説明

電池用正極とその製造方法

【課題】反りの発生を抑制すると共に、膜厚分布の発生を抑制して、電池を組み立てた際に、初期短絡の発生やサイクル寿命の短命化を招かない電池用正極の製造方法を提供する。
【解決手段】基材の外周部を、基材ホルダーにより固定する基材固定工程と、固定された基材の表面に、気相成長法を用いて、正極層を成膜する成膜工程とを有する電池用正極の製造方法であって、基材を上下方向から保持する1対の中枠と、中枠を外側から保持し、かつ、開口部が基材面側から外側に向けて開口面積が大きくなるように形成される1対の外枠とを有する基材ホルダーを用い、基材ホルダーにより固定される基材のうち、開口部内に位置する基材の表面に、正極層を成膜する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電池用正極とその製造方法に関し、詳しくは、反りがなく、膜厚のバラツキがないリチウム電池用正極とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リチウム電池に代表される固体電解質電池が、携帯電話やノート型パソコン等の携帯用小型電子機器の電源として広く用いられており、一層の薄型化、小型化と共に、より高容量で長寿命の電池が求められている。
【0003】
このような電池における正極は、正極集電体である金属箔を基材として、その表面にスパッタ法などの気相成長法を用いて正極活物質を蒸着して正極層を成膜させることにより得られ、従来は、通常、基材としてロール状の金属箔を用い、成膜を行った後所定のサイズに裁断することにより得られていた。
【0004】
しかし、上記のような方法では、金属箔と正極活物質とでは熱膨張率が異なるため、温度変化に伴って、得られた正極に反りが発生するという問題があった。また、長尺の金属箔に対して成膜を行うため、成膜厚さを一定に制御することが難しいという問題もあった。さらに、長尺での成膜を行うためには、金属箔をロールしている部分全体を真空装置で覆う必要があり、そのような大規模な真空装置においては、均一に真空度を保つことが非常に困難であるという問題がある。
【0005】
そこで、予め所定の寸法に裁断した金属箔をホルダー(基材ホルダー)にセットし、成膜を行うことが提案されている(例えば、特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】実開昭60−117857号公報
【特許文献2】特開2008−280561号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1には、蒸着装置に固定された基材ホルダーを構成する枠材の内周側にある角をなくすことにより、基材ホルダーにセットされた基材に対し、蒸着粒子の流れの影が生じることを抑制して、均一な厚さの成膜を図ることが示されている。
【0008】
しかし、この方法では、単に基材を基材ホルダーに載せた状態で成膜しているため、温度変化に伴う反りの発生を抑制することができない。
【0009】
従って、特許文献1の方法により正極を作製した場合、反りが生じた正極となり、このような反りが生じた正極を用いて電池を組み立てた場合、電池としての特性が低下する。
【0010】
特許文献2には、支持台の上に、基材を面方向に摺動可能に保持する保持部を設け、基材と蒸着膜との間の熱膨張率の相違に起因する応力を基板の摺動により分散させて、反りの発生を緩和することが示されている。
【0011】
しかし、この方法では、反りの発生は緩和されるものの、保持部の影となる箇所では成膜が行われないため、成膜厚さにバラツキ(膜厚分布)が生じる。
【0012】
従って、特許文献2の方法により正極を作製した場合、膜厚分布が生じた正極となり、このような膜厚分布が生じた正極を用いて電池を組み立てた場合、初期短絡の発生やサイクル寿命の短命化を招く恐れがあり、電池としての特性が低下する。
【0013】
本発明は、上記課題に鑑み、反りの発生を抑制すると共に、膜厚分布の発生を抑制して、電池を組み立てた際に、初期短絡の発生やサイクル寿命の短命化を招かない正極の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(1)本発明に係る電池用正極の製造方法は、
基材の外周部を、基材ホルダーにより固定する基材固定工程と、固定された前記基材の表面に、気相成長法を用いて、正極層を成膜する成膜工程とを有する電池用正極の製造方法であって、
前記基材を上下方向から保持する1対の中枠と、前記中枠を外側から保持し、かつ、開口部が基材面側から外側に向けて開口面積が大きくなるように形成される1対の外枠とを有する基材ホルダーを用い、
前記基材ホルダーにより固定される基材のうち、前記開口部内に位置する基材の表面に、前記正極層を成膜することを特徴とする。
【0015】
本発明によれば、基材をセットする際の締め付け力を分散させて緩和する1対の中枠と、基材と中枠とを保持、固定する1対の外枠とで、基材を挟み込んでいるため、成膜時における基材と蒸着膜との間の熱膨張率の相違に起因する応力を吸収して、反りの発生を抑制することができる。
【0016】
そして、外枠の開口部を、基材面側から外側に向けて開口面積が大きくなるように形成しているため、成膜時、正極活物質粒子の流れの影が生じることがなく、膜厚分布の発生を抑制することができる。
【0017】
このように、本発明によれば、反りの発生を抑制すると共に、膜厚分布の発生を抑制した正極を製造することができるため、電池を組み立てた際に、初期短絡の発生やサイクル寿命の短命化を招くことがない正極を得ることができる。
【0018】
また、基材を両面から保持しているため、表裏いずれの面に対しても成膜することができる。
【0019】
本発明における中枠としては、例えばSUS304などの材質からなるものが好ましく、また、外枠としては、例えばSUS304などの材質からなるものが好ましい。
【0020】
(2)そして、前記の電池用正極の製造方法は、
前記中枠の開口面積が、前記外枠の基材面側の開口面積よりも大きいことを特徴とする。
【0021】
中枠の開口面積を外枠の基材面側の開口面積よりも大きくすることにより、膜厚分布を均一にする効果を得ることができるため、より好ましい。
【0022】
(3)また、本発明に係る電池用正極は、
前記の電池用正極の製造方法を用いて製造されていることを特徴とする。
【0023】
前記したように、本発明に係る電池用正極の製造方法を用いて製造された電池用正極は、反りの発生が抑制されていると共に、膜厚分布の発生が抑制されているため、初期短絡の発生やサイクル寿命の短命化を招くことがない電池を提供することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、反りの発生を抑制すると共に、膜厚分布の発生を抑制して、電池を組み立てた際に、初期短絡の発生やサイクル寿命の短命化を招かない正極の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一実施の形態に係る基材ホルダーの断面図である。
【図2】図1に示す基材ホルダーの第1外枠を示す図であって、(a)は平面図、(b)は(a)のB−Bの断面図、(c)は(a)のC−Cの断面図である。
【図3】図1に示す基材ホルダーの中枠を示す平面図である。
【図4】図1に示す基材ホルダーの第2外枠を示す図であって、(a)は平面図、(b)は(a)のB−Bの断面図、(c)は(a)のC−Cの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を用いて本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、以下の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【0027】
はじめに、図面に基づいて本発明に用いる基材ホルダーの構成および各部材の構造について説明する。
(1)全体構成
まず、基材ホルダーの全体構成を説明する。図1は、本発明の一実施の形態に係る基材ホルダーの断面図である。本実施の形態の基材ホルダーは、例えば非水電解質電池用の正極集電体等の基材Mを下方から支える第1外枠(下枠)1と、下枠1と基材Mとの間に介在して基材Mの下面周縁部に接触して保持する第1中枠2aと、基材Mの上面周縁部に接触して保持する第2中枠2bとからなる中枠2と、第2中枠2bを上方から押さえる第2外枠(上枠)3と、突起(ピン)4と位置合わせ用穴24,34からなる位置合わせ手段と、図示していないねじ、ボルトおよびナット、クリップ等の固定手段とを備えて構成されている。
【0028】
そして、第1外枠1、中枠2、第2外枠3は、第1中枠2a、第2中枠2bからなる2枚の中枠2の間に基材Mを保持した状態で位置合わせ手段により位置合わせして重ねた後、ねじ等の固定手段により一体に固定される。
【0029】
上記のように、基材Mは2枚の中枠2に挟まれた状態で保持されるため、ねじ等によって固定する際に、ねじの締め付け力によって基材Mに歪が生じる等の不具合の発生を防ぐことができる。
【0030】
基材Mを保持した状態で一体に固定された基材ホルダーは、例えばCVDやPVD等の気相成長法による非水電解質電池の正極の成膜装置にセットされ、基材Mの第2外枠3側の面(図1において上側の面)に正極が成膜される。なお、基材ホルダーは成膜装置に固定されているのではなく、着脱自在である。このため、例えば正極を成膜後、基材を基材ホルダーから取り外すことなく基材ホルダーごと固体電解質の成膜装置、次いで負極の成膜装置にセットして成膜することにより複数の層を積層して成膜することができる。
【0031】
なお、第1外枠1、中枠2、第2外枠3のいずれにも機械的強度が強く、耐熱性および耐酸化性に優れるSUS等の金属材料が好ましく用いられる。
【0032】
(2)第1外枠
次に、第1外枠1について詳細に説明する。図2は本実施の形態の基材ホルダーの第1外枠1を示す図であって、(a)は平面図、(b)は(a)のB−Bの断面図、(c)は(a)のC−Cの断面図である。第1外枠1には、開口11が設けられている。また、各辺の中央部には位置合わせ手段の突起4が固定されており、4隅には固定手段のねじを貫通する穴又はねじを螺着する固定用穴12が設けられている。また、長辺の固定用穴12から離れたやや中央寄りにホルダー取付け用穴13が4個設けられている。
【0033】
また、必要に応じて図1に示す基材Mの下側の面に気相成長法により正極等を成膜する際に、枠によって基材Mの端部(周縁部)に影が生じることを防ぎ、膜厚分布が抑制された成膜ができるように、開口11には、外方(図の下方)が大きくなるように周囲の辺が角度θで傾斜するテーパ1aが設けられており、垂直部分がない。
【0034】
なお、第1外枠1や後記する第2外枠3には、充分な機械的強度を有しており、基材の表面に影を生じ難いことが求められる。このため、第1外枠1や第2外枠3には0.01〜0.05mmの厚さの材料が好ましく用いられる。
【0035】
(3)中枠
次に、中枠2について詳細に説明する。図3は本実施の形態の基材ホルダーの中枠2を示す平面図である。中枠2を構成する第1中枠2aと第2中枠2bは同一形状、同一寸法である。第1外枠1と基材M(図1参照)との間に介在する第1中枠2aは、その開口21が第1外枠1の開口11(図2参照)より大きくなるように、開口21の各辺は第1外枠1の開口11の辺より大きく設定されている。また、第2外枠3と基材Mとの間に介在する第2中枠2bは、その開口21が第2外枠3の開口31(図4参照)より大きくなるように、開口21の各辺は第2外枠3の開口31の辺より大きく設定されている。また、基材Mの表面に影ができることを抑制するためには基材Mの表面と第1外枠1および第2外枠3との開口の間の距離を小さくすることが好ましい。このため、中枠2には、第1外枠1や第2外枠3(図1参照)に比べて薄い0.01〜0.05mmの材料が好ましく用いられる。
【0036】
また、中枠2の4隅には固定手段のねじを挿通する固定用穴22が設けられている。また、長辺の固定用穴22から離れたやや中央寄りにホルダー取付け用穴23が4個設けられている。このホルダー取付け用穴23は、図2に示した第1外枠1のホルダー取付け用穴13と位置が一致するように設けられている。そして、各辺の中央部に位置合わせ手段の突起4(図1参照)を挿通する位置合わせ用穴24が設けられている。
【0037】
(4)第2外枠
次に、第2外枠3について詳細に説明する。図4は本実施の形態の基材ホルダーの第2外枠(上枠)を示す図であって、(a)は平面図、(b)は(a)のB−Bの断面図、(c)は(a)のC−Cの断面図である。第2外枠3は、基材Mと中枠2とを第1外枠1と共に挟んで保持する部材で、その開口31周囲の辺には外方(図の上方)が大きくなるように、第1外枠1と同様に傾斜するテーパ3aが設けられている。
【0038】
そして、4隅に固定手段のねじを挿通する固定用穴32が設けられている。また、長辺の固定用穴32から離れたやや中央寄りにホルダー取付け用穴33が4個設けられている。このホルダー取付け用穴33は中枠2のホルダー取付け用穴23(図3参照)と位置が一致するように設けられている。そして、各辺の中央部に位置合わせ手段の突起4(図1参照)を挿通する位置合わせ用穴34が設けられている。
【0039】
以上のように構成される基材ホルダーは、位置合わせ手段の突起4および位置合わせ用穴24,34により第1外枠1、中枠2および第2外枠3は基材Mを挟んだ状態で位置合わせされ、更に、固定用穴12、22、32およびこれらの穴12、22、32に嵌め込まれる図外の固定ねじによって第1外枠1と、中枠2および第2外枠3が固定される。そして、基材Mが固定された基材ホルダーは、図外の固定手段によって蒸着装置に固定される。
【0040】
本実施の形態の場合、基材Mは基材ホルダーに固定されており移動しない。このため、成膜時に基材の移動に伴う非成膜部分ができず、膜厚分布が抑制される。また、上記のように、第1および第2外枠の開口にテーパが設けられており、成膜時に基材の表面に影が生じ難いため、膜厚分布が抑制される。
【0041】
以下に実施例に基づき本発明を具体的に説明する。本実施例は、前記の基材ホルダーを使用してスパッタ装置によりLiCoOからなる非水電解質電池用の正極を作製し、作製した正極を用いて非水電解質電池を作製した例である。
【0042】
(実施例)
1.非水電解質電池用の正極および非水電解質電池の作製
(1)正極の形成
イ.基材
SUS304製であって、70×40mm、厚さ10μmの基材を準備した。
【0043】
ロ.基材ホルダー
厚さ0.3mmのSUS製で、50×30mmの開口が設けられ、開口の周囲に角度θが45°のテーパが設けられ、それぞれ図2および図4に示した形状の第1外枠および第2外枠と、厚さ0.15mmのSUS製で、50.5×30.5mmの開口が設けられ、図3に示した形状の中枠を備える基材ホルダーを準備した。
【0044】
ハ.成膜
前記基材を前記ホルダーに保持し、基材の表面にスパッタ法により厚さ10μmのLiCoOからなる正極を成膜した。
【0045】
(2)非水電解質電池の作製
イ.中間層、固体電解質層の成膜
次に、基材を基材ホルダーに保持させたままの状態で、前記正極の表面にLiNbOをターゲットに用いてPLD法により厚さ10nmのLiNbO層を形成した後、前記中間層の表面に、真空蒸着法によりLiS−Pからなる厚さ8μmの固体電解質層を成膜した。
【0046】
ロ.負極の形成
次に、固体電解質層の表面に真空蒸着法により厚さ0.7μmの金属Liからなる負極を形成し、非水電解質電池を作製した。
【0047】
(比較例)
第1外枠および第2外枠の開口の周囲にテーパが設けられていない基板ホルダーを用いて正極を成膜したこと以外は実施例と同じ方法で正極を作製し、この正極を用いて非水電解質電池を作製した。
【0048】
2.正極および非水電解質電池の評価
(1)正極の膜厚分布
実施例および比較例において形成された正極の膜厚分布を求めた。その結果、比較例の膜厚分布の大きさが平均±20%、最大±30%と大きい値であるのに対して、実施例では平均±8%であり、最大でも±10%であり、膜厚分布の発生が十分に抑制されていることが確認できた。
【0049】
(2)非水電解質電池の評価
イ.初期短絡
実施例および比較例において作製された非水電解質電池における初期短絡の発生を調べた。その結果、比較例の非水電解質電池では初期短絡の発生が認められたのに対して、実施例の非水電解質電池では初期短絡の発生が認められなかった。
【0050】
ロ.充放電サイクル特性
実施例および比較例において作製された非水電解質電池を用いて、充放電サイクル特性を評価した。その結果、比較例の非水電解質電池では充放電サイクル特性が充分ではなかったのに対して、実施例の非水電解質電池では良好な充放電サイクル特性が得られた。
【符号の説明】
【0051】
1 第1外枠(下枠)
2 中枠
3 第2外枠(上枠)
4 突起
11、21、31 開口
12、22、32 固定用穴
13、23、33 ホルダー取付け用穴
24、34 位置合わせ用穴
1a、3a テーパ
M 基材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の外周部を、基材ホルダーにより固定する基材固定工程と、固定された前記基材の表面に、気相成長法を用いて、正極層を成膜する成膜工程とを有する電池用正極の製造方法であって、
前記基材を上下方向から保持する1対の中枠と、前記中枠を外側から保持し、かつ、開口部が基材面側から外側に向けて開口面積が大きくなるように形成される1対の外枠とを有する基材ホルダーを用い、
前記基材ホルダーにより固定される基材のうち、前記開口部内に位置する基材の表面に、前記正極層を成膜することを特徴とする電池用正極の製造方法。
【請求項2】
前記中枠の開口面積が、前記外枠の基材面側の開口面積よりも大きいことを特徴とする請求項1に記載の電池用正極の製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の電池用正極の製造方法を用いて製造されていることを特徴とする電池用正極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−124012(P2011−124012A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−278398(P2009−278398)
【出願日】平成21年12月8日(2009.12.8)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】