説明

せん断端面の耐食性に優れるフェライト系ステンレス鋼板のせん断方法

【課題】耐食性処理を行わず大気環境中で使用されるフェライト系ステンレス鋼板のせん断端面の耐食性を向上させるせん断加工方法を提供する。
【解決手段】C:0.02%以下、Si:0.05〜0.8%、Mn:0.05〜1.0%、P:0.04%以下、Al:0.1%以下、Cr:20〜24%、Cu:0.3〜0.8%、Ni:0.05〜6.0%およびN:0.02%以下を含み、かつS:0.001〜0.1%を含有し、フェライト相の平均結晶粒径を5μm以上25μm以下とし、かつ鋼中に0.05μm以上〜1μm以下の粒径のMnSを1cm当たり50〜400個存在させるフェライト系ステンレス鋼板のせん断加工時のクリアランスを12%以下とする。
(ここで、クリアランス(%)=(x/d)×100、x:刃と台の隙間(mm)、d:鋼板の厚み(mm))

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、せん断端面の耐食性に優れるフェライト系ステンレス鋼板のせん断方法に関し、特に、せん断加工後、せん断端面の耐食性処理を行わずに、大気環境中で使用される鋼板について、そのせん断端面の耐食性の有利な向上を図ろうとするものである。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼は、その優れた耐食性から幅広い用途に使用されている。エレベーターの内板などのほとんど加工の必要のないものから、自動車排気用配管などの加工の厳しいものまで、その用途は様々である。このようなフェライト系ステンレス鋼板の製造過程では、その利便性からせん断加工による鋼板の切出し、整形、打ち抜きが行われる場合が多い。そして、通常、このフェライト系ステンレス鋼板では、端面の耐食性処理を行わずに使用される。
【0003】
フェライト系ステンレス鋼を、せん断加工して端面の耐食性処理を行わずに使用した場合、平滑な表面と比較して端面の腐食は激しく、流れさびやもらいさびの原因となって、鋼板全体の耐食性を低下させる原因となる。この端面さびの問題は、端面で地鉄の露出するめっき鋼板などと違い、端面であっても不動態化によって耐食性がある程度保たれるフェライト系ステンレス鋼では、あまり重要視されていなかった。しかし、フェライト系ステンレス鋼の市場が拡大するにつれて使用環境も拡大し、平滑な表面と端面との耐食性の差が問題とされるようになった。
【0004】
端面の腐食は凹凸によるミクロな隙間腐食によって起こるといわれている。隙間腐食に関しては古くから研究されており、最近でも特許文献1や特許文献2などに耐隙間腐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。これらのフェライト系ステンレス鋼板は、隙間腐食などの局部腐食に対して効果があるものの、せん断端面における発銹を抑制するためには、必ずしも十分とはいえず、端面腐食が発生する場合があった。
こういった背景から、特にせん断端面の耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼板が望まれている。
【0005】
【特許文献1】特開2005−89828号公報
【特許文献2】特開2006−257544号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の問題を有利に解決するもので、特に、耐食性処理を行わず大気環境中で使用されるフェライト系ステンレス鋼板のせん断端面の耐食性を劣化させることのないフェライト系ステンレス鋼板のせん断方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、せん断端面の耐食性の改善を図るべく種々の検討を加えた。特に、せん断端面の腐食状態について綿密な観察を行ったところ、腐食の起点が破断面にあり、当該破断面を減少させることおよび破断面の表面粗さを軽減させることが、腐食の防止につながることを見出した。ここで、破断面とは図1に示すのように、せん断後に加工面を観察すると確認される、「だれ」、「せん断面」、「破断面」および「バリ」と呼ばれる表面状態のうちのひとつである。
【0008】
そこで、上記耐食性の改善に関し、さらに検討を重ねた結果、破断面の低減については、せん断加工時の条件を適正に設定することが有効であることを見出した。すなわち、せん断時における鋼板の厚みおよび刃と台の隙間を適正に設定すること、具体的には、刃と台の隙間を鋼板の厚みで割った値(クリアランス)を小さくすることが、破断面の低減に有利に作用するとの知見を得た。
また、破断面の表面粗度については、フェライト相の結晶粒径およびMnSの分散状態を制御することが有効であるとの知見を得た。
さらに、発明者らは、耐食性改善成分としてCrを20%以上添加するとともに、CuとNiを複合的に添加することにより、耐食性が一層改善されることも併せて見出した。
【0009】
本発明は、上記の知見に立脚するものであり、その要旨構成は次のとおりである。
(1)質量%で、C:0.02%以下、Si:0.05〜0.8%、Mn:0.05〜1.0%、P:0.04%以下、Al:0.1%以下、Cr:20〜24%、Cu:0.3〜0.8%、Ni:0.05〜6.0%およびN:0.02%以下を含み、かつS:0.001〜0.1%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、さらにフェライト相の平均結晶粒径が5〜25μmの範囲で、かつ鋼中に0.05〜1μmの粒径のMnSを1cm当たり50〜400個有するフェライト系ステンレス鋼板をせん断加工するに際し、下記式で表されるクリアランスを、12%以下に抑えることを特徴とするせん断端面の耐食性に優れるフェライト系ステンレス鋼板のせん断加工方法。

クリアランス(%)=(x/d)×100
ここで、x:刃と台の隙間(mm)
d:鋼板の厚み(mm)
【0010】
(2)前記鋼板が、さらに質量%でNb:0.005〜0.6%、Ti:0.005〜0.6%、Zr:0.5%以下およびMo:3.0%以下のうちから選んだ1または2種以上を含有することを特徴とする前記(1)に記載のせん断端面の耐食性に優れるフェライト系ステンレス鋼板のせん断加工方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のせん断方法によれば、主に大気環境中でせん断端面をそのままの状態で使用する製品において、せん断端面の耐食性の向上を図ることができる。このことで、フェライト系ステンレス鋼板全体の耐食性を向上させることができ、その結果、鋼板の腐食による美観の損失、寿命の低下などを抑制することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を具体的に説明する。まず、本発明で使用するフェライト系ステンレス鋼板での成分組成を上記の範囲に限定した理由について説明する。なお、鋼の成分を示す%については、特に断らない限り質量%を意味する。
【0013】
C:0.02%以下
Cは、鋼中に不可避的に混入する元素であるが、0.02%を超えると硬くなってプレス加工性が著しく低下するとともに、Cr236を析出し、結晶粒界を鋭敏化して耐食性を低下させる。従って、Cは少ないほうが望ましいが、0.02%までは許容できる。
【0014】
Si:0.05〜0.8%
Siは、脱酸剤として有用な元素である。しかしながら、含有率が0.05%未満では十分な脱酸効果が得られず、酸化物が多量に鋼中に分散し、溶接性、プレス加工性が低下する。一方、0.8%を超えて添加すると鋼が硬質化して加工性の低下を招く。従って、Siは0.05〜0.8%の範囲に限定する。
【0015】
Mn:0.05〜1.0%
Mnは、脱酸作用がある。加えて本発明で使用するフェライト系ステンレス鋼板では、MnSの分散状態を制御することで、せん断端面中の破断面部分における面粗さの低下を防ぐという効果があることがわかった。その機構は明らかではないが、以下のように推察される。つまり、耐食性に影響を与えない程度の比較的微細なMnS粒子の存在が、破断面の亀裂の伝播を容易にし、直線的な破断面の形状が生じ易くなる、というものである。ただし、その効果は、Mn量が0.05%未満では得られず、一方、1.0%を超えるとMnSの析出および粗大化を促し、逆に耐食性の低下を招く。従って、Mnは0.05〜1.0%の範囲に限定する。
【0016】
P:0.04%以下
Pは、耐食性を低下させる元素である。また、結晶粒界に偏析することで熱間加工性を低下させるため、過剰の添加は製造を困難にする。よって、含有量は低いほうが望ましいが、0.04%以下までは許容できる、望ましくは、P:0.03%以下である。
【0017】
Al:0.1%以下
Alは、脱酸のために有効な成分であるが、0.1%を超えるとAl系の非金属介在物による表面傷の増加とともに加工性をも低下させる。従って、Alは0.1%以下とする。
【0018】
Cr:20〜24%
Crは、フェライト系ステンレス鋼の耐食性を決める重要な元素である。本発明では、後述するCuとの複合効果による耐食性の一層の向上を得るために、少なくとも20%以上のCrを含有させるものとした。
CrとCuを複合含有させることにより、耐食性が向上する機構は、まだ明確に解明されたわけではないが、以下のように推察される。
Cr量が20%以上になると、結晶格子に含まれる原子のうちおよそ5分の1がCr原子となる。フェライト系ステンレス鋼は体心立方格子であるため、第1近接原子が4個、第2近接原子が6個となる。任意のCr原子から第2近接原子の距離に平均で1個以上のCr原子があることになる。ここで、鋼表面にあるCr原子は酸化物または水酸化物として、酸素を仲立ちに第2近接原子の距離まで相互作用を及ぼしあい不動態被膜を形成すると考えられる。よって、20%以上になると、Crがネットワークを形成し不動態被膜を形成しやすくなると考えられる。また、Feを溶出して不動態被膜を強固にするためには、Feが溶出した後にCrによる不動態被膜が形成されねばならない。
一方、Cuは、自然浸漬電位の貴化によって不動態被膜からのFeの溶出を促進し、より強固な不動態被膜を形成する効果があると考えられることから、酸素を仲立ちとしたCrのネットワークが結成しやすく、不動態化しやすい20%以上のCr添加時にCu添加の効果が顕著になったものと考えられる。
しかし、Cr量が24%を超えるとσ相を生成しやすくなり材料の硬化、耐食性の低下につながる。従って、Crは20〜24%の範囲に限定する。
【0019】
Cu:0.3〜0.8%
Cuは、上記したCrとの複合効果のほか、単独でも、腐食発生後のステンレス鋼の表面に被膜を形成し、アノード反応による地鉄の溶解を抑制する効果がある。従って、耐発銹性の向上および耐隙間腐食性の向上にも有用な元素である。
さらに、Cuは、後述のNiとの複合効果も認められている。ここで、Niとの複合効果は、鋼板表面の電位を貴化し、Niを優先的に溶解してpH低下を抑制する効果である。この効果は、Cu量が0.3%未満ではあまり期待できず、一方、0.8%を超えるとCu自身の溶解が促進され、耐食性が低下する。従って、Cuの添加量は0.3%〜0.8%の範囲に限定する。
【0020】
Ni:0.05〜6.0%
Niは、上記したCuとの複合効果のほか、単独でも、酸によるアノード反応を抑制し、より低いpHでも不動態の維持を可能にする元素である。すなわちNiは、耐隙間腐食性に効果が高く、活性溶解状態における腐食の進行を顕著に抑制する。本発明では、不動態状態においてもNiが溶解することで、隙間などの外部との溶液循環が少ない環境におけるpH低下を抑制する効果が確認された。Cuとの複合添加により、溶解してpHを低下させるFeやCrに対して、Niが優先的に溶解し、その効果はより顕著となる。
Ni量が0.05%に満たないと、耐隙間腐食性向上効果が得られない、一方、6.0%を超えると鋼を硬質化させその加工性を低下させることに加え、フェライト相とオーステナイト相の二相組織が形成され、各相の組成に違いが生じてマイクロセルを形成するため、耐食性を低下させる。従って、Niは0.05〜6.0%の範囲に限定する。好ましくは、0.1%以上、より好ましくは0.2%以上含有させることが望ましい。
【0021】
N:0.02%以下
Nは、鋼中に不可避的に混入する元素である。鋼中に固溶して耐食性を向上させる効果もある。しかし、0.02%を超えて含有されるとプレス加工性が著しく低下する。従って、Nは、0.02%以下とする。
【0022】
S:0.001〜0.1%
Sは、本発明で使用するフェライト系ステンレス鋼板において重要な元素である。従来、Sは、ステンレス鋼中でMnなどと析出物MnSを形成し、耐食性低下の要因となるため、低減することが望ましいとされていた。
しかしながら、発明者らの研究では、従来好ましくないとされていたMnSであっても、その粒径および分散状態を適正に制御することで、せん断端面の耐食性の向上に貢献することが究明された。そこで、本発明では積極的にSを含有させる。しかしながら、含有量が0.001%に満たないとその含有効果に乏しく、一方、0.1%を超えるとS系析出物の粗大化が認められ、当該効果が得られにくくなる。従って、Sは0.001〜0.1%の範囲に限定する。より好ましくは0.001%以上、0.05%以下の範囲である。
【0023】
以上、基本成分について説明したが、本発明ではその他にも耐食性改善のために、以下に述べる元素を適宜含有させることができる。
【0024】
Nb:0.005〜0.6%
Nbは、C、Nを固定してCr炭窒化物による鋭敏化を防ぎ、耐食性を向上させる元素である。しかしながらNb量が0.005%未満ではその添加効果に乏しく、一方、0.6%を超えるとラーベス相が形成され加工性を低下させるので、Nbは、0.005〜0.6%とすることが好ましい。
【0025】
Ti:0.005〜0.6%
Tiは、C、Nを固定してCr炭窒化物による鋭敏化を防ぎ、耐食性を向上させる元素である。しかしながらTi量が0.005%未満ではその添加効果に乏しく、一方、0.6%を超えるとステンレス鋼板の硬質化を招き、加工性を低下させる。さらにTi系析出物により表面粗度の低下を招く。従って、Tiは、0.005〜0.6%とすることが好ましい。
【0026】
Zr:0.5%以下
ZrもTiと同様にC、Nを固定してCr炭窒化物による鋭敏化を防ぐ効果がある。しかし、Zr量が0.5%を超えるとZrO2等を生成し、表面傷の原因となるので、Zrは0.5%以下とすることが好ましい。
【0027】
Mo:3.0%以下
Moは、耐食性を向上させる元素である。本発明によればCr、Cu、Niを複合添加することによりせん断端面の耐食性を向上させることができるが、Moを添加することによってその耐食性はさらに向上する。しかし、Mo量が3.0%を超えると加工性の低下を招くので、Moは3.0%以下とすることが好ましい。
【0028】
以上、成分系について説明したが、本発明で使用するフェライト系ステンレス鋼板は、成分組成を上記の範囲とするだけでは不十分で、フェライト相の平均結晶粒径およびMnSの析出状態を以下の範囲とすることが重要である。
【0029】
フェライト相の平均結晶粒径:5〜25μm
フェライト系ステンレス鋼板の主な相であるフェライト相の平均結晶粒径は、ステンレス鋼板の強度とせん断端面中の破断面の粗度に影響を与える。せん断端面には、せん断面、破断面、バリ等が形成されるが、このうち破断面の面積は、小さいほど腐食が抑制され、バリの高さは、小さいほど、塩分などの腐食因子が堆積しにくくなり、腐食を抑制することができる。
ここでフェライト相の平均結晶粒径が5μm未満の場合、強度が向上しバリは形成されにくくなるが、破断面の面積増加が大きくなり、耐食性が低下してしまう。
一方、フェライト相の平均結晶粒径が25μm超では、軟質化の影響によるバリの増加、破断面粗度の低下およびミクロ隙間の形成により、耐食性の低下が大きい。従って、フェライト相の平均結晶粒径は、5〜25μmとする。
なお、フェライト相の粒径を上記の範囲に制御するには、熱間圧延および冷間圧延工程の圧延率が重要であり、熱間圧延の粗圧延工程の少なくとも1パスを圧下率40%以上とし、冷間圧延の圧下率を70%以上とすることが好ましい。
【0030】
MnS: 0.05〜1μmの粒子が1cm2の範囲に50〜400個有する
以下、MnSの析出状態を上記の範囲に限定した理由について説明する。
本発明では、せん断を行った端面の破断面は腐食の起点となることが確認された。これは、主に、表面が粗いため、腐食因子が堆積しやすいことに加えて、凹凸による微細な隙間形状が、付着溶液の低pH化、高塩分化を促進するため、腐食が起こりやすい環境となっているためと考えられる。従って、せん断面の破断面の粗度を低減することで、腐食の起こりにくい破断面が形成されると予想される。
そこで本発明者らは、腐食の起こりにくい破断面の形成に関し、種々の実験を行った。その結果、破断面の粗さが算術平均粗さRaで1μm以下になると腐食の発生が少ないことが明らかとなった。
次に本発明者らは、MnSに着目し、フェライト相の平均結晶粒径が5〜25μmの範囲でかつ表面粗さがRa:1μm以下となる条件を求める試験を実施した。その結果、鋼中の0.05〜1μmの粒径を持つMnSの粒子を1cm2の範囲に、50〜400個有することが重要であることが明らかとなった。ここで、対象とするMnSの粒径を0.05〜1μmの範囲としたのは、0.05μm未満MnSの粒子では粗度の低減に効果が小さく、1μmを超えるMnSの粒子では、表面にあらわれたMnSが欠落して、粗度を増加させるためである。
よって、本発明では、粒径が0.05〜1μmの大きさのMnSを対象とするものとした。
【0031】
次に、かかるMnSの析出状態について調査したところ、単位面積:1cm2当たりの析出個数が50個未満では粗度の低減化に効果が乏しく、一方、400個超では、加工性および耐食性を低下させることが判明した。
従って、本発明で使用するフェライト系ステンレス鋼板では、粒径が0.05μm以上、1μm以下のMnS を1cm2当たり50〜400個有するものとした。
なお、MnSの粒径および析出個数を上記の範囲に制御するには、熱延板焼鈍および冷延板焼鈍、それぞれの工程の処理温度が重要であり、その条件を、熱延板焼鈍温度:850〜1000℃、冷延板焼鈍温度:800〜950℃とすることが好ましい。
【0032】
次に、本発明で使用するフェライト系ステンレス鋼板の製造方法について説明する。
本発明では、上述したとおりフェライト相の平均粒径およびMnSの析出分散状態が重要であり、そのために上述した工程を上述した条件で実施することが肝要である。また、その他の工程については、特に制限はなく従来公知の方法を適用できる。ちなみに、代表的な製造条件を示すと、以下のとおりである。
【0033】
フェライト系ステンレス鋼を1150〜1200℃に加熱後、仕上げ温度を600〜750℃として板厚2.5〜6mmに熱間圧延を施す。このとき粗圧延工程の少なくとも1パスを圧下率40%以上とする。仕上げ圧延後に通常の速度で冷却すると結晶粒径が粗大化するため、仕上圧延後は20℃/s以上の冷却速度で500℃以下まで冷却する。
その後、500℃以下で巻き取り熱間圧延鋼帯とする。巻き取り後の冷却速度は特に規定しないが、475℃付近でいわゆる475℃脆性による靭性の低下が起こるため425〜525℃の範囲の冷却速度は100℃/h以上が望ましい。こうして作製した熱間圧延鋼帯を850〜1000℃の温度で焼鈍し酸洗を行う。次に、圧下率70%以上の冷間圧延を施し、800〜950℃の温度で冷延板焼鈍し、酸洗を行って冷延板として製造する。
【0034】
さて、本発明では、上記のようにして得られたフェライト系ステンレス鋼板にせん断加工を施すわけであるが、このせん断加工に際し、加工条件を適正に設定することにより、破断面を効果的に低減することができる。以下、本発明の特徴である破断面を低減できるせん断加工方法について説明する。
発明者らは、上記の目的を達成すべく、加工条件を種々変更して数多くの実験を行ったところ、破断面率の低減には、クリアランスがとりわけ重要であることが判明した。
ここに、クリアランスとは、図2に示すように、鋼板の厚みdに対する刃と台の隙間xの比率のことである。
せん断加工の際のクリアランスは、せん断端面中の破断面の面積、およびバリの高さに影響する。種々のクリアランスを検討した結果、本発明のフェライト系ステンレス鋼の場合、12%以下とすれば、破断面の面積が全体の40%以下と小さく、また、バリの高さも低く抑えられ、耐食性が向上することが明らかとなった。従って、せん断加工の際のクリアランスは12%以下とする。
【実施例1】
【0035】
表1の試験No.3の成分組成からなり、平均粒径:21.0μm、0.05〜1μmのMnSの個数187個/cm2で、板厚:1.2mm、幅:60mm、長さ:80mmの供試材を用意した。この供試材を用いて、せん断加工のクリアランスとせん断端面の破断面率について調査を行った。破断面率の測定は、せん断端面の任意の10箇所について板厚方向のせん断面と破断面の長さの比をとり、それらの平均を取って破断面率とした。
結果を図3に示す。
同図に示したとおり、クリアランスの減少に伴って、破断面率が減少し、クリアランス12%以下とすることにより、破断面率を40%以下まで低減することができた。
【実施例2】
【0036】
表1に示す種々の成分組成からなるフェライト系ステンレス鋼を溶製した後、1170℃の温度に加熱した後、仕上げ温度:700℃、巻き取り温度:450℃で熱間圧延を行い、板厚:4 mmの熱延板とした。その後、900〜1000℃で焼鈍を行い、酸洗後、冷間圧延で板厚:1.2mmとし、920℃の焼鈍を行い冷延板とした。
かくして得られた冷延板のMnSの結晶粒径と個数をSIMS(二次イオン質量分析計)により測定した。また、フェライト相の粒径は、JIS G 0552に記載の方法に準拠し求めた。
【0037】
以上の製造条件で得られたフェライト系ステンレス鋼板を、80×60mmに切出した。切出しの際には、クリアランスを10%の一定として、せん断加工を行った。切出した後、アセトンによる脱脂を行い、バリの出ている面を上にして傾き:60°でサイクル腐食試験機に配置し、JASO M 609-91に準拠したサイクル腐食試験を6サイクル行った。試験後、せん断端面において腐食が発生していないものを○、腐食の発生がみられたものを×で評価した。
【0038】
得られた結果を表1に併記する。
同表から明らかなように、本発明の成分組成範囲を満足し、かつ本発明の条件に従いせん断加工を施したものは、いずれも良好なせん断端面耐食性を得ることができた。
試験No.1〜5の結果より、Crの添加率が20.0〜24.0%の範囲でせん断端面の耐食性が良いことがわかる。試験No.6〜11の結果より、Niの添加率が0.05〜6.0%の範囲でせん断端面の耐食性が良いことがわかる。試験No.12〜16の結果より、Cuの添加率が0.3〜0.8%の範囲でせん断端面の耐食性が良いことがわかる。試験No.17〜21の結果より、フェライト相の結晶粒径が5〜25μmの範囲でせん断端面の耐食性が良いことがわかる。試験No.22〜27の結果より、鋼中のMnS個数が1cm2当たり50〜400個でせん断端面の耐食性が良いことがわかる。
【0039】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、せん断端面の耐食性処理を行わず大気環境中で使用しても、せん断端面の耐食性に優れるので、エレベーターの内板をはじめとして、ダクトフード、マフラーカッタおよび排水溝のふたなどの用途に対して好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】せん断端面の表面状態を示した図である。
【図2】せん断加工時のクリアランスの説明図である。
【図3】せん断端面の破断面率に及ぼすクリアランスの影響を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.02%以下、Si:0.05〜0.8%、Mn:0.05〜1.0%、P:0.04%以下、Al:0.1%以下、Cr:20〜24%、Cu:0.3〜0.8%、Ni:0.05〜6.0%およびN:0.02%以下を含み、かつS:0.001〜0.1%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、さらにフェライト相の平均結晶粒径が5〜25μmの範囲で、かつ鋼中に0.05〜1μmの粒径のMnSを1cm当たり50〜400個有するフェライト系ステンレス鋼板をせん断加工するに際し、下記式で表されるクリアランスを、12%以下に抑えることを特徴とするせん断端面の耐食性に優れるフェライト系ステンレス鋼板のせん断加工方法。

クリアランス(%)=(x/d)×100
ここで、x:刃と台の隙間(mm)
d:鋼板の厚み(mm)
【請求項2】
前記鋼板が、さらに質量%でNb:0.005〜0.6%、Ti:0.005〜0.6%、Zr:0.5%以下およびMo:3.0%以下のうちから選んだ1または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のせん断端面の耐食性に優れるフェライト系ステンレス鋼板のせん断加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−137344(P2010−137344A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−318131(P2008−318131)
【出願日】平成20年12月15日(2008.12.15)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】