説明

4サイクルエンジン用の軸受

【課題】 4サイクルエンジンにおいて長期間の使用に耐えうる軸受を提供することである。
【解決手段】 中空円筒状の鋼製保持器1に複数の針状ころ4を転動自在に保持した4サイクルエンジン用の軸受において、上記保持器1の表面には浸硫窒化処理を施して浸硫窒化層11を形成するとともに、この浸硫窒化層11は、鋼製保持器1の表面に形成される窒素化合物による単一層12と、この単一層に連続するとともに当該浸硫窒化層11の表層を形成する硫黄化合物による多孔質層13とからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、二輪車、オール・テレーン・ビークル、船外機等に搭載する4サイクルエンジン用の軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンには、ピストンとクランクシャフトとを連結するコネクティング・ロッド(以下「コンロッド」という)に代表されるように、軸受を備えた部品が数多く存在する。特に、コンロッドの大端部に用いられる軸受は、高速回転に対応するために、針状ころを保持する保持器を、コンロッドの大端部の連結孔とクランクピンとの間に直接組み込むようにしている。そして、この軸受は、針状ころを保持する保持器の表面に、銀メッキや銅メッキを施して耐摩耗性を向上させている。このように保持器の表面の耐摩耗性を向上させているのは、例えば、コンロッドとクランクピンとの高速回転に応じて、保持器の表面がコンロッドの連結孔とすべり接触し、軸受の耐焼き付き性に大きな影響を及ぼすからである。
なお、耐摩耗性を向上させるために、特許文献2に示されるように、保持器の表面に窒化処理を施した軸受も従来知られている。
【特許文献1】特開2005−273897号公報
【特許文献2】特開2005−106204号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記のようにした保持器を用いた軸受の潤滑には、エンジンオイルが使われるが、4サイクル用エンジンに用いられる部品はその数が多いだけでなく、それらの素材や特性も異なるので、それら多くの部品をすべて潤滑できるように、エンジンオイルにはいろいろな添加剤が含まれているのが現状である。
【0004】
そして、上記エンジンオイルに含有される添加剤の中には、ジアルキルジチリオンリン酸亜鉛(ZnDTP)のような硫黄成分が含まれている場合が多々ある。硫黄成分は、銀や銅と化学反応しやすい性質があるため、上記のようなエンジンオイルを使用すると、当該エンジンオイルに含有される硫黄成分と、保持器の表面に施されたメッキに含有される銀や銅が化学反応してしまい、保持器表面に硫化銀や硫化銅が生成されてしまう。
【0005】
そして、新たに生成された硫化銀や硫化銅からなる層は、鋼製の保持器表面との結合力が弱いため、当該保持器の表面が摩耗すると、硫化銀や硫化銅からなる層が容易に脱落してしまう。このようにして、早期に硫化銀や硫化銅からなる層が脱落してしまうと、鋼製の保持器表面が早期にむき出しになり、保持器の表面と連結孔との潤滑が流体潤滑から混合潤滑へと移行して、早期に焼き付きが生じることもあった。
つまり、従来の軸受は、4サイクルエンジンに用いた場合に、長期間の使用に耐えられないという問題があった。
【0006】
なお、上記特許文献2に示される軸受を4サイクルエンジンに用いた場合には、エンジンオイル中の硫黄成分と保持器が化学反応することはない。しかし、特許文献2に示される軸受は、エンジンのような厳しい使用環境下では、上記メッキを施した軸受よりも短寿命であることが実験の結果わかっている。ただし、その原因はいまのところ明らかではない。
この発明の目的は、4サイクルエンジンにおいて長期間の使用に耐えうる軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明は、中空円筒状の鋼製保持器に複数の針状ころを転動自在に保持した4サイクルエンジン用の軸受に係るものである。
そして、第1の発明は、保持器の表面には浸硫窒化処理を施して浸硫窒化層を形成するとともに、この浸硫窒化層は、鋼製保持器の表面に形成される窒素化合物による単一層と、この単一層に連続するとともに当該浸硫窒化層の表層を形成する硫黄化合物による多孔質層とからなる点に特徴を有する。
【0008】
第2の発明は、上記第1の発明を前提として、浸硫窒化層が5μmないし20μmの厚さにした点に特徴を有する。
第3の発明は、上記第1または第2の発明を前提として、上記保持器が、針状ころを保持するポケットを除く円筒状の全外周面を平坦にした点に特徴を有する。
【発明の効果】
【0009】
第1〜3の発明によれば、エンジンオイル中の硫黄成分と化学反応しないように、保持器の表面にあらかじめ硫黄化合物層を形成している。しかも、この硫黄化合物層は、浸硫窒化処理によって、窒素化合物層と一体的かつ連続的に形成されている。このように、硫黄化合物層と窒素化合物層とが結合するように形成されれば、従来のように、層が容易に脱落してしまうこともなく、長期にわたって耐摩耗性を保持することができる。
しかも、硫黄化合物層は多孔質層なので、オイルポケットを形成するとともに安定的に油膜を保持して、保持器表面のかじりや異常摩耗の低減効果を大幅に向上することができる。また、長期間の使用によって硫黄化合物層が摩耗しても、その下には窒素化合物層があるので、なお耐摩耗性を確保することができる。
【0010】
特に第2の発明によれば、耐摩耗性を長期にわたって維持することができる。
特に第3の発明によれば、保持器外周面の接触面積が大きくなるので、単位面積当たりの荷重が小さくなり、耐摩耗性を一層長期間維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
図1〜図3を用いて、この発明の実施形態について説明する。
図1は、この発明に係る軸受Aの構造を示す斜視図である。この図からも明らかなように、中空円筒状の鋼製保持器1には、平坦な外周面1aから内周面1bまで貫通するポケット2を複数形成している。上記保持器1には、当該ポケット2に突出する複数の保持片3を形成するとともに、この保持片3によって、針状ころ4がポケット2から脱落しないように保持している。
上記のようにポケット2内に保持される針状ころ4は、その一部が、保持器1の外周面1aおよび内周面1bから露出する寸法関係を維持している。
【0012】
図2は、上記軸受Aを4サイクルエンジンに用いた場合の概念図であり、具体的には、コンロッドとクランクシャフトとを連結する連結部に上記軸受Aを用いた状態を示している。
この図からも明らかなように、コンロッド5の大端部6には連結孔7を形成するとともに、この連結孔7にはクランクピン10を設け、これら連結孔7とクランクピン10との間に、上記保持器1を直接組み込んで、軸受Aを構成している。
一方、上記クランクピン10の両端にはクランクジャーナル8を連続させるとともに、上記クランクピン10およびクランクジャーナル8でクランクシャフトを構成している。なお、図中符号9は、クランクジャーナル8に設けたバランスウェイトである。
【0013】
そして、上記軸受Aにおいてクランクピン10を支持させたとき、当該クランクピン10と連結孔7の内壁7aとの間に、保持器1が保持する針状ころ4が密着する寸法関係を維持している。つまり、コンロッド5の大端部6が、クランクジャーナル8を中心に回転運動しても、針状ころ4は、クランクピン10と連結孔7の内壁7aに密着状態を維持しながら、両者間で転動することとなる。
このとき、上記コンロッド5の大端部6は、上記のように一定の回転軌跡を描くようにして移動するため、軸受Aには遠心力が作用する。軸受Aに遠心力が作用すると、保持器1は遠心力を受け、その外周面1aを連結孔7の内壁7aに接触摺動させながら針状ころ4の転動に追従する。
【0014】
このように、保持器1の外周面1aが、連結孔7の内壁7aに高速で接触摺動するため、上記外周面1aが早期に磨耗して、軸受Aを焼き付かせてしまう。そこで、この実施形態においては、保持器1の表面に浸硫窒化処理を施している。
浸硫窒化処理とは、硫黄と窒素を含んだ塩浴炉内あるいはガス炉内を、例えば540℃に設定し、当該炉内に鋼製の被処理物(ここでは保持器1)を120分載置して、鋼材の表面に硫黄と窒素の化合物を形成する表面処理方法である。鋼製の保持器1に上記浸硫窒化処理を施すと、図3に示すように、保持器1の表面に浸硫窒化層11が形成される。
【0015】
この浸硫窒化層11は、保持器1の表面に形成される窒素化合物による単一層12と、この単一層12に連続するとともに当該浸硫窒化層11の表層を形成する硫黄化合物による多孔質層13とからなる。上記多孔質層13は、油膜を安定的に保持することができるため、保持器1の初期摺動時における面当たりが改善されるとともに、長期にわたって滑らかな摺動を維持することができる。
一方、単一層12は強度が高く、保持器1表面のかじりや異常磨耗を低減するとともに、保持器1には窒素原子が拡散するため、表面の疲労強度も向上することができる。
【0016】
そして、保持器1の最表面に、あらかじめ硫黄化合物からなる層を形成しているので、4サイクルエンジンに用いられるエンジンオイル中の硫黄成分によって、保持器1が化学反応を起こすことがない。したがって、従来のように、保持器1の表面にコーティングした層が化学反応を起こして、保持器表面との結合関係のない新たな層が形成されてしまうこともない。
言い換えれば、硫黄化合物からなる多孔質層13を、窒素化合物からなる単一層12と一体的かつ連続的に形成しておくので、4サイクルエンジン中において、エンジンオイルに含有される硫黄成分に浸されても、何ら化学反応を生じることなく、長期にわたって耐摩耗性を保持することができる。
なお、上記浸硫窒化層11の厚さは、薄すぎると効果が発揮されず、厚すぎれば保持器1の表面からはがれやすくなってしまうため、実用上5μm〜20μmの範囲内が最適である。
【0017】
また、上記実施形態においては、ポケット2を除いて保持器1の全周面を平坦にしたが、保持器の形状は上記実施形態に限らず、例えば、保持器の断面形状をM字形のようにしてもよい。ただし、保持器の円筒状全周面を平坦にしたほうが、断面形状をM字形にするよりも、接触摺動面積が大きくなるので、単位面積当たりの荷重を小さくすることができ、上記浸硫窒化層と相俟って、耐摩耗性を一層向上させることができる。
また、上記実施形態においては、軸受をコンロッドに用いる場合について説明したが、4サイクルエンジン用のエンジンオイルに浸される環境であれば、コンロッドに限らず広く適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施形態における軸受の斜視図である。
【図2】軸受をコンロッドに用いた場合の概念図である。
【図3】保持器の表面を示す概念図である。
【符号の説明】
【0019】
1 保持器
4 針状ころ
11 浸硫窒化層
12 窒素化合物による単一層
13 硫黄化合物による多孔質層
A 軸受

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空円筒状の鋼製保持器に複数の針状ころを転動自在に保持した4サイクルエンジン用の軸受において、上記保持器の表面には浸硫窒化処理を施して浸硫窒化層を形成するとともに、この浸硫窒化層は、鋼製保持器の表面に形成される窒素化合物による単一層と、この単一層に連続するとともに当該浸硫窒化層の表層を形成する硫黄化合物による多孔質層とからなる4サイクルエンジン用の軸受。
【請求項2】
上記浸硫窒化層は5μm〜20μmの厚さにしたことを特徴とする上記請求項1記載の4サイクルエンジン用の軸受。
【請求項3】
上記保持器は、針状ころを保持するポケットを除く円筒状の全外周面を平坦にしたことを特徴とする上記請求項1または2記載の4サイクルエンジン用の軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−92200(P2009−92200A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−265725(P2007−265725)
【出願日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【出願人】(000229335)日本トムソン株式会社 (96)
【Fターム(参考)】