説明

電子銃のコンディショニング方法および電子線描画装置

【課題】放電発生の判定を正確に行い、電子銃の電極等の有する放電要因を効果的かつ効率的に除去できる電子銃のコンディショニング法および電子線描画装置が提供する。
【解決手段】電子線描画装置1には、電子銃100と、電子銃100の電極に電圧を供給する電圧供給部3と、電子銃100の電極間のリーク電流を検出する電流検出部4と、リーク電流の検出データに基づき電圧供給部3を制御する制御部5が備えられる。制御部5内には、リーク電流の検出データを保存する電流保存部6が設けられる。そして、電子銃100の電極に電圧供給部3から電圧を供給し、電流検出部4がリーク電流を検出し、制御部5が電流保存部6に保存された検出データをオフセットとして用いてリーク電流を評価し、電極間に印加する電圧を制御し、電子銃100のコンディショニング処理を行うようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子銃のコンディショニング方法および電子線描画装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、大規模集積回路(LSI)の高集積化および大容量化に伴い、半導体素子に要求される回路線幅は益々狭く微細なものとなっている。半導体素子は、回路パターンが形成された原画パターン(マスクまたはレチクルを指す。以下では、マスクと総称する。)を用い、いわゆるステッパと呼ばれる縮小投影露光装置でウェハ上にパターンを露光転写して回路形成することにより製造される。こうした微細な回路パターンをウェハに転写するためのマスクの製造には、微細パターンを描画可能な電子線描画装置が用いられる。また、レーザビームを用いて描画するレーザビーム描画装置の開発も試みられている。尚、電子線描画装置は、ウェハに直接パターン回路を描画する場合にも用いられる。
【0003】
電子線リソグラフィ技術は、利用する電子線が荷電粒子ビームであるために、本質的に優れた解像度を有している。このため、ウェハにLSIパターンを転写する際の原版となるマスクまたはレチクルの製造現場においても、電子線リソグラフィ技術が広く一般に使われている。さらに、電子線リソグラフィ技術を用いて、ウェハ上にパターンを直接描画する電子線描画装置がDRAMを代表とする最先端デバイスの開発に適用されている他、一部ASICの生産にも用いられている。
【0004】
電子線リソグラフィ技術を用いる電子線描画装置では電子線を発するための電子銃を有する。
【0005】
図5は、本発明を説明するための電子銃の一例を模式的に示す断面図である。
電子線描画装置に使用される電子銃100は、図5の断面図に示すように、電子光学鏡筒101の上方部に配設され、一対の第1の電極102(102a、102b)、第2の電極103および第3の電極104(例えば、ウェネルト)を有する。
【0006】
ここで、電子線描画装置の動作時には、電子銃100および電子光学鏡筒101の内部が高真空(例えば、10−7Pa程度)にされ、第1の電極102の先端に取り付けられたカソード105と第3の電極104(アノード)の間に、例えば50kV程度の高電圧が印加される。そして、第1の電極102aと102b間に印加される電圧(図示されない)により、六硼化ランタン(LaB)から成るカソード105から熱電子が出射し、上記高電圧により加速されて電子線106として電子光学鏡筒101内に放出される。この電子線106は、電子光学鏡筒101内に設けられた各種レンズ、各種偏向器、ビーム成形アパーチャ等(図示されない)により、所要の形状に成形されて、描画に用いられる。
【0007】
上記の電子銃100において、第3の電極104は、引き出し電極107を通して高電圧源108の負極側に接続され、第1の電極102は、バイアス電源109を介して上記高電圧源108の負極側に接続されている。第3の電極104は、第1の電極102よりも、例えば500V程度負側に高くなる。また、第2の電極103は、高電圧源108の正極側に接続されて接地電位にされる。ここで、図示しないが、例えばステンレス製の第1の電極102a、102b、第2の電極103、第3の電極104の間は、例えば、セラミックス絶縁体により絶縁分離されている。
【0008】
上述したような電子銃100に上記の高電圧が印加されると、その電極表面におけるバリや傷等の突起部、塵埃等の付着物などの放電要因に起因した異常放電が、上記電極間、特に、第2の電極103と第3の電極104間において発生することがある。あるいは、電極間の絶縁体表面における不純物、付着物等の放電要因に起因した大きな沿面放電が生じることがある。このような異常放電の発生頻度は、新しい電子銃の取り付け後、交換後、あるいは電子銃のメンテナンス後であって、電子銃の使用を開始してから数十時間程度の初期段階で高くなる。
【0009】
この異常放電の発生は、例えば、電子線描画装置の高電圧源108の動作時に500V程度の電圧ドロップを引き起こし、その稼動を停止させる。そして、電子線描画の工程における本来必要な電子線が消えてしまい描画精度の悪化により製品歩留まりの低下を引き起こすと共に、描画装置の稼動停止により稼働率低下を生じさせる。
【0010】
そこで、このような異常放電の発生を抑制あるいは防止するために、新しい電子銃の取り付けや交換後、また、電子銃のメンテナンス後において、電子銃のコンディショニング処理(ノッキング処理ともいう。)を施すことが一般的に行われている(例えば、特許文献1参照。)。
【0011】
図6は、コンディショニング方法の一例を説明する図である。この図では、コンディショニングの際に電子銃の電極に印加される電圧波形の一例を示している。
【0012】
電子銃100のコンディショニング処理では、電子光学鏡筒101の下方側に設置されている真空排気装置(図示されない)により、電子光学鏡筒101およびこれに連通している電子銃100内を真空排気して、高真空(例えば10−5Pa)にする。次いで、第1の電極102aと102bとの間の電圧印加を停止し、カソード105から熱電子の出射を止めたままにする。その状態で、第1の電極102にはバイアス電源109を介して、第3の電極104には直接に、それぞれ高電圧源108の負電圧を印加する。また、第2の電極103は、接地電位に固定する。
【0013】
高電圧源108の負電圧の絶対値を、図6に示すように、時間の経過と共に一定の時間間隔で、低い印加電圧から高い電圧にステップ状に徐々に増加させる。例えば、1分間隔で1kV〜5kVずつ昇圧する条件で印加電圧を増加させて、電子銃100のコンディショニング処理を行う。次いで、印加電圧の最高値を、電子銃100の実使用電圧である、例えば、50kVの1.6倍程度である80kVとし、所定の時間、例えば、10分間程度、この最高値の電圧に保持する。そして、異常放電の生じないことを確認して、電子銃100のコンディショニング処理を終了する。一方、この電子銃100のコンディショニング処理の終了判定において、異常放電が生じる場合は、所定の電圧まで降下させ、その降下させた電圧から再度コンディショニング処理を繰り返し、異常放電が生じなくなるまで行う。
【0014】
このようなコンディショニング処理を電子銃100に施すことにより、第1の電極102、第2の電極103、第3の電極104等の電極表面および上記絶縁体表面における放電要因が除去され、電子銃100の耐電圧特性が向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2005−26112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
このように、電子銃のコンディショニング方法では、コンディショニング処理時に異常放電の生じないことを確認して、コンディショニング処理の終了判定を行っている。ここで、異常放電の発生は、電子銃を構成する電極に流れるリーク電流を検出することで確認できる。例えば、一定の閾値を設け、その閾値より大きな電流を検出した場合に、異常放電として判定することができる。
【0017】
このようなリーク電流の検出による異常放電発生の判定は簡便であり、これによって、効果的に放電要因を除去することができる。したがって、効率的な電子銃のコンディショニング処理を可能とするものである。
【0018】
しかしながら、電子線描画装置の高電圧源では、通常の使用時においても電流値の変動があり、これによって、放電が発生していない場合でも検出される電流値が変動するという問題があった。
【0019】
上述の放電発生を判定するための閾値は固定値であることから、上記のような電源の持つ変動は、異常放電の発生判定に影響を与える。すなわち、高電圧源の変動の影響を受け、本来放電と判定されるべきリーク電流の発生が放電判定されないことや、放電では無い小さな値のリーク電流の発生が放電と判定されるなど、正確な放電判定がなされない場合があった。
【0020】
こうした電源の変動の影響を低減するためには、高電圧源の電流キャリブレーションをコンディショニング処理の都度または定期的に行う必要があった。こうした頻繁なキャリブレーションは、電子銃のコンディションニング方法を煩雑なものとし、処理効率を低下させていた。
【0021】
本発明は、上記の問題に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明は、簡便に正確な放電発生判定が可能で、電子銃の電極等の有する放電要因を効果的かつ効率的に除去することができる電子銃のコンディショニング法およびその機能を備えた電子線描画装置を提供することを目的とする。
【0022】
本発明の他の目的および利点は、以下の記載から明らかとなるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明の第1の態様は、電子銃を構成する電極に電圧を印加し、その電極に流れるリーク電流を検出してその電極に印加する電圧を制御する電子銃のコンディショニング方法であって、
リーク電流の検出データを保存し、保存されたリーク電流の検出データをオフセットと見なしてリーク電流の評価をし、電圧を制御することを特徴とするものである。
【0024】
本発明の第1の態様において、オフセットと見なされるリーク電流の検出データは、保存されたリーク電流の検出データの中の最新の検出データであることが好ましい。
【0025】
または、本発明の第1の態様において、オフセットと見なされるリーク電流の検出データは、保存されたリーク電流の検出データから選択された複数の検出データの平均値であることが好ましい。
【0026】
本発明の第1の態様において、リーク電流の基準値を定め、検出されたリーク電流値と基準値との大小関係を評価して電圧を制御することが好ましい。
【0027】
本発明の第2の態様は、電子線を放出する電子銃と、電子銃を構成する電極に電圧を供給する電圧供給手段と、電子銃の電極間に流れるリーク電流を検出するリーク電流検出手段と、リーク電流の検出データを保存するデータ保存手段と、リーク電流の検出データに基づき電圧供給手段を制御するデータ処理手段とを有する電子線描画装置である。そして、電子銃の電極に電圧供給手段から電圧を供給して、リーク電流検出手段がリーク電流を検出し、データ処理手段はデータ保存手段に保存された検出データをオフセットとして用いてリーク電流を評価し、電圧を制御し、電子銃のコンディショニング処理を行うよう構成されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、正確な放電発生の判定が簡便になされ、電子銃の電極等の有する放電要因を効果的かつ効率的に除去することができる電子銃のコンディショニング法が提供される。
【0029】
また、本発明によれば、正確な放電発生の判定が簡便になされ、電子銃の電極等の有する放電要因を効果的かつ効率的に除去することができる電子銃のコンディショニング法を実現できる電子線描画装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本実施の形態における電子線描画装置を示す図である。
【図2】本実施の形態の電子線描画装置の例を示す概略構成図である。
【図3】本実施の形態において、電子銃の電極間に印加する電圧波形の一例を示した図である。
【図4】本実施の形態による電子銃のコンディショニング方法の効果を模式的に示す図である。
【図5】電子銃の一例を模式的に示す断面図である。
【図6】コンディショニング方法の一例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
図1は、高電圧源の変動が電子銃のコンディショニングに及ぼす影響を模式的に説明する図である。
【0032】
電子銃のコンディショニング方法では、上述のように、電子銃を構成する電極に流れるリーク電流を検出し、異常放電の発生を判定している。具体的には、検出電流に一定の閾値(以下、放電検出閾値と称する)を設け、その放電検出閾値より大きな電流を検出したときに、これを放電の発生として判定することができる。
【0033】
例えば、図1に示すように、電子銃の電極に流れるリーク電流を、経過時間(t)に対しプロットした場合、時間T1では、放電が発生し、それによる大量のリーク電流が発生する。すると、大きな電流のピークが形成され、これが放電検出閾値を超えることにより、放電発生として判定される。
【0034】
一方、時間T2においても同様の放電が発生しているが、高電圧源の変動の影響を受けて、バックグランドの電流値が時間T1のときよりも低下している。このため、放電による電流のピークが放電検出閾値を超えず、放電の発生として判定されない。実際には、放電が発生しているにもかかわらず、放電が発生していないという誤った判定がされることになる。
【0035】
また、時間T3では、高電圧源の変動の影響を受けて、バックグランドの電流値が時間T1のときよりも大幅に増大している。このため、放電が発生していないにもかかわらず、検出されるリーク電流の値が放電検出閾値を超え、放電発生として判定される。すなわち、この場合にも正確な放電判定がなされないことになる。
【0036】
そこで、本実施の形態では、放電検出閾値が高電圧源の影響を受けないようにする。例えば、0.3μAというような放電検出閾値を設けるとともに、直前に検出されたリーク電流値またはそれを含む過去に検出されたリーク電流値やそれらの平均値などをオフセットと見なす。そして、検出されたリーク電流値と放電検出閾値との比較評価を行い、放電発生の有無を判定する。これにより、簡便かつ正確に放電発生を判定することができ、また、電子銃の電極等の有する放電要因を効果的かつ効率的に除去することができる。
【0037】
図2は、本実施の形態の電子線描画装置の概略構成図である。
【0038】
図2に示すように、本実施の形態の電子線描画装置1には、電子線を放出する電子銃100と、電子銃に高電圧を供給する電圧供給部3と、電子銃100の電極間に流れるリーク電流を検出する電流検出部4と、電流検出部4で検出されたリーク電流の検出データをモニタし、放電発生の判定をし、電圧供給部3を制御する制御部5とが備えられている。制御部5には、電流検出部4で検出された過去のリーク電流測定結果を保存するデータ保存手段として電流保存部6が設けられている。
【0039】
電子銃100は、上述した図5に示す電子銃100を用いることができる。
【0040】
電圧供給部3は、電圧供給手段を構成し、負極の高電圧に昇圧できる直流の高電圧源を備えている。高電圧源では、その負極側が、図5に示された電子銃100の第1の電極102および第3の電極104に接続され、その正極側が、例えば、放電保護用の抵抗体(図示されない)を介して接地されている。そして、第1の電極102および第3の電極104と第2の電極103の間に、高電圧をステップ状に徐々に増加しながら印加することが可能となっている。この高電圧源は、例えばコンデンサを介して昇圧される周知の多段昇圧式構造になっている。ここで、電圧供給部3の高電圧源としては、電子銃100の実動作に使用される高電圧源がそのまま用いられてもよいし、この実動作のためのものとは別個の電圧可変の高電圧源が使用されるようになっていても構わない。
【0041】
電圧供給部3は、電圧調整手段を備え、制御部5からの指令により、直流の出力電圧を自在に昇圧あるいは降圧する。例えば、その出力電圧を、任意のタイミングで一段高い電圧にステップ状に昇圧するほか、ステップ状に一段あるいは数段低い電圧に降圧する。このようにして、電子銃100の電極間の高電圧が任意のタイミングでステップ状に徐々に増加して印加される。
【0042】
電流検出部4は、リーク電流検出手段を構成する。電流検出部4は、電流計を備えており、図5に示すように、電子銃100の第1の電極102および第3の電極104と、第2の電極103と間に流れるリーク電流を検出する。また、電流検出部4は、A/D変換器を内蔵し、リーク電流をデジタル信号に変換して、リーク電流の検出データを制御部5に供給するようになっている。あるいは、所定の時間間隔でリーク電流値をサンプリングし、その検出データを制御部5に供給するように構成されてもよい。
【0043】
ここで、電流検出部4の備える電流計は、上述した電圧供給部3の高電圧源の正極側の抵抗体に生じる電位を検出するものであってもよいし、例えば、高電圧源の正極側が接地される導線と電磁結合した誘導コイルの電流を計測する構造になっていても構わない。リーク電流は、例えばオシロスコープのような装置で表示できるようになっていると好適である。
【0044】
制御部5は、データ処理手段を構成し、例えば、ノートパソコンなどのコンピュータからなる。また、マイクロプロセッサ(MPU)を内蔵し、各種の演算等のデータ処理を行うとともに、上述の電流保存部6などのメモリ部、入出力部、表示部を備えている。制御部5は、リーク電流の検出データを用いた演算などのデータ処理を行い、併せて、放電発生の判定などを含む、電子銃100のコンディショニング処理における全体の制御を行う。
【0045】
具体的には、制御部5では、電流検出部4でのリーク電流の検出に際し、直前に検出されたリーク電流値またはそれを含む過去に検出されたリーク電流値やそれらの平均値などがオフセットとして扱われる。制御部5は、電流検出部4で検出されたリーク電流の検出データを受取り、リーク電流が検出される毎に、オフセットデータと比較する処理をする。次いで、得られた比較データと設定された放電検出閾値データとを用い、それらの大小関係を演算処理し、処理結果に基づいて放電発生の判定を行う。そして、電圧供給部3に指令を与えて、電圧供給部3からの出力電圧が所要の電圧となるように制御する。
【0046】
制御部5には、電流検出部4で検出されたリーク電流の検出データを保存する電流保存部6が備えられている。電流保存部6は、データ保存手段を構成する。制御部5では、検出されたリーク電流を評価するためのオフセットが、電流保存部6に保存された過去のリーク電流の検出データから求められる。
【0047】
オフセットを求める方法または計算する方法としては、多様な方法が可能であるが、適宜選択して採用することができる。
【0048】
オフセットを求める方法の第1の例としては、電流保存部6に保存された、電流検出部4で過去に検出されたリーク電流の検出データのうち、最も新しい検出データをオフセットとして扱うことが挙げられる。すなわち、検出されたリーク電流と比較するためのオフセットを、電流保存部6に保存された過去のリーク電流の検出データのうちの直近の検出データから求める。
【0049】
オフセットを求める方法の第2の例としては、電流保存部6に保存された、電流検出部4で検出された過去のリーク電流の検出データのうち、複数を選択し、それらの平均値を算出してオフセットとして扱うことが挙げられる。その場合、電流保存部6に保存された過去のリーク電流の検出データのうち、最新のものから新しい順に複数個を選択し、平均値の算出に用いることも可能である。
【0050】
また、上記リーク電流の放電検出閾値については、例えば、0.3μAとするなど、制御部5の入出力部から自在に設定することが可能である。放電検出閾値については、所望の最適な値を設定することが可能である。
【0051】
本実施の形態においては、制御部5において、放電検出閾値を次のように設定することも可能である。
すなわち、電流保存部6に保存された、電流検出部4で検出された過去のリーク電流の検出データのうち、複数の検出データを選択する。次いで、これらの検出データを用いて、標準偏差値を算出する処理を行う。この標準偏差値に所望の数を掛けて所望の倍数化をする演算処理をし、得られた値を用いて放電検出閾値を設定する。
【0052】
尚、制御部5は、圧力検出部(図示されない)と、真空ポンプを備えた真空排気部(図示されない)とを制御して、電子銃100内の真空度が、例えば、10−5Pa程度の一定圧力になるようにしている。真空排気部は、電子線描画装置1の電子光学鏡筒101の減圧に使用される真空排気装置により兼用されることが可能であり、また、それとは別個の、真空ポンプを備えた真空排気装置として備えられても構わない。
【0053】
また、制御部5は、内部にタイマーを備えており、コンディショニング処理の経過時間の制御も行う。
【0054】
次に、本発明の実施形態の電子銃のコンディショニング方法について説明する。
【0055】
図3は、本発明の実施形態の電子銃のコンディショニング方法において、電子銃の電極間に印加する電圧波形の一例を示した図である。
【0056】
本発明の実施形態の電子銃のコンディショニング方法では、制御部5による制御によって、電子銃100内を、例えば、10−5Pa程度の高真空の状態にする。そして、電流検出部4により検出された電子銃100の電極間のリーク電流Iを基準にし、制御部5による自動制御によって、図3に示すように、その電極間の印加電圧をステップ状に増加させ、電子銃100のコンディショニング処理を行う。
【0057】
電子銃100の電極間のリーク電流Iに対しては、上述した放電検出閾値(I)が予め設定されている。放電検出閾値(I)は、電子銃100の電極間の印加電圧Vを一段高い電圧Vに昇圧するための基準となる。この電圧Vは、任意に設定される値であり、例えば1kV〜5kVの範囲で予め決められる。ここでは、放電検出閾値Iは、例えば、0.3μAとする。
【0058】
そして、検出されたリーク電流Iを用い、放電検出閾値(I)との比較がなされる。本実施の形態では、従来のように、直接にそれらの間の大小関係を比較することはしない。すなわち、リーク電流I検出の後、制御部5の電流保存部6に保存された過去のリーク電流Iの検出データが参照される。例えば、過去に検出されたリーク電流の検出データのうち、所定数の検出データが選択され、その平均値がオフセット電流(I)として設定される。尚、初回のリーク電流Iの検出においては、従来通り、検出されたリーク電流Iを用い、直接に放電検出閾値(I)との比較がなされる。
【0059】
オフセット電流(I)をリーク電流Iのオフセットとして扱い、(I−I)≧Iを満たす場合、制御部5により、放電発生の判定がなされる。すると、印加電圧Vは、そのままの電圧値が保持される。放電の発生が止まり、その後の電流検出部4のリーク電流の検出により(I−I)≦Iの関係が満たされるようになったことを確認してから、再び、印加電圧Vの増加が再開される。
【0060】
このようにして、印加電圧Vは、その保持時間がリーク電流Iにより異なったものになり、VminからVmaxまでステップ状に増加する。尚、Vminは、電子銃100の第2の電極103を接地したままに、コンディショニング処理において絶対値が最小になる最小負電圧であり、予め制御部5から設定入力した電圧値である。また、Vmaxは、コンディショニング処理において絶対値が最大になる最大負電圧である。
【0061】
本実施の形態においては、放電検出閾値(I)の他に、第2基準値(I)を設定することも可能である。
その場合、第2基準値(I)は、放電検出閾値(I)より大きい値が設定される。例えば、第2基準値(I)を10μAとすることができる。そして、電子銃100で大きな放電が発生し、リーク電流Iにおいて、(I−I)≧Iの関係が満たされた場合に、印加電圧Vを所定電圧Vだけ降下するようにすることができる。この場合、印加電圧Vは、その保持時間がリーク電流Iにより異なったものになり、VminからVmaxまでステップ状に増加するが、逆に電圧降下が生じる場合もある。
【0062】
コンディショニング処理の終了判定においては、印加電圧VがVmaxに達すると、一定の電圧Vmaxを電子銃100の電極間に印加し保持したままで、その電極間のリーク電流の検出を行う。そして、予め決めた一定時間の間、リーク電流Iが(I−I)<Iの関係を満たせば、電子銃100のコンディショニング処理の第1段階を終了する。尚、印加電圧がVmaxで維持される時間は、例えば、2時間程度に設定される。
【0063】
図4は、本発明の実施形態の電子銃のコンディショニング方法の効果を模式的に示す図である。
図4では、上述の図1と同様、電子銃の電極に流れるリーク電流を、経過時間(t)に対しプロットしている。
【0064】
以上のような、電子銃のコンディショニング方法に従うことにより、電子線描画装置1の電子銃100における放電の発生を正確に判定できるようになる。
すなわち、図4では、電子銃100に放電が発生していない状態で常時検出されるリーク電流値が、バックグラウンドのリーク電流値となり、その経時変化が、図4のグラフのベースラインを構成している。そして、過去に検出された複数のリーク電流の検出データの平均値や、過去に検出されたリーク電流検出値のうちの直近の検出データがオフセットと見なされて、現在の検出によるリーク電流が評価される。
【0065】
その結果、図4に示すように、基本となるリーク電流値が、電流供給部3の高電圧源の変動の影響を受けて変動しても、放電発生の判断において、かかる変動の影響が低減される。
例えば、図4に示すように、時間T1では、放電が発生し、それによる大量のリーク電流が発生する。その場合、時間T1で大きな電流のピークが形成され、これが放電検出閾値を超えることにより、放電発生として判定される。
【0066】
時間T2でも、時間T1と同様の放電が発生しているが、高電圧源の変動の影響を受け、ベースラインの電流値が時間T1のときより低下している。しかし、リーク電流の評価においては、このベースラインの変動が考慮され、図4に示すように、比較対象となる放電検出閾値が見かけ上、補正されることになる。よって、ベースラインの変動の影響は最小限に抑えられ、放電による電流のピークが放電検出閾値を超えることとなって、放電発生として判定される。すなわち、高電圧源の変動によらず、正確な放電判定がなされることになる。
【0067】
また、時間T3では、高電圧源の変動の影響を受け、ベースラインを形成する、基本となるリーク電流値が時間T1のときより大幅に増大している。しかし、リーク電流の評価においては、このベースラインの変動が考慮され、比較対象となる放電検出閾値が見かけ上、補正されることになる。よって、ベースラインの変動の影響は最小限に抑えられ、検出されるリーク電流値が放電検出閾値を超えることはないので、正確な判定がなされる。すなわち、放電発生と判定されることはない。
【0068】
このように、本実施の形態の電子銃のコンディショニング方法では、放電発生によるリーク電流の増大を正確に捕捉でき、放電発生判定を正確かつ簡便に実施することができる。その結果、電子線描画装置の電子銃の電極等の有する放電要因を効果的かつ効率的に除去することができる。
【0069】
尚、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、種々変形して実施することができる。
【0070】
例えば、本実施の形態の電子線描画装置では、高電圧源の影響を低減するために、ハイパスフィルタを併用することが可能である。例えば、図2において、電圧供給部3と電流検出部4との間にハイパスフィルタを設けることができる。また、電流検出部4と制御部5との間にハイパスフィルタを設けることもできる。高電圧源を含む電圧供給部3だけでなく、電流検出部4における変動の影響も低減する点からは、電流検出部4と制御部5との間にハイパスフィルタを設けることが好ましい。また、電圧供給部3と電流検出部4との間と、電流検出部4と制御部5との間の双方に、それぞれハイパスフィルタを設けることもできる。
【0071】
また、本実施の形態の電子銃のコンディショニング方法は、電子線描画装置の電子銃に限られるものではなく、電子顕微鏡などにも好適である。
【符号の説明】
【0072】
1 電子線描画装置
3 電圧供給部
4 電流検出部
5 制御部
6 電流保存部
100 電子銃
101 電子光学鏡筒
102、102a、102b 第1の電極
103 第2の電極
104 第3の電極
105 カソード
106 電子線
107 引き出し電極
108 高電圧源
109 バイアス電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子銃を構成する電極に電圧を印加し、前記電極に流れるリーク電流を検出して前記電極に印加する電圧を制御する電子銃のコンディショニング方法であって、
前記リーク電流の検出データを保存し、保存された前記リーク電流の検出データをオフセットと見なして前記リーク電流の評価をし、前記電圧を制御することを特徴とする電子銃のコンディショニング方法。
【請求項2】
前記オフセットと見なされる前記リーク電流の検出データは、保存された前記リーク電流の検出データの中の最新の検出データであることを特徴とする請求項1に記載の電子銃のコンディショニング方法。
【請求項3】
前記オフセットと見なされる前記リーク電流の検出データは、保存された前記リーク電流の検出データから選択された複数の検出データの平均値であることを特徴とする請求項1に記載の電子銃のコンディショニング方法。
【請求項4】
前記リーク電流の基準値を定め、検出された前記リーク電流値と前記基準値との大小関係を評価して前記電圧を制御することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の電子銃のコンディショニング方法。
【請求項5】
電子線を放出する電子銃と、
前記電子銃を構成する電極に電圧を供給する電圧供給手段と、
前記電子銃の電極間に流れるリーク電流を検出するリーク電流検出手段と、
前記リーク電流の検出データを保存するデータ保存手段と、
前記リーク電流の検出データに基づき前記電圧供給手段を制御するデータ処理手段とを有し、
前記電子銃の前記電極に前記電圧供給手段から電圧を供給して、前記リーク電流検出手段が前記リーク電流を検出し、前記データ処理手段は前記データ保存手段に保存された前記検出データをオフセットとして用いて前記リーク電流を評価し、前記電圧を制御し、前記電子銃のコンディショニング処理を行うよう構成されたことを特徴とする電子線描画装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−124027(P2012−124027A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−273838(P2010−273838)
【出願日】平成22年12月8日(2010.12.8)
【出願人】(504162958)株式会社ニューフレアテクノロジー (669)
【Fターム(参考)】