説明

電動パワーステアリング制御装置

【課題】車両のヨー応答を低下させることなくロール振動を抑制する
【解決手段】EPSシステム1では、アシスト補償量演算部22が、車両の運転者によるハンドルの操作が反映された操舵トルクと、車両の挙動が反映された推定路面反力とに基づき、次の(a)および(b)の2つのゲイン特性を満たすようにアシスト補償量を演算する。(a)操舵トルクに対する補正アシスト量のゲイン特性については、操舵トルクの周波数が予め設定された第1設定周波数を超えると、周波数が高くなるにつれて補正アシスト量のゲインが徐々に減少する1次フィルタの形状を有する。(b)推定路面反力に対する補正アシスト量のゲイン特性については、推定路面反力の周波数が、第1設定周波数より高くなるように予め設定された第2設定周波数になるまでは、周波数が高くなるにつれて補正アシスト量のゲインが徐々に増加する、推定路面反力の微分特性を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者によるハンドル操作をモータにて補助する電動パワーステアリング制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、運転者による車両のハンドル操作をモータにて補助する電動パワーステアリング制御装置において、車両の旋回時に発生するロール振動を抑制するために、検出した車両状態に基づいてロール振動の発生を判定し、ロール振動が発生すると判定した場合に、通常よりも転舵輪の切れ角が小さくなるように制御するものが知られている(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−37360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1に記載の技術では、転舵輪の切れ角が小さくなるように制御することにより、車両の旋回応答(ヨー応答)が低下し、運転者による操舵に対応して十分に旋回しない車両特性になってしまうという問題があった。
【0005】
図6は、車両のヨー応答とロール応答のゲイン特性を示すボード線図である。図6に示すように、ヨー応答とロール応答の周波数帯がほぼ同じであるためにヨー応答とロール応答とが互いに干渉し、ヨー応答とロール応答とを分離して制御することが困難である。
【0006】
本発明は、こうした問題に鑑みてなされたものであり、車両の旋回応答(ヨー応答)を低下させることなくロール振動を抑制することを可能とする技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するためになされた請求項1に記載の発明は、車両のハンドルに連結され、ハンドルが操作されることにより入力されるハンドルトルクによってハンドルとともに回転する入力軸と、入力軸の回転を操舵輪に伝達することにより操舵輪を操舵させる入力伝達手段と、入力軸と操舵輪のねじれによる操舵トルクを検出するトルク検出手段と、ハンドルの操作による操舵輪の操舵時にハンドルの操作を補助するためのアシスト操舵力を発生させるモータとを備えた電動パワーステアリングシステムに設けられ、モータを制御することによりアシスト操舵力を制御する電動パワーステアリング制御装置である。
【0008】
また、請求項1に記載の電動パワーステアリング制御装置では、基本アシスト量演算手段が、トルク検出手段により検出された操舵トルクに基づいてハンドルの操作を補助するための基本アシスト量を演算するとともに、アシスト補償量演算手段が、基本アシスト量演算手段により演算された基本アシスト量を補正するためのアシスト補償量を演算する。その後に、アシスト量補正手段が、基本アシスト量演算手段により演算された基本アシスト量を、アシスト補償量演算手段により演算されたアシスト補償量によって補正することにより、補正後アシスト量を演算し、モータ駆動手段が、アシスト量補正手段からの補正後アシスト量に基づいてモータを駆動させる。
【0009】
そして、アシスト補償量演算手段は、2入力1出力の制御形態を取り、車両の運転者によるハンドルの操作が反映された信号であるハンドル操作信号と、車両の挙動が反映された信号である車両挙動信号とに基づき、次の(a)および(b)の2つのゲイン特性を満たすようにアシスト補償量を演算する。
【0010】
(a)ハンドル操作信号に対するアシスト補償量のゲイン特性については、ハンドル操作信号の周波数が予め設定された第1設定周波数を超えると、ハンドル操作信号の周波数が高くなるにつれて、アシスト補償量のゲインが徐々に減少する1次フィルタの形状を有する。
【0011】
(b)車両挙動信号に対するアシスト補償量のゲイン特性については、車両挙動信号の周波数が、第1設定周波数より高くなるように予め設定された第2設定周波数になるまでは、車両挙動信号の周波数が高くなるにつれて、アシスト補償量のゲインが徐々に増加する、車両挙動信号の微分特性を有する。
【0012】
このように構成された電動パワーステアリング制御装置では、車両の運転者によるハンドルの操作が反映された信号(ハンドル操作信号)と、車両の挙動が反映された信号(車両挙動信号)を用いることにより、車両の運転者によるハンドルの操作により生じるヨー応答については、車両の運転者によるハンドルの操作が反映された信号(ハンドル操作信号)に基づいた上記(a)のゲイン特性を用いてヨー応答を制御するとともに、ヨー運動などの車両の挙動により生じるロール応答については、車両の挙動が反映された信号(車両挙動信号)に基づいた上記(b)のゲイン特性を用いてロール応答を制御することができる。
【0013】
そして、上記(a)のゲイン特性では、ハンドル操作信号の周波数が予め設定された第1設定周波数を超えると、ハンドル操作信号の周波数が高くなるにつれて、アシスト補償量のゲインが徐々に減少する1次フィルタの形状を有する。すなわち、上記(a)のゲイン特性のうち、主に、ハンドル操作信号の周波数が第1設定周波数以下となる周波数帯のゲイン特性によって、ヨー応答を制御する。
【0014】
また従来、例えば図5(a)に示すような微分特性によってメカ系の振動を抑制可能であることが知られており、上記(b)のゲイン特性を用いてロール振動を抑制することができる。
【0015】
さらに、上記(b)のゲイン特性では、第1設定周波数より高くなるように予め設定された第2設定周波数になるまでは、アシスト補償量のゲインが徐々に増加する特性を有するため、第1設定周波数と第2設定周波数の間の周波数帯では、ヨー応答との干渉が抑制された状態でロール応答を制御することができる。上述のように、上記(a)のゲイン特性では主に、第1設定周波数以下となる周波数帯のゲイン特性によってヨー応答を制御するからである。
【0016】
以上より、請求項1に記載の電動パワーステアリング制御装置によれば、ヨー応答を低下させることなくロール振動を抑制することが可能となる。
ここで、アシスト補償量演算手段がアシスト補償量を演算する際に用いるハンドル操作信号は、車両の運転者によるハンドルの操作が反映された信号である限り種々の信号を採用可能であるが、例えば請求項2に記載のように、ハンドル操作信号として、操舵トルク、基本アシスト量、およびハンドルの回転角度の何れか1つを示す信号に基づいて、アシスト補償量を演算するようにするとよい。
【0017】
このように構成された電動パワーステアリング制御装置によれば、ハンドル操作信号として、車両の運転者によるハンドルの操作をより良く反映した信号が用いられるため、より精度の高いヨー応答制御の実現が可能となる。
【0018】
また、アシスト補償量演算手段がアシスト補償量を演算する際に用いる車両挙動信号は、車両の挙動が反映された信号である限り種々の信号を採用可能であるが、例えば請求項3に記載のように、操舵輪が車両の走行路面から受ける力である路面反力、モータの回転角度、モータの回転速度、インターミディエイトシャフトのトルク、ラックのストローク、ラックの推力、タイヤの角度、タイヤの点横力の何れか1つを示す信号に基づいて、アシスト補償量を演算するようにするとよい。
【0019】
このように構成された電動パワーステアリング制御装置によれば、車両挙動信号として、車両の挙動をより良く反映した信号が用いられるため、より精度の高いロール応答制御の実現が可能となる。
【0020】
また、請求項1〜請求項3の何れか1項に記載の電動パワーステアリング制御装置において、請求項4に記載のように、車両速度検出手段が車両の速度を検出するとともに、車速ゲイン演算手段が、車両速度検出手段により検出された車両の速度に応じたゲインである車速ゲインを演算し、アシスト補償量補正手段が、アシスト補償量演算手段により演算されたアシスト補償量と車速ゲイン演算手段により演算された車速ゲインとの乗算を行うことによりアシスト補償量を補正するようにしてもよい。
【0021】
このように構成された電動パワーステアリング制御装置によれば、車両速度に応じてアシスト補償量が補正されるため、車両速度に応じたより適切なアシスト補償量に基づいて基本アシスト量を補正でき、車両速度が考慮された適切な制御の実現が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】EPSシステム1の概略構成を示す構成図である。
【図2】EPSシステム1について入力トルクと制御方法を説明する図である。
【図3】補正アシスト量演算部31の周波数特性を示すボード線図である。
【図4】EPSシステム1の周波数特性を示すボード線図である。
【図5】微分特性の具体例とEPSシステム1の効果を示すボード線図である。
【図6】ヨー応答とロール応答のゲイン特性を示すボード線図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に本発明の実施形態を図面とともに説明する。
図1は、本発明が適用された実施形態の電動パワーステアリングシステム1の概略構成を示す構成図である。
【0024】
電動パワーステアリングシステム1(以下、EPS(Electric Power Steering)システム1という)は、運転者によるハンドル2の操作をモータ6によってアシスト(補助)するものである。ハンドル2は、ステアリングシャフト3の一端に固定され、ステアリングシャフト3の他端にはトルクセンサ4が接続されており、このトルクセンサ4の他端には、インターミディエイトシャフト5が接続されている。
【0025】
トルクセンサ4は、操舵トルクを検出するためのセンサである。具体的には、ステアリングシャフト3とインターミディエイトシャフト5とを連結するトーションバーを有し、このトーションバーのねじれ角に基づいてそのトーションバーに加えられているトルクを検出する。
【0026】
モータ6は、ハンドル2の操舵力をアシスト(補助)するものであり、その回転軸の先端にウォームギアが設けられ、このウォームギアが、インターミディエイトシャフト5に設けられたウォームホイールと噛み合っている。これにより、モータ6の回転がインターミディエイトシャフト5に伝達される。逆に、ハンドル2の操作や路面12からの反力(路面反力)によってインターミディエイトシャフト5が回転されると、その回転がモータ6に伝達されてモータ6も回転されることになる。なおモータ6は、EPS用(またはアシスト用)モータであり、モータ6の内部にモータ回転角センサを備え、モータ6の回転角度を示す情報(以下、モータ回転角度情報という)を出力可能に構成されている。
【0027】
インターミディエイトシャフト5における、トルクセンサ4が接続された一端とは反対側の他端は、ステアリングギアボックス7に接続されている。ステアリングギアボックス7は、図示しないラックとピニオンギアからなるギア機構にて構成されており、インターミディエイトシャフト5の他端に設けられたピニオンギアに、ラックの歯が噛み合っている。そのため、運転者がハンドル2を回すと、インターミディエイトシャフト5が回転(すなわち、ピニオンギアが回転)し、これによりラックが左右に移動する。ラックの両端にはそれぞれタイロッド8が取り付けられており、ラックとともにタイロッド8が左右の往復運動を行う。これにより、タイロッド8がその先のナックルアーム9を引っ張ったり押したりすることで、タイヤ10の向きが変わる。
【0028】
また、車両における所定の部位には、車両速度を検出するための車速センサ11が設けられている。
このような構成により、運転者がハンドル2を回転させると、その回転がステアリングシャフト3、トルクセンサ4、およびインターミディエイトシャフト5を介してステアリングギアボックス7に伝達される。そして、ステアリングギアボックス7内で、インターミディエイトシャフト5の回転がタイロッド8の左右移動に変換され、タイロッド8が動くことによって、左右の両タイヤ10が操舵される。
【0029】
電動パワーステアリングECU(Electric Power Steering Electronic Control Unit)20(以下、EPSECU20という)は、図示しない車載バッテリからの電力によって動作し、トルクセンサ4にて検出された操舵トルク、車速センサ11にて検出された車両速度、およびモータ回転角センサにて検出された回転角度に基づいて、アシスト操舵力を演算する。そして、その演算結果に応じてモータ6を駆動制御することにより、運転者がハンドル2を回す力(延いては両タイヤ10を操舵する力)のアシスト量を制御するものである。
【0030】
具体的には、EPSECU20は、基本アシスト量を演算する基本アシスト量演算部21と、アシスト補償量を演算するアシスト補償量演算部22と、基本アシスト量とアシスト補償量を加算することによりアシスト指令値を演算する加算部23と、加算部23からのアシスト指令値に基づいてモータ6を駆動するモータ駆動回路24とを備えている。
【0031】
基本アシスト量演算部21は、トルクセンサ4にて検出された操舵トルクおよび車速センサ11にて検出された車両速度に基づき、基本アシスト量を演算する。具体的には、操舵トルクが大きいほど基本アシスト量が大きく(すなわち、モータ6の、ハンドル2の回転をアシストする方向のトルクが大きく)なるよう、また、車両速度が大きいほど基本アシスト量は小さくなるよう、例えば予め用意した操舵トルク−基本アシスト量マップを参照すること等によって、基本アシスト量を演算する。
【0032】
アシスト補償量演算部22は、補正アシスト量演算部31、モータ角速度演算部32、前回値保持部33、路面反力推定部34、車速ゲイン演算部35、および乗算部36を備えている。
【0033】
まず補正アシスト量演算部31は、トルクセンサ4にて検出された操舵トルクおよび路面反力推定部34にて推定された路面反力(以下、推定路面反力ともいう)に基づき、基本アシスト量演算部21により演算された基本アシスト量を補正するための補正アシスト量を演算する。
【0034】
またモータ角速度演算部32は、モータ6から出力されるモータ回転角度情報の時間変化に基づいて、モータ6の回転角速度を演算する。
また前回値保持部33は、加算部23から出力されるアシスト指令値を入力し、新たにアシスト指令値が入力するまで、入力したアシスト指令値を保持する。以下、前回値保持部33に保持されている値をアシスト量前回値という。
【0035】
また路面反力推定部34は、トルクセンサ4にて検出された操舵トルク、モータ角速度演算部32にて演算された回転角速度、および前回値保持部33にて保持されているアシスト量前回値に基づき、路面12からの反力(路面反力)を推定し、推定した路面反力を示す信号(以下、推定路面反力信号という)を出力する。
【0036】
また車速ゲイン演算部35は、車両速度に対するゲインを、例えば予め用意した車両速度−ゲインマップを参照すること等によって演算する。
また乗算部36は、補正アシスト量演算部31から出力された補正アシスト量と、車速ゲイン演算部35から出力されたゲインとを乗算し、この乗算値を、アシスト補償量として出力する。
【0037】
モータ駆動回路24は、基本アシスト量にアシスト補償量が加算されて得られたアシスト指令値に基づき、モータ6に電流を供給してモータ6を駆動する。
その他、EPSECU20は、基本アシスト量の安定性を高めるための位相補償部、操舵トルクの変化に対する応答速度を高めるためのフィードフォワード制御部、アシスト指令値(電流指令値)とモータ6の実際の電流値との偏差に基づくフィードバック制御(例えばPI制御など)によってモータ駆動回路24に与える最終的な電流指令値を決定するフィードバック制御部など、種々の機能ブロックを備えているが、図1ではこれらの図示を省略している。
【0038】
図2は、EPSシステム1に入力するトルクと、EPSシステム1の制御方法を説明する図である。
図2に示すように、ハンドルが操作されることにより入力されるハンドルトルクThによってステアリングシャフト3がハンドルとともに回転し、この回転に起因したねじれにより操舵トルクTsが発生する。この操舵トルクTsをトルクセンサ4が検出し、検出された操舵トルクTsに応じたモータトルクTmをモータ6が発生させる。これにより、タイヤ10の向きが変わり、路面12から反力(路面反力)Tlが入力する。
【0039】
そしてEPSシステム1は、トルクセンサ4で検出した操舵トルクTsを入力信号として使用してヨー応答を制御する(矢印AL1を参照)とともに、路面反力推定部34で推定した路面反力Tlを入力信号として使用してロール応答を制御する(矢印AL2を参照)。
【0040】
図3(a),(b)は、補正アシスト量演算部31の周波数特性を示すボード線図である。図3(a)は操舵トルクに対するゲイン特性を示し(図3(a)中の破線を参照)、図3(b)は推定路面反力に対するゲイン特性を示す(図3(b)中の破線を参照)。なお、図3(a)のボード線図における縦軸の物理量はヨーレートであり、図3(b)のボード線図における縦軸の物理量はロールレートである。また図3(a)では、EPSシステム1におけるヨー応答のゲイン特性の概略を重ねて示し(図3(a)中の実線を参照)、図3(b)では、EPSシステム1におけるロール応答のゲイン特性の概略を重ねて示している(図3(b)中の実線を参照)。
【0041】
補正アシスト量演算部31は、1次フィルタ形状を有するゲイン特性によりヨー応答を変更するように構成されており、本実施形態において具体的には、図3(a)に示すように、操舵トルクの周波数が1Hz以下である場合には、ゲインが一定値(本実施形態では−10dB)であり、操舵トルクの周波数が1Hz〜3Hzである場合には、周波数が高くなるにつれてゲインが徐々に減少し、周波数が3Hzのときにゲインが約−40dBになるように設計されている。なお、図3(a)に示していないが、補正アシスト量演算部31は、操舵トルクの周波数が3Hzを超えている場合には、ゲインが−40dB以下になるように設計されている。
【0042】
さらに補正アシスト量演算部31は、微分特性を有するゲイン特性によりロール応答を抑制するように構成されており、本実施形態において具体的には、図3(b)に示すように、推定路面反力の周波数が0.7Hzである場合にゲインが約−40dBであり、推定路面反力の周波数が0.7Hz〜3Hzである場合には、周波数が高くなるにつれてゲインが徐々に上昇し、周波数が3Hzのときにゲインが約−15dBになり、さらに推定路面反力の周波数が3Hz〜8Hzである場合には、周波数が高くなるにつれてゲインが徐々に減少し、周波数が8Hzのときにゲインが約−40dBになるように設計されている。なお、図3(b)に示していないが、補正アシスト量演算部31は、推定路面反力の周波数が0.7Hz未満である場合と8Hzを超えている場合には、ゲインが−40dB以下になるように設計されている。
【0043】
このように構成された本実施形態のEPSシステム1の周波数特性の一例を図4に示す。図4は、本実施形態のEPSシステム1の周波数特性(図4中の実線を参照)を、アシスト補償量演算部22にて演算されたアシスト補償量による基本アシスト量の補正がない場合の周波数特性(図4中の破線を参照)とともに表したボード線図であり、(a)はモータトルクに対するヨー応答を表す周波数特性であり、(b)はモータトルクに対するロール応答を表す周波数特性である。なお、図4(a)のボード線図における縦軸の物理量はヨーレートであり、図4(b)のボード線図における縦軸の物理量はロールレートである。
【0044】
本実施形態のEPSシステム1では、図4(b)に示すように、ロール応答については、2Hz近傍の共振周波数帯の応答が低下しており、ロール振動を抑制することができる。さらに、図4(a)に示すように、ヨー応答については、2Hz帯まではほぼ同じ周波数特性であり、ヨー応答の低下は見られない。
【0045】
このように構成されたEPSシステム1では、アシスト補償量演算部22が、車両の運転者によるハンドルの操作が反映された操舵トルクと、車両の挙動が反映された推定路面反力とに基づき、2入力1出力の制御形態で、次の(a)および(b)の2つのゲイン特性を満たすようにアシスト補償量を演算する。
【0046】
(a)操舵トルクに対する補正アシスト量のゲイン特性については、操舵トルクの周波数が予め設定された第1設定周波数(本実施形態では1Hz)を超えると、操舵トルクの周波数が高くなるにつれて、補正アシスト量のゲインが徐々に減少する1次フィルタの形状を有する。
【0047】
(b)推定路面反力に対する補正アシスト量のゲイン特性については、推定路面反力の周波数が、第1設定周波数より高くなるように予め設定された第2設定周波数(本実施形態では3Hz)になるまでは、推定路面反力の周波数が高くなるにつれて、補正アシスト量のゲインが徐々に増加する、推定路面反力の微分特性を有する。
【0048】
これにより、車両の運転者によるハンドルの操作が反映された信号(以下、ハンドル操作信号という)と、車両の挙動が反映された信号(以下、車両挙動信号という)を用いることにより、車両の運転者によるハンドルの操作により生じるヨー応答については、車両の運転者によるハンドルの操作が反映された信号(本実施形態では操舵トルク)に基づいた上記(a)のゲイン特性を用いてヨー応答を制御するとともに、ヨー運動などの車両の挙動により生じるロール応答については、車両の挙動が反映された信号(本実施形態では推定路面反力)に基づいた上記(b)のゲイン特性を用いてロール応答を制御することができる。
【0049】
そして、上記(a)のゲイン特性では、操舵トルクの周波数が予め設定された第1設定周波数を超えると、操舵トルクの周波数が高くなるにつれて、補正アシスト量のゲインが徐々に減少する1次フィルタの形状を有する。すなわち、上記(a)のゲイン特性のうち、主に、操舵トルクの周波数が第1設定周波数以下となる周波数帯のゲイン特性によって、ヨー応答を制御する。
【0050】
また従来、例えば図5(a)に示すような微分特性によってメカ系の振動を抑制可能であることが知られており、上記(b)のゲイン特性を用いてロール振動を抑制することができる。図5(a)は、微分特性の具体例を示すボード線図とともにメカ系の振動を微分特性により抑制可能であることを説明する図であり、ボード線図の上図はゲイン特性を示し、下図は位相特性を示す。
【0051】
さらに、上記(b)のゲイン特性では、第1設定周波数より高くなるように予め設定された第2設定周波数になるまでは、補正アシスト量のゲインが徐々に増加する特性を有するため、図5(b)の矢印AL3で示すように、第1設定周波数(1Hz)と第2設定周波数(3Hz)の間の周波数帯では、ヨー応答との干渉が抑制された状態でロール応答を制御することができる。上述のように、上記(a)のゲイン特性では主に、第1設定周波数以下となる周波数帯のゲイン特性によってヨー応答を制御するからである。図5(b)は、補正アシスト量演算部31の周波数特性を示すボード線図である。図5(b)では、操舵トルクに対するゲイン特性(破線L1を参照)と、推定路面反力に対するゲイン特性(破線L2を参照)と、EPSシステム1におけるヨー応答のゲイン特性(実線L3を参照)と、EPSシステム1におけるロール応答のゲイン特性(実線L4を参照)を重ねて示している。なお、図5(b)のボード線図における縦軸の物理量はヨーレートまたはロールレートである。
【0052】
以上より、本実施形態のEPSシステム1によれば、ヨー応答を低下させることなくロール振動を抑制することが可能となる。
また、車速ゲイン演算部35が、車速センサ11にて検出された車両速度に応じた車速ゲインを演算し、乗算部36が、補正アシスト量演算部31により演算された補正アシスト量と、車速ゲイン演算部35により演算された車速ゲインとの乗算を行うことによりアシスト補償量を補正する。
【0053】
これにより、車両速度に応じてアシスト補償量が補正されるため、車両速度に応じたより適切なアシスト補償量に基づいて基本アシスト量を補正でき、車両速度が考慮された適切な制御の実現が可能となる。
【0054】
以上説明した実施形態において、ステアリングシャフト3は本発明における入力軸、タイヤ10は本発明における操舵輪、インターミディエイトシャフト5とステアリングギアボックス7とタイロッド8とナックルアーム9は本発明における入力伝達手段、トルクセンサ4は本発明におけるトルク検出手段、EPSECU20は本発明における電動パワーステアリング制御装置、基本アシスト量演算部21は本発明における基本アシスト量演算手段、アシスト補償量演算部22は本発明におけるアシスト補償量演算手段、加算部23は本発明におけるアシスト量補正手段、モータ駆動回路24は本発明におけるモータ駆動手段、操舵トルクは本発明におけるハンドル操作信号、推定路面反力は本発明における車両挙動信号、車速センサ11は本発明における車両速度検出手段、車速ゲイン演算部35は本発明における車速ゲイン演算手段、乗算部36は本発明におけるアシスト補償量補正手段である。
【0055】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の形態を採ることができる。
例えば上記実施形態においては、トルクセンサ4にて検出された操舵トルクを用いてヨー応答を制御するものを示したが、車両の運転者によるハンドルの操作が反映された信号として、操舵トルクの代わりに、基本アシスト量またはハンドルの回転角度を示す信号を用いるようにしてもよい。
【0056】
また上記実施形態においては、路面反力推定部34にて推定された推定路面反力を用いてロール応答を制御するものを示したが、車両の挙動が反映された信号として、推定路面反力の代わりに、モータ6の回転角度、モータ6の回転速度、インターミディエイトシャフト5のトルク、ラックのストローク、ラックの推力、タイヤ10の角度、タイヤ10の点横力の何れか1つを示す信号を用いるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0057】
1…電動パワーステアリングシステム、2…ハンドル、3…ステアリングシャフト、4…トルクセンサ、5…インターミディエイトシャフト、6…モータ、7…ステアリングギアボックス、8…タイロッド、9…ナックルアーム、10…タイヤ、11…車速センサ、12…路面、20…EPSECU、21…基本アシスト量演算部、22…アシスト補償量演算部、23…加算部、24…モータ駆動回路、31…補正アシスト量演算部、32…モータ角速度演算部、33…前回値保持部、34…路面反力推定部、35…車速ゲイン演算部、36…乗算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のハンドルに連結され、前記ハンドルが操作されることにより入力されるハンドルトルクによって前記ハンドルとともに回転する入力軸と、
前記入力軸の回転を操舵輪に伝達することにより前記操舵輪を操舵させる入力伝達手段と、
前記入力軸と前記操舵輪のねじれによる操舵トルクを検出するトルク検出手段と、
前記ハンドルの操作による前記操舵輪の操舵時に前記ハンドルの操作を補助するためのアシスト操舵力を発生させるモータと
を備えた電動パワーステアリングシステムに設けられ、前記モータを制御することにより前記アシスト操舵力を制御する電動パワーステアリング制御装置であって、
前記トルク検出手段により検出された操舵トルクに基づいて前記ハンドルの操作を補助するための基本アシスト量を演算する基本アシスト量演算手段と、
前記基本アシスト量演算手段により演算された前記基本アシスト量を補正するためのアシスト補償量を演算するアシスト補償量演算手段と、
前記基本アシスト量演算手段により演算された前記基本アシスト量を、前記アシスト補償量演算手段により演算された前記アシスト補償量によって補正することにより、補正後アシスト量を演算するアシスト量補正手段と、
前記アシスト量補正手段からの前記補正後アシスト量に基づいて前記モータを駆動させるモータ駆動手段とを備え、
前記アシスト補償量演算手段は、
前記車両の運転者による前記ハンドルの操作が反映された信号であるハンドル操作信号と、前記車両の挙動が反映された信号である車両挙動信号とに基づき、2入力1出力の制御形態で、次の(a)および(b)の2つのゲイン特性を満たすように前記アシスト補償量を演算する
ことを特徴とする電動パワーステアリング制御装置。
(a)前記ハンドル操作信号に対する前記アシスト補償量の前記ゲイン特性については、前記ハンドル操作信号の周波数が予め設定された第1設定周波数を超えると、前記ハンドル操作信号の周波数が高くなるにつれて、前記アシスト補償量のゲインが徐々に減少する1次フィルタの形状を有する。
(b)前記車両挙動信号に対する前記アシスト補償量の前記ゲイン特性については、前記車両挙動信号の周波数が、前記第1設定周波数より高くなるように予め設定された第2設定周波数になるまでは、前記車両挙動信号の周波数が高くなるにつれて、前記アシスト補償量のゲインが徐々に増加する、前記車両挙動信号の微分特性を有する。
【請求項2】
前記アシスト補償量演算手段は、前記ハンドル操作信号として、前記操舵トルク、前記基本アシスト量、および前記ハンドルの回転角度の何れか1つを示す信号に基づいて、前記アシスト補償量を演算する
ことを特徴とする請求項1に記載の電動パワーステアリング制御装置。
【請求項3】
前記アシスト補償量演算手段は、前記車両挙動信号として、前記操舵輪が車両の走行路面から受ける力である路面反力、前記モータの回転角度、前記モータの回転速度、インターミディエイトシャフトのトルク、ラックのストローク、ラックの推力、タイヤの角度、タイヤの点横力の何れか1つを示す信号に基づいて、前記アシスト補償量を演算する
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の電動パワーステアリング制御装置。
【請求項4】
前記車両の速度を検出する車両速度検出手段と、
前記車両速度検出手段により検出された前記車両の速度に応じたゲインである車速ゲインを演算する車速ゲイン演算手段と、
前記アシスト補償量演算手段により演算された前記アシスト補償量と前記車速ゲイン演算手段により演算された車速ゲインとの乗算を行うことにより前記アシスト補償量を補正するアシスト補償量補正手段とを備える
ことを特徴とする請求項1〜請求項3の何れか1項に記載の電動パワーステアリング制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−103664(P2013−103664A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−250069(P2011−250069)
【出願日】平成23年11月15日(2011.11.15)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】