説明

Cr含有合金鋼の硫酸洗浄用促進剤

【課題】 Cr含有鋼を硫酸洗浄したときでも、スマットを除去できる酸洗浄技術を開発する。
【解決手段】 Cr含有合金鋼の硫酸洗浄用促進剤として、下記式(1)で示される化合物を酸洗浄促進成分として含む促進剤を使用する。
【化1】


(式中、R1は窒素原子を含有する分子量50以下の原子団を示す。R2は酸性プロトンに直結する硫黄原子を含有する原子団又はその塩を示す)
この促進剤は、腐食抑制成分(アルコール系抑制成分、グリコール系抑制成分)と組み合わせてCr含有合金鋼の硫酸洗浄工程に添加される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鋼材表面の鉄酸化物被膜(錆、スケールなど)を除去するための酸洗浄技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼材の表面に付着する鉄酸化物被膜(錆、熱処理などによって生じるスケールなど)を除去するため、硫酸や塩酸などを用いた酸洗処理が行われている。塩酸洗浄は、鉄酸化物被膜を溶解しながら除去していくため、処理後の鋼材表面が肌荒れし難く、また鋼材表面の黒変(腐食)が生じない点で優れている。しかし塩酸洗浄は、処理時間が長くなるという問題点を有している。一方、硫酸洗浄は、塩酸洗浄とは異なり、処理時間が短くなるという利点があるが、鋼母材と鉄酸化物被膜との間に硫酸が侵入して鉄酸化物被膜を鋼表面から剥離させることによって鉄酸化物被膜を除去していくため、処理後の鋼材表面に肌荒れが生じやすく、また鋼材表面が黒変(腐食)し易いという問題を有している。
【0003】
なお硫酸洗浄を行う場合、ニトロ基を有する有機化合物を用いると、スケール除去の処理時間をさらに短縮できることも知られている(特許文献1)。
【特許文献1】特公昭63−58914号公報(請求項1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、上記硫酸処理と塩酸処理の互いの長所のみを発揮すべく、さらに優れた酸洗浄処理方法を目指して開発を進めたところ、腐食抑制剤を含有する硫酸で洗浄した後に塩酸洗浄を行えば、塩酸洗浄に比べて短い処理時間で、しかも肌荒れや腐食を生じさせることなく鉄酸化物被膜を除去できることを見出した。特にこの酸洗浄処理方法は、Crを含有しない鋼(炭素鋼など)の鉄酸化物被膜を除去するのには極めて有用であった。
【0005】
しかしこの方法でCrを含有する鋼を酸洗浄したとき、本発明者らは、新たな問題に直面した。すなわちCrを含有する鋼を硫酸で1次洗浄する場合、この硫酸に含まれる腐食抑制剤によって反応性が抑制されているためか、酸洗浄終了後の鋼材表面に、黄土色の被膜(以下、スマットと称する)が残存した。このスマットは塩酸だけで洗浄したときには残存せず、硫酸洗浄を適用したときに特有の問題であると思料される。そしてこのスマットについて、電解放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM;日立製作所製S−4500型)に付属するエネルギー分散型X線分析装置(EDX;堀場製作所製EMAX−7000型)で下記の条件で定性分析すると、図1に示すようにCrの特性X線が観察され、このスマット残留の問題がCr含有鋼のCrが濃化することによって生じていると推察された。
供試材:直径5.5mm、長さ50mmのSUJ2鋼(熱処理材)
なおこの供試材の断面を測定した。断面には、カーボンを蒸着させて導電性を
確保した。
SEM条件:
走査 :θ/2θ
加速電圧:20kV
撮影方法:二次電子像、反射電子像
撮影倍率:2000倍
EDX条件:
走査 :θ/2θ
加速電圧:20kV
測定時間:100秒
分析方法:スポット分析、エリア分析(30μm□)
【0006】
本発明は上記の様な事情の下でなされたものであって、その目的は、Cr含有鋼を硫酸洗浄したときでも、スマットを除去できる酸洗浄技術を開発することにある。
【0007】
本発明の他の目的は、短時間で、かつ肌荒れや腐食を生じさせることなく、しかもスマットを残存させることなくCr含有鋼の鉄酸化物被膜を除去できる酸洗浄技術を開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
硫酸洗浄を行う場合、鉄酸化物被膜の除去効率を高めるため、促進剤を使用する場合がある。鉄酸化物被膜の除去効率に優れた促進剤として、例えば、チオグリコール酸(メルカプト酢酸ともいう)、ニトロメタン、ニトロベンゼンスルホン酸などが挙げられ、これらを2N硫酸に100ppm添加し、温度50℃で軟鋼の黒皮スケールを除去した場合の脱スケール促進能力は、下記表1の通りである。
【0009】
【表1】

【0010】
スマットも鉄酸化物と同様、金属酸化物の一種(Cr酸化物)であるため、スケール除去性能に優れている促進剤がスマット除去特性にも優れていると考えれば、チオグリコール酸が最も良好な促進剤になると考えられる。ところが本発明者らが鋭意検討を重ねたところ、チオグリコール酸を用いた場合には、肌荒れや腐食を引き起こすことなくスマットを除去することができず、スケール除去性能とスマット除去特性とは異なるものであることが判明した。そこで本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討を重ねたところ、前記チオグリコール酸よりもスケール除去特性が劣っているにも拘わらず、ニトロベンゼンスルホン酸などの特定のベンゼン系有機酸が、スマット除去特性に極めて優れていることを見出し、この化合物を適切に使用して酸洗浄すると、短時間で、かつ肌荒れや腐食を生じさせることなく、しかもスマットを残存させることなくCr含有鋼の鉄酸化物被膜を除去できることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明に係るCr含有合金鋼の硫酸洗浄用促進剤は、下記式(1)で示される化合物を酸洗浄促進成分として含む点に要旨を有する。
【0012】
【化1】

【0013】
(式中、R1は窒素原子を含有する分子量50以下の原子団を示す。R2は酸性プロトンに直結する硫黄原子を含有する原子団又はその塩を示す)
前記R1は、例えば、−NH2基、−NHNH2基、−NO2基、−CONH2基、及び−CONH−基から選択された少なくとも1種を有する原子団であり、R2は、例えば、−SH基及び/又は−SO3H基を有する原子団又はその塩であるのが望ましい。R1のメタ位にR2が結合していてもよい。
【0014】
この促進剤は、1種以上の腐食抑制成分を含む腐食抑制剤と共に、Cr含有合金鋼の硫酸洗浄用添加剤を構成する。腐食抑制成分としては、アルコール系抑制成分(例えば、C3-5アルキンアルコール)、グリコール系抑制成分(例えば、繰り返し数2以上のエチレングリコール縮合物)などが使用される。この腐食抑制成分は、下記腐食抑制性試験で評価したときに10〜40%の腐食抑制率を示すことが推奨される。
【0015】
[腐食抑制性試験]
試験液:2N硫酸に濃度1000ppm(質量基準)となるように腐食抑制成分を単独で添加した溶液
供試鋼:JIS G3131に規定する熱間圧延軟質鋼板SPHC(C:0.08質量%、Mn:0.24質量%、P:0.02質量%、S:0.02%、残部Fe、引張強さ:300N/mm2、伸び30%)であって、表面に酸化スケールがない鋼板
試験方法:前記試験液に前記供試鋼を浸漬して温度50℃で4時間保持することによって腐食させた後の腐食減量Winh(g/m2)を下記式(1)に基づいて算出すると共に、2N硫酸に前記供試鋼を浸漬して温度50℃で4時間保持することによって腐食させた後の腐食減量WH2SO4(g/m2)を下記式(2)に基づいて算出し、次いで下記式(3)に基づいて腐食抑制率を算出する
inh=(Wa−Wb)/Ainh …(1)
H2SO4=(Wc−Wd)/AH2SO4 …(2)
腐食抑制率(%)=(WH2SO4−Winh)/WH2SO4×100 …(3)
(式中、Wa及びWcは浸漬前の供試鋼の質量(g)を示し、Wb及びWdは浸漬後の供試鋼の質量(g)を示し、Ainh及びAH2SO4は腐食させた部分の面積(m2)を示す)
【0016】
上記添加剤は、鉄酸化物被膜が除去されたCr含有合金鋼(例えば、Crを0.5質量%以上含有する合金鋼)を製造する為に使用できる。より具体的には、上記添加剤を添加した硫酸水溶液で、表面に鉄酸化物被膜が付着したCr含有合金鋼を洗浄した後(硫酸洗浄工程)、塩酸水溶液で洗浄することによって、鉄酸化物被膜が除去されたCr含有合金鋼を製造できる。前記硫酸水溶液及び塩酸水溶液の組成は、例えば、以下の通りである。
【0017】
[硫酸水溶液]
硫酸濃度:10〜30質量%
式(1)の酸洗浄促進成分の濃度:500〜3000ppm(質量基準)
アルコール系抑制成分及びグリコール系抑制成分の合計濃度:20〜800ppm(質量基準)
[塩酸水溶液]
塩化水素濃度:10〜30質量%
硫酸洗浄工程では、通常、温度60〜95℃で5〜20分間間の処理を行い、塩酸洗浄工程では、通常、温度10〜50℃で10〜40分間の処理を行う。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、式(1)の化合物を酸洗浄抑制成分として使用しているため、スマットが残りやすいCr含有鋼であっても、スマットを残存させることなく、短時間で、しかも肌荒れや腐食を生じさせることなく、鉄酸化物被膜を除去できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
[促進剤]
本発明はCr含有鋼の硫酸洗浄に関するものであり、この硫酸洗浄を行う場合には促進剤(酸洗促進成分の単独物又は混合物)を使用する必要がある。酸洗促進成分は、基本的には鉄酸化物被膜(錆、スケールなど)を効率よく除去するために使用するものである。しかし上述したようにスケール除去効率とスマット除去特性とは異なっており、適切な促進成分を使用する必要がある。特にスケール除去効率のみに優れた促進成分を使用すると、後述の抑制剤として何を使用しても、肌荒れや腐食を防止するのが困難となり、これらを防止するために抑制剤の使用量を低減すると、スマットが残存してしまうため、鉄酸化物被膜除去、スマット除去、肌荒れ防止、腐食防止の全てを達成することができなくなってしまう。本発明の最大の特徴は、スマット除去特性に優れ、故に鉄酸化物被膜除去、スマット除去、肌荒れ防止、腐食防止の全てを達成することができる促進剤として、下記式(1)で示されるベンゼン系有機酸を使用する点にある。
【0020】
【化2】

【0021】
[式中、R1は窒素原子を含有する分子量50以下の原子団(有機基を含む)を示す。R2は酸性プロトンに直結する硫黄原子を含有する原子団(有機基を含む)又はその塩を示す]
前記R1は、その窒素原子によってFe面付近に上記ベンゼン系有機酸(1)を保持させるのに有効であり、前記R2は、硫黄原子による優れた酸性によって鉄酸化物被膜除去効率及びスマット除去特性を高めるのに有効であると推察される。
【0022】
前記R1としては、−NH2基(アミノ基)、−NHNH2基、−NO2基(ニトロ基)、−CONH2基、−CONH−基などの窒素原子含有基を1つ以上(好ましくは1つ)有する原子団が挙げられる。好ましい窒素原子含有基は、アミノ基、ニトロ基など(特にニトロ基)である。
【0023】
前記R2としては、−SH基(チオール基)、−SO3H基(スルホン酸基)などの硫黄原子含有基を1つ以上(好ましくは1つ)有する原子団又はその塩が例示できる。好ましい硫黄原子含有基はスルホン酸基である。
【0024】
ベンゼン環に対するR2の結合位置は特に限定されず、R1に対してオルト位、メタ位、パラ位のいずれであってもよいが、メタ位であることが多い。
【0025】
上記窒素原子含有基及び硫黄原子含有基は、ベンゼン環に直結しているのが望ましい。
【0026】
上記のようなベンゼン系有機酸(1)としては、例えば、ニトロベンゼンスルホン酸、アミノベンゼンスルホン酸、アミノチオフェノールなどが挙げられる。これらベンゼン系有機酸は、単独で使用してもよく2種以上を組み合わせてもよい。
【0027】
本発明の促進剤は、促進成分として少なくとも上記ベンゼン系有機酸(1)を含む限り、他の促進成分との混合物であってもよい。他の促進成分としては、例えば、チオプロピオン酸、チオグリコール酸、チオフェノール、チオ酪酸、メルカプトエタノール、ジチオグリコール酸、エチレングリコールジチオグリコレート、ベンゼンスルホン酸、アミノチオフェノール、チオリンゴ酸、メチレンジチオシアネートなどのチオ系促進成分;蟻酸、グリコール酸、酢酸、酒石酸などの有機酸系促進成分;硝酸ソーダ、ニトロフェノール、ニトロトルエンスルホン酸、ニトロナフタレンスルホン酸、ニトロメタンなどのニトロ化合物系促進成分などが挙げられる。
【0028】
促進剤中のベンゼン系有機酸(1)の割合は、例えば、50モル%以上、好ましくは70モル%以上、さらに好ましくは90モル%以上である。
【0029】
[添加剤]
上記促進剤は、腐食抑制剤と組み合わせて使用され、これら促進剤及び腐食抑制剤の組み合わせは、添加剤と称される。腐食抑制剤は、基本的には硫酸洗浄を行った際に生じやすい肌荒れや腐食を防止するために使用されるものである。そのため上記促進剤の機能を阻害する面もあり、その選択は適切に行う必要がある。すなわち本発明では、上述したようにスマット除去特性に優れた促進剤を使用してはいるが、腐食抑制剤の抑制能が強すぎると、スマット除去性が低下することがある。逆に腐食抑制剤の抑制能が弱すぎると、肌荒れ防止が不十分になりやすい。
【0030】
本発明者らは、上記促進剤との相性がよく、鉄酸化物被膜除去、スマット除去、肌荒れ防止、腐食防止の全てを達成できる腐食抑制成分として、アルコール系抑制成分、グリコール系抑制成分などが有用であることを見出した。これらアルコール系抑制成分及びグリコール系抑制成分は、下記腐食抑制試験に基づいて腐食抑制率を調べたとき、例えば、10〜40%程度の腐食抑制率を示すものである。
【0031】
<腐食抑制性試験>
腐食抑制率とは、腐食による質量変化を鋼材の表面積で除して数値化した指標(腐食減量)の抑制率を意味するものであり、試験方法は下記の通りである。
【0032】
すなわち下記試験液及びコントロールとしての2N硫酸と供試鋼とを準備し、試験液又は2N硫酸に前記供試鋼を浸漬して温度50℃で4時間保持することによって腐食させる。試験液で腐食させたときの腐食減量Winh(g/m2)を下記式(1)に基づいて算出すると共に、2N硫酸(コントロール)で腐食させたときの腐食減量WH2SO4(g/m2)を下記式(2)に基づいて算出し、これらの算出結果と下記式(3)とから腐食抑制率を算出する。
inh=(Wa−Wb)/Ainh …(1)
H2SO4=(Wc−Wd)/AH2SO4 …(2)
腐食抑制率(%)=(WH2SO4−Winh)/WH2SO4×100 …(3)
(式中、Wa及びWcは浸漬前の供試鋼の質量(g)を示し、Wb及びWdは浸漬後の供試鋼の質量(g)を示し、Ainh及びAH2SO4は腐食させた部分の面積(m2)を示す)
【0033】
試験液:2N硫酸に濃度1000ppm(質量基準)となるように腐食抑制成分を単独で添加した溶液
供試鋼:JIS G3131に規定する熱間圧延軟質鋼板SPHC(C:0.08質量%、Mn:0.24質量%、P:0.02質量%、S:0.02%、残部Fe、引張強さ:300N/mm2、伸び30%)であって、表面に酸化スケールがない鋼板。なおこの供試鋼は、表面に付着する酸化スケール(FeO、Fe34など;付着量50g/m2程度)を、温度50℃の2N硫酸で除去したものである。この除去作業では、(1)2N硫酸への供試鋼の浸漬、(2)水洗、(3)スポンジによるスケールの剥離作業を繰り返すことによって、供試鋼の腐食を防ぎながらスケールだけを除去するようにした。
【0034】
前記アルコール系抑制成分としては、プロパルギルアルコール(腐食抑制率10〜40%)、ブチンジオール(腐食抑制率10〜40%)などのC3-5アルキンアルコール類が例示できる。
【0035】
また前記グリコール系抑制成分としては、例えば、ジエチレングリコール(腐食抑制率10〜40%)、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール(腐食抑制率10〜40%)などの繰り返し数が2以上のエチレングリコール縮合物が挙げられる。なおポリエチレングリコールの重量平均分子量は、例えば、2000以下、好ましくは1000以下、さらに好ましくは800以下程度である。
【0036】
上記特定の腐食抑制成分は、単独で使用してもよいが、好ましくは2種以上を組み合わせて使用する。アルコール系抑制成分から選択される1種以上と、グリコール系抑制成分から選択される1種以上(特に2種以上)とを併用することが多い。
【0037】
本発明の腐食抑制剤は、腐食抑制成分として少なくとも上記特定の成分(アルコール系抑制成分及び/又はグリコール系抑制成分)を含む限り、他の腐食抑制成分との混合物であってもよい。他の腐食抑制成分としては、例えば、チオウレア、エチレンチオウレア、グアニルチオウレア、ジエチルチオウレア、ジブチルチオウレアなどのチオウレア系抑制成分;2−メルカプトベンゾイミダゾール、1−ビニルイミダゾール、フェニルイミダゾール、メチルイミダゾールなどのイミダゾール系抑制成分;N−ドデシルアミン、アニリン、p−トルイジン、ベンジルアミン、モノエタノールアミンなどのアミン系抑制成分などが挙げられる。
【0038】
他の腐食抑制成分と組み合わせる場合、配合量の多い方から数えて最上位(好ましくは上位2つ、さらに好ましくは上位3つ)の腐食抑制成分に、上記特定の腐食抑制成分(アルコール系抑制成分、グリコール系抑制成分など)を使用することが推奨される。
【0039】
また添加剤中、上記アルコール系抑制成分及びグリコール系抑制成分の合計量は、ベンゼン系有機酸(1)100質量部に対して、例えば、5質量部以上(好ましくは10質量部以上、さらに好ましくは15質量部以上)、30質量部以下(好ましくは25質量部以下、さらに好ましくは20質量部以下)程度である。
【0040】
[酸洗浄方法]
本発明では、表面に鉄酸化物被膜が付着したCr含有合金鋼を硫酸水溶液で洗浄した後(硫酸洗浄工程)、塩酸水溶液で洗浄することにより(塩酸洗浄工程)、表面の鉄酸化物被膜を除去している。硫酸洗浄工程と塩酸洗浄工程を組み合わせることにより、短時間で鉄酸化物被膜を除去できる。
【0041】
ところで上述したように、Cr含有合金鋼は、スマットが極めて残りやすい為、鉄酸化物被膜除去、スマット除去、肌荒れ防止、腐食防止の全てを達成するのが極めて困難な鋼種である。そこで本発明では、上記硫酸洗浄工程で、上述の添加剤を添加している。この添加剤を使用することによって、Cr含有合金鋼の鉄酸化物被膜を短時間で除去しながらも、スマット除去も達成でき、さらには肌荒れ防止、腐食防止も達成できる。
【0042】
なお前記硫酸洗浄工程及び塩酸洗浄工程は、いずれも、各工程を複数回に分けて行ってもよい。工程を複数回に分けて行うことにより、酸液の使用量を低減でき、また浴の成分管理や成分維持が容易になる。例えば硫酸洗浄工程を1回で行った後、塩酸洗浄工程を2回に分けて行ってもよい。
【0043】
前記硫酸水溶液における硫酸濃度は、例えば、10質量%以上(好ましくは13質量%以上、さらに好ましくは15質量%以上)、30質量%以下(好ましくは27質量%以下、さらに好ましくは25質量%以下)程度である。また前記硫酸水溶液には、上述の添加剤を添加することによって、ベンゼン系有機酸(1)や特定の腐食抑制成分(アルコール系抑制成分、グリコール系抑制成分など)が含まれることになる。硫酸水溶液中のベンゼン系有機酸(1)の濃度は、例えば、500ppm(質量基準)以上[好ましくは700ppm(質量基準)以上、さらに好ましくは1000ppm(質量基準)以上]、3000ppm(質量基準)以下[好ましくは2500ppm(質量基準)以下、さらに好ましくは2000ppm(質量基準)以下]程度である。硫酸水溶液中のアルコール系抑制成分及びグリコール系抑制成分の合計濃度は、例えば、20ppm(質量基準)以上[好ましくは100ppm(質量基準)以上、さらに好ましくは150ppm(質量基準)以上、特に200ppm(質量基準)以上]、800ppm(質量基準)以下[好ましくは600ppm(質量基準)以下、さらに好ましくは500ppm(質量基準)以下、特に400ppm(質量基準)以下]程度である。
【0044】
また上記塩酸水溶液における塩化水素濃度は、例えば、10質量%以上(好ましくは13質量%以上、さらに好ましくは15質量%以上)、30質量%以下(好ましくは27質量%以下、さらに好ましくは25質量%以下)程度である。
【0045】
各工程の温度は特に限定されないが、温度を高くするほど処理時間を短縮できる。一方、温度を高くし過ぎると蒸気の発生によって処理環境が悪化し、特に塩酸洗浄の場合は設備の腐食が激しくなる。好ましい各工程の温度は、次の通りである。
硫酸洗浄工程:60℃以上(特に70℃以上)、95℃以下(特に90℃以下)
塩酸洗浄工程:10℃以上(特に20℃以上)、50℃以下(特に45℃以下)
【0046】
上記のようにしてCr含有合金鋼を処理することにより、極めて短時間で表面の酸化物被膜を除去できる。硫酸洗浄工程の処理時間は、例えば、5〜20分程度(好ましくは5〜15分程度)に短縮でき、塩酸洗浄工程の処理時間は、例えば、10〜40分程度(好ましくは10〜30分程度)に短縮できる。なお前記処理時間は、各工程を複数回に分けて行う場合には、合計時間を意味する。
【0047】
なお上記のように処理して、万が一にでも洗浄結果に不満が残る場合には、上記処理に先駆けて予備酸洗浄処理を行ってもよい。
【0048】
本発明の酸洗浄処理に供するCr含有合金鋼としては、例えば、Crを0.5質量%以上(例えば0.8質量%以上、特に1.0質量%以上)含有する鋼が挙げられる。なおCrの上限は、例えば、5質量%程度(特に3質量%程度)であってもよい。このようなCr含有合金鋼は、高炭素クロム軸受鋼(例えば、JIS G4805に規定されるSUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など。特にSUJ2)、機械構造用合金鋼(例えば、JIS G4053に規定されるSMnC鋼、SCr鋼、SCM鋼、SNC鋼、SNCM鋼など。特にSCr鋼、SCM鋼)、Cr含有ばね鋼(例えば、JIS G4801に規定されるSUP9、SUP9A、SUP10、SUP11A、SUP12、SUP13など。特にSUP12)などとして入手できる。なお前記Cr含有合金鋼として、CuやNiなどを含有しないものを使用してもよい。CuやNiなどを含有しないCr含有合金鋼は、これらを含有するものに比べて、スマット除去がより容易になる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0050】
なお下記実施例、比較例、又は参考例で用いた鋼材(供試鋼)及び酸洗浄方法の概略を以下に示しておく。
【0051】
[炭素鋼]
炭素鋼の成分は、C:0.40質量%、Si:0.15質量%、Mn:0.60質量%、残部Fe及び不可避不純物である。この炭素鋼は、焼なまし処理において熱処理炉内で所定の温度に霊薬した後、出炉して大気中で放冷することによって製造されたものであり、表面にスケールが付着している。
【0052】
[Cr含有合金鋼]
C:1.00質量%、Si:0.25質量%、Mn:0.33質量%、Cr:1.45質量%、残部Fe及び不可避不純物。このCr含有合金鋼は、焼なまし処理において熱処理炉内で所定の温度に冷却した後、出炉し大気中で放冷することによって製造されたものであり、表面にスケールが付着している。
【0053】
[洗浄方法1(塩酸法)]
温度35℃の第1塩酸浴(塩化水素濃度15質量%)に30分間浸漬した後、温度35℃の第2塩酸浴(塩化水素濃度15質量%)に30分間浸漬し、次いで温度20℃の第3塩酸浴(塩化水素濃度15質量%)30分間浸漬した後、前記サイクルをもう1回繰り返した[トータル処理時間=(30分+30分+30分)×2回=180分]。
【0054】
[洗浄方法2(硫酸法)]
温度85℃の硫酸浴(硫酸濃度20質量%)に13分間浸漬した後、温度40℃の第1塩酸浴(塩化水素濃度20質量%)に13分間浸漬し、次いで温度20℃の第2塩酸浴(塩化水素濃度20質量%)に13分間浸漬する(トータル処理時間39分)。
【0055】
参考例1〜3及び比較例1〜4
上記塩酸法(洗浄方法1)又は硫酸法(洗浄方法2)によって、順番に複数の供試鋼[炭素鋼(参考例1〜3)、Cr含有合金鋼(比較例1〜4)]を処理した。なお硫酸法で処理する場合には、下記表2及び表3に示す腐食抑制剤を硫酸浴に添加した。表中、「ppm」は、硫酸浴中の濃度(質量基準)を示す(以下、同じ)。
【0056】
処理後の炭素鋼のスケール除去性、スマット除去性、肌荒れ防止性、及び腐食防止性を下記のようにして評価した。
【0057】
[スケール除去性]
鋼材表面の概観を観察し、下記基準に従って評価した。
○:鋼材表面には、スケールが実質的に付着していなかった。
△:鋼材表面にスケールが少し残存した。
×:鋼材表面にスケールが残存した。
【0058】
[スマット除去性]
鋼材表面の概観を観察し、下記基準に従って評価した。
○:スマットが実質的に付着しない鋼材を製造し続けることができた。
△:初回に処理した供試鋼にはスマットが実質的に付着していなかったが、供試鋼を40〜50t程度処理すると、供試鋼にスマットが付着するようになった。
×:初回に処理した供試鋼にはスマットが実質的に付着していなかったが、供試鋼の処理量が10t程度に到達しないうちに、供試鋼にスマットが付着するようになった。
××:初回に処理した供試鋼に、既にスマットが少し残存した。
×××:初回に処理した供試鋼に、既にスマットが残存した。
【0059】
[肌荒れ防止性]
鋼材表面の表面粗さ(最大高さRy、1994年JIS B0601に準拠)を調べ、下記基準に従って評価した。
○:最大高さRyが10μm未満
×:最大高さRyが10μm以上
【0060】
[腐食防止性]
鋼材表面の腐食状態を調べ、下記基準に従って評価した。
○:塩酸法による処理に比べ、腐食減量(酸洗前後の鋼材重量の差)が2倍未満であった。
△:塩酸法による処理に比べ、腐食減量が2倍以上2.5倍未満であった。
×:塩酸法による処理に比べ、腐食減量が2.5倍以上になっていた。
結果を表2及び表3に示す。
【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【0063】
表2から明らかなように、炭素鋼を用いた場合、硫酸法によってもスケール除去性、スマット除去性、肌荒れ防止性、腐食防止性を満足しながら、塩酸法よりも処理時間を短縮することができた。ところがCr含有合金鋼を用いた場合、硫酸法によれば肌荒れや腐食が発生した(比較例4)。そこで抑制剤を添加して肌荒れや腐食を抑制しようとすると、今度はスマットを除去できなくなった(比較例2〜3)。
【0064】
比較例5〜8及び実施例1
硫酸浴に下記表4に示す促進剤及び腐食抑制剤を添加する以外は、比較例1〜4と同様にした。結果を表4に示す。
【0065】
【表4】

【0066】
表4から明らかなように、スケール除去能力に優れているメルカプト酢酸を用いても、抑制剤を使用すると、スマットが残ってしまった(比較例5)。そこで抑制剤の使用量を減らしていったが、スマット除去性は不十分なままであった(比較例7)。そこで抑制剤を弱いものに変更すると、スマット除去性は改善されたが、肌荒れや腐食が生じてしまい、これらを両立させることはできなかった(比較例8)。ところが促進剤にメルカプト酢酸よりもスケール除去能力が劣るニトロベンゼンスルホン酸Naを用いると、スケール除去、スマット除去、肌荒れ防止、腐食防止の全てを達成することができた(実施例1)。
【0067】
実施例2〜4及び比較例9〜11
硫酸浴に下記表5〜6に示す促進剤及び腐食抑制剤を添加する以外は、実施例1と同様にした。結果を表5〜6に示す。なお下記表5〜6では、促進剤としてニトロベンゼンスルホン酸を2500ppm使用した結果を示すが、これを1000〜3000ppmの範囲で変更しても下記表5〜6と同様の結果であった。
【0068】
【表5】

【0069】
【表6】

【0070】
表5〜6から明らかなように、ニトロベンゼンスルホン酸Naは、アルコール系抑制成分及びグリコール系抑制成分と組み合わせたときに、スマット除去性と肌荒れ防止性を両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】図1はスマットのX線マイクロアナライザー分析の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される化合物を酸洗浄促進成分として含むことを特徴とするCr含有合金鋼の硫酸洗浄用促進剤。
【化1】

(式中、R1は窒素原子を含有する分子量50以下の原子団を示す。R2は酸性プロトンに直結する硫黄原子を含有する原子団又はその塩を示す)
【請求項2】
1が、−NH2基、−NHNH2基、−NO2基、−CONH2基、及び−CONH−基から選択された少なくとも1種を有する原子団であり、
2が、−SH基及び/又は−SO3H基を有する原子団又はその塩である請求項1に記載のCr含有合金鋼の硫酸洗浄用促進剤。
【請求項3】
1のメタ位にR2が結合している請求項1又は2に記載のCr含有合金鋼の硫酸洗浄用促進剤。
【請求項4】
1種以上の腐食抑制成分で構成される腐食抑制剤と、請求項1〜3のいずれかに記載の促進剤とで構成され、かつこの腐食抑制成分はアルコール系抑制成分及びグリコール系抑制成分から選択される少なくとも一種であることを特徴とするCr含有合金鋼の硫酸洗浄用添加剤。
【請求項5】
上記腐食抑制成分は、下記腐食抑制性試験で評価したときに10〜40%の腐食抑制率を示すものである請求項4に記載のCr含有合金鋼の硫酸洗浄用添加剤。
[腐食抑制性試験]
試験液:2N硫酸に濃度1000ppm(質量基準)となるように腐食抑制成分を単独で添加した溶液
供試鋼:JIS G3131に規定する熱間圧延軟質鋼板SPHC(C:0.08質量%、Mn:0.24質量%、P:0.02質量%、S:0.02%、残部Fe、引張強さ:300N/mm2、伸び30%)であって、表面に酸化スケールがない鋼板
試験方法:前記試験液に前記供試鋼を浸漬して温度50℃で4時間保持することによって腐食させた後の腐食減量Winh(g/m2)を下記式(1)に基づいて算出すると共に、2N硫酸に前記供試鋼を浸漬して温度50℃で4時間保持することによって腐食させた後の腐食減量WH2SO4(g/m2)を下記式(2)に基づいて算出し、次いで下記式(3)に基づいて腐食抑制率を算出する
inh=(Wa−Wb)/Ainh …(1)
H2SO4=(Wc−Wd)/AH2SO4 …(2)
腐食抑制率(%)=(WH2SO4−Winh)/WH2SO4×100 …(3)
(式中、Wa及びWcは浸漬前の供試鋼の質量(g)を示し、Wb及びWdは浸漬後の供試鋼の質量(g)を示し、Ainh及びAH2SO4は腐食させた部分の面積(m2)を示す)
【請求項6】
上記アルコール系抑制成分がC3-5アルキンアルコールであり、上記グリコール系抑制成分が繰り返し数2以上のエチレングリコール縮合物である請求項4又は5に記載のCr含有合金鋼の硫酸洗浄用添加剤。
【請求項7】
表面に鉄酸化物被膜が付着したCr含有合金鋼を、請求項4〜6のいずれかに記載の添加剤を添加した硫酸水溶液で洗浄する硫酸洗浄工程、
及びこの硫酸洗浄工程で処理したCr含有合金鋼を塩酸水溶液で洗浄する塩酸洗浄工程で処理することによって鉄酸化物被膜が除去されたCr含有合金鋼を製造する方法。
【請求項8】
前記硫酸水溶液は、硫酸濃度が10〜30質量%、上記式(1)で示される酸洗浄促進成分の濃度が500〜3000ppm(質量基準)、前記アルコール系抑制成分及びグリコール系抑制成分の合計濃度が20〜800ppm(質量基準)であり、
前記塩酸水溶液は、塩化水素濃度が10〜30質量%である請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
硫酸洗浄工程では、温度60〜95℃の硫酸水溶液にCr含有鋼合金を5〜20分間接触させ、
塩酸洗浄工程では、温度10〜50℃の塩酸水溶液にCr含有合金鋼を10〜40分間接触させる請求項7又は8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記Cr含有合金鋼が、Crを0.5質量%以上含有するものである請求項7〜9のいずれかに記載の製造方法。
【請求項11】
前記Cr含有合金鋼が、高炭素クロム軸受鋼、機械構造用合金鋼、又はCr含有ばね鋼である請求項7〜10のいずれかに記載の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−225747(P2006−225747A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−44189(P2005−44189)
【出願日】平成17年2月21日(2005.2.21)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(591019782)スギムラ化学工業株式会社 (16)
【Fターム(参考)】