説明

エレベータ

【課題】トラクションシーブ溝等におけるライニング材が劣化した場合であっても、乗りかごを目的階へ確実かつ正確に着床できるエレベータを提供する。
【解決手段】乗りかごの昇降を制御する制御盤が、巻上機から出力されたパルスを所定のパルスレートに基づいて換算して乗りかごの移動距離情報を出力する移動距離演算部と、積載荷重および位置検出器パルスに予め関連付けられた耐摩耗性部材の圧縮量を表すライニング変形量データに基づいて主ロープが巻きかけられたトラクションシーブの径を推定し、乗りかごの移動距離情報を補正する移動距離補正部と、補正後の移動距離情報に基づいて乗りかごの速度制御信号を出力する速度制御部と、速度制御信号に基づいて巻上機の駆動を制御する電動機制御部と、を有するエレベータ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、トラクションシーブ溝の表面や主ロープの表面に耐摩耗処理が施されているエレベータに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、新設されるエレベータの主流はつるべ式エレベータである。図7は、一般的なつるべ式エレベータの概略図である。同図に示されるように、つるべ式エレベータは、乗りかご12、釣り合い錘13、昇降路14、この昇降路14の上部に設置された巻上機(図示省略する)のトラクションシーブ15、主ロープ16および吊り車17a、17bを備えている。主ロープ16は乗りかご12と釣り合い錘13との間でトラクションシーブ15に巻きかけられている。巻上機により、安全、かつ、効率よくかごを駆動するためには、主ロープ16の乗りかご12側の張力と釣り合い錘13側の張力との差と、トラクションシーブ15と主ロープ16との間に生ずる摩擦力(トラクション)とが釣り合わなければならない。
【0003】
図7に示されるつるべ式エレベータのように、トラクションシーブ15が摩擦によって主ロープ16を駆動する機構に関しては、主ロープ16とトラクションシーブ15との組み合わせに対してトラクション性能、主ロープ16の耐疲労性、主ロープ16とトラクションシーブ15の耐摩耗性が要求される。トラクション性能確保に広く用いられている方法としては、トラクションシーブ15の溝にアンダーカットを施したり、溝形状をV型にしてワイヤロープ(主ロープ16)との接触面圧を高め、高摩擦力を得る方法がある。しかし、これらの方法では、主ロープ16やトラクションシーブ15への負荷も高くなり、主ロープ16の疲労寿命および主ロープ16とトラクションシーブ15の摩耗寿命が低下する。高摩擦力を得る別の方法は、ゴム、樹脂材料等からなる高摩擦力係数のライニング材を溝材料としてトラクションシーブ溝の表面に設けることである。図8は、ライニング材を用いたトラクションシーブ15の一例を示す図であり、トラクションシーブの溝部15aの表面にライニング材の層15bが設けられていることが示されている。この方法の利点はライニング材の緩衝効果によりロープ寿命が延びることである。ライニング材としては、耐摩耗性と高摩擦を両立するポリウレタン樹脂の適用が多い。
【0004】
図9は、図7に示すエレベータの詳細な構成例を示すブロック図である。また、図10は、図9に示すエレベータの運転速度パターンの一例を示す図であり、速度パターンは起動から停止までの間で、加速区間、定速区間および減速区間があることを示している。図9に示されるエレベータは、制御盤11、乗りかご12、釣り合い錘13、巻上機のトラクションシーブ15、トラクションシーブ15の回転角度に応じたパルス(巻上機回転角信号)を出力するパルス発生器18を備えている。乗りかご12には、着床を検出する着床位置検出器12a、乗りかご12の積載荷重を検出する荷重検出器12bが設置されている。また、昇降路14の乗り場位置には、着床位置検出器12aの検知対象となる着床検出板14aが配置されている。尚、パルス発生器18(エンコーダ)の構成としては、機器をコンパクトに構成できるため、トラクションシーブ15と同軸に構成したロータリーエンコーダを用いることが多い。パルス発生器18(エンコーダ)として、エレベータ調速機(図示省略する)のシーブにロータリを設けたり、パルス発生パターンを昇降路の全行程にわたって設けるリニアエンコーダも用いられることがあるが、いずれも余計な設置スペースを要するため、機械室なしエレベータが主流の現在では設計自由度を下げることになる。
【0005】
また、制御盤11は、速度制御部11a、移動距離演算部11b、ロープ伸び演算部11cおよび電動機制御部11dを備えている。速度制御部11aは、各時点のかご位置を検出し、停止日標階までの残り距離を演算した後、日標速度を決定し、これを電動機制御部11dへ出力する。速度制御におけるかご位置の検出は、パルス発生器18からの出力パルス数に基づいて移動距離演算部11bで得られる移動距離情報による。移動距離演算部11bは、パルス発生器18からトラクションシーブ15の回転角に応じたパルスが出力されると、そのパルス数に換算距離(パルスレート)を掛け合わせた数値をかごの移動距離情報として速度制御部11aに出力する。移動距離の検出精度が十分でないと制御指令のタイミングがずれ、結果的に安全で快適な運行に支障をきたす。例えば経年的にトラクションシーブ15の溝が摩耗すると、移動距離の検出精度が悪化するため、検出誤差が所定の基準値を超えたとき、制御システムは故障モードに入りエレベータの運行を停止する。
【0006】
通常の場合、乗り場の行き先階選定操作により乗りかごの日的階が決定すると、定格速度や定格の加速度とともに、パルス発生器18の出力により検出されるかご移動距離を用いて日標速度を演算し、速度制御が行われる。日的階までの距離が所定値に達すると、エレベータは減速を開始する。減速中、目標停止階付近に達したことを着床検出器13により検出すると着床制御に入る。着床制御では、速度制御部11aはパルス発生器18からのパルスにより演算したかご位置と、着床位置検出器12aの動作により検出した着床までの残距離を用いて速度制御を行い、乗りかご12を停止させる。
【0007】
着床制御中、乗りかご12は減速中であり、そのため、着床位置検出器12aにより検出した着床までの残り距離は、減速度によるロープ伸び分の誤差を含んでいる。これに対して、ロープ伸び演算部11cは、荷重検出器12bにより検出したかご内荷重とかご自重、減速度等を考慮して主ロープ16の伸び量を算出し、着床位置の補正を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2004-515430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述のように、トラクションシーブ溝にライニング材を設けることや主ロープ16の表面に樹脂被覆を施すことは、ロープの負荷を下げて寿命を改善し、かつ、トラクション性能を向上する利点がある。しかし、乗りかご12の速度制御に用いる移動距離検出手段として、巻上機のトラクションシーブ軸に直結した構造やトラクションシーブの外周に圧接させられて従動する構造であるロータリーエンコーダを用いる場合、トラクションシーブ溝に弾性率の低いライニング材を設けると、ライニング材の弾性変形により、パルス発生器18(エンコーダ)の出力から演算したかご移動量と実際のかごの移動量との間に、主ロープ16の巻上げ時の張力緩和現象(ロープ・クリープ)に伴なうものに比べて大きな誤差が生じる問題があった。また、この問題は、トラクションシーブ溝にライニング材を設ける場合だけでなく、主ロープ16側に樹脂被覆を設ける場合でも同様に生じるものである。
【0010】
そこで、本発明は、上記従来技術の問題に鑑み、トラクションシーブ溝等におけるライニング材が劣化した場合であっても、乗りかごを目的階へ確実かつ正確に着床できるエレベータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一実施形態に係るエレベータは、昇降路内を昇降する乗りかご、釣り合い錘、主ロープ、トラクションシーブ、巻上機、荷重検出器、耐摩耗性部材、パルス発生器および制御盤を備えている。釣り合い錘は、乗りかごの一側面側に、乗りかごと離間して配置される。主ロープは、一端が乗りかごに連結されると共に、他端が釣り合い錘に連結されている。トラクションシーブには、主ロープが巻きかけられており、巻上機は、トラクションシーブを回転駆動して主ロープを巻き上げ、乗りかごを釣り合い錘と共に昇降させる。荷重検出器は、乗りかご内に設けられ、検出した積載荷重に応じた荷重信号を発する。耐摩耗性部材は、トラクションシーブの溝表面または主ロープの表面に被覆された部材である。パルス発生器は、トラクションシーブと同軸に設けられ、トラクションシーブの回転角度に応じたパルスを発生する。制御盤は、発生されたパルスと荷重信号に基づいて乗りかごの速度および位置を算出し、巻上機の駆動を制御する。
【0012】
また、制御盤は、移動距離演算部、移動距離補正部、速度制御部および電動機制御部を有している。移動距離演算部は、パルス発生器から出力されたパルスを所定のパルスレートに基づいて換算して乗りかごの移動距離情報を出力する。移動距離補正部は、積載荷重およびパルスに予め関連付けられた耐摩耗性部材の圧縮量を表すライニング変形量データに基づいて主ロープが巻きかけられたトラクションシーブの径を推定し、この推定値に基づいて乗りかごの移動距離情報を補正する。速度制御部は、補正後の移動距離情報に基づいて乗りかごの速度制御信号を出力する。電動機制御部は、速度制御部から出力された速度制御信号に基づいて巻上機の駆動を制御する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の第1の実施形態に係るエレベータの全体構成例を示すブロック図。
【図2】ロープ・クリープおよび樹脂ライニングにより生じた主ロープとトラクションシーブとのずれ量の検証結果を示す図。
【図3】上昇運転および下降連転における積載荷重と出力パルス数の関係の一例を示す図。
【図4】図1に示すエレベータにおける移動距離の補正処理の具体例を示すフローチャート。
【図5】本発明の第2の実施形態に係るエレベータの全体構成例を示すブロック図。
【図6】図5に示すエレベータにおける移動距離の補正処理の具体例を示すフローチャート。
【図7】一般的なつるべ式エレベータの構成を示す概略図。
【図8】図7に示すトラクションシーブの溝表面に施された樹脂ライニングを説明する断面図。
【図9】従来のエレベータの全体構成例を示すブロック図。
【図10】一般的なエレベータの速度パターンの一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて詳細に説明する。
【0015】
<第1の実施形態>
図1は、本発明の第1の実施形態に係るエレベータの全体構成例を示す図である。同図に示されるように、エレベータ1は、制御盤11、乗りかご12、釣り合い錘13、昇降路14、巻上機(図示省略する)のトラクションシーブ15、トラクションシーブ15に巻きかけられた主ロープ16、トラクションシーブ15の回転角度に応じたパルス(巻上機回転角信号)を出力するパルス発生器18を備えている。乗りかご12には、着床を検出する着床位置検出器12a、乗りかご12の積載荷重を検出する荷重検出器12bが設置されている。また、昇降路14の乗り場位置には、着床位置検出器12aの検知対象となる着床検出板14aが配置されている。更に、トラクションシーブ15の溝には図8に示したものと同様に耐摩耗を目的として樹脂ライニングが設けられている。
【0016】
また、制御盤11は、速度制御部11a、移動距離演算部11b、ロープ伸び演算部11c、電動機制御部11d、移動距離補正部11eおよび溝摩耗判定部11fを備えている。
【0017】
速度制御部11aは、各時点のかご位置を検出し、停止日標階までの残り距離を演算した後、日標速度を決定し、これを電動機制御部11dへ出力する。速度制御におけるかご位置の検出は、パルス発生器18からの出力パルス数に基づいて移動距離演算部11bで得られる移動距離情報による。
【0018】
移動距離演算部11bは、パルス発生器18からトラクションシーブ15の回転角に応じたパルス数が出力されると、そのパルス数に所定の換算距離(パルスレート)を掛け合わせた数値を乗りかご12の移動距離情報として速度制御部11aに出力する。移動距離の検出精度が十分でないと制御指令のタイミングがずれ、結果的に安全で快適な運行に支障をきたす。例えば経年的にトラクションシーブ15の溝が摩耗すると、移動距離の検出精度が悪化するため、検出誤差が所定の基準値を超えたとき、制御システムは故障モードに入りエレベータ1の運行を停止する。
【0019】
通常の場合、乗り場の行き先階選定操作により乗りかご12の日的階が決定すると、定格速度や定格の加速度とともに、パルス発生器18の出力により検出される乗りかご12の移動距離情報を用いて日標速度を演算し、速度制御が行われる。日的階までの距離が所定値に達すると、エレベータ1は減速を開始する。減速中、目標停止階付近に達したことを昇降路14側に設けられた着床検出板14aにより検出すると着床制御に入る。着床制御では、速度制御部11aはパルス発生器18からのパルスにより演算したかご位置と、乗りかご12側に設けられた着床位置検出器12aの動作により検出した着床までの残距離を用いて速度制御を行い、乗りかご12を停止させる。
【0020】
着床制御中、乗りかご12は減速中であり、そのため、着床位置検出器12aにより検出した着床までの残り距離は、減速度によるロープ伸び分の誤差を含んでいる。これに対して、ロープ伸び演算部11cは、荷重検出器12bにより検出した乗りかご12の積載荷重とかご自重、減速度等を考慮して主ロープ16の伸び量(以下、「ロープ伸び量」という。)を算出し、着床位置の補正を行う機能を有する。電動機制御部11dは、速度制御部11aから出力される制御信号に基づいて巻上機のトラクションシーブ15の回転駆動を制御を行う機能を有する。
【0021】
一般的に、つるべ式のエレベータ1においては、主ロープ16の巻上げ時の張力緩和現象(いわゆるロープ・クリープ現象。以下「ロープ・クリープ」という。)により、ロープの送り速度とトラクションシーブの周速度との対応関係が、巻き掛かる位置によって異なっている。主ロープ16とトラクションシーブ15とは周上の限られた領域(噛み込み部分)で一体となり、一致した速度でシーブ軸を中心に回転移動するが、その領域部分のロープがシーブから離れる以前に、ロープ・クリープにより主ロープ16はトラクションシーブ15の周上で僅かな滑りを生じる。実際のエレベータでロープ・クリープ現象を観測する方法として、主ロープ16とトラクションシーブ15の各々にマーキング(合マーク)をつけ、釣り合い錘13側と乗りかご12側のロープ張力が異なる(即ち、釣り合い錘側とかご側のロープの伸びが異なる)積載条件で往復運転させる方法がある。例えば積載がない場合(かご側ロープ張力が釣り合い錘側張力よりも小さい場合)、トラクションシーブ15との相対関係において、乗りかご12より重い釣り合い錘13側に主ロープ16のマーキングがずれる。これは、前述の主ロープ16とトラクションシーブ15とが一体となる噛み込み部分が張力の大小とは関わりなく、常に巻き上げられる側に生じ、かつ、釣り合い錘13側の伸び量が大きいロープを巻き上げるほうがトラクションシーブ15の回転数を要するからである。前述のロータリーエンコーダ(パルス発生器18)は、噛み込み部分のロープ送り量を検出しているため、かご側に噛み込み部分がある上昇運転時は、乗りかご12の位置を出力するが、釣り合い錘13側に噛み込み部分がある下降運転時には、釣り合い錘13の移動に相当するパルスを出力している。そのため、釣り合い錘13側から乗りかご12側へ、主ロープ16が送られる際の張力変化によるロープ伸び変化が大きい場合(即ち、ロープの弾性係数が小さいとき)、乗りかご12の移動距離の検出手段として精度が悪くなる。その場合、ロープ本数を増すなどして伸びの変化を抑え、位置検出精度を改善する必要がある。
【0022】
図7に示したつるべ式のエレベータ1では、主ロープ16の乗りかご側張力と釣り合い錘側張力との差がトラクションシーブ15と主ロープ16との間に生ずる摩擦力と釣り合っており、一般には次の式(1)で表わされる釣り合い関係にある。
【数1】

【0023】
式(1)において、左辺が乗りかご側張力と釣り合い錘側張力との比(トラクション比)であり、右辺のμは主ロープ16とトラクションシーブ15との摩擦係数、θは主ロープ16がトラクションシーブ15に巻きかかる角度である。即ち、主ロープ16の張力は低い側から高い側へ向かって巻付角度に応じて略指数関数的に増加する。また、シーブ周上の張力の増加に伴ない、主ロープ16がトラクションシーブ15に押し付けられる分布横荷重W(θ)も増加する。W(θ)は次の式(2)で表わされ、張力T(θ)に比例するため張力同様、周上で指数関数的に増加する。
【数2】

【0024】
ここで、巻付角θは張力の低いロープ側を原点にとり、Rはシーブ半径とする。
【0025】
トラクションシーブ15にウレタン樹脂等の弾性率の低いライニングを設ける場合、張力に依存する分布横加重により、ライニングに圧縮変形が生じ、位置検出に用いるロータリーエンコーダ(パルス発生器18)の出力に大きな影響を及ぼす。ライニング材(耐摩耗性部材)の圧縮により噛み込み部分のシーブの直径が減ると、ロータリーエンコーダ(パルス発生器18)の出力パルス当たりのロープ送り量(パルスレート)が減少する。即ち、一定のかごの移動距離に対して、多くのパルスが出力される。本願の発明者らの検証によると、これによる位置ずれ量は、ロープ・クリープによるずれ量の約10倍に達するものであった。ライニング材(耐摩耗性部材)の圧縮量は、ロープの張力が高い方が大きいため、本現象の現われ方はロープ・クリープと同様で、乗りかご12を往復させたとき、トラクションシーブ15に対して主ロープ16は張力の大きい側にずれる。ずれ量は当然ながら乗りかご12と釣り合い錘13とのアンバランス量が大きくなるに従って増大し、行程が増えるとさらに大きくなる。
【0026】
本実施形態に係るつるべ式のエレベータ1では、トラクションシーブ15に設けた樹脂ライニングにより、高いトラクション性能とともにロープの長寿命を得ることができる。樹脂ライニングはロープから式(2)で示した圧縮を受けるため変形するため、乗りかご12の移動に対するパルス発生器18の出力パルス数が変化する。しかし、張力や、樹脂材料の硬度、ライニング材の厚さ、形状等に依存するライニング材の圧縮量は、実験により確認することができるため、予め、張力に応じた変形量データを制御盤11内の不揮発性の記憶装置(図示省略する)に記憶させておくものとする。
【0027】
次に、前述の検証結果の一例として、15mの行程を往復させた際の各アンバランス荷重に対するずれ量を図2に示す。図2の検証において、かごの定格積載は1000kgであり、積載500kgのときかご側張力は釣り合い錘側張力と釣り合い、ずれ量は0mmとなる。また、積載が500kg以下の場合は、トラクションシーブ15に対して主ロープ16は釣り合い錘13側にずれ、積載が500kgを超える場合は乗りかご12側にずれる。一般の鉄製溝で見られるロープ・クリープによるずれと比較して、極めて大きいことがわかる。
【0028】
これに対して、移動距離補正部11eは、乗りかご12の荷重信号に基づいてかご側ロープ張力を求め、予め記憶されたライニング変形量データから、トラクションシーブ15の変形後の径を推定して、移動距離演算部11bにおいて演算された移動距離を補正する機能を有している。尚、移動距離補正部11eの機能として、推定されたトラクションシーブ15の変形後の径を基に、パルス発生器18の出力パルス数の変換させる機能をもたせた場合、図1の構成において、移動距離演算部11bとパルス発生器18との間に設けることができるから、目標速度を決定する以前に補正する限りは、移動距離補正をどのタイミングで行うかは、任意に変更可能である。
【0029】
移動距離の補正に関し、ライニング材は必ず圧縮方向に変化し、膨張(径の増大方向の変形)は無視できるため、張力の増加に対して、乗りかご12の移動距離に対するパルス数の変化は増加、即ち、パルスレートが滅少する方向に変化する。また、前記の通り、噛み込み部分は、上昇運転では乗りかご12側、下降運転では釣り合い錘13側となるため、積載荷重が同じでも、上昇運転と下降連転とでは異なるパルスレートを用いるものとする。そのため、移動距離の補正のため、制御盤11の記憶装置に記憶させるライニング変形量データとしては、ロープ張力と運転方向とに関して記憶させるのが望ましい。図3は、上昇運転および下降連転における積載荷重とパルス数の関係の一例を示す図である。同図に示されるように、ウレタン被覆などが施されたトラクションシーブ15により、乗りかご12を一定距離巻き上げたときの出力パルス数は、張力増加によるシーブ径の低下により、積載荷重に比例して増大する。また、上述した通り、噛み込み部分は常に巻上側に生じると考えられるため、図2のロープずれ現象は、次の通り解釈できることを示す。即ち、一往復で生じるロープずれ量は、乗りかご12側を巻上げたときのシーブ回転数(出力パルス数)と、釣り合い錘13側を巻上げたときの回転数(出力パルス数)との差であり、実際にパルス数を上昇時、下降時でそれぞれ測定したときの差と一致する。これより、乗りかご12の積載状態が釣り合い錘13とバランスする場合を除き、乗りかご12の上昇運転と下降運転とで、パルスレートを変える必要が生じる。尚、釣り合い錘13との張力は一定であるため、下降時(釣り合い錘13巻上げ時)のパルスレートは乗りかご12の積載荷重によらず、略一定と考えられる。
【0030】
また、高いトラクション性能を有した場合の効果として、乗りかご12や釣り合い錘13の軽量化があるが、その場合、ライニング健全性が求められ、摩耗等の経年的な損傷状態を常に把握する必要がある。
【0031】
これに対して、溝摩耗判定部11fは、昇降路14内の特定区間を移動する際に、パルス発生器18から出力されるパルス数と所定の閾値との比較結果に基づいてトラクションシーブ溝に設けられたライニング材の摩耗の度合いを判定する機能を有する。例えば、特定階の複数の着床検出板14a間で定義される昇降路14の特定区間(移動距離計測区間)を移動する際に、パルス発生器18から出力されるパルス数をカウントし、ライニング材の摩耗によりパルス数が閾値を超えた場合、点検保守情報として制御盤11内の不輝発性の記億装置(図示省略する)に記録する。これにより、保守員は点検の際、ライニング材の健全性を確認することができる。例えば、閾値としては、ライニング材の摩耗が進み、脱落する厚さに対応するパルス数以下であればよい。
【0032】
以下、本実施形態に係るエレベータ1の動作を図面に基づいて説明する。図4は、図1に示すエレベータ1における移動距離の補正処理の具体例を示すフローチャートである。
【0033】
S401において、溝摩耗判定部11fは、エレベータが起動された後に、パルス発生器18から特定区間におけるパルス数が取得されているか否かを判定する。ここで、特定区間におけるパルス数が取得されていると判定された場合には、S402へ進む。これに対し、特定区間におけるパルス数が取得されていないと判定された場合には、待機状態となる。
【0034】
S402において、溝摩耗判定部11fは、出力されたパルス数が閾値を超えるか否かを判定する。ここで、パルス数が閾値を超えると判定された場合には、そのパルス数を保守点検用に記憶装置へ記録し(S403)、S404へ進む。これに対して、パルス数が閾値を超えないと判定された場合には、S404へ進む。
【0035】
S404において、移動距離演算部11bは、出力されたパルス数をパルスレートに基づいて移動距離に換算し、移動距離情報として移動距離補正部11eへ出力する。
S405において、ロープ伸び演算部11cは、乗りかご12の荷重検出器12bで検出された荷重信号を取得する。
【0036】
S406において、ロープ伸び演算部11cは、取得された荷重信号に基づいてロープ伸び量を算出し、ロープ伸び量情報として速度制御部11aへ出力する。
S407において、移動距離補正部11eは、荷重信号に基づいてかご側ロープ張力を算出する。
【0037】
S408において、移動距離補正部11eは、かご側ロープ張力と記憶装置内に予め記憶されているライニング変化量データに基づいてトラクションシーブ15の変形後の径の推定値を算出する。
S409において、移動距離補正部11eは、S408において算出された推定値に基づいてS404において移動距離演算部11bから出力された移動距離情報を補正する。
S410において、速度制御部11aは、補正後の移動距離情報とロープ伸び量に基づいて制御信号を電動機制御部11dへ出力し、巻上機の駆動を制御する。
【0038】
以上のように、本実施形態に係るエレベータ1によれば、トラクションシーブ15の溝に樹脂ライニングを施した構造であっても、トラクションシーブ軸を同軸に構成したロータリーエンコーダにより精度良く乗りかご12の移動距離を検出することができる。また、トラクション性能を向上させた効果として、乗りかご12や釣り合い錘13の軽量化を図ったシステムにおいても、ライニング摩耗を検知する構成とすることで安全性を向上することができる。
【0039】
<第2の実施形態>
図5は、本発明の第2の実施形態に係るエレベータ1の全体構成例を示す図である。尚、図1において付された符号と共通する符号は同一の対象を表すため説明を省略し、以下では第1の実施形態と異なる箇所について詳細に説明する。
【0040】
図5に示されるように、本実施形態に係るエレベータ1は、かご側位置検出器12cおよび昇降路側位置検出器14bを更に備えている。かご側位置検出器12cは乗りかご12内に設けられている。また、昇降路側位置検出器14bは、昇降路14の移動距離計測区間毎に設けられ、かご側位置検出器12cの通過を検知した際にパルスのカウントを初期化すると共に、前記カウントを再開する。
【0041】
また、本実施形態において、制御盤11の移動距離補正部11eは、移動距離演算部11bから移動距離計測区間毎に出力された移動距離の総和と既知の建物の高さとの誤差に基づいて乗りかご12の移動距離情報を補正する機能を有する。すなわち、上記の第1の実施形態においては、予め記憶されたライニング変形量データを用いて移動距離の補正を行っていたが、本実施形態においては、移動距離の補正を行うために既知の値である建物の高さを用いる。ライニングの圧縮変形による移動距確計測誤差は移動距離に比例するため、1回の起動に関する移動距離計測を複数の区間に分けて求めることで、実用上問題ない計測精度を得る。例えば、かごの移動10mに対し、1mの誤差を生じる場合、1mの移動に対しては、10cmの誤差となる。そこで、10mの移動に関して1mごとの距離補正区間を設け、1m移動するたびに真の値に補正し、その真の値の積算値により起動後の全移動距離を求めれば良好な速度制御が可能である。
【0042】
以下、本実施形態に係るエレベータ1の動作を図面に基づいて説明する。図6は、図5に示すエレベータ1における移動距離の補正処理の具体例を示すフローチャートである。
【0043】
S601において、溝摩耗判定部11fは、エレベータが起動された後に、パルス発生器18から特定区間におけるパルス数が取得されているか否かを判定する。ここで、特定区間におけるパルス数が取得されていると判定された場合には、S602へ進む。これに対し、特定区間におけるパルス数が取得されていないと判定された場合には、待機状態となる。
【0044】
S602において、溝摩耗判定部11fは、出力されたパルス数が閾値を超えるか否かを判定する。ここで、パルス数が閾値を超えると判定された場合には、そのパルス数を保守点検用に記憶装置へ記録し(S603)、S604へ進む。これに対して、パルス数が閾値を超えないと判定された場合には、S604へ進む。
【0045】
S604において、移動距離演算部11bは、出力されたパルス数をパルスレートに基づいて移動距離に換算し、移動距離情報として移動距離補正部11eへ出力する。
S605において、ロープ伸び演算部11cは、乗りかご12の荷重検出器12bで検出された荷重信号を取得する。
【0046】
S606において、ロープ伸び演算部11cは、取得された荷重信号に基づいてロープ伸び量を算出し、ロープ伸び量情報として速度制御部11aへ出力する。
S607において、移動距離補正部11eは、記憶装置内に記憶された既知の値である建物の高さを用いてライニング材の圧縮変形による移動距確計測誤差を求め、S604において移動距離演算部11bから出力された移動距離情報を補正する。
【0047】
S608において、移動距離補正部11eは、パルス数をリセットすると共に、カウントを再開する。
S609において、速度制御部11aは、補正後の移動距離情報とロープ伸び量に基づいて制御信号を電動機制御部11dへ出力し、巻上機の駆動を制御する。
【0048】
このように、本実施形態に係るエレベータ1によれば、エレベータ1の起動後、乗りかご12(かご側位置検出器12c)が昇降路側位置検出器14bを通過すると、それをかご側位置検出器12cが検出し、起動以降カウントしているパルスをリセットし、制御盤11に記憶している建物高さデータを用いて、それまでの移動距離を真の数値に補正し、かつ、カウントを再開する。これにより、1パルス当たりの移動距離が正確に求められるため、目標階までの残り距離を精度よく求めることができる。
【0049】
尚、図5に示した構成では、かご側位置検出器12c、昇降路側位置検出器14bとして、独立した装置を設けたが、着床位置検出器12a、着床検出板14aと兼ねることは容易である。また、第1の実施形態と同様に、本実施形態の特徴は、移動距離の補正にどの信号を用いるかにあるので、移動距離補正のタイミングは速度制御を行う以前の補正であれば効果に変わりはない。
【0050】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0051】
1…エレベータ
11…制御盤
11a…速度制御部
11b…移動距離演算部
11c…ロープ伸び演算部
11d…電動機制御部
11e…移動距離補正部
11f…溝摩耗判定部
12…乗りかご
12a…着床位置検出器
12b…荷重検出器
12c…かご側位置検出器
13…釣り合い錘
14…昇降路
14a…着床検出板
14b…昇降路側位置検出器
15…トラクションシーブ
16…主ロープ
17a、17b…吊り車
18…パルス発生器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
昇降路内を昇降する乗りかごと、
この乗りかごの一側面側に、前記乗りかごと離間して配置される釣り合い錘と、
一端が前記乗りかごに連結されると共に、他端が前記釣り合い錘に連結された主ロープと、
この主ロープが巻きかけられるトラクションシーブと、
このトラクションシーブを回転駆動して前記主ロープを巻き上げ、前記乗りかごを前記釣り合い錘と共に昇降させる巻上機と、
前記乗りかご内に設けられ、検出した積載荷重に応じた荷重信号を発する荷重検出器と、
前記トラクションシーブの溝表面または前記主ロープの表面に被覆された耐摩耗性部材と、
前記トラクションシーブと同軸に設けられ、前記トラクションシーブの回転角度に応じたパルスを発生するパルス発生器と、
前記発生されたパルスと前記荷重信号に基づいて前記乗りかごの速度および位置を算出し、前記巻上機の駆動を制御する制御盤と、
を備え、
前記制御盤は、
前記パルス発生器から出力されたパルスを所定のパルスレートに基づいて換算して前記乗りかごの移動距離情報を出力する移動距離演算部と、
前記積載荷重および前記パルスに予め関連付けられた前記耐摩耗性部材の圧縮量を表すライニング変形量データに基づいて前記主ロープが巻きかけられた前記トラクションシーブの径を推定し、この推定値に基づいて前記乗りかごの移動距離情報を補正する移動距離補正部と、
前記補正後の移動距離情報に基づいて前記乗りかごの速度制御信号を出力する速度制御部と、
前記出力された速度制御信号に基づいて前記巻上機の駆動を制御する電動機制御部と、
を有することを特徴とするエレベータ。
【請求項2】
前記パルスレートは、前記乗りかごの積載荷重の増加に対して、減少するように定義されていることを特徴とする請求項1記載のエレベータ。
【請求項3】
前記移動距離演算部は、前記釣り合い錘の質量と積載時の前記乗りかごの質量が異なる場合に、前記パルスレートを上昇運転と下降運転とで異なる数値に切り替えることを特徴とする請求項1または請求項2記載のエレベータ。
【請求項4】
前記制御盤は、前記昇降路の特定区間を運転中に、前記パルス発生器から出力される前記パルス数が所定の基準値を超えるか否かを判定し、前記所定の基準値を超えると判定された場合には、前記耐摩耗性部材に係る保守点検情報を不揮発性の記憶装置に記録する溝摩耗判定部を更に備えることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか一項記載のエレベータ。
【請求項5】
前記耐摩耗性部材は、ウレタン樹脂であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか一項記載のエレベータ。
【請求項6】
昇降路内を昇降する乗りかごと、
この乗りかごの一側面側に、前記乗りかごと離間して配置される釣り合い錘と、
一端が前記乗りかごに連結されると共に、他端が前記釣り合い錘に連結された主ロープと、
この主ロープが巻きかけられるトラクションシーブと、
このトラクションシーブを回転駆動して前記主ロープを巻き上げ、前記乗りかごを前記釣り合い錘と共に昇降させる巻上機と、
前記乗りかご内に設けられ、検出した積載荷重に応じた荷重信号を発する荷重検出器と、
前記乗りかご内に設けられたかご側位置検出器と、
前記昇降路の移動距離計測区間毎に設けられ、前記かご側位置検出器の通過を検知した際に前記パルスのカウントを初期化すると共に、前記カウントを再開する昇降路側位置検出器と、
前記トラクションシーブの溝表面または前記主ロープの表面に被覆された耐摩耗性部材と、
前記トラクションシーブと同軸に設けられ、前記トラクションシーブの回転角度に応じたパルスを発生するパルス発生器と、
前記発生されたパルスと前記荷重信号に基づいて前記乗りかごの速度および位置を算出し、前記巻上機の駆動を制御する制御盤と、
を備え、
前記制御盤は、
前記パルス発生器から出力されたパルスを所定のパルスレートに基づいて換算して前記乗りかごの移動距離情報を出力する移動距離演算部と、
この移動距離演算部から前記移動距離計測区間毎に出力された移動距離の総和と既知の建物の高さとの誤差に基づいて前記乗りかごの移動距離情報を補正する移動距離補正部と、
前記補正後の移動距離情報に基づいて前記乗りかごの速度制御信号を出力する速度制御部と、
前記出力された速度制御信号に基づいて前記巻上機の駆動を制御する電動機制御部と、
を有することを特徴とするエレベータ。
【請求項7】
前記パルスレートは、前記乗りかごの積載荷重の増加に対して、減少するように定義されていることを特徴とする請求項6記載のエレベータ。
【請求項8】
前記移動距離演算部は、前記釣り合い錘の質量と積載時の前記乗りかごの質量が異なる場合に、前記パルスレートを上昇運転と下降運転とで異なる数値に切り替えることを特徴とする請求項6または請求項7記載のエレベータ。
【請求項9】
前記制御盤は、前記昇降路の特定区間を運転中に、前記パルス発生器から出力される前記パルス数が所定の基準値を超えるか否かを判定し、前記所定の基準値を超えると判定された場合には、前記耐摩耗性部材に係る保守点検情報を不揮発性の記憶装置に記録する溝摩耗判定部を更に備えることを特徴とする請求項6乃至請求項8のいずれか一項記載のエレベータ。
【請求項10】
前記耐摩耗性部材は、ウレタン樹脂であることを特徴とする請求項6乃至請求項9のいずれか一項記載のエレベータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−25556(P2012−25556A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−166882(P2010−166882)
【出願日】平成22年7月26日(2010.7.26)
【出願人】(390025265)東芝エレベータ株式会社 (2,543)
【Fターム(参考)】