説明

カーゴポンプ用状態診断システム及び方法

【課題】カーゴポンプの状態を監視して、カーゴポンプの経年変化の状態を荷役タンクを開放することなく診断する。さらには、この診断において開放点検間隔の延長を判断するためのカーゴポンプの健全性を提示する指標を提供する。
【解決手段】カーゴポンプ用状態診断システム20は、カーゴポンプ14の始動電流ピーク値を測定してデータを蓄積し、液化ガスが荷役タンク1の所定の液位にあるときの定常電流値を測定してデータを蓄積し、これらの蓄積されたデータを時系列に解析して、カーゴポンプの経年変化等の傾向を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、LNG船(液化天然ガス輸送船)に搭載されたカーゴポンプの経年変化の状態を診断するためのシステム及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
LNG船は、液化天然ガス(LNG)を専門に輸送する船舶である。このLNG船は、低温断熱性能を有する巨大な荷役タンクを備え、この荷役タンクの内部に極低温のLNGを液体の状態で貯蔵している。このような荷役タンクは、積荷であるLNGを揚荷するときに荷役タンク内のLNGを汲み上げて陸上の設備へ送り出すために、モータで駆動される1以上のカーゴポンプを備えている。カーゴポンプとしては、例えば、渦巻きポンプや軸流ポンプなどが用いられている。
【0003】
このようなカーゴポンプは、一般的に、荷役タンク内に設置されている。例えば、特許文献1に記載された荷役タンクは、この荷役タンクの上端と下端を結ぶ中央部にパイプタワーを装備し、このパイプタワーの内部に、LNGを荷役タンクから搬送するための複数本の荷役用パイプを備えている。この荷役用パイプはパイプタワーの内部に設置されており、荷役用パイプの下端にカーゴポンプが設けられている。このようにカーゴポンプは常時極低温で且つ可燃性のLNGを搭載する荷役タンク内に設置されているため、外部から目視点検することや定常的な状態を直接的に監視することは困難である。
【0004】
一方で、荷役タンクの開放を必要としないカーゴポンプの異常診断装置が提案されている。例えば、特許文献2に開示された液化ガス用ポンプの異常診断装置は、ポンプの吐出圧力、ポンプの吐出流量、タンク内の液化ガスの液面高さ、ポンプを駆動するモータの電流、及びポンプの振動のうちいずれか1つ又は複数を検出することにより、ポンプの運転状態を検出するように構成されたポンプ制御システムを備えている。そして、ポンプ制御システムは、検出されたポンプの運転状態からポンプの異常を検出し、異常が検出された場合には、広域ネットワークを通じてポンプから遠隔に設置された統合監視システムに異常信号を送信するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−261539号公報
【特許文献2】特開2003−36321号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
LNG船のカーゴポンプは、規則により所定期間(5年)間隔で点検することが定められている。荷役タンクに内装されたカーゴポンプは外部から点検することができないので、荷役タンクを開放してカーゴポンプの点検が行われる。この開放点検に際して、爆発や燃焼などの事故を防ぐために、荷役タンク内に一旦イナートガスを送り込んでLNGを十分に排出した後で、そのイナートガスと空気を入れ替えるガス置換作業を行わねばならない。このガス置換作業を行ったあとに、荷役タンクからカーゴポンプを搬出して、カーゴポンプの点検作業やカーゴポンプが具備するベアリングの交換などのメンテナンス作業が行われる。
【0007】
このように、荷役タンクの開放点検は多大な労力と費用を要するものとなっているので、船社にかかる負担も大きい。よって、船社にとってはカーゴポンプの点検の間隔が少しでも長くなることが望ましい。しかし、カーゴポンプはLNGを取り扱うという性質上、点検は必要であり万が一に備えねばならない。そもそも、所定の間隔で点検することが定められている根拠の一つは、カーゴポンプは外部から点検することができず、その状態を直接的に知ることができないことにある。そこで、定められた点検の期日においてカーゴポンプの健全性が証明できれば、点検の間隔を延長することが可能となる。なお、特許文献2に記載された異常診断方法は、ポンプの異常を検出することを目的としているのであって、カーゴポンプの健全性を証明するものではない。
【0008】
そこで本発明では、カーゴポンプの状態を監視して、カーゴポンプの経年変化の状態を荷役タンクを開放することなく診断するカーゴポンプ用状態診断システム及び方法を提案することを目的とする。さらには、この診断において開放点検間隔の延長を判断するためのカーゴポンプの健全性を提示する指標を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るカーゴポンプ用状態診断システムは、液化ガスを貯溜するタンクから液化ガスを汲み上げるために用いるカーゴポンプの経年変化の状態を診断するためのシステムであって、カーゴポンプのポンプモータの始動電流を計測する第一の計測部と、前記第一の計測部で計測された始動電流のピーク値を検出する第一の数値処理部と、前記始動電流ピーク値とその始動電流ピーク値が計測されたときの前記カーゴポンプの稼働時間とを記録する第一の記録部と、前記第一の記録部に記録された複数の前記始動電流ピーク値を時系列に解析する第一の解析部と、この解析結果に基づいて前記カーゴポンプの状態を評価する評価部とを、備えているものである。
【0010】
同様に、本発明に係るカーゴポンプ用状態診断方法は、液化ガスを貯溜するタンクから液化ガスを汲み上げるために用いるカーゴポンプの経年変化の状態を診断する方法であって、カーゴポンプのポンプモータの始動電流を計測するステップと、計測された前記始動電流のピーク値を検出するステップと、前記始動電流ピーク値とその始動電流ピーク値が計測されたときの前記カーゴポンプの稼働時間とを記録するステップと、記録された複数の前記始動電流ピーク値を時系列に解析するステップと、この解析結果に基づいて前記カーゴポンプの状態を評価するステップとを含むものである。
【0011】
上記カーゴポンプ用態診断システム又は方法によれば、閉じられた空間に配置されたカーゴポンプの経年変化の状態をタンクを開放することなく診断することができる。この始動電流ピーク値の時系列変化からは、主に起動トルクの増加傾向を知ることができる。そして、実運航において得られた始動電流を解析して得た始動電流ピーク値を多数蓄積し、この多数の始動電流ピーク値に基づいて評価されたカーゴポンプの状態は、カーゴポンプの健全性を判断する指標の一つとして用いることができる。カーゴポンプの健全性が証明できれば、タンクを開放して行うカーゴポンプの点検の間隔を延長でき、膨大なドッグ費用(点検費用)と労力を削減することができる。
【0012】
また、前記カーゴポンプ用状態診断システムにおいて、前記評価部は、予め設定された前記始動電流ピーク値の正常値の範囲の低限値をゼロとし予め設定された前記始動電流ピーク値の上限限界値を100とする第一の評価指標に換算された前記始動電流ピーク値の時系列変化に基づいて、前記カーゴポンプの状態を評価することがよい。同様に、前記カーゴポンプ用状態診断方法において、前記カーゴポンプの状態を評価するステップは、予め設定された前記始動電流ピーク値の正常値の範囲の低限値をゼロとし予め設定された前記始動電流ピーク値の上限限界値を100とする第一の評価指標に換算された前記始動電流ピーク値の時系列変化に基づいて、前記カーゴポンプの状態を評価するステップを含むことがよい。なお、上記において設定される始動電流ピーク値の正常値の範囲は、実験的に得られた又は理論的に想定された始動電流ピーク値の正常値の範囲である。
【0013】
このように、前記カーゴポンプの状態を第一の評価指標を用いて表すことで、評価の基準を明らかにすることができるとともに、カーゴポンプの状態の変化を定量的に把握することができる。
【0014】
また、前記カーゴポンプ用状態診断システムにおいて、前記タンク内の前記液化ガスが所定の液位となったときのカーゴポンプのポンプモータの定常電流を計測する第二の計測部と、前記第二の計測部で計測された定常電流値をその定常電流値が計測されたときの前記カーゴポンプの吐出流量と液化ガス比重とを用いて標準化する第二の数値処理部と、前記標準化された定常電流値とその定常電流値が計測されたときの前記カーゴポンプの稼働時間とを記録する第二の記録部と、前記第二の記録部に記録された複数の前記標準化された定常電流値を時系列に解析する第二の解析部とを更に備え、前記評価部は、前記カーゴポンプの状態を評価する際に、前記標準化された定常電流値の時系列解析結果を加味することがよい。
【0015】
同様に、前記カーゴポンプ用状態診断方法において、前記タンク内の前記液化ガスが所定の液位となったときのカーゴポンプのポンプモータの定常電流を計測するステップと、計測された前記定常電流値をその定常電流値が計測されたときの前記カーゴポンプの吐出流量と液化ガス比重とを用いて標準化するステップと、前記標準化された定常電流値とその定常電流値が計測されたときの前記カーゴポンプの稼働時間とを記録するステップと、記録された複数の前記標準化された定常電流値を時系列に解析するステップとを更に含み、前記カーゴポンプの状態を評価するステップは、前記標準化された定常電流値の時系列解析結果を加味して前記カーゴポンプの状態を評価することがよい。なお、上記において標準化とは、ポンプ吐出流量及び液化ガスの液比重により変化する定常電流値を、定格ポンプ吐出流量及び液化ガスの工場試験時などの基準となる液比重という条件での電流値へ換算することをいう。
【0016】
定常電流値の時系列変化からは、ポンプ効率の劣化傾向を知ることができる。よって、始動電流ピーク値の時系列変化に加え、定常電流値の時系列変化に基づいてカーゴポンプの状態を評価することにより、より正確にカーゴポンプが健全な状態であるか否かを判断できる。
【0017】
また、前記カーゴポンプ用状態診断システムにおいて、前記評価部は、予め設定された前記定常電流値の正常範囲の低限値をゼロとし予め設定された前記定常電流値の上限限界値を100とする第二の評価指標に換算された前記定常電流値の時系列変化に基づいて、前記カーゴポンプの状態を評価することがよい。同様に、前記カーゴポンプ用状態診断方法において、前記カーゴポンプの状態を評価するステップは、予め設定された前記定常電流値の正常範囲の低限値をゼロとし予め設定された前記定常電流値の上限限界値を100とする第二の評価指標に換算された前記定常電流値の時系列変化に基づいて、前記カーゴポンプの状態を評価するステップを含むことがよい。なお、上記において設定される定常電流値の正常値の範囲は、実験的に得られた又は理論的に想定された始動電流ピーク値の正常値の範囲である。
【0018】
このように、前記カーゴポンプの状態を第二の評価指標を用いて表すことで、評価の基準を明らかにすることができるとともに、カーゴポンプの状態の変化を定量的に把握することができる。
【0019】
なお、前記カーゴポンプ用状態診断システムにおいて、前記第二の数値処理部は、前記カーゴポンプの吐出流量を前記タンク内の前記液化ガスの液位の変化から算出することがよい。このように実際に計測されたカーゴポンプの吐出流量を用いて定常電流値を補正するので、より正確な定常電流値を得ることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、閉じられた空間に配置されたカーゴポンプの経年変化の状態をタンクを開放することなく診断することができる。そして、実運航において多数蓄積したデータに基づいて評価されたカーゴポンプの状態は、カーゴポンプの健全性を判断する指標の一つとして用いることができる。その結果、カーゴポンプの開放点検の間隔が延長可能となり、ドック費用及び労力の大幅な削減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施の形態に係るカーゴポンプを備えた荷役タンクの概略構成を示す断面図である。
【図2】状態診断システムの構成と情報の流れを示すブロック図である。
【図3】始動電流ピーク値検出処理のフローチャートである。
【図4】始動電流ピーク値検出処理を説明する図である。
【図5】始動電流ピーク値のオペレーショングラフの一例である。
【図6】始動電流ピーク値に基づく第一の評価指標のトレンドグラフの一例である。
【図7】定常電流値検出処理のフローチャートである。
【図8】定常電流値のオペレーショングラフの一例である。
【図9】定常電流値に基づく第二の評価指標のトレンドグラフの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照しながら、詳細に説明する。なお、以下では全ての図を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
【0023】
本実施の形態に係る状態診断システムは、LNG船に搭載された荷役タンクに装備されたカーゴポンプの状態を監視して、その健全性を評価するためのシステムである。まず、図1を用いて、状態診断システムが適用されるカーゴポンプを装備した荷役タンクの一例を説明する。但し、荷役タンク及びカーゴポンプは以下で説明する形態に限定されるものではない。
【0024】
荷役タンク1は、球形液化天然ガスカーゴタンクであり、スカート2を介して基台3に支持されている。この荷役タンク1の上端と下端とを結ぶ中央部には、上部から下部まで上下方向に延びるパイプタワー4が設けられている。このパイプタワー4の内部には、荷役タンク1内の液化ガス(液化天然ガス:LNG)を搬送するための荷役用パイプ5や、荷役タンク1を予冷するためのスプレーパイプ6等が設けられている。これらのパイプ5,6は、パイプタワー4の上部から吊るされた状態で設けられており、荷役用パイプ5の下端にはカーゴポンプ14が、スプレーパイプ6の下端にはスプレーポンプ15がそれぞれ設けられている。また、パイプタワー4には、液位ゲージや電気配線等(図示略)が設けられ、パイプタワー4の内周にはパイプタワー4の上部から下部に亘る梯子(図示略)が設けられている。そして、荷役タンク1の頂上部において、荷役用パイプ5には後述する統合自動制御装置24により弁の開度が制御される吐出弁7が設けられている。さらに、荷役用パイプ5の吐出弁7の下流側にはカーゴポンプ14の吐出圧を検出する吐出圧センサ8と液化ガスの流量を検出する流量センサ9とが設けられている。
【0025】
続いて、状態診断システム20の構成を説明する。図2に示すように、状態診断システム20は、カーゴ配電盤21(CSB:Cargo Switch Board)と、荷役制御コンソール22(CCC:Cargo Control Console)と、液化ガス計量計測装置23(CTS:Custody Transfer System)と、統合自動制御装置24(IAS:Integrated Automation System)と、船上管理装置25(SAS:Shipboard Management System)とを備えている。
【0026】
カーゴ配電盤21は、カーゴポンプ14のポンプモータ14aへ電力を供給する手段である。カーゴ配電盤21は、電流変換器及び電圧変換器21dとグラフモニタ21aを備えている。グラフモニタ21aは船上管理装置25に接続されており、カーゴ配電盤用電流変換器及び電圧変換器21dは荷役制御コンソール22に接続されている。そして、カーゴ配電盤21のグラフモニタ21aは、カーゴポンプ14の始動時にポンプモータ14aの始動器21bに設けたグラフモニタ用電流変換器21cで計測した始動電流値を船上管理装置25へ送信し、カーゴ配電盤用電流変換器及び電圧変換器21dは計測した定常電流値及び系統電圧値を荷役制御コンソール22へ送信するように構成されている。
【0027】
荷役制御コンソール22は、カーゴポンプ14を制御するための手段である。荷役制御コンソール22は、データインターフェイスを装備しており、統合自動制御装置24と多重伝送などの情報通信手段により情報を送受信できるように接続されている。そして、荷役制御コンソール22は、カーゴ配電盤21から入力された定常電流値及び系統電圧値を統合自動制御装置24へ送信するように構成されている。
【0028】
液化ガス計量計測装置23は、荷役タンク1内の液化ガスの液面レベル(液面高さ)及び容量を計測するための手段である。液化ガス計量計測装置23は、荷役タンク1の最上部に設けられたレーダ等により液化ガスの液面高さを検出する液位ゲージと、荷役タンク1の底部を含む各要所に設けられて液化ガスの液体温度を検出する温度センサと、荷役タンク1の最上部のガス相部分に設けられた圧力計と、液化ガス船の船体に設けられて船体の傾きを検出する船体傾斜計と、これらの検出値から補正計算を行い荷役タンク1内の液化ガスの液面レベルと容量とを算出するコンピュータとを備えている。さらに、液化ガス計量計測装置23は、統合自動制御装置24と多重伝送などの情報通信手段により情報を送信できるように接続されている。そして、液化ガス計量計測装置23は、得られた液化ガスの液面レベルと荷役タンク1底部の液化ガスの液体温度とを統合自動制御装置24へ送信するように構成されている。
【0029】
統合自動制御装置24は、メインエンジンやボイラなどの機関室機器と荷役タンクやカーゴポンプなどの貨物機器とを統合して管理し制御するための手段である。統合自動制御装置24は、荷役制御コンソール22、液化ガス計量計測装置23、及び船上管理装置25と多重伝送などの情報通信手段により情報を送受信できるように接続されている。そして、統合自動制御装置24は、ポンプモータ14aの定常電流値、ポンプモータ14aの系統電圧値、カーゴポンプ14の吐出圧、カーゴポンプ14の吐出弁7の開度、荷役タンク1の液化ガスの液面レベル、荷役タンク1底部の液化ガスの液体温度、及びカーゴポンプ14の稼動時間(以下、これらを合わせて「IASデータ」という)を船上管理装置25へ送信するように構成されている。
【0030】
船上管理装置25は、機関室内の主要機器の運転状態などを統括管理するとともに、船舶の船体、機関室機器、貨物機器、及びこれらの備品などの管理及び整備作業などを統括管理する手段である。船上管理装置25は、船舶の船体、機関室機器、貨物機器、及びこれらの備品などの管理ソフトウェアや、カーゴポンプ14の状態診断ソフトウェアなどが組み込まれたコンピュータである。なお、船上管理装置25は、陸上船舶管理会社との間で業務連絡を行うことができるように船陸間通信手段を備えることもできる。この船上管理装置25にてカーゴポンプ14の状態診断ソフトウェアのプログラムが実行されることによって、船上管理装置25は、ポンプモータ14aの始動電流値を数値処理して始動電流ピーク値を検出する第一の数値処理部、始動電流ピーク値を記録する第一の記録部、始動電流ピーク値を時系列に解析する第一の解析部、ポンプモータ14aの定常電流値を数値処理して標準化す第二の数値処理部、標準化された定常電流値を記録する第二の記録部、この定常電流値を時系列に解析する第二の解析部、及びこれらの解析結果に基づいてカーゴポンプ14の状態を評価する評価部として機能する。
【0031】
上記構成の状態診断システム20は、カーゴポンプ14の始動電流値と定常電流値とを計測し、この計測したデータを記録し、このデータを時系列に解析するとともに評価して、カーゴポンプ14の経年変化などの傾向を判断するように構成されている。実運航でデータを多数収録して、この収録データを解析すれば、この解析結果をカーゴポンプ14の状態の健全性を判断する指標の一つとして利用することができる。この指標を用いてカーゴポンプ14の健全性を総合的に判断し、これを証明することができれば、カーゴポンプ14の開放点検間隔を延長できる可能性がある。開放点検間隔が延長できれば、従来よりも船舶の点検にかかるドック費用が低減できるのでメリットが大きい。
【0032】
まず、ポンプモータ14aの始動時のピーク電流の測定方法とその評価方法とを説明する。ポンプモータ14aの始動電流の測定は、状態診断システム20の第一の計測部として機能するカーゴ配電盤21で行われ、この測定された始動電流値の数値処理、記録、時系列解析及び評価は、それぞれ状態診断システム20の第一の数値処理部、第一の記録部、第一の解析部及び評価部として機能する船上管理装置25で行われる。
【0033】
ポンプモータ14aは、急激な吐出圧増加を回避するために低電圧始動方式(ソフトスタート)を採用しており、始動から約15秒の時間をかけて定格回転数まで回転数を上昇させるように、低電圧から定常電圧まで連続的に変化する電圧が付与される。ポンプモータ14aが定常回転数まで加速する間、負荷が大きくなっているため定常電流よりも大きな電流(始動電流)が流れる。状態診断システム20では、この始動電流のピーク値を測定する。
【0034】
カーゴポンプ14の始動時において、船上管理装置25はカーゴ配電盤21に対して測定データを要求し、この要求を受けたカーゴ配電盤21は測定データを船上管理装置25へ出力する。この測定データには、ポンプモータ14aの始動器21bに備えた電流計21cで測定された電流値の、最新の測定点から過去1分間までの0.025秒ごと測定点の測定データが含まれている。一方、船上管理装置25は、統合自動制御装置24からIASデータを所定時間ごとに受信する。IASデータの受信間隔は通常は3分に設定されている。
【0035】
始動電流ピーク値検出処理を行うために、船上管理装置25は始動電流ピーク値検出ルーチンを実行する。図3及び図4に示すように、始動電流ピーク値検出ルーチンを実行した船上管理装置25は、始動電流値の測定データを取得し(ステップS1)、最新からその5秒前までの各測定点の測定値の全てと、予め設定された閾値とを比較する。この5秒間の各測定点の測定値の全てが閾値を超えていない場合は(ステップS2でNO)、ピークがないとして処理を終了する。一方、この5秒間の各測定点の測定値の全てが閾値を超えている場合は(ステップS2でYES)、最新から3秒前の測定点の測定値と、最新の測定点の測定値とを比較する。最新から3秒前の測定点の測定値が最新の測定点の測定値以下である場合は(ステップS3でNO)、ピークがないとして処理を終了する。一方、最新から3秒前の測定点の測定値が最新の測定点の測定値より大きい場合は(ステップS3でYES)、ピークに到達していると判断し(ステップS4)、最新からその1分前までの各測定点の測定値のなかから最も高い電流値を探しこれを始動電流ピーク値とする(ステップS5)。船上管理装置25は、始動電流ピーク値を特定すると、IASデータを受信して(ステップS6)、作成した通信データファイルにIASデータと始動電流ピーク値とをマージする(ステップS7)。
【0036】
このようにして記録されて蓄積された複数の始動電流ピーク値は、時系列に解析される。具体的には、荷役タンク1の液化ガスの液面レベルを横軸とし、始動電流ピーク値を縦軸としたオペレーショングラフに複数の始動電流ピーク値の測定点がプロットされる。図5は、そのオペレーショングラフの一例である。オペレーショングラフにプロットされたある期間(例えば、3年)の蓄積データに基づいて、平均ライン(Average of actual data)が定められ、さらに、この平均ラインに基づいて正常低ライン(Normal Low)、正常高ライン(Normal High)、及び限界ライン(Limit)が定められる。正常低ラインは始動電流ピーク値の正常範囲の低減値であり、正常高ラインは始動電流ピーク値の正常範囲の上減値であり、限界ラインは始動電流ピーク値の上限限界値である。なお、ここでは正常低ラインは平均ラインの−15%、正常高ラインは平均ラインの+15%、限界ラインは平均ラインの1.3倍にそれぞれ設定されているが、これらのラインは適宜好適なように調整して定めることができる。
【0037】
さらに、始動電流ピーク値は、正常低ラインの値を0%とし限界ラインの値を100%とする第一の評価指標値に換算され、この第一の評価指標値は、第一の評価指標を縦軸とし、カーゴポンプ14の稼動時間を横軸としたトレンドグラフにプロットされる。図6は、第一の評価指標値のトレンドグラフの一例である。トレンドグラフに表れる第一の評価指標のトレンド変化(時系列変化)から、カーゴポンプの健全性を評価することができる。
【0038】
図6のトレンドグラフでは、第一の評価指標値はカーゴポンプ14の稼動時間が或時期までは正常低ラインと正常高ラインとの間に分散しており、前記或時期を超えると稼動時間の増加に伴って増大する傾向が見られる。このようにカーゴポンプの状態を第一の評価指標を用いて表すことで、評価の基準を明らかにすることができるとともに、カーゴポンプの状態が理解しやすくなる。例えば、第一の評価指標に上限値を設定し、第一の評価指標がこの上限値となるまではカーゴポンプを健全であると判断するような評価を行うこともできる。この始動電流ピーク値に基づく第一の評価指標値からは起動トルクの増加傾向を知ることができるので、始動電流ピーク値のトレンド変化の監視を継続し、評価指標値がこのまま上昇していけばベアリング摩耗等の異常兆候の検出に繋げることができる。
【0039】
続いて、ポンプモータ14aの定常時の電流の測定方法とその評価方法とを説明する。ポンプモータ14aの定常電流の測定は、状態診断システム20の第二の計測部として機能するカーゴ配電盤21で行われ、この測定された定常電流値の数値処理、記録、時系列解析、及び評価は、それぞれ状態診断システム20の第二の数値処理部、第二の記録部、第二の解析部及び評価部として機能する船上管理装置25で行われる。
【0040】
定常電流値は従来より常時監視されているが、状態診断システム20では、荷役タンク1内の液化ガスの液面レベルが最も安定して定常電流を計測することのできる液位となったときの電流値を測定して、これをカーゴポンプ14の健全性の評価に用いている。なお、本実施例に係る荷役タンク1は球形であって、液化ガスの液位が球の赤道付近となったときが最も定常電流が安定するので、液化ガスの液位が荷役タンク1の赤道付近となったときに定常電流値を計測する。
【0041】
船上管理装置25は、定期的に統合自動制御装置24より送信されるIASデータに含まれる荷役タンク1の液化ガスの液面レベルを、監視している。そして、図7に示すように、液面レベルが荷役タンク1の赤道に相当する液面レベルより1m高い位置となったときに(ステップS11でYES)、船上管理装置25は第1回目の時間計測を開始する(ステップS12)。そして、船上管理装置25は、液面レベルが荷役タンク1の赤道に相当する液面レベルとなったときに(ステップS13でYES)、第1回目の時間計測を終了して(ステップS14)、第1回目の時間計測で計測された時間とこの間の液面レベルの変化とから第1回目のポンプ吐出流量を算出し(ステップS15)、IASデータを受信してこのIASデータに含まれるポンプモータ14aの第1回目の定常電流値を取得し(ステップS16)、第2回目の時間計測を開始する(ステップS17)。さらに、船上管理装置25は、液面レベルが荷役タンク1の赤道に相当する液面レベルより1m低い位置となったときに(ステップS18でYES)、第2回目の時間計測を終了し(ステップS19)、第2回目の時間計測で計測された時間とこの間の液面レベルの変化とから第2回目のポンプ吐出流量を算出し(ステップS20)、IASデータを受信してこのIASデータに含まれるポンプモータ14aの第2回目の定常電流値を取得する(ステップS21)。
【0042】
そして、船上管理装置25は、第1回目のポンプ吐出流量と第2回目のポンプ吐出流量とから平均ポンプ吐出流量を算出するとともに、第1回目の定常電流値と第2回目の定常電流値とから平均定常電流値を算出し(ステップS22)、この平均定常電流値を標準化した定常電流値を算出する(ステップS23)。ここで標準化とは、ポンプ吐出流量と液化ガスの液比重とにより変化する定常電流値を、定格ポンプ吐出流量と工場試験時の液比重などの基準となる液比重という条件での電流値へ換算することをいう。本実施の形態においては、船上管理装置25は、平均ポンプ吐出流量と予め設定されたポンプ特性曲線と液化ガスの実運航時密度と工場試験時の液化ガスの液比重とを用いて、平均定常電流値に対して流量補正を行う。最後に、船上管理装置25は、IASデータを受信して(ステップS24)、作成した通信データファイルにIASデータと定常電流値と平均ポンプ吐出流量とをマージする(ステップS25)。
【0043】
このようにして記録されて蓄積された複数の定常電流値は時系列に解析される。具体的には、ポンプ吐出流量(平均ポンプ吐出流量)を横軸とし、定常電流値を縦軸としたオペレーショングラフに複数の定常電流値の測定点がプロットされる。図8は、そのオペレーショングラフの一例である。オペレーショングラフにプロットされたある期間(例えば、3年)の蓄積データに基づいて、平均ライン(Average of actual data)が定められ、さらに、この平均ラインに基づいて正常低ライン(Normal Low)、正常高ライン(Normal High)、及び限界ライン(Limit)が定められる。正常低ラインは定常電流値の正常範囲の低減値であり、正常高ラインは定常電流値の正常範囲の上減値であり、限界ラインは定常電流値の上限限界値である。なお、ここでは正常低ラインは平均ラインの−10%、正常高ラインは平均ラインの+10%、限界ラインは限界点(定格電流でのトリップ値)を通る平均ラインとの平行線にそれぞれ設定されているが、これらのラインは適宜好適なように調整して定めることができる。
【0044】
さらに、定常電流値は、正常低ラインの値を0%とし限界ラインの値を100%とする第二の評価指標値に換算され、この第二の評価指標値は、第二の評価指標を縦軸とし、カーゴポンプ14の稼動時間を横軸としたトレンドグラフにプロットされる。図9は、第二の評価指標値のトレンドグラフの一例である。トレンドグラフに表れる第二の評価指標のトレンド変化(時系列変化)から、カーゴポンプの健全性を評価することができる。
【0045】
図9のトレンドグラフでは、第二の評価指標値はカーゴポンプ14の稼動時間が或時期までは正常低ラインと正常高ラインとの間に分散しており、前記或時期を超えると稼動時間の増加に伴って増大する傾向が見られる。このような第二の評価指標値のトレンド傾向は第一の評価指標値のトレンド傾向とよく似ている。このようにカーゴポンプの状態を第二の評価指標を用いて表すことで、評価の基準を明らかにすることができるとともに、カーゴポンプの状態が理解しやすくなる。例えば、第二の評価指標に上限値を設定し、第一の評価指標がこの上限値となるまではカーゴポンプを健全であると判断するような評価を行うこともできる。この定常電流値に基づく第二の評価指標値からはポンプ効率の劣化傾向を知ることができるので、定常電流値のトレンド変化の監視を継続し、評価指標値がこのまま上昇していけば異常兆候の検出に繋げることができる。
【0046】
なお、本実施の形態に係る荷役タンク1は球形であるため、定常電流値を測定する液位を荷役タンク1の赤道付近としているが、荷役タンク1には楕円のように曲率が変化する形状や、直方体形状や、上下が半球状で間にストレート部を有するような形状等のものもあり、これらにおいても定常電流値が安定するような所定の液位を定めて、その液位において定常電流値を測定することがよい。
【0047】
状態診断システム20では、評価部として機能する船上管理装置25は、上記第一の評価指標のトレンド変化と、第二の評価指標のトレンド変化とを用いて、閉じられた空間に配置されたカーゴポンプの経年変化の状態を荷役タンク1を開放することなく評価するように構成されている。第一の評価指標のトレンド変化のみでカーゴポンプの経年変化の状態を評価することも可能ではあるが、これに第二の評価指標のトレンド変化も加味して評価することで、カーゴポンプの経年変化の状態をより精確に診断することができるので望ましい。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、液化ガス荷揚げ用に用いるカーゴポンプの状態を評価するために用いることができるので、LNG船に限らず例えばLPG(液化石油ガス)船に搭載されたカーゴポンプの状態を評価するためにも適用させることができる。
【符号の説明】
【0049】
1 荷役タンク
2 スカート
3 基台
4 パイプタワー
5 荷役用パイプ
6 スプレーパイプ
7 吐出弁
8 吐出圧センサ
9 流量計
14 カーゴポンプ
14a ポンプモータ
15 スプレーポンプ
20 状態診断システム
21 カーゴ配電盤
22 荷役制御コンソール
23 液化ガス計量計測装置
24 統合自動制御装置
25 船上管理装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液化ガスを貯溜するタンクから液化ガスを汲み上げるために用いるカーゴポンプの経年変化の状態を診断するためのシステムであって、
カーゴポンプのポンプモータの始動電流を計測する第一の計測部と、
前記第一の計測部で計測された始動電流のピーク値を検出する第一の数値処理部と、
前記始動電流ピーク値とその始動電流ピーク値が計測されたときの前記カーゴポンプの稼働時間とを記録する第一の記録部と、
前記第一の記録部に記録された複数の前記始動電流ピーク値を時系列に解析する第一の解析部と、
この解析結果に基づいて前記カーゴポンプの状態を評価する評価部とを、
備えているカーゴポンプ用状態診断システム。
【請求項2】
前記評価部は、予め設定された前記始動電流ピーク値の正常値の範囲の低限値をゼロとし予め設定された前記始動電流ピーク値の上限限界値を100とする第一の評価指標に換算された前記始動電流ピーク値の時系列変化に基づいて、前記カーゴポンプの状態を評価する、請求項1に記載のカーゴポンプ用状態診断システム。
【請求項3】
前記タンク内の前記液化ガスが所定の液位となったときのカーゴポンプのポンプモータの定常電流を計測する第二の計測部と、
前記第二の計測部で計測された定常電流値をその定常電流値が計測されたときの前記カーゴポンプの吐出流量と液化ガス比重とを用いて標準化する第二の数値処理部と、
前記標準化された定常電流値とその定常電流値が計測されたときの前記カーゴポンプの稼働時間とを記録する第二の記録部と、
前記第二の記録部に記録された複数の前記標準化された定常電流値を時系列に解析する第二の解析部とを更に備え、
前記評価部は、前記カーゴポンプの状態を評価する際に、前記標準化された定常電流値の時系列解析結果を加味する、請求項1又は請求項2に記載のカーゴポンプ用状態診断システム。
【請求項4】
前記評価部は、予め設定された前記定常電流値の正常範囲の低限値をゼロとし予め設定された前記定常電流値の上限限界値を100とする第二の評価指標に換算された前記定常電流値の時系列変化に基づいて、前記カーゴポンプの状態を評価する、請求項3に記載のカーゴポンプ用状態診断システム。
【請求項5】
前記第二の数値処理部は、前記カーゴポンプの吐出流量を前記タンク内の前記液化ガスの液位の変化から算出する、請求項3に記載のカーゴポンプ用状態診断システム。
【請求項6】
液化ガスを貯溜するタンクから液化ガスを汲み上げるために用いるカーゴポンプの経年変化の状態を診断する方法であって、
カーゴポンプのポンプモータの始動電流を計測するステップと、
計測された前記始動電流のピーク値を検出するステップと、
前記始動電流ピーク値とその始動電流ピーク値が計測されたときの前記カーゴポンプの稼働時間とを記録するステップと、
記録された複数の前記始動電流ピーク値を時系列に解析するステップと、
この解析結果に基づいて前記カーゴポンプの状態を評価するステップとを含む、カーゴポンプ用状態診断方法。
【請求項7】
前記カーゴポンプの状態を評価するステップは、
予め設定された前記始動電流ピーク値の正常値の範囲の低限値をゼロとし予め設定された前記始動電流ピーク値の上限限界値を100とする第一の評価指標に換算された前記始動電流ピーク値の時系列変化に基づいて、前記カーゴポンプの状態を評価するステップを含む、請求項6に記載のカーゴポンプ用状態診断方法。
【請求項8】
前記タンク内の前記液化ガスが所定の液位となったときのカーゴポンプのポンプモータの定常電流を計測するステップと、
計測された前記定常電流値をその定常電流値が計測されたときの前記カーゴポンプの吐出流量と液化ガス比重とを用いて標準化するステップと、
前記標準化された定常電流値とその定常電流値が計測されたときの前記カーゴポンプの稼働時間とを記録するステップと、
記録された複数の前記標準化された定常電流値を時系列に解析するステップとを更に含み、
前記カーゴポンプの状態を評価するステップは、前記標準化された定常電流値の時系列解析結果を加味して前記カーゴポンプの状態を評価する、
請求項6又は請求項7に記載のカーゴポンプ用状態診断方法。
【請求項9】
前記カーゴポンプの状態を評価するステップは、
予め設定された前記定常電流値の正常範囲の低限値をゼロとし予め設定された前記定常電流値の上限限界値を100とする第二の評価指標に換算された前記定常電流値の時系列変化に基づいて、前記カーゴポンプの状態を評価するステップを含む、請求項8に記載のカーゴポンプ用状態診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−137406(P2011−137406A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−297540(P2009−297540)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(502400005)株式会社川崎造船 (30)
【Fターム(参考)】