説明

Ag−酸化物系電気接点材料及びそれを使用した自動車用リレー

【課題】従来から用いられているAg−SnO−In接点材料に代替可能なInフリーの接点材料であって、優れた耐久性を有する接点材料を提供する。
【解決手段】本発明は、9.0〜10.5重量%のSn、0.8〜1.3重量%のZn、0.3〜0.8重量%のTe、残部がAgと不可避不純物とからなるAg−Sn−Zn−Te合金を内部酸化することにより得られるAg−酸化物系電気接点材料である。この接点材料は、粉末冶金により製造することができ、前記組成の合金粉末又は合金粒を、酸素分圧0.1〜0.4MPa、温度710〜770℃で内部酸化させ、内部酸化後の合金粉末又は合金粒を圧縮、焼結することで製造可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐溶着性及び耐消耗性に優れ、小型化された自動車用リレーにおいて、良好な耐久性を有するAg−酸化物系接点材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用リレーは、ヘッドライトの点灯、パワーウインドモ−タの駆動、リアデフォガーへの通電等々、様々な駆動部品、回路等を制御するために使用され、一般的に、排気量2.0Lクラスの大衆車にはおよそ40台、3.0Lの高級車ともなると70台以上のリレーが搭載される。これら自動車用リレーに組み込まれる電気接点材料は、上記のような誘導性、容量性、抵抗の種々負荷の開閉を確実に行うことが求められ、多くの場合、同一の電気接点材料で、様々な負荷を開閉させなければならない。
【0003】
昨今、移住空間の拡大、クラッシャブルゾ−ンの確保等々の目的で、自動車に搭載される部品の軽薄短小化が進められ、自動車用リレーも年々小型化されたものが設計、開発されている。自動車用リレーの小型化には、それを構成する一つ一つの部品の小型化が必要になり、これら構成部品の小型化は、電気接点の接触力、開離力の低下を招き、電気接点材料に求められる耐溶着性は厳しさを増している。加えて、自動車メ−カからのコストダウン要求から、使用する電気接点材料の体積を少なくしなければならず、さらなる耐消耗性向上が求められている。
【0004】
自動車用リレーに用いられる電気接点材料としては、Ag−酸化錫−酸化インジウム(以下、各酸化物の代表的な組成に基づき、Ag−SnO−Inと記載する。)接点材料が広く知られている。(特許文献1参照)このAg−SnO−In接点材料は、耐溶着性及び耐消耗性に優れ、誘導性、容量性、抵抗の様々な負荷で優れた耐久性を示す電気接点材料である。そして、負荷電流3〜30Aを制御する自動車用リレーの80%以上にこのAg−SnO−In接点材料が使用されている。この接点材料の良好な性能は、Agマトリックス中に微細なSnO及びIn粒子を均一に分散させ、Agマトリックス強化による耐熱性向上により発現されるものである。Ag−酸化物接点材料の製造方法としては、内部酸化法及び粉末冶金法が挙げられるが、耐溶着性及び耐消耗性の観点から、内部酸化法で製造されたものが好まれて使用されている。
【0005】
しかし、Ag−SnO−In接点材料の原料であるInは、地球皮部(地球全質量の約0.7%)を構成する元素の割合を算出したクラーク数が全元素中68位の希少金属であること、また、液晶ディスプレイやプラズマディスプレイのパネルにおけるITO透明電極の原料として注目されており、その高い需要による資源枯渇も指摘され、Inの価格は高騰を続けており、接点材料の製造価格にまで重大な影響を与えるまでとなっている。これらの資源枯渇及び高コストの問題から、Inフリーの接点材料の開発が急務となっている。
【0006】
自動車用リレーに使用されるInフリーの接点材料としては、例えば、Ag−酸化錫−酸化亜鉛−酸化テルル(以下、各酸化物の代表的な組成に基づき、Ag−SnO−ZnO−TeOと記載する。)接点材料が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公昭55−4825号公報
【特許文献2】特開2007−12570号公報
【0008】
このAg−SnO−ZnO−TeO接点材料は、Inの代わりにZnOを添加することにより、Ag−SnO−In接点材料の代替を試みたものである。しかしながら、自動車用リレーの小型化が進み、耐溶着性及び耐消耗性のさらなる向上が求められる環境の中では、この接点材料は実使用上の耐久性を得難く、より高性能のものが求められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上のような事情を背景としてなされたものであり、従来から用いられているAg−SnO−In接点材料に代替可能なInフリーの接点材料であって、優れた耐久性を有する接点材料を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明者らは、Ag−SnO−ZnO−TeO接点材料の組成及び製造条件について種々の実験、研究を重ね、これまでのAg−SnO−ZnO−TeO接点材料が耐久性を満足できない要因を見出した。即ち、耐久性が不足する最大の原因は、耐久性に寄与するSnOの添加量の不足にあり、従来のAg−SnO−ZnO−TeO接点材料では、およそ10重量%(内部酸化前の金属換算でおよそSn8.0重量%)程度しか添加していなかったことにある。そこで、本発明者等は、Ag−SnO−ZnO−TeO接点材料のSnOを中心とした各金属酸化物の含有量を見直し、その好適範囲を見出し本発明に想到した。
【0011】
本願発明は、9.0〜10.5重量%のSn、0.8〜1.3重量%のZn、0.3〜0.8重量%のTe、残部がAgと不可避不純物とからなるAg−Sn−Zn−Te合金を内部酸化することにより得られるAg−酸化物系電気接点材料である。
【0012】
本発明における電気接点材料の主たる耐溶着性、耐消耗性は、Agマトリックス中に微細なSnO、ZnO及びTeOを均一に分散させたことに起因する効果であり、特にSnOの添加量を増大させたことよる。このSnOの添加量は、内部酸化前のAg−Sn−Zn−Te合金のSn量を9.0重量%以上としたことにより、内部酸化によりSnOの添加量は11.1重量%以上となる。本願に係る接点材料は、これにより、小型化された自動車用リレーにおいても実使用上問題のない耐久性を具備させることが可能となる。
【0013】
上記の接点材料中の金属酸化物の添加量は、耐久性確保という目的の他、製造上の問題を考慮するものである。この製造上の問題とは、本発明における合金系では、内部酸化処理をした際に、析出する酸化物の形状として酸化進行方向に対して垂直にバンド状のものが形成される場合や、ラメラ状に析出する場合があるというものである。そして、バンド状の酸化物が生じた場合、それ以上の酸化の進行を妨げるため、必要量の酸化物が形成されない。また、ラメラ状の酸化物析出が生じた場合、内部酸化後の素材製造時の加工性を大きく劣化させ、素材製造時及び端子材やバネ材への組み付けに必要な加工ができない。
【0014】
本発明に係る接点材料は、Ag−Sn−Zn−Te合金について、内部酸化による酸化物が粒子状に析出し得る組成範囲及び適切な内部酸化条件により、加工性と耐久性を確保するものである。
【0015】
本発明に係る接点材料において、内部酸化前のAg−Sn−Zn−Te合金の限定的な組成の範囲について説明すると、Znが1.3重量%を超える場合、若しくは、Teが0.3重量%未満である場合、内部酸化時にAg−Sn−Zn−Te合金粒の極表面に厚い酸化物のバンド層が形成し、内部に酸素が拡散できなくなり内部酸化されなくなる。また、Snが10.5重量%より多い場合、内部酸化により析出した酸化物粒子の一部がラメラ状の酸化物凝集物となり、その凝集物が加工性を大きく劣化させる。一方、Sn9.0重量%未満の場合には、耐久性が低下する。更に、Znが0.8重量%未満、若しくは、Teが0.8重量%を超える場合は加工性が著しく劣化し、素材の加工ができなくなる。
【0016】
また、本発明についての内部酸化の条件としては、0.1〜0.4MPa、温度710〜770℃とすることで、析出する酸化物の形状を粒子に近い状態に制御でき、加工性を確保することができる。この条件については、酸素分圧が0.1MPa未満、温度が710℃より低いと表面に酸化物のバンド層が形成し、それ以上内部酸化が進行しない。また、酸素分圧が0.4MPaより大きいとラメラ状の酸化物凝集が析出し、加工性が著しく劣化する。更に、温度が770℃より高いと、合金の固相線を大きく越えてしまい、内部酸化時の酸化発熱も加わり合金の一部・全部が溶融するおそれがある。
【0017】
本発明に係る接点材料は、上記条件による内部酸化法と粉末と粉末冶金法との組み合わせにより製造されるものが好ましい。即ち、9.0〜10.5重量%のSn、0.8〜1.3重量%のZn、0.3〜0.8重量%のTe、残部がAgと不可避不純物とからなるAg−Sn−Zn−Te合金からなる合金粉末又は合金粒を、酸素分圧0.1〜0.4MPa、温度710〜770℃で内部酸化させ、内部酸化後の合金粉末又は合金粒を圧縮、焼結することにより製造されるものが好ましい。この場合、合金粉末又は合金粒の粒径は、0.05〜2.5mmとするのが好ましい。粒径が0.05mm未満であると酸化時の発熱が大きく、内部酸化処理時の温度制御が困難になり、2.5mmより大きいと内部酸化処理に時間がかかり、経済的な観点から問題となるためである。そして、この合金粉末又は合金粒の内部酸化においては、上記酸化条件で酸化時間を48〜72時間とするのが好ましい。尚、本発明に係る接点材料は、上記粉末冶金法によらずバルク状の合金を内部酸化させて製造することも可能である。例えば、ディスク状のAgSnZnTe合金を上記条件で内部酸化処理し、溶接、もしくは、ロウ付け等の工法により、バネ材および端子材に接合して自動車用リレーとしても良い。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るAg−SnO−ZnO−TeO接点材料は、耐久性が改善されると共に加工性の確保もなされている。本発明は、これまで自動車用リレー材料として使用されてきたAg−SnO−In接点材料と同等以上の性能を有し、直流電圧5〜30V、定格3〜30Aの負荷を制御する自動車用リレーについて、その電気接触子を本発明に係る電気接点材料とすることで、優れた耐久性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例1の内部酸化組織を示す写真。
【図2】比較例4の内部酸化組織を示す写真。
【図3】比較例10の内部酸化組織を示す写真。
【図4】実施例1及び従来例の接点材料についての溶着力測定試験の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施形態について、以下に記載する実施例に基づいて説明する。本実施形態では、各種組成のAg−SnO−ZnO−TeO接点材料を製造し、その材料組織(加工性)を検討し、更に、耐久性の評価を行った。ここで製造した接点材料について、内部酸化前の合金組成を表1に示す。尚、従来例は、実施例との比較のための昨今の小型化された自動車リレーで多く採用されているAg−SnO−In接点材料である。
【0021】
【表1】

【0022】
上記の合金は、通常の高周波溶解炉を用い、各組成のAg合金を溶解後インゴットに鋳造した。次にそのインゴットを熱間押し出し法にてφ6mmの線材に加工した。続いて、その線材を焼鈍と伸線を繰り返しながらφ2mmまで加工を行い、長さ2mmで切断することで、φ2mm×2mmLのチップ(合金粒)を作成した。そして、このチップを酸素圧0.2MPa、温度740℃で48時間、内部酸化処理を行い、内部酸化処理後のチップを集め、圧縮成形して、φ50mmの円柱ビレットを形成した。
【0023】
この圧縮加工に続いて、900℃、4時間の焼結処理を行った。この圧縮加工及び焼結処理はそれぞれ4回繰り返して行い電気接点材料を製造した。
【0024】
次に、製造された電気接点材料について、熱間押し出し加工により、φ7mmの線材に形成した。続いて、線引き加工にて直径2.3mmの線材とし、ヘッダーマシンによって、頭径3.2mm、頭厚1mmのリベット接点を作成した。これらのリベット接点を端子材及びバネ材にカシメして評価試験用の試験片とした。
【0025】
実施例1〜6、比較例1〜11及び従来例の内部酸化実験及び加工性評価の結果を表2に示す。尚、加工性の評価は、上記した、押出しにより得られた線材の線引き加工工程において、φ7.0からφ6.7へ加工したとき(加工率8.4%)の断線の有無により評価を行った。この評価基準は、過去の経験から、前述の伸線加工において断線が発生する場合は、その後の細線での加工、端子及びバネ材への組み付け加工において、割れ等の問題が発生するとの知見に基づいている。また、図1〜図3に、実施例1、比較例4及び比較例10の内部酸化組織を示した。
【0026】
【表2】

【0027】
表2の結果から、Ag−Sn−Zn−Te合金は、その組成によって酸化物の析出状態に差異が生じることがわかる。実施例1(図1)は、内部酸化時に酸化物が粒子状に析出していることがわかる。比較例4(図2)は、内部酸化は進行するものの、ラメラ状の酸化物の凝集物が生成し、線での加工性を著しく劣化させる要因となる。また、比較例10(図3)は、表面に酸化物のバンド層を形成し、内部まで酸素が拡散されないために、内部酸化されていない。このように、酸化物の析出状態を適切にするためには、合金組成の正確な調整が必要であることが確認された。

【0028】
次に、内部酸化工程における条件の適正化を検討するため、実施例1の合金について、内部酸化条件を種々変更し、酸化物析出状態を検討した。この試験の基本的工程は上記と同様であり、内部酸化の条件のみ調整した。その検討結果を表3に示す。
【0029】
【表3】

【0030】
表3から、酸素分圧についてみると、酸素分圧が0.1MPa未満であると表面に酸化物のバンド層が形成し、0.5MPa以上とするとラメラ状の酸化物の凝集物が析出する。また、酸化温度については、710℃未満であると表面に酸化物のバンド層が形成し、770℃より高いと固相線を越えてしまい、溶融状態となってしまう。このように、好適な接点材料とするためには、合金組成を適切としつつ、内部酸化条件にも配慮が必要であることがわかる。
【0031】
更に、自動車用リレーにおける耐久性を調査するために、実施例1及び従来例で製造した接点材料について、模擬試験機で溶着力の測定を行った。この試験は、アクチュエータで接点開閉を行わせ、接点閉成時に投入電流を0.1秒間発生させて接点を溶着させ、開離させる際にその溶着を引き離す力を歪ゲ−ジで読み取った。この試験条件を表4に示し、試験結果を図4に示す。
【0032】
【表4】

【0033】
図4は開閉毎回の溶着力測定結果のメジアンを平均値とした正規分布に見立て、プロットしたものであり、同じ標準偏差であれば左側にプロットされるほど溶着力が小さく、自動車リレーにおける溶着故障が発生し難いと言える。図1が示すように、実施例1は、小型化された自動車用リレーで使用されている従来例よりも低い溶着力を示しており、これまで自動車用リレーで使用されている材料よりも優れた耐溶着性を有していることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明に係るAg−SnO−ZnO−TeO接点材料は、小型化された自動車用リレ−において優れた耐久性を示す。そのため、これまで使用されてきたAg−SnO−In接点材料に代わる材料となり得るものであり、In枯渇および高コスト化を改善することが可能となった。また、今後のさらなるリレーの小型化、長寿命化にも対応できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
9.0〜10.5重量%のSn、0.8〜1.3重量%のZn、0.3〜0.8重量%のTe、残部がAgと不可避不純物とからなるAg−Sn−Zn−Te合金を内部酸化することにより得られるAg−酸化物系電気接点材料。
【請求項2】
9.0〜10.5重量%のSn、0.8〜1.3重量%のZn、0.3〜0.8重量%のTe、残部がAgと不可避不純物とからなるAg−Sn−Zn−Te合金からなる合金粉末又は合金粒を、酸素分圧0.1〜0.4MPa、温度710〜770℃で内部酸化させ、内部酸化後の合金粉末又は合金粒を圧縮、焼結することにより製造される請求項1記載のAg−酸化物系電気接点材料。
【請求項3】
直流電圧5〜30V、定格3〜30Aの負荷を制御する自動車用リレーにおいて、
その電気接触子が請求項1又は請求項2に記載の電気接点材料からなることを特徴とした自動車用リレー。


【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−3885(P2012−3885A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−136024(P2010−136024)
【出願日】平成22年6月15日(2010.6.15)
【出願人】(509352945)田中貴金属工業株式会社 (99)
【Fターム(参考)】