説明

クラッチ及び四輪駆動車

【課題】入力回転部材から出力回転部材には回転トルクを伝達し、その逆方向には回転トルクを伝達しない機構を簡素な構成で具現して、小型・軽量化及び低コスト化を図ることが可能なクラッチ、及びそのクラッチを用いた四輪駆動車を提供する。
【解決手段】入力回転部材31と、入力回転部材31と同軸上で相対回転可能な出力回転部材33と、入力回転部材と出力回転部材との間に介在する中間回転部材32とを備え、入力回転部材31から出力回転部材33にはトルクを伝達し、出力回転部材33から入力回転部材31にはトルクを伝達しないクラッチ3は、中間回転部材32の入力回転部材31との相対回転が所定の範囲に制限され、入力回転部材31との相対回転によって中間回転部材32が軸方向に移動し、出力回転部材33に摩擦接触する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラッチ及び四輪駆動車に関し、特に入力回転部材から出力回転部材には回転トルクを伝達し、その逆方向には回転トルクを伝達しないクラッチ、及びそのクラッチを用いた四輪駆動車に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の前後方向に駆動力を伝達するプロペラシャフトの駆動源側及び車輪側にクラッチを設け、前輪のみに駆動力を伝達する二輪駆動時には、両クラッチをトルク伝達を行わない状態とすることで、プロペラシャフトの回転を停止させ、動力損失を低減することにより、燃費の向上を図ることが可能な四輪駆動車が知られている(特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に記載の四輪駆動車は、車両のフロント側に配置されたエンジンとプロペラシャフトとの間に多板クラッチを設けると共に、後輪車軸とホイールハブとの間にハブクラッチ装置を設け、このハブクラッチ装置により、後輪車軸とホイールハブとの結合及び切り離しを遠隔操作できるように構成されている。ハブクラッチ装置は、スプラグ式の一方向クラッチを備えている。この一方向クラッチは、ホイールハブに連結された内輪と、後輪車軸に結合可能な外輪と、内輪と外輪との間に配置された複数のスプラグとを備え、外輪の回転が内輪の回転を上回ったとき、スプラグが傾動してトルクを伝達し、内輪の回転が外輪の回転を上回ると、内輪と外輪との間でトルクの伝達が行われないフリーランニングの状態となるように構成されている。
【0004】
また、外輪と後輪車軸との間には、外輪と後輪車軸とを結合可能なスライダーが配置されている。スライダーは、遠隔操作によって圧力流体の流路を切り替えることにより軸方向移動し、軸方向の一側に移動したときには外輪と後輪車軸とが結合され、軸方向の他側に移動したしたときには外輪と後輪車軸とが切り離された状態となる。外輪と後輪車軸とが切り離された状態では、内輪の回転と外輪の回転との大小関係に関わらず、後輪車軸とホイールハブとのトルク伝達が行われないように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−169223号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されたホイールハブは、複数のスプラグや、この複数のスプラグを保持する一対の保持器、及び一対の保持器の間に配置されたスプリングを備えてなる一方向クラッチと、スライダーならびにこのスライダーを移動させる機構とを備えるので、部品点数が多く、かつ構造が複雑となる。このため、小型化や軽量化、及び低コスト化に構造上の制約があった。
【0007】
そこで、本発明は、入力回転部材から出力回転部材には回転トルクを伝達し、その逆方向には回転トルクを伝達しない機構を簡素な構成で具現して、小型軽量化及び低コスト化を図ることが可能なクラッチ、及びそのクラッチを用いた四輪駆動車を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記目的を達成するために、[1]〜[7]のクラッチ及び四輪駆動車を提供する。
【0009】
[1]入力回転部材と、前記入力回転部材と同軸上で相対回転可能な出力回転部材と、前記入力回転部材と前記出力回転部材との間に介在する中間回転部材とを備え、前記入力回転部材から前記出力回転部材にはトルクを伝達し、前記出力回転部材から前記入力回転部材にはトルクを伝達しないクラッチであって、前記中間回転部材は、前記入力回転部材との相対回転が所定の範囲に制限され、前記入力回転部材との相対回転により軸方向に移動して前記出力回転部材に摩擦接触するクラッチ。
【0010】
[2]前記中間回転部材を収容する非回転部材であるハウジングと、前記ハウジングと前記中間回転部材との間に介在し、前記中間回転部材を前記入力回転部材に向かって軸方向に付勢する付勢部材とをさらに備えた、前記[1]に記載のクラッチ。
【0011】
[3]前記中間回転部材は、前記入力回転部材との相対回転により軸方向のスラスト力を発生させるカム部と、前記カム部の外周側に形成された円板状のフランジ部とを有し、前記ハウジングは、前記フランジ部の少なくとも一部を収容する環状凹部を有し、前記付勢部材は、前記ハウジングの前記環状凹部に収容されている、前記[2]に記載のクラッチ。
【0012】
[4]車両の前輪及び後輪を駆動する駆動力を発生する駆動源と、前記前輪及び前記後輪の一方である主駆動輪に駆動力を常時伝達し、前記前輪及び前記後輪の他方である補助駆動輪に前記駆動力を車両走行状態に応じて伝達する駆動力伝達系とを備え、前記駆動力伝達系は、前記主駆動輪側の第1の差動歯車装置と、プロペラシャフトと、前記プロペラシャフトに駆動力を伝達する第1のクラッチと、前記プロペラシャフトを介して伝達された駆動力を前記補助駆動輪側に伝達する第2のクラッチと、前記補助駆動輪側の第2の差動歯車装置とを有し、前記第1のクラッチは、前記プロペラシャフトに伝達する駆動力を調節可能な多板クラッチであり、前記第2のクラッチは、前記プロペラシャフト側の入力回転部材と、前記入力回転部材と同軸上で相対回転可能な前記補助駆動輪側の出力回転部材と、前記入力回転部材と前記出力回転部材との間に介在する中間回転部材とを備え、前記入力回転部材から前記出力回転部材には回転トルクを伝達し、前記出力回転部材から前記入力回転部材にはトルクを伝達しないクラッチであり、前記中間回転部材は、前記入力回転部材との相対回転が所定の範囲に制限され、前記入力回転部材との相対回転により軸方向に移動して前記出力回転部材に摩擦接触する四輪駆動車。
【0013】
[5]前記プロペラシャフトと前記第1及び第2の差動歯車装置とは、前記第1のクラッチの前記駆動源側の回転部材が前記第1のクラッチの前記プロペラシャフト側の回転部材よりも速く回転するようにギヤ比が設定されたギヤ機構により連結されている、前記[4]に記載の四輪駆動車。
【0014】
[6]前記第2のクラッチは、前記第2の差動歯車装置と前記補助駆動輪としての左後輪及び右後輪の間にそれぞれ設けられている、前記[4]又は[5]に記載の四輪駆動車。
【0015】
[7]前記第2のクラッチは、前記プロペラシャフトと前記第2の差動歯車装置との間に設けられている、前記[4]又は[5]に記載の四輪駆動車。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、入力回転部材から出力回転部材には回転トルクを伝達し、その逆方向には回転トルクを伝達しない機構を簡素な構成で具現し、小型・軽量化及び低コスト化を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の形態に係る四輪駆動車の構成例を示す概略図である。
【図2】(a)は、本発明の実施の形態に係るクラッチの構成例を示す断面図である。(b)は、入力回転部材及び中間回転部材のカム部を周方向に沿って切断した断面図である。
【図3】(a)は、トルク伝達状態におけるクラッチの構成例を示す断面図である。(b)は、トルク伝達状態における入力回転部材及び中間回転部材のカム部を周方向に沿って切断した断面図である。
【図4】本発明の変形例に係る四輪駆動車の構成例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[実施の形態]
図1は、本発明の実施の形態に係る四輪駆動車の構成例を示す概略図である。図1に示すように、この四輪駆動車100は、駆動源としてのエンジン101と、エンジン101の出力軸に連結されたトルクコンバータ102と、トルクコンバータ102によって伝達されたエンジン101の駆動力を変速するトランスミッション103と、トランスミッション103によって変速されたエンジン101の駆動力を二輪駆動状態と四輪駆動状態とに切替可能に左右一対の前輪104(左前輪104L及び右前輪104R)及び左右一対の後輪105(左後輪105L及び右後輪105R)に伝達する駆動力伝達系109とを備えている。
【0019】
本実施の形態では、前輪104が、エンジン101の駆動力が常時伝達される主駆動輪として、また後輪105が、車両走行状態に応じてエンジン101の駆動力が伝達される補助駆動輪として、それぞれ機能する。ここで、車両走行状態としては、例えば前輪104の回転速度と後輪105の回転速度との差や、運転者の操作によるアクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)、及び操舵角等が含まれる。
【0020】
(駆動力伝達系109の構成)
駆動力伝達系109は、エンジン101の駆動力を前輪104側の第1の差動歯車装置11と、後輪105側の第2の差動歯車装置12と、第1の差動歯車装置11と第2の差動歯車装置12との間に設けられ、四輪駆動車100の前後方向にエンジン101の駆動力を伝達するプロペラシャフト13と、第1の差動歯車装置11とプロペラシャフト13との間に設けられた駆動力伝達装置2とを有している。
【0021】
また、駆動力伝達系109はさらに、第1の差動歯車装置11と左前輪104L及び右前輪104Rとの間に設けられた一対のドライブシャフト11L,11Rと、第2の差動歯車装置12の一対のサイドギヤ123にそれぞれ連結されたドライブシャフト12L,12Rと、ドライブシャフト12Lと左後輪105Lとの間、及びドライブシャフト12Rと右後輪105Rとの間にそれぞれ設けられた一対のクラッチ3とを有している。
【0022】
第1の差動歯車装置11は、左前輪104Lと右前輪104Rとの差動を許容しながら左前輪104L及び右前輪104Rに駆動力を伝達するディファレンシャル装置であり、デフケース110と、デフケース110に固定されたピニオンシャフト111と、ピニオンシャフト111に軸支された一対のピニオンギヤ112と、一対のピニオンギヤ112にギヤ軸を直交させて噛み合う一対のサイドギヤ113と、デフケース110の外周面に固定されたリングギヤ114とを有している。
【0023】
一対のサイドギヤ113には、ドライブシャフト11L,11Rがそれぞれ連結されている。また、リングギヤ114には、トランスミッション103によって変速されたエンジン101の駆動力が減速機構106によって伝達される。
【0024】
駆動力伝達装置2は、デフケース110に相対回転不能に連結された内側回転部材21と、内側回転部材21を収容する有底円筒状の外側回転部材22と、内側回転部材21の外周面と外側回転部材22との間に配置された複数の摩擦板からなるメインクラッチ23とを有している。駆動力伝達装置2の構成の詳細については後述する。
【0025】
外側回転部材22の一端(電磁コイル24とは反対側の端部)には、歯車221が相対回転不能に固定されている。歯車221は、プロペラシャフト13の前輪104側の一端に固定された歯車131に噛み合っている。歯車221と歯車131は、共に傘歯車からなり、それぞれのギヤ軸を直交させて噛合している。歯車221及び歯車131は、ギヤ機構107を構成する。
【0026】
第2の差動歯車装置12は、左後輪105Lと右後輪105Rとの差動を許容しながら左後輪105L及び右後輪105Rに駆動力を伝達するディファレンシャル装置であり、デフケース120と、デフケース120に固定されたピニオンシャフト121と、ピニオンシャフト121に軸支された一対のピニオンギヤ122と、一対のピニオンギヤ122にギヤ軸を直交させて噛み合う一対のサイドギヤ123と、デフケース120の外周面に固定されたリングギヤ124とを有している。
【0027】
リングギヤ124は、プロペラシャフト13の後輪105側の一端に固定された歯車132に噛み合っている。リングギヤ124と歯車132は、共に傘歯車からなり、それぞれのギヤ軸を直交させて噛合している。リングギヤ124及び歯車132は、ギヤ機構108を構成する。
【0028】
また、本実施の形態では、歯車221と歯車131とからなるギヤ機構107のギヤ比(歯車221の歯数/歯車131の歯数)が、リングギヤ124と歯車132とからなるギヤ機構108のギヤ比(リングギヤ124の歯数/歯車132の歯数)よりも小さく設定されている。すなわち、前輪104と後輪105がそれぞれ自由に回転可能な状態でプロペラシャフト13を回転させたとき、歯車221がリングギヤ124よりも速く回転するように、ギヤ機構107及びギヤ機構108のギヤ比が設定されている。このようなギヤ比の設定は、例えば歯車131と歯車132のピッチ円径を共通とし、歯車221のピッチ円径をリングギヤ124のピッチ円径よりも小さくすることで実現することができる。
【0029】
(駆動力伝達装置2の構成)
駆動力伝達装置2のメインクラッチ23は、内側回転部材21に相対回転不能にスプライン嵌合された複数のインナクラッチプレート23aと、外側回転部材22に相対回転不能にスプライン嵌合された複数のアウタクラッチプレート23bとを交互に配列して構成されている。内側回転部材21と外側回転部材22との間には、インナクラッチプレート23aとアウタクラッチプレート23bとの摩擦摺動を潤滑し、摩耗を抑制する図略の潤滑油が介在する。このメインクラッチ23は、本発明の多板クラッチの一例である。
【0030】
また、内側回転部材21と外側回転部材22との間には、メインクラッチ23を軸方向に押圧する押圧力を発生させるための環状の電磁コイル24、電磁コイル24の電磁力により押圧されるパイロットクラッチ25、及びパイロットクラッチ25を介して伝達される回転力をメインクラッチ23を押圧する軸方向のスラスト力に変換するカム機構26が配置されている。
【0031】
カム機構26は、パイロットカム261と、メインカム262と、複数のカムボール263とを備えている。メインカム262は、内側回転部材21に相対回転不能かつ軸方向移動可能にスプライン嵌合されている。複数のカムボール263は、パイロットカム261とメインカム262との対向面にそれぞれ形成された複数のカム溝を転動することで、パイロットカム261とメインカム262との相対回転に応じてメインカム262をパイロットカム261から軸方向に離間させ、スラスト力を発生させる。
【0032】
電磁コイル24には、図略の制御装置から、車両走行状態に応じて励磁電流が供給される。電磁コイル24に励磁電流が供給されると、その電磁力によりパイロットクラッチ25が押圧されてパイロットカム261と外側回転部材22との相対回転が抑制され、これによりパイロットカム261とメインカム262とが相対回転し、メインカム262がメインクラッチ23のインナクラッチプレート23aとアウタクラッチプレート23bとを軸方向に押圧して摩擦接触させる。パイロットカム261とメインカム262との相対回転角度は、パイロットクラッチ25の伝達トルク、すなわち電磁コイル24に供給される励磁電流に応じて変化するので、内側回転部材21と外側回転部材22との間で伝達される駆動力は、電磁コイル24に供給される励磁電流の増減によって調節可能である。
【0033】
(クラッチ3の構成)
図2(a)は、クラッチ3の構成例を示す断面図である。このクラッチ3は、車体に固定された非回転部材であるハウジング30と、入力回転部材31と、入力回転部材31と同軸上で相対回転可能な出力回転部材33と、入力回転部材31と出力回転部材33との間に介在する中間回転部材32と、入力回転部材31と中間回転部材32との間に介在する複数の転動体34と、ハウジング30と中間回転部材32との間に介在する第1及び第2の皿バネ351,352とを有している。
【0034】
入力回転部材31は、ドライブシャフト12L(又はドライブシャフト12R)に相対回転不能に連結される。また、出力回転部材33は、左後輪105L(又は右後輪105R)の図略のハブユニットに連結され、左後輪105L(又は右後輪105R)に駆動力を伝達する。
【0035】
ハウジング30は、第1ハウジング部材301と第2ハウジング部材302とからなり、第1ハウジング部材301と第2ハウジング部材302とが例えばボルト303によって相互に固定されている。ハウジング30の内面には、第1ハウジング部材301と第2ハウジング部材302との間に、環状凹部30aが形成されている。環状凹部30aは、ハウジング30の内方に開口を有する環状の溝として形成されている。環状凹部30aには、第1及び第2の皿バネ351,352が収容されている。
【0036】
また、ハウジング30は、入力回転部材31及び出力回転部材33の一端部、及び中間回転部材32を収容する収容空間30bを有し、出力回転部材33の軸部331を挿通させる挿通孔30cが第1ハウジング部材301に、入力回転部材31の軸部311を挿通させる挿通孔30dが第2ハウジング部材302に、それぞれ形成されている。また、挿通孔30cが形成された第1ハウジング部材301の壁部301aと出力回転部材33との間にはニードルベアリング361が、挿通孔30dが形成された第2ハウジング部材302の壁部302aと入力回転部材31との間にはニードルベアリング362が、それぞれ配設されている。
【0037】
入力回転部材31は、円筒状の軸部311と、軸部311の外周側に突出して形成され、軸部311と一体に回転するカム部312とを有している。軸部311とカム部312とは、例えば溶接によって結合されている。軸部311の内面には、ドライブシャフト12L(又はドライブシャフト12R)の一端部が嵌合するスプライン嵌合部311aが形成されている。カム部312は円環板状であり、第2ハウジング部材302の壁部302aに対向する一方の面にはニードルベアリング362が当接して、入力回転部材31の軸方向移動が規制されている。また、カム部312のニードルベアリング362に当接する面の反対側の面には、複数(例えば6つ)のカム溝312aが形成されている。
【0038】
中間回転部材32は、中心部に入力回転部材31の軸部311を挿通させる貫通孔32aが形成されている。中間回転部材32は、貫通孔32aの外周囲に形成されたカム部321と、カム部321の外周側に形成され、カム部321と一体に回転する円板状のフランジ部322とを有している。カム部321には、入力回転部材31のカム部312に形成された複数のカム溝312aに軸方向に対向して、カム溝312aと同数の複数のカム溝321aが形成されている。
【0039】
フランジ部322の外周側の端部は、ハウジング30の環状凹部30aに収容されている。フランジ部322は、第1ハウジング部材301との間に配置された第1の皿バネ351によって、入力回転部材31のカム部312に向かって軸方向に付勢(押し付けること)されている。また、フランジ部322は、第2ハウジング部材302との間に配置された第2の皿バネ352によって、出力回転部材33に向かって軸方向に付勢されている。中間回転部材32は、フランジ部322と第1の皿バネ351及び第2の皿バネ352との接触によって、ハウジング30に対して回転するにあたり抵抗力を受ける。
【0040】
本実施の形態では、中間回転部材32のカム部321の軸方向の厚みがフランジ部322の軸方向の厚みよりも厚く形成されている。ただし、カム部321の厚みとフランジ部322との厚みが同じであってもよい。
【0041】
出力回転部材33は、軸状の軸部331と、軸部331の一端に設けられ、軸部331よりも大径に形成された円板部332と、円板部332の外周側の端部から中間回転部材32に向かって軸方向に突出して形成された円筒状の突出部333とを一体に有している。円板部332の一方の面(第1ハウジング部材301の壁部301aに対向する面)にはニードルベアリング361が当接して、出力回転部材33の軸方向移動が規制されている。突出部333は、円板部332の壁部301aとの対向面の反対側の面に形成されている。突出部333の先端部における軸方向端面333aは、フランジ部322に面している。フランジ部322の軸方向端面333aに対向する領域は、後述するクラッチ3のトルク伝達状態において軸方向端面333aに摩擦接触する接触面322aとして形成されている。
【0042】
図2(b)は、入力回転部材31のカム部312、及び中間回転部材32のカム部321を周方向に沿って切断した断面図である。カム部312に形成されたカム溝312aは、周方向に沿って延び、その中央部で最も深く、端部に近づくにつれて徐々に浅くなるように形成されている。また、カム部321に形成されたカム溝321aも同様に、周方向に沿って延び、その中央部で最も深く、端部に近づくにつれて徐々に浅くなるように形成されている。カム溝312aとカム溝321aとの間には、転動体34が介在している。本実施の形態では、転動体34が球状のカムボールとして形成されている。
【0043】
(クラッチ3の動作)
次に、クラッチ3の動作について説明する。
【0044】
図3(a)は、クラッチ3が入力回転部材31から出力回転部材33に回転トルクを伝達するトルク伝達状態における断面図である。図3(b)は、図3(a)に示す状態における入力回転部材31のカム部312、及び中間回転部材32のカム部321を周方向に沿って切断した断面図である。
【0045】
駆動力伝達装置2及びプロペラシャフト13を介して第2の差動歯車装置12に駆動力が伝達され、クラッチ3の入力回転部材31がドライブシャフト12L(又はドライブシャフト12R)から駆動力を受けると、中間回転部材32のフランジ部322が第1の皿バネ351及び第2の皿バネ352から回転抵抗力を受けることにより、入力回転部材31と中間回転部材32との間に相対回転が発生する。この相対回転は、図3(b)に示すように、転動体34がカム溝312a及びカム溝321aを転動する角度範囲に制限されている。
【0046】
入力回転部材31と中間回転部材32との相対回転により、転動体34がカム溝312a及びカム溝321aを転動すると、転動体34がカム溝312a及びカム溝321aの浅い部位に移動するので、中間回転部材32が入力回転部材31に対して軸方向に離間する。この中間回転部材32の軸方向移動により、フランジ部322の接触面322aが出力回転部材33の突出部333の軸方向端面333aに摩擦接触する。この接触面322aと軸方向端面333aとの摩擦接触により、中間回転部材32から出力回転部材33にトルクが伝達される。また、接触面322aと軸方向端面333aとが接触すると、中間回転部材32が入力回転部材31からそれ以上離間しないので、転動体34のカム溝312a及びカム溝321a内での転動が停止する。
【0047】
このように、ドライブシャフト12Lに連結されたクラッチ3によって左後輪105Lにトルク(第2の差動歯車装置12によってドライブシャフト12Lに分配された駆動力)が伝達され、ドライブシャフト12Rに連結されたクラッチ3によって右後輪105Rにトルク(第2の差動歯車装置12によってドライブシャフト12Rに分配された駆動力)が伝達される。
【0048】
一方、四輪駆動車100の走行中に駆動力伝達装置2による駆動力の伝達が遮断されると、クラッチ3の入力回転部材31にドライブシャフト12L(又はドライブシャフト12R)からトルクが入力されなくなるので、入力回転部材31と中間回転部材32とを相対回転させる力が弱くなり、第1の皿バネ351によって中間回転部材32が押し戻される。すると、中間回転部材32の接触面322aと出力回転部材33の軸方向端面333aとの摩擦接触が解除され、クラッチ3を介したトルク伝達が行われなくなる。
【0049】
この状態でも、四輪駆動車100の走行によって後輪105(左後輪105L及び右後輪105R)は回転し、この後輪105の回転に連れて出力回転部材33は回転するが、出力回転部材33と中間回転部材32とは離間しているので、出力回転部材33から中間回転部材32及び入力回転部材31にはトルクが伝達されない。
【0050】
これにより、四輪駆動車100の走行中にもかかわらず、プロペラシャフト13、第2の差動歯車装置12、及びドライブシャフト12L,12Rには、駆動力伝達系109におけるトルク伝達上流側(エンジン101側)からも、トルク伝達下流側(後輪105側)からもトルクが伝達されないため、回転停止状態となる。これにより、例えばリングギヤ124によるデフオイルの撹拌による回転抵抗が発生しないので、四輪駆動車100の燃費が向上する。
【0051】
また、本実施の形態では、前述のように、歯車221と歯車131とからなるギヤ機構107のギヤ比が、リングギヤ124と歯車132とからなるギヤ機構108のギヤ比よりも小さく設定されているので、駆動力伝達装置2が駆動力を伝達する四輪駆動状態での走行中に出力回転部材33が入力回転部材31よりも速く回転することがなく、左後輪105L及び右後輪105Rに駆動力が伝達される状態が保たれる。
【0052】
ここで、四輪駆動車100の直進走行時には、前輪104及び後輪105は同じ速度で回転するので、第1の差動歯車装置11のデフケース110と第2の差動歯車装置12のデフケース120とは同じ速度で回転し、ギヤ機構107のギヤ比とギヤ機構108のギヤ比の差による歯車221とデフケース110との差回転は、インナクラッチプレート23aとアウタクラッチプレート23bとの間の滑りとして吸収される。つまり、ギヤ機構107及びギヤ機構108のギヤ比は、四輪駆動車100の直進走行時に、内側回転部材21が外側回転部材22よりも速く回転するように設定されている。これにより、四輪駆動状態での走行中には、前輪104及び後輪105に駆動力が伝達される。
【0053】
(実施の形態の効果)
以上説明した実施の形態に係るクラッチ3及び四輪駆動車100によれば、以下に示す効果が得られる。
【0054】
(1)クラッチ3は、入力回転部材31との相対回転が規制された中間回転部材32を軸方向に移動させることによりトルク伝達状態とトルク伝達遮断状態とを切り替えるように構成されているので、例えばスプラグ式の一方向クラッチに比較して構造が簡素化されて部品点数を削減することができ、ひいては小型軽量化、さらには組み付け工数の削減や低コスト化を図ることが可能となる。
【0055】
(2)また、クラッチ3は、出力回転部材33から入力回転部材31側にはトルクが伝達されず、出力回転部材33のみが回転する状態では、出力回転部材33が中間回転部材32等の他の部材と接触しないので、引き摺りトルクを小さくすることができる。これにより、四輪駆動車100の燃費をさらに向上させることができる。
【0056】
(3)中間回転部材32は、第1の皿バネ351から入力回転部材31のカム部312に向かって付勢力を受けるので、入力回転部材31にトルクが入力されない状態において中間回転部材32と出力回転部材33とを確実に離間させると共に、転動体34を図2(b)に示す位置に安定して保持することができる。これにより、トルク伝達遮断状態における四輪駆動車100の振動等による部材間の衝突による異音を抑制できると共に、入力回転部材31にトルクが入力された際には、転動体34が円滑にカム溝312a,321aを転動し、トルク伝達状態に移行することができる。
【0057】
(4)中間回転部材32は、フランジ部322の一部がハウジング30の環状凹部30aに収容され、環状凹部30a内に収容された第1及び第2の皿バネ351,352から付勢力を受けるように構成されているので、第1及び第2の皿バネ351,352を保持する構造、及び第1及び第2の皿バネ351,352によって中間回転部材32を付勢する構造を簡素に実現できる。また、クラッチ3の組み付け時には、第1ハウジング部材301内に、ニードルベアリング361、出力回転部材33、第1の皿バネ351、中間回転部材32、第2の皿バネ352、転動体34、入力回転部材31、ニードルベアリング362を順次収容して第2ハウジング部材302を固定すればよいので、組み付けを容易に行うことができる。
【0058】
(5)四輪駆動車100の四輪駆動状態と二輪駆動状態とを駆動力伝達装置2の制御のみによって切り替えることができるので、四輪駆動状態と二輪駆動状態との切り替えを速やかに行うことができる。また、駆動力伝達装置2は、プロペラシャフト13に伝達する駆動力を調節可能なので、プロペラシャフト13の回転が停止した二輪駆動状態の走行状態から、徐々にプロペラシャフト13に伝達する駆動力を大きくするように制御すれば、二輪駆動状態から四輪駆動状態への移行時の衝撃を緩和することができる。
【0059】
(6)ギヤ機構107及びギヤ機構108のギヤ比は、四輪駆動車100の直進走行時に、内側回転部材21が外側回転部材22よりも速く回転するように設定されているので、四輪駆動状態での走行時には常にクラッチ3を介して後輪105に駆動力が伝達される。つまり、例えば内側回転部材21と外側回転部材22が同じ速度で回転するようにギヤ機構107及びギヤ機構108のギヤ比が設定されていると、四輪駆動車100の直進走行時に何らかの要因で出力回転部材33が入力回転部材31の回転速度を超えたときにクラッチ3によるトルク伝達が行われなくなるが、本実施の形態によれば、このような現象を回避することが可能である。
【0060】
(7)クラッチ3は、第2の差動歯車装置12と左後輪105L及び右後輪105Rとの間にそれぞれ設けられているので、二輪駆動状態での走行時に、プロペラシャフト13のみならず、第2の差動歯車装置12のデフケース120及びリングギヤ124の回転を停止させることができる。これにより、リングギヤ124によるデフオイルの撹拌による回転抵抗を低減し、四輪駆動車100の燃費を向上させることができる。
【0061】
[他の実施の形態]
以上、本発明のクラッチ及び四輪駆動車を上記実施の形態に基づいて説明したが、本発明はこの実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の態様において実施することが可能である。
【0062】
例えば、上記実施の形態では、2つのクラッチ3を第2の差動歯車装置12と左後輪105L及び右後輪105Rとの間にそれぞれ設けた場合について説明したが、これに限らず、図4に示すように、プロペラシャフト13と第2の差動歯車装置12との間に1つのクラッチ3を設けてもよい。この場合には、入力回転部材31にプロペラシャフト13が連結され、出力回転部材33には、一端に歯車132が設けられた駆動軸が連結される。この構成でも、上記実施の形態について説明した(1)〜(6)の効果を得ることができる。また、クラッチ3の個数を削減することができる。
【0063】
また、上記実施の形態では、クラッチ3を四輪駆動車100に適用した場合について説明したが、クラッチ3の用途はこれに限らず、他の構成の車両や、車両以外の輸送機械に適用することも可能である。また、例えば工作機械等の輸送機械以外の製品にクラッチ3を用いることも可能である。
【0064】
また、上記実施の形態では、中間回転部材32を付勢する付勢部材として皿バネを適用した場合について説明したが、これに限らず、コイルバネやウェーブワッシャ、あるいはゴム等の弾性体を付勢部材として適用してもよい。また、第2の皿バネ352を省略し、第1の皿バネ351の付勢力によって中間回転部材32のフランジ部322を第2ハウジング部材302に当接させるようにクラッチ3を構成してもよい。
【0065】
また、上記実施の形態では、入力回転部材31との相対回転により中間回転部材32を軸方向に移動させる機構を、カム面312a,321aにおける転動体34の転動によって具現した場合について説明したが、これに限らず、例えばカム部312及びカム部321に形成された斜面(周方向に対して傾斜した斜面)同士の摺動によって具現してもよい。
【符号の説明】
【0066】
2…駆動力伝達装置、3…クラッチ、11…差動歯車装置、11L,11R…ドライブシャフト、12…差動歯車装置、12L,12R…ドライブシャフト、13…プロペラシャフト、21…内側回転部材、22…外側回転部材、23…メインクラッチ、23a…インナクラッチプレート、23b…アウタクラッチプレート、24…電磁コイル、25…パイロットクラッチ、26…カム機構、30…ハウジング、30a…環状凹部、30b…収容空間、30c,30d…挿通孔、31…入力回転部材、32…中間回転部材、32a…貫通孔、33…出力回転部材、34…転動体、100…四輪駆動車、101…エンジン、102…トルクコンバータ、103…トランスミッション、104…前輪、104L…左前輪、104R…右前輪、105…後輪、105L…左後輪、105R…右後輪、106…減速機構、107,108…ギヤ機構、109…駆動力伝達系、110…デフケース、111…ピニオンシャフト、112…ピニオンギヤ、113…サイドギヤ、114…リングギヤ、120…デフケース、121…ピニオンシャフト、122…ピニオンギヤ、123…サイドギヤ、124…リングギヤ、131,132…歯車、221…歯車、261…パイロットカム、262…メインカム、263…カムボール、301…第1ハウジング部材、301a…壁部、302…第2ハウジング部材、302a…壁部、303…ボルト、311…軸部、311a…スプライン嵌合部、312,321…カム部、312a,321a…カム溝、322…フランジ部、322a…接触面、331…軸部、332…円板部、333…突出部、333a…軸方向端面、351…第1の皿バネ、352…第2の皿バネ、361,362…ニードルベアリング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力回転部材と、前記入力回転部材と同軸上で相対回転可能な出力回転部材と、前記入力回転部材と前記出力回転部材との間に介在する中間回転部材とを備え、前記入力回転部材から前記出力回転部材にはトルクを伝達し、前記出力回転部材から前記入力回転部材にはトルクを伝達しないクラッチであって、
前記中間回転部材は、前記入力回転部材との相対回転が所定の範囲に制限され、前記入力回転部材との相対回転により軸方向に移動して前記出力回転部材に摩擦接触する
クラッチ。
【請求項2】
前記中間回転部材を収容する非回転部材であるハウジングと、
前記ハウジングと前記中間回転部材との間に介在し、前記中間回転部材を前記入力回転部材に向かって軸方向に付勢する付勢部材とをさらに備えた、
請求項1に記載のクラッチ。
【請求項3】
前記中間回転部材は、前記入力回転部材との相対回転により軸方向のスラスト力を発生させるカム部と、前記カム部の外周側に形成された円板状のフランジ部とを有し、
前記ハウジングは、前記フランジ部の少なくとも一部を収容する環状凹部を有し、
前記付勢部材は、前記ハウジングの前記環状凹部に収容されている、
請求項2に記載のクラッチ。
【請求項4】
車両の前輪及び後輪を駆動する駆動力を発生する駆動源と、
前記前輪及び前記後輪の一方である主駆動輪に駆動力を常時伝達し、前記前輪及び前記後輪の他方である補助駆動輪に前記駆動力を車両走行状態に応じて伝達する駆動力伝達系とを備え、
前記駆動力伝達系は、前記主駆動輪側の第1の差動歯車装置と、プロペラシャフトと、前記プロペラシャフトに駆動力を伝達する第1のクラッチと、前記プロペラシャフトを介して伝達された駆動力を前記補助駆動輪側に伝達する第2のクラッチと、前記補助駆動輪側の第2の差動歯車装置とを有し、
前記第1のクラッチは、前記プロペラシャフトに伝達する駆動力を調節可能な多板クラッチであり、
前記第2のクラッチは、前記プロペラシャフト側の入力回転部材と、前記入力回転部材と同軸上で相対回転可能な前記補助駆動輪側の出力回転部材と、前記入力回転部材と前記出力回転部材との間に介在する中間回転部材とを備え、前記入力回転部材から前記出力回転部材には回転トルクを伝達し、前記出力回転部材から前記入力回転部材にはトルクを伝達しないクラッチであり、
前記中間回転部材は、前記入力回転部材との相対回転が所定の範囲に制限され、前記入力回転部材との相対回転により軸方向に移動して前記出力回転部材に摩擦接触する
四輪駆動車。
【請求項5】
前記プロペラシャフトと前記第1及び第2の差動歯車装置とは、前記第1のクラッチの前記駆動源側の回転部材が前記第1のクラッチの前記プロペラシャフト側の回転部材よりも速く回転するようにギヤ比が設定されたギヤ機構により連結されている、
請求項4に記載の四輪駆動車。
【請求項6】
前記第2のクラッチは、前記第2の差動歯車装置と前記補助駆動輪としての左後輪及び右後輪の間にそれぞれ設けられている、
請求項4又は5に記載の四輪駆動車。
【請求項7】
前記第2のクラッチは、前記プロペラシャフトと前記第2の差動歯車装置との間に設けられている、
請求項4又は5に記載の四輪駆動車。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−108613(P2013−108613A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−256578(P2011−256578)
【出願日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】