説明

Cu基焼結摺動部材

【課題】高負荷な使用環境下で使用可能なCu基焼結摺動部材を提供することを目的とする。
【解決手段】5〜30質量%のNiと、5〜20質量%のSnと、0.1〜1.2質量%のPとを含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる時効硬化したCu基焼結部材であって、金属組織の粒界に前記Niと前記Pと前記Snの濃度が前記焼結合金全体における前記Niと前記Pと前記Snの平均濃度よりも高い合金相を存在させることで耐摩耗性が優れるため、高価な硬質粒子を必要とせず低コストであり、高負荷な環境下で使用可能なCu基焼結摺動部材を得ることができる。
また、固体潤滑剤として、黒鉛、フッ化黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、フッ化カルシウム、タルク、珪酸マグネシウム鉱物粉末のうち少なくとも1種類以上を0.3〜10質量%含有させる事で、さらに優れた耐摩耗性を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Cu基焼結摺動部材に係わり、特に高負荷環境下に対応可能なCu基焼結摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に使用される軸受において、高負荷で使用される用途:例えば自動車のABSシステムの軸受等の様な高負荷用途には高価なボールベアリングが使用されている。また、自動車のワイパーなどのモータシステム用途には安価なFe−Cu系の焼結軸受が使用されているが、モータシステムの小型化により、軸受も小型化が進み、軸受部品が受ける負荷が高くなるため、従来より耐摩耗性、耐焼付性に優れた性能が要求されている。
【0003】
最近、市場からの強いコストダウン要求から、前述の自動車ABSシステムのような高負荷用途にも、高価なボールベアリングから安価な焼結軸受への置換えが検討されているが、従来のCu基焼結摺動部材では使用負荷範囲を超えてしまうため使用できず、また、Cu基焼結摺動部材よりも硬度、強度の高いFe−Cu系焼結摺動部材は、Feを含むため、相手シャフトにFe系材料が用いられることから、トモガネ現象による異常摩擦や焼付けが起こる可能性が低いながらもある事により、摺動部材としての信頼性が不十分である問題があった。そこで、高価なボールベアリングよりも安価で、従来よりも高負荷環境下で使用可能な、Cu基焼結摺動部材が求められていた。
【0004】
高負荷環境下で使用可能なCu基焼結摺動部材の従来技術として、内燃機関用のバルブガイド等の用途に、高温・高負荷・低潤滑下の環境下において優れた耐摩耗性と耐焼付性を有するCu基焼結合金(例えば特許文献1)が開示されている。
【0005】
前記従来技術のCu基焼結合金は、時効処理によってスピノーダル分解を起こす組成のCu−Ni−Sn系合金であり、スピノーダル分解させることで微細な組織が形成され素地が強化され、さらに素地と密着性の良いNi基硬質粒子と固体潤滑剤のMoS2を添加することで、高温・高負荷・低潤滑下の環境下において耐摩耗性と耐焼付性を付与するものである。
【0006】
しかし、従来技術に用いられるNi基硬質粒子は高価であり、さらにNi基硬質粒子にはCrが含まれることから、真空焼結が必要となるため製造コストも高く、コストメリットが不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−195117号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、高価な硬質粒子添加を必要とせず、高負荷な使用環境下で使用可能なCu基焼結摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1の発明は、5〜30質量%のNiと、5〜20質量%のSnと、0.1〜
1.2質量%のPとを含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる時効硬化したCu基焼結摺動部材であって、金属組織の粒界に前記Niと前記Pと前記Snの濃度が前記摺動部材全体における前記Niと前記Pと前記Snの平均濃度よりも高い合金相が存在することを特徴とするものである。
【0010】
また、請求項2の発明は、固体潤滑剤として、黒鉛、フッ化黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、フッ化カルシウム、タルク、珪酸マグネシウム鉱物粉末のうち少なくとも1種類以上を0.3〜10質量%含有するものである。
【発明の効果】
【0011】
上記構成によれば、Cu−Ni−Sn系合金が時効処理によって硬化を起こす性質を利用すると共に、前記合金にPを添加することで合金素地の強度をさらに高めるとともに、素地よりもNiとPとSnの濃度の高いNi−P−Cu−Snの合金相を粒界に存在させることで、優れた耐摩耗性が得られ、高価な硬質粒子が不要なため低コストであり、高負荷な軸受使用環境下で使用可能なCu基焼結摺動部材を得ることができる。
さらに、固体潤滑剤を添加することで耐摩耗性を向上することができる。固体潤滑剤としては黒鉛、フッ素黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、フッ化カルシウム、タルク(Mg3SiO4(OH)2)、珪酸マグネシウム(MgSiO3)鉱物粉末である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施例を示す電子顕微鏡写真の図面である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明における好適な実施の形態について、添付図面を参照しながら詳細に説明する。尚、以下に説明する実施の形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を限定するものではない。また、以下に説明される構成の全てが、本発明の必須条件であるとは限らない。各実施例では、従来とは異なる新規なCu基焼結摺動部材を採用することにより、従来にないCu基焼結摺動部材が得られ、Cu基焼結摺動部材を夫々記述する。
【0014】
本発明は、Cu−Ni−Sn系合金が時効処理によって硬化を起こす性質を利用すると共に、前記合金にPを添加することで合金素地の強度をさらに高めるとともに、素地よりもNiとPとSnの濃度の高いNi−P−Cu−Snの合金相を粒界に存在させることで、優れた耐摩耗性が得られ、高価な硬質粒子が不要なため低コストであり、高負荷な軸受使用環境下で使用可能なCu基焼結摺動部材を得ることができる。さらに固体潤滑剤を添加することで耐摩耗性を向上することができる。
【0015】
また、Cu−Ni−Sn系合金が時効処理によって硬化を起こす性質については、所定の組成範囲内において、NiおよびSnはCuに固溶し単一α相構造となり、時効処理によりスピノーダル硬化を起こすことが知られている。このスピノーダル硬化とは、スピノーダル分解によって生成する組織が数ナノメータ単位の周期構造を持ち、非常に微細な組織が形成されるため、歪エネルギ等の上昇によって変形抵抗が増加し、硬さあるいは強度が増加する現象をいう。
【0016】
次に、本発明のCu基焼結摺動部材において、これを構成する焼結Cu合金の組成の限定理由を説明する。
(a)Ni:5〜30質量%
Niは、P、Sn、Cuと素地の固溶体を形成し、時効硬化によって焼結合金の強度を向上させる。さらに素地よりもNi、P、Snの濃度が高い合金相を粒界に存在させることで、耐摩耗性向上に寄与する。時効処理による硬化を得るために必要なNi量は5質量%以上で、30質量%を超える量を添加しても時効処理による硬化の向上は認められなくなり、かえって原料コストが高くなるので好ましくない。
(b)Sn:5〜20質量%
Snは、Ni、P、Cuと素地の固溶体を形成し、時効硬化によって焼結合金の強度を向上させる。さらに素地よりもNi、P、Snの濃度が高い合金相を粒界に存在させることで、耐摩耗性向上に寄与する。時効処理による硬化を得るために必要なSn量は5質量%以上添加することが必要で、20質量%を超える量を添加しても時効処理による硬化の向上は認められなくなり、かえって相手攻撃性が高くなるので好ましくない。
(c)P:0.1〜1.2質量%
Pは、焼結性を向上させ、Ni、Sn、Cuと素地の固溶体を形成して、焼結合金の強度を向上させる。さらに、素地よりもNi、P、Snの濃度が高い合金相を粒界に存在させることで、耐摩耗性に寄与する。P含有量が0.1質量%未満では所定の耐摩耗性が得られず、一方、1.2質量%を越えると摺動相手材への攻撃性が高まり、相手材を磨耗させてしまうので好ましくない。
(d)固体潤滑剤:0.3〜10質量%
固体潤滑剤として、黒鉛、フッ化黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、フッ化カルシウム、タルク(Mg3SiO4(OH)2)、珪酸マグネシウム(MgSiO3)鉱物粉末のうち少なくとも1種類以上を0.3〜10質量%含有することができ、固体潤滑剤の含有量が0.3質量%未満では耐摩耗性の向上効果が得られず、10質量%を超えると、強度が著しく低下するので好ましくない。
【0017】
なお、黒鉛およびフッ化黒鉛は、素地に分散分布する遊離黒鉛、遊離フッ化黒鉛として存在し、焼結合金に優れた潤滑性を付与し、もって焼結合金の耐摩耗性向上に寄与する。また、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、フッ化カルシウム、タルク(Mg3SiO4(OH)2)、珪酸マグネシウム(MgSiO3)鉱物粉末は、焼結合金に優れた潤滑性を付与すると共に、摺動部材同士の金属接触を少なくし、もって焼結合金の耐摩耗性向上に寄与する。なお、タルクは、焼結後エンスタタイトとなる。
【実施例1】
【0018】
以下、本発明の実施例添付図面を参照して説明する。
【0019】
焼結合金の製造において、原料粉末を所要形状の金型に充填し、圧粉成形して所要の密度の成形体を得る。この成形体を還元雰囲気中で、焼結して焼結合金を得る。この焼結合金を金型で、製品の寸法精度を満たすようにサイジングを行う。サイジング後の焼結合金の寸法、密度、硬さ、強度などを検査し、検査に合格したものを製品とする。この製品としては、摺動部材たる軸受が例示される。
【0020】
実験例
原料粉末に、粒径−100meshの電解Cu粉末と、粒径−250meshのSnアトマイズ粉末と、粒径−200meshのCu−8質量%Pアトマイズ粉末と、粒径250meshのCu−30質量%Niアトマイズ粉末と、添加する固体潤滑剤として平均粒径:20μmの黒鉛粉末、平均粒径:150μm以下の二硫化モリブデン粉末、平均粒径60μmのフッ化カルシウム粉末、平均粒径:20μmのタルクの粉末を用意した。
【0021】
これらの原料粉末を表1及び表2に示した最終成分組成となるように配合し、ステアリン酸亜鉛を0.5質量%加えてV型混合機で20分間混合した後、200〜300MPaの範囲内の所定の圧力でプレス成形して圧粉体を製作し、この圧粉体を天然ガスと空気を混合し、加熱した触媒に通すことで分解変成させたendothermic gas(吸熱型ガス)雰囲気中で、840〜940°C範囲内の所定温度で焼結し、続いてサイジングを行い、非酸化性雰囲気中で350〜450°C範囲内の所定の温度で1時間の時効処理を行い、さらに、Cu基焼結合金中に合成油を含浸せしめることによりいずれも外径:18mm×内径:8mm×高さ:8mmの寸法を有し、表1に示される組成成分の本発明のCu基焼結摺動部材(以下、本発明例という)、及び比較としてPを添付していないCu基焼結摺動部材と発明から外れた組成成分のCu基焼結摺動部材(以下、比較例という)からなるリング状試験片を製作した。こうして得られたCu基焼結摺動部材は、素地に5〜25質量%の割合で気孔が分散している。
【0022】
得られた上記の本発明Cu基焼結摺動部材1〜13(以下、本発明例1〜13という)、比較のCu基焼結摺動部材1〜13(以下、比較例1〜13という)および従来例1,2として時効硬化が起こらないCu基焼結部材とFe−Cu系焼結摺動部材からなるリング状試験片を用いて、以下の試験を行い、表1および表2にその圧環試験と耐摩耗試験の結果を示した。
【0023】
尚、表1には、本発明例1〜4と比較例1〜8と従来例1〜2を示し、表2には、本発明例5〜13と比較例9〜13を示した。
【0024】
圧環試験:
本発明例1〜13、比較例1〜13、従来例1〜2からなるリング状試験片を半径方向から荷重をかけ、リング状試験片が破壊したときの圧環荷重を測定し、強度を算出した。その結果を表1および表2の「圧環強度」の欄に示した。
【0025】
耐摩耗試験:
本発明例1〜13、比較例1〜12および従来例1〜2からなるリング状試験片にS45Cのシャフトを挿入し、本発明例1〜13、比較例1〜13からなるリング状試験片の半径方向(シャフトの軸方向に対して直角方向)に面圧:1.5MPaとなるように荷重を前記リング状試験片の外側からかけながら前記シャフトを75m/minで1000時間回転させて試験を実施し、試験後のリング状試験片及びS45Cシャフトのそれぞれの摺動面における最大摩耗深さを測定し、耐摩耗性を評価した。その結果を表1および表2に記載した。
【0026】
なお、本耐摩耗試験で行った条件は、高負荷環境下を想定したものである。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
表1および表2に示される結果から、本発明例からなるリング状試験片はいずれも比較例および従来例からなるリング状試験片に比べて最大磨耗深さが小さいことから優れた耐摩耗性を有していることが分かる。
【0030】
一方、この発明の範囲から外れた成分組成を有する比較例1〜13からリング状試験片は強度、耐摩耗性、相手シャフト材への攻撃性のうち少なくともいずれかの特性が劣ることが分かる。
【0031】
表1において、Pが0.1質量%未満の比較例1〜3は、本発明例に比べて、最大磨耗深さが大きくなり、また、Pが1.2質量%を超える比較例4は、本発明例に比べて、相手シャフトの最大磨耗深さが大きくなり、また、Niが5質量%未満の比較例5は、本発明例に比べて、最大磨耗深さが大きくなり、また、Niが30質量%を超える比較例6は、本発明例に比べて、最大磨耗深さおよび相手シャフト材の最大磨耗深さが大きくなり、また、Snが5質量%未満の比較例7は、本発明例に比べて、最大磨耗深さが大きくなり、また、Snが20質量%を超える比較例7は、本発明例に比べて、相手シャフト材の最大磨耗深さが大きくなる。さらに、比較例1,2,3,5及び7は、本発明例に比べて、圧環強度に劣る。
【0032】
表2において、Pが0.1質量%未満の比較例9と、固体潤滑材が10質量%を超える比較例10〜12と、固体潤滑材が10質量%を超えると共にPが1.2質量%を超える比較例13は、本発明例に比べて、圧環強度に劣ると共に、最大磨耗深さが大きくなる。
【0033】
本発明例1の合金について、金属組織の粒界に存在するNiとPとSnの濃度が合金全体におけるNiとPとSnの平均濃度よりも高い合金相中のNi、P、Sn、Cuを電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて分析した。その結果を表3に示し、また、分析した合金相の一例として、電子顕微鏡写真(COMPO像)を図1に示す。
【0034】
【表3】

【0035】
EPMA分析条件は、加速電圧15kVで、ビーム径をφ1μmに設定で、図1に示す粒界の合金相を5箇所測定した。その平均した値を表3に記載した。このEPMAによる
分析結果から本発明例1の合金には、NiとPとSnのそれぞれの濃度が焼結合金全体におけるNiとPとSnの平均濃度よりも高い合金相が粒界に存在していることが分かる。
【0036】
尚、本発明は、前記実施形態に限定されるものでは無く、種々の変形実施が可能である。例えば、実施例では、摺動部材として内周に摺動面を有する軸受を例示したが、摺動面を有する他の摺動部材にも適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5〜30質量%のNiと、5〜20質量%のSnと、0.1〜1.2質量%のPとを含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる時効硬化したCu基焼結摺動部材であって、金属組織の粒界に前記Niと前記Pと前記Snの濃度が前記摺動部材全体における前記Niと前記Pと前記Snの平均濃度よりも高い合金相が存在することを特徴とするCu基焼結摺動部材。
【請求項2】
固体潤滑剤として、黒鉛、フッ化黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、フッ化カルシウム、タルク、珪酸マグネシウム鉱物粉末のうち少なくとも1種類以上を0.3〜10質量%含有することを特徴とする請求項1記載のCu基焼結摺動部材。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2011−52252(P2011−52252A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−201072(P2009−201072)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(306000315)株式会社ダイヤメット (130)
【Fターム(参考)】