説明

X線蛍光分析器における自動サムピーク抑制

サムピークを自動的に抑制するX線蛍光(XRF)分析器を作動させる方法を開示する。本方法は、試料を照射して最初のエネルギスペクトルを取得する段階を含む。エネルギスペクトルは、着目元素の特徴的蛍光ピークを妨害するサムピークを識別するように処理される。識別されたサムピークに寄与する放射線を減衰させるフィルタが放出放射線経路に位置決めされ、フィルタリング済みのエネルギスペクトルが得られる。ある一定の実施形態では、フィルタリング済みエネルギスペクトルは、最初のエネルギスペクトルから計算された着目元素の検出限界(LOD)がターゲット目標を満たさない時にのみ得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
〔関連出願への相互参照〕
本出願は、2008年12月12日出願の「自動サムピーク抑制(Automated Sum−Peak Suppression)」という名称の米国特許仮出願第61/122,026号明細書の「35 U.S.C.§119」(e)の下での優先権の恩典を主張し、この特許の全開示内容は、引用によって本明細書に組み込まれる。
【0002】
本発明は、一般的にX線蛍光による元素組成の測定に関し、より具体的には、検出エネルギスペクトルにおける妨害サムピークを識別して抑制する方法及びデバイスに関する。
【背景技術】
【0003】
エネルギ分散型X線蛍光(XRF)は、様々な材料の元素組成の測定のための十分に確立した技術である。XRF分析では、放射線ビームが試料上にもたらされ、特徴的なX線の蛍光放出がもたらされる。放出されたX線は、検出器によって受光され、それに応じて検出器は、検出X線のエネルギを表す信号パルスを発生させる。プログラマブルプロセッサは、検出器パルス信号を蓄積して分析し、エネルギスペクトルと呼ぶX線計数率対エネルギのプロットを構成する。一般的に、エネルギスペクトルは、散乱放射線ピーク及び様々なノイズ源からもたらされる人為的ピークと共に、着目元素の原子による蛍光放出に対応する1つ又はそれよりも多くの特徴的ピークを含むことになる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
人為的ピークの1つの種類は、サムピークとして公知であり、サムピークは、検出器による2つ又はそれよりも多くのX線の同時又はほぼ同時の受光によってもたらされる。プロセッサは、得られるパルスを2つ又はそれよりも多くの個々のX線の組合せエネルギに等しいエネルギを有する単一のX線として解釈する。エネルギスペクトルにおけるサムピークの存在は、サムピークが着目元素の特徴的ピークを妨害する(すなわち、重なる)状況では、計器の性能を劣化させる可能性がある。合成(重ね合わせ)ピークの強度に基づく試料内の元素濃度の正確な定量は、サムピークの寄与に対処することを必要とする。XRF技術では、サムピーク計数率を推定するためのアルゴリズムが公知であるが、そのようなアルゴリズムの使用は、着目元素の計器検出限界(LOD)を増大させる不確実性を招き、低濃度で存在する場合の着目元素の存在を確実に検出する計器の機能に悪影響を与える。エネルギスペクトル内の妨害サムピークからもたらされる不確実性は、消費者製品における鉛及び他の危険物質のより厳しい規制に向う傾向から判断すると特に問題であり、それによって有害物質を益々小さいLODで検出する要求が課せられる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
大まかに説明すると、着目元素の特徴的ピークを妨害する(すなわち、重なる)サムピークを自動的に識別して抑制するための段階を含み、それによってこの元素の検出限界(LOD)がターゲット目標を達成することを保証するXRF分析器を作動させる方法を提供する。分析される試料は、1次X線ビームによって照射され、それに応じて試料内の原子は、特徴的エネルギを有する蛍光放射線を放出する。蛍光放射線の少なくとも一部分は、検出器によって受光され、検出器は、検出された放射線の強度及びエネルギを表す信号パルスを発生させる。信号パルスは、プロセッサによって蓄積及び分析され、試料内の着目元素からの蛍光放出に対応する少なくとも1つの特徴的ピークを含むことになる最初のエネルギスペクトルが構成される。エネルギスペクトルは、特徴的ピークがサムピークと重なるか否かを識別するように処理される。妨害サムピークが識別された場合には、放出放射線経路内にフィルタが自動的に位置決めされる。フィルタは、識別されたサムピークの形成に寄与するエネルギを有する放射線の透過を抑制するが、特徴的ピークを比較的小さい減衰を伴って透過させる材料又は材料の組合せから構成される。以下に例示的に示すように、特徴的ピークのエネルギは、サムピークのうちの少なくとも1つのエネルギよりも常に大きく高いので、上述のことは容易に達成される。フィルタリング済みの放射線は、検出器によって受光され、それに応じて発生するパルスが蓄積及び分析され、妨害サムピークが抑制されたフィルタリング済みエネルギスペクトルが発生し、それによって着目元素の検出限界(LOD)を下げる。
【0006】
本発明のより具体的な態様により、妨害サムピークの寄与の減算からもたらされる不確実性を考慮して最初のエネルギスペクトルから着目元素のLODが判断され、判断されたLODがターゲット目標を満たさない場合にのみ、フィルタリング段階/フィルタリング済みエネルギスペクトル取得段階を実施することができる。
【0007】
別の具体的な態様により、フィルタによる着目元素の蛍光放射線の減衰を補償するために、フィルタリング済みスペクトルの取得中にX線ビームの強度又は他の特性が調節される。
【0008】
本発明の更に別の態様により、フィルタは、妨害サムピークを起こす放射線のエネルギに基づいて、異なる性質(例えば、組成及び/又は厚み)を有する複数の利用可能なフィルタから選択される。
【0009】
上述の方法を具現化するXRF分析器は、1次X線ビームを生成するためのX線管又は放射性同位体源と、放出放射線を検出するためのシリコンドリフトダイオード(SDD)又はそれに均等な検出器と、放出放射線経路内に選択されたフィルタを位置決めするための少なくとも1つのフィルタが装着された可動フィルタ装置とを含むことができる。XRF分析器には、着目元素の特徴的ピークを妨害するサムピークを識別するための命令と、サムピークの存在を考慮して着目元素のLODを判断するための命令と、判断されたLODがターゲット目標を達成しない場合に放出放射線経路内に選択されたフィルタを位置決めするための命令とによってプログラムされたプログラマブルコントローラを更に装備することができる。コントローラは、フィルタによる着目元素の蛍光放射線の減衰を補償するために、X線源作動パラメータ(例えば、X線管の電流)を調節するための命令によって更にプログラムすることができる。1つの好ましい実施では、X線源、検出器、フィルタ装置、及びコントローラは、操作者によって取り扱われるように設計された構造内に一緒に収容される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】XRF分析器の象徴的な図である。
【図2】本発明の例示的な実施形態によるXRF分析器を作動させる方法の段階を示す流れ図である。
【図3】エネルギスペクトル内での妨害サムピークの存在を識別するための特定の方法の段階を示す流れ図である。
【図4】非フィルタモード及びフィルタモードで得られた合金試料から放出された放射線のエネルギスペクトルの図である。
【図5】図4の9と15keVの間のエネルギスペクトル領域の図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
下記では、本発明の好ましい実施形態を図1のXRF分析器、並びに図2及び図3の流れ図に示す方法に関連して説明する。以下に解説する実施形態及び実施例は、本発明を限定するのではなく、例示するように考えられていることは理解されるであろう。
【0012】
図1は、本発明の自動サムピーク抑制技術を有利に実施することができるXRF分析器の構成要素の象徴的な図である。XRF分析器100は、試料110内の原子を励起する1次放射線ビームを発生させるためのX線源105を含む。X線源105は、あらゆる適切なX線管又は放射性同位体源の形態を取ることができる。本明細書に使用する「X線」という用語は、内殻電子の射出によって着目元素の蛍光をもたらすのに適切なエネルギを有するあらゆる放射線を含むように広義に定められ、他の状況ではガンマ線として分類される放射線を包含することができる。特定の用途に対して分析器の性能を最適化するようにX線ビームのエネルギパラメータ及び/又は幾何学的パラメータを調整するために、フィルタ、集光器、及び平行化器のような1つ又はそれよりも多くの示していない構造を1次X線ビームに位置決めすることができる。
【0013】
試料110によって放出される放射線を受光する検出器115が位置決めされる。放出される放射線は、一般的に、試料110内の特定の元素に独特のX線蛍光と、弾性散乱(レイリー)X線と、非弾性散乱(コンプトン)X線との組合せを含むことになる。XRF検出器の設計及び作動は、当業技術で公知であり、従って、これらに対しては本明細書では解説しないことにする。一般的に、検出器115は、X線光子の受光に応じて、光子のエネルギを表すサイズを有する信号パルスを発生させる。検出器115は、検出器115の結晶によって生成される電流を集積して増幅するための前置増幅器回路を組み込むことができ、又は検出器115に関連付けられたそのような前置増幅器回路を有することができる。様々な実施において、検出器115は、シリコンPIN検出器、カドミウムテルライド検出器、又はシリコンドリフト検出器の形態を取ることができる。
【0014】
フィルタ装置125は、放射線が検出器115に到達する前に望ましくないエネルギを有するX線が優先的に吸収されるか又はそうでなければ減衰されるように、試料110によって放出される放射線の経路内にフィルタ130を選択的に位置決めするように作動可能である。フィルタ装置125の作動に対しては、以下に図2に関連して解説する。フィルタ装置125は、放出放射線経路と交差する第1の位置とフィルタが放出放射線経路の外側に位置する第2の位置との間で制御可能に可動である単一のフィルタを含むことができる。別の実施では、フィルタ装置125は、異なる組成及び/又は厚みを有する2つ又はそれよりも多くのフィルタを有する回転可能なフィルタホイールを含む。
【0015】
検出器115の出力は、プログラマブルコントローラ135に伝達され、一般的に、コントローラ135は、検出された放射線のエネルギスペクトルを構成することができるように信号パルスを増幅、処理、及び蓄積するようにプログラムされた少なくとも1つのデジタル信号プロセッサ(DSP)140を組み込んでいる。当業技術で公知のように、DSP140は、検出器115によって発生するほぼ同時のパルスを阻止するパルス集積阻止ルーチンを実行することができるが、そのようなルーチンは、特に、検出イベントの振幅がノイズイベントのものに近い低検出X線エネルギにおいては限られた効率しか持たない。プログラマブルコントローラ135は、図2及び図3に示して以下に解説する方法段階の実施を含むデータ取得、分析、及び計器制御に関するプログラム命令を実行するための専用又は汎用マイクロプロセッサ145を含むことができる。DSP140及びマイクロプロセッサ145によって実行されるプログラム命令は、コントローラ135内、及び/又はコントローラ125に結合された不揮発性ストレージ(記憶装置)150内にハードウエア、ファームウエア、又はソフトウエアの形式で記憶することができる。ストレージ150は、試験結果及び操作者によって入力された情報を保持することができる。
【0016】
XRF分析器100の様々な構成要素は、操作者によって取り扱われるように設計された共通のハウジング155内に設置することができる。テキスト及びグラフィック(例えば、分析結果を表す)を提供し、操作者の入力を受け取るために、タッチスクリーンディスプレイ(図示せず)をハウジング155内に組み込むか、又はハウジング155に装着することができる。一般的に、XRF分析器100は、外部コンピュータへの又はそこからの分析結果、ソフトウエア、及び他の情報のアップロード及びダウンロードを可能にする有線(例えば、USB)又は無線(例えば、802.11g)通信ポートを含むことになる。別の実施では、XRF分析器100の構成要素のうちのある一定のものを互いに離して設置することができ、例えば、コントローラ135の構成要素は、有線又は無線の接続を通じて他の構成要素と通信する汎用コンピュータ上に置くことができる。
【0017】
図2は、試料110内の1つ又はそれよりも多くの元素の濃度を目標とするLODで測定することができるように、得られたエネルギスペクトル内の妨害サムピークを自動的に識別し、かつ識別されたサムピークを抑制するようにXRF計器を作動させる方法の段階を示している。これらの段階を流れ図内の特定の順序で提供しているが、段階のうちのある一定のものは、一般的には、順次的ではなく同時に実施されることになり、従って、流れ図を固定の順序を課すものと見なしてはならないことに注意すべきである。
【0018】
段階205では、例えば、X線源105の作動により、1次X線放射線のビームが試料上にもたらされる。この段階は、ハウジング155に装着されたトリガを押下することのような操作者の行為によって開始することができる。X線源105の作動は、好ましくは、コントローラ135によって指示され、強度、エネルギ、及び幾何学形状のようなビームパラメータのうちのある一定のものは、例えば、材料の分類又は種類を指定することによる操作者の入力に基づいて選択又は調節することができる。代替的に、ビーム特性は、分析サイクルにおいて最初に得られた情報に基づいて特定の用途に対して自動的に最適化することができる。例えば、段階210で得られる最初のエネルギスペクトルは、特定の種類のプラスチック内に一般的に存在する元素の存在を示すことができ、それに応じてこのプラスチック類に関する組成分析を最適化するようにビーム特性を調節することができる。
【0019】
蛍光放射線及び散乱放射線を含む試料110によって放出された放射線の一部分は、段階210で検出器115によって受光される。この段階中には、フィルタ装置125は、例えば、フィルタ130を放出ビーム経路から離れるように移動させることにより、放出放射線のいかなるフィルタリングももたらされないか、又は最小限のフィルタリングしかもたらされないように作動される(コントローラ135の指示により)。上述のように、検出器115は、放射線の受光に応じて、各々が検出X線のエネルギを表す一連のパルスを生成する。検出器115上での2つ又はそれよりも多くのX線の正確な又は大体の一致は、一致するX線の組合せエネルギに等しいエネルギを有する単一のX線の検出からもたらされたように見えるパルスを生成し、それによって得られるエネルギスペクトル内にサムピークを起こす。
【0020】
コントローラ135は、検出器115によって発生したパルスを受け取り、DSP140は、分析時間にわたってこれらのパルスを処理及び蓄積し、最初のエネルギスペクトルを構成する(段階215)。合計分析時間、すなわち、試料が照射され、放出放射線が検出されて処理される期間は、操作者が制御する固定値に設定するか又は得られるエネルギスペクトルの評価に基づいて調節することができる(例えば、指定数の計数が検出された時又は目標とするSN比が得られた時に分析を終了する)。上述のように、得られるエネルギスペクトルは、着目元素(すなわち、測定を求める元素)の1つ又はそれよりも多くの特徴的な放出ピーク、試料内の他の元素の特徴的な放出ピーク、並びにコヒーレント及び非コヒーレントに散乱する放射線に対応するピークを含む。図4の破線は、30keVの電圧で作動されたX線管によって生成され、放出放射線のいかなるフィルタリングも伴わない1次X線ビームを用いた照射によって得られた0.093%の鉛成分を有する鉄合金の最初のエネルギスペクトルを表す。最初のエネルギスペクトルは、鉄の特徴的なKα(6.4keV)線及びKβ(7.0keV)線に対応する大きいピークに加えてマンガンのKα(5.8keV)線及び鉛のKα(10.5keV)線に対応する小さいピークを含む。エネルギスペクトル内で同様に明らかなものは、検出器115による異なる組合せにある鉄のKα及びKβ蛍光放射線の同時又はほぼ同時の受光からもたらされる約12.8keV、13.4keV、及び13.9keVに出現する比較的大きいサムピークである(12.8keVピークは、2つのKαX線の一致に帰することができ、13.4keVピークは、KαX線とKβX線との一致に帰することができ、13.9keVピークは2つのKβX線の一致に帰することができる)。
【0021】
図5は、10.5keV及び12.6keVに鉛の特徴的なL線を含む図4のスペクトルの9keVから15keVまでのエネルギ範囲にわたる部分を示している。サムピーク抑制フィルタなしに得られた図5の実線の曲線は、10.5keVにおいて損なわれていない線を示している。しかし、12.6keVピークは、約20倍の2つの同時の6.4keVのX線からもたらされる12.8keVのサムピークによって完全に覆われている。PbLαとラベル付けした10.5keVにあるピークは、それ自体不明瞭であり、試料内にヒ素が全く存在しないことが確かでない限り、Pbの定量測定に対して使用することはできない。その理由は、ヒ素のKα特性線は、10.543keVであり、これは、Pbの10.549keVのLα線と区別がつかないことである。鉛とヒ素の両方が、求める有毒元素である場合があり、かつppm濃度で存在する可能性がある。鉛の明確な測定のためには、12.6keVにあるLβ線を用いなければならない。しかし、サムピークフィルタなしでは、12.6keVにあるLβ線の強度は、サムピークの巨大な背景から引き出さなければならない。以下に解説するように、Lβピークの強度は、妨害サムピークの推定寄与を減算することによって判断することができるが、この作業は、不確実性を招き、鉛に対する計器のLODを増大させることになる。
【0022】
段階220では、いずれかのサムピークが着目元素の特徴的ピークを妨害し、すなわち、重なるか否かを確認するために、得られた最初のエネルギスペクトルが分析される。1つの特定的な実施形態では、この分析は、図3の流れ図に示す段階を実施する命令を実行するマイクロプロセッサ145の作動によって実施することができる。段階310では、特徴的ピークのエネルギに関する既知の情報、並びに試料110の元素組成のあらゆる推測的な知識を用いて、エネルギスペクトル内の特徴的ピークの少なくとも一部分の位置が探され確認される。ある一定の実施では、スペクトル内でN個の最も強い特徴的ピークのみ、又は強度閾値を超えるピークが識別される。例えば、本方法は、図4の最初のエネルギスペクトル内の鉄のKα及びKβピークを識別し、更に、恐らくは小さいKαのマンガンピークも同様に識別することになる。
【0023】
次に、段階320では、本方法は、スペクトル内の特徴的ピークのうちのどれが(着目元素の特徴的ピーク以外の)、閾値Imを超える計数率を有するサムピークを生じさせているかを識別する。この閾値は、特定の用途及び材料タイプに対して固定のものとすることができ、又はエネルギスペクトル内の情報から動的に判断することができる。エネルギEi及びEjという2つのX線の時間重ね合わせからもたらされるサムピークI(Ei+Ej)の計数率は、次式によって与えられることは公知である。

【0024】
上式で、τは、検出器115及びそれに関連付けられた回路が単一のX線を複数の一致又は同時に発生するX線から区別することができない間の時間窓であり(所定の検出器/プロセッサ設計に対して固定値を有する)、I(Ei)及びI(Ej)は、Ei及びEjそれぞれにおける特徴的ピークの計数率である。
【0025】
従って、段階320において適用される基準は、識別された特徴的ピークのX線の一致によって生成された各サムピークI(Ei+Ej)に対して、次式が成り立つか否かである。

【0026】
m及びτに対する典型的な値は、それぞれ1計数/秒及び10-7である。段階320は、上述の基準を最も強い特徴的ピークI(E1)のX線によって生成されたサムピークに適用することから始めることができ、より低い強度を有するピークに対応するX線を通して続行される。最も強いサムピークは、12.8keVに出現するサムピークが、エネルギ6.4keVを有する2つのX線(スペクトル内で最も強いピークを起こす、鉄のKα線)の一致から生成される図4のエネルギスペクトルによって例示しているように、エネルギE1を有する2つのX線の同時検出によって発生することになることが認識されるであろう。段階225は、次式の基準を適用することにより、いずれかの三重サムピーク(検出器115上の3つのX線の一致によって生成されるサムピーク)が閾値Imを超える強度を有するか否かを判断するための手法を含むことができる。

【0027】
段階330では、上述の基準を満たす(二重又は三重の)サムピークの各々に対して、サムピークエネルギ(Ei+Ej又はEi+Ej+Ek)が着目元素の特徴的ピークのエネルギの窓に等しいか又はその範囲にあるか否か、すなわち、サムピークが特徴的ピークと重なり、従って、試料110内の着目元素の濃度の測定を妨害するか否かが判断される。窓のサイズは固定のものとすることができ(記憶されたデフォルト値又は操作者が指定する値という形式のいずれかで)、又は計器の分解能又は他のパラメータに基づいて動的に設定することができる。図4の例では、窓サイズが正しく設定されているとして、12.8keVに出現するサムピークは、12.6keVに出現するKβX線の放出からもたらされる鉛の特徴的ピークと重なると識別されることになる。
【0028】
図2に戻ると、あらゆる妨害サムピークを考慮して、エネルギスペクトルデータから着目元素の濃度及びそれに関連するLODが計算される。この計算は、測定強度への妨害サムピーク及び特徴的ピークの寄与を逆畳み込みする段階を含む(段階225)。図3の流れ図に関連して上述したように、サムピークの推定強度は、個々の成分のピークの測定強度及び検出器の時間窓から計算することができる。特徴的X線の検出に帰することができる補正された強度を判断するために、推定強度を着目元素の特徴的放射線の既知のエネルギにある測定強度から減算することができる。
【0029】
補正強度から着目元素の濃度を判断するのにあらゆる適切な手法を使用することができる。当業技術では、エネルギスペクトル内の測定強度に基づいて元素の濃度を計算するための様々なアルゴリズムが公知であり、これらのアルゴリズムは、基本パラメータ(FP)法、及び既知の組成の基準集を用いたXRF計器の経験的な較正に基づく方法を含む。元素濃度を計算するための適切なアルゴリズムは、一般的に、マイクロプロセッサ145によって実行可能な命令セットとしてコントローラ135内で符号化されることになる。命令セットは、着目元素のLODを計算するためのアルゴリズムを符号化することができる。一般的に、特定の測定に対するLODは、下式で表されるように、背景計数NB(妨害サムピークの存在に帰することができる計数を含む)を信号NSに帰することができる計数値によって割算した統計的不確実性に比例する。

【0030】
1次X線ビーム電流及び/又は分析時間を増大させることにより、ある一定の種類のノイズに帰することができる背景計数に対するLODは低下することになるが、サムピークに帰することができる背景計数に対してはそうではなく、従って、妨害サムピークが存在する場合には、ビーム電流又は分析時間を増大させることに基づいてLODを簡単に低減することができない。
【0031】
スペクトルデータからのLOD(サムピーク及び他の発生源に帰することができる背景を含む)の計算の方法は当業技術で公知であり、本明細書で解説する必要はない。背景ノイズが主にサムピークからもたらされる場合には、LODは、特徴的ピークの合計検出計数には実質的に依存しないことが認識されるであろう。図5に示す12.6keVの領域内のスペクトルは、サムピーク強度が特徴的な線を約20倍で圧倒する例を示しており、従って、サムピーク「背景」が存在する場合のLODは、本質的に、サムピークが不在の場合のLODよりも約1桁分高くなる。
【0032】
段階230では、計算されたLODがターゲット目標を達成するか否かを判断するための基準が適用される。そのようなターゲット目標は、規制要件によって設定することができる。例えば、特定の「有害物質低減(RoHS)」基準は、特定の母材又は製品類において100百万分率(ppm)という鉛のLODを規定する場合がある。段階225の結果がターゲット目標を達成する場合は(例えば、得られたスペクトルから75ppmというLODが計算される)、分析は終了し、分析結果を表示するか又はそうでなければ操作者に対して出力することができる。しかし、ターゲット目標が満たされない場合は(例えば、200ppmというLODが計算される)、本方法は、段階235に進む。ある一定の実施では、目標とするLOD目標が達成されるか否かを判断するのに使用される基準は、操作者が指定することができる(例えば、LOD値を入力するか又は適用される特定の規制を選択することにより)。
【0033】
段階235では、コントローラ135は、フィルタ装置125にフィルタ130を放出ビーム経路に位置決めするように指示する。フィルタ130は、着目元素の特徴的X線(例えば、12.6keVにある鉛のKβ線)に対する妨害サムピーク(例えば、6.4keVにある鉄のKα線)の形成に寄与するX線を優先的に減衰させる材料から構成される。一例示的実施では、フィルタ130は、6.4keV及び12.6keVのX線に対してそれぞれ357cm2/g及び57.5cm2/gの吸収断面積を有するチタンから製作される。1ミルの厚みを有するチタンフィルタは、6.4keVの強度を59倍減衰させ、関連のサムピーク(2つの6.4keVX線の同時検出によって生成される)を3500倍減衰させる。それとは対照的に、12.6keVのKβX線の強度は、1.9倍しか減衰されない。
【0034】
上述のように、フィルタ装置130は、異なる組成及び/又は厚みを有する複数のフィルタが装着されたフィルタホイール又は類似のデバイスの形態を取ることができる。この場合、コントローラ135は、優先的に減衰されるX線のエネルギ及び必要とされる減衰度に基づいて複数のフィルタ候補からフィルタを選択するための命令によってプログラムすることができる。次に、コントローラ135は、選択されたフィルタを放出放射線経路に位置決めするようにフィルタ装置130に信号を送信することができる。コントローラ135は、段階240に示すように、フィルタ130による着目元素の特徴的X線の減衰を補償するために1次X線ビームのパラメータを調節することができる(例えば、X線源105における電流を増大させることにより)。
【0035】
段階245及び250では、段階210及び215に関連して上述したものとほぼ同じ方式でフィルタリング済み放射線が検出され、処理された検出器パルスからフィルタリング済みエネルギスペクトルが構成される。再度図4を参照すると、実線は、上述の鉄合金試料のエネルギスペクトルを表しており、この場合、鉄のKαX線及びKβX線を減衰させるためにチタンフィルタが使用され、その結果、12.6keVにある鉛のKβピークを覆う12.8keVにあるサムピークを抑制する。フィルタ130による鉛の特徴的X線の減衰を補償するために、フィルタリングされるエネルギスペクトルの取得中にX線管の電流を2.5倍増大させた。放出X線のフィルタリングによって影響を受けた性能利得は、図4の9keVと15keVの間の領域を示す図5を参照することでより簡単に識別することができる。特に、フィルタリング済みエネルギスペクトル(実線)内には、最初の(フィルタリングされていない)エネルギスペクトル内に出現した12.8keV及び13.4keVにおける大きいサムピークの痕跡は僅かしかなく又は全くない。本原理の例示のために用いた1ミルのTiフィルタは、最適な結果に対して必要であるものよりも厚かったことを特筆したい。有利なサムピーク抑制フィルタは、様々な材料から構成することができることに更に注意されたい。例えば、鉄、ニッケル、銅、及び/又は亜鉛の特徴的X線からもたらされるサムピークを抑制するのに同等な結果を得るために、チタン、バナジウム、又はクロムから構成されたフィルタの厚みを調節することができる。フィルタ材料の選択に対する唯一の要件は、その限界吸収エネルギが、抑制されるX線のエネルギよりも低いことである。
【0036】
次に、上記に言及した公知の方法を用いて、フィルタリング済みエネルギスペクトル内のデータから着目元素の濃度及びLODが計算される(段階255)。これらの結果は、表示するか又はそうでなければ操作者に対して出力することができる。サムピークの抑制は、特徴的ピークの測定強度へのサムピークの寄与を減算する必要性から生じる不確実性を除去し、より低いLODが得られ、それによって当局によって課せられるより厳しい要件又はより高い感度への要求に対する準拠を可能にすることが理解されるであろう。典型的な実施では、本発明において具現化されたLODを改善するための付加的な段階は、合計分析サイクル時間の僅かな増大のみを必要とする。
【0037】
本発明をその詳細説明と共に説明したが、以上の説明は、特許請求の範囲によって定める本発明の範囲を限定することではなく例示するように意図したものであることは理解されるものとする。他の態様、利点、及び修正は、特許請求の範囲の範囲内である。
【符号の説明】
【0038】
205 試料を照射する段階
210 放出放射線を検出する段階
220 干渉サムピークを識別する段階
255 着目元素の濃度を判断する段階

【特許請求の範囲】
【請求項1】
XRF分析器を作動させる方法であって、
X線放射線の1次ビームを試料上に向ける段階と、
前記試料から放出された放射線を検出する段階と、
前記検出された放射線のエネルギスペクトルを構成する段階と、
着目元素の特徴的ピークに重なる前記エネルギスペクトルにおけるサムピークを識別する段階と、
前記識別されたサムピークに寄与するエネルギの放射線の通過を少なくとも部分的に阻止するフィルタを前記放出放射線の経路に位置決めする段階と、
前記フィルタリング済み放射線を検出し、前記検出されたフィルタリング済み放射線のフィルタリング済みスペクトルを構成する段階と、を備えることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記識別する段階は、
前記識別されたサムピークに関する情報を用いて前記着目元素の濃度及び検出限界を計算する段階と、
前記計算された検出限界がターゲット目標を達成する場合に分析を終了する段階と、を更に備えることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
フィルタを位置決めする前記段階は、前記1次X線放射線ビームのパラメータを調節する段階を更に備えることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記フィルタを位置決めする前記段階は、前記サムピークに寄与する前記放射線の前記エネルギに基づいて複数の利用可能なフィルタからフィルタを選択する段階を備えることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記フィルタは、チタン、バナジウム、及びクロムのうちの少なくとも1つから少なくとも部分的に製作されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記識別する段階は、
前記着目元素以外の元素の前記エネルギスペクトルにおける特徴的ピークを選択する段階と、
前記選択された特徴的ピークと前記エネルギスペクトルにおける前記選択されたピークを含むピークの各々との組合せによって生成されるサムピークの強度積を計算する段階と、
前記計算された強度積を指定の閾値に対して比較する段階と、
前記指定された閾値を満たす強度を示す前記サムピークの各々のエネルギが、前記着目元素の前記特徴的ピークの窓内にあるか否かを判断する段階と、
を含む、ことを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
特徴的ピークを選択する前記段階は、前記エネルギスペクトルにおいて最も高い強度を有する特徴的ピークを選択する段階を含むことを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記選択する段階、計算する段階、比較する段階、及び判断する段階は、前記着目元素以外の元素の複数の特徴的ピークの各々に対して繰り返されることを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記着目元素は、鉛であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記着目元素の濃度を前記フィルタリング済みエネルギスペクトルから判断する段階を更に備えることを特徴とする請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
X線蛍光(XRF)分析器であって、
試料を照射する1次X線ビームを発生させるためのX線源と、
前記試料から放出された放射線を受光するように位置決めされ、かつ前記受光した放射線のエネルギを表すパルスをそれに応答して生成するように構成された検出器と、
前記検出器によって生成された前記パルスを蓄積して処理し、かつ前記試料から放出された前記放射線のエネルギスペクトルを構成するために前記検出器に連結されたプログラマブルコントローラと、
前記放出された放射線の経路にフィルタを選択的に位置決めするためのフィルタ装置と、を備え、
前記プログラマブルコントローラは、着目元素の特徴的ピークに重なる前記エネルギスペクトルにおけるサムピークを識別する段階と、前記識別されたサムピークに寄与するエネルギの放射線の通過を少なくとも部分的に阻止するフィルタを前記フィルタ装置によって前記ビーム経路に位置決めさせる段階と、前記検出されたフィルタリング済み放射線のフィルタリング済みスペクトルを構成する段階とを実行するための命令がプログラムされている、ことを特徴とするX線蛍光(XRF)分析器。
【請求項12】
前記フィルタ装置は、第1及び第2のフィルタが装着されたフィルタホイールを備え、前記第1及び第2のフィルタは、厚み及び材料の少なくとも一方が異なることを特徴とする請求項11に記載のXRF分析器。
【請求項13】
前記コントローラは、前記サムピークに寄与する前記放射線のエネルギに基づいて前記第1及び第2のフィルタの一方を選択するための命令がプログラムされていることを特徴とする請求項12に記載のXRF分析器。
【請求項14】
前記コントローラは、前記フィルタによる前記着目元素の蛍光放射線の減衰を補償するために前記1次X線ビームのパラメータを調節する命令がプログラムされていることを特徴とする請求項11から請求項13のいずれか1項に記載のXRF分析器。
【請求項15】
前記プログラマブルコントローラは、前記識別されたサムピークに関する情報を用いて前記エネルギスペクトルから前記着目元素の濃度及び検出限界を計算し、かつ前記計算された検出限界がターゲット目標を達成する場合に分析を終了するための命令がプログラムされていることを特徴とする請求項11から請求項14のいずれか1項に記載のXRF分析器。
【請求項16】
前記プログラマブルコントローラは、前記フィルタリング済みエネルギスペクトルに基づいて前記着目元素の濃度を計算するための命令がプログラムされていることを特徴とする請求項11から請求項15のいずれか1項に記載のXRF分析器。
【請求項17】
前記検出器は、シリコンドリフト検出器であることを特徴とする請求項11に記載のXRF分析器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2012−512394(P2012−512394A)
【公表日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−540905(P2011−540905)
【出願日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際出願番号】PCT/US2009/067566
【国際公開番号】WO2010/068803
【国際公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【出願人】(508019894)サーモ ニトン アナライザーズ リミテッド ライアビリティ カンパニー (12)
【Fターム(参考)】