説明

エコーキャンセラ

【課題】擬似エコー生成用フィルタの演算量を削減すること。
【解決手段】適応フィルタ106aは、有限個の非零の音源パルス列である線形予測残差ベクトルε(t)をタップ係数H(t)で演算して白色化擬似エコーrw(t)を生成する。逆フィルタ106bは、ディジタル送信音声信号y(t)を白色化する。加算器106cは、白色化送信音声信号yw(t)から白色化擬似エコーrw(t)を減算して白色化残差信号ew(t)を得る。擬似エコー生成用フィルタ106dは、適応フィルタ106aから出力されたタップ係数H(t)で線形予測残差ベクトルε(t)を演算して白色化擬似エコーrw’(t)を生成する。合成フィルタ106eは、白色化擬似エコーrw’(t)を、線形予測係数L(t)を用いて合成し、擬似エコーr(t)を生成する。加算器106fは、ディジタル送信音声信号y(t)から擬似エコーr(t)を減算して残差信号e(t)を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピーカから出力された音声がマイクロホンに帰還されることによって発生するエコーを消去するためのエコーキャンセラに関する。
【背景技術】
【0002】
図1は、従来のエコーキャンセラの構成を示すブロック図である。図1において、符号化ディジタル信号(受信信号)は、音声復号回路(SPDEC)11でディジタル受信音声信号x(t)に復号され、ディジタル・アナログ変換器(DAC)12でアナログ受信音声信号に変換され、スピーカ13から音声として出力される。また、マイクロホン14に入力されたアナログ送信音声信号は、アナログ・ディジタル変換器(ADC)15でディジタル送信音声信号y(t)に変換され、音声符号化回路(SPCOD)17で符号化ディジタル信号(送信信号)に変換される。その際、スピーカ13から出力された音声がマイクロホン14に帰還されると、エコーが発生する。エコーが発生すると、自分の話した声がスピーカから遅れて聞こえるので、大変耳障りである。また、ハンズフリー電話等においては、エコーの中の特定の周波数成分が増幅されて、ハウリング(発振現象)が起きることもある。
【0003】
エコーキャンセラ16は、エコー及びハウリングを防止するための回路であり、離散時刻tにおけるディジタル受信音声信号x(t)をタップ係数H(t)で演算して擬似エコーr(t)を生成する適応フィルタ16aと、アナログ・ディジタル変換器15から出力されるディジタル送信音声信号y(t)から擬似エコーr(t)を差し引いて残差信号e(t)を出力する加算器16bで構成される。残差信号e(t)は、送信回線に出力されると共に、適応フィルタ16aにタップ係数更新用の信号として与えられる。
【0004】
マイクロホン14には、音声s(t)の他、背景雑音n(t)やスピーカ13からのエコーd(t)が入力され、これらがアナログ・ディジタル変換器15でディジタル送信音声信号y(t)に変換される。ここで、エコーd(t)のエコー経路のインパルス応答をm次のFIR(有限インパルス応答)フィルタで近似できると仮定すると、離散時刻tにおける適応フィルタ16aのタップ係数H(t)と、適応フィルタ16aに入力されるディジタル受信音声信号x(t)は、それぞれ次の式(1)、(2)のように表される。但し、Tはベクトルの転置を表す。
H(t)=[h1(t),h2(t),…,hm(t)]・・・(1)
x(t)=[x(t),x(t−1),…,x(t−m+1)]・・・(2)
【0005】
これにより、擬似エコーr(t)と残差信号e(t)は、次の(3)、(4)のように表される。
r(t)=H(t)X(t)・・・(3)
e(t)=y(t)−r(t)・・・(4)
【0006】
即ち、残差信号e(t)は、ディジタル送信音声信号y(t)から擬似エコーr(t)を差し引いて、ディジタル送信音声信号y(t)に含まれるエコー成分を抑圧した信号である。
【0007】
タップ係数H(t)の更新は、一般に次の式(5)のように表される。なお、式(5)中のμはタップ係数の収束速度を調整するステップサイズであり、更新ベクトルΔH(t)は適応アルゴリズムの種類によって異なる。
H(t+1)=H(t)+μΔH(t)・・・(5)
【0008】
ところが、図1に示したエコーキャンセラでは、適応フィルタ16aに入力されるディジタル受信音声信号x(t)が、音声のような有色信号(スペクトル分布が一様でない信号)の場合、収束速度が著しく低下するという課題がある。
【0009】
その解決策として、逆フィルタによって入力信号を白色信号(スペクトル分布が一様な信号)に変換して収束速度を高める方法が提案されている(特許文献1)。
【0010】
特許文献1のエコーキャンセラは、マイクロホンに入力された自己の音声を白色化する第1の逆フィルタと、スピーカから再生される相手の音声を白色化する第2の逆フィルタとを有し、適応フィルタが、2つの逆フィルタから出力された白色信号を用いて擬似エコーを生成する。
【0011】
また、非特許文献1には、音声復号回路を備えたディジタル通信装置に設けられるエコーキャンセラにおいて、音声符号化技術として線形予測係数及び線形予測残差ベクトルを利用する残差励振線形予測(「Residual Excited Linear Predictive (RELP)」)を用い、受信音声信号を白色化した信号を利用してフィルタのタップ係数を求めること(Figure 1 参照)に代えて、線形予測残差ベクトルに基づいて擬似エコー生成用フィルタによりフィルタのタップ係数を求めること(Figure 2 参照)が示されている(第1334頁、「III. ECHO CANCELLATION」及び「IV. VOICE CODEC AND ECHO CANCELLER INTEGRATION」参照)。
【0012】
非特許文献1のエコーキャンセラは、白色化された線形予測合成音源信号が適応フィルタの入力になるので、受信音声信号を白色化するための逆フィルタを追加する必要がなくなり、特許文献1のエコーキャンセラに比べて、構成を簡略化することができ、収束速度を大幅に向上させることができる。また、非特許文献1のエコーキャンセラは、マルチパルス符号化等を用いて音源の情報圧縮を行った場合、適応フィルタへの入力信号が疎なパルス列となり、値0のサンプルに対する演算を省略することができるため、特許文献1のエコーキャンセラに比べて、適応フィルタの演算量を削減することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2002−94419号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】WILSON P.J. et al.,‘An integrated voice codec and echo canceller implemented in a single DSP processor’, IEEE International Conference on Acoustics, Speech, and Signal Processing,米国,IEEE,1986年4月,vol.11,pp.1333-1336
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、上記非特許文献1に開示された従来のエコーキャンセラは、擬似エコー生成用フィルタへの入力信号が合成音声であるので擬似エコー生成用フィルタの演算量を削減することができない。
【0016】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、フィルタの演算量を削減することができるエコーキャンセラを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明のエコーキャンセラは、線形予測分析によって得られた線形予測係数および線形予測残差ベクトルを受信し、前記線形予測係数により合成フィルタを駆動し、前記線形予測残差ベクトルを合成して受信音声信号を得る音声復号回路を備えたディジタル通信装置に設けられるエコーキャンセラであって、送信音声信号を白色化した信号と前記線形予測残差ベクトルとに基づいてフィルタのタップ係数を求めるタップ係数設定手段と、前記タップ係数、前記線形予測係数および前記線形予測残差ベクトルを用いて擬似エコーを生成し、前記擬似エコーを用いて前記送信音声信号に含まれるエコーを抑圧するエコー除去手段と、を具備する構成を採る。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、マルチパルス符号化等を用いて音源の情報圧縮を行った場合、擬似エコー生成用フィルタへの入力信号も疎なパルス列となり、値0のサンプルに対する演算を省略することができるため、従来のエコーキャンセラに比べて、フィルタの演算量を削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】従来のエコーキャンセラを含むディジタル通信装置の構成を示すブロック図
【図2】本発明の実施の形態1に係るエコーキャンセラを含むディジタル通信装置の構成を示すブロック図
【図3】本発明の実施の形態1に係る合成フィルタの一例を示す図
【図4】本発明の実施の形態1に係る逆フィルタの一例を示す図
【図5A】従来のエコーキャンセラの各フィルタの入力信号の状態を示す図
【図5B】本発明の実施の形態1に係るエコーキャンセラの各フィルタの入力信号の状態を示す図
【図6】本発明の実施の形態2に係るエコーキャンセラを含むディジタル通信装置の構成を示すブロック図
【図7】本発明の実施の形態2に係るエコーキャンセラの各フィルタの入力信号の状態を示す図
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
【0021】
(実施の形態1)
図2は、本発明の実施の形態1に係るエコーキャンセラを含むディジタル通信装置の構成を示すブロック図である。
【0022】
図2に示すように、ディジタル通信装置は、音声復号回路101と、ディジタル・アナログ変換器(DAC)102と、スピーカ103と、マイクロホン104と、アナログ・ディジタル変換器(ADC)105と、エコーキャンセラ106と、音声符号化回路107と、から主に構成される。
【0023】
音声復号回路101は、デマルチプレクサ101aと、音源信号発生回路101bと、合成フィルタ101cと、を有する。エコーキャンセラ106は、適応フィルタ106aと、逆フィルタ106bと、加算器106cと、擬似エコー生成用フィルタ106dと、合成フィルタ106eと、加算器106fと、を有する。音声符号化回路107は、分析フィルタ107aと、音源特性分析回路107bと、マルチプレクサ107cと、を有する。
【0024】
ここで、携帯電話システムや、テレビ電話システムでは、データ伝送量を削減するために、音源の情報量を圧縮する音源符号化処理および圧縮された音源の情報量を伸長する音源復号処理が必ず行われる。音源符号化処理は、ディジタル送信音声信号を10〜20ms程度のフレームに区切り、フレーム毎に線形予測分析を行い、線形予測係数(LPC)と線形予測残差信号を求め、線形予測係数と線形予測残差信号とを個別に符号化する処理である。また、音源復号処理は、線形予測係数により合成フィルタを駆動し、線形予測残差ベクトルを合成してディジタル受信音声信号を得る処理である。なお、線形予測係数は、音声のスペクトラム包絡を表すパラメータである。また、線形予測残差ベクトルとは、線形予測残差信号を区分化して伝送した信号を元の連続したデータストリームに戻したものである。
【0025】
通信相手の装置から送信された符号化ディジタル信号(受信信号)は、線形予測残差ベクトルを符号化した音源特性パラメータと、線形予測係数とから構成され、音声復号回路101に入力される。
【0026】
音声復号回路101は、符号化ディジタル信号(受信信号)を復号し、ディジタル受信音声信号x(t)を得る。デマルチプレクサ101aは、符号化ディジタル信号(受信信号)を、線形予測係数L(t)と音源特性パラメータとに分離する。音源信号発生回路101bは、音源特性パラメータを復号し、線形予測残差ベクトルε(t)を得る。合成フィルタ101cは、線形予測残差ベクトルε(t)を、線形予測係数L(t)を用いて合成し、ディジタル受信音声信号x(t)を得る。なお、合成フィルタ101cには、通常、PARCOR(partial auto-correlation coefficient)係数を用いた全極型の格子型フィルタまたはLSP(line spectrum pair)パラメータを用いたLSP合成フィルタが用いられる。
【0027】
ディジタル・アナログ変換器102は、音声復号回路101から出力されたディジタル受信音声信号x(t)をアナログ受信音声信号に変換する。アナログ受信音声信号は、スピーカ103から音声として出力される。
【0028】
アナログ・ディジタル変換器105は、マイクロホン104に入力されたアナログ送信音声信号を、ディジタル送信音声信号y(t)に変換する。なお、マイクロホン104には、音声s(t)の他、背景雑音n(t)やスピーカ103からのエコーd(t)が入力される。
【0029】
エコーキャンセラ106は、アナログ・ディジタル変換器105から出力されたディジタル送信音声信号y(t)から擬似エコーr(t)を減算して残差信号e(t)を得る。なお、エコーキャンセラ106内部の各構成の詳細な説明は後述する。
【0030】
音声符号化回路107は、エコーキャンセラ106から出力された残差信号e(t)を符号化ディジタル信号(送信信号)に変換する。分析フィルタ107aは、残差信号e(t)に対して線形予測分析を行ない、線形予測係数と線形予測残差信号を得る。音源特性分析回路107bは、ピッチ抽出処理とマルチパス符号化、または、ベクトル量子化等を行うことにより、線形予測残差信号を符号化して音源特性パラメータを得る。線形予測残差信号を符号化することにより、データ伝送量を圧縮することができる。マルチプレクサ107cは、線形予測係数と音源特性パラメータを多重して符号化ディジタル信号(送信信号)を得る。なお、分析フィルタ107aには、通常、全零型の格子型フィルタが用いられる。
【0031】
符号化ディジタル信号(送信信号)は、通信相手の装置に送信され、通信相手の装置において音声合成に用いられる。
【0032】
なお、図2中のデマルチプレクサ101a、音源信号発生回路101b、合成フィルタ101c、分析フィルタ107a、音源特性分析回路107bおよびマルチプレクサ107cは、音声圧縮伸長処理のために必要なものであり、本実施の形態のエコーキャンセラを用いるか否かにかかわらず、元々、ディジタル通信装置に備えられているものである。
【0033】
次に、エコーキャンセラ106内部の各構成について、詳細に説明する。
【0034】
適応フィルタ106a及び擬似エコー生成用フィルタ106dには、音源信号発生回路101bから出力された線形予測残差ベクトルε(t)が入力される。マルチパス符号化等を用いて音源情報を圧縮した場合、線形予測残差ベクトルε(t)は、有限個の非零の音源パルス列(ごく少数のサンプルのみが0以外の値を有する音源パルス列)となる。
【0035】
適応フィルタ106aは、離散時刻tにおける線形予測残差ベクトルε(t)をタップ係数H(t)で演算して白色化擬似エコーrw(t)を生成する。また、適応フィルタ106aは、加算器106cから出力された白色化残差信号ew(t)を最適値にするようにタップ係数H(t)の更新を行い、更新後のタップ係数H(t)を擬似エコー生成用フィルタ106dに出力する。
【0036】
このように、適応フィルタ106aの入力信号を、有限個の非零の音源パルス列である線形予測残差ベクトルε(t)とすることにより、値0のサンプルについての演算を省略することができるので、白色化された受信音声信号を適応フィルタの入力信号とする場合(特許文献1)に比べて、適応フィルタ106aの演算量を低減することができる。
【0037】
例えば、サンプリング周波数10kHz、有声音の基本周波数100Hz/基本周期10ms(基本周期内のサンプル数100)、一周期分の音源信号を10個の非零のパルスの組み合わせとした場合を考える。この場合、フィルタのタップ長Nに対してNのオーダーの演算量を必要とする適応アルゴリズム用いた時と比較して、演算量が10/100=1/10に削減される。また、Nのオーダーの演算量を必要とする適応アルゴリズムでは、演算量が(10/100)=1/100に削減される。
【0038】
なお、適応フィルタ106aの適応アルゴリズムには、一般的にLMS(最小平均二乗)アルゴリズム、NLMS(Normalized LMS)アルゴリズム、射影法、RLS(逐次最小二乗)アルゴリズム等が用いられる。これらは、新たな信号のサンプル値が入力されるたびに逐次演算を行って徐々にタップ係数が最適値に収束していく適応アルゴリズムである。また、上記のように演算量を大幅に削減することができるので、適応フィルタ106aの適応アルゴリズムに、有限長の入出力信号を用いたブロック処理を行い、一度の演算で最適なタップ係数を求める最小二乗法を用いることができる。
【0039】
逆フィルタ106bは、合成フィルタ101cの逆特性を有し、アナログ・ディジタル変換器105から出力されたディジタル送信音声信号y(t)を、線形予測係数L(t)を用いて白色化し、白色化送信音声信号yw(t)を得る。なお、逆フィルタ106bには、合成フィルタ101cが全零型の格子型フィルタである場合には全極型の格子型フィルタが用いられ、合成フィルタ101cがLSP合成フィルタである場合には全極型のLSPパラメータを用いたフィルタが用いられる。
【0040】
加算器106cは、逆フィルタ106bから出力された白色化送信音声信号yw(t)から、適応フィルタ106aから出力された白色化擬似エコーrw(t)を減算して白色化残差信号ew(t)を得る。
【0041】
擬似エコー生成用フィルタ106dは、単純なFIRフィルタであり、音源信号発生回路101bから出力された線形予測残差ベクトルε(t)を、適応フィルタ106aから出力されたタップ係数H(t)で演算して白色化擬似エコーrw’(t)を生成する。
【0042】
合成フィルタ106eは、白色化擬似エコーrw’(t)を、線形予測係数L(t)を用いて合成し、擬似エコーr(t)を生成する。
【0043】
加算器106fは、アナログ・ディジタル変換器105から出力されたディジタル送信音声信号y(t)から、合成フィルタ106eから出力された擬似エコーr(t)を減算して残差信号e(t)を得る。これにより、ディジタル送信音声信号y(t)に含まれるエコー成分を抑圧することができる。
【0044】
次に、合成フィルタ101cおよび逆フィルタ106bの一例について説明する。
【0045】
図3は、合成フィルタ101cがLSPパラメータを用いたLSP合成フィルタである場合の一例を示す図であり、図4は、合成フィルタ101cに図3に示すLSP合成フィルタを用いた場合の逆フィルタ106bを示す図である。
【0046】
図3および図4は、次数が6次の例である。図3および図4中のz−1は、サンプル遅延を表し、Cは、以下の式(6)によりLSPパラメータωから求めたフィルタ係数である。
【数1】

【0047】
図3に示す合成フィルタ101cは、以下の式(7)の伝達係数H(z)を有する。また、図4に示す逆フィルタ106bは、以下の式(8)の伝達係数H(z)を有する。なお、式(7)、(8)の定数Pはフィルタの次数であり、式(7)、(8)は次数Pが偶数の場合を示す。
【数2】

【数3】

【0048】
合成フィルタ101cの伝達係数H(z)と逆フィルタ106bの伝達係数H(z)とは、以下の式(9)の関係を有する。
【数4】

【0049】
次に、図5を用いて、本発明の実施の形態1に係るエコーキャンセラの各フィルタの入力信号の状態について、従来技術と対比して説明する。
【0050】
図5Aは、従来(非特許文献1)のエコーキャンセラの各フィルタの入力信号の状態を示す図である。図5Bは、本実施の形態に係るエコーキャンセラの各フィルタの入力信号の状態を示す図である。
【0051】
図5A及び図5Bに示すように、音源信号発生回路にて、情報量が圧縮された音源特性パラメータを復号すると線形予測残差ベクトルが得られる。この線形予測残差ベクトルは、白色信号であり、かつ、ごく少数のサンプルのみが0以外の値を有する音源パルス列(疎なパルス列)である。また、線形予測係数により合成フィルタを駆動して線形予測残差ベクトルを合成すると、合成音声(受信音声信号)が得られる。
【0052】
図5Aに示すように、非特許文献1のエコーキャンセラでは、適応フィルタへの入力信号が疎なパルス列であるので適応フィルタの演算量を削減することができる。しかしながら、非特許文献1のエコーキャンセラでは、擬似エコー生成用フィルタへの入力信号が合成音声であるので擬似エコー生成用フィルタの演算量を削減することができない。
【0053】
一方、図5Bに示すように、本実施の形態に係るエコーキャンセラでは、適応フィルタ106a及び擬似エコー生成用フィルタ106dのいずれの入力信号も疎なパルス列であり、次数が大きい(タップ長が長い)擬似エコー生成用フィルタ106dの処理の後に、次数が小さい(タップ長が短い)合成フィルタ106eの処理を行っている。したがって、本実施の形態に係るエコーキャンセラでは、適応フィルタ106a及び擬似エコー生成用フィルタ106dの演算量を削減することができる。
【0054】
なお、本実施の形態のエコーキャンセラは、非特許文献1のエコーキャンセラに対して合成フィルタ106eが増えることになるが、合成フィルタ106eが追加されたことによる演算量の増加よりも、擬似エコー生成用フィルタ106dにおいて低減される演算量の方がはるかに大きい。これは、通常、消去すべきエコーの継続時間、すなわち擬似エコー生成用フィルタ106dのタップ長が非常に大きいので、擬似エコー生成用フィルタ106dのフィルタ次数は合成フィルタ106eのものに比べて非常に大きくなるからである。例えば、サンプリング周波数が10kHzであれば、エコー長が50msの擬似エコー生成用フィルタ106dのフィルタ次数は500次であるのに対し、合成フィルタ106eのフィルタ次数は10〜18次程度である。
【0055】
このように、本実施の形態によれば、マルチパルス符号化等を用いて音源の情報圧縮を行った場合、擬似エコー生成用フィルタへの入力信号も疎なパルス列となり、擬似エコー生成用フィルタにおいて値0のサンプルに対する演算を省略することができるため、従来のエコーキャンセラに比べてフィルタの演算量を削減することができる。
【0056】
(実施の形態2)
図6は、本発明の実施の形態2に係るエコーキャンセラを含むディジタル通信装置の構成を示すブロック図である。なお、図6において、図2と共通する構成部分には、図2と同一符号を付し、その詳しい説明を省略する。
【0057】
図6に示すディジタル通信装置は、エコーキャンセラ206の内部構成が、図2のディジタル通信装置のエコーキャンセラ106のものと異なる。エコーキャンセラ206は、エコーキャンセラ106に対して、擬似エコー生成用フィルタ106d及び合成フィルタ106eを削除し、合成フィルタ206aを追加した構成を採る。
【0058】
合成フィルタ206aは、適応フィルタ106aで生成された白色化擬似エコーrw(t)を、線形予測係数L(t)を用いて合成し、擬似エコーr(t)を生成する。
【0059】
図7は、本実施の形態に係るエコーキャンセラの各フィルタの入力信号の状態を示す図である。
【0060】
図7に示すように、本実施の形態に係るエコーキャンセラでは、適応フィルタ106aへの入力信号が疎なパルス列であるので適応フィルタ106aの演算量を削減することができる。また、本実施の形態に係るエコーキャンセラでは、次数が小さい(タップ長が短い)合成フィルタ206aにより、適応フィルタ106aから出力された白色化擬似エコーを用いて擬似エコーを生成するので、非特許文献1のエコーキャンセラに対してフィルタの演算量を削減することができる。
【0061】
このように、本実施の形態によれば、マルチパルス符号化等を用いて音源の情報圧縮を行った場合、適応フィルタにおいて疎なパルス列を用いたフィルタ演算により得られた白色化擬似エコーを用いて擬似エコーを生成することができるので、従来のエコーキャンセラに比べてフィルタの演算量を削減することができる。
【0062】
なお、実施の形態1と実施の形態2とは、次数が小さい合成フィルタを追加することにより、次数が大きいすべてのフィルタ(適応フィルタ、擬似エコー生成用フィルタ)への入力信号を線形予測残差ベクトルとすることができ、マルチパス符号化等を用いて音源情報を圧縮する場合に、フィルタの演算量を削減することができるという共通の効果を有する。
【0063】
以下、非特許文献1、実施の形態1及び実施の形態2の各方式について、エコーキャンセラの演算量の比較を行う。ここで、適応フィルタおよび擬似エコー生成用フィルタのタップ長をN,線形予測分析合成次数をP次とする。また、適応フィルタの演算量はタップ長のk倍(すなわちkN)、擬似エコー生成用フィルタの演算量はタップ長と等しいN、線形予測合成フィルタ及び逆フィルタの演算量は次数と等しいPとする。また、マルチパルス符号化により線形予測合成音源の情報圧縮をした場合の圧縮比をαとする。なお、一周期Mサンプル分の音声を合成する時の合成音源信号のパルス数はαM個となる。
【0064】
<非特許文献1>
適応フィルタ αkN
擬似エコー生成用フィルタ N
逆フィルタ P
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
合計 (αk+1)N+P
【0065】
<実施の形態1>
適応フィルタ106a αkN
擬似エコー生成用フィルタ106d αN
逆フィルタ106b P
合成フィルタ106e P
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
合計 (αk+α)N+2P
【0066】
<実施の形態2>
適応フィルタ106a αkN
逆フィルタ106b P
合成フィルタ206a P
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
合計 αkN+2P
【0067】
例えば、タップ長N=500,次数P=16,音源情報圧縮比α=0.1,係数k=3とすると、演算量は以下の結果となる。なお、kの値は、使用する適応アルゴリズムにより異なる。k=3はNLSMアルゴリズムを使用した場合の値である。
【0068】
<非特許文献1>
演算量=(αk+1)N+P
=(0.1×3+1)×500+16
=666
【0069】
<実施の形態1>
演算量=(αk+α)N+2P
=(0.1×3+0.1)×500+2×16
=232
【0070】
<実施の形態2>
演算量=αkN+2P
=0.1×3×500+2×16
=182
【0071】
上記の結果から明らかなように、実施の形態1及び実施の形態2の方式の方が、非特許文献1よりも演算量を大幅に削減することができる。また、実施の形態2の方式が最も演算量が少ないことが分かる。
【0072】
なお、本発明は、図2における分析フィルタ107aの線形予測係数出力と合成フィルタ101cの線形予測係数入力とを短絡し、音源特性分析回路107bの音源特性パラメータ出力と音源信号発生回路101bの音源特性パラメータ入力とを短絡した構成の拡声装置のハウリングキャンセラにも適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、双方向通信システム(無線電話、有線電話、インターホン、TV会議システム等)のエコーキャンセラ、ハウリングキャンセラ、拡声装置のハウリングキャンセラ、補聴器のハウリングキャンセラ等に用いるに好適である。
【符号の説明】
【0074】
101 音声復号回路
101a デマルチプレクサ
101b 音源信号発生回路
101c 合成フィルタ
102 ディジタル・アナログ変換器
103 スピーカ
104 マイクロホン
105 アナログ・ディジタル変換器
106、206 エコーキャンセラ
106a 適応フィルタ
106b 逆フィルタ
106c 加算器
106d 擬似エコー生成用フィルタ
106e、206a 合成フィルタ
106f 加算器
107 音声符号化回路
107a 分析フィルタ
107b 音源特性分析回路
107c マルチプレクサ
206a 合成フィルタ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
線形予測分析によって得られた線形予測係数および線形予測残差ベクトルを受信し、前記線形予測係数により合成フィルタを駆動し、前記線形予測残差ベクトルを合成して受信音声信号を得る音声復号回路を備えたディジタル通信装置に設けられるエコーキャンセラであって、
送信音声信号を白色化した信号と前記線形予測残差ベクトルとに基づいてフィルタのタップ係数を求めるタップ係数設定手段と、
前記タップ係数、前記線形予測係数および前記線形予測残差ベクトルを用いて擬似エコーを生成し、前記擬似エコーを用いて前記送信音声信号に含まれるエコーを抑圧するエコー除去手段と、
を具備するエコーキャンセラ。
【請求項2】
線形予測分析によって得られた線形予測係数および線形予測残差ベクトルを受信し、前記線形予測係数により第1合成フィルタを駆動し、前記線形予測残差ベクトルを合成して受信音声信号を得る音声復号回路を備えたディジタル通信装置に設けられるエコーキャンセラであって、
前記線形予測残差ベクトルをタップ係数で演算して第1白色化擬似エコーを生成し、与えられた白色化残差信号に従って前記タップ係数を更新する適応フィルタと、
前記第1合成フィルタと逆特性を有し、前記線形予測係数を用いて、送信音声信号を白色化し、白色化送信音声信号を得る逆フィルタと、
前記白色化送信音声信号から前記第1白色化擬似エコーを減算して白色化残差信号を得る第1の加算器と、
前記線形予測残差ベクトルを、前記適応フィルタで更新された前記タップ係数で演算して第2白色化擬似エコーを生成する擬似エコー生成用フィルタと、
前記第2白色化擬似エコーを、前記線形予測係数を用いて合成し、擬似エコーを生成する第2合成フィルタと、
前記送信音声信号から前記擬似エコーを減算して残差信号を得る第2の加算器と、
を具備するエコーキャンセラ。
【請求項3】
線形予測分析によって得られた線形予測係数および線形予測残差ベクトルを受信し、前記線形予測係数により第1合成フィルタを駆動し、前記線形予測残差ベクトルを合成して受信音声信号を得る音声復号回路を備えたディジタル通信装置に設けられるエコーキャンセラであって、
前記線形予測残差ベクトルをタップ係数で演算して白色化擬似エコーを生成し、与えられた白色化残差信号に従って前記タップ係数を更新する適応フィルタと、
前記第1合成フィルタと逆特性を有し、前記線形予測係数を用いて、送信音声信号を白色化し、白色化送信音声信号を得る逆フィルタと、
前記白色化送信音声信号から前記白色化擬似エコーを減算して白色化残差信号を得る第1の加算器と、
前記第1合成フィルタと同一特性を有し、前記白色化擬似エコーを、前記線形予測係数を用いて合成し、擬似エコーを生成する第2合成フィルタと、
前記送信音声信号から前記擬似エコーを減算して残差信号を得る第2の加算器と、
を具備するエコーキャンセラ。
【請求項4】
前記線形予測残差ベクトルは、有限個の非零の音源パルス列である、請求項1から請求項3のいずれかに記載のエコーキャンセラ。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−206731(P2010−206731A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52680(P2009−52680)
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【特許番号】特許第4395195号(P4395195)
【特許公報発行日】平成22年1月6日(2010.1.6)
【出願人】(598153641)有限会社ケプストラム (5)
【Fターム(参考)】