説明

駆動車輪用軸受装置

【課題】 軸受部と外側継手部材との対向面間での急激な相対滑りにより発生するスティックスリップ音を長期に亘って確実に防止すると共に製品コストを削減する。
【解決手段】 内周に複列の外側軌道面52,54が形成された外輪50と、一端に車輪取付フランジ14を有すると共に外周に複列の内側軌道面12,22を有するハブ輪10および内輪20と、外輪50の外側軌道面52,54とハブ輪10および内輪20の内側軌道面12,22との間に介装された複列の転動体30,40とを備え、ハブ輪10の軸孔に等速自在継手60の外側継手部材62から延びるステム部66を圧入してスプライン嵌合させた駆動車輪用軸受装置において、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間に、多数の針状ころ82を放射状に配置した状態で樹脂材またはゴム材84により転動自在に保持したスラスト転がり軸受80を介在させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動車の懸架装置に対して駆動車輪(FF車の前輪、FR車の後輪、4WD車の全輪)を回転自在に支持する駆動車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車輪用軸受装置には、従動車輪用と駆動車輪用があり、それぞれの用途に応じて種々の形式のものが提案されている。例えば、図16は駆動車輪用軸受装置で、ハブ輪110および内輪120、複列の転動体130,140、外輪150、等速自在継手160を主要な構成要素としている。
【0003】
ハブ輪110は、その外周面にアウトボード側の内側軌道面112が形成されると共に、車輪(図示せず)を取り付けるための車輪取付フランジ114を備えている。この車輪取付フランジ114の円周方向等間隔に、ホイールディスクを固定するためのハブボルト116が植設されている。このハブ輪110の外周面に形成された小径段部118に内輪120を嵌合させ、この内輪120の外周面にインボード側の内側軌道面122が形成されている。このハブ輪110の軸孔の内周面には、後述の等速自在継手160をトルク伝達可能に連結するための雌スプライン111が形成されている。
【0004】
内輪120は、クリープを防ぐために適当な締め代をもってハブ輪110の小径段部118に圧入されている。ハブ輪110の外周面に形成されたアウトボード側の内側軌道面112と、内輪120の外周面に形成されたインボード側の内側軌道面122とで複列の内側軌道面を構成している。
【0005】
外輪150は、内周面にハブ輪110および内輪120の内側軌道面112,122と対向する複列の外側軌道面152,154が形成され、車体(図示せず)に取り付けるための車体取付フランジ156を備えている。この車体取付フランジ156は、車体の懸架装置(図示せず)から延びるナックルに取り付け孔158を利用してボルト等で固定される。
【0006】
軸受部170は、複列のアンギュラ玉軸受構造で、ハブ輪110および内輪120の外周面に形成された内側軌道面112,122と外輪150の内周面に形成された外側軌道面152,154との間に転動体130,140を介在させ、各列の転動体130,140を保持器132,142により円周方向等間隔に支持した構造を有する。
【0007】
軸受部170の両端開口部には、ハブ輪110と内輪120の外周面に摺接するように、外輪150とハブ輪110および内輪120との環状空間を密封する一対のシール134,144が外輪150の両端部内径に嵌合され、内部に充填された潤滑剤の漏洩ならびに外部からの水や異物の侵入を防止するようになっている。
【0008】
前述したハブ輪110に等速自在継手160の外側継手部材162を連結することにより、駆動車輪用軸受装置が構成される。等速自在継手160の外側継手部材162は、ドライブシャフトを構成する中間軸(図示せず)の一端に設けられ、内側継手部材、ボールおよびケージからなる内部部品(図示せず)を収容したカップ状のマウス部164と、そのマウス部164の基部から軸方向に一体に延びるステム部166とで構成されている。このステム部166の外周面には、前述のハブ輪110とトルク伝達可能に連結するための雄スプライン168が形成されている。
【0009】
この外側継手部材162のステム部166をハブ輪110の軸孔に圧入し、ステム部166の外周面に形成された雄スプライン168とハブ輪110の軸孔内周面に形成された雌スプライン111を嵌合させることにより、トルク伝達可能となっている。
【0010】
この時、内輪120のインボード側端部と外側継手部材162の肩部161との対向面、つまり、内輪120のインボード側端部の端面124と外側継手部材162の肩部161の端面163とを突き合わせた状態で、ステム部166の端部に形成された雄ねじ部165にナット172を締め付けることによって、等速自在継手160をハブ輪110に固定すると共に軸受部170に予圧を付与している。
【0011】
ところで、前述した駆動輪用軸受装置では、軸受部170の内輪120のインボード側端部の端面124と外側継手部材162の肩部161の端面163とが突き合わされた接触状態にあることから、例えば車両発進時、軸受部170の内輪120のインボード側端部の端面124と外側継手部材162の肩部161の端面163との間で、カッキン音と通称されるスティックスリップ音が発生するおそれがある。
【0012】
このスティックスリップ音は、車両発進時、静止状態にある軸受部170のハブ輪110に対して等速自在継手160の外側継手部材162から回転トルクが負荷されると、雌雄スプライン111,168を介して外側継手部材162からハブ輪110へ回転トルクを伝達しようとするが、外側継手部材162と軸受部170との間の伝達トルク変動と外側継手部材162のねじれにより、ハブ輪110に圧入された内輪120のインボード端部と外側継手部材162の肩部161との間で急激な滑りが発生する。この急激な滑りが原因となってスティックスリップ音が発生する。
【0013】
前述したスティックスリップ音を未然に防止する手段として、軸受部170と外側継手部材162との対向面124,163間に、円板状の摺動部材からなるスラスト軸受を介在させた手段(例えば、特許文献1参照)、あるいは、軸受部170と外側継手部材162との対向面124,163間に、外輪、複数の転動体および内輪からなる玉軸受であるスラスト転がり軸受を介在させた手段(例えば、特許文献2参照)が講じられている。
【0014】
これら特許文献1,2では、軸受部170と外側継手部材162との対向面124,163間にスラスト軸受を介在させることにより、その軸受部170と外側継手部材162との間での摩擦抵抗を小さくするようにして、急激な滑りを発生させることなく、スティックスリップ音が発生しないようにしている。
【特許文献1】特開2005−145315号公報
【特許文献2】特開2006−275174号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
ところで、特許文献1,2に開示された駆動車輪用軸受装置では、前述したように、軸受部170と外側継手部材162との対向面124,163間に、円板状の摺動部材からなるスラスト軸受、あるいは、外輪、複数の転動体および内輪からなる玉軸受であるスラスト転がり軸受を介在させることにより、スティックスリップ音の発生を未然に防止するようにしている。
【0016】
しかしながら、特許文献1の駆動車輪用軸受装置では、スラスト軸受として滑り軸受を使用しているため、転がり軸受に対して摩擦係数も高く、スティックスリップ音を長期に亘って完全に防止することが困難である。また、特許文献2の駆動車輪用軸受装置では、スラスト軸受として転がり軸受を使用しているが、その転がり軸受として、外輪、複数の転動体および内輪からなる玉軸受を使用していることから、部品点数が多く、駆動車輪用軸受装置のコストアップを招くという問題がある。
【0017】
そこで、本発明は前述の問題点に鑑みて提案されたもので、その目的とするところは、軸受部と外側継手部材との対向面間での急激な相対滑りにより発生するスティックスリップ音を長期に亘って確実に防止すると共に製品コストを削減し得る駆動車輪用軸受装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
前述の目的を達成するための技術的手段として、本発明は、内周に複列の外側軌道面が形成された外方部材と、一端に車輪取付フランジを有すると共に外周に複列の内側軌道面を有し、ハブ輪と内輪からなる内方部材と、外方部材の外側軌道面と内方部材の内側軌道面との間に介装された複列の転動体とを備え、ハブ輪の軸孔に等速自在継手の外側継手部材から延びるステム部を圧入してスプライン嵌合させた駆動車輪用軸受装置において、外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面間に、多数の針状ころを放射状に配置した状態で樹脂材またはゴム材により転動自在に保持したスラスト転がり軸受を介在させたことを特徴とする。
【0019】
本発明では、外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面間に、多数の針状ころを放射状に配置した状態で樹脂材またはゴム材により転動自在に保持したスラスト転がり軸受を介在させたことにより、内方部材を有する軸受部と外側継手部材との間の伝達トルク変動と外側継手部材のねじれにより、軸受部と外側継手部材との間で急激な滑りが発生することなく、スティックスリップ音の発生を未然に防止することができる。
【0020】
また、このスラスト転がり軸受は、多数の針状ころを放射状に配置した状態で樹脂材またはゴム材により転動自在に保持された構造であるため、滑り軸受に対して摩擦係数が低いので、スティックスリップ音を長期に亘って完全に防止することができる。さらに、スラスト転がり軸受が針状ころを樹脂材またはゴム材で固めた構造であるため、部品点数の低減化が図れる。
【0021】
本発明におけるスラスト転がり軸受は、樹脂材またはゴム材の厚みを任意に選択することができる。樹脂材またはゴム材の厚みを針状ころの外径以下とすると、外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面に針状ころが直接接触することになり、針状ころの転動の円滑化が図れてスティックスリップ音の発生を確実に防止できる。
【0022】
さらに、本発明において、樹脂材またはゴム材の厚みを針状ころの外径よりも大きくしたスラスト転がり軸受を、外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面間に所定の締付力でもって挟み込んだ構造とすることが望ましい。樹脂材またはゴム材の厚みを針状ころの外径よりも大きくしたスラスト転がり軸受を、外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面間に所定の締付力でもって挟み込めば、その所定の締付力による樹脂材またはゴム材の変形でもって樹脂材またはゴム材の厚みが針状ころの外径と同一となる。これにより、厚みが針状ころの外径と同一になった樹脂材またはゴム材でもって、外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面間を密封することができ、水分等の異物の内部への侵入を防止することができてシール性の確保が容易となる。
【0023】
本発明の前述した構成において、外側継手部材の肩部と内方部材の端部との二つの対向面の一方あるいは両方に、スラスト転がり軸受の一部を収容する凹所を形成することが望ましい。この凹所により、外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面間でスラスト転がり軸受を径方向で位置決めすることが可能となる。
【0024】
本発明の前述した構成において、スラスト転がり軸受の軸方向移動を阻止する規制部を凹所に付設することが望ましい。この規制部により、駆動車輪用軸受装置の製造における運搬時や取り扱い時に、スラスト転がり軸受が外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面間から脱落することを防止でき、取り扱い性の向上が図れる。
【0025】
本発明の前述した構成において、スラスト転がり軸受の樹脂材を凹所に圧入することが望ましい。この凹所への圧入により、駆動車輪用軸受装置の製造における運搬時や取り扱い時に、スラスト転がり軸受が外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面間から脱落することを防止でき、取り扱い性の向上が図れる。
【0026】
本発明の前述した構成において、外側継手部材の肩部と内方部材の端部との二つの対向面と、スラスト転がり軸受の針状ころとの間に、潤滑剤を介在させることが望ましい。このようにすれば、スラスト転がり軸受の潤滑性が向上し、転がり抵抗の低減化が図れて、より一層長期に亘ってスティックスリップ音の発生を防止できる。
【0027】
なお、この駆動車輪用軸受装置は、一方の内側軌道面が形成されたハブ輪の外周面に小径段部を形成し、その小径段部に他方の内側軌道面が形成された内輪を圧入したタイプに適用可能で、この場合、内輪の端部を外側継手部材の肩部と対向させた構造となる。また、一方の内側軌道面が形成されたハブ輪の外周面に小径段部を形成し、その小径段部に他方の内側軌道面が形成された内輪を圧入した上でハブ輪の小径段部の端部を加締めたタイプにも適用可能で、この場合、ハブ輪の加締め部を外側継手部材の肩部と対向させた構造となる。
【0028】
さらに、駆動車輪用軸受装置は、前述したタイプ以外に、ハブ輪の外周面に一対の内輪を嵌合させ、一方の内輪の外周面にアウトボード側の内側軌道面を形成し、他方の内輪の外周面にインボード側の内側軌道面を形成したタイプにも適用可能で、この場合、インボード側に位置する他方の内輪の端部を外側継手部材の肩部と対向させた構造となる。
【発明の効果】
【0029】
本発明では、外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面間に、多数の針状ころを放射状に配置した状態で樹脂材またはゴム材により転動自在に保持したスラスト転がり軸受を介在させた構造としている。これにより、車両発進時、静止状態にある軸受部のハブ輪に対して等速自在継手の外側継手部材から回転トルクが負荷された場合、内方部材を有する軸受部と外側継手部材との間の伝達トルク変動と外側継手部材のねじれにより、軸受部と外側継手部材との間で急激な滑りが発生することはない。その結果、スティックスリップ音の発生を未然に防止することができ、静粛性の向上が図れて搭乗者の違和感を解消することができる。
【0030】
また、このスラスト転がり軸受は、多数の針状ころを放射状に配置した状態で樹脂材またはゴム材により転動自在に保持された構造としている。そのため、滑り軸受に対して摩擦係数が低いので、スティックスリップ音を長期に亘って完全に防止することができる。さらに、スラスト転がり軸受が針状ころを樹脂材またはゴム材で固めた構造であるため、部品点数の低減化が図れて製品のコスト削減を図ることが容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
本発明に係る駆動車輪用軸受装置の実施形態を以下に詳述する。図1に示す実施形態の駆動車輪用軸受装置は、内方部材であるハブ輪10および内輪20、複列の転動体30,40、外方部材である外輪50、等速自在継手60を主要な構成要素としている。なお、以下の説明では、車両に組み付けた状態で、車両の外側寄りとなる側をアウトボード(図面左側)と呼び、中央寄りとなる側をインボード側(図面右側)と呼ぶ。
【0032】
ハブ輪10は、その外周面にアウトボード側の内側軌道面12が形成されると共に、車輪(図示せず)を取り付けるための車輪取付フランジ14を備えている。この車輪取付フランジ14の円周方向等間隔に、ホイールディスクを固定するためのハブボルト16が植設されている。このハブ輪10の外周面に形成された小径段部18に内輪20を嵌合させ、この内輪20の外周面にインボード側の内側軌道面22が形成されている。このハブ輪10の軸孔の内周面には、等速自在継手60をトルク伝達可能に連結するための雌スプライン11が形成されている。
【0033】
内輪20は、クリープを防ぐために適当な締め代をもってハブ輪10の小径段部18に圧入されている。ハブ輪10の外周面に形成されたアウトボード側の内側軌道面12と、内輪20の外周面に形成されたインボード側の内側軌道面22とで複列の内側軌道面を構成している。
【0034】
外輪50は、内周面にハブ輪10および内輪20の内側軌道面12,22と対向する複列の外側軌道面52,54が形成され、車体(図示せず)に取り付けるための車体取付フランジ56を備えている。この車体取付フランジ56は、車体の懸架装置(図示せず)から延びるナックルに取り付け孔58を利用してボルト等で固定される。
【0035】
軸受部70は、複列のアンギュラ玉軸受構造で、ハブ輪10および内輪20の外周面に形成された内側軌道面12,22と外輪50の内周面に形成された外側軌道面52,54との間に転動体30,40を介在させ、各列の転動体30,40を保持器32,42により円周方向等間隔に支持した構造を有する。
【0036】
軸受部70の両端開口部には、ハブ輪10と内輪20の外周面に摺接するように、外輪50とハブ輪10および内輪20との環状空間を密封する一対のシール34,44が外輪50の両端部内径に嵌合され、内部に充填されたグリースの漏洩ならびに外部からの水や異物の侵入を防止するようになっている。
【0037】
前述したハブ輪10に等速自在継手60の外側継手部材62を連結することにより、駆動車輪用軸受装置が構成される。等速自在継手60の外側継手部材62は、ドライブシャフトを構成する中間軸(図示せず)の一端に設けられ、内側継手部材、ボールおよびケージからなる内部部品(図示せず)を収容したカップ状のマウス部64と、そのマウス部64の基部から軸方向に一体に延びるステム部66とで構成されている。このステム部66の外周面には、前述のハブ輪10とトルク伝達可能に連結するための雄スプライン68が形成されている。
【0038】
この外側継手部材62のステム部66をハブ輪10の軸孔に圧入し、ステム部66の外周面に形成された雄スプライン68とハブ輪10の軸孔内周面に形成された雌スプライン11を嵌合させることにより、トルク伝達可能となっている。
【0039】
この実施形態の駆動車輪用軸受装置においては、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間にスラスト転がり軸受80を介在させ、ステム部66の端部に形成された雄ねじ部65にナット72を締め付けることによって、等速自在継手60をハブ輪10に固定すると共に軸受部70に予圧を付与している。このナット72による所定の締付力でもって、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間にスラスト転がり軸受80を挟み込んだ構造としている。なお、等速自在継手60とハブ輪10は、前述のナット72以外に、ボルトにより固定することも可能である。
【0040】
前述したスラスト転がり軸受80は、図2に示すように多数の針状ころ82を放射状に配置した状態で樹脂材またはゴム材84により転動自在に保持したリング状のものである。その材質としては、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂あるいは熱可塑性エラストマー等やゴムが使用可能であり、これらのうちからコストや性能を考慮した上で最適なものを選択すればよい。
【0041】
なお、熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリイミド樹脂、ウレタン樹脂、ポリウレア樹脂、アクリルウレタン樹脂、フッ素樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、アクリル樹脂、シリコーン樹脂、シランなどが好適である。また、熱可塑性樹脂としては、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ABS、アクリル樹脂、ポリアセタール、ポリアミド、ポリカーボネート、PBT、PET、PEEK、PPSなどが好適である。さらに、熱可塑性エラストマーとしては、エステル系、オレフィン系、ウレタン系、アミド系、スチレン系などが好適である。また、ゴム材としては、CR、EPDM、NBR、SBRなどが適用できる。
【0042】
この実施形態の駆動車輪用軸受装置では、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間に、多数の針状ころ82を放射状に配置した状態で樹脂材またはゴム材84により転動自在に保持したスラスト転がり軸受80を介在させた構造としている。つまり、転動自在な針状ころ82が、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24に接触した状態にある。この外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24が針状ころ82の転走面となっている。
【0043】
これにより、車両発進時、静止状態にある軸受部70のハブ輪10に対して等速自在継手60の外側継手部材62から回転トルクが負荷された場合、内輪20を有する軸受部70と外側継手部材62との間の伝達トルク変動と外側継手部材62のねじれがあっても、スラスト転がり軸受80における針状ころ82が外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24上で転動することにより、軸受部70と外側継手部材62との間で急激な滑りが発生することなく、スティックスリップ音の発生を未然に防止することができる。
【0044】
また、このスラスト転がり軸受80は、多数の針状ころ82を放射状に配置した状態で樹脂材またはゴム材84により転動自在に保持された構造であるため、従来で使用していた滑り軸受に対して摩擦係数が低いので、スティックスリップ音を長期に亘って完全に防止することができる。さらに、スラスト転がり軸受80が針状ころ82を樹脂材またはゴム材84で固めた構造であるため、部品点数の低減化が図れる。
【0045】
この実施形態におけるスラスト転がり軸受80は、樹脂材またはゴム材84の厚みtを針状ころ82の外径dよりも小さくしている(図3参照)。このようにすれば、針状ころ82を外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24に直接接触させることができ、針状ころ82の転動の円滑化が図れてスティックスリップ音の発生を確実に防止できる。
【0046】
また、他の実施形態として、樹脂材またはゴム材85の厚みTを針状ころ83の外径Dよりも大きくしたスラスト転がり軸受81を、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間に所定の締付力でもって挟み込んだ構造とすることも可能である(図4および図5参照)。
【0047】
図4は、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間にスラスト転がり軸受81を介在させ、ステム部66の端部に形成された雄ねじ部65にナット72を締め付ける前の状態を示し、図5は、ステム部66の端部に形成された雄ねじ部65にナット72を締め付けた後の状態を示す。
【0048】
図4の状態では、樹脂材またはゴム材85の厚みTを針状ころ83の外径Dよりも大きく設定したことにより、針状ころ83が樹脂材またはゴム材85の内部に埋設された状態にあり、針状ころ83が外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24に接触していない状態にある。この状態から、ステム部66の端部に形成された雄ねじ部65にナット72を締め付けると、そのナット72による所定の締付力でもって、図5に示すように樹脂材またはゴム材85が変形してその厚みが針状ころ83の外径と同一となる。その結果、針状ころ83が外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24に接触した状態となる。
【0049】
このようにして、ナット72による所定の締付力でもって変形し、厚みが針状ころ83の外径と同一になった樹脂材またはゴム材85で、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間を密封することができ、水分等の異物の内部への侵入を防止することができてシール性の確保が容易となる。
【0050】
図5に示す実施形態では、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24が平坦面であり、その平坦面を針状ころ83の転走面とした場合について説明したが、図6〜図8に示すように、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との二つの対向面63,24の一方あるいは両方に、スラスト転がり軸受81の一部を収容する凹所91,92を形成するようにしてもよい。この場合、凹所91,92内での対向面が針状ころ83の転走面91b,92bとなる。
【0051】
図6は外側継手部材62の肩部61の対向面63に凹所91を形成した場合を示す。この凹所91において、外側継手部材62の肩部61の径方向内側に位置する段部91aにより、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間で針状ころ83の径方向内側への移動が規制されてスラスト転がり軸受81の位置決めが可能となる。
【0052】
また、図7は内輪20のインボード側端部26の対向面24に凹所92を形成した場合を示す。この凹所92において、内輪20のインボード側端部26の径方向外側に位置する段部92aにより、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間で針状ころ83の径方向外側への移動が規制されてスラスト転がり軸受81の位置決めが可能となる。
【0053】
さらに、図8は外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との両対向面63,24に凹所91,92を形成した場合を示す。この凹所91,92において、外側継手部材62の肩部61の径方向内側と内輪20のインボード側端部26の径方向外側との両側に位置する段部91a,92aにより、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間で針状ころ83の径方向内側と径方向外側の両側への移動が規制されてスラスト転がり軸受81の位置決めが可能となる。
【0054】
この場合、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との両対向面63,24で針状ころ83の径方向外側と径方向内側の両側への位置規制が可能であることから、図6および図7に示す場合よりもその位置決めがより一層確実なものとなる。
【0055】
図9および図10は、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との二つの対向面63,24の一方に、スラスト転がり軸受81を収容する凹所93,94を形成すると共に、スラスト転がり軸受81の軸方向移動を阻止する規制部としての係止部93c,94cを凹所93,94に付設した実施形態を示す。この場合、凹所93,94内での対向面が針状ころ83の転走面93b,94bとなる。
【0056】
図9に示す実施形態は、外側継手部材62の肩部61の対向面63に凹所93を形成し、その凹所93の段部93aに係止部93cを突設した構造を具備する。また、図10に示す実施形態は、内輪20のインボード側端部26の対向面24に凹所94を形成し、その凹所94の段部94aに係止部94cを突設した構造を具備する。
【0057】
これらの実施形態では、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との二つの対向面63,24の一方に形成された凹所93,94にスラスト転がり軸受81を収容し、その凹所93,94の段部93a,94aに突設された係止部93c,94cによりスラスト転がり軸受81の軸方向移動を阻止することにより、駆動車輪用軸受装置の製造における運搬時や取り扱い時に、スラスト転がり軸受81が外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間から脱落することを防止でき、取り扱い性の向上が図れる。
【0058】
図11および図12は、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との二つの対向面63,24の一方に、スラスト転がり軸受81を収容する凹所95,96を形成すると共に、その凹所95,96にスラスト転がり軸受81の樹脂材またはゴム材85を圧入した実施形態を示す。この場合、凹所95,96内での対向面が針状ころ83の転走面95b,96bとなる。
【0059】
図11に示す実施形態は、外側継手部材62の肩部61の対向面63に、スラスト転がり軸受81の樹脂材またはゴム材85が圧入された凹所95を形成した構造を具備する。また、図12に示す実施形態は、内輪20のインボード側端部26の対向面24に、スラスト転がり軸受81の樹脂材またはゴム材85が圧入された凹所96を形成した構造を具備する。
【0060】
これらの実施形態では、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との二つの対向面63,24の一方に形成された凹所95,96に、スラスト転がり軸受81の樹脂材またはゴム材85を圧入したことにより、駆動車輪用軸受装置の製造における運搬時や取り扱い時に、スラスト転がり軸受81が外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との対向面63,24間から脱落することを防止でき、取り扱い性の向上が図れる。
【0061】
以上で説明した各実施形態においては、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との二つの対向面63,24とスラスト転がり軸受80,81の針状ころ82,83との間に、潤滑剤を介在させることが好ましい。このように、外側継手部材62の肩部61と内輪20のインボード側端部26との二つの対向面63,24とスラスト転がり軸受80,81の針状ころ82,83との間に、潤滑剤を介在させることにより、スラスト転がり軸受80,81の潤滑性が向上し、転がり抵抗の低減化が図れて、より一層長期に亘ってスティックスリップ音の発生を防止できる。
【0062】
なお、以上の各実施形態では、一方の内側軌道面12が形成されたハブ輪10の外周面に小径段部18を形成し、その小径段部18に他方の内側軌道面22が形成された内輪20を圧入したタイプの駆動車輪用軸受装置(図1参照)に適用した場合について説明したが、本発明はこれに限定されることなく、例えば、図13に示すように、一方の内側軌道面12が形成されたハブ輪10の外周面に小径段部18を形成し、その小径段部18に他方の内側軌道面22が形成された内輪20を圧入した上でハブ輪10の小径段部18の端部18aを加締めたタイプの駆動車輪用軸受装置にも適用可能である。この場合、内方部材であるハブ輪10の加締め部18aを外側継手部材62の肩部61と対向させた構造となる。
【0063】
さらに、図14および図15に示すように、ハブ輪10の外周面に一対の内輪20a,20bを嵌合させ、一方の内輪20aの外周面にアウトボード側の内側軌道面22aを形成し、他方の内輪20bの外周面にインボード側の内側軌道面22bを形成したタイプの駆動車輪用軸受装置にも適用可能で、この場合、インボード側に位置する他方の内輪20bを外側継手部材62の肩部61と対向させた構造となる。
【0064】
なお、図13〜図15に示す実施形態において、図1〜図3と同一部分は同一参照符号を付して重複説明は省略する。この図13〜図15に示す実施形態は、図1〜図3の実施形態におけるスラスト転がり軸受80を適用したものであるが、図4〜図12に示すスラスト転がり軸受81およびその組み付け構造を適用することも可能である。
【0065】
本発明は前述した実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々なる形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明に係る駆動車輪用軸受装置の実施形態を示す縦断面図である。
【図2】図1のスラスト転がり軸受を示す側面図である。
【図3】図1のスラスト転がり軸受を示す要部拡大図である。
【図4】本発明の他の実施形態で、外側継手部材の肩部と内輪のインボード側端部との対向面間にスラスト転がり軸受を介在させ、所定の締付力を付与する前の状態を示す要部拡大図である。
【図5】図4の状態から、所定の締付力を付与した後の状態を示す要部拡大図である。
【図6】本発明の他の実施形態で、外側継手部材の肩部に凹所を形成した構造を示す要部拡大図である。
【図7】本発明の他の実施形態で、内輪のインボード側端部に凹所を形成した構造を示す要部拡大図である。
【図8】本発明の他の実施形態で、外側継手部材の肩部と内輪のインボード側端部の両方に凹所を形成した構造を示す要部拡大図である。
【図9】本発明の他の実施形態で、外側継手部材の肩部に凹所を形成し、その凹所の段部に係止部を突設した構造を示す要部拡大図である。
【図10】本発明の他の実施形態で、内輪のインボード側端部に凹所を形成し、その凹所の段部に係止部を突設した構造を示す要部拡大図である。
【図11】本発明の他の実施形態で、外側継手部材の肩部に凹所を形成し、その凹所にスラスト転がり軸受の樹脂材またはゴム材を圧入した構造を示す要部拡大図である。
【図12】本発明の他の実施形態で、内輪のインボード側端部に凹所を形成し、その凹所にスラスト軸受の樹脂材またはゴム材を圧入した構造を示す要部拡大図である。
【図13】本発明を、ハブ輪の小径段部の端部を加締めたタイプの駆動車輪用軸受装置に適用した実施形態を示す縦断面図である。
【図14】本発明を、ハブ輪の外周面に一対の内輪を嵌合させたタイプの駆動車輪用軸受装置に適用した実施形態を示す縦断面図である。
【図15】本発明を、ハブ輪の外周面に一対の内輪を嵌合させた他のタイプの駆動車輪用軸受装置に適用した実施形態を示す縦断面図である。
【図16】駆動車輪用軸受装置の従来例を示す縦断面図である。
【符号の説明】
【0067】
10 内方部材(ハブ輪)
12 内側軌道面
14 車輪取付フランジ
20 内方部材(内輪)
22 内側軌道面
24 対向面
26 端部(インボード側端部)
30,40 転動体
50 外方部材(外輪)
52,54 外側軌道面
60 等速自在継手
61 肩部
62 外側継手部材
63 対向面
66 ステム部
80,81 スラスト転がり軸受
82,83 針状ころ
84,85 樹脂材またはゴム材
91〜96 凹所
91b〜96b 転走面
93c,94c 規制部(係止部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に複列の外側軌道面が形成された外方部材と、一端に車輪取付フランジを有すると共に外周に複列の内側軌道面を有し、ハブ輪と内輪からなる内方部材と、前記外方部材の外側軌道面と内方部材の内側軌道面との間に介装された複列の転動体とを備え、前記ハブ輪の軸孔に等速自在継手の外側継手部材から延びるステム部を圧入してスプライン嵌合させた駆動車輪用軸受装置において、前記外側継手部材の肩部と前記内方部材の端部との対向面間に、多数の針状ころを放射状に配置した状態で樹脂材またはゴム材により転動自在に保持したスラスト転がり軸受を介在させたことを特徴とする駆動車輪用軸受装置。
【請求項2】
前記スラスト転がり軸受は、樹脂材またはゴム材の厚みを針状ころの外径よりも小さくした請求項1に記載の駆動車輪用軸受装置。
【請求項3】
前記樹脂材またはゴム材の厚みを針状ころの外径よりも大きくしたスラスト転がり軸受を、前記外側継手部材の肩部と内方部材の端部との対向面間に所定の締付力でもって挟み込んだ請求項1に記載の駆動車輪用軸受装置。
【請求項4】
前記外側継手部材の肩部と内方部材の端部との二つの対向面の一方に、スラスト転がり軸受の一部を収容する凹所を形成した請求項1〜3のいずれか一項に記載の駆動車輪用軸受装置。
【請求項5】
前記外側継手部材の肩部と内方部材の端部との二つの対向面の両方に、スラスト転がり軸受の一部を収容する凹所を形成した請求項1〜3のいずれか一項に記載の駆動車輪用軸受装置。
【請求項6】
前記スラスト転がり軸受の軸方向移動を阻止する規制部を前記凹所に付設した請求項1〜4のいずれか一項に記載の駆動車輪用軸受装置。
【請求項7】
前記スラスト転がり軸受の樹脂材またはゴム材を前記凹所に圧入した請求項1〜4のいずれか一項に記載の駆動車輪用軸受装置。
【請求項8】
前記外側継手部材の肩部と内方部材の端部との二つの対向面と、スラスト転がり軸受の針状ころとの間に、潤滑剤を介在させている請求項1〜7のいずれか一項に記載の駆動車輪用軸受装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2009−154591(P2009−154591A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−332445(P2007−332445)
【出願日】平成19年12月25日(2007.12.25)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】