説明

3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法

【課題】微生物の培養により生産された培養液から、3−ヒドロキシプロピオン酸類を得るために、水及び副生物を除去し、3−ヒドロキシプロピオン酸類を製造することを目的とする。
【解決手段】本発明の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法は、微生物発酵培養液を、逆浸透膜に通じることにより、3−ヒドロキシプロピオン酸類を含んだ水溶液を非透過液側に分離回収し、透過液側に水及び副生物を分離除去することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法、ならびに当該方法で得られた3−ヒドロキシプロピオン酸類からアクリル酸を製造する方法に関する。特に、本発明は、培養により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸類を含む培養液からの水及び副生物を除去し、3−ヒドロキシプロピオン酸類を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化防止および環境保護の観点から、炭素源としてリサイクル可能な生物由来資源を従来の化石原料の代替として用いることが注目されている。例えば、汎用化成品、プラスチックおよび燃料生産の原料として、トウモロコシや小麦等の澱粉系バイオマス、サトウキビなどの糖質系バイオマス、および菜種の絞りかすや稲わら等のセルロース系バイオマス等のバイオマス資源を原料として利用する方法の開発が試みられている。
【0003】
3−ヒドロキシプロピオン酸は微生物の培養により生産可能なことが報告されている。例えば、特許文献1では、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有さない大腸菌に遺伝子組換えにより3―ヒドロキシプロピオン酸生成能を付与し、得られた組換え微生物を3−ヒドロキシプロピオン酸の発酵生産に用いる方法が開示されている。
【0004】
一方、非特許文献1および2では、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を元来保有する微生物を3−ヒドロキシプロピオン酸の発酵生産に用いる方法が開示されている。具体的に、非特許文献1では、Deusulforibrio属細菌を用いて、非特許文献2では、Lactobacillus属細菌を用いて、3−ヒドロキシプロピオン酸の発酵生産が行われている。
【0005】
このような微生物の培養による3−ヒドロキシプロピオン酸の生産方法では、得られる培養液は、非常に希薄な3−ヒドロキシプロピオン酸類の水溶液である。また、3−ヒドロキシプロピオン酸以外に発酵副生物が生成しうる。例えば、エタノール、乳酸、酢酸、1,3−プロパンジオール、プロパノール、プロピオン酸等が3−ヒドロキシプロピオン酸以外の副生物として生成するとの報告がある。これら副生物は、3−ヒドロキシプロピオン酸を脱水してアクリル酸を合成しても、不純物として残存する。特に副生するエタノールは、3−ヒドロキシプロピオン酸の不純物となるばかりか、脱水反応をする際には、エチレンを生成したり、ブテン類やその他の重合性不飽和結合を有する炭化水素類を生成することがある。
【0006】
このような微生物の培養により得られる培養液から、3−ヒドロキシプロピオン酸を回収する方法として、蒸留が一般的であるが、大量のエネルギーが必要である。また、特許文献2には、水に不混和性であるアミン有機抽出溶媒を用いて処理する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2008/027742号
【特許文献2】国際公開第2002/090312号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Qatibi AI et al.,Current Microbiology,1998,36,283−290
【非特許文献2】Sobolov M et al.,J. bacteriol,1960,79,261−266
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、微生物を用いた培養液から3−ヒドロキシプロピオン酸を製造する場合、培養液からの水や副生物の除去が重要となる。水や副生物の除去には、蒸留が一般的であるが、大量のエネルギーが必要である。また、除去した水を全て廃棄した場合、その廃棄処理に要するコストが必要となる。副生物の中には、3−ヒドロキシプロピオン酸の不純物となるばかりか、その後脱水反応をする際に、反応を阻害するものも含まれる。例えばエタノールは、エチレンを生成したり、ブテン類やその他の重合性不飽和結合を有する炭化水素類を生成することがある。特許文献2では、水に不混和性である有機アミン抽出溶媒を用いて処理する方法が示されているが、この方法では、3−ヒドロキシプロピオン酸と副生するエタノールや有機酸が共に抽出される。そのため、脱水によりアクリル酸を生産する前に、蒸留などの手段を用いてエタノールを除去する必要があり、そのために多くのエネルギーを消費してしまうという問題があった。
【0010】
本発明は、微生物の培養液から3−ヒドロキシプロピオン酸類を得るために、蒸留や有機アミン抽出を行わないで、水及び副生物を除去し、3−ヒドロキシプロピオン酸類を製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、微生物による発酵培養液を、逆浸透膜に通じることにより、容易に3−ヒドロキシプロピオン酸類を含んだ水溶液を非透過液側に回収し、透過液側に副生物を含んだ水溶液を除去することができることを見出した。更に、除去した透過液を培養に再利用することで廃水量を大幅に削減できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、次の(1)〜(7)から構成される。
(1)微生物の培養により培養液中に生産された3−ヒドロキシプロピオン酸類を分離することによる3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法であって、該培養液を逆浸透膜に通じて該培養液中の副生物を含む水溶液を透過液側に除去し、非透過液側より3−ヒドロキシプロピオン酸類を含む水溶液を回収する工程を含み、且つ該透過液の一部又は全てを培養に再利用する事を特徴とする3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
(2)前記副生物がエタノールを含むものであるである(1)記載の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
(3)前記逆浸透膜の表面が荷電を帯びているものである(1)または(2)記載の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
(4)前記逆浸透膜の性能が、3.5%塩化ナトリウム水溶液を操作圧力5.5MPa、原水温度25℃で処理したときの塩除去率が98%以上のものである、(1)から(3)いずれかに記載の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
(5)前期逆浸透膜の機能層がポリアミドである、(1)から(4)のいずれかに記載の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
(6)前記工程における操作圧力が1MPa以上8MPa以下である、(1)から(5)のいずれかに記載の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
(7)(1)〜(6)のいずれか1項の製造方法により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸類溶液中の3−ヒドロキシプロピオン酸を脱水処理することを含む、アクリル酸の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によると、微生物の培養により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸類の水溶液から、副生物を含む水溶液を容易に除去することが出来る。そのため、アクリル酸の原料として使用しうる3−ヒドロキシプロピオン酸を、低エネルギーで生産することが可能となる。
【0014】
また、3−ヒドロキシプロピオン酸は、脱水することによりアクリル酸を製造することができる。アクリル酸は、水溶性ポリマー、吸水性樹脂の原料として利用可能であり、また誘導体であるアクリル酸エステルはコーティング剤、仕上げ剤、ペイント、接着剤の製造に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の代表的な膜濃縮装置
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法は、微生物の発酵培養により培養液中に生産された3−ヒドロキシプロピオン酸類を分離する工程を含む方法であって、該培養液を逆浸透膜に通じて該培養液中の副生物を含んだ水溶液を透過液側に除去し、非透過液側から3−ヒドロキシプロピオン酸類を含んだ水溶液を回収するものである。逆浸透膜を用いることにより、蒸留や、有機溶媒による抽出など複雑な操作を行うことなく、容易に3−ヒドロキシプロピオン酸類の濃度を高めた水溶液を得ることが可能となる。
【0017】
本発明の3−ヒドロキシプロピオン酸類とは、3−ヒドロキシプロピオン酸および/またはその塩を含み、さらに、それらのダイマーやオリゴマーが含んでいてもよい。好ましくは、3−ヒドロキシプロピオン酸および/またはその塩をいう。また、「逆浸透膜に通じる」とは、微生物の発酵培養により生産された培養液を、逆浸透膜に通じて濾過し、非透過液側に3−ヒドロキシプロピオン酸類を含んだ水溶液を濾別回収し、透過液側に副生物を含む水溶液を濾液として除去することを意味する。
【0018】
上記培養液中に含まれる副生物としては、使用する微生物により異なるが、例えばエタノール、1,3−プロパンジオール、プロパノールなどのアルコール類、乳酸、酢酸、プロピオン酸などの酸類、アセトンなどのケトン類などである。本発明においては、エタノール、1,3−プロパンジオール、プロパノールなどのアルコールを含んだ水溶液を透過液側に除去することが好ましい。エタノールは、後工程の脱水反応でエチレンを生成したり、ブテン類やその他の重合性不飽和結合を有する炭化水素類を生成するため、3−ヒドロキシプロピオン酸類を含んだ水溶液と分離することが好ましい。
【0019】
上記逆浸透膜の透過選択性を評価する方法としては、限定されないが、好ましくは3−ヒドロキシプロピオン酸類の透過阻止率を算出して評価する方法が挙げられる。3−ヒドロキシプロピオン酸類の透過阻止率は、高速液体クロマトグラフィーに代表される分析により、原水に含まれる3−ヒドロキシプロピオン酸類の濃度(原水3HP濃度)と透過液に含まれる3−ヒドロキシプロピオン酸類の濃度(透過液3HP濃度)を測定することで、下記式(1)によって算出することができる。
透過阻止率(%)=100−(透過液3HP濃度/原水3HP濃度)×100・・・式(1)。
【0020】
式(1)と同様に、副生物の透過阻止率を算出することができる。
膜単位面積当たりの透過流量(膜透過流束)の評価方法としては、透過水量及び透過水量を採水した時間及び膜面積を測定することで、式(2)によって算出することができる。
膜透過流束(kg/時間・m)=透過水量/(膜面積×採水時間)・・・式(2)。
【0021】
上記逆浸透膜の3−ヒドロキシプロピオン酸類及び除去したい副生物の透過阻止率は、3−ヒドロキシプロピオン酸類の方が除去したい副生物よりも高ければ特に制限されない。好ましくは3−ヒドロキシプロピオン酸類透過阻止率80%以上、副生物透過阻止率75%以下、より好ましくは3−ヒドロキシプロピオン酸類透過阻止率85%以上、副生物70%以下、最も好ましくは、3−ヒドロキシプロピオン酸類透過阻止率90%以上、副生物70%以下である。
【0022】
副生物がエタノールである場合、上記逆浸透膜は、3−ヒドロキシプロピオン酸類の透過阻止率が、エタノールの透過阻止率よりも高い必要がある。即ち、微生物の培養により得られる培養液を逆浸透膜に通じる際に、3−ヒドロキシプロピオン酸類の透過阻止率の方がエタノールの透過阻止率よりも高い逆浸透膜では、透過液側に3−ヒドロキシプロピオン酸類よりもエタノールの方が多く除去される。そのため結果として、培養液から水とエタノールが除去される。
【0023】
本発明の3−ヒドロキシプロピオン酸類製造方法は、培養液を逆浸透膜で濾過した際の透過液の一部または全てを再利用する工程を含むものである。即ち、透過液を再利用する事で、廃水量を低減することができる。再利用する透過液の量は特に制限されないが、透過液の10%〜100%が好ましく、より好ましくは30〜99%、最も好ましくは、50〜95%である。
【0024】
上記逆浸透膜の膜分離性能としては、3.5%塩化ナトリウム水溶液を用いて評価できる。該塩化ナトリウム水溶液を温度25℃、pH6.5に調整し、これを5.5MPaの濾過圧で評価した時の塩化ナトリウム阻止率で評価できる。塩化ナトリウム透過阻止率は式(1)及び式(2)と同様に算出することができる。本発明の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法で用いる逆浸透膜の上記塩化ナトリウム阻止率は、特に制限されないが、好ましくは90%以上であり、より好ましくは95%以上、最も好ましくは、98%以上である。
【0025】
上記逆浸透膜は、その膜の構造、表面の性質などは特に制限されないが、膜表面に荷電を帯びているものが好ましい。膜表面に荷電を帯びた逆浸透膜では、3−ヒドロキシプロピオン酸及び/又はその塩は、静電的な反発の効果で膜表面に接近しづらくなる。その結果、膜表面に荷電を帯びた逆浸透膜は、3−ヒドロキシプロピオン酸類に対する透過阻止率が高い。一方で、電気的に中性なエタノールは、静電的な反発の効果を受けない。結果として、3−ヒドロキシプロピオン酸類の透過阻止率は、エタノールの透過阻止率よりも高いものとなる。
【0026】
上記逆浸透膜の素材としては、特に制限されず、一般に市販されている酢酸セルロース系ポリマー、ポリアミド、ポリエステル、ポリイミド、ビニルポリマーなどの高分子素材を選択することができる。これら1種類の素材で構成される膜に限定されず、複数の膜素材を含む膜であってよい。またその膜構造は、膜の少なくとも片面に緻密層を持ち、緻密層から膜内部あるいはもう片方の面に向けて徐々に大きな孔径の微細孔を有する非対称膜や、非対称膜の緻密層の上に別の素材で形成された非常に薄い機能層を有する複合膜であってもよい。好ましく使用される逆浸透膜としては、酢酸セルロース系のポリマーを機能層とした複合膜(以下、酢酸セルロース系の逆浸透膜ともいう)又は、ポリアミドを機能層とした複合膜(以下、ポリアミド系の逆浸透膜ともいう)が挙げられる。ここで、酢酸セルロース系のポリマーとしては、酢酸セルロース、二酢酸セルロース、三酢酸セルロース、プロピオン酸セルロース、酪酸セルロース等のセルロースの有機酸エステルの単独もしくは、これらの混合物並びに混合エステルを用いたものが挙げられる。ポリアミドとしては、脂肪族及び/又は芳香族のジアミンをモノマーとする線状ポリマー又は、架橋ポリマーが挙げられる。ポリアミド系の逆浸透膜は、特に3−ヒドロキシプロピオン酸類に対して高い透過阻止率を持つためにより好ましい。
【0027】
上記逆浸透膜の具体例としては、例えば、日東電工(株)製ES20−D、ES20−U、ES15−D、ES15−U、ES10−D、NTR−759HR、LF10−D、NTR−70SWC、ES20B−D、NTR−729HF、NTR−7250、東レ(株)製ポリアミド系逆浸透膜(UTC)SU710、SU−720、SU−720F、SU−710L、SU−720L、SU−720LF、SU−720R、SU−710P、SU−720P、SU−810、SU−820、SU−820L、SU−820FA、同社酢酸セルロース系逆浸透膜SC−L100R、SC−L200R、SC−1100、SC−01200、SC−2100、SC−2200、SC−3100、SC−3200、SC−8100,SC−8200,GE製AD、AE、AK、AG、SC、SE、SG、CD、CE、CG、HWS、DK、DL、Dow Filmtec製BW30−4040、TW30−4040、XLE−4040、LP−4040、LE−4040、SW30−4040、SW30HRLE−4040、NF90−400、NF270−4040、NF−400、KOCH製MPS−34、MPS−36、MPS−44、MPS−50、MPT−20、MPT−32、NADIR製NP010、NP030、EVONIK製DuraMem、PuraMemなどが挙げられる。
【0028】
本発明において、微生物培養液を逆浸透膜に通じる工程は、圧力をかけて濾過を行う工程である。濾過圧力を高く設定することで透過流束を向上させることができ、膜使用量を低減できるために分離コストを下げることが可能となる。一方で、濾過圧力を低く設定することで、濾過にかかるエネルギーを低減でき、更に膜の寿命を延ばすことが可能となり、分離コストを下げることが可能となる。本発明において、濾過圧力は特に制限されないが、上記のような理由から1MPa以上8MPa以下が好ましい。より好ましくは、2MPa以上7MPa以下であり、最も好ましくは、3MPa以上6MPa以下である。
【0029】
本発明において、逆浸透膜に通じる微生物培養液の3−ヒドロキシプロピオン酸類の濃度は、特に制限されない。上記濃度が高ければ、処理する該微生物培養液の量が減るので分離にかかるコストが低減できる。一方で上記濃度が高すぎると、透過流束、3−ヒドロキシプロピオン酸類の透過阻止率の低下が起こるので好ましくない。そのため、該3−ヒドロキシプロピオン酸類の濃度は、10g/L以上300g/L以下が好ましく、より好ましくは30g/L以上250g/L以下であり、最も好ましくは、50g/L以上200g/L以下である。
【0030】
本発明において、微生物培養液を逆浸透膜に通じる工程は、該微生物培養液を処理せずに行うことも可能であるが、処理した後に行っても良い。前記の微生物培養液の処理方法としては、特に限定されないが、遠心分離、フィルター濾過、精密濾過、限外濾過、溶媒抽出、蒸留などが挙げられる。遠心分離、精密濾過、限外濾過工程が好ましく、より好ましくは、遠心分離、精密濾過である。
【0031】
本発明の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法においては、培養液中に生産された3−ヒドロキシプロピオン酸は酸の状態で存在していても、塩の状態で存在していてもよい。3−ヒドロキシプロピオン酸の塩としては、無機塩が挙げられる。ここでいう無機塩としては、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、アンモニウム塩であり、これらの混合物であってもよい。
【0032】
本発明微生物の培養により得られる培養液を逆浸透膜に通じることで、得られる3−ヒドロキシプロピオン酸類の溶液に含まれるエタノールは、処理前の培養液と比較して低減される。したがって、得られる3−ヒドロキシプロピオン酸類の水溶液は未精製のまま、アクリル酸の製造等に供することも可能となる。
【0033】
具体的には、培養液を逆浸透膜に通じて得られる3−ヒドロキシプロピオン酸類の水溶液におけるエタノールの含有率は、3−ヒドロキシプロピオン酸及び/又はその塩の全質量に対して、1質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以下であることがより好ましく、0.1質量%以下であることがさらに好ましい。このように、3−ヒドロキシプロピオン酸類の溶液中のエタノールを低減することにより、アクリル酸製造工程における脱水反応に使用される反応器や流路の閉塞や、触媒のコーキング、得られるアクリル酸の純度低下や着色を効果的に防ぐことができる。
【0034】
上記した微生物の培養により得られる培養液を逆浸透膜に通じて得られる3−ヒドロキシプロピオン酸類の水溶液は、そのままアクリル酸の製造に供することも可能であるが、必要によりさらに精製を行ってもよい。3−ヒドロキシプロピオン酸の精製法は当該技術分野において周知である。周知の精製法だけを行うよりも、逆浸透膜を通じることにより純度の高い3−ヒドロキシプロピオン酸類を得ることができ、またエネルギーも低減することができる。周知の方法としては、例えば、有機溶媒を用いる抽出、蒸留およびカラムクロマトグラフィーに反応混合物を供することにより、3−ヒドロキシプロピオン酸を分離することができる(米国特許第5,356,812号)。また、親水性ゼオライト膜などを用いた浸透気化法により水を除去することも可能である。さらに、3−ヒドロキシプロピオン酸及び/又はその塩の溶液を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析にかけることにより、3−ヒドロキシプロピオン酸を直接同定することもできる。
【0035】
以下、本発明の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法に供される、微生物の発酵培養について説明する。なお、以下では、所望の反応を触媒する酵素名または酵素遺伝子名を記載しているが、所望の反応を触媒できる酵素または酵素遺伝子であれば、その酵素名、酵素遺伝子名に関わらず、本明細書記載の酵素または酵素遺伝子と同様に利用することが可能である。
【0036】
本形態において3−ヒドロキシプロピオン酸の原料となる有機化合物(炭素源)は特に制限されない。例えば、糖、糖アルコール、アルコール、脂肪酸、カルボン酸、一酸化炭素、または二酸化炭素等が使用されうる。ここで、糖としては、特に制限されず、培養に使用される一般的な糖が使用でき、その生物種によって適宜選択される。例えば、グルコース、ラクトース、ガラクトース、フルクトース等の六炭糖類、キシロース等の五炭糖類、デンプンの加水分解等により得られた糖類、セルロース系バイオマスを糖化処理することにより得られる糖類などが使用できる。また、糖アルコールとしては、特に制限されず、培養に使用される一般的な糖アルコールが使用でき、その生物種によって適宜選択される。例えば、グリセリン、エリスリトール、D,L−トレイトール、D,L−アラビニトール、キシリトール、リビトール(アドニトール)、D−イジトール、ガラクチトール(ダルシトール)、D−グルシトール(ソルビトール)、マンニトール、ボレミトール、ペルセイトール、D−エリトロ−D−ガラクト−オクチトールなどが挙げられる。アルコールとしては、特に制限されず、培養に使用される一般的なアルコールが使用でき、その生物種によって適宜選択される。例えば、メタノール、エタノール、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。脂肪酸としては、特に制限されず、培養に使用される一般的な脂肪酸が使用でき、その生物種によって適宜選択される。例えば、オクタン酸、ドデカン酸、酪酸、カプロン酸、デカン酸、などが挙げられる。カルボン酸としては、特に制限されず、培養に使用される一般的なカルボン酸が使用でき、その生物種によって適宜選択される。例えば、乳酸、酢酸、グルコン酸、プロピオン酸、蟻酸などが挙げられる。これらの有機化合物は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0037】
本形態において、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有する微生物として使用される微生物は、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を元来有する微生物であってもよいし、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を元来有しない微生物に遺伝子組換えにより3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を付与してなる組換え微生物であってもよい。また、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を元来有する微生物の3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を、遺伝子組換えによりさらに強化してなる組換え微生物を用いても構わない。使用されうる微生物としては、例えば、Escherichia属、Lactobacillus属、Salmonella属、Klebsiella属、Propionibacterium属、Agrobacterium属、Anabaena属、Bacillus属、Bradyrhizobium属、Brucella属、Chlorobium属、Clostridium属、Corynebacterium属、Fusobacterium属、Geobacter属、Gloeobacter属、Leptospira属、Mycobacterium属、Photorhabdus属、Porphyromonas属、Prochlorococcus属、Pseudomonas属、Ralstonia属、Rhodobacter属、Rhodopseudomonas属、Sinorhizobium属、Streptomyces属、Synechococcus属、Thermosynechococcus属、Treponema属、Archaeoglobus属、Halobacterium属、Mesorhizobium属、Methanobacterium属、Methanococcus属、Methanopyrus属、Methanosarcina属、Pyrobaculum属、Sulfolobus属、Thermoplasma属、Acetobacterium属、Moorella属、Oligotropha属、Cupriavidus属、Chloroflexus属、Erythrobacter属、Metallosphaera属、Acidianus属、Stygiolobus属、Pyrolobus属、Alcaligenes属、Chloronema属、Oscillochloris属、Heliothrix属、Herpetosiphon属、Roseiflexus属、Thermomicrobium属、Clathrochloris属、Prosthecochloris属、Allochromatium属、Chromatium属、Halochromatium属、Isochromatium属、Marichromatium属、Rhodovulum属、Thermochromatium属、Thiocapsa属、Thiorhodococcus属、Thiocystis属、Phaeospirillum属、Rhodobaca属、Rhodomicrobium属、Rhodopila属、Rhodothalassium属、Rhodospirillum属、Rodovibrio属、Roseospira属、Hydrogenovibrio属、Hydrogenophilus属、Hydrogenobacter属、Oxobacter属、Peptostreptococcus属、Eubacterium属、Butyribacterium属、Rubrivivax属、Citrobacter属、Carboxydothermus属、Carboxydibrachium属、Carboxydocella属、Thermincola属、Thermolithobacter属、Thermosinus属、Desulfotomaculum属、Thermosyntrophicum属、Methanothermobacter属、Thermococcus属、Saccharomyces属、Schizosaccharomyces属、Pichia属、Kluyveromyces属、Torulaspora属、Zygosaccharomyces属、Candida属に属する微生物が挙げられるが、上記以外の微生物も、勿論、利用可能である。これらの微生物は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0038】
本発明の一形態によると、上記微生物のうち、操作性、遺伝子組換えの容易さ、遺伝子発現系の有無、微生物の増殖速度、培養における知見などの観点から、Escherichia属に属する微生物、特に大腸菌(Escherichia coli)を用いることが好ましい。
【0039】
また、本発明の他の一形態によると、上記微生物のうち、酸耐性能を有する微生物を用いることが好ましい。一例を挙げると、乳酸発酵において発酵中のpH調整を行わなくとも乳酸生成が可能であることが報告されている、Shizosaccharomyces pombeを宿主として利用することができる。これにより、3−ヒドロキシプロピオン酸生成に伴って低下する培地中のpHを、NaOHやアンモニア等のアルカリ試薬を添加することで中性付近に調整しなくとも3―ヒドロキシプロピオン酸発酵を継続することが可能となる。このような酸耐性能を有するShizosaccharomyces pombe等の微生物を利用した3−ヒドロキシプロピオン酸発酵(3HP酸型発酵)を行う場合、発酵中のpH調整は必要なく、つまりアルカリ試薬の添加が不要となる。
【0040】
従来から一般的に行われている3−ヒドロキシプロピオン酸塩発酵は、アルカリ試薬を添加してpHを中性付近に保ちながら発酵を行うものであり、発酵工程終了後の発酵液中の3−ヒドロキシプロピオン酸は、塩の状態で存在する。3−ヒドロキシプロピオン酸塩の状態で発酵液から3−ヒドロキシプロピオン酸を回収しようとすると、3−ヒドロキシプロピオン酸の回収率の低下や、続く3−ヒドロキシプロピオン酸のアクリル酸への脱水反応における収率の低下等が問題となりうる。当該問題を解決する方法として、3−ヒドロキシプロピオン酸塩発酵後に、3−ヒドロキシプロピオン酸塩を3−ヒドロキシプロピオン酸に変換してから3−ヒドロキシプロピオン酸を回収する方法が提案されている。例えば、国際公開第2002/090312号パンフレットには、3−ヒドロキシプロピオン酸アンモニウム塩を含む溶液にアミン系溶媒の添加、加熱によって3−ヒドロキシプロピオン酸アンモニウム塩を3−ヒドロキシプロピオン酸に変換し、アミン系溶媒に3−ヒドロキシプロピオン酸を抽出する方法が開示されている。また、国際公開第2005/073161号パンフレットには、3−ヒドロキシプロピオン酸カルシウム塩を含む溶液に第3級アミン溶媒を添加し、二酸化炭素を流加することによって3−ヒドロキシプロピオン酸カルシウム塩を3−ヒドロキシプロピオン酸に変換し、第3級アミン溶媒中に3−ヒドロキシプロピオン酸を抽出する方法が開示されている。
【0041】
一方、上述の3HP酸型発酵は、発酵工程におけるpHを調整するためのアルカリ試薬が不要であり、また、アルカリ試薬の添加による発酵液の希釈化を行う必要もないため、発酵終了後の発酵液中の3−ヒドロキシプロピオン酸濃度を高く保つことができる。さらに、3−ヒドロキシプロピオン酸塩を3−ヒドロキシプロピオン酸に変換する工程、およびこれに必要な熱エネルギーや二酸化炭素、酸性試薬等も不要である。このように、3HP酸型発酵は、原材料の削減、発酵工程以降の工程の簡略化、およびユーテリィティーの向上が可能であるため、3HP塩発酵と比較して非常に有利な方法である。
低pHでも発酵が可能な、酸耐性能を有する微生物の一例として、上記ではShizosaccharomyces pombeの利用を記載したが、低pHでも発酵可能な能力を保有した微生物や、生成された3−ヒドロキシプロピオン酸による生育阻害に対する耐性を保有する微生物であれば、どのような微生物でも利用可能である。また、低pHでも発酵が継続するように改変した遺伝子組換え微生物、3−ヒドロキシプロピオン酸による生育阻害を抑制するように改変した遺伝子組換え微生物、低pHでも発酵が継続するように変異処理を施した変異株、または3−ヒドロキシプロピオン酸による生育阻害に対する耐性を向上させた変異株のいずれも利用可能である。低pHでも発酵が可能な微生物としてはShizosaccharomyces pombe以外には、Saccharomyces属、Kluyveromyces属、Pichia属、Torulaspora属、Zygosaccharomyces属、Candida属等の酵母、具体的には、Saccharomyces cerevisiae、Kluyveromyces marxianus、Kluyveromyces thermotolerans、Kluyveromyces lactis、Pichia pastoris、Candida sonorensisが例示できる。なお、当然のことながら、上述の3HP酸型発酵は、本発明の好ましい一形態に過ぎないため、本発明の製造方法として3HP塩型発酵を採用することも勿論可能である。
【0042】
また、本形態における3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有する微生物として、メタン生成菌、硫黄酸化細菌、水素細菌、アンモニア酸化細菌、亜硝酸酸化細菌、鉄酸化細菌、緑色植物、藻類、ラン類、緑色硫黄細菌、紅色硫黄細菌等のカルビンベンソン回路、還元的TCA回路、アセチルCoA経路、3−ヒドロキシプロピオン酸経路等の炭素固定経路を有する生物を遺伝子組換えの宿主として利用することで、炭素源として、二酸化炭素及び/又は一酸化炭素を用いて3−ヒドロキシプロピオン酸を発酵生産することも可能である。特に、生育速度の速さ、有機酸の生産速度等から、水素を酸化してエネルギーを獲得する能力を有するHydrogenobacter属、Acetobacterium属、Moorella属、Oligotropha属細菌を宿主として利用することが好ましい。これらの微生物は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0043】
さらに、本形態における3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有する微生物として、乳酸等のカルボン酸を資化する微生物及び/又はエタノール等のアルコールを資化する微生物を利用することも、また好ましい。このような微生物を用いると、培養において糖を炭素源として用いる場合、まずは糖が消費され、糖が枯渇した後、糖から発酵生産されたカルボン酸やアルコールが炭素源として利用されうる。よって、結果として培養液中に含まれるカルボン酸やアルコール含量を低下させることが可能となる。
【0044】
本形態おいて、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有する微生物として使用される微生物は、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を元来有しない微生物に遺伝子組換えにより3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を付与してなる組換え微生物であってもよい。3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を元来有しない微生物に遺伝子組換えにより3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を付与する方法としては、国際公開第2001/016346号パンフレットに開示されている、Klebsiella pneumoniae由来グリセロールデヒドラターゼおよび大腸菌由来アルデヒドデヒドロゲナーゼを導入した遺伝子組換え大腸菌を用いたグルコースまたはグリセリンからの3−ヒドロキシプロピオン酸の発酵生成方法;国際公開第2008/027742号パンフレットおよび国際公開第2003/062173号パンフレットに開示されている、βアラニンを中間体としたグルコースからの3−ヒドロキシプロピオン酸発酵生産方法;国際公開第2002/042418号パンフレットに開示されている乳酸を中間体としたグルコースからの3−ヒドロキシプロピオン酸発酵生産方法等がある。また、本形態において、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有する微生物として使用される微生物は、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を元来有する微生物の3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を、遺伝子組換えによりさらに強化してなる組換え微生物であってもよい。3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を強化する方法としては、3−ヒドロキシプロピオン酸サイクルと呼ばれる炭素固定経路を保有するChloroflexus aurantiacusにおいて3−hydroxypropionyl−CoA synthetaseの活性を低下させる方法や、3−ヒドロキシプロピオン酸生成に関与する酵素遺伝子の活性を向上させた微生物を利用する方法、Lactobacillus reuteriやKlebsiella pneumoniae等のグリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸や1,3−プロパンジオールを発酵生産する能力を有する微生物において、3−ヒドロキシプロピオン酸以外の代謝産物を生成する不要な代謝経路を遮断する方法や、3−ヒドロキシプロピオン酸生成に必要なグリセリンの脱水反応を触媒可能な酵素や3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの酸化反応を触媒可能な酵素の活性を向上させる方法等がある。以上、3−ヒドロキシプロピオン酸生成能を有する微生物の構築方法を列記したが、本形態はこれらの方法に限定されず、上記以外の方法で得られる組換え微生物を使用することも、勿論可能である。
【0045】
本形態において使用される微生物は、乳酸及び/又はエタノールの生成能が負に制御されてなるものももちいることができる。微生物の有する乳酸および/またはエタノールの生成能を負に制御する方法は、例えば、乳酸デヒドロゲナーゼ活性および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ活性を負に制御する方法が挙げられる。ここで、乳酸デヒドロゲナーゼは、乳酸とピルビン酸との相互変換を触媒する酵素であり、また、ピルビン酸デカルボキシラーゼは、ピルビン酸を脱炭酸してアセトアルデヒドと二酸化炭素を生成する反応を触媒する酵素である。なお、ここで生じるアセトアルデヒドは、アルコールデヒドロゲナーゼにより、エタノールに変換されうる。
【0046】
乳酸デヒドロゲナーゼ活性および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ活性を負に制御する方法としては、具体的には、(1)乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子に欠失、置換、付加、または挿入による改変を行うことにより負に制御する;(2)乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子の発現制御因子を負に制御する;(3)乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子の発現を制御するプロモーター領域に変異を加え、転写量を低くする改変を行う;(4)乳酸および/またはエタノールの生成量が低くなった変異株を宿主として利用する;などの方法が挙げられる。これらの方法のうち、(1)乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子に欠失、置換、付加、または挿入により改変を行う方法であることが好ましく、このうち、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子および/またはピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子を欠失する方法であることがより好ましい。これらの方法は、当業者であれば、公知の手法を適宜使用することにより容易に行うことができる。
【0047】
また、エタノールの生成能を負に制御する方法としては、ピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子の欠損の他に、アセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子、ヘキソキナーゼ遺伝子の欠損でもエタノール生成能を負に制御することが可能である。
【0048】
例えば、遺伝子を欠失させる方法は公知の方法を使用できる。具体的には、標的遺伝子の任意の位置で相同組換えを起こすベクター(ターゲティングベクター)を用いて当該遺伝子を破壊する方法(ジーンターゲティング法)や、標的遺伝子の任意の位置にトラップベクター(プロモーターを持たないレポーター遺伝子)を挿入して当該遺伝子を破壊しその機能を失わせる方法(遺伝子トラップ法)、それらを組み合わせた方法等の当技術分野でノックアウト細胞、トランスジェニック動物(ノックアウト動物含む)等を作製する際に用いられる方法を用いることができる。また、欠失させたい遺伝子のアンチセンスcDNAを発現するベクターを導入する方法や、欠失させたい遺伝子の2重鎖RNAを発現するベクターを細胞に導入する方法も利用できる。当該ベクターとしては、ウイルスベクターやプラスミドベクター等が包含され、通常の遺伝子工学的手法に基づき、例えばSambrook,J et al., Molecular Cloning 2nd ed.,9.47−9.58,Cold Spring Harbor Lab. press(1989)等の基本書に従い作製することができる。また、市販されているベクターを任意の制限酵素で切断し所望の遺伝子等を組み込んで半合成することもできる。
【0049】
相同置換を起こす位置またはトラップベクターを挿入する位置は、欠失させたい標的遺伝子の発現を消失させる変異を生じる位置であれば特に限定されないが、好ましくは転写調節領域、より好ましくは第2エクソンを置換する。
【0050】
また、Gene Bridge社より販売されている、リコンビネーションタンパク質を利用した相同組換えによる遺伝子破壊系(Red system)を利用すれば、Escherichia、Salmonella、Shigella、Yersinia、Serratia、またはCitrobacter属細菌の、欠失させたい遺伝子のみを選択的に破壊した遺伝子破壊株を構築することが可能である。さらに、Sigma−aldrich社から販売されているグループ2イントロンを利用した遺伝子破壊システムであるTargeTron Gene Knockout Systemを利用することで、Escherichia 、Staphylococcus、Clostridium、Lactcoccus、Shigella、Salmonella、Clostridium、Francisella、Azospirillum、Pseudomonas、Agrobacterium属細菌の遺伝子破壊も可能である。
【0051】
Shizosaccharomyces pombeを宿主として利用する場合は、YEAST,1998;14(10),943−951に記載されている方法やNat Protoc.,2006;1(5),2457−64に記載されている方法等の公知の方法が利用可能であり、これらの方法を利用することで任意の酵素遺伝子を破壊することができる。
【0052】
ベクターの宿主への導入方法は、使用する宿主によって選定すれば良く、特に制限されない。例えば大腸菌では、ベクター導入に一般的に利用されている電気パルス法、カルシウムイオンを用いる方法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法等を利用することができる。
【0053】
本形態の3−ヒドロキシプロピオン酸溶液の製造方法では、原料として利用する有機化合物の存在下で上記微生物を培養し、当該微生物が有機化合物を資化する過程で生成する3−ヒドロキシプロピオン酸を培養液中に蓄積させることにより実施できる。
【0054】
培養に用いる培地および培養条件は、微生物の生育条件により選定すればよく、窒素源、無機イオンおよび必要に応じその他の有機微量栄養素を含有する通常の培地を用いることができ、特に限定されない。例えば、大腸菌においてはLB培地が例示できる。培養は、微生物(宿主)の生育に好適な条件で行われればよく、特に限定されない。例えば、大腸菌を宿主として利用する場合は、培養温度10℃〜45℃で、16〜96時間実施する。培養を連続的に行う場合には、培養は1週間〜3ヶ月間実施する。
【0055】
微生物の培養におけるpHは、3−ヒドロキシプロピオン酸が効率的に発酵生産可能なpHであれば特に限定されない。酸耐性能を有する微生物を用いて培養を行う場合(3HP酸型発酵)、低pHでも発酵産物の生成が継続するため、アルカリ試薬を添加してpHを中性付近に調整することなく培養することが可能である。例として、Shizosaccharomyces pombeを宿主として利用する場合、培養開始時は使用する培地のpH(中性付近)から培養は開始するが、3−ヒドロキシプロピオン酸の生成に伴って次第に培地のpHは低下する。pH2.5付近まで培地のpHが低下すると宿主の生育は抑制されるが、pH2.5以下、例えばpH1付近まで培地のpHが低下したとしても、培地中の炭素源は資化され、3−ヒドロキシプロピオン酸生産は継続する。3−ヒドロキシプロピオン酸の培地中の濃度が100g/Lを超えた段階で培養を終了すると、培地のpHは4未満となる。このように、発酵工程においてアルカリ試薬を添加せずに培養を行い、pH4未満の3−ヒドロキシプロピオン酸発酵液を得ることで、発酵工程以降の工程、例えば、発酵液からの3−ヒドロキシプロピオン酸回収工程に用いる場合に、前述のように、原材料の削減、工程の簡略化、およびユーティリティーの向上が期待できる。なお、この場合であっても、例えば微生物の生育などを考慮して、pHを適切な範囲に調整してもよい。
【0056】
一方、3HP塩型発酵を行う場合、使用する宿主の生育を妨害せず、3−ヒドロキシプロピオン酸が効率的に発酵生産可能なpHを発酵期間中は維持することが望ましく、pHの維持には培養液から酸を分離するときの障害とならない試薬を用いて調整することが好ましい。例として、大腸菌を宿主として利用する場合、培養期間中pHは、5.0以上、好ましくは5.5以上で、10.0以下、好ましくは9.7以下に保持することが望ましい。pH調整には無機もしくは有機の、酸性またはアルカリ性物質、更にアンモニアガス等を使用することができる。炭酸ナトリウム、アンモニア、ナトリウムイオン供給源を添加してもよい。また、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化アンモニウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、酢酸カリウム水溶液等の一般的なアルカリ試薬を用いてもよい。
【0057】
窒素源は使用する微生物(宿主)の生育に適した窒素源を選定すればよく特に限定されない。例えば、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩の他、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー等の利用が挙げられる。また、無機物も同様に微生物の生育に適した窒素源を選定すればよく特に限定されない。例えば、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム等が挙げられる。
【0058】
培養中は、カナマイシン、アンピシリン、ストレプトマイシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、エリスロマイシン等の抗生物質を培地に添加してもよい。誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、インデューサーを培地に添加することもできる。例えば、イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)、インドール酢酸(IAA)、アラビノース、ラクトース等を培地に添加することができる。
【0059】
本形態においては、微生物の培養は、好気的条件下で行われることが好ましい。本明細書において、「好気的条件」とは、分子状酸素の存在下での培養をいう。酸素供給などのために、通気、攪拌、振盪などを行ってもよい。培養に使用する装置としては、微生物の培養に通常使用される各種装置を使用できる。好気的条件下で3−ヒドロキシプロピオン酸を製造することで、副生する有機酸やアルコールの生成を抑制することも可能となる。加えて、好気条件下で培養を行うことで嫌気条件下と比較して微生物の生育速度が速くなり、これにより3−ヒドロキシプロピオン酸の生成速度も速くすることができる。
【0060】
<アクリル酸の製造方法>
本発明は、また、上述の製造方法により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸類水溶液中の3−ヒドロキシプロピオン酸類を脱水処理することによる、アクリル酸の製造方法を提供する。本形態のアクリル酸の製造方法では、上述の製造方法により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸類を含む原料組成物を、触媒の存在下あるいは非存在下、加熱して脱水反応を起こし、アクリル酸を得る。脱水処理においては、3−ヒドロキシプロピオン酸類は酸型の3−ヒドロキシプロピオン酸の方が好ましい。脱水反応工程は特に限定されず、液相または気相での反応が可能である。また反応形式は回分式、半回分式、連続式のいずれも好適に使用できる。反応器としては、固定床反応器、流動床反応器、撹拌槽型反応器、膜反応器、押出流れ反応器、トリクルベッド反応器、反応蒸留塔等が例示できる。
【0061】
脱水反応に供する3−ヒドロキシプロピオン酸を含む原料組成物は、3−ヒドロキシプロピオン酸を含んでいればよく、これ以外にも3−ヒドロキシプロピオン酸のエステルダイマーやエーテルダイマー等のオリゴマー成分を含んでいてもよい。さらに、微生物による培養により副生する、発酵副生物が含まれていてもよい。
【0062】
また、3−ヒドロキシプロピオン酸を含む原料組成物は、溶媒を含んでもよい。溶媒としては、3−ヒドロキシプロピオン酸を溶解可能なものであれば特に制限されない。例えば、水;トルエンなどの炭化水素系溶媒;ジエチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテルなどのエーテル系溶媒;アセトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン系溶媒;酢酸エチルなどのエステル系溶媒;トリカプリルアミン、トリデシルアミンなどのアミン系溶媒;ジメチルホルムアミド、N―メチルピロリドンなどのアミド系溶媒;などが挙げられる。これらの溶媒のうち、好ましくは水が使用される。これらの溶媒は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0063】
3−ヒドロキシプロピオン酸を含む原料組成物における3−ヒドロキシプロピオン酸の濃度は、当該組成物の全質量(溶媒を含む)に対し、5〜95質量%であることが好ましく、10〜90質量%であることがよりこのましく、20〜90質量%であることがさらに好ましい。3−ヒドロキシプロピオン酸の濃度を95質量%以下とすることにより、粘度の低下により原料組成物の取り扱いが容易になる。一方、3−ヒドロキシプロピオン酸の濃度が5質量%以上とすることで、アクリル酸の生産効率を上げることができ、用役費の低減にも寄与できる。
【0064】
3−ヒドロキシプロピオン酸の脱水反応は、触媒の存在下で実施してもよいし、触媒の非存在下で実施することも可能であるが、触媒の存在下で実施した方が、反応速度の向上や選択率の上昇が期待できるため、好ましい。脱水反応に用いられる触媒としては、3−ヒドロキシプロピオン酸を脱水してアクリル酸とする反応を触媒する作用を有するものであれば特に限定されず、公知の触媒を適宜採用することができる。触媒としては、(1)塩類;具体的には、リン酸カルシウム、乳酸カルシウム、および3−ヒドロキシプロピオン酸カルシウム等;(2)酸触媒;具体的には、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸等の鉱酸類、ケイタングステン酸、リンタングステン酸等のヘテロポリ酸類、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、ヒドロキシプロピオン酸等のカルボン酸類、塩酸、硫酸、リン酸またはヘテロポリ酸等の酸性化合物をシリカ等の担体に接触して得た触媒、リン酸水素ナトリウムやリン酸水素カリウム等のリン酸塩を担体に担持した触媒、酸性イオン交換樹脂、シリカ、アルミナ、シリカ/アルミナ、チタニア、ジルコニア、ゼオライト、およびその他のルイス酸またはブレンステッド酸等の固体酸触媒などの酸触媒;(3)塩基触媒;具体的には、酸化カルシウム等のアルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム等のアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物、トリカプリルアミン、トリデシルアミン、およびトリドデシルアミン等のアミン類、塩基性イオン交換樹脂等が挙げられる。これらの触媒のうち、アルミナ、シリカ、シリカ/アルミナ、チタニア、ジルコニア、ゼオライト、リン酸やリン酸塩を担体に担持した触媒が好適に用いられる。
【0065】
脱水反応の反応温度は特に制限はないが、通常150℃〜500℃であり、好ましくは200℃〜450℃である。反応温度がこのような範囲であると、反応速度が速く、副反応も生じにくいため、アクリル酸の収率を高めることができる。また、脱水反応の反応圧力も特に限定されず、反応形式や反応条件を勘案して当業者が適宜決定することができる。例えば、反応圧力は10kPa〜1000kPaの範囲が好適であり、50kPa〜300kPaの範囲がより好ましい。
【0066】
以下、本形態における脱水処理の具体的な方法について、例を挙げて説明する。本形態の脱水処理の一例としては、3−ヒドロキシプロピオン酸を含む原料組成物を加熱し、脱水反応を気相で行うことによりアクリル酸を得る方法が挙げられる。より具体的には、3−ヒドロキシプロピオン酸を含む原料組成物を蒸発させ、気化した原料組成物を触媒を充填した反応器へ導入して脱水反応を行うことで、アクリル酸を得る。
【0067】
3−ヒドロキシプロピオン酸を含む原料組成物を蒸発させる際には、3−ヒドロキシプロピオン酸は沸点が高いため、また二量化等の副反応が進行しやすいため、効率よく蒸発させることが好ましい。蒸発に用いる蒸発器は、液体状態で供給される原料組成物に効率的に熱を伝えることができる構造を有するものであることが好ましい。このような蒸発器としては、例えば、水平管型や垂直管型の自然循環式蒸発器、強制循環式蒸発器等が挙げられる。また、蒸発器内の原料組成物の流路に、ラシヒリング、ベルルサドル、ディクソンパッキン等の単位充填容積当たりの表面積が大きな充填物を充填し、そこに原料組成物を供給することで、液体の表面積を大きくして蒸発させる方法も挙げられる。また、上昇液膜型、流下液膜型、撹拌液膜型等の薄膜式熱交換器を用いて液体の表面積を大きくして短時間で蒸発させる方法も挙げられる。さらに、スプレーやアトマイザー等を用いて当該組成物を細かい液滴にして分散させて蒸発させる方法も挙げられる。これ以外にも、加熱した原料組成物を蒸発室に供給し、気化させるフラッシュ蒸発器を使用する方法が挙げられる。フラッシュ蒸発器を用いた蒸発は、原料組成物を常圧または加圧下で加熱し、この加熱された液体状の原料組成物を減圧または常圧下の蒸発室に供給して、原料組成物を気化させることにより行われる。また、原料組成物を流動床式の蒸発器に供給して気化させてもよい。流動床式の蒸発器を用いた蒸発は、例えば、粒状の不活性固体を不活性ガスで流動化させ、加熱された流動床式蒸発器に原料組成物を供給し、気化させることによって行われる。さらに、上記の蒸発方法を適宜併用してもよい。例えば、スプレーで原料組成物を噴霧し、充填物を充填した蒸発器で原料組成物を気化させることもできる。
【0068】
蒸発を行う際の蒸発器の温度(蒸発器の設定温度)は150℃〜500℃が好ましく、200℃〜450℃がより好ましい。蒸発器の温度を150℃以上とすることにより、原料組成物が速やかに気化させることができる。また、蒸発器の温度を500℃以下とすることにより、3−ヒドロキシプロピオン酸の副反応や加熱に必要なエネルギーの増大を抑えたり、当該組成物がコーキングを起こし炭素質の析出物が反応器内に付着して閉塞を起こすのを防ぐことができる。
【0069】
原料組成物を蒸発させる際の好ましい形態は、加熱する際にガスを導入しながら蒸発させる形態である。原料組成物と共に、水や不活性気体等のガスを導入すると、3−ヒドロキシプロピオン酸の蒸発が促進され、安定な反応を継続できるため好ましい。この際に使用されるガスとしては、窒素、ヘリウム、アルゴン、二酸化炭素、水蒸気またはそれらの混合物等を用いることができ、窒素または水蒸気が好適に使用される。なお、上記水蒸気には、原料組成物中に溶媒として含まれる水が気化した水蒸気も含まれうる。また、導入されるガスの量は、原料組成物中の3−ヒドロキシプロピオン酸の全モル数に対して、0.5〜100倍のモル数のガスを使用することが好ましく、1〜50倍のモル数のガスを使用することがより好ましい。
【0070】
脱水反応が気相で行われる場合、原料組成物が蒸発した後に脱水反応が行われるが、原料組成物の蒸発後、脱水反応が行われる前に、上記を所定の温度に加熱または冷却する温度調整工程を経てもよい。また、蒸発器で気化させた原料組成物の蒸気を導管を通して連結した脱水反応器へと供給してもよい。あるいは、蒸発器と反応器を一体化されてなる装置を用いて蒸発および脱水反応を連続して行ってもよい。例えば、反応管に触媒を充填し、その上に表面積の大きい充填物を充填することにより、蒸発を充填物層で行った後、脱水反応を触媒層で行うことができ、蒸発および脱水反応を連続して行う形態も好ましい。さらに、1または複数の充填物層と、触媒を充填した多管式の反応器とを連結して、蒸発および脱水反応を連続して行うこともまた好ましい。
【0071】
3−ヒドロキシプロピオン酸の脱水工程で使用する反応器は、反応器内に固体触媒を保持し、加熱することができるものであれば特に制限はなく、固定床式流通反応器や流動床式流通反応器等を当業者が適宜選択することができる。固定床式反応器は、反応器内に触媒を充填して加熱しておき、そこに原料組成物の蒸気を供給して反応を行うものである。原料組成物の蒸気は、上昇流、下降流、水平流いずれであってもよい。固定床式流通反応器のうち、特に熱交換の容易さから、多管式固定床反応器が好適に使用されうる。流動床式反応器は、反応器の中に粒状の触媒を入れ、原料組成物の蒸気や、別途供給する不活性ガス等で触媒を流動させながら反応を行うものである。触媒が流動しているため、重質分による閉塞が起こりにくいという利点を有する。また、触媒の一部を連続的に抜き出して、新しい触媒や再生した触媒を連続的に供給することもできる。
【0072】
脱水反応により得られる反応生成物は、液体として回収されうる。反応生成物を回収する方法は、特に制限されないが、例えば、反応生成ガスを熱交換器に導入し、反応生成ガスの露点以下の温度で凝縮する方法や、反応生成ガスを溶剤等に接触させて捕集する方法等により、アクリル酸を含む組成物として回収される。得られる当該組成物中のアクリル酸濃度は、その回収方法によっても異なるが、通常、組成物の全質量に対して5質量%〜90質量%である。
【0073】
また、本形態の脱水処理の他の一例としては、脱水反応を液相で行う方法が挙げられる。具体的には、反応器内の加熱された溶媒および/または触媒からなる液相に、液体状態の原料組成物を導入して、当該原料組成物を加熱することにより脱水反応を行う。液相での脱水反応を行う際の原料組成物には、溶媒が含まれていてもよい。このような溶媒としては、例えば、水;トルエンなどの炭化水素系溶媒;エチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテルなどのエーテル系溶媒;アセトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン系溶媒;酢酸エチルなどのエステル系溶媒;トリカプリルアミン、トリデシルアミンなどのアミン系溶媒;ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドンなどのアミド系溶媒;などが挙げられる。これらの溶媒のうち、好ましくは、水、エーテル系溶媒、ケトン系溶媒が使用される。これらの溶媒は、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0074】
脱水反応において使用される触媒は、液相反応が可能な触媒であれば特に制限はなく、液体状の触媒または固体状の触媒のいずれも使用可能である。また、反応時に、溶媒に触媒が溶解されていてもよいし、溶媒中に触媒が分散している状態であっても構わない。この際に使用される溶媒としては、上述の原料組成物に含まれてもよい溶媒が例示される。
【0075】
脱水反応は、液相において原料組成物を触媒と接触させることで行われる。液相での反応の場合、原料組成物中の3−ヒドロキシプロピオン酸の濃度が低下するので、3−ヒドロキシプロピオン酸のオリゴマー化等の副反応を抑制することができ、アクリル酸収率を向上させることが可能である。また、液相の場合、液相から供給される熱により、反応で生成したアクリル酸や水が速やかに気化し、液相より除去される。これにより反応の平衡が移動するため、3−ヒドロキシプロピオン酸からアクリル酸への変換率を高めることもできる。
【0076】
液相反応において、原料組成物を反応器へ導入する速度は、使用する触媒や反応温度により異なるが、反応液中のアクリル酸濃度が、反応液の全質量に対して、好ましくは1質量%以下、より好ましくは0.5質量%以下となる状態を維持できるように調整することが好ましい。反応液中のアクリル酸濃度が1質量%以下であると、平衡反応である脱水反応の反応速度が高く維持され、3−ヒドロキシプロピオン酸からアクリル酸への変換を効率よく進めることができる。また、このように反応液中のアクリル酸濃度を低く保つことにより、生成したアクリル酸が副反応により消費されて、アクリル酸の収率が低下するのを防ぐこともできる。
【0077】
液相反応における好ましい形態の一つは、脱水反応後の反応生成物を気化させる際に、ガスを導入する形態である。ガスとしては、特に限定されないが、窒素、二酸化炭素(炭酸ガス)や空気等の非凝縮性のガス、水蒸気、過熱水蒸気等の凝縮性のガスを適宜用いることができる。これらのガスのうち、窒素、水蒸気、または過熱水蒸気を用いることが好ましい。これらのガスは、1種のみが単独で使用されてもよいし、2種以上が組み合わされて使用されてもよい。
【0078】
導入されるガスの温度は、非凝縮性のガスの場合、通常20℃〜350℃であり、反応温度の維持および生成ガスの凝縮の観点から、好ましくは50℃〜330℃、より好ましくは100℃〜300℃である。一方、凝縮性のガスの場合、導入されるガスの温度は、通常反応圧力における沸点〜350℃の範囲であり、反応温度の維持および生成ガスの凝縮の観点から、好ましくは反応圧力における沸点+20℃〜330℃の範囲である。
【0079】
導入されるガスの量は、原料組成物の全質量に対して、0.1〜100質量倍の範囲であればよく、好ましくは、0.5〜50質量倍の範囲である。導入されるガスの量が0.1質量倍以上であると、反応生成物からのアクリル酸の気化による除去効率を高め、反応収率を向上させることができる。一方、導入されるガスの量が100質量倍以下であると、反応器から流出するガスを冷却するのに用いるエネルギーを抑えることができる。
【0080】
本形態における脱水反応に用いられる反応器または反応装置は、反応生成物である水やアクリル酸を速やかに気化して除去することができるように、反応系に効率的に熱を与えることができるものであることが好ましい。例えば、反応器の壁面からの加熱に加えて、外部熱交換器に反応液を循環させてもよい。この際に使用できる熱交換器としては、例えば、液膜式の熱交換器が挙げられ、より具体的には、上昇液膜型、流下液膜型、撹拌液膜型等の公知の熱交換器が挙げられる。また、熱交換器そのものを反応器と使用してもよい。さらにまた、反応系内にガスを供給する場合には、加熱したガスにより熱を供給してもよい。
【0081】
脱水反応により得られる反応生成物は、冷却して液体として回収されうる。反応生成物を回収する方法は、特に制限されないが、例えば、反応生成ガスを熱交換器に導入し反応生成ガスの露点以下の温度で凝縮して得る方法や、または反応生成ガスを溶剤等の捕集剤に接触させて吸収する方法等により冷却して、アクリル酸を含む組成物を得ることができる。当該組成物中のアクリル酸濃度は5質量%〜90質量%である。
【0082】
また、本発明の方法で得られるアクリル酸を含む組成物は精製してもよく、精製を行う場合は、好ましくは、晶析工程を用いる。
【0083】
晶析工程は、アクリル酸を含む組成物を晶析装置に供給して結晶化させることにより、精製アクリル酸を得る工程である。なお、結晶化の方法としては、従来公知の結晶化方法を採用すればよく、特に限定されるものではないが、結晶化は、例えば、連続式または回分式の晶析装置を用いて、1段または2段以上で実施することができる。得られたアクリル酸の結晶は、必要に応じて、さらに洗浄や発汗などの精製を行うことにより、さらに純度の高い精製アクリル酸を得ることができる。
【0084】
連続式の晶析装置としては、例えば、結晶化部、固液分離部および結晶精製部が一体になった晶析装置(例えば、新日鐵化学社製のBMC(Backmixing Column Crystallizer)装置、月島機械社製の連続溶融精製システム)や、結晶化部(例えば、GMF GOUDA社製のCDC(Cooling Disk Crystallizer)装置)、固液分離部(例えば、遠心分離器、ベルトフィルター)および結晶精製部(例えば、呉羽テクノエンジ社製のKCP(Kureha Crystal Purifier)精製装置)を組み合わせた晶析装置などを使用することができる。
【0085】
回分式の晶析装置としては、例えば、Sulzer Chemtech社製の層結晶化装置(動的結晶化装置)、BEFS PROKEM社製の静的結晶化装置などを使用することができる。
【0086】
動的結晶化とは、例えば、結晶化、発汗、融解を行うための温度制御機構を備えた管状の結晶器と、発汗後の母液を回収するタンクと、結晶器に粗アクリル酸を供給する循環ポンプとを備え、結晶器の下部に設けた貯蔵器から循環ポンプにより粗アクリル酸を結晶器の管内上部に移送できる動的結晶化装置を使用して晶析を行う方法である。また、静的結晶化とは、例えば、結晶化、発汗、融解を行うための温度制御機構を備えた管状の結晶器であり、下部に抜き出し弁を有する結晶器と、発汗後の母液を回収するタンクとを備えた静的結晶化装置を使用して晶析を行う方法である。
【0087】
具体的には、粗アクリル酸を液相として結晶器に導入し、液相中のアクリル酸を冷却面(管壁面)に凝固・生成させる。冷却面に生成した固相の質量が、結晶器に導入した粗アクリル酸に対して、好ましくは10〜90質量%、より好ましくは20〜80質量%になったら、直ちに、液相を結晶器から排出し、固相と液相とを分離する。液相の排出は、ポンプで汲み出す方式(動的結晶化)、結晶器から流出させる方式(静的結晶化)のいずれであってもよい。他方、固相は、結晶器から取り出した後、さらに純度を向上させるために、洗浄や発汗などの精製を行ってもよい。
【0088】
動的結晶化や静的結晶化を多段で行う場合、向流の原理を採用すれば、有利に実施することができる。このとき、各段階で結晶化されたアクリル酸は、残留母液から分離され、より高い純度を有するアクリル酸が生成する段階に供給される。他方、残留母液は、より低い純度を有するアクリル酸が生成する段階に供給される。
【0089】
なお、動的結晶化では、アクリル酸の純度が低くなると、結晶化が困難になるが、静的結晶化では、動的結晶化に比べて、残留母液が冷却面に接触する時間が長く、また、温度の影響が伝わり易いので、アクリル酸の純度が低下しても、結晶化が容易である。それゆえ、アクリル酸の回収率を向上させるために、動的結晶化における最終的な残留母液を静的結晶化に付して、さらに結晶化を行ってもよい。
【0090】
必要となる結晶化段数は、どの程度の純度が要求されるかに依存するが、高純度のアクリル酸を得るために必要な段数は、精製段階(動的結晶化)が通常1〜6回、好ましくは2〜5回、より好ましくは2〜4回であり、ストリッピング段階(動的結晶化および/または静的結晶化)が通常0〜5回、好ましくは0〜3回である。通常、供給される粗アクリル酸より高い純度を有するアクリル酸が得られる段階は、全て精製段階であり、それ以外の段階は、全てストリッピング段階である。ストリッピング段階は、精製段階から残留母液に含まれるアクリル酸を回収するために実施される。なお、ストリッピング段階は、必ずしも設ける必要はなく、例えば、蒸留塔を用いて、晶析装置の残留母液から低沸点成分を分離する場合には、ストリッピング段階は省略してもよい。
【0091】
動的結晶化および静的結晶化のいずれを採用する場合であっても、晶析工程で得られるアクリル酸の結晶は、そのまま製品としてもよいし、必要に応じて、さらに洗浄や発汗などの精製を行ってから製品としてもよい。他方、晶析工程で排出される残留母液は、系外に取り出してもよい。
【0092】
上記方法で製造されるアクリル酸は、アクリル酸エステル、ポリアクリル酸等のアクリル酸誘導体の原料として使用可能であることは公知となっていることから、上記アクリル酸の製造方法を、アクリル酸誘導体の製造方法におけるアクリル酸製造工程にすることも可能である。すなわち、一実施形態においては、上記方法によって得られたアクリル酸を部分中和して部分中和アクリル酸を製造し、これを必要であれば他のモノマーと(共)重合することにより、吸水性樹脂を製造することができる。
【実施例】
【0093】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0094】
(参考例1) 逆浸透膜の塩化ナトリウム除去性評価
超純水1Lに塩化ナトリウムを添加して25℃1時間撹拌し、3.5%塩化ナトリウム水溶液を調整した。次いで、図1に示す膜濃縮装置の原水槽に上記で調整した3.5%塩化ナトリウム水溶液を注入した。GE製平膜評価用セルSEPA CFIIに有効膜面積155平方センチメートルの逆浸透膜をセットした。逆浸透膜として、ポリアミド系逆浸透膜「NTR−70SWC」(逆浸透膜1;日東電工製)を用いた。原水温度を25℃に調整し、高圧ポンプにて上記SEPA CFIIに原水槽から塩化ナトリウム水溶液をフィードし、SEPA CFIIの圧力を5.5MPaに調整しながら透過液を取得した。原水槽、透過液に含まれる、塩化ナトリウムの濃度をイオンクロマトグラフィー(DIONEX製)により下記の条件で分析し、塩化ナトリウムの透過率を計算した。

陰イオン
カラム:AS4A−SC(DIONEX製)
溶離液:1.8mM炭酸ナトリウム/1.7mM炭酸水素ナトリウム
温度:35℃
陽イオン
カラム:CS12A(DIONEX製)
溶離液:20mMメタンスルホン酸
温度:35℃
【0095】
逆浸透膜として、ポリアミド系逆浸透膜「NTR−70SWC」(逆浸透膜1;日東電工製)、ポリアミド系逆浸透膜「SW30」(逆浸透膜2;Dow Filmtec製)、ポリアミド系逆浸透膜「SW30HR」(逆浸透膜3:Dow Flimtec製)、ポリアミド系逆浸透膜「RO−98」(逆浸透膜4;アルファラバル製)、ポリアミド系逆浸透膜「AK」(逆浸透膜5;GE製)、酢酸セルロース系逆浸透膜「CA」(逆浸透膜6;GE製)を用いた。結果を表1に示す。
【0096】
【表1】

【0097】
(実施例1〜18) 逆浸透膜による分離実験
膜濾過評価装置の原水槽に、特開2007−82476号公報に記載されている方法により得られた発酵液(3−ヒドロキシプロピオン酸含有量10%、エタノール含有量1%)1Lを注入した。平膜評価用セルSEPA CFIIに前記逆浸透膜1〜6をそれぞれセットし、高圧ポンプの圧力をそれぞれ1MPa、3MPa、5MPaに調整し、それぞれの圧力における透過液を回収した。原水槽、透過液に含まれる、3−ヒドロキシプロピオン酸、エタノールの濃度を高速液体クロマトグラフィー(日立製作所製L−2000)により、下記の条件で分析し、それぞれの透過阻止率を算出した。その結果を表2に示す。
カラム:Inertsil ODS−2
溶離液1:1%リン酸、0.5%リン酸二水素カリウム、3%アセトニトリル水溶液、
溶離液2:アセトニトリル
溶離液流速:1.0ml/min(1−30min;溶離液1 100%、30−37min;溶離液1 30%、溶離液2 70%)
検出方法:UV(波長205nm)
カラム温度:40℃
【0098】
表2に示すように、1MPa、3MPa、5MPaいずれの圧力においても3−ヒドロキシプロピオン酸の透過阻止率は、エタノールの透過阻止率よりも高い値となっており、培養液から水とエタノールが除去できる事が示された。
【0099】
【表2】

【0100】
(実施例19) 透過液を再利用した3−ヒドロキシプロピオン酸発酵
実施例3で得られた透過液100mlのうち、90mlを発酵培地成分に添加した以外は、実施例1〜18と同様の発酵方法にて、3−ヒドロキシプロピオン酸発酵を行った。結果、同様に3−ヒドロキシプロピオン酸の生成を確認した。
【0101】
(実施例20) 濃縮された3−ヒドロキシプロピオン酸水溶液を用いたアクリル酸製造
実施例3の処方にて12質量%に濃縮した3−ヒドロキシプロピオン酸水溶液を、脱水反応の原料とした。
内径10mmのステンレス製管にステンレス製ディクソンパッキンを充填した気化器の出口に、内径10mmのステンレス製管に触媒としてシリカ−アルミナを充填した反応器を連結した装置を用いて、脱水反応を実施した。気化器を電気炉にて270℃に加熱し、上記原料を毎時16.7gの速度で気化器に供給した。気化器で蒸発した気体原料ガスはそのまま、電気炉で300℃に加熱した反応器の上部に供給した。また原料と共に、毎時3Lの速度で窒素ガスを流した。反応器の下部から抜き出した反応ガスを、冷却捕集し反応液を得た。得られた反応液を液体クロマトグラフィーで分析したところ、3−ヒドロキシプロピオン酸の転化率は98%、アクリル酸の収率は94モル%であった。
【符号の説明】
【0102】
1 原水槽
2 高圧ポンプ
3 逆浸透膜
4 透過液
5 非透過液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物の培養により培養液中に生産された3−ヒドロキシプロピオン酸類を分離することによる3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法であって、該培養液を逆浸透膜に通じて該培養液中の副生物を含む水溶液を透過液側に除去し、非透過液側より3−ヒドロキシプロピオン酸類を含む水溶液を回収する工程を含み、且つ、該透過液の一部又は全てを培養に再利用する事を特徴とする3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
【請求項2】
前記副生物がエタノールを含むものである請求項1記載の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
【請求項3】
前記逆浸透膜の表面が荷電を帯びているものである請求項1または2に記載の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
【請求項4】
前記逆浸透膜の性能が、3.5%塩化ナトリウム水溶液を操作圧力5.5MPa、原水温度25℃で処理したときの塩除去率が98%以上のものである、請求項1から3のいずれかに記載の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
【請求項5】
前期逆浸透膜の機能層がポリアミドである、請求項1から4のいずれかに記載の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
【請求項6】
前記工程における操作圧力が3MPa以上8MPa以下である、請求項1から5のいずれかに記載の3−ヒドロキシプロピオン酸類の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法により得られる3−ヒドロキシプロピオン酸類水溶液中の3−ヒドロキシプロピオン酸を脱水処理することを含む、アクリル酸の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−71898(P2013−71898A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210504(P2011−210504)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】