説明

エナンチオ選択的なエナミドのイミンへの求核付加反応方法とα−アミノ−γ−ケト酸エステルの合成方法

医薬品、農業、香料、機能性高分子等の製造のための原料や合成中間体として有用な、アミノ酸化合物の不斉合成を可能とする、エナンチオ選択的なイミン化合物への求核付加反応方法として、イミン化合物のイミノ基(−CH=N−)へのアミノ基生成をともなうエナミド化合物の求核付加反応方法であって、キラル銅触媒の存在下に反応させることを特徴とする方法を提供する。さらには、これを応用したアミノ酸化合物等の新しい合成方法をも提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
この出願の発明は、医薬品、農薬、香料、機能性高分子等の製造のための原料や合成中間体として有用な化合物の不斉合成を可能とする、エナンチオ選択的なエナミドのイミンへの求核付加反応方法と、これを応用したα−アミノ−γ−ケト酸エステル等の合成方法に関するものである。
【背景技術】
従来よりイミン化合物のイミノ基への求核付加反応方法が検討されているが、近年では医薬、農薬、香料、機能性高分子等の製造のための原料や中間体としてのアミノ酸誘導体を効率的に、さらには不斉合成するための手段としてこの求核付加反応が注目されている。
この出願の発明者らは、このような状況において、ポリマー担持触媒を用いてのN−アシルイミノエステル化合物への求核付加反応によるN−アシル化アミノ酸誘導体の合成方法(Journal of Combinatorial Chemistry,2001,Vol.3,No.5,401−403)を開発し、さらには、キラル銅触媒を用いてのこれらのエナンチオ選択的合成方法(Org.Lett.Vol.4,No.1,2002,143−145;J.Am.Chem.Soc.,Vol.125,No.9,2003,2507−2515)をすでに報告している。
しかしながら、これまでの発明者らによる検討による求核付加反応においては、求核反応剤としては、エステルあるいはチオエステル化合物より誘導されたシリルエノールエーテル、そしてアルキルビニルエーテルに限られており、求核付加反応の適用対象とその応用がどうしても制約されていた。
そこで、この出願の発明は、以上のような事情から、医薬品、農薬、香料、機能性高分子等の製造のための原料や合成中間体として有用な、アミノ酸化合物等の不斉合成を可能とする、エナンチオ選択的なイミン化合物への新しい求核付加反応方法を提供し、さらには、これを応用したアミノ酸化合物等の新しい合成方法を提供することを課題としている。
【発明の開示】
この出願の発明は、上記の課題を解決するものとして、第1には、イミン化合物のイミノ基(−CH=N−)へのアミノ基生成をともなうエナミド化合物の求核付加反応方法であって、キラル銅触媒の存在下に反応させることを特徴とするエナンチオ選択的なエナミドの求核付加反応方法を提供する。
そして、この出願の発明は、上記方法について、第2には、キラル銅触媒は、有機酸または無機酸の塩もしくはこの塩の錯体または複合体である銅化合物とキラルジアミン配位子とにより構成されていることを特徴とするエナンチオ選択的なエナミドの求核付加反応方法を、第3には、キラルジアミン配位子は、エチレンジアミン構造をその一部に有することを特徴とするエナンチオ選択的なエナミドの求核付加反応方法を提供する。
また、この出願の発明は、第4には、以上の方法において、イミン化合物は、次式(1)

(式中のRは、置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、Rは、R−CO−またはR−O−CO−基を示し、Rは置換基を有していてもよい炭化水素基を示す)
で表わされ、エナミド化合物は、次式(2)

(式中のRは、置換基を有していてもよい炭化水素基、または酸素原子を介して結合する置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、R、置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、RおよびRは、各々同一または別異に、水素原子または置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、少なくとも一方は水素原子であることを示す)
で表わされ、次式(3)

(式中のR、R、R、R、RおよびRは前記のものを示す)
の少なくともいずれかで表わされるα−アミノ−γ−イミノ酸化合物を化合物を生成させることを特徴とする光学活性なα−アミノ−γ−イミノ酸エステルの合成方法を提供する。
第5には、この出願の発明は、上記の求核付加反応後に酸処理することにより次式(4)

(式中のR、R、R、RおよびRは各々前記のものを示す)
の少なくともいずれかで表わされる化合物を生成させることを特徴とする光学活性なα−アミノ−γ−ケト酸エステルの合成方法を提供し、第6には、上記の求核付加反応後に還元処理することにより次式(5)

(式中のR、R、R、RおよびRは各々前記のものを示す)
の少なくともいずれかで表わされる化合物を生成させることを特徴とする光学活性なα,γ−ジアミノ酸エステル化合物の合成方法を提供し、さらに第7には、合成されたα,γ−ジアミノ酸エステルを、γ−アミノ基のアシル基を除去して、次式(6)

(式中のR、R、RおよびRは前記のものを示す)
で表わされる化合物を生成させることを特徴とする光学活性なγ−ラクタム類の合成方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
この出願の発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
この出願の発明のイミン化合物へのエナンチオ選択的なエナミドの求核付加反応方法では、触媒としてキラル銅触媒が用いられる。この場合のキラル銅触媒としては、銅原子をその構成に欠かせないものとして、かつキラルな有機分子の構造を付加している各種のものが考慮される。一般的には、銅化合物とキラル有機化合物とにより構成されるものとするが、より実際的に、反応収率やエナンチオ選択性の観点からは、銅化合物とキラルジアミン配位子化合物とにより構成されたものとすることが好適に考慮される。
銅化合物としては、1価または2価の銅の化合物として塩、錯塩、有機金属化合物等の各種のものから選択されてよいが、なかでも、有機酸または無機酸との塩、もしくはこの塩との錯体や有機複合体が好適なものとして挙げられる。なかでも、強酸との塩、たとえば、(パー)フルオロアルキルスルホン酸や過塩素酸、硫酸等の塩、それらの錯体や有機複合体が好ましいものとして例示される。たとえばCu(OTf)、CuClO、CuClO・4CHCN等である。
一方のキラルジアミン配位子化合物としては、分子構造中にエチレンジアミン構造をその一部として有するものが好適に用いられる。この場合のアミノ基はイミン結合を有していてもよい。たとえば代表的なものとして次式の各種のものが例示される。

ここで、式中のRは、置換を有していてもよい炭化水素基を示し、この炭化水素基は、鎖状、環状のうちの各種のものでよく、置換基としても、ハロゲン原子をはじめ、アルキル基等の炭化水素基やアルコキシ基等を有していてもよい。また、上記式中のPh(フェニル基)においても置換基を有していてもよい。
この出願の発明における以上のようなキラル銅触媒については、あらかじめ銅化合物とキラル有機分子とから錯体を調製して触媒として用いてもよいし、あるいは反応系において銅化合物とキラル有機分子とを混合して使用するようにしてもよい。触媒としての使用割合については、銅化合物もしくは銅化合物とキラル有機分子との錯体として、イミン化合物に対し、通常、0.5〜30モル%程度の割合とすることが考慮される。
反応に用いるイミン化合物は、この出願の発明の求核付加反応を阻害しない限り各種の構造のものでよい。たとえばこのようなイミン化合物は前記式(1)として示される。このものはエステル結合部を有しており、式中の符号Rは置換基を有していてもよい炭化水素基である。たとえば、鎖状または脂環状の炭化水素基、芳香族の炭化水素基、そしてこれらの組合わせとしての各種の炭化水素基であってよい。置換基としても、求核付加反応を阻害しない限り、アルキル基等の炭化水素基やアルコキシ基、スルフイド基、シアノ基、ニトロ基、エステル基等の各種のものを適宜に有していてもよい。
また、符号Rについては、前記のとおり、R−CO−またはR−O−CO−基であってよく、この場合のRは、上記と同様の置換基を有していてもよい炭化水素基のうちから適宜に選択されてよい。
一方のエナミド化合物は、たとえば代表的には前記の式(2)として示すことができる。その特徴としては、アミド結合もしくはカーバメート結合を有していることである。式中の符号については、Rは、置換基を有していてもよい炭化水素基、または酸素原子を介して結合する置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、Rは、置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、RおよびRは、各々同一または別異に、水素原子または置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、少なくとも一方は水素原子であることを示している。
炭化水素基としては、上記と同様に、脂肪族、脂環式、あるいは芳香族のうちの各種のものであってよく、置換基としても、アルキル基等の炭化水素基、ハロゲン原子、アルコキシ基、スルフイド基、シアノ基、ニトロ基、エステル基等の各種のものが適宜に考慮される。
また、符号Rについては、−OEt、−OBu、−OBn等の酸素原子を介して結合する炭化水素基が好適なものとして例示される。Rについては、フェニル基、ナフチル基、それらのハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基等の置換基を有するものが好適なものとして例示される。
イミン化合物のイミノ(−CH=N−)へのエナミド化合物の求核付加反応には、適宜な有機溶媒、たとえばハロゲン化炭化水素、ニトリル類、エーテル類等を用いてもよく、反応温度は、−20℃〜40℃程度の範囲が適宜に採用される。雰囲気は大気中もしくは不活性雰囲気とすることができるイミン化合物とエナミド化合物との使用割合については、モル比として0.1〜10程度の範囲で適宜とすることができる。
エナミド化合物の求核付加反応においては、たとえば前記の式(1)のイミン化合物と式(2)のエナミド化合物との反応を例に説明すると、前記の式(3)で表わされる光学活性なα−アミノ−γ−イミノ酸エステルがエナンチオ選択的に生成されることになる。
この化合物を単離することなしに、または単離して、酸処理、たとえばHCl、HBr等の水溶液による酸処理を施すことにより、前記式(4)で表わされるα−アミノ−γ−ケト酸エステルを高い収率で、しかも優れたエナンチオ選択性で取得することができる。
また、他方で、酸処理ではなく、還元処理を施すことにより、前記式(5)で表わされるα,γ−ジアミノ酸エステルを同様に高い収率で、しかも優れたエナンチオ選択性で取得することができる。この場合の還元処理は、たとえば、ホウ素還元剤化合物や金属水素化物または金属水素錯化合物を用いることができる。そして、生成されたα,γ−ジアミノ酸エステルは、アミノ基上のアシル基を適当な方法(たとえばアシル基がベンジルオキシカルボニル(Z)基である場合には接触水素還元など)により除去することで、前記の式(6)で表わされるγ−ラクタム類に良好に転換することができる。
そこで以下に実施例を示し、さらに詳しく説明する。もちろん以下の例によって発明が限定されることはない。
【実施例】
[実施例1]
Cu(OTf)(7.2mg,0.020mmol)を真空減圧下において100℃の温度で2時間乾燥し、次いで、次式

においてRが1−ナフチル基であるキラルジアミン配位子(10.8mg,0.022mmol)を、アルゴン雰囲気に加え、次いで、CHCl(1.5ml)を添加した。得られた淡青色溶液を2時間以上攪拌した。さらにまた、CHCl(1.7ml)を添加し、0℃に冷却した。
次いで、この混合溶液に表1に示した式(2)のエナミド(enamide)(0.30mmol)のCHCl(0.8ml)溶液を加え、次いで、式(1)のイミン化合物(0.20mmol)のCHCl(2.0ml)の溶液を30分間かけてゆっくりと加えて、0℃の温度で15分間攪拌した。
反応混合液にNaHCO飽和水溶液を加えて反応を停止させた。その後、反応混合液を室温とし、CHClで抽出した。有機相を飽和食塩水洗浄後、乾燥無水硫酸マグネシウムにより乾燥した。
溶媒を蒸発させた後に、残渣分をEtOH(3.0ml)に溶解し、48%HBr水溶液(0.3ml)を加え、室温において1.5分間攪拌した。
反応液に氷冷下で炭酸水素ナトリウム水溶液を加えた後、CHClで抽出し、有機相を飽和食塩水で飽和洗浄し、その後無水硫酸マグネシウムで乾燥した。次いで溶媒を蒸発させて粗生成物を得た。このものはシリカゲルクロマトグラフィーにより精製した。
表1にはエナミドの種類に応じた反応収率とee(%)を示した。なお、ee(%)は、HPLC分析により決定した。

表1の生成物のうちNo.6、No.8、No.9、およびNo.10についての同定値を次に示した。


[実施例2]
実施例1のNo.1の生成物の合成において、キラルジアミン配位子を、前記式においてRが3,5−ジ−tBuCのものを用いた。
No.1の生成物の収率は92%であり、ee(%)は93であった。
[実施例3]
実施例1のNo.1の生成物の合成において、イミン化合物としてR=Et、R=OC(CHの化合物を用い、キラルジアミン配位子を、前記式においてRが2−MeO−C基のものを用いて反応を行った。
生成物の収率は78%であり、ee(%)は87であった。
[実施例4]
実施例1のNo.11の生成物の合成において、キラルジアミン配位子を、前記式においてRが3,5−ジ−BuC基であるものを用いた。
前記No.11の場合の生成物の収率は81%であり、ee(%)は84であった。
[実施例5]
式(1)においてR=Et、R=COC1123のイミン化合物と、式(2)においてR=Et、R=4MeO−Ph、R=H、R=Me(E/Z=>99/<1)のエナミド化合物を実施例1と同様に求核付加反応させた。HBr水溶液による酸処理を行うことなしに、生成物を単離した。
次の生成物を、収率77%、syn/anti=86/14、94%ee(syn)の成績で得た。

[実施例6]
実施例1において、HBr水溶液による酸処理に代えて以下の処理を行った。
すなわち、残渣分に、EtO(7.2ml)を添加し、−45℃に冷却した。LiI(133.8mg,1.0mmol)を添加し、30分間攪拌した。次いで、LiAlH(OBu)(254.3mg,1.0mmol)を添加した。混合液を−45℃の温度において37時間攪拌した。
水を加えて反応を停止後、さらに1N塩酸を加えた。エーテルで抽出し、有機相を飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、続いて飽和食塩水で洗浄し、その後無水硫酸マグネシウムで乾燥した。
次の化合物を、93.6mg、収率87%で得た。syn/anti=14/86であった。

[実施例7]
実施例6の次式の生成物より、γ−ラクタム類を合成した。

すなわち生成物(26.5mg,0.0492mmol)のAcOEt(2.0ml)溶液に、5%Pd/C(10.5mg,10mol%)を室温で添加した。雰囲気のアルゴンガスをHガスにより置換し、15〜24時間攪拌した。Pd/Cを濾別し、濾液を減圧濃縮して得た粗成生物をシリカゲルクロマトグラフィーで精製し、その結果として、次の化合物を得た。

また、同様にして実施例6の別の生成物より次の化合物を得た。

【産業上の利用可能性】
以上詳しく説明したとおり、この出願の発明によれば、医薬品、農薬、香料、機能性高分子等の製造のための原料や合成中間体として有用な、α−アミノ−γ−ケト酸エステル、α,γ−ジアミノ酸エステル等の不斉合成を可能とする、エナンチオ選択的イミン化合物への新しい求核付加反応方法が提供される。さらには、これを応用した光学活性なγ−ラクタム類の新しい合成方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イミン化合物のイミノ基(−CH=N−)へのアミノ基生成をともなうエナミド化合物の求核付加反応方法であって、キラル銅触媒の存在下に反応させることを特徴とするエナンチオ選択的なエナミドの求核付加反応方法。
【請求項2】
キラル銅触媒は、有機酸または無機酸の塩もしくはこの塩の錯体または複合体である銅化合物とキラルジアミン配位子とにより構成されていることを特徴とする請求項1のエナンチオ選択的なエナミドの求核付加反応方法。
【請求項3】
キラルジアミン配位子は、エチレンジアミン構造をその一部に有することを特徴とする請求項2のエナンチオ選択的なエナミドの求核付加反応方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかのエナンチオ選択的なエナミドの求核付加反応方法であって、イミン化合物は、次式(1)

(式中のRは、置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、Rは、R−CO−またはR−O−CO−基示し、Rは置換基を有していてもよい炭化水素基を示す)
で表わされ、エナミド化合物は、次式(2)

(式中のRは、置換基を有していてもよい炭化水素基、または酸素原子を介して結合する置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、Rは、置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、RおよびRは、各々同一または別異に、水素原子または置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、少なくとも一方は水素原子であることを示す)
で表わされ、次式(3)

(式中のR、R、R、R、RおよびRは前記のものを示す)
の少なくともいずれかで表わされる化合物を生成させることを特徴とする光学活性なα−アミノ−γ−イミノ酸エステルの合成方法。
【請求項5】
請求項4の求核付加反応後に酸処理することにより次式(4)

(式中のR、R、R、RおよびRは各々前記のものを示す)
の少なくともいずれかで表わされる化合物を生成させることを特徴とする光学活性なα−アミノ−γ−ケト酸エステルの合成方法。
【請求項6】
請求項4の求核付加反応後に還元処理することにより次式(5)

(式中のR、R、R、R、RおよびRは各々前記のものを示す)
の少なくともいずれかで表わされる化合物を生成させることを特徴とする光学活性なα,γ−ジアミノ酸エステルの合成方法。
【請求項7】
請求項6の方法により合成されたα,γ−ジアミノ酸エステルのγ−アミノ基のアシル基を除去して、次式(6)

(式中のR、R、RおよびRは前記のものを示す)
の少なくともいずれかで表わされる化合物を生成させることを特徴とする光学活性なγ−ラクタム類の合成方法。

【国際公開番号】WO2005/070876
【国際公開日】平成17年8月4日(2005.8.4)
【発行日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517334(P2005−517334)
【国際出願番号】PCT/JP2005/001282
【国際出願日】平成17年1月24日(2005.1.24)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】