対し、実施例1では、ラジオ聴取時はエッジ急峻度を低くして放送の周波数帯域とパルスのエッジの周波数帯域とが重なるのを回避しているため、ラジオ聴取時にはモータ放射音よりも静粛性に及ぼすラジオノイズを優先して低減でき、静粛性の向上を図ることができる。
【0084】
なお、エッジ急峻度はモータの「うなり音」の原因にもなり得るため、ラジオ聴取無し時においても制御成立(効率・素子の耐熱)範囲内でエッジ急峻度を下げたため、ラジオ聴取無し時からエッジ急峻度が最も低い(時定数大)設定を行っている。
【0085】
ここで、キャリア周波数の取り得る値(実施例2では7〜20kHz)がラジオ聴取無し時に最低周波数である7kHzを選択している場合(図15の負荷レベル「3」に対する要求静粛度スコア「4」,「6」,「8」の部分)は、ラジオ聴取に切り替わったとき、それ以上キャリア周波数を下げることができないため、エッジ急峻度を下げることはできない。理由は、エッジ急峻度を下げることで電力損失が大きくなるため、キャリア周波数を下げることで効率の低下を抑える必要があるからである。
【0086】
ただし、ラジオ聴取無し時において負荷レベルが高く、要求静粛度スコアが大きい(静粛性を求められてない)場合(図15の負荷レベル「2」−要求静粛度スコア「8」、負荷レベル「3」−要求静粛度スコア「6」、負荷レベル「4」−要求静粛度スコア「4」の部分)には、効率(省エネ)の観点からエッジ急峻度を高く設定しているため、ラジオ聴取時には効率よりもラジオノイズを下げることを優先し、エッジ急峻度を低くしている。
【0087】
次に、効果を説明する。
実施例2の電動コンプレッサの制御装置にあっては、実施例1の効果(1)〜(7)に加え、下記に列挙する効果を奏する。
【0088】
(8) 電動コンプレッサ制御回路7は、乗員がラジオを聴取している場合には、ラジオを聴取していない場合よりもエッジ急峻度を低くするため、モータ5の放射音よりもラジオに影響を与えるノイズを優先して低減でき、静粛性の向上を図ることができる。
【0089】
(9) 電動コンプレッサ制御回路7は、乗員がラジオを聴取している場合にはラジオを聴取していない場合よりもキャリア周波数を低くするため、エッジ急峻度が低いことに伴う効率の低下を抑制できる。
【0090】
(他の実施例)
以上、本発明を実施するための最良の形態を、各実施例に基づき説明したが、本発明の具体的な構成については、各実施例の構成に限らず、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計変更や追加等は許容される。
【0091】
例えば、エンジン回転数に応じた要求静粛度スコアの区分数および車速に応じた要求静粛度スコアの区分数は、実施例に示した4区分に限らず、任意に設定できる。キャリア周波数およびパルスのエッジ急峻度も同様である。
【0092】
実施例では、互いに時定数の異なる3つのローパスフィルタを切り替えることでパルスのエッジ急峻度を変更する例を示したが、エッジ急峻度の変更方法は任意である。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】実施例1の電動コンプレッサの制御装置を適用したハイブリッド車両(HEV)の空調装置の構成図である。
【図2】実施例1のインバータ6の回路構成図である。
【図3】時定数を変化させたときのパルス波形を示す図である。
【図4】実施例1の電動コンプレッサ制御回路7で実行される電動コンプレッサ負荷レベル判定制御処理の流れをフローチャートである。
【図5】実施例1の電動コンプレッサ制御回路7で実行される微小負荷動作時のPWM制御のパルス変更制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図6】実施例1の電動コンプレッサ制御回路7で実行される小負荷動作時のPWM制御のパルス変更制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図7】実施例1の電動コンプレッサ制御回路7で実行される中負荷動作時のPWM制御のパルス変更制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図8】実施例1の電動コンプレッサ制御回路7で実行される高負荷動作時のPWM制御のパルス変更制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図9】実施例1の要求静粛度スコアの設定マップである。
【図10】実施例1のキャリア周波数設定マップである。
【図11】実施例1のエッジ急峻度設定マップである。
【図12】実施例2の電動コンプレッサ制御回路7で実行される微小負荷動作時のPWM制御のパルス変更制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図13】実施例2の電動コンプレッサ制御回路7で実行される微小負荷動作時におPWM制御のパルス変更制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図14】実施例2のキャリア周波数設定マップである。
【図15】実施例2のエッジ急峻度設定マップである。
【符号の説明】
【0094】
A 電動コンプレッサ
1 コンプレッサ
2 冷却コンデンサ
3 膨張弁
4 エバポレータ
5 3相交流同期モータ
6 インバータ
7 電動コンプレッサ制御回路
7a 要求静粛度判定部
8 エアコンコントローラ
8a 入力装置
8b 室温センサ
8c エアコン制御回路
11 アッパーIGBT
12 ロアIGBT
13 アッパーダイオード
14 ロアダイオード
15 IGBTドライバ
16 エッジ急峻度切り替え器
16a ローパスフィルタ
16b ローパスフィルタ
16c ローパスフィルタ
16d 切り替え器
17 ゲート電圧増幅回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載された電動コンプレッサと、
このコンプレッサを駆動するインバータと、
このインバータをパルス幅変調制御するインバータ制御手段と、
を有する電動コンプレッサの制御装置において、
車両状態に応じた要求静粛度を判定する要求静粛度判定手段を備え、
前記インバータ制御手段は、前記要求静粛度に基づいて、前記パルス幅変調のキャリア周波数とパルスのエッジ急峻度の少なくとも一方を制御することを特徴とする電動コンプレッサの制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動コンプレッサの制御装置において、
前記インバータ制御手段は、前記要求静粛度が高い場合には、要求静粛度が低い場合よりも前記キャリア周波数を高くすることを特徴とする電動コンプレッサの制御装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の電動コンプレッサの制御装置において
前記インバータ制御手段は、前記要求静粛度が高い場合には、要求静粛度が低い場合よりも前記エッジ急峻度を低くすることを特徴とする電動コンプレッサの制御装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の電動コンプレッサの制御装置において、
前記要求静粛度判定手段は、車速が低い場合には車速が高い場合よりも前記要求静粛度が高いと判定することを特徴とする電動コンプレッサの制御装置。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の電動コンプレッサの制御装置において、
前記要求静粛度判定手段は、エンジン回転数が低い場合にはエンジン回転数が高い場合よりも前記要求静粛度が高いと判定することを特徴とする電動コンプレッサの制御装置。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の電動コンプレッサの制御装置において、
前記要求静粛度判定手段は、エンジンが停止している場合にはエンジンが駆動している場合よりも前記要求静粛度が高いと判定することを特徴とする電動コンプレッサの制御装置。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の電動コンプレッサの制御装置において、
前記インバータ制御手段は、前記電動コンプレッサの高負荷時、前記車両状態にかかわらず前記キャリア周波数を高くすることを特徴とする電動コンプレッサの制御装置。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の電動コンプレッサの制御装置において、
前記インバータ制御手段は、乗員がラジオを聴取している場合にはラジオを聴取していない場合よりも前記急峻度を低くすることを特徴とする電動コンプレッサの制御装置。
【請求項9】
請求項8に記載の電動コンプレッサの制御装置において、
前記インバータ制御手段は、乗員がラジオを聴取している場合にはラジオを聴取していない場合よりも前記キャリア周波数を低くすることを特徴とする電動コンプレッサの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2009−214784(P2009−214784A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−62274(P2008−62274)
【出願日】平成20年3月12日(2008.3.12)
【出願人】(000004765)カルソニックカンセイ株式会社 (3,404)
【Fターム(参考)】