説明

グリース組成物及び転動装置

【課題】本発明は、鋼製の転動装置も腐食させることなく、イオン性液体の特徴である耐熱性や低摩耗性を活かすことのできるグリース組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、基油と、増ちょう剤と、イオン性液体と、を含有するグリース組成物であって、該イオン性液体の含有量が全体の0.5〜30重量%である、グリース組成物を提供するものである。本発明のグリース組成物を封入することにより広い温度範囲で使用可能な長寿命の転動装置を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基油、増ちょう剤、及びイオン性液体を配合したグリース組成物と、それを封入した転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
常温溶融塩であるイオン性液体は、様々な有機イオンの組合せによって低粘度で、熱安定性に優れたものが得られることが分かってきている。
【0003】
また、近年では、潤滑剤への使用、応用例も数多く報告されている(例えば、特許文献1及び非特許文献1〜5を参照)。イオン性液体を含むグリースは、耐熱性、低摩耗性に優れ、各種の転動体等への適用が期待されている。
【0004】
しかしながら、イオン性液体の性能、性状については不明な点も多く、どのような条件で好適に用いることができるか、検討の余地が多く残されている。
【0005】
特に、イオン性液体はアニオンとカチオンのイオン結合により存在しているため、イオン性液体を含むグリースを鋼製(SUJ2等)軸受に封入して使用すると、鋼中に含まれる金属元素(鋼の場合は主としてFe)と酸化還元反応を生じ、鋼を腐食させることがあるという問題があった。
【特許文献1】特開2004−183868号公報
【非特許文献1】社団法人日本トライボロジー学会予稿集 東京2004.5 p163−164
【非特許文献2】社団法人日本トライボロジー学会予稿集 東京2004.5 p165−167
【非特許文献3】機能材料 シーエムシー出版 2004年11月号 p63−68
【非特許文献4】社団法人日本トライボロジー学会予稿集 鳥取2004.11 p569−570
【非特許文献5】社団法人日本トライボロジー学会予稿集 鳥取2004.11 p571−572
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような状況に鑑みて、鋼製の転動装置も腐食させることなく、イオン性液体の特徴である耐熱性や低摩耗性を活かすことのできるグリース組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明に係るグリース組成物は、基油と、増ちょう剤と、イオン性液体とを含有し、イオン性液体の含有量が全体の0.5〜30重量%であることを特徴とする。
【0008】
イオン性液体の含有量を上記範囲にとどめれば、転動体に封入された際、基油が転動体を構成する金属表面を覆うので、イオン性液体の鋼への反応が緩和され、金属の腐食を抑制することができる。イオン性液体の含有量が30重量%以上であると、鋼の腐食を抑制する効果が得られず、焼付き寿命が短くなってしまう。従って、イオン性液体の含有量は、好ましくは20重量%以下とする。一方、イオン性液体の含有量が0.5重量%未満であると、イオン性液体の耐熱性、低摩擦性の効果が得られないので、イオン性液体の含有量は、好ましくは、1重量%以上である。
【0009】
また、上記基油は、合成炭化水素油であることが好ましい。このような構成により、鋼の腐食を抑制する効果をより高めることができる。
【0010】
また、本発明は、本発明のグリース組成物を封入した転動装置も包含する。このような転動装置は、イオン性液体を含むグリース組成物が封入されていても容易に腐食せず、耐熱性に優れ、低摩擦であるというイオン性液体を含むグリース組成物の利点が十分に活かされるものとなる。
【発明の効果】
【0011】
本発明のグリース組成物は、転動装置の金属を腐食させることなく、且つ、耐熱性及び低摩擦性に優れるというイオン性液体の特徴を有効活用できるものである。かかるグリース組成物を封入することにより広い温度範囲で使用可能な長寿命の転動装置を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明のグリース組成物及び転動装置の好ましい実施の形態を説明する。
【0013】
本発明に係るグリース組成物は、基油と増ちょう剤とイオン性液体とを含有する。以下、各成分について具体的に説明する。
【0014】
(イオン性液体)
イオン性液体とは、カチオンおよびアニオンからなる常温で液体の不揮発性の塩であり、導電性や耐熱性に優れている。
【0015】
本発明に用いられるイオン性液体としては、下記の一般式(I)で表されるピリジン系、一般式(II)で表されるイミダゾリウム系、一般式(III)で表される脂環族アミン系、一般式(IV)で表される脂肪族アミン系、一般式(V)で表されるホスホニウム系等のカチオンに、アニオン(X-)を組み合わせたものを挙げることができる。アニオン(X-)は、BF4-、PF6-、[(CF3SO22N]-、Cl-、Br-等から選択することができる。尚、式中、Rはアルキル基またはアルコキシ基を示す。
できる。
【0016】
【化1】

【0017】
イオン性液体は、上記化学式において炭素数が多く分子量が大きいものほど、動粘度が大きくなる。40℃の動粘度は、およそ12mm2/sから260mm2/sのものが知られ、イオン性液体を単独または組み合わせることによって、適切な粘度を得ることができる。また、融点が−45℃以下のものも実在し、潤滑油使用範囲を十分満たしている。
【0018】
尚、イオン性液体は高価であるため、配合量が多いとグリース組成物も高価になってしまうので、グリースへの配合量を少なくすることがより好ましい。
【0019】
(基油について)
本発明に用いる基油は特に限定されず、通常潤滑油の基油として使用されている油は全て使用することができる。低音流動性不足による低音起動時の異音発生や、高温時の油膜形成不足による焼付きを避けるために、40℃における動粘度が10〜400mm2/sである基油が好ましく、より好ましくは20〜250mm2/s、さらに好ましくは25〜150mm2/sである。
【0020】
具体例としては、鉱油系、合成油系または天然油系の潤滑油などが挙げられる.前記鉱油系潤滑油としては、鉱油を減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を、適宜組み合わせて精製したものを用いることができる。前記合成油系潤滑基油としては、炭化水素系油、芳香族系油、エステル系油、エーテル系油等が挙げられる。前記炭化水素系油としては、ノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1−デセンオリゴマー、1−デセンとエチレンコオリゴマーなどのポリ−α−オレフィンまたはこれらの水素化物などが挙げられる。前記芳香族系油としては、モノアルキルベンゼン、ジアルキルベンゼン、などのアルキルベンゼン、あるいはモノアルキルナフタレン、ジアルキルナフタレン、ポリアルキルナフタレンなどのアルキルナフタレンなどが挙げられる.前記エステル系油としては、ジブチルセバケート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチル・アセチルシノレートなどのジエステル油、あるいはトリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテートなどの芳香族エステル油、さらにはトリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールベラルゴネートなどのポリオールエステル油、さらにはまた、多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステル油などが挙げられる。前記エーテル系油としては、ポリエチレングリーコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールモノエーテル、ポリプロピレングリコールモノエーテルなどのポリグリコール、あるいはモノアルキルトリフェニルエーテル、アルキルジフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、ペンタフェニルエーテル、テトラフェニルエーテル、モノアルキルテトラフェニルエーテル、ジアルキルテトラフェニルエーテルなどのフェニルエーテル油などが挙げられる.その他の合成潤滑基油としてはトリクレジルフォスフェート、シリコーン油、パーフルオロアルキルエーテルなどが挙げられる。前記天然油系潤滑基油としては、牛脂、豚脂、大豆油、菜種油、米ぬか油、ヤシ油、パーム油、パーム核油等の油脂系油またはこれらの水素化物が挙げられる。これらの基油は、単独または混合物として用いることができ、上述した好ましい動粘度に調整される。
【0021】
(増ちょう剤について)
本発明に用いられる増ちょう剤は、ゲル構造を形成し、基油をゲル構造中に保持する能力があれば、特に制限されず、金属石けんを使用することもできるし、ベントン、シリカゲル、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ウレタン化合物等の非石けん類を適宜選択して使用してもよい。グリースの耐熱性を考慮すると、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ウレタン化合物、またはこれらの混合物が好ましい。このウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ウレタン化合物としては、具体的には、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、ポリウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ジウレタン化合物、またはこれらの混合物が挙げられ、中でもジウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ジウレタン化合物、またはこれらの混合物がより好ましい。耐熱性、音響性を考慮すると、ジウレア化合物が望ましい。
【0022】
増ちょう剤の配合量としては、グリースの初期混和ちょう度をNLGI No.1〜3にするために、8〜30重量%配合することが望ましい。8重量%未満だとグリースが軟らかくなりすぎ、高温でのグリース漏れが懸念される。また30重量%を超えると、トルクむらや低音時の異音発生の原因となる。
【0023】
(添加剤について)
本発明のグリース組成物には、必要に応じて公知の酸化防止剤、防錆剤、金属不活性化剤、油性剤、極圧剤、磨耗防止剤等を使用することができる。本願のイオン性液体は、アルコール等には溶解するが、ヘキサンには不溶である。グリース自体、半固体性物質であるため、ニーダやミーリングによって均一混合することも可能であるが、添加剤は、イオン性液体に可溶であるものが好ましい。
【0024】
(グリース組成物の製造方法)
本発明のグリース組成物を調整する方法には特に制約はない。しかし、一般的には基油中で増ちょう剤を反応させて得ることができる。添加剤は、得られたグリース組成物に所定量を配合することが好ましい。ニーダやロールミル等で、十分攪拌してもよく、この処理を行なうときに、加熱してもよい。
【0025】
(転動装置)
本発明に係る転動装置の構造自体は制限されるものではなく、例えば、転がり軸受、ボールねじ、リニアガイドなどが挙げられる。本発明に係る転動装置は、上述した本発明のグリース組成物が封入されていることから、低温から高温までの広い温度範囲で耐久性に優れた長寿命の装置である。
【実施例】
【0026】
以下、実施例と比較例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
【0027】
まず、表1に示される組成で、実施例及び比較例として用いるグリース組成物を合成した。
【0028】
【表1】

【0029】
イオン性液体としては、下記式(VI)に示す化合物を、基油としては合成炭化水素油を、増ちょう剤としてはウレア化合物を用いた。
【0030】
【化2】

【0031】
図1に示されるように、内径17mm、外径40mm、幅12mmの接触ゴムシール付き深溝玉軸受11を作製した。内輪19、外輪17、及び転動体20は、鋼(SUJ2)で形成した。このような深溝玉軸受に、実施例及び比較例のグリースを、軸受空間容積の30%封入し、内輪回転速度6000min-1、軸受外輪温度180℃、ラジアル荷重19.6N、アキシャル荷重196Nの条件で軸受を連続回転させた。焼付きが生じて軸受外輪温度が190℃以上に上昇したとき、試験を終了した。比較例1の焼付き寿命時間を1として、実施例との比較を行った。結果を図2に示す。
【0032】
イオン性液体が0.5〜30重量%の範囲のグリース組成物を使用した場合は、焼付き寿命比が高く、イオン性液体による腐食が抑制され、高温耐久性に優れた転動装置が得られることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明に係る転動装置の一実施形態を示す概略断面図である。
【図2】本発明に係るグリース組成物を封入した転動装置の焼付き試験の結果を示す。
【符号の説明】
【0034】
11…深溝玉軸受、17…外輪、19…内輪、20…転動体、23…軸受空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と、増ちょう剤と、イオン性液体と、を含有するグリース組成物であって、該イオン性液体の含有量が全体の0.5〜30重量%である、グリース組成物。
【請求項2】
前記基油が、合成油である、請求項1に記載のグリース組成物。
【請求項3】
前記基油が、合成炭化水素油である、請求項1または2に記載のグリース組成物。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載のグリース組成物を封入した転動装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−133309(P2008−133309A)
【公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−318338(P2006−318338)
【出願日】平成18年11月27日(2006.11.27)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】