説明

アルミニウム系有膜鋳造成形品及びその製造方法

【課題】アルミニウム又はアルミニウム合金の耐食性を、環境へ負荷をもたらすことなく向上させる。
【解決手段】スロットルボディ10においては、アルミニウムからなる下地12上に、不動態膜14及び耐食性皮膜16がこの順序で積層されている。不動態膜14には、耐食性皮膜16に臨む側に凹部18が形成されており、この凹部18には、金属層20が形成されている。金属層20は、ショットブラストが行われる際、ブラスト材が耐食性皮膜16に衝突したときに、該ブラスト材の一部が剥離した後に付着して設けられたものである。ブラスト材としては、例えば、純度が98%以上のアルミニウムからなるものが選定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる下地上に形成された不動態膜が耐食性皮膜で被覆されたアルミニウム系有膜鋳造成形品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム又はアルミニウム合金からなる構造部材は、加工を容易に施すことが可能であるので所定の形状に変形することが容易である、軽量である等の利点を有し、例えば、自動車の構成部品であるスロットルボディや気化器をはじめとする様々な分野で使用されている。
【0003】
この種の構造部材は、例えば、アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯を金型に充填し、次に、この溶湯を冷却硬化させて鋳造成形品とすることによって作製される。そして、耐食性を向上させるべく、鋳造成形品の表面を被覆するように耐食性皮膜が設けられる。
【0004】
従来、この耐食性皮膜は、特許文献1に記載されているように、CrO3、すなわち、6価クロムを含有するクロメート処理液に鋳造成形品を浸漬することによって設けられ、このために耐食性皮膜にも6価クロムが含まれていた。しかしながら、6価クロムが環境に負荷をもたらす物質であることから、近年、6価クロムを含まない耐食性皮膜を形成することが検討されつつある。
【0005】
このような観点から、本出願人は、特許文献2において、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる構造部材にZn下地層を設け、次に、このZn下地層上に3価クロムを含むクロメート皮膜(耐食性皮膜)を設けることを提案している。
【0006】
【特許文献1】特公昭60−35432号公報
【特許文献2】特開2004−76041号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記した技術に関連してなされたもので、耐食性に優れ、環境に対して負荷をもたらすことが回避可能なアルミニウム系有膜鋳造成形品及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するために、本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる下地の表面に不動態膜が形成された母材を有し、且つ前記不動態膜を被覆するとともに前記下地よりも耐食性が高い耐食性皮膜が形成されたアルミニウム系有膜鋳造成形品であって、
前記不動態膜における前記耐食性皮膜側に凹部が形成され、
前記凹部に、純度98%以上のアルミニウム、亜鉛、又はアルミニウム−亜鉛合金からなる金属層が存在することを特徴とする。なお、本発明における「アルミニウム系」は、アルミニウム及びアルミニウム合金を総称するものとする。
【0009】
このような金属層が存在する場合、前記耐食性皮膜が十分に成膜する。このため、耐食性に優れた鋳造成形品を得ることができる。
【0010】
耐食性皮膜は、6価クロムフリー、すなわち、6価クロムを含まない膜であることが好ましい。この場合、6価クロムを含む液体や気体、例えば、6価クロメート処理液等を使用する必要がない。このため、環境に負荷をもたらすことを回避することができる。
【0011】
このような耐食性皮膜の好適な例としては、3価のクロムを含むクロメート皮膜を挙げることができる。
【0012】
また、本発明に係るアルミニウム系有膜鋳造成形品の製造方法は、アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯を用いて鋳造加工を行うことにより鋳造成形品を得る工程と、
不動態膜が形成された前記鋳造成形品に対して純度98%以上のアルミニウム、亜鉛、又はアルミニウム−亜鉛合金からなるブラスト材を投射し、前記不動態膜に凹部を設けるとともに、前記ブラスト材に由来する金属層を前記凹部に形成する工程と、
前記不動態膜上に、アルミニウム又はアルミニウム合金よりも耐食性が高い耐食性皮膜を設ける工程と、
を有することを特徴とする。
【0013】
ショットブラストで高純度の金属層を設けることにより、次工程において、耐食性皮膜を十分に成長させることができる。その結果、耐食性が良好な鋳造成形品を得ることができる。
【0014】
ここで、ショットブラストは、ブラスト材を投射するものであり、鋳造成形品からバリを除去する場合、塗料を剥離除去する場合、ワークに残留応力を付与する場合等に行われる手法であるが、本発明のように、ブラスト材由来の金属層を不動態膜に設けるためにショットブラストを行う技術はこれまでのところ知られていない。
【0015】
なお、前記耐食性皮膜としては、上記したように6価クロムフリーの膜を設けることが好ましい。この場合、環境に負荷をもたらすことを回避することができるからである。このような耐食性皮膜として、例えば、3価のクロムを含むクロメート皮膜を設ければよい。
【0016】
なお、クロメート皮膜は、例えば、3価のクロムを含有する3価クロメート処理液に前記鋳造成形品を浸漬することによって容易且つ簡便に形成することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ショットブラストの際に高純度のアルミニウム、亜鉛、又はアルミニウム−亜鉛合金からなるブラスト材を投射して金属層を設け、その後、耐食性皮膜を設けるようにしている。このため、耐食性皮膜が十分に膜成長し、その結果、耐食性に優れる鋳造成形品を得ることができる。
【0018】
なお、耐食性皮膜を、6価クロムフリーの膜、例えば、3価のクロムを含むクロメート皮膜で形成することにより、環境への負荷を著しく低減することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明に係るアルミニウム系有膜鋳造成形品及びその製造方法につき好適な実施の形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。
【0020】
図1は、本実施の形態に係るアルミニウム系有膜鋳造成形品からなるスロットルボディ10の概略全体斜視図である。このスロットルボディ10は、アルミニウムの溶湯を金型に充填し、次に、溶湯を冷却硬化させることによって成形品として得ることができる。
【0021】
ここで、スロットルボディ10の断面を、図2に拡大して示す。このスロットルボディ10は、アルミニウムからなる下地12を有し、該下地12上には、酸化物膜である不動態膜14と、耐食性皮膜16とがこの順序で積層されている。
【0022】
不動態膜14は、後述するように、鋳造成形品を大気雰囲気下で冷却硬化する際に下地12(アルミニウム)が自発的に酸化することによって形成される。
【0023】
さらに、不動態膜14において、耐食性皮膜16との境界部近傍には、凹部18が形成されている。換言すれば、凹部18は、不動態膜14における耐食性皮膜16側に存在する。そして、各凹部18には、純度が98%以上のアルミニウムからなる金属層20が凹部18の形状に略対応する形状で付着している。
【0024】
凹部18は、後述するように、鋳造成形品に対してショットブラストが施された際、ブラスト材が衝突することに伴って形成される。また、金属層20は、ブラスト材の一部が衝突の際に摩耗して残留することによって形成される。
【0025】
本実施の形態において、不動態膜14上に形成された耐食性皮膜16は、3価クロムを含むクロメート皮膜である。この耐食性皮膜16が存在することにより、下地12、換言すれば、スロットルボディ10が腐食することが著しく抑制される。
【0026】
また、耐食性皮膜16には、6価クロムが含まれない。すなわち、本実施の形態によれば、6価クロムを含有するクロメート処理液等、環境に負荷をもたらす化学品を使用する必要がない。このため、環境保護に貢献することもできる。
【0027】
次に、本実施の形態に係るアルミニウム系有膜鋳造品の製造方法につき、前記スロットルボディ10を作製する場合を例として説明する。
【0028】
先ず、アルミニウムの溶湯を金型に充填し、スロットルボディ10の形状に鋳造加工する。
【0029】
溶湯は、金型内で凝固され、鋳造成形品となる。そして、所定時間が経過した後に型開きが行われ、鋳造成形品が離型される。鋳造成形品は、その後、大気雰囲気下で所定時間放置され、この際に凝固が内部まで進行する。
【0030】
大気雰囲気下で放置(放冷)された鋳造成形品の表層部には、該鋳造成形品の材質であるアルミニウムが、金型等に存在する水分や大気中の酸素で酸化されることによって、酸化膜が自発的に形成される。これにより、鋳造成形品に下地12と不動態膜14が設けられる。
【0031】
次に、この鋳造成形品に対してショットブラストを行う。すなわち、バリ取りや塗料剥離除去等で一般的に行われているように、鋳造成形品に向けて球状のブラスト材を投射する。
【0032】
この際、ブラスト材としては、純度が98%以上のアルミニウムからなるものが選定される。純度が98%未満のものであると、耐食性皮膜16が形成されても、良好な耐食性を得ることが困難となる。純度99%以上のものを選定することがより好ましい。
【0033】
ブラスト材の粒径は、特に限定されるものではないが、0.7〜0.9mmの間、例えば、およそ0.8mmとすればよい。また、ブラスト材の投射速度及び投射時間も特に限定されるものではないが、投射速度を60〜70m/秒の間、例えば、およそ66m/秒に設定した場合、投射時間をおよそ1分に設定すればよい。
【0034】
投射されたブラスト材は、不動態膜14に衝突する。この衝突に伴い、不動態膜14に凹部18が形成される。また、凹部18には、ブラスト材からの剥離物が残留して付着し、これにより、凹部18の形状に略対応する形状の金属層20が形成される。勿論、この金属層20は、ブラスト材の材質であるアルミニウムからなる。
【0035】
金属層20が形成されていることは、例えば、X線光電子分光分析(XPS)法によって確認することができる。
【0036】
次に、このショットブラスト後の鋳造成形品に対して、例えば、所定の部位に穿孔加工、切削加工等の加工を施した後、公知の前処理を行う。具体的には、湯洗、脱脂、水洗、活性化、水洗、湯洗等を順次施す。
【0037】
次に、不動態膜14上に耐食性皮膜16を設ける。本実施の形態においては、3価クロムを含有するクロメート処理液に鋳造成形品を浸漬する。この浸漬によって3価クロムを含むクロメート皮膜が膜成長し、その結果、3価クロムを含む耐食性皮膜16が形成される。なお、この種のクロメート処理液としては、例えば、ALT610(ディップソール社製処理液の商品名)が挙げられる。
【0038】
このように、本実施の形態においては、6価クロムを含有するクロメート処理液を使用する必要がない。従って、環境に対する負荷を著しく低減することができる。
【0039】
ショットブラストを行わない場合、耐食性皮膜16が十分に成膜せず、このため、十分な耐食性を得ることが困難となる。このことから、ショットブラストを行うことによって耐食性皮膜16が十分に成膜する理由は、高純度のアルミニウムからなる金属層20が存在するためにクロメート皮膜の成膜が容易となるからであると推察される。
【0040】
このようにして耐食性皮膜16が設けられたスロットルボディ10は、耐食性皮膜16が存在することに由来して優れた耐食性を示す。
【0041】
なお、上記した実施の形態においては、ショットブラストを行う際のブラスト材として純度98%以上のアルミニウムからなるものを選定するようにしているが、ブラスト材は、純度98%以上の亜鉛からなるものであってもよい。又は、アルミニウムと亜鉛で98%以上を占めるのであれば、アルミニウム−亜鉛合金であってもよい。勿論、これらの中の2種以上を同時に使用するようにしてもよい。
【0042】
また、スロットルボディ10は、アルミニウム合金(例えば、ADC12等)からなるものであってもよい。さらに、本発明に係るアルミニウム系鋳造成形品は、スロットルボディ10に特に限定されるものではなく、アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯から設けられた鋳造成形品であれば、キャブレタ本体など、他の如何なるものであってもよい。
【0043】
さらにまた、耐食性皮膜16の材質は、3価クロムを含むクロメート皮膜に特に限定されるものではなく、下地12であるアルミニウム又はアルミニウム合金よりも耐食性に優れ、且つ6価クロムが含まれない皮膜(6価クロムフリー皮膜)であればよい。
【0044】
そして、耐食性皮膜16を設ける方法は、処理液を用いる方法に特に限定されるものではなく、化学的気相成長(CVD)法や物理的気相成長(PVD)法等の他の成膜法を採用するようにしてもよい。
【実施例1】
【0045】
アルミニウム合金(ADC12)の溶湯を金型に充填し、スロットルボディ10の形状に鋳造加工した。所定時間が経過した後に型開き、離型を行って鋳造成形品を取り出し、大気雰囲気下で放置した。
【0046】
次に、この鋳造成形品に対し、純度が99%以上のアルミニウムからなる球状のブラスト材を用い、ショットブラストを行った。なお、ブラスト材の粒径はおよそ0.8mmであり、ブラスト材の投射速度及び投射時間は、それぞれ、およそ66m/秒、およそ1分とした。投射が終了した後、鋳造成形品の極表層部につきXPS法による分析を行ったところ、不動態膜14上にアルミニウムが存在することが確認された。なお、XPS法による分析においては、鋳造成形品の表面から、深さ0.005μmまでをアルゴンガスでエッチングした。
【0047】
次に、このショットブラスト後の鋳造成形品に対し、湯洗、脱脂、水洗、活性化、水洗を施した。
【0048】
そして、3価クロムを含むクロメート処理液であるALT610に鋳造成形品を浸漬し、耐食性皮膜16を設けた。これを実施例1とする。
【0049】
また、ブラスト材として純度が99%以上の亜鉛からなる球状のものを用いたことを除いては実施例1に準拠して耐食性皮膜16を設けた。これを実施例2とする。
【0050】
比較のため、鋼材からなるブラスト材、ステンレス鋼からなるブラスト材、純度が99%以上の亜鉛ブラスト材を95体積%と炭素ブラスト材を5体積%とした混合ブラスト材を使用したことを除いては実施例1、2に準拠して耐食性皮膜16を設けた。これらを比較例1〜3とする。
【0051】
さらに、ブラストショットを行わなかったことを除いては実施例1と同様にして耐食性皮膜16を設けた。これを比較例4とする。
【0052】
以上の実施例1、2及び比較例1〜4のスロットルボディ10につき、耐食性試験を行った。すなわち、塩水を噴霧する塩水噴霧試験を行い、噴霧開始から48時間経過後における白色生成物の面積率Aを下記の式(1)に従って求めた。
A(%)=(白色生成物の面積/スロットルボディの全表面積)×100…(1)
【0053】
白色生成物は、アルミニウムが腐食して生成したものであり、従って、Aの値が小さいほど耐食性が良好であることを意味する。なお、白色生成物の面積は、目視にて確認された生成領域を計測し、この生成領域を面積に換算して求めた。
【0054】
結果を図3に併せて示す。この図3から、高純度のアルミニウム又は亜鉛からなるブラスト材を使用してショットブラストを行うことにより、その他の材質からなるブラスト材、又は低純度のブラスト材を使用する場合や、ショットブラストを行わない場合に比して、耐食性が良好なスロットルボディ10が得られることが明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本実施の形態に係るアルミニウム系有膜鋳造成形品からなるスロットルボディの概略全体斜視図である。
【図2】図1のスロットルボディにおける表層部の拡大断面図である。
【図3】実施例1、2及び比較例1〜4のスロットルボディの耐食性を示す図表である。
【符号の説明】
【0056】
10…スロットルボディ 12…下地
14…不動態膜 16…耐食性皮膜
18…凹部 20…金属層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム又はアルミニウム合金からなる下地の表面に不動態膜が形成された母材を有し、且つ前記不動態膜を被覆するとともに前記下地よりも耐食性が高い耐食性皮膜が形成されたアルミニウム系有膜鋳造成形品であって、
前記不動態膜における前記耐食性皮膜側に凹部が形成され、
前記凹部に、純度98%以上のアルミニウム、亜鉛、又はアルミニウム−亜鉛合金からなる金属層が存在することを特徴とするアルミニウム系有膜鋳造成形品。
【請求項2】
請求項1記載のアルミニウム系有膜鋳造成形品において、前記耐食性皮膜が6価クロムフリーの皮膜であることを特徴とするアルミニウム系有膜鋳造成形品。
【請求項3】
請求項2記載のアルミニウム系有膜鋳造成形品において、前記耐食性皮膜が、3価のクロムを含むクロメート皮膜であることを特徴とするアルミニウム系有膜鋳造成形品。
【請求項4】
アルミニウム又はアルミニウム合金の溶湯を用いて鋳造加工を行うことにより鋳造成形品を得る工程と、
不動態膜が形成された前記鋳造成形品に対して純度98%以上のアルミニウム、亜鉛、又はアルミニウム−亜鉛合金からなるブラスト材を投射し、前記不動態膜に凹部を設けるとともに、前記ブラスト材に由来する金属層を前記凹部に形成する工程と、
前記不動態膜上に、アルミニウム又はアルミニウム合金よりも耐食性が高い耐食性皮膜を設ける工程と、
を有することを特徴とするアルミニウム系有膜鋳造成形品の製造方法。
【請求項5】
請求項4記載の製造方法において、前記耐食性皮膜として、6価クロムフリーの皮膜を設けることを特徴とするアルミニウム系有膜鋳造成形品の製造方法。
【請求項6】
請求項5記載の製造方法において、前記耐食性皮膜として、3価のクロムを含むクロメート皮膜を設けることを特徴とするアルミニウム系有膜鋳造成形品の製造方法。
【請求項7】
請求項6記載の製造方法において、前記クロメート皮膜を設ける際、3価のクロムを含有する3価クロメート処理液に前記鋳造成形品を浸漬することを特徴とするアルミニウム系有膜鋳造成形品の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−188739(P2006−188739A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−2723(P2005−2723)
【出願日】平成17年1月7日(2005.1.7)
【出願人】(000141901)株式会社ケーヒン (1,140)
【Fターム(参考)】