説明

電子放出素子,電子銃およびそれを用いた電子ビーム応用装置

【課題】
本発明の課題は、長期間安定な電子放出特性を発揮可能な電子放出素子を提供することにある。また、電子放出素子の耐久性を向上させる。
【解決手段】
上記課題を解決する本願発明の特徴点は、電極に接続するワイヤ部分、該ワイヤ部分に接続する針部分、該針部分に接続されたナノチューブ部分を有する電子放出素子であって、該ワイヤ部分、該針部分、さらには該ワイヤ部分と該針部分との接合剤、該針部分と該ナノチューブ部分との接合剤に炭素を主成分とする材料を用いることにある。また、他の本願発明の特徴点は、ワイヤ部分,針部分を有する電子放出素子で、針部分は先鋭化されており、ワイヤ部分と針部分が炭素で一体に形成されていることにある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子放出素子,電子銃およびそれを搭載した電子ビーム応用装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡の更なる高分解能化を目指し、カーボンナノチューブを電子源に採用する検討がされている。カーボンナノチューブを電子源に用いる場合、カーボンナノチューブを接合する基材としては、タングステン材料が一般的に用いられる。特開2006−269443号公報、(特許文献1)には、タングステン針先端側面にカーボンナノチューブをカーボンコンタミで固定した構造の電子源が開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開2006−269443号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
カーボンナノチューブを用いた電子源では、電子放出部位であるカーボンナノチューブに、なんらかのガス分子が付着すると、エミッション電流が不安定になる。そのため、安定なエミッション電流を得るためには、加熱により付着ガス分子の除去を行うことが必要である。
【0005】
カーボンナノチューブを固定する基材としてタングステンの基材を用いた場合、高温加熱するとカーボンナノチューブとタングステンが反応し、カーボンナノチューブの構造がタングステンにより破壊されるという問題が生じた。そのため、カーボンナノチューブに付着したガス分子の脱離のための加熱を高温・長時間で行うことができず、またカーボンナノチューブが劣化する問題があった。
【0006】
従って、本願の課題は、電子源の耐熱性を向上させることにある。また、電子源を加熱し、電子放出部位に付着したガスを自由に除去することができる電子源を提供することにある。さらにその結果、安定な電子放出特性を発揮し、高分解能を達成した電子ビーム応用装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本願発明の特徴点は、電極に接続するワイヤ部分、該ワイヤ部分に接続された針部分、該針部分に接続されたナノチューブ部分を有する電子放出素子であって、該ワイヤ部分、該針部分、さらには該ワイヤ部分と該針部分との接合剤、該針部分と該ナノチューブ部分との接合剤に炭素を主成分とする材料を用いることにある。また、他の本願発明は、カーボンナノチューブを固定する基材として、炭素を主成分とする材料を用いていることにある。
【0008】
上記のような構成によれば、加熱時のカーボンナノチューブの劣化が抑制され、耐熱性が向上する。その結果、1000℃以上の高温まで電子放出素子を加熱することが可能となる。したがって電子放出部分に吸着したガス分子を数秒以下の短時間で確実に除去できるため、電子放出素子の電子放出特性は安定する。
【発明の効果】
【0009】
上記の本発明によれば、電子放出素子の耐熱性を向上させることが可能となる。また、当該電子放出素子を電子線応用装置に適用することにより、電子放出特性のよい電子線応用装置を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、上記本発明をさらに詳細に説明する。
【0011】
本発明の特徴点は、電極に接続されるワイヤ部と、前記ワイヤ部に接続して、もしくは一体に設けられた針部とを有し、針部が炭素を主成分とする材料よりなることにある。針部は、内部が中実な炭素材よりなり、先端部が先鋭化(先端部の曲率半径が100nm以下程度)されていることが好ましい。
【0012】
ワイヤ部と針部を接続して電子放出素子とする場合には、接合材を接着に使用できる。その接合材は、白金・金などの高融点の金属や、炭素よりなることが好ましい。ピレン・フェナントレイン等のガスの分解物を炭素よりなる接合材として使用できる。また、ワイヤ部も炭素であることが好ましい。
【0013】
電子放出部として、ナノチューブを針部に固定して使用できる。ナノチューブを固定する場合の接合材は、白金・金などの高融点の金属でもよいが、炭素を主成分とする接合材がよい。特に、炭素よりなるものが好ましい。ナノチューブの固定に、炭素と反応し炭化物を形成する金属(タングステン等)を用いると、加熱時にはタングステン基材との反応と同様にナノチューブの腐食が生じる。ナノチューブはカーボンナノチューブのほか、炭素のみではなく、3族,4族および5族の化合物が混入しているナノチューブもよい。また、ナノチューブには、単層のナノチューブ,多層のナノチューブがある。また、棒状の中実構造を有する炭素繊維を電子放出部としてもよい。さらに電子放出部の針状部分の形状を工夫し、カーボンナノチューブを省略することも可能である。
【0014】
電子放出素子は、各種電極等を組み合わせて電子銃とされ、電子ビーム源として使用される。電子銃は、前記のワイヤ部分と接続される陰極、電子放出素子より電子線を放出させるための引き出し電極、放出された電子を加速させるための加速電極を有する。電子銃は、電子顕微鏡装置,電子線描画装置などの電子線応用装置の電子線源として使用される。
【実施例1】
【0015】
実施例1では、電子放出素子の実施例について説明する。図1は本実施例の電子放出素子の構造を示す図である。
【0016】
この電子放出素子は、二箇所で電極に接続されるワイヤ部分101と、左右のワイヤ部分の間に、電子が放出される方向に突出して設けられた針部分102と、針部分の先端部に固定されたナノチューブ部分103から構成される。ワイヤ部分101と針部分102は接合剤104により接合している。ワイヤ部分101および針部分102は、炭素を主成分とした材料からできており、真空中で2000℃以上の耐熱性を有する。本実施例では、このワイヤ部分と針部分との接合剤104には、炭素を主成分とする材料を用いる。また、高融点の金属を接合剤として用いることも可能である。ワイヤ部分と針部分との接合は、炭素や、高融点金属の微粒子を含んだペーストを塗布して、ワイヤ部分101と針部分102を接合し、その後高温で処理する方法で行うことができる。
【0017】
針部分102と電子源となるナノチューブ部分103は、接合剤105により接合されている。本実施例では、この針部分とナノチューブ部分との接合剤105には、炭素を主成分とする材料を用いる。接合は、マニュピレーション機能のついた電子顕微鏡の中で行われる。まず、針部分102とナノチューブ部分103を接近させ、ファンデルワールス力により針部分102の表面にナノチューブ部分103を付着させる。次に、付着部分に電子ビームを照射させながら、炭素系ガス、あるいは金属含有ガスを局所的に流すことにより、炭素あるいは金属を析出させ、針部分102とナノチューブ部分103とを接合する。
【0018】
電子放出素子を使用する際には、電子線の放出の動作の前に、電子放出部分及びその付近に付着したガス分子を脱離させる必要がある。ガス分子の脱離は、ワイヤ部分101に電流を流し、電子放出素子を加熱し、電子放出部分のガス分子を除去する。その後、通常の手法により電子放出素子から電子を放出させる。
【0019】
ガス分子を除去した後に電子を放出させると、電子放出電流の揺らぎは、1%以下であった。このような安定動作は、3ヶ月以上持続させることができる。電子放出部位のガス吸着がないため、安定な電子放出特性で長時間、電子線を放出させることができる。長期間の経過後に、再度のガス吸着により電流が不安定になった場合は、再度ワイヤ部分101に電流を流して電子放出素子を加熱し、ガス分子を脱離させることで電子放出特性を回復させる。
【実施例2】
【0020】
実施例2では、他の電子放出素子の実施例について説明する。図2は本実施例の電子放出素子の構造を示す図である。この電子放出素子は、ワイヤ部分201と針部分202が一体型となっているところが実施例1と異なる。
【0021】
実施例2の電子放出素子は、二箇所で電極に接続されるワイヤ部分201と、左右のワイヤ部分の間に、電子が放出される方向に突出して設けられた針部分202と、針部分の先端部に固定されたナノチューブ部分203から構成される。ワイヤ部分201と針部分202は一体として炭素材により製造される。第2の実施例においても、ワイヤ部分201に電流を流すことにより、電子放出素子を加熱し、電子放出部分およびその付近に付着したガス分子を脱離させ、長時間安定な電子放出特性を得ることができる。
【実施例3】
【0022】
実施例3では、他の電子放出素子の実施例について説明する。図3,図4は本実施例の電子放出素子の構造を示す図である。この電子放出素子は、ナノチューブ部分がなく、針部分302,402を電子源として用いる点が実施例1,2と異なる。
【0023】
図3の電子放出素子は、二箇所で電極に接続されるワイヤ部分301と、左右のワイヤ部分の間に電子が放出される方向に突出して設けられた針部分302とから構成され、ワイヤ部分301と針部分302は接合剤303により接合されている。
【0024】
図4の電子放出素子は、二箇所で電極に接続されるワイヤ部分401と、左右のワイヤ部分の間に、電子が放出される方向に突出して設けられた針部分402とから構成される。ワイヤ部分401と針部分402は一体として炭素を主成分とする材料で製造される。
針部分302,402の先端は、機械切削,電解研磨,集束イオンビーム加工法等により先鋭化されている。先鋭化するほど、比較的低い引出電圧で電子を放出させることができる。先端部の曲率半径が100nm以下程度となることがよい。第3の実施例においても、ワイヤ部分301,401に電流を流すことにより、電子放出素子を加熱し、電子放出部分およびその付近に付着したガス分子を脱離させ、長時間安定な電子放出特性を得ることができる。
【実施例4】
【0025】
実施例4では、本発明の電子放出素子を用いた電子銃の実施例について説明する。図5は、本実施例の電子銃の構成を示す図である。本実施例の電子銃は、カソード電極,カソード電極から電子を放出させるための引出し電極504,電子を加速するための加速電極505により構成される。カソード電極は、本発明の電子放出素子501と、電極502,電極支持台503から構成されている。引出し電極504には、引出し電極電源506により、カソード電極に対してプラス電圧を印加する。また、加速電極505には、加速電極電源507により、カソード電極に対してプラス電圧を印加する。
【0026】
電子放出動作をさせる前には、真空中で電子放出素子501のワイヤ部分に電流を流し、電子放出素子を電流加熱して電子放出部分およびその付近に付着したガスを脱離させる。このガス脱離工程後にエミッション動作をさせると、電子放出部にガス吸着がなく、安定なエミッション特性を有する電子銃を実現することが出来る。さらに、エミッション動作中にガス分子が吸着してエミッション電流が不安定になった場合、再度、電子放出素子501のワイヤ部分に電流を流すことにより、吸着ガス分子を脱離させることにより、安定なエミッション電流を再現することが出来る。
【0027】
また、図6に記載のように、図5の電子銃の引出し電極の代わりに、球面収差の少ない磁界レンズ604を用いることも可能である。このような構成の磁界界浸型の電子銃でも、同様に安定なエミッション特性を有する。
【実施例5】
【0028】
実施例5では、本発明の電子放出素子を搭載した走査型電子顕微鏡の実施例について説明する。図7は、走査型電子顕微鏡の構成を示す図である。
【0029】
走査型電子顕微鏡は、電子銃701と、電子銃から放出される電子ビームを加工するアノード電極702,第一収束レンズ703,第二収束レンズ704,対物レンズ705を有する。また、電子ビームを走査する走査コイル706を最終段に有する。サンプル707上を電子線照射しながら走査することにより、サンプルから放出される二次電子を検出する二次電子検出器708を有する。図7には電子軌道709も同時に示した。検出した二次電子により、サンプル707の拡大像を得ることが可能である。走査型顕微鏡装置の内部は高真空に保持され、装置外部から機械的にサンプル707を移動させたり、回転させたりすることができる。
【0030】
上記の電子銃は、本発明の電子銃であり、走査型電子顕微鏡に搭載することにより、従来装置に比較して安定に動作する走査型電子顕微鏡を実現することができた。また、半導体プロセスにおける微細加工パターンの観察や寸法測定を行う測長用走査型電子顕微鏡も図7とほぼ同様の構成であるため、本発明の電子銃を搭載することにより、同様の効果を得ることができる。
【実施例6】
【0031】
実施例6では、本発明の電子放出素子を搭載した電子線描画装置の実施例について説明する。図8は、電子線描画装置の構成を示す図である。電子線描画装置は、走査型電子顕微鏡の場合と概ね同じ構成を有する。
【0032】
電子銃801と、電子銃から放出される電子ビームを加工するアノード電極802,第一収束レンズ803,第二収束レンズ804,対物レンズ805を有する。また、電子ビームを走査する走査コイル806を最終段に有する。サンプル807上を電子線照射しながら走査することにより、サンプルから放出される二次電子を検出する二次電子検出器808を有する。第一収束レンズ803と第二収束レンズ804の間に、電子ビームをオン/オフするためのブランカー810を設ける点が電子顕微鏡と異なっている。
【0033】
サンプル807には、電子線に感応する電子線レジストが塗布されている。サンプル807に細く絞った電子線を照射し、微細パターンを形成する。電子線描画装置は本発明の電子銃を搭載することにより、従来に比べ、長時間安定な動作を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の第1の実施例の説明図。
【図2】本発明の第2の実施例の説明図。
【図3】本発明の第3の実施例の説明図。
【図4】本発明の第4の実施例の説明図。
【図5】本発明の第5の実施例の説明図。
【図6】本発明の第6の実施例の説明図。
【図7】本発明の第7の実施例の説明図。
【図8】本発明の第8の実施例の説明図。
【符号の説明】
【0035】
101,201,301,401 ワイヤ部分
102,202,302,402 針部分
103,203 ナノチューブ部分
104,303 ワイヤ部分と針部分との接合剤
105 針部分とナノチューブ部分との接合剤
204 針部分とナノチューブ部分の接合剤
501,601 本発明の電子放出素子
502,602 電極
503,603 電極支持台
504 引出し電極
505,605 加速電極
506,606 引出し電極電源
507,607 加速電極電源
604 磁界レンズ
701,801 電子銃
702,802 アノード電極
703,803 第一収束レンズ
704,804 第二集束レンズ
705,805 対物レンズ
706,806 走査コイル
707,807 サンプル
708,808 二次電子検出器
709,809 電子軌道
810 ブランカー
1101 アルミニウム基板
1102 ポーラス陽極酸化膜
1103 炭素膜
1104 ナノチューブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極に接続されるワイヤ部分と、該ワイヤ部分に接合された針部分と、該針部分に接合されたナノチューブ部分から構成される電子放出素子において、該針部分は、炭素を主成分とする材料で構成されていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項2】
請求項1に記載の電子放出素子において、
該ワイヤ部分と該針部分は、炭素を主成分とする接合剤、または白金あるいは金を主成分とする接合剤により接合されていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項3】
請求項1に記載の電子放出素子において、
該針部分と該ナノチューブ部分は、炭素を主成分とする接合剤、または白金あるいは金を主成分とする接合剤により接合されていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項4】
請求項1に記載の電子放出素子において、該ワイヤ部分と該針部分が炭素材料により一体に形成されていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の電子放出素子において、
前記ナノチューブ部分は、3族,4族および5族の少なくとも一種類以上の元素から構成された炭層ナノチューブあるいは多層ナノチューブであることを特徴とする電子放出素子。
【請求項6】
電極に接続されるワイヤ部分と、該ワイヤ部分に接合された針部分とから構成される電子放出素子において、
前記電子放出素子は炭素を主成分とする材料で一体に構成されていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項7】
電極に接続されるワイヤ部分と、該ワイヤ部分に接合された針部分とから構成され、前記ワイヤ部分と前記針部分が炭素を主成分とする接合剤、または白金あるいは金を主成分とする接合剤により接合されている電子放出素子において、前記電子放出素子は炭素を主成分とする材料で構成されていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項8】
請求項6または7に記載の電子放出素子であって、
前記針部分の先端部の曲率半径が100nm以下であることを特徴とする電子放出素子。
【請求項9】
陰極と、該陰極より電子を放出させる引出電極と、前記陰極より放出された電子を加速させる加速電極とを有する電子銃であって、前記陰極は、請求項1ないし8に記載された電子放出素子と、前記電子放出素子を支持する導電性基材とよりなることを特徴とする電子銃。
【請求項10】
請求項9に記載の電子銃を搭載したことを特徴とする電子顕微鏡装置。
【請求項11】
請求項9に記載の電子銃を搭載したことを特徴とする電子線描画装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−129548(P2009−129548A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−299978(P2007−299978)
【出願日】平成19年11月20日(2007.11.20)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】