説明

電気自動車用減速差動装置

【課題】遊星ギヤ型の減速機と差動装置とからなる自動車用減速差動装置において、潤滑手段として油浴潤滑を採用して装置の小型化・軽量化を図り、1充電当たりの走行距離を延ばす一方、掻き上げ手段として特別の部品を加える必要がなく、また潤滑油を装置各部に十分に行き渡らせることである。
【解決手段】電動モータ11、遊星ギヤ型の減速機12及び差動装置13、潤滑手段14の組み合わせからなり、前記潤滑手段14として油浴潤滑が採用された電気自動車用減速差動装置において、前記減速機12及び差動装置13の各キャリヤ32、54の回転半径が潤滑油中に潜る大きさに形成され、前記各キャリヤ32、54の外周面に掻き上げ用の凸部46が設けられた構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、モータを駆動源とした電気自動車用減速差動装置に関し、特に小型軽量化することで、レイアウト上の制限を減少し、1充電当たりの走行距離を延ばすことに特長がある。
【背景技術】
【0002】
自動車用減速差動装置として従来から知られているものは、電動モータ、遊星ギヤ型減速機、遊星ギヤ型差動装置及び潤滑手段の組み合わせにより構成されている。前記減速機は前記電動モータの出力シャフトと一体化された入力シャフトを備え、前記差動装置は前記減速機の減速出力を入力とするとともに同軸上で対向した2出力シャフトを備えている。前記の2出力シャフトに左右の車輪に作用する負荷の差に応じた回転を分配出力するように構成されている(特許文献1、2)。
【0003】
前記減速機は、電気自動車においては、電動モータが小型・軽量化され高速回転するため、これを減速して車輪に伝達する必要があることから設けられる。また、差動装置に遊星ギヤ機構が用いられるのは、傘歯車型のものに比べて軸方向の長さが小さくなり装置全体を小型化できることなどの理由による。さらに、小型化の要請から、前記差動装置に設けられる2出力シャフトのうち一方の出力シャフトを減速機入力シャフト及びモータ出力シャフトの内部を貫通させる構造が採られる。
【0004】
また、前記減速差動装置の潤滑手段として、油圧ポンプとその油圧ポンプ駆動用の電動モータを装備することも従来から知られている(特許文献3)。また、潤滑油の供給量に制限を受ける油浴潤滑の場合において、ギヤの耐久性を向上させるために、装置を構成する多数のギヤの歯面に粗面加工を施して油膜を形成し易くすることも知られている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−42656号公報
【特許文献2】特開平7−323741号
【特許文献3】特開平11−190417号公報
【特許文献4】特開2009−127842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
潤滑手段として前記のような油圧ポンプを用いれば、各部に潤滑油を十分に供給できることはいうまでもないが、油圧ポンプを用いると、その容積分だけ装置が大型化し、重量が増す問題がある。また、油圧ポンプを駆動する電動モータが電力を消費することになるため、1充電当たりの走行距離を少しでも延ばしたい電気自動車にとっては好ましくない問題である。
【0007】
このため、油圧ポンプに代わる潤滑手段として、油浴潤滑(いわゆる、跳ね掛け式潤滑)を採用することにより、装置の小型化・軽量化を図りレイアウト上の制限を減少させ、1充電当たりの走行距離を延ばすことが考えられる。
【0008】
しかし、油浴潤滑の場合は、前記の掻き上げ手段によって掻き上げた潤滑油を単に跳ね掛けるだけであるから、潤滑が必要な軸受やギヤ等のすべてに潤滑油を十分行き渡らせることが難しいという問題がある。
【0009】
そこで、この発明は、前記の潤滑手段として油浴潤滑を採用して装置の小型化・軽量化を図りレイアウト上の制限を減少させ、1充電当たりの走行距離を延ばす一方、減速機と差動装置の両方において、掻き上げ手段として特別の部品を加える必要のない油浴潤滑を実現することを一つの課題とする。
【0010】
また、前記の油浴潤滑を採用した場合において、必要な個所に潤滑油を十分行き渡らせるようにすることを他の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の課題を解決するために、この発明は、電動モータ、遊星ギヤ型の減速機、遊星ギヤ型の差動装置及び潤滑手段の組み合わせからなり、前記減速機は前記電動モータのモータ出力シャフトと一体化された減速機入力シャフトを備え、前記差動装置は前記減速機の減速出力を入力とし、同軸上で対向した2出力シャフトを備え、その2出力シャフトに差動回転を分配出力するように構成され、前記潤滑手段として油浴潤滑が採用され、その油浴潤滑によって前記減速機及び差動装置の可動部分に潤滑油を供給するようにした電気自動車用減速差動装置において、前記潤滑油の油面の高さの下限が前記差動装置に設けられた差動側ダブルピニオンギヤのうち径方向外側に配置されたピニオンギヤPCDの最下点に設定され、同じく上限が前記2出力シャフトの支持軸受の転動体PCDの各最下点のうち高い方の最下点に設定された構成を採用したものである。
【0012】
減速側キャリヤ及び差動側キャリヤは、それぞれ減速機及び差動装置を構成する遊星ギヤ機構に必須の部材であり、油浴潤滑を採用したことによって追加が必要となったものではない。したがって、新たな部品の追加は不要であるので、油浴潤滑の採用による装置の小型化・軽量化のメリットを損なうことがない。
【0013】
また、前記の各キャリヤに軸方向に貫通した潤滑穴を設ける構成を採用することで、潤滑油の軸方向への移動が容易となり、必要な部分、特に各キャリヤに支持されるピニオンシャフト部への潤滑油を導き易くなる。差動側キャリヤにおいては、その近傍に配置される第二出力シャフトへ潤滑油を導き易くなる。
【0014】
装置の減速機側の端部に配置される入力シャフト支持軸受への潤滑油の供給が不足しがちであるが、前記減速側キャリヤの内径を前記入力シャフト支持軸受の内輪外径より大に設定することにより、入力シャフトと当該キャリヤの内径との間に給油すき間が形成される。これにより、減速機内部から入力シャフト支持軸受への潤滑油の供給経路が確保される。
【発明の効果】
【0015】
以上のように、この発明によれば、油浴潤滑を採用したことにより、油圧ポンプを用いなくても各部材の潤滑を良好に保つことができ、小型・軽量化により、自動車のレイアウト上の制限を著しく減少させ、また、1充電当たりの走行距離を延ばすことができる。
【0016】
また、油浴潤滑のための掻き上げ手段としては、減速機及び差動装置に必須の部材である減速側及び差動側キャリヤに掻き上げ手段として凹部又は凸部を設けた構成を採り、その凹部又は凸部が潤滑油中を潜る構成したものであるため、部材の増加をもたらすことがなく、油浴潤滑を採用したことによる前記のメリットを損なうことがない。
【0017】
さらに、前記の各キャリヤに潤滑穴を設けることにより、潤滑油の軸方向への移動が可能となり、潤滑の必要な部分へ確実に潤滑油を供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、実施形態1の断面図である。
【図2】図2は、同上の一部拡大断面図である。
【図3】図3は、図1のX1−X1線の断面図である。
【図4】図4(a)は、減速側サンギヤの正面図、図4(b)は図4(a)のX2−X2線の断面図である。
【図5】図5(a)は、減速側キャリヤの正面図、図5(b)は図5(a)のX3−X3線の断面図である。
【図6】図6は、図1のX4−X4線の断面図である。
【図7】図7(a)は、差動側サンギヤの正面図、図7(b)は図7(a)のX5−X5線の断面図である。
【図8】図8(a)は、差動側キャリヤの正面図、図9(b)は図9(a)のX6−X6線の断面図である。
【図9】図9(a)は、差動側キャリヤ補助部材の正面図、図8(b)は図8(a)のX7−X7線の断面図である。
【図10】図10は、実施形態1の要部の分解断面図である。
【図11】図11は、実施形態2のギヤの一部を示す拡大斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、この発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
[実施形態1]
【0020】
図1から図10に示したように、実施形態1に係る電気自動車用減速差動装置は、電動モータ11、その電動モータ11と同軸状態に軸方向に配置された遊星ギヤ型の減速機12、その減速機12と同軸状態に軸方向に配置された遊星ギヤ型の差動装置13及び前記減速機12と差動装置13に共通の油浴潤滑手段14とによって構成される。
【0021】
これらの装置を収納したケーシング15は、電動モータ11を収納したモータケーシング15aと、減速機12及び差動装置13を収納した減速差動ケーシング15b並びにケーシング蓋15cを組み合わせたものである。モータケーシング15aの一端部が開放され、その開放端が減速差動ケーシング15bによって閉塞されている。減速差動ケーシング15bも一端が開放され、その開放端がケーシング蓋15cによって閉塞されている。
【0022】
電動モータ11は前記モータケーシング15aの内周面に固定されたステータ16と、その内径側においてモータ出力シャフト17にコア18と一体に取り付けられたロータ19によって構成される。
【0023】
前記モータ出力シャフト17は中空であり、その外端部はモータケーシング15aとの間に介在された出力シャフト支持軸受21によって支持され、内端部は減速機12のセンターに挿入される。前記出力シャフト支持軸受21はシール付き深溝玉軸受によって構成される。前記モータ出力シャフト17のうち減速機12に挿入された部分は、減速機入力シャフト22となっている。
【0024】
前記減速機入力シャフト22の部分が減速差動ケーシング15bとの間に介在された入力シャフト支持軸受23によって支持される。この入力シャフト支持軸受23も深溝玉軸受によって構成される。
【0025】
減速機12は、前記減速機入力シャフト22の先端部外周面に一体に設けられた減速側サンギヤ27(図3参照)、その外径側において前記減速差動ケーシング15bの内径面に同軸状態に固定された減速側リングギヤ28、前記サンギヤ27とリングギヤ28の間において周方向の3個所に等間隔をおいて介在された減速側ピニオンギヤ29及び減速側キャリヤ32(図1参照)により構成される。
【0026】
減速側ピニオンギヤ29はサンギヤ27とリングギヤ28に噛み合う。また、
前記ピニオンギヤ29は減速側ピニオンシャフト31に針状ころ軸受33(図3参照)を介して支持され、そのピニオンシャフト31は一端部が前記減速側キャリヤ32に挿通され支持される。
【0027】
前記減速側リングギヤ28は、減速差動ケーシング15bの内面に形成された段差部34(図1参照)にその側面を当てることにより位置決めされ固定される。
【0028】
前記減速側ピニオンギヤ29は、図3及び図4に示したように、そのシャフト穴37の周りの3等分位置に軸方向に貫通された潤滑穴38が設けられる。各潤滑穴38は周方向に湾曲した長穴によって形成される。潤滑穴38は、後述のように、油浴潤滑によって掻き上げられ跳ね飛ばされた潤滑油の通り穴となる機能とともに、ピニオンギヤ29の軽量化を図る機能を有する。潤滑穴38は、ピニオンギヤ29の強度を維持する範囲内で前記の機能を最大限に発揮し得る大きさに形成される。
【0029】
なお、潤滑穴38の前記の機能は、後述の他の部材の潤滑穴(減速側キャリヤ32の潤滑穴45、差動側サンギヤ51の潤滑穴56、差動側キャリヤ54の潤滑穴65、差動側キャリヤ補助部材70の潤滑穴74)についても同様である。
【0030】
前記減速側キャリヤ32は、モータケーシング15aを開放端に面した減速差動ケーシング15bの閉塞面と、減速側ピニオンギヤ29との間において、減速機入力シャフト22の回りに径方向のすき間h(図2参照)をおいて嵌合される。減速側キャリヤ32は、図5に示したように、一定の中心穴39を有する環状板によって形成され、その回転半径は、減速差動ケーシング15bの内底面に溜められた潤滑油の油面L(図1参照)以下となる大きさに設定される。
【0031】
前記減速側キャリヤ32の中心穴39と外周縁との間において、前記ピニオンシャフト31が挿通される3個所のシャフト穴41が同じPCD上に等間隔で設けられる。各シャフト穴41の径方向の外周縁に径方向と直角の切欠き面42が形成され、その切欠き面42からシャフト穴41に達するネジ穴43が径方向に設けられる。シャフト穴41に挿通されたピニオンシャフト31は、そのネジ穴43に挿入したピン44a(図2参照)と、ねじ込んだ止めネジ44bによって固定される。ピニオンシャフト31の固定手段として、ピニオンシャフト31にピン(図示省略)を挿入し、そのピンをネジ穴にねじ込んだネジによって固定する方法もある。
【0032】
前記ネジ穴43の相互間の前記PCD上に、3個所の潤滑穴45が設けられる(図5参照)。各潤滑穴45は周方向に湾曲した長穴によって形成される。さらに、各潤滑穴45の外径側に対向した3個所において、外周縁から軸方向外向き(差動装置13の方向)に凸部46がそれぞれ設けられる。この凸部46は、後述のように、先端部が差動側リングギヤ49に結合され、回転時に潤滑油を掻き上げる作用を行うものであり、前述の油浴潤滑手段14の一部を構成する。
【0033】
また、前記減速差動ケーシング15bの閉塞面(モータケーシング15aの開放端を閉塞する径方向の面)に対向した減速側キャリヤ32の面に、前記中心穴39の周縁に沿った一定幅の段差部40(図2、図5参照)が設けられ、その段差部40に針状ころを用いたスラスト軸受47が取り付けられる。前記スラスト軸受47を前記の減速差動ケーシング15bの閉塞面に当接させることにより、減速側キャリヤ32に作用するスラスト力を受け、その減速側キャリヤ32を円滑に回転させるようにしている。
【0034】
なお、減速側ピニオンギヤ29の軸方向の一方の端面と減速側キャリヤ32との間、及び同じく他方の端面と差動側リングギヤ49の円板部49aとの間において、それぞれピニオンシャフト31の回りにワッシャ20が介在され、これによって前記ピニオンギヤ29が円滑に回転できるようにしている。
【0035】
前記入力シャフト支持軸受23はスラスト軸受47よりも電動モータ11側に寄った位置に設けられているので、減速側キャリヤ32の中心穴39やスラスト軸受47によって当該軸受23への潤滑油の供給を妨げることが無いように配慮しなければならない。
【0036】
このため、この実施形態1においては、キャリヤ32の内径及びスラスト軸受47の内径を、入力シャフト支持軸受23を構成する内輪23bの外径より大に設定する必要がある。この条件を満たすべく、図示の場合(図2参照)は、キャリヤ32の内径及びスラスト軸受47の内径を当該軸受23の外輪23aの内径と同一又はこれより大きく設定することにより、軸受23に対する給油すき間hを確保するようにしている。
【0037】
次に、差動装置13について説明する。差動装置13は、前記の減速差動ケーシング15bの内部において、前記の減速機12と同軸状態に設けられ、差動側リングギヤ49、その内径側において同軸状態に設けられる。その構成部材は、差動側サンギヤ51、前記リングギヤ49とサンギヤ51の間に介在され相互に噛み合ったダブルピニオン式の差動側ピニオンギヤ52a、52b、これらのピニオンギヤ52a、52bの差動側ピニオンシャフト53a、53bを支持した差動側キャリヤ54である。
【0038】
なお、自動車用減速差動装置において、ダブルピニオン式を採用することは従来公知である(特許文献2参照)。
【0039】
前記差動側サンギヤ51のシャフト穴55(図7参照)に第一出力シャフト35の内端部が貫通され、セレーション結合される。第一出力シャフト35の外端部は、減速機入力シャフト22及びこれと一体のモータ出力シャフト17に貫通され、深溝玉軸受でなる外端部支持軸受57(図1参照)を介してモータケーシング15aによって支持される。第一出力シャフト35の外端部は、モータケーシング15aから外部に突き出している。
【0040】
第二出力シャフト36は、後述のように、差動側キャリヤ54のセンターに前記第一出力シャフト35と同軸状態に一体に設けられ、第一出力シャフト35と反対向きに突き出している。
【0041】
前記の差動側リングギヤ49は、第一出力シャフト35の外周に径方向のすき間をおいて同軸状に設けられた円板部49a(図2参照)と、その円板部49aの外周縁を外向き(軸方向かつ第二出力シャフト36の突き出す向き)に屈曲した周縁部49bが設けられたものである。前記円板部49aに減速側ピニオンシャフト31の他端部が挿入支持され、また減速側キャリヤ32の凸部46もこれに差し込まれることによって、減速側キャリヤ32と差動側リングギヤ49が連結される。これにより減速側ピニオンギヤ29の公転による減速出力が差動側リングギヤ49に伝達される。
【0042】
前記の差動側サンギヤ51のシャフト穴55の周りにおいて、周方向に3個所の潤滑穴56が等間隔を保ち同一PCD上に設けられる(図7参照)。この潤滑穴56も周方向に湾曲した長穴である。
【0043】
前記のダブルピニオン式のピニオンギヤ52a、52bは、同一歯数の同一サイズのギヤである。図6に示したように、相互に噛み合うとともに、一方のピニオンギヤ52aは他方のピニオンギヤ52bより大きいPCDを有しリングギヤ49に噛み合い、PCDの小さい方のピニオンギヤ52bがサンギヤ51と噛み合う。
【0044】
差動側キャリヤ54は、図8に示したように、円板部58の外側面のセンターにセンターボス部59が設けられる。そのセンターボス部59の外端面に前記の第二出力シャフト36が同軸状態に外向きに突き出して設けられ、またセンターボス部59の内部に内向きに開放された軸受凹部62が設けられる。
【0045】
前記センターボス部59の外径面とケーシング蓋15cとの間に深溝玉軸受でなる第二出力シャフト支持軸受61が介在される(図1、図2参照)。この第二出力シャフト支持軸受61は、差動側キャリヤ54の支持軸受でもある。また、軸受凹部62に前記第一出力シャフト35の内端部が挿入され、その内端部が針状ころ軸受でなる内端部支持軸受63を介して相対回転自在に支持される。
【0046】
前記円板部58には、前記のピニオンシャフト53a、53bの位置に対応してそれぞれシャフト穴64a、64bが一定のPCD上に設けられる(図8参照)。また、小径のPCDと前記センターボス部59の間に、周方向の4個所に等間隔をおいて潤滑穴65が設けられる。これらの潤滑穴65も湾曲した長穴によって形成される。
【0047】
また、前記円板部58の外周に沿って前記大径のPCD上のシャフト穴64aの相互間に差動装置13の内部を向く方向に突き出した掻き上げ用の凸部66が設けられる。その凸部66の先端面に係合突起67が設けられる。
【0048】
前記の差動側キャリヤ54は、その円板部58がケーシング蓋15cと差動側ピニオンギヤ52a、52b等のギヤ群の間に介在される。各ピニオンギヤ52a、52bに複列の針状ころ軸受68a、68b(図6参照)を介してピニオンシャフト53a、53bが挿通される。各ピニオンシャフト53a、53bの外端部が前記キャリヤ54のシャフト穴64a、64bにそれぞれ挿通され支持される。
【0049】
差動側ピニオンギャ52a、52bは全体で8個となるので、これらを安定よく支持するために、環状板体の差動側キャリヤ補助部材70が、差動側リングギヤ49の円板部49aと差動側ピニオンギヤ52a、52b等のギヤ群の間に介在される。
【0050】
前記キャリヤ補助部材70には、図9に示したように、ピニオンシャフト53a、53bに対応した位置にそれぞれPCDの異なった一対のシャフト穴71a、71bが設けられる。小径のPCD上にあるシャフト穴71bに径方向に対向した外周縁に掻き上げ用の凹部72が全周の4個所に設けられる。
【0051】
前記キャリヤ補助部材70の外周面から各シャフト穴71aに達し、また各凹部72の底部から各シャフト穴71bに達する径方向のネジ穴73a、73bがそれぞれ設けられる。また、大径のPCD上にあるシャフト穴71aの周方向の間に長穴でなる潤滑穴74が4個所に形成される。嵌合穴74に差動側キャリヤ54の嵌合固定突起67を嵌合したのち溶接により固定し、キャリヤ補助部材70との一体化を図る。
【0052】
前記の各シャフト穴71a、71bにそれぞれピニオンシャフト53a、53bの内端部が挿入され、それぞれネジ穴73a、73bに挿入したピン75aとその上にねじ込んだ止めネジ75bによってピニオンシャフト53a、53bがキャリヤ補助部材70に固定される。この場合も、ピニオンシャフト53a、53bにピン(図示省略)を挿入し、そのピンをネジ穴にねじ込んだネジによって固定する方法もある。
【0053】
なお、前記各差動側ピニオンギヤ52a、52bの外端面と差動側キャリヤ54との間、及び内端面と差動側キャリヤ補助部材70との間にそれぞれ軸方向の位置決め用ワッシャ50が介在される。
【0054】
また、前記差動側キャリヤ54の円板部58と差動側サンギヤ51の間に針状ころを用いたスラスト軸受76が介在される(図2参照)。同様に、差動側リングギヤ49の円板部49aと差動側サンギヤ51の間にも針状ころを用いたスラスト軸受77が介在される。
【0055】
油面高さの下限Lminは、差動側ダブルピニオンギヤ52a、52bのうち径方向外側に配置されたピニオンギヤ52aのPCDの最下点に設定される(図1、図6参照)。油面がこれより低いと、良好な潤滑が保てず、異常摩耗、振動や騒音の原因となる。
【0056】
また、油面高さの上限Lmaxは、減速機入力シャフト支持軸受23の転動体PCDの最下点と第二出力シャフト支持軸受63の転動体PCDの最下点のうち高い方の点に設定される(図1参照)。油面がこれより高いと攪はん抵抗が大きくなる。
【0057】
実施形態1の電気自動車用減速差動装置は以上のように構成され、次にその作用について説明する。
【0058】
図1に示した電動モータ11が駆動されると、そのモータ出力シャフト17が回転し、同時にそのモータ出力シャフト17と一体の減速機入力シャフト22及びその入力シャフト22と一体の減速側サンギヤ27が回転する。減速側サンギヤ27に噛み合った減速側ピニオンギヤ29は自転しつつ公転する。その公転によって減速側キャリヤ32が減速回転され、その減速回転が差動装置13側へ出力される。
【0059】
減速側サンギヤ27の歯数をZs、減速側リングギヤ28の歯数をZrとした場合の減速比は、周知のように、Zs/(Zs+Zr)となる。
【0060】
差動装置13においては、第一出力シャフト35が差動側サンギヤ51と一体に結合され、また第二出力シャフト36が差動側キャリヤ54に一体化されているので、これらの各出力シャフト35、36に取り付けられた左右の車輪(図示省略)に作用する負荷が均等である場合は、差動側サンギヤ51、ピニオンギヤ52a、52b、キャリヤ54及びリングギヤ49は一体となって回転し、相対回転することがない。言い換えれば、入力回転が第一及び第二出力シャフト35、36に均等に配分され、左右の車輪を等速回転させる。
【0061】
これに対し、左右の車輪に作用する負荷に差が生じると、ピニオンギヤ52a、52bの自転と公転によって入力回転は、負荷の差に応じて第一及び第二出力シャフト35、36に差動分配される。
即ち、第一出力シャフト35に作用する負荷が相対的に大きくなり、これと一体のサンギヤ51の回転数Nsが、リングギヤ49の入力回転数NrよりΔNだけ小さくなった場合、キャリヤ54の回転数Ncは、
Nc=Nr+λ/(1−λ)・ΔN
となり、第二出力シャフト36が増速される。但し、λは歯車比(=Zs/Zr)、Zsはサンギヤ51の歯数、Zrはリングギヤ49の歯数である(特許文献2の段落0032参照)。
【0062】
逆に、第二出力シャフト36に作用する負荷が相対的に大きくなり、これと一体のキャリヤ54の回転数Ncが、入力回転数NrよりΔNだけ小さくなった場合、サンギヤ51の回転数Nsは、
Ns=Nr+(1−λ)/λ・ΔN
となり、第一出力シャフト35が増速される。
【0063】
次に、減速機12及び差動装置13の潤滑作用について、図10に基づいて説明する。
【0064】
減速差動ケーシング15bの内底面の所定高さの油面Lまで収納された潤滑油は、減速機12及び差動装置13の油浴潤滑に共通に使用される。
【0065】
減速機12においては、減速側キャリヤ32の外周部の3個所に設けられた凸部46及び減速側ピニオンギヤ29が、回転の途中において潤滑油の油面L以下の油中を通過することにより、潤滑油の掻き上げ作用を行う(図10の白抜き矢印参照)。
【0066】
掻き上げられた潤滑油は減速機12の内部に飛散され各部品に掛けられる。その一部は、減速側キャリヤ32の潤滑穴45、その中心穴39、ピニオンギヤ29の潤滑穴38のそれぞれを軸方向に通過するか(図10の矢印参照)、又はこれらを通過することなく直接、スラスト軸受47、入力シャフト支持軸受23、転がり軸受33等に供給される。
【0067】
この場合、前述の給油すき間hがあるので、このすき間hを軸方向に通過してスラスト軸受47及び入力シャフト支持軸受23への給油が行われる。
【0068】
一方、差動装置13においては、差動側キャリヤ54の外周部の4個所に設けられた凸部66、差動側ピニオンギヤ52a、52b、差動側キャリヤ補助部材70の凹部72が、それぞれ潤滑油の掻き上げ作用を行う(図10の白抜き矢印参照)。
【0069】
掻き上げられた潤滑油は、キャリヤ54の潤滑穴65、サンギヤ51の潤滑穴56を軸方向に通過するか(図10の矢印参照)、又はこれらを通過することなく直接、第二出力シャフト支持軸受61、サンギヤ51の両側に介在されたスラスト軸受76、77、ダブルピニオンギヤ52a、52bの複列の針状ころ軸受68a、68b等に供給される。
[実施形態2]
【0070】
実施形態2に係る自動車用減速差動装置は、前記実施形態1と同じ油浴潤滑を採用するものとする。
【0071】
実施形態1の場合、油浴潤滑によってもっぱら軸受部分に給油する場合について説明したが、同時に各種ギヤの噛み合い部分にも潤滑油が掛るのでその部分も潤滑される。しかし、油浴潤滑の場合は、前述のように、必要な部分に十分に潤滑油が行き届かない場合もある。そこで、この実施形態2においては、ギヤの歯面の潤滑性を向上させることによって、油浴潤滑であってもギヤの耐久性が十分発揮できるようにしたものである。
【0072】
即ち、対象となるギヤとしては、減速機12においては、減速側サンギヤ27、同ピニオンギヤ29及びリングギヤ28がある。また、差動装置13においては、差動側サンギヤ51、同ピニオンギヤ52a、52b及び同リングギヤ49がある。図11に示したように、これらのギヤの歯面79を形成する歯先部80、歯たけ部81及び歯底部82に無数の微小なくぼみ83がランダムに設けられる。
【0073】
前記歯面79の表面粗さパラメータは、Ryniが2.0〜5.5μm、Rymaxが2.5〜7.0μm、Rqniが0.3〜1.1μm、Rskが1.6以下である。
【0074】
前記の微小なくぼみ83が油溜まりとなるので、油浴潤滑の場合であっても十分な耐久性を保つことができる。その結果、ギヤ自体の小型化、装置全体の小型化に資することができる。
【0075】
差動側ピニオンギヤ52a、52bは、他のギヤに比べて小さく、負荷トルクが大きいため、他のギヤに比べ前記の微小なくぼみ83を無数に形成する加工を施すことが有効である。
【0076】
前記の微小なくぼみ83をランダムに形成するには、歯面79をジャイロ研磨、バレル研磨等によって平滑化したのち、平滑化した歯面にくぼみ形成手段を施すことにより行う。その場合のくぼみ形成手段としては、ショットピーニング加工、液体ホーニング加工等によって酸化アルミニウム等を主成分とした微小な硬質粒子を衝突させる方法により行う。
【符号の説明】
【0077】
11 電動モータ
12 減速機
13 差動装置
14 油浴潤滑手段
15 ケーシング
15a モータケーシング
15b 減速差動ケーシング
15c ケーシング蓋
16 ステータ
17 モータ出力シャフト
18 コア
19 ロータ
20 ワッシャ
21 出力シャフト支持軸受
22 減速機入力シャフト
23 減速機入力シャフト支持軸受
23a 外輪
23b 内輪
27 減速側サンギヤ
28 減速側リングギヤ
29 減速側ピニオンギヤ
31 減速側ピニオンシャフト
32 減速側キャリヤ
33 転がり軸受
34 段差部
35 第一出力シャフト
36 第二出力シャフト
37 シャフト穴
38 潤滑穴
39 中心穴
40 段差部
41 シャフト穴
42 切欠き面
43 ネジ穴
44a ピン
44b 止めネジ
45 潤滑穴
46 凸部
47 スラスト軸受
49 差動側リングギヤ
49a 円板部
49b 周縁部
50 ワッシャ
51 差動側サンギヤ
52a、52b 差動側ピニオンギヤ
53a、53b 差動側ピニオンシャフト
54 差動側キャリヤ
55 シャフト穴
56 潤滑穴
57 外端部支持軸受
58 円板部
59 センターボス部
61 第二出力シャフト支持軸受
62 軸受凹部
63 内端部支持軸受
64a、64b シャフト穴
65 潤滑穴
66 凸部
67 係合突起
68a、68b 複列針状ころ軸受
70 差動側キャリヤ補助部材
71a、71b シャフト穴
72 凹部
73a、73b ネジ穴
74 嵌合穴
75a ピン
75b 止めネジ
76 スラスト軸受
77 スラスト軸受
79 歯面
80 歯先部
81 歯たけ部
82 歯底部
83 くぼみ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータ、遊星ギヤ型の減速機、遊星ギヤ型の差動装置及び潤滑手段の組み合わせからなり、前記減速機は前記電動モータのモータ出力シャフトと一体化された減速機入力シャフトを備え、前記差動装置は前記減速機の減速出力を入力とし、同軸上で対向した2出力シャフトを備え、その2出力シャフトに差動回転を分配出力するように構成され、前記潤滑手段として油浴潤滑が採用され、その油浴潤滑によって前記減速機及び差動装置の可動部分に潤滑油を供給するようにした電気自動車用減速差動装置において、前記潤滑油の油面の高さの下限が前記差動装置に設けられた差動側ダブルピニオンギヤのうち径方向外側に配置されたピニオンギヤPCDの最下点に設定され、同じく上限が前記2出力シャフトの支持軸受の転動体PCDの各最下点のうち高い方の最下点に設定されたことを特徴とする電気自動車用減速差動装置。
【請求項2】
前記減速機及び差動装置の構成部材である減速側キャリヤ及び差動側キャリヤにそれぞれ軸方向に貫通した潤滑穴が設けられたことを特徴とする請求項1に記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項3】
前記潤滑穴が周方向に湾曲した長穴によって形成されたことを特徴とする請求項1又は2に記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項4】
前記減速機は、前記減速機入力シャフトに一体に設けられた減速側サンギヤ、そのサンギヤの外径側においてケーシングに同軸状態に固定された減速側リングギヤ、前記サンギヤとリングギヤの間に介在されこれらのギヤに噛み合わされた減速側ピニオンギヤ及び前記ピニオンギヤのシャフトを支持した減速側キャリヤにより構成され、
前記差動装置は、前記減速側キャリヤに連結された差動側リングギヤ、そのリングギヤの内径側において同軸状態に設けられた差動側サンギヤ、前記リングギヤとサンギヤとの間に介在されこれらのギヤにそれぞれ噛み合わされた差動側ダブルピニオンギヤ、前記ダブルピニオンギヤの各シャフトを支持した差動側キャリヤと、前記差動側サンギヤの中心に結合された前記減速機入力シャフト及びモータ出力シャフトに貫通された第一出力シャフトと、前記差動側キャリヤと一体に設けられ前記第一出力シャフトと同軸状態に配置された第二出力シャフトにより構成され、
前記減速機に減速機入力シャフト支持軸受及び前記差動装置に第二出力シャフト支持軸受が設けられたことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項5】
前記潤滑油の油面高さの下限が、前記差動側ダブルピニオンギヤのうち径方向外側に配置されたピニオンギヤPCDの最下点に設定され、前記上限が減速機入力シャフト支持軸受の転動体PCDの最下点と第二出力シャフト支持軸受の転動体PCDの最下点のうち高い方の最下点に設定されたことを特徴とする請求項4に記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項6】
前記差動側キャリヤが、前記差動側ピニオンギヤを挟んで対面した差動側キャリヤ補助部材を有し、当該ピニオンギヤのシャフトの一端が前記キャリヤによって、他端部が当該補助部材によってそれぞれ支持されたことを特徴とする請求項4又は5に記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項7】
前記差動側キャリヤ補助部材の回転半径が装置底部に溜められた潤滑油の油面高さに潜る大きさに形成され、その外周面に凸部又は凹部が設けられたことを特徴とする請求項4から6のいずれかに記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項8】
前記減速側キャリヤの内径が、前記入力シャフトの支持軸受の内輪外径より大に設定されたことを特徴とする請求項4から7のいずれかに記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項9】
前記減速側キャリヤと前記ケーシングとが軸方向に対向する面間に介在されたスラスト軸受の内径が、前記入力シャフト支持軸受の内輪外径より大に設定されたことを特徴とする請求項4から8のいずれかに記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項10】
前記減速機の各ギヤのうち少なくとも減速側ピニオンギヤの歯面及び前記差動装置のギヤのうち少なくとも差動側ピニオンギヤの歯面に微小な無数の凹形状のくぼみがランダムに形成されたことを特徴とする請求項1から9いずれかに記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項11】
前記微小な無数の凹形状のくぼみが形成された歯面の表面粗さパラメータは、Ryniが2.0〜5.5μm、Rymaxが2.5〜7.0μm、Rqniが0.3〜1.1μm、Rskが1.6以下であることを特徴とする請求項10に記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項12】
前記微小な無数の凹形状のくぼみは、研磨加工によって平滑化された歯面に微小な硬質粒子を衝突させるくぼみ形成手段を施すことによって形成されたものであることを特徴とする請求項11に記載の電気自動車用減速差動装置。
【請求項13】
前記のくぼみ形成手段が液体ホーニング加工であることを特徴とする請求項12に記載の電気自動車用減速差動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−36985(P2012−36985A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−178366(P2010−178366)
【出願日】平成22年8月9日(2010.8.9)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】