説明

Cu薄板処理方法

【課題】Cu薄板の材料特性を活かしつつ応力緩和率を低減させる。
【解決手段】Cu製又はCu基合金製の薄板上の所定部分に、拡散接合助材と強化材とを溶媒に分散させたスラリーを供給し、該供給したスラリーを乾燥させたあとレーザーを照射して溶融固化して固着させることにより肉盛層を形成するCu薄板処理方法であって、(a)前記拡散接合助材として、Ni又はNi−Cr合金の粉末を使用し、(b)前記強化材として、炭化物系金属化合物、窒化物系金属化合物又は硼化物系金属化合物を使用し、前記拡散接合助材と前記強化材との重量割合を80:20〜50:50とし、(c)前記拡散接合助材及び前記強化材として、中位径D50が共に0.1〜100μmに入り、前記拡散接合助材の中位径D50の方が前記強化材の中位径D50より大きく、前記拡散接合助材の分布率D90/D10及び前記強化材の分布率D90/D10が共に4.0以下のものを使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Cu薄板処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モーターブラシなどの電気接点材は、導電性や機械強度などの基本特性以外に耐摩耗性、耐応力緩和性、耐食性、耐候性などの部品用途に応じた付加的な耐久性が要求される。これらの耐久性は、接点となる部位周辺の特定な位置で、局部的に必要となることが多い。このような場合には、基材の全体に異種材のメッキ、圧延クラッド、溶射等が施されることによって薄板の複合材とされた後、プレス打ち抜きあるいは曲げ成形加工して電気接点を得ることが通常である。なぜならば、マスキング等によって特定な位置で局部的な複合材を得ようとすると、逆にコストが高くなることが多いためである。しかし、全体を複合材とした電気接点では、複合材の基本特性に基づいて部品設計を行う必要があり、基材となる商用合金の既知である材料特性に基づく部品設計がそのまま生かせない不利があった。
【0003】
これに対し、特許文献1には、レーザーを使用した基体上への金属粉末の付着方法が開示されている。具体的には、粒状形の銀をランプブラックと混合した混合物で基体上の設計領域を被覆し、その混合物にレーザーを照射することにより局部的に肉盛層を形成する方法が開示されている。この方法によれば、局部的に銀を主成分とする肉盛層で補強した基体を得ることができる。
【0004】
また、特許文献2には、金属と強化材料とを含む粉末を基板に供給し、その粉末にレーザーを当てて加熱溶融したあと冷却することにより、微細粒組織を有する物品を形成する方法が記載されている。金属としてニッケルやニッケル合金が例示され、強化材料として硼化物や炭化物が例示されている。この方法によっても、局部的に微細粒組織の肉盛層で補強した基体を得ることができる。
【0005】
更に、特許文献3には、Niを7〜20質量%含む粉末を80〜99質量%、MoやCoを含む粉末を1〜20質量%混合した混合物をレーザー肉盛する方法が記載されている。この方法によっても、局部的に肉盛層で補強した基体を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭61−245988号公報
【特許文献2】特表2003−518193号公報
【特許文献3】特開2008−264842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上述した電気接点材においては、荷重が負荷された状態で長期に亘ってその接触圧を維持することが要求される。具体的には、電気接点材として利用されるCu薄板に局部的に肉盛層を形成することにより、応力緩和率を低減させることが望まれている。
【0008】
しかしながら、特許文献1〜3には、粉末にレーザーを照射することにより局部的に肉盛層を形成する点については記載されているものの、局部的に肉盛層を有するCu薄板の応力緩和率を低減するのに適した製法については、検討されていなかった。
【0009】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり、Cu薄板の材料特性を活かしつつ応力緩和率を低減させることを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1のCu薄板処理方法は、
Cu製又はCu基合金製の薄板上の所定部分に、拡散接合助材と強化材とを溶媒に分散させたスラリーを供給し、該供給したスラリーを乾燥させたあとレーザーを照射して溶融固化して固着させることにより肉盛層を形成するCu薄板処理方法であって、
(a)前記拡散接合助材として、Ni又はNi−Cr合金の粉末を使用し、
(b)前記強化材として、炭化物系金属化合物、窒化物系金属化合物又は硼化物系金属化合物を使用し、前記拡散接合助材と前記強化材との重量割合を80:20〜50:50とし、
(c)前記拡散接合助材及び前記強化材として、中位径D50が共に0.1〜100μmに入り、前記拡散接合助材の中位径D50の方が前記強化材の中位径D50より大きく、前記拡散接合助材の分布率D90/D10及び前記強化材の分布率D90/D10が共に4.0以下のものを使用するものである。
【0011】
本発明の第2のCu薄板処理方法は、
Cu製又はCu基合金製の薄板上の所定部分に、拡散接合助材と強化材とを溶媒に分散させたスラリーを供給し、該供給したスラリーを乾燥させたあとレーザーを照射して溶融固化して固着させることにより肉盛層を形成するCu薄板処理方法であって、
(a)前記拡散接合助材として、Ni又はNi−Cr合金の粉末を使用し、
(b)前記強化材として、ステンレス合金、ハステロイ系Ni基合金又はステライト系Co基合金を使用し、前記拡散接合助材と前記強化材との重量割合を50:50〜1:99とし、
(c)前記拡散接合助材及び前記強化材として、中位径D50が共に0.1〜100μmに入り、前記拡散接合助材の中位径D50の方が前記強化材の中位径D50より大きく、前記拡散接合助材の分布率D90/D10及び前記強化材の分布率D90/D10が共に4.0以下のものを使用する
ものである。
【0012】
本発明の第3のCu薄板処理方法は、
Cu製又はCu基合金製の薄板上の所定部分に、拡散接合助材と強化材とを溶媒に分散させたスラリーを供給し、該供給したスラリーを乾燥させたあとレーザーを照射して溶融固化して固着させることにより肉盛層を形成するCu薄板処理方法であって、
(a)前記拡散接合助材として、Ni又はNi−Cr合金の粉末を使用し、
(b)前記強化材として、Zr−Cu−Al−Ni系Zr基合金を使用し、前記拡散接合助材と前記強化材との重量割合を50:50〜5:95とし、
(c)前記拡散接合助材及び前記強化材として、中位径D50が共に0.1〜100μmに入り、前記拡散接合助材の中位径D50の方が前記強化材の中位径D50より大きく、前記拡散接合助材の分布率D90/D10及び前記強化材の分布率D90/D10が共に4.0以下のものを使用する
ものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法によれば、応力緩和率の低いCu薄板を提供することができる。すなわち、本発明の第1〜第3の方法によって製造されたCu薄板は、肉盛層が形成されているが、肉盛層が形成されていないCu薄板に比べて、応力緩和率が低減する。肉盛層が形成されたCu薄板をばね材としてコネクタ、スイッチ、リレーなどの電子部品に使用する場合、いずれも荷重が負荷された状態で長期に亘ってその接触圧を維持することが要求されるが、本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法によって得られるCu薄板は、応力緩和率が低減するため、そうした要求に十分応えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】Cu薄板処理方法の手順を示す説明図である。
【図2】凹形状のゴム片にスラリーを転写させた様子を示す説明図である。
【図3】実施例1の実験手順を示すフローチャートである。
【図4】応力緩和率を測定するのに用いる試験ジグの説明図である。
【図5】凹凸が滑らかな肉盛層表面の形状プロファイルである。
【図6】凹凸の激しい肉盛層表面の形状プロファイルである。
【図7】良好な界面の断面写真である。
【図8】不良な界面の断面写真である。
【図9】金属間化合物が存在する肉盛層のCu−Kα線の回折線のグラフである。
【図10】非晶質相が存在する肉盛層のCu−Kα線の回折線のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法において、Cu製又はCu基合金製で薄板は、例えば電気接点用に用いられるものが挙げられる。こうした電気接点用の薄板は、荷重が負荷された状態で長期に亘ってその接触圧を維持することが要求されるものである。こうした薄板は、例えばテープ状になっている。なお、Cu基合金は、Cuを50重量%以上含む合金である。
【0016】
本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法において、肉盛層を形成するにあたり、薄板上の所定部分に拡散接合助材と強化材とを溶媒に分散させたスラリーを供給し、該供給したスラリーを乾燥させたあとレーザーを照射して溶融固化して固着させる方法を採用している。レーザー照射では、酸化を防ぐための不活性ガスを吹き付けながら溶融固化することがあるが、粉末材のままでは不活性ガスやレーザー照射の衝撃で飛散してしまい、予め定められた場所に肉盛層を形成するのが困難になる。これに対して、本発明では粉末をスラリーにして供給するため、予め定められた場所に肉盛層を形成するのが容易である。
【0017】
本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法において、(a)のように、拡散接合助材として、Ni又はNi−Cr合金を使用する。Niの存在により、肉盛層がCu薄板へ拡散しやすくなる。また、Ni−Cr合金を使用する場合、Crの添加量が増えると拡散層の硬度が増して強化する役割を果たすため、Cu薄板の使用目的に応じてCrの添加量を調節すればよい。但し、Crの添加量が30重量%を超えるとNi−Cr合金は、固着後にビッカース硬さHvで800を超えることがあり、肉盛層が硬質になりすぎて溶融後の冷却時にクラックの起点になるおそれがある。このため、Crの添加量は30重量%以下とするのが好ましい。
【0018】
本発明の第1のCu薄板処理方法において、(b)のように、強化材として、炭化物系金属化合物、窒化物系金属化合物又は硼化物系金属化合物を使用し、拡散接合助材と強化材との重量割合を80:20〜50:50とするのは、肉盛層を形成した後のCu基板の応力緩和率が低減するからである。また、こうした強化材を使用すると、肉盛層のビッカース硬さの値が高くなり、耐摩耗性が向上する。
【0019】
本発明の第2のCu薄板処理方法において、(b)のように、強化材として、ステンレス合金、ハステロイ系Ni基合金又はステライト系Co基合金を使用し、拡散接合助材と強化材との重量割合を50:50〜1:99とするのは、肉盛層を形成した後のCu基板の応力緩和率が低減するからである。また、こうした強化材を使用すると、Ni又はCoを含む侵食を受けにくい化合物分散相が形成するため、耐食性が向上する。
【0020】
本発明の第3のCu薄板処理方法において、(b)のように、強化材として、Zr−Cu−Al−Ni系Zr基合金を使用し、拡散接合助材と強化材との重量割合を50:50〜5:95とするのは、肉盛層を形成した後のCu基板の応力緩和率が低減するからである。また、こうした強化材を使用すると、局部的かつ離散的に高強度な金属ガラス合金(非晶質合金)相が形成されたり、非晶質にならずとも、各々の元素のいずれかがCu薄板の構成元素やNi又はNi−Cr合金の拡散接合助材と間で強度の高い合金相や化合物相などを容易に形成しやすくなるため、機械的特性が向上する。
【0021】
本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法において、(c)のように、拡散接合助材の中位径D50及び前記強化材の中位径D50が0.1〜100μmに入るようにするのは、以下の理由による。すなわち、0.1μmより小さいと、製作が難しく、分級すると極端に歩留まりが悪く、不経済だからである。100μmを超えると、拡散接合部材と強化材との比重の違いによる粒子の重量差が顕著になり、スラリーを作ったときに比重の大きな粒子が下へ沈み、小さな粒子が上に浮いた状態となりやすく、均一な分散状態を維持するのが難しくなるからである。これらの中位径D50は0.1〜20μmに入ることが好ましい。20μm以下にすると、比重差があっても均一なスラリーを作りやすいからである。
【0022】
また、拡散接合助材の中位径D50の方が強化材の中位径D50より大きくなるようにするのは、以下の理由による。すなわち、強化材は拡散接合助材に比べて基本的に高融点な材料であるため、相対的に低融点となる拡散接合助材が先に溶融され、該溶融したプールの中で強化材が溶融あるいは加熱密着する状態を作り出すことができ、均質な肉盛層を作製しやすいからである。
【0023】
更に、拡散接合助材の分布率D90/D10及び強化材の分布率D90/D10を4.0以下にするのは、以下の理由による。すなわち、この値が4.0を超えると、両方の粉末を薄板上に並置したときの高低差が大きくなり、背の高い粒子がより熱吸収しやすい傾向にあることから、溶融が不均一になりやすい。また、レーザー照射によって、大きな粒子が先に溶融すると共に小さな粒子が溶融する前に照射の衝撃で周囲に飛散してしまうことがあるため、この点でも溶融が不均一になりやすい。このように溶融が不均一になると、固化した後の肉盛層の表面に凹凸ができやすいため、好ましくない。更に、急冷固化する際にクラックが起こりやすい。こうしたことから、各粉末の分布率D90/D10を4.0以下にするのである。
【0024】
本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法では、拡散接合助材と強化材とを溶媒に分散させたスラリーを調製する。ここで、溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば有機溶媒と水との混合溶媒が挙げられる。有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノールなどのアルコール系溶媒;エチレングリコール、プロピレングリコールなどのグリコール系溶媒;アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン系溶媒;酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル系溶媒;エチルセルロース、アセチルセルロース、酢酸セルロースなどのセルロース系溶媒などが挙げられる。このうち、揮発性が比較的穏やかで取り扱いが容易なアルコール系溶媒、特にエタノールやイソプロパノールが好ましい。溶媒の粘性は、スラリーの薄板への供給方法に応じて適宜決定すればよい。例えば、25℃におけるエタノールの粘度である0.01084ポアズから20℃の一般潤滑油の粘度である0.5ポアズまでの範囲内を目安として、適宜決定すればよい。このスラリーを調製するには、フラックスとして、溶接接合助材と同様のNi−Cr系のろう材を少量加えることが好ましい。こうしたフラックスは、酸化を抑制したり混合粉末の融点を下げたり溶融直前の乾燥時の混合粉末同士を接着したりする役割を果たすからである。このようなフラックスとしては、JIS Z 3265 ニッケルろう(例えば比較的高融点のBNi−1)などが挙げられる。比重の小さなフラックスは、溶融中に表面に浮上し、固化後の肉盛層表面にその残渣が残ることがある。しかし、この残渣は、合金を形成するものではなく、ブラシやヤスリで物理的に容易に除去することができる。
【0025】
本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法では、こうしたスラリーを薄板上の所定部分に供給する。スラリーを供給する方法としては、ディスペンサー法や電界ジェット(インクジェット)法、刷毛塗り、スプレー噴霧、パッド印刷などが挙げられるが、パッド印刷が好ましい。
【0026】
本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法では、薄板上の所定部分に供給したスラリーを乾燥させたあとレーザーを照射して溶融固化して固着させる。レーザー照射の条件は、特に限定するものではないが、例えば、定格出力150WのNd−YAGレーザー発生装置と光学レンズ系を用いて微小系のレーザーを照射してもよい。この際、焦点径は100〜1000μmの間で任意に選択し、ジャストフォーカスあるいはデフォーカスとなるように調節して、スラリーを乾燥させたあとの固形物よりも小さい領域でレーザーが当たるようにするのが好ましい。レーザーは、パルス波とし、出力時間は0.5〜20ミリ秒、周波数は0.1〜50Hzの範囲で与えればよい。実質的な照射時間は、0.1秒〜1.0秒程度とすればよい。レーザーは、その他に、ルビーレーザー、Y−YAGレーザー、DPSSLなどであってもよい。またレーザー光の周波数は、Nd−YAGの一般的な波長1064nmに対するものに限定する必要はなく、高調波として用いてもよい。さらには、薄板の厚さが1mm以下の場合には、レーザーはパルス波を用いるのが好ましいが、厚さが1mmを超える場合や高融点の強化材を多く固着させたい場合には、レーザーは連続波を用いるのが好ましい。
【0027】
ここで、本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法の具体例を図1を用いて以下に説明する。図1では、スラリーの供給方法としてパッド印刷を採用している。まず、スラリー10を調製し、そのスラリー10を浅底の硬質容器12に入れる(図1(a)参照)。そして、硬質容器12に超音波振動を加えた状態にし、押圧棒14bの先端に弾性材からなるゴム片14aを付けた転写パッド14にスラリー10を一旦転写する(図1(b)参照)。ゴム片14aは、例えばシリコーンゴムで形成されていてもよい。続いて、転写パッド14を下降し、ゴム片14aに転写されたスラリー10をCu薄板16上の所定部分に押圧して付着させる(図1(c)参照)。Cu薄板16上にスラリー10を付着させたあと、転写パッド14を上昇させると、過剰なスラリー10がゴム片14aに奪い戻されるので、Cu薄板16上の所定部分には薄いスラリー層11が形成される(図1(d)参照)。このスラリー層11は境界部分がはっきりとしている。このスラリー層11の厚みを測定することは困難であるが、粉末が溶融固化したあとの高さはこのスラリー層11の厚みの半分程度だと考えられる。転写パッド14のゴム片14aの変形度合いは押圧力の大きさによって変わるため、印刷領域の大きさを押圧力によって制御することができる。なお、ゴム片14aは、先端が凹形状であってもよい。その場合には、比較的厚めのスラリー層が形成される。こうした凹形状のゴム片にスラリーを転写させた様子を図2に示す。さて、Cu薄板16上にスラリー層11が形成された後、スラリー層11を乾燥後、レーザーを照射する(図1(e)参照)。すると、スラリー中の粉末が溶融固化して肉盛層18が形成される(図1(f)参照)。この肉盛層18は、Cu薄板16に拡散し界面は十分に融合している。
【0028】
本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法では、厚さ1mm以下の連続したテープ状の薄板を用いてもよい。この場合、テープ状の薄板の片側に長手方向に沿ってプレス等でパイロットホールを連続して穿孔しておき、パイロットホールのピッチ間隔で自動搬送しながら予め定められた特定領域(所定部分)が転写パッドと対向したときに、転写パッドに転写されているスラリーをその特定領域に付着させ、該付着したスラリーを乾燥させたあとレーザーを照射して溶融固化して固着させることにより、肉盛層を連続的に形成することも可能である。
【0029】
本発明の第1〜第3のCu薄板処理方法によれば、薄板上の所定部分に肉盛層が形成される。この肉盛層は、少なくとも一部が薄板に拡散しているものである。また、肉盛層には、一部未溶融の強化材が分散していたり、金属間化合物が含まれていたり、急冷固化したことによる非晶質構造を持つ相が含まれていたりすることがある。なお、金属間化合物は、肉盛層のX線回折強度を回折角度2θを変化させながら調べたときに先鋭なピークとして現れる。また、非晶質構造を持つ相は、同じく肉盛層のX線回折強度を回折角度2θを変化させながら調べたときに現れるブロードなパターン(ハローパターン)によりその存在を確認することができる。このような肉盛層が薄板上の所定部分に形成されることにより、応力緩和率が低減される。また、強化材の性質に応じて、局部的な強度向上、熱的耐久性の向上、耐食性・耐摩耗性の向上などが図られる。このためCuおよびCu基合金の本来の材料特性を大きく変化させることなく、例えば電気接点用薄板材として望まれる特性を新たに付加することができる。
【実施例】
【0030】
[実施例1]
1.Cu基材の処理手順
具体的な実験手順のフローを図3に示す。そのフローにしたがって以下に手順を説明する。
【0031】
(1)スラリーの調製(P1)
テープ状に切断された厚さ0.20mm、幅23mm、長さ2000mmのCu−1.8Be−0.2Co合金(質量%)の基材を用意した。また、拡散接合助材としてNi80重量%−Cr20重量%のNi−Cr合金粉末と、強化材としてWC90重量%−Co10重量%の炭化物系金属化合物粉末とを用意した。Ni−Cr合金粉末は、球状であり、中位径D50が40(μm)、分布率D90/D10が1.6だった。炭化物系金属化合物粉末は、球状であり、中位径D50が20(μm)、分布率D90/D10が1.7だった。なお、基材や拡散接合助材、強化材のこうした特徴は表1にまとめた。ここで、中位径D50とは、JIS Z8901に規定されているように、粉体の粒径分布において、ある粒子径より大きい個数又は質量が全粉体のそれの50%を占めるときの粒子径をいう。また、分布率D90/D10とは、JIS Z8901に規定されているように、粉体の粒径分布において、ある粒子径より大きい個数又は質量が全粉体のそれの90%を占めるときの粒子径D90を、ある粒子径より大きい個数又は質量が全粉体のそれの10%を占めるときの粒子径D10で除した値をいう。粒度測定は、島津製作所製ナノ粒子径分布測定装置SALD−7100によりレーザー回折・散乱法を用いて測定した。続いて、拡散接合助材と強化材とを重量比80:20の割合で均一になるまでセラッミクス製の皿状容器内で混合した。そこへ、市販のJIS Z3265 ニッケルろうのBNi−1に相当する高温ろう付け材を焼結助材として微量添加し、エタノール水溶液(エタノール:蒸留水=95:5(v/v))を混合粉末1g当たり10mLとなるように加えて希釈し、スラリーとした。
【0032】
(2)スラリーの転写パッドへの転写(P2)
容器内のスラリーに、凸状に弧を描く先端を持つシリコーン樹脂製の微細な転写パッドを浸してスラリーを表面に転写した。
(3)スラリーの特定領域への供給(P3)
転写パッドに転写されたスラリーを基材上の予め定められた特定領域に押し付け、直径1.5mm(1500μm)の円状に溶液を付着固定させた。
【0033】
(4)スラリーの乾燥(P4)
特定領域に付着させたスラリーを自然乾燥させた。
【0034】
(5)レーザー照射・溶融固化(P5)
乾燥後の固着物に対し、テクノコート社製TL150S型レーザー照射装置を用いて焦点径約100μmとしたYAGレーザーを10m秒で10Hzのパルスで照射した。これにより、厚さ100μm、直径1.5mmの肉盛層が形成された。この肉盛層が形成された部分は、局部的にクラッド化されたといえる。この後、再びP2〜P5を繰り返し行うことにより、次の特定領域に肉盛層を形成することができる。なお、表2に肉盛層形成条件をまとめた。
【0035】
2.局部的にクラッド化された基材の性質
以下の(1)〜(6)は、肉盛層を固化した後の状態で測定した。(7)〜(9)は、肉盛層を固化した後、時効処理を施したものについて測定した。各測定結果を表3に示す。なお、時効処理は、不活性窒素ガスで置換した電気炉内で、315℃、2時間保持した後に放冷して行った。
(1)肉盛層の代表厚さ
肉盛層の代表厚さは、肉盛層が形成されている特定領域の全体について、基材を含む厚さをマイクロメーターで測定し、得られた厚さのうちの最大の厚さとした。
(2)算術平均粗さRa
キーエンス社の共焦点式赤色半導体レーザー形状測定装置LT−9010Mを用いて、2mmの距離で肉盛層の表面の形状プロファイルを描き、JIS B 0601−1994の表面粗さの定義に準じた算術平均粗さRaを求め、これを平坦性の指標とした。
(3)外観状態
外観状態は、目視および30倍で拡大観察できる実体顕微鏡を使って、表面に亀裂や異常がないか、評価判断した。
(4)界面状態
複合化層と基材との界面は、観察用樹脂に基材の厚み方向が表面から見えるような向きに埋め込んだ後、機械研磨装置で界面の観察できる内部まで研磨して、融合しているか否かを30倍〜100倍程度の光学顕微鏡によって観察して判断した。
(5)ビッカース硬さ
肉盛層を含む試験片を適当な大きさで薄板から切り取り、ミツトヨ製マイクロビッカース硬度計HM−15を用いて、JIS Z2244(ビッカース硬さ-試験方法)に準拠した複合化層表面のビッカース硬さ測定を行った。
(6)化合物・非晶質の存在の確認
複合化層内に化合物が存在するか否か、あるいは非晶質が存在するか否かは、基材の肉盛層をX線回折装置に掛けて得られるCu−Kα線の回折線の状態観察をすることで肉盛層の結晶性を判断した。
(7)引張試験
肉盛層を含む引張試験片を薄板から切り出し、島津製作所製オートグラフAG-ISを用いて、JIS Z2241(金属材料引張試験方法)に準拠した常温での引張試験を行った。
(8)導電率
肉盛層を含む幅10mm、長さ150mmの試験片を薄板から切り出し、YOKOGAWA製の精密ダブルブリッジ装置2752を用いて、常温で四端子法の電気抵抗測定を行った。測定した電気抵抗率を、20℃で1.7241μΩcmの電気抵抗を持つ標準軟銅の導電性を100%とした時の比率として計算し、導電率(%IACS:International Annealed Copper Standard)として求めた。
(9)耐応力緩和性
幅10mm、長さ23mmの試験片を肉盛層を含むように切り出し、図4に示すように、日本電子材料工業会標準規格EMAS−3003(平成3年12月)に記載の片持ち梁式により、応力緩和率を測定した。すなわち、スパン長さLが10mm、肉盛層が支点となるように試験片を試験ジグにセットし、試験片に600MPaの応力を加えて変形させ、そのときの変形量(δ0)を測定した(図4(a)参照)。そして、その状態のまま200℃の乾燥炉内で100時間経過した後、応力を除去して再度試験片の変形量(δt)を測定した(図4(b)参照)。そして、変形量δ0,δtを用いて応力緩和率(=(δt/δ0)×100%)を算出した。なお図4では、肉盛層が試験片上面となるようにセットして上面側から応力を負荷しているが、試験片を180度裏返して肉盛層が試験片下面となるようにセットしても、その効果は変わらない。さらに、幅2mm、長さ23mmに切り出した試験片を用いて、肉盛層が試験片のどちらかの側面となるようにセット、すなわち図4(a)から90度回転させた向きにセットしても、その効果は変わらない。
【0036】
[実施例2〜18,比較例1〜13]
表1に示す基材、拡散接合助材及び強化材を使用し、表2に示す肉盛層形成条件を採用して実施例1の「1.Cu基材の処理手順」に準じてCu基材の処理を行った。処理後のCu基材につき、実施例1の「2.局部的にクラッド化された基材の性質」の(1)〜(9)と同様にして、各種パラメータを測定した。その結果を表3に示す。
【0037】
なお、算術平均粗さRaの測定の際に取得した表面の形状プロファイルの実例を図5及び図6に示す。図5は、実施例12の形状プロファイルを示し、図6は、比較例3の形状プロファイルを示す。また、界面の観察結果の実例を図7及び図8に示す。図7は、実施例12の断面写真であり、亀裂などが生じておらず、きれいに融合している例である。図8は、不良な肉厚層の断面写真であり、一部は融合しているものの、大きな亀裂が入っている例である。更に、Cu−Kα線の回折線の実例を図9及び図10に示す。図9は、実施例12の回折線チャートの一つであり、複数の先鋭的なピークがみられるが、これらは肉盛層に金属間化合物が存在することを示している。図10は、実施例14の回折線チャートの一つであり、ブロードなピークがみられるが、これは肉盛層の一部に非晶質相が存在することを示している。
【0038】
実施例1〜18では、拡散接合助材として、Ni粉末又はNi80重量%とCr20重量%のNi−Cr合金粉末を用いた。また、拡散接合助材の中位径D50及び強化材の中位径D50が0.1〜100μmに入り、拡散接合助材の中位径D50の方が強化材の中位径D50より大きく、拡散接合助材の分布率D90/D10及び前記強化材の分布率D90/D10は共に4.0以下であった。更に、強化材が炭化物系金属化合物や硼化物系金属化合物の場合には、拡散接合助材と強化材との重量割合を80:20〜50:50とし(実施例1〜6)、ハステロイ系Ni基合金やステライト系Co基合金の場合には、拡散接合助材と強化材との重量割合を50:50〜1:99とし(実施例7〜10)、Zr−Cu−Al−Ni系Zr基合金の場合には、拡散接合助材と強化材との重量割合を50:50〜5:95とした(実施例11〜18)。その結果、基材の材料特性を変化させることなく、基材単独の比較例1,2と比べて応力緩和率を10%以上低減することができた。
【0039】
一方、比較例1,2では、基材そのものにつき、引張強度、導電性、応力緩和率を測定した。引張強度と導電性は実施例1〜18と同等だったが、応力緩和率は30%を超える値となった。
【0040】
比較例3,4では、強化材として炭化物系金属化合物や硼化物系金属化合物を使用したが、拡散接合助材と強化材との重量割合が80:20〜50:50から外れていたため、肉盛層の外観状態に亀裂やムラが見られ、界面の融合状態も不十分であった。
【0041】
比較例5,6では、強化材としてハステロイ系Ni基合金やステライト系Co基合金を使用したが、拡散接合助材と強化材との重量割合が50:50〜1:99を外れていたため、肉盛層の外観状態に亀裂やムラが見られ、界面の融合状態も不十分な場合があった。
【0042】
比較例7では、拡散接合助材の分布率D90/D10及び強化材の分布率D90/D10が4.0を超えていたため、代表厚さが厚くなり、表面粗さが粗くなり、肉盛層の外観状態に亀裂が見られた。また、比較例8では、拡散接合助材の中位径D50及び強化材の中位径D50が100μmを超えていたため、代表厚さが厚くなり、表面粗さが粗くなり、肉盛層の外観状態に亀裂が見られた。また、比較例9では、拡散接合助材の中位径D50の方が強化材の中位径D50より小さかったため、代表厚さが厚くなり、表面粗さが粗くなり、肉盛層の外観状態に亀裂が見られた。
【0043】
比較例10,11では、強化材として55Zr−30Cu−10Al−5Ni合金を使用したが、拡散接合助材と強化材との重量割合が50:50〜5:95を外れていたため、肉盛層の外観状態にムラが見られ、応力緩和率の低減効果も十分でなかった。
【0044】
比較例12,13では、拡散接合助材と強化材とをスラリーではなく粉末で供給したため、肉盛層の外観状態にムラが見られ、界面は融合していない状態だった。また、応力緩和率の低減効果もあまり見られなかった。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
【表3】

【符号の説明】
【0048】
10 スラリー、11 スラリー層、12 硬質容器、14 転写パッド、14a ゴム片、14b 押圧棒、16 Cu薄板、18 肉盛層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu製又はCu基合金製の薄板上の所定部分に、拡散接合助材と強化材とを溶媒に分散させたスラリーを供給し、該供給したスラリーを乾燥させたあとレーザーを照射して溶融固化して固着させることにより肉盛層を形成するCu薄板処理方法であって、
(a)前記拡散接合助材として、Ni又はNi−Cr合金の粉末を使用し、
(b)前記強化材として、炭化物系金属化合物、窒化物系金属化合物又は硼化物系金属化合物を使用し、前記拡散接合助材と前記強化材との重量割合を80:20〜50:50とし、
(c)前記拡散接合助材及び前記強化材として、中位径D50が共に0.1〜100μmに入り、前記拡散接合助材の中位径D50の方が前記強化材の中位径D50より大きく、前記拡散接合助材の分布率D90/D10及び前記強化材の分布率D90/D10が共に4.0以下のものを使用する、
Cu薄板処理方法。
【請求項2】
Cu製又はCu基合金製の薄板上の所定部分に、拡散接合助材と強化材とを溶媒に分散させたスラリーを供給し、該供給したスラリーを乾燥させたあとレーザーを照射して溶融固化して固着させることにより肉盛層を形成するCu薄板処理方法であって、
(a)前記拡散接合助材として、Ni又はNi−Cr合金の粉末を使用し、
(b)前記強化材として、ステンレス合金、ハステロイ系Ni基合金又はステライト系Co基合金を使用し、前記拡散接合助材と前記強化材との重量割合を50:50〜1:99とし、
(c)前記拡散接合助材及び前記強化材として、中位径D50が共に0.1〜100μmに入り、前記拡散接合助材の中位径D50の方が前記強化材の中位径D50より大きく、前記拡散接合助材の分布率D90/D10及び前記強化材の分布率D90/D10が共に4.0以下のものを使用する、
Cu薄板処理方法。
【請求項3】
Cu製又はCu基合金製の薄板上の所定部分に、拡散接合助材と強化材とを溶媒に分散させたスラリーを供給し、該供給したスラリーを乾燥させたあとレーザーを照射して溶融固化して固着させることにより肉盛層を形成するCu薄板処理方法であって、
(a)前記拡散接合助材として、Ni又はNi−Cr合金の粉末を使用し、
(b)前記強化材として、Zr−Cu−Al−Ni系Zr基合金を使用し、前記拡散接合助材と前記強化材との重量割合を50:50〜5:95とし、
(c)前記拡散接合助材及び前記強化材として、中位径D50が共に0.1〜100μmに入り、前記拡散接合助材の中位径D50の方が前記強化材の中位径D50より大きく、前記拡散接合助材の分布率D90/D10及び前記強化材の分布率D90/D10が共に4.0以下のものを使用する、
Cu薄板処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−200752(P2012−200752A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−66597(P2011−66597)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【出願人】(593053313)テクノコート株式会社 (5)
【Fターム(参考)】