説明

電極用チタン材の表面処理方法

【課題】導電性、耐食性、耐水素吸収性に優れた電極用チタン材とするための電極用チタン材の表面処理方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る電極用チタン材の表面処理方法は、純チタン若しくはチタン合金からなるチタン材の表面に10nm以上80nm以下の厚さの酸化チタン層を形成する酸化チタン層形成工程S1と、前記酸化チタン層の上にAu,Pt,Pdから選択される少なくとも1種の貴金属を含む2nm以上の厚さの貴金属層をPVD法によって形成する貴金属層形成工程S2と、前記貴金属層が形成されたチタン材を300℃以上800℃以下の温度で熱処理する熱処理工程S3と、を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極用チタン材に関し、特に、燃料電池用のチタン製セパレータに好適な電極用チタン材の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乾電池等の一次電池や鉛蓄電池等の二次電池とは異なり、水素等の燃料と酸素等の酸化剤を供給し続けることで継続的に電力を取り出すことができる燃料電池は、発電効率が高くシステム規模の大小にあまり影響されず、騒音や振動も少ないため、多様な用途・規模をカバーするエネルギー源として期待されている。そして、燃料電池は、具体的には、固体高分子型燃料電池(PEFC)、アルカリ電解質型燃料電池(AFC)、リン酸型燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩型燃料電池(MCFC)、固体酸化物型燃料電池(SOFC)、バイオ燃料電池等として開発されている。
【0003】
燃料電池の一例として固体高分子型燃料電池を挙げて説明すると、かかる固体高分子型燃料電池は、固体高分子電解質膜をアノード電極とカソード電極とで挟んだものを単一セルとして、セパレータ(あるいはバイポーラプレート)と呼ばれる電極を介して前記単一セルを複数個重ね合わせて構成される。
【0004】
この燃料電池用セパレータの材料には、接触抵抗(電極とセパレータ表面との間で、界面現象のために電圧降下が生じることをいう。)が低く、それがセパレータとしての使用中に長期間維持されるという特性が要求される。この点に加工性および強度の点も合わせて、従来から、アルミニウム合金、ステンレス鋼、ニッケル合金、チタン合金等の金属材料の適用が検討されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、燃料電池用セパレータについて、ステンレス鋼を基材として用い、その表面に金めっきを施して製造する旨が記載されている。また、例えば、特許文献2には、ステンレス鋼やチタン材を基材として用い、その表面に貴金属または貴金属合金を付着させる、あるいは前記基材表面の酸化皮膜を除去した後に、貴金属または貴金属合金を付着させる旨が記載されている。また、例えば、特許文献3には、チタン材を基材として用い、その表面の酸化皮膜を除去した後に、1〜100nmの島状の金めっき部を点在させる旨が記載されている。
【特許文献1】特開平10−228914号公報
【特許文献2】特開2001−6713号公報
【特許文献3】特開2006−97088号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、アルミニウム合金、ステンレス鋼、ニッケル合金、チタン合金等の材料は、燃料電池用セパレータの基材として使用した際に、強酸性、高温、高圧といった燃料電池内部の厳しい環境下で使用されるため、その基材表面に形成される酸化皮膜等により導電性が著しく劣化するという傾向がある。そのため、これらの基材を用いたセパレータは、使用当初の接触抵抗が低くても、これを長期間維持することができず、接触抵抗が経時的に上昇して電流損失を招いてしまっていた。また、腐食により基材から溶出した金属イオンによって固体高分子電解質膜を劣化させてしまっていた。
【0007】
特許文献1〜3に記載されたセパレータは、使用当初の接触抵抗を低くすることは可能であるが、燃料電池内の厳しい酸性雰囲気中に曝された場合、表面の金めっき層等が剥落することで接触抵抗が上昇し、燃料電池の性能が低下するおそれがある。また、金めっき層等が剥落することで腐食が生じ、基材から溶出した金属イオンによって固体高分子電解質膜を劣化させてしまうおそれがある。
【0008】
また、特許文献2や特許文献3に記載されたセパレータは、導電性を高めるために、チタン製の基材の表面の酸化皮膜を除去した後、再度酸化皮膜の形成が起こらないように、例えば真空雰囲気や還元雰囲気等の所定の条件下で、貴金属や導電性樹脂等の導電層を設けている。これは、酸化皮膜を除去することで、導電性を高めることができる一方で、水素が基材に浸入し易くなって、長期的には水素の浸入による基材の脆化が懸念される。
【0009】
ここで、燃料電池用セパレータには、高導電性と高耐食性を両立することが必要であるが、さらに水素極側に用いられるセパレータには、セパレータが水素を吸収して機械的に脆化しないこと(耐水素吸収性)が求められる。しかし、純チタン材やチタン合金材は、材料の特性として水素を吸収して脆化し易く、その水素吸収を抑える一般的な方法としては、表面に酸化チタン層を形成する方法があるが、酸化チタン層は絶縁層であるので、この方法によれば導電性が低下する。
【0010】
本発明は前記問題点に鑑みてなされたものであり、導電性、耐食性、耐水素吸収性に優れた電極用チタン材とするための電極用チタン材の表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決するため鋭意研究したところ、所定の条件でチタン材の表面を処理することによって、導電性、耐食性、耐水素吸収性を向上させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
前記課題を解決した本発明に係る電極用チタン材の表面処理方法は、純チタン若しくはチタン合金からなるチタン材の表面に10nm以上80nm以下の厚さの酸化チタン層を形成する酸化チタン層形成工程と、前記酸化チタン層の上にAu,Pt,Pdから選択される少なくとも1種の貴金属を含む2nm以上の厚さの貴金属層をPVD法によって形成する貴金属層形成工程と、前記貴金属層が形成されたチタン材を300℃以上800℃以下の温度で熱処理する熱処理工程と、を含むことを特徴とする。
【0013】
このように、酸化チタン層形成工程でチタン材の表面に酸化チタン層を特定の厚さで形成することによって、耐水素吸収性を向上させることができる。そして、貴金属層形成工程で貴金属層を形成することによって、耐食性を向上させつつ導電性を向上させることができる。さらに、熱処理工程で熱処理することによって、貴金属層の密着性が向上して剥落し難くなり、また酸化チタン層中の酸素の一部をチタン材中に拡散させて、酸素欠乏型の酸化チタン層とすることで、導電性をいっそう向上させることができる。
【0014】
本発明において、前記酸化チタン層形成工程は、前記チタン材を、大気中において200℃以上600℃以下の温度で熱処理すること、または100V以下の電圧で陽極酸化処理すること、またはチタンの不働態形成雰囲気で酸化処理することが好ましい。これらのいずれかの方法によれば、電極用チタン材の表面に、より高い耐水素吸収性を付与することができる。
【0015】
本発明においては、前記酸化チタン層形成工程を行う前に、非酸化性の酸を含む溶液で、チタン材の表面を酸洗処理する酸洗処理工程を行うことが好ましい。このようにすれば、チタン材の表面に存在する汚れや不均一に形成された自然酸化層を除去することができるため、酸化チタン層形成工程で均一な酸化チタン層を形成することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る電極用チタン材の表面処理方法によれば、純チタン若しくはチタン合金からなるチタン材の表面に酸化チタン層を形成し、さらに貴金属層を形成して、熱処理を行うことで、導電性、耐食性、耐水素吸収性に優れた電極用チタン材とすることができる。
そのため、例えば、本発明の電極用チタン材の表面処理方法で表面処理された電極用チタン材を用いて燃料電池用セパレータを製造し、燃料電池に使用した場合に、優れた導電性、耐食性、耐水素吸収性を長期間維持できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図1を参照して本発明に係る電極用チタン材の表面処理方法について詳細に説明する。図1は、本発明に係る電極用チタン材の表面処理方法のフローを説明するフローチャートである。
図1に示すように、本発明に係る電極用チタン材の表面処理方法は、酸化チタン層形成工程S1と、貴金属層形成工程S2と、熱処理工程S3とを含んでなる。
以下、各工程の内容について説明する。
【0018】
〔酸化チタン層形成工程〕
酸化チタン層形成工程S1は、純チタン若しくはチタン合金からなるチタン材(以下、適宜チタン材という)の表面に10nm以上80nm以下の厚さの酸化チタン層を形成する工程である。
ここで、純チタン若しくはチタン合金としては、例えば、JIS H 4600に規定される1種〜4種の純チタンや、Ti−Al、Ti−Ta、Ti−6Al−4V、Ti−Pd等のチタン合金を挙げることができる。なお、コスト面、加工性の面より、JIS H 4600に規定される1種または2種の純チタンやα合金が好ましいが、本発明において用いることのできる純チタンまたはチタン合金としては、これらに限定されるものではなく、他の金属元素等を含有してなる前記した純チタン相当またはチタン合金相当の組成を有するものも好適に用いることができる。
【0019】
かかるチタン材の板厚は特に限定されるものではないが、例えば燃料電池用のセパレータに使用する場合は、0.05〜0.3mmにすることが好ましい。チタン材の板厚をこのような範囲とすれば、かかる板厚に加工することが比較的容易でありながら、板材としての強度やハンドリング性を備えることができるからである。もちろん、必要に応じて板厚を0.05mm未満としたり、0.3mmを超えたりしてもよいことはいうまでもない。
【0020】
チタン材の表面への酸化チタン層の形成は、(1)大気雰囲気中で熱処理する、(2)100V以下の電圧で陽極酸化処理する、(3)チタンの不働態形成雰囲気で酸化処理する、のいずれかの方法により行うことができる。以下、それぞれの方法について説明する。
【0021】
(大気雰囲気中での熱処理)
一般的な純チタン若しくはチタン合金からなるチタン材の表面には大気中の酸素によって厚さ10nm程度の自然酸化層が形成されているが、状態が不均一であり、電極用チタン材として十分な耐水素吸収性および耐食性を付与するためには、大気雰囲気中で熱処理して均一な酸化層(酸化チタン層)を10nm以上形成することが好ましい。酸化チタン層の厚さが10nm未満であると、十分な耐水素吸収性や耐食性を得ることができないおそれがある。一方、酸化チタン層の厚さが80nmを超えると、十分な導電性を得ることができないおそれがある。かかる酸化チタン層の厚さは、後記するように熱処理の条件(温度、時間)によって調整することができる。酸化チタン層の厚さの測定は、例えば、断面を透過電子顕微鏡(TEM)で観察することにより確認できる。
【0022】
熱処理温度は200℃以上600℃以下とする。大気雰囲気中で600℃を超えて熱処理を行うと、酸化の速度が非常に速くなり、短時間で厚すぎる酸化チタン層が形成されてしまい、後記する貴金属層形成工程S2および熱処理工程S3を行っても、導電性を高くすることが困難となる。一方、熱処理温度が200℃未満であると、酸化チタン層が形成され難い。熱処理温度は、好ましくは250℃以上580℃以下であり、より好ましくは300℃以上550℃以下である。熱処理時間は熱処理温度に応じて適宜調整する必要があり、また熱処理温度にもよるが、熱処理時間は1分間以上5分間以下とすることが好ましい。熱処理時間が1分間未満であると、酸化チタン層の厚さを十分に厚くすることができないおそれがあり、一方、熱処理時間が5分間を超えると、酸化チタン層の厚さが厚くなりすぎるおそれがある。
【0023】
例えば、熱処理温度および熱処理時間と酸化チタン層の厚さとの関係は、次のようになる。200℃で5分間の熱処理を行うと10nm程度の厚さの酸化チタン層となり、300℃で5分間の熱処理を行うと15nm程度の厚さの酸化チタン層となり、400℃で5分間の熱処理を行うと20nm程度の厚さの酸化チタン層となり、500℃で3分間の熱処理を行うと35nm程度の厚さの酸化チタン層となり、600℃で3分間の熱処理を行うと60nm程度の厚さの酸化チタン層となる。さらに、本発明における熱処理温度の範囲を超えて650℃で3分間の熱処理を行うと85nm程度の厚さの酸化チタン層となり、700℃で2分間の熱処理を行うと90nm程度の厚さの酸化チタン層となって、短い熱処理時間で酸化チタン層の厚さが厚くなる。
【0024】
(陽極酸化処理)
純チタン若しくはチタン合金からなるチタン材に陽極酸化処理を行うことによっても、その表面に酸化チタン層を形成することができる。陽極酸化処理で形成される酸化チタン層の厚さは、処理時の電圧にほぼ依存することが分かっており、この電圧が100V以下であれば、酸化チタン層の厚さを80nm以下に制御することができる。したがって、陽極酸化処理における電圧は、100V以下とする。
【0025】
陽極酸化処理に使用する電解液には、硫酸、リン酸、酢酸、ホウ酸等の水溶液が単体、若しくはそれらの混合溶液で用いられる。電解液の種類と濃度、処理温度、電圧、および処理時間の組合せによって形成される酸化チタン層の厚さが変化するので、厚さが10nm以上80nm以下になるように適宜調整する。例えば、電解液に1質量%のリン酸水溶液を用いて室温(20〜25℃)で陽極酸化処理する場合において、20Vで20分間処理すると15nm程度の厚さの酸化チタン層となり、50Vで20分間処理すると40nm程度の厚さの酸化チタン層となり、100Vで20分間処理すると80nm程度の厚さの酸化チタン層となる。
【0026】
(不働態形成雰囲気での酸化処理)
純チタン若しくはチタン合金からなるチタン材に不働態形成雰囲気で酸化処理を行うことによっても、その表面に酸化チタン層を形成することができる。例えば、塩酸水溶液中にチタン材を浸漬する場合、溶液のpHが0.5未満ではチタンが溶解するが、pH0.5以上では不働態皮膜が形成される。このような状態を「不働態形成雰囲気」とする。不働態形成雰囲気での酸化処理の温度と時間を制御することで不働態皮膜すなわち酸化チタン層の厚さを制御することができる。すなわち、酸化チタン層の厚さが10nm以上80nm以下になるように適宜酸化条件を調整すればよい。
【0027】
例えば、pH2の塩酸水溶液を用いる場合において、50℃で240時間処理すると25nm程度の厚さの酸化チタン層となり、100℃で240時間処理すると40nm程度の厚さの酸化チタン層となり、150℃で240時間処理すると70nm程度の厚さの酸化チタン層となる。そして、200℃で240時間処理すると100nm程度の厚さの酸化チタン層となって、酸化チタン層の厚さが厚くなる。
【0028】
前記それぞれの方法によって形成される酸化チタン層は、その方法によって酸化チタンの結晶性が異なる。大気雰囲気中での熱処理により形成される酸化チタン層は結晶質の酸化チタンになり、陽極酸化処理および不働態形成雰囲気での酸化処理により形成される酸化チタン層は非晶質の酸化チタンになる。耐食性および耐水素吸収性に関しては結晶質の酸化チタンの方が優れているが、燃料電池内雰囲気においては、非晶質の酸化チタンでも十分な性能を発揮することが確認されている。したがって、酸化チタン層形成工程S1は、前記いずれの方法で行ってもよく、さらにこれらの方法に限定されるものではなく、チタン材の表面に酸化チタン層を形成することができる他の方法によって行うことも可能である。
【0029】
酸化チタン層形成工程S1を行う前に、チタン材を酸洗処理する酸洗処理工程S11を行うことが好ましい。例えば、チタン材の板厚をおよそ0.3mm以下の薄い板材とした場合は、このような板厚に加工されるまでに熱処理や圧延が行われるため、チタン材表面の汚れの状態や自然酸化層の状態は多種多様にばらついていることが多い。チタン材表面に均一な酸化チタン層を形成させるためにも、チタン材を酸溶液に浸漬して表面の汚れや自然酸化層を除去した後、改めて前記したように酸化チタン層形成工程S1で酸化チタン層を形成することが好ましい。酸洗処理工程S11で用いる酸溶液としては、例えば、フッ化水素酸、塩酸、および硫酸のような非酸化性の酸を単体またはこれらの2種類以上を混合したもの、さらに硝酸および過酸化水素の1種類以上を混合したものを適宜希釈した水溶液が好ましい。例えば、1質量%フッ化水素酸と5質量%硝酸の混合水溶液を用いることができる。また、酸洗処理は、1回で行っても2回以上に分けて行ってもよい。
【0030】
〔貴金属層形成工程〕
貴金属層形成工程S2は、酸化チタン層形成工程S1で形成された酸化チタン層の上にAu,Pt,Pdから選択される少なくとも1種の貴金属を含む2nm以上の厚さの貴金属層をPVD法によって形成する工程である。
【0031】
Au,Pt,Pdは、その表面に不動態皮膜を形成しないにも関わらず耐食性に優れ、かつ遷移金属であるので導電性に優れていることが知られている。したがって、これらの中から適宜選択された貴金属を含む貴金属層を形成することによって、優れた耐食性と導電性を電極用チタン材に付与することが可能となる。
【0032】
貴金属層の厚さは2nm以上とすることが必要である。貴金属層の厚さが2nm未満であると、ピンホールが多すぎるため、後記する熱処理工程S3時に、チタン材の純チタン若しくはチタン合金の酸化がピンホールから貴金属層の下側にまで回り込むため、接触抵抗が下がらない。好ましい貴金属層の厚さは3nm以上であり、さらに好ましい貴金属層の厚さは5nm以上である。一方、貴金属層の厚さの上限については特に限定されるものではないが、貴金属を要するのでコストの観点からは薄い方が好ましく、例えば500nm以下とすることが好ましい。
【0033】
Au,Pt,Pdから選択される少なくとも1種の貴金属を含む貴金属層を形成させる方法としては、例えば、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法等のPVD法を用いる。PVD法は、常温でチタン材上に形成された酸化チタン層の表面に貴金属層を形成することができるため、チタン材に与えるダメージを少なくすることができるだけでなく、比較的広い面積に貴金属層を形成することができるため生産性が向上する。
【0034】
〔熱処理工程〕
熱処理工程S3は、前記のようにして酸化チタン層と貴金属層が形成されたチタン材を300℃以上800℃以下の温度で熱処理する工程である。
貴金属層にはピンホールが存在し、ピンホールに露出した基材は環境と接触するため、酸素が供給され酸化物が形成されるが、本発明においては、ピンホール部分には、酸化チタン層形成工程S1によって形成された酸化チタン層が露出する。一般に、大気雰囲気中での熱処理、陽極酸化処理、不働態形成雰囲気での酸化処理等で形成された酸化チタンは自然酸化層よりも耐食性が高いため、ピンホールに露出した酸化チタンにおいても高い耐食性が得られる。また、酸化チタン層形成工程S1として大気雰囲気中で熱処理され、さらにこの熱処理温度よりも熱処理工程S3の熱処理温度が高い場合には、さらにチタンの酸化が進行し、より高い耐水素吸収性と耐食性を具備した酸化チタン層を形成することができる。
【0035】
また、この熱処理工程S3の熱処理により、貴金属層と酸化チタン層においてそれぞれの元素が相互に拡散して、これら2層の密着性が高まるとともに、導電性が高まる。また、酸化チタン層は、表面の貴金属層により酸素の供給が遮断された状態で熱処理されるため、酸化チタン層の酸素がチタン材側へと拡散し、一部または全部が、酸素が欠乏した状態の酸化チタン(酸素欠乏傾斜構造を有する酸化チタン)に変化する。この酸素が欠乏した状態の酸化チタンは、化学量論比よりも酸素が欠乏すると導電性が高くなるn型半導体と同様の状態となるため、導電性を向上させることができると考えられる。
【0036】
このような効果を得るためには、熱処理工程S3の熱処理温度が300℃以上800℃以下とすることが必要である。かかる熱処理温度が300℃未満であると、貴金属層と酸化チタン層の元素が相互に拡散し難く、密着性の向上や導電性の向上が十分に行われない。一方、かかる熱処理温度が800℃を超えると、貴金属層と酸化チタン層の元素の拡散速度が速すぎるため、貴金属とチタンまたはチタン合金が相互に拡散しすぎてしまう。そのため、貴金属層の表面にまでチタンが拡散してきて雰囲気の酸素と結び付き、自然酸化した酸化チタン層を形成するため、却って接触抵抗が増大して導電性が劣化することとなる。好ましい熱処理温度は330℃以上750℃以下であり、さらに好ましい熱処理温度は350℃以上700℃以下である。なお、このような温度範囲でも長時間熱処理すると、貴金属層の表面にまでチタンが拡散してきて、前記したように自然酸化した酸化チタン層を形成するため、熱処理時間を熱処理温度に対して適宜調整する必要がある。
【0037】
前記貴金属層における貴金属の中でもAuやPtは、酸素が存在する大気雰囲気で熱処理しても、酸化皮膜を形成しないため低い接触抵抗を得ることができる。したがって、AuやPtを貴金属層に用いれば、大気中で熱処理でき、不活性ガスや還元ガスを用いた雰囲気熱処理や真空熱処理のように雰囲気の調整を必要としないため、短時間で大量の処理ができ、生産性が高く処理コストが安価となるという利点もある。
一方、Pdを貴金属層に用いた場合は、1Pa以下の雰囲気で熱処理することが好ましい。このような雰囲気であれば、熱処理してもPdが酸化され難くすることができるとともに、前記したように、酸化チタン層を酸素が欠乏した状態の酸化チタンとすることが可能であるため、優れた導電性を得ることができる。
【0038】
熱処理工程S3は、少なくとも300℃以上800℃以下の熱処理温度で熱処理を行うことができ、好ましくは雰囲気調整ができる熱処理炉であれば、電気炉、ガス炉等、どのような熱処理炉でも用いることができる。
【実施例】
【0039】
以下に、本発明の効果を確認した実施例を、本発明の要件を満たさない比較例と比較して説明する。
【0040】
〔第1実施例〕
第1実施例では、酸化チタン層形成工程S1として大気雰囲気中での熱処理による表面処理方法の評価を行った。
(試験板の表面処理)
用いた試験板は、次のようにして処理した。まず、JIS H 4600に規定される1種の純チタンからなるチタン材(幅2cm×長さ5cm×厚さ0.2mm)を、酸洗処理工程S11として、アセトン中で超音波洗浄した後、1質量%フッ化水素酸と5質量%硝酸の混合水溶液で酸洗処理し、純水で洗浄して乾燥させた。その後、酸化チタン層形成工程S1として、表1に示す熱処理条件(温度、時間)で大気雰囲気中での熱処理を行った。この熱処理した試験板表面に形成された酸化チタン層の厚さを、透過電子顕微鏡(TEM)観察により測定し、表1に併せて示した。
【0041】
TEMの観察用に、試験板を切り出して、その切断面を集束イオンビーム加工装置(日立製作所製FB−2000A)で加工して、100nm以下に薄くして試験片とした。この観察用試験片を、TEM(日立製作所製HF−2000電界放射型透過電子顕微鏡)により、加速電圧200kVの条件で観察することで、酸化チタン層の厚さを測定した。
【0042】
次に、貴金属層形成工程S2として、酸化チタン層形成後のチタン材に、スパッタリング法により貴金属層を形成した。マグネトロンスパッタリング装置のチャンバー内の基板台にチタン材を設置し、表1に示す種類の貴金属のターゲットをチャンバー内の電極に取り付けた後、チャンバー内を0.00133Pa(1×10−5Torr)以下の真空に排気した。次に、アルゴンガスをチャンバー内に導入し、圧力が0.266Pa(2×10−3Torr)となるように調整した。その後、貴金属のターゲットを取り付けた電極にRF(高周波)を印加してアルゴンガスを励起し、アルゴンプラズマを発生させることにより貴金属のスパッタリングを行い、チタン材の表面に表1に示す厚さの貴金属層を形成した。さらに、チタン材を裏返して、同様の方法でチタン材の裏面にも同じ貴金属層を形成した。貴金属のターゲットとしてはAu,PtまたはPdを用いたが、貴金属層の形成条件は全て同条件で行った。
最後に熱処理工程S3として、両面に貴金属層を形成したチタン材を、表1に示す雰囲気(大気または0.0067Paの真空)、温度、時間で熱処理し、試験板1〜12とした。
【0043】
また、比較例として、チタン材に貴金属層のみを形成した試験板13,14を作製した。まず、試験板1〜12と同じく、JIS H 4600に規定される1種の純チタンからなるチタン材(幅2cm×長さ5cm×厚さ0.2mm)を、アセトン中で超音波洗浄した。このチタン材をマグネトロンスパッタリング装置のチャンバー内の基板台に設置し、チャンバー内を0.00133Pa(1×10−5Torr)に排気した後、チャンバー内に設置してあるイオンガンにアルゴンガスを流して、チャンバー内圧力を0.0267Pa(2×10−4Torr)に調整した。その後、フィラメント電流4.0A、放電電圧60V、ビーム電圧500V、加速電圧500Vの条件でアルゴンイオンビームを発生させ、チタン材表面に対して45°の角度で当該アルゴンイオンビームを5分間照射することにより、チタン材表面の自然酸化層を除去した。
【0044】
次に、チタン材をチャンバー内に設置したまま、試験板1,3と同じ条件でスパッタリング法を行うことにより、チタン材にAuまたはPtの貴金属層を厚さ10nmで形成した。さらに、チタン材を裏返して、自然酸化層の除去および貴金属層の形成を同様に行って、試験板13,14とした。
【0045】
【表1】

【0046】
(導電性および耐食性の評価)
導電性および耐食性を確認するための試験は、試験板1〜12について、その接触抵抗値を、初期値および80℃の硫酸水溶液(pH2)に1000時間浸漬した後の値をそれぞれ測定して比較することにより行った。接触抵抗の初期値および硫酸水溶液に1000時間浸漬した後の接触抵抗値を表1に示す。
【0047】
試験板の接触抵抗値は、図2に示す接触抵抗測定装置10を用いて測定した。なお、図2は、接触抵抗の測定方法を説明する説明図である。
図2に示すように、試験板の両面をカーボンクロスC,Cで挟み、さらにその外側を接触面積1cmの銅電極11で荷重98N(10kgf)に加圧し、直流電流電源12を用いて7.4mAの電流を通電し、当該カーボンクロスC,C間に印加される電圧を電圧計13で測定して接触抵抗値を算出した。
導電性および耐食性の合格基準は、硫酸水溶液に1000時間浸漬した後の接触抵抗値が10mΩ・cm以下であるものとした。
【0048】
表1に示すように、試験板1〜9は、表面処理の条件が本発明の範囲であるので、接触抵抗の初期値が低く、硫酸水溶液に1000時間浸漬した後の接触抵抗値も10mΩ・cm以下であり、優れた導電性および耐食性を有する電極用チタン材であることが分かる(実施例)。
一方、試験板10〜12は、いずれも接触抵抗の初期値および硫酸水溶液浸漬後の値が高かった(比較例)。試験板10は、熱処理工程S3における処理温度が本発明の温度範囲よりも低いため、酸化チタン層の導電性が十分に高くならなかったためと考えられる。試験板11は、熱処理工程S3における処理温度が本発明の温度範囲よりも高いため、貴金属層とチタン材で元素が相互に拡散しすぎてしまい、その結果、試験板の最表面にまでチタンが拡散してきて自然酸化した酸化チタン層を形成して導電性が低下したと考えられる。また、試験板12は、酸化チタン層形成工程S1(大気雰囲気中での熱処理)における処理温度が本発明の温度範囲よりも高いことで、酸化チタン層が本発明の範囲を超えて厚く形成されたため、導電性が低下したと考えられる。
【0049】
(耐水素吸収性の評価)
耐水素吸収性を確認するための試験は、試験板1〜7,13,14について、試験板の水素濃度を測定することにより行った。試験板を、水と0.3MPa(3atm)の水素が入った密閉容器の気相部に入れ、これを150℃で加熱することにより湿度約100%に加湿した純水素(純度99.9%)雰囲気中で500時間曝露した。次に、不活性ガス(Ar)気流中で、黒鉛るつぼに入れた試験板を錫(高純度化学研究所製)とともに黒鉛抵抗加熱方式によって融解加熱することで、水素を他のガスとともに抽出し、抽出したガスを分離カラムに通して水素を他のガスと分離した。分離した水素を熱伝導度検出器に搬送して水素による熱伝導度の変化を測定する(不活性ガス融解−ガスクロマトグラフ法)ことにより、試験板1〜7,13,14の水素濃度を測定した。
【0050】
試験板1〜7,13,14の水素濃度を表1に示す。耐水素吸収性の合格基準は、水素濃度が70ppm以下のものとした。なお、通常のチタン材中に含まれる水素濃度はおよそ25〜35ppmである。
【0051】
表1に示すように、試験板1〜7は水素濃度が低く、水素をほとんど吸収しないことが確認された(実施例)。
一方、貴金属層とチタン材の間に酸化チタン層が存在しない試験板13,14は、水素濃度が高く、明らかに水素を吸収していることが確認された(比較例)。したがって、試験板13,14は、電極用チタン材としては、長期的には水素を吸収することによる脆化が懸念される。
【0052】
〔第2実施例〕
第2実施例では、酸化チタン層形成工程S1として陽極酸化処理による表面処理方法の評価を行った。
(試験板の表面処理)
用いた試験板は、次のようにして処理した。まず、JIS H 4600に規定される1種の純チタンからなるチタン材(幅2cm×長さ5cm×厚さ1mm)を、酸洗処理工程S11として、アセトン中で超音波洗浄した後、4質量%フッ化水素酸水溶液で一次酸洗処理し、次いで0.5質量%フッ化水素酸と5質量%過酸化水素の混合水溶液で二次酸洗処理後、純水で洗浄して乾燥させた。その後、酸化チタン層形成工程S1として、室温の1質量%リン酸水溶液中にて表2に示す電圧および保持時間で陽極酸化処理を行った。この陽極酸化処理した試験板表面に形成された酸化チタン層の厚さを、第1実施例と同様の方法でTEM観察により測定し、表2に併せて示した。
次に、酸化チタン層形成後のチタン材を、実施例1と同様の方法で、貴金属層形成工程S2、熱処理工程S3をそれぞれ表2に示す条件で行い、試験板15〜19とした。
【0053】
(評価)
試験板15〜19について、導電性および耐食性の評価として、実施例1と同様に、初期値および硫酸水溶液に1000時間浸漬した後の接触抵抗値をそれぞれ測定した。また、試験板15〜19について、耐水素吸収性の評価として、実施例1と同様に、150℃で500時間の水素曝露後の試験板の水素濃度を測定した。試験板15〜19の接触抵抗値および水素濃度を表2に示す。
【0054】
【表2】

【0055】
表2に示すように、試験板15〜18は、陽極酸化処理の条件が本発明の範囲であるので、接触抵抗の初期値が低く、硫酸水溶液に1000時間浸漬した後の接触抵抗値も10mΩ・cm以下であり、優れた導電性および耐食性を有する電極用チタン材であることが分かる(実施例)。
一方、試験板19は、陽極酸化処理における電圧が本発明の電圧範囲よりも高いため、酸化チタン層の厚さが本発明の範囲を超えて厚く形成され、導電性が低下して接触抵抗が初期値で10mΩ・cmを超えた(比較例)。
また、表2に示すように、試験板15〜18は、いずれも水素濃度が40ppm未満の低い値であり、陽極酸化処理で形成された酸化チタン層によっても、水素をほとんど吸収せず、耐水素吸収性に優れた電極用チタン材となることを確認した。
【0056】
〔第3実施例〕
第3実施例では、酸化チタン層形成工程S1として不働態形成雰囲気での酸化処理による表面処理方法の評価を行った。
(試験板の表面処理)
用いた試験板は、次のようにして処理した。まず、JIS H 4600に規定される1種の純チタンからなるチタン材(幅2cm×長さ5cm×厚さ1mm)を、酸洗処理工程S11として、アセトン中で超音波洗浄した後、1質量%フッ化水素酸と5質量%硝酸の混合水溶液で酸洗処理し、純水で洗浄して乾燥させた。次に、酸化チタン層形成工程S1として、不働態形成雰囲気で酸化処理を行った。テフロン(登録商標)ライニングを施した容量0.3Lのチタン製容器に、チタン材および0.2Lの塩酸水溶液(pH2)を入れて容器を密閉した。そして、チタン製オートクレーブに入れた純水中に前記容器を浸漬し、オートクレーブを密閉して表3に示す温度および保持時間で保持した。その後、オートクレーブおよびチタン製容器を開放してチタン材を取り出し、純水で洗浄して乾燥させ、酸化処理したチタン材を得た。この酸化処理した試験板表面に形成された酸化チタン層の厚さを、第1実施例と同様の方法でTEM観察により測定し、表3に併せて示した。
次に、酸化チタン層形成後のチタン材を、実施例1と同様の方法で、貴金属層形成工程S2、熱処理工程S3をそれぞれ表3に示す条件で行い、試験板20〜23とした。
【0057】
(評価)
試験板20〜23について、導電性および耐食性の評価として、実施例1と同様に、初期値および硫酸水溶液に1000時間浸漬した後の接触抵抗値をそれぞれ測定した。また、試験板20〜23について、耐水素吸収性の評価として、実施例1と同様に、150℃で500時間の水素曝露後の試験板の水素濃度を測定した。試験板20〜23の接触抵抗値および水素濃度を表3に示す。
【0058】
【表3】

【0059】
表3に示すように、試験板20〜22については接触抵抗の初期値が低く、硫酸水溶液に1000時間浸漬した後の接触抵抗値も10mΩ・cm以下であることから、優れた導電性および耐食性を有する電極用チタン材であることが分かる(実施例)。
一方、試験板23は、不働態形成雰囲気での酸化処理で、酸化チタン層の厚さが本発明の範囲を超えて厚く形成され、導電性が低下して接触抵抗が初期値で10mΩ・cmを超えた(比較例)。
また、表3に示すように、試験板20〜22は、いずれも水素濃度が40ppm未満の低い値であり、不働態形成雰囲気での酸化処理で形成された酸化チタン層によっても、水素をほとんど吸収せず、耐水素吸収性に優れた電極用チタン材となることを確認した。
【0060】
以上、本発明に係る電極用チタン材の表面処理方法について、発明を実施するための最良の形態および実施例により具体的に説明したが、本発明の趣旨はこれらの記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈されなければならない。また、これらの記載に基づいて種々変更、改変等したものも本発明の趣旨に含まれることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明に係る電極用チタン材の表面処理方法のフローを説明するフローチャートである。
【図2】接触抵抗の測定方法を説明する説明図である。
【符号の説明】
【0062】
S1 酸化チタン層形成工程
S2 貴金属層形成工程
S3 熱処理工程
S11 酸洗処理工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
純チタン若しくはチタン合金からなるチタン材の表面に10nm以上80nm以下の厚さの酸化チタン層を形成する酸化チタン層形成工程と、
前記酸化チタン層の上に、Au,Pt,Pdから選択される少なくとも1種の貴金属を含む2nm以上の厚さの貴金属層をPVD法によって形成する貴金属層形成工程と、
前記貴金属層が形成されたチタン材を300℃以上800℃以下の温度で熱処理する熱処理工程と、
を含むことを特徴とする電極用チタン材の表面処理方法。
【請求項2】
前記酸化チタン層形成工程が、大気中において200℃以上600℃以下の温度で熱処理することを特徴とする請求項1に記載の電極用チタン材の表面処理方法。
【請求項3】
前記酸化チタン層形成工程が、100V以下の電圧で陽極酸化処理することを特徴とする請求項1に記載の電極用チタン材の表面処理方法。
【請求項4】
前記酸化チタン層形成工程が、チタンの不働態形成雰囲気で酸化処理することを特徴とする請求項1に記載の電極用チタン材の表面処理方法。
【請求項5】
前記酸化チタン層形成工程を行う前に、非酸化性の酸を含む溶液で、前記チタン材の表面の自然酸化層を除去する酸洗処理工程を行うことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の電極用チタン材の表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−228123(P2009−228123A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−190011(P2008−190011)
【出願日】平成20年7月23日(2008.7.23)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】