説明

電子銃及び電子線露光装置

【課題】 反射電子による絶縁碍子のチャージアップを防ぎ、チャージアップが引き起こす微小放電を無くすることができる電子銃を提供する。
【解決手段】 カソード4に負の電圧をかけると、カソード4から飛び出した電子8が接地電位にあるアノード7との間の電圧によって加速され、アパーチャ6に衝突した電子8によって反射電子9が発生する。発生した反射電子9は、接地電位とされている低原子量部材10に衝突し、さらに反射電子を発生させる。反射電子係数は、衝突する物体の原子量が小さいほど小さいので、低原子量部材10との衝突を繰り返すことにより、急激に反射電子の数が減少し、結局、絶縁碍子2に到達する反射電子は極端に少なくなる。よって、絶縁碍子2が反射電子によりチャージアップするのが避けられ、微小放電の発生が防止される。これにより、従来問題となっていた、微小放電に起因する電子線の乱れを無くすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に半導体集積回路等の製造工程においてリソグラフィに用いられる電子線露光装置、及び電子線露光装置の電子線源として使用するのに好適な電子銃に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体に要求されるパターンの線幅が微細となってきたことに伴い、従来の光を利用した露光装置に代わり、露光の高解像と高スループットの両方を兼ね備えた電子線露光装置の開発が進められている。このような電子線露光装置の例は、例えば特開平11−176737号公報(特許文献1)に記載されている。
【0003】
このような電子線露光装置において電子線源として使用される電子銃は、露光装置におけるクーロン効果と色収差を低減し、微細なパターンを精度良く露光転写するために、高電圧のものが使用されるようになってきている。マスク露光装置の場合は数年前までは10kV〜30kVの電子銃が用いられていたが、最近は50kVのものが多く用いられるようになった。またマスク露光装置よりも更に微細パターンを露光する必要がある直接描画装置や、特許文献1に記載されているような電子線露光装置においては更に高い電圧、例えば100kVが用いられるようになってきている。
【0004】
このような電子銃の構成の概要を図3に示す。鉄等の導電体で形成され接地電位とされた円筒状のチャンバ1には、上部突起部1aと下部突起部1bとが設けられている。上部突起部1a、下部突起部1bはそれぞれ中心に円形の孔の開いたドーナツ状の円板である。上部突起部1aには、円筒状の絶縁碍子2が取り付けられ、絶縁碍子2には、ドーナツ状の導電体3を介して、カソード4が取り付けられている。
【0005】
下部突起部1bには、カーボンからなる円筒体5が設けられ、円筒体5には、ドーナツ状の円板のアパーチャ6が設けられている。下部突起部1bの中心部の孔がアノード7に相当する部分となる。前述のように、カソード4に−100kV程度の電圧をかけると、カソード4から飛び出した電子8が接地電位にあるアノード7との間の電圧によって加速され、円筒体5を通して外部に取り出される。
【0006】
アパーチャ6は、電子銃の開口絞りにあたるものであり、電子線の裾野の部分をカットして、全体の電子線の約50%のみを通過させるようになっている。
【0007】
【特許文献1】特開平11−176737号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような電子銃においては、絶縁碍子2とチャンバ1との間で微小放電が発生するという問題点がある。これは、主としてアパーチャ6に衝突した電子により発生するものである。すなわち、加速された電子8がアパーチャ6に衝突すると、反射電子9が発生する。発生した反射電子9は、アパーチャ6に衝突した電子8よりはエネルギーが小さいので、カソード4に達する前に接地電位とされている下部突起部1bに引きつけられて下部突起部1bに衝突し、さらに反射電子を発生させる。
【0009】
このようにして、反射電子の発生と、その反射電子がチャンバ1に衝突して新たに反射電子が発生することが繰り返され、最終的には、図3に示すように、わずかの反射電子が、絶縁碍子2に達して、絶縁碍子2をチャージアップさせる。絶縁碍子2がチャージアップして負の電位となり、その電位の大きさが大きくなると、チャージアップした電子が、接地電位であるチャンバ1との間で微小放電を発生する。
【0010】
そして、この微小放電がカソード4から発生する電子線に微小な変動を与える。電子線露光装置においては、精密な露光転写を行う必要があり、かつ、長時間にわたって安定して露光転写を行うことが要求される。よって、このような微小放電は、露光転写精度を悪化させ、ウエハに形成される微小パターンの精度を悪化させる。
【0011】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、反射電子による絶縁碍子のチャージアップを防ぎ、チャージアップが引き起こす微小放電を無くすることができる電子銃、及びこの電子銃を電子線源として使用した電子線露光装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するための第1の手段は、カソードが、絶縁部材を介して接地電位にあるチャンバ内に保持され、当該チャンバの開口部がアノードとされている電子銃であって、前記カソードを取り囲むチャンバの前記カソードに対面する側の面の少なくとも一部に、低原子量の物質からなる部材が配置されていることを特徴とする電子銃(請求項1)である。
【0013】
一般に電子がある物体に衝突して反射電子を発生させるとき、1個の衝突電子当たりの発生反射電子の数(反射電子係数)は、物体の原子量が小さいほど小さくなり、これにより、物体の原子量が小さいほど、反射電子のエネルギーは絶縁部材に達する反射電子の数は急激に少なくなる。
【0014】
又、1回の衝突についてエネルギーが失われるが、反射電子のエネルギーは、電子が衝突する物体の衝突する物体の原子量が小さければ小さいほど小さくなる。よって、発生する反射電子の飛程が短くなり、衝突回数が多くなって、これによっても反射電子の数が急激に少なくなる。
【0015】
本手段においては、低原子量の物質からなる部材を、カソードを取り囲むチャンバのカソードに対面する側の面の少なくとも一部に配置してあるので、上記の効果により絶縁碍子に到達する電子はほとんど無くなる。よって、絶縁碍子のチャージアップとそれに起因する微小放電を防止することができる。なお、低原子量の物質としては、アルミニウム以下の低原子量の物質が好ましい。
【0016】
前記課題を解決するための第2の手段は、前記1第の手段であって、前記低原子量の物質が、カーボンまたはベリリウムであることを特徴とするもの(請求項2)である。
【0017】
カーボンとベリリウムは、原子量が小さな固体であり、安定しているので、前記部材の材料として最適である。
【0018】
前記課題を解決するための第3の手段は、前記第1の手段又は第2の手段である電子銃を、電子線源として有することを特徴とする電子線露光装置(請求項3)である。
【0019】
本手段においては、電子銃から放出される電子線が微小放電の影響を受けて変化することがないので、安定した露光転写を行うことができ、露光転写精度を向上させることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、反射電子による絶縁碍子のチャージアップを防ぎ、チャージアップが引き起こす微小放電を無くすることができる電子銃、及びこの電子銃を電子線源として使用した電子線露光装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態の例を図を用いて説明する。図1は、本発明の実施の形態の1例である電子銃の概要を示す図である。この電子銃は、図3に示した従来の電子銃と殆ど同じであるが、チャンバ1の内壁中のカソード4に対向する面にカーボン又はベリリウムからなる低原子量部材10が貼り付けられているところのみが異なっている。
【0022】
すなわち、鉄等の導電体で形成され接地電位とされた円筒状のチャンバ1には、上部突起部1aと下部突起部1bとが設けられている。上部突起部1a、下部突起部1bはそれぞれ中心に円形の孔の開いたドーナツ状の円板である。上部突起部1aには、円筒状の絶縁碍子2が取り付けられ、絶縁碍子2には、ドーナツ状の導電体3を介して、カソード4aが取り付けられている。
【0023】
下部突起部1bには、カーボンからなる円筒体5が設けられ、円筒体5には、ドーナツ状のアパーチャ6が設けられている。下部突起部1bの中心部の孔がアノード7に相当する部分となる。前述のように、カソード4aに−100kV程度の電圧をかけると、カソード4aから飛び出した電子8が接地電位にあるアノード7との間の電圧によって加速され、円筒体5を通して外部に取り出される。なお、4bは電子銃電極である。
【0024】
アパーチャ6は、電子銃の開口絞りにあたるものであり、電子線の裾野の部分をカットして、全体の電子線の約50%のみを通過させるようになっている。
【0025】
アパーチャ6に衝突した電子8によって反射電子9が発生する。発生した反射電子9は、アパーチャ6に衝突した電子8よりはエネルギーが小さいので、カソード4に達する前に接地電位とされている低原子量部材10に引きつけられて低原子量部材10に衝突し、さらに反射電子を発生させる。
【0026】
前述のように、1個の電子が物体に衝突したときに発生する反射電子の数を反射電子係数と称するが、反射電子係数は、衝突する物体の原子量が小さいほど小さく、例えば、鉄の場合は0.3程度であるが、カーボンの場合は0.1程度である。従って、例えば、反射電子が、平均的に6回の反射で絶縁碍子2に達する場合には、絶縁碍子4に達する反射電子の数は、衝突する物質がカーボンのとき、鉄のときに比べて(1/3)=1/729となる。
【0027】
さらに、反射電子が衝突する物質の原子量が小さいほど、1回の衝突について失われるエネルギーが大きく、従って反射電子の飛程が短くなって、同じ距離を進むのに必要な衝突回数が増えるので、反射電子は急速にエネルギーを失って、結局、絶縁碍子2に到達する反射電子は極端に少なくなる。よって、絶縁碍子2が反射電子によりチャージアップするのが避けられ、その結果微小放電が発生するのを防止することができる。これにより、従来問題となっていた、微小放電に起因する電子線の乱れを無くすることができる。
【0028】
図2に、本発明の実施の形態の1例である電子線露光装置の電子線光学系の概要を示す。電子線源11から放出された電子線は、照明用レンズ12a、12b、12cにより、レチクル15上を均一に照明する。レチクル15上に形成されたパターンの像は、投影用レンズ16a、16bにより、ウエハ18上に結像し、ウエハ18上のレジストを感光させる。開口角を制限するために開口絞り14が設けられ、レチクル15で散乱された散乱電子をカットするために散乱アパーチャ17が設けられている。また、レチクル15と光学的に共役な位置に、ビーム成形アパーチャ13が設けられ、サブフィールドに対応する領域が照明領域となるように照明領域を制限している。このような電子線光学系を有する電子線露光装置における露光方法は、特許文献1に記載されるものと変わりがないので、特許文献1を援用してその説明を省略する。
【0029】
本実施の形態においては、電子線源11として、図1に示すような構造の電子銃を使用しているので、電子銃から放出される電子線が微小放電の影響を受けて変化することがない。よって、安定した露光転写を行うことができ、露光転写精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施の形態の1例である電子銃の概要を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態の1例である電子線露光装置の電子線光学系の概要を示す図である。
【図3】従来の電子銃の1例を示す図である。
【符号の説明】
【0031】
1…チャンバ、1a…上部突起部、1b…下部突起部、2…絶縁碍子、3…導電体、4a…カソード、4b…電子銃電極、5…円筒体、6…アパーチャ、7…アノード、8…電子、9…反射電子、10…低原子量部材、11…電子線源、12a、12b、12c…照明用レンズ、13…ビーム成形アパーチャ、14…開口絞り、15…レチクル、16a、16b…投影用レンズ、17…散乱アパーチャ、18…ウエハ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カソードが、絶縁部材を介して接地電位にあるチャンバ内に保持され、当該チャンバの開口部がアノードとされている電子銃であって、前記カソードを取り囲むチャンバの前記カソードに対面する側の面の少なくとも一部に、低原子量の物質からなる部材が配置されていることを特徴とする電子銃。
【請求項2】
前記低原子量の物質は、カーボン又はベリリウムであることを特徴とする請求項1に記載の電子銃。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の電子銃を、電子線源として有することを特徴とする電子線露光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−237417(P2006−237417A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−52216(P2005−52216)
【出願日】平成17年2月28日(2005.2.28)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】