説明

ゴム物品補強用鋼線の製造方法及び製造装置並びにゴム物品補強用スチールコード及び空気入りタイヤ

【課題】高炭素鋼の線材を用いてスチールワイヤを製造する際に、最終伸線工程に工夫を加えることにより、高強度でかつ延性にも優れるスチールワイヤを得ることのできるゴム補強用鋼線の製造方法を提供する。
【解決手段】めっき処理後の高炭素鋼線に最終伸線を行うゴム物品補強用鋼線の製造方法において、この最終伸線は、前段に複数段よりなる乾式伸線を含み、この乾式伸線後に湿式伸線を行う。湿式伸線では、後段において個々のパスの減面率を漸減させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴム物品補強用鋼線の製造方法及び製造装置並びにこの製造方法により得られたゴム物品補強用鋼線を用いたゴム物品補強用スチールコード及び空気入りタイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
ゴム物品のなかには、鋼線(以下、「スチールワイヤ」又は単に「ワイヤ」ともいう。)により補強されたものがある。例えば、空気入りタイヤは、複数本のスチールワイヤを束にして撚りをかけ、必要に応じて更に撚り合わせてなるスチールコードが、カーカスプライやベルトの補強のために用いられたものである。
【0003】
スチールコードを構成するスチールワイヤの一般的な製造法は、スチール線材を伸線機により一次伸線をし、次いで一次熱処理、すなわちパテンティング処理をした後に、二次伸線をし、次いで二次熱処理、すなわち再度のパテンティング処理をしてから、めっき処理により二次伸線後のスチールワイヤの表面にめっき層、例えばブラスめっき層を形成し、必要に応じてめっき層の熱拡散のための拡散熱処理を行い、その後に最終伸線を行って所定の直径を有するスチールワイヤを得るものである。
【0004】
近年、空気入りタイヤは地球環境負荷低減のために軽量化することについての技術開発が進められている。そのため、カーカスやベルトについては、スチールコードを層撚りのものから単撚りのものへ、更には撚り無しのものとすることによって、スチールコードの径を小さくし、よってカーカスやベルト層の厚さを薄くすることが行われてきた。もっとも、単撚りのスチールコードや無撚りのスチールコードをカーカスやベルトに用いた場合であっても、空気入りタイヤの強度が低下することは避けなければならない。したがって、単撚りのスチールコードや無撚りのスチールコードは、所定の強度を有することが必要とされる。
【0005】
無撚りのスチールコードに用いられるスチールワイヤは、撚線のスチールコードに用いるワイヤよりもワイヤ径を大きくすることが必要になる。また、無撚りのスチールコードが所定の強度を有するためには、素線のスチールワイヤが高強度であることが必要になる。
【0006】
このスチールワイヤの強度を高めるには、炭素含有量を従来よりも高めた、高炭素鋼の線材を用いてスチールワイヤを製造することが考えられる。しかしながら、高炭素鋼の線材を用いたスチールワイヤの製造では、最終伸線工程において従来の鋼線のように加工量を大きくすることが難しく、よって伸線工程の設計が困難であった。そのため、製造工程の如何によって、最終伸線して得られたスチールワイヤは、所期した機械的特性、例えば強度や延性が十分には得られない場合があった。
【0007】
特許文献1には、最終伸線工程を、めっき表面の平滑化のための乾式伸線と、それに続いて行われる湿式伸線との組み合わせで行うことが記載されている。しかしながら、この特許文献1に記載されためっき被覆金属線材の伸線方法は、乾式伸線が1パスのみであり、減面率が低いことから、鋼線のめっき表面の平滑化のためには十分であるが、鋼線の機械的特性を向上させるための方法ではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−1030号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の問題を有利に解決するものであり、高炭素鋼の線材を用いたスチールワイヤの製造の際に、最終伸線工程に工夫を加えることにより、高強度でかつ延性にも優れるスチールワイヤを得ることのできるゴム補強用鋼線の製造方法及び製造装置を、この製造方法により得られたゴム物品補強用鋼線を用いたゴム物品補強用スチールコード及び空気入りタイヤと共に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のゴム物品補強用鋼線の製造方法は、めっき処理後の高炭素鋼線に最終伸線を行うゴム物品補強用鋼線の製造方法において、この最終伸線は、前段に複数段よりなる乾式伸線を含み、この乾式伸線後に湿式伸線を行うことを特徴とする。
【0011】
本発明のゴム物品補強用鋼線の製造方法においては、湿式伸線は、乾式伸線後の鋼線の直径をD0(mm)、最終湿式伸線後の鋼線の直径をD1(mm)とするとき、次の(1)式:
ε=2・ln(D0/D1) (1)
で表わされるεが2.7以下を満たす湿式伸線加工量を有することが好ましく、また、最終伸線は、後段において個々のパスの減面率が、当該パスの直前のパスの減面率よりも低く、かつ、最終パスの減面率が6%以下であることが好ましい。なお、本発明において上記後段とは、最終パスを含む全パス数の半分よりも後半部分のパスのことをいう。更に、最終伸線を行う鋼線は、炭素を1.00質量%以上、クロムを0.10〜0.40質量%含むこと、また、最終伸線後の鋼線は、直径が0.5mm以上であり、破断強力が3000MPa以上であることが好ましい。更に、最終伸線の前に、一次伸線後の鋼線にパテンティングを一度のみ行うことが、より好ましい。また、最終伸線後に、鋼線の表面に圧縮応力を残留させる改質処理を行うこともできる。
【0012】
本発明のゴム物品補強用スチールコードは、上述した製造方法により製造されたゴム物品補強用鋼線の一本又は複数本を撚り合わせずに束ねてなるものである。
本発明の空気入りタイヤは、上述した製造方法により製造されたゴム物品補強用鋼線からなるゴム物品補強用スチールコードをプライコード及びベルトコードの少なくとも一方に用いたものである。
【0013】
本発明のゴム物品補強用鋼線の製造装置は、めっき処理後の鋼線に最終伸線を行う伸線装置を備えるゴム物品補強用鋼線の製造装置おいて、この伸線装置は、乾式伸線機と湿式伸線機との組み合わせからなり、この湿式伸線機の後段における個々のパスの減面率を、当該パスの直前のパスの減面率よりも低くしたことを特徴とする。本発明において上記後段とは、最終パスを含む全パス数の半分よりも後半部分のパスのことをいう。
【0014】
本発明のゴム物品補強用鋼線の製造装置においては、伸線装置により伸線された鋼線の表面に圧縮応力を残留させる矯正装置を備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、最終伸線は、前段に複数段よりなる乾式伸線を含むことから、この最終伸線の乾式伸線で所定範囲内の伸線加工を行うことで、湿式伸線での減面率を減らすことができ、これにより湿式伸線時の発熱量を抑制して、延性に優れたスチールワイヤを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の製造方法の一実施形態のフロー図である。
【図2】最終伸線装置の模式図である。
【図3】最終伸線時における各パスの減面率及び鋼線の温度を示すグラフである。
【図4】最終伸線時における各パスの減面率及び鋼線の温度を示すグラフである。
【図5】矯正装置の説明図である。
【図6】最終伸線時における各パスの減面率及び鋼線の温度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明のゴム物品補強用鋼線の製造方法及び焼鈍装置の実施形態を、より具体的に説明する。
【0018】
図1に、本発明の一実施形態のゴム物品補強用鋼線の製造方法のフロー図を示す。図1では、ゴム物品補強用鋼線の一例として、空気入りタイヤのカーカスやベルトに用いられるスチールワイヤを製造する際の製造工程の一例のフロー図を示している。
【0019】
図1において、高炭素鋼よりなるめっき鋼線材に最終伸線(ステップS1)を行う際に、最初に複数段(すなわち、複数パス)よりなる乾式伸線を行い(ステップS11)、次いで湿式伸線を行う(ステップS12)。これにより、高炭素鋼線を得る。
【0020】
本実施形態においては、最終伸線(ステップS1)において、前段に複数パスによる乾式伸線(ステップS11)を行っていることから、この乾式伸線でめっき鋼線に強加工を行うことができる。これにより、最終伸線の湿式伸線での減面率を減らすことができる。したがって、この湿式伸線時の、特に最終パス及びそれ以前における発熱量を抑制することができ、よってこの発熱に起因するめっき鋼線の脆化を防止して、めっき鋼線の延性を向上させることができる。
【0021】
このようなめっき鋼線の延性向上は、めっき鋼線が太径、例えば直径が0.5mm以上であるスチールワイヤであり、かつ、鋼線材が高炭素鋼である場合に特に有効である。すなわち、従来の最終伸線では、全て湿式伸線で伸線していたため、炭素を1.0質量%程度で含む高炭素鋼線を伸線するためには、各パスでの負荷を大きくする必要があり、このために最終伸線時の鋼線の発熱が大きくなって、鋼線の延性が低下していた。
【0022】
これに対して、本発明では、最終伸線時に複数段の乾式圧延を最初に行うことにより、炭素を1.0質量%程度含む高炭素鋼であっても、最終伸線時の各パスの負荷を小さくすることができ、ひいては鋼線の発熱を抑制して、その結果、鋼線の延性を向上させることができる。また、最終伸線時に複数の乾式圧延を最初に行うことにより、線径(直径)が0.5mm以上の太径の鋼線を容易に製造することが可能となった。これは、空気入りタイヤのカーカスやベルトの補強用に用いられるスチールコードとして、無撚りのスチールワイヤの一本又は複数本を用いる場合の当該スチールワイヤに特に有利に適合する。
【0023】
したがって、炭素を1.00質量%含む高炭素鋼鋼線に最終伸線をして、直径が0.5mm以上、破断強力が3000MPa以上、より好ましくは破断強力が3500MPa以上であるスチールワイヤを製造するのに、本発明のゴム物品補強用鋼線の製造方法は、特に有利に適合する。
【0024】
最終伸線前の製造工程については、特に限定されず、一次伸線、熱処理(パテンティング)、めっき処理を行うことができる。
【0025】
一次伸線に供する鋼線材については、特に限定しないが、鋼線、ステンレス鋼線、高炭素鋼線等を使用することができる。好ましくは、炭素を1.00質量%以上、かつ、Cr(クロム)を0.10〜0.40質量%を含む高炭素鋼である。炭素を1.00質量%以上、かつ、Cr(クロム)を0.10〜0.40質量%を含む高炭素鋼の鋼線材を材料として用いることにより、破断強力が3000MPa以上という高強度でかつ、直径が0.5mm以上という太線のスチールワイヤを製造することができる。また、鋼線材の直径も特に限定しないが、例えば5.5mm程度のものを用いることができる。
【0026】
鋼線材に施す一次伸線は、従来と同様の伸線条件により、乾式伸線機により行うことができる。この一次伸線後の鋼線の線径は、例えば2.6mmφ程度とすることができる。
【0027】
一次伸線後のスチールコードは、従来の鋼線の製造方法と同様に、一次熱処理(パテンティング)及び二次伸線を行ってから、熱処理をし、めっき処理を行うことができる。また、この一次熱処理及び二次伸線を行うことなく、一度の熱処理とそれに引き続くめっき処理を行うこともできる。一次熱処理及び二次伸線を省略することにより、換言すれば最終伸線の前に、一次伸線後の鋼線にパテンティングを一度のみ行うことにより、ゴム物品補強用鋼線の製造を、より省エネルギーで実施することができる。したがって、一次伸線後の鋼線にパテンティングを一度のみ行うことが好ましい。
【0028】
また、鋼線の製造工程において、一次熱処理、及びこの一次熱処理後の二次伸線を省略することにより、太径、例えば直径が0.5mm以上であるスチールワイヤを容易に製造することができる。これは、空気入りタイヤのカーカスやベルトの補強用に用いられるスチールコードとして、無撚りのスチールワイヤの一本又は複数本を用いる場合の当該スチールワイヤに特に有利に適合する。したがって、最終伸線後の鋼線の直径が0.5mm以上であるスチールワイヤを製造する場合、パテンティングを一度のみ行うことは好ましい。
【0029】
最終伸線の前に、一次伸線後の鋼線にパテンティングを一度のみ行う場合に、その熱処理は、従来の一般的なスチールコードの製造方法における、めっき処理前の熱処理工程と同じ熱処理装置を用いて、従来と同様の熱処理条件で行うことができる。これにより一次伸線後のスチールコードのパテンティング処理、すなわち、鋼線材を加熱してオーステナイト化した後に冷却して微細パーライト組織とする処理を実施することができる。
【0030】
熱処理後は、ゴムとの密着性を向上させるために、めっき処理を行う。このめっき処理は、銅、亜鉛、ニッケル等の金属あるいは合金めっきを鋼線の表面に被覆させる処理であり、一例としてブラス(黄銅)めっきを適用することができる。このめっき処理の条件は、従来のスチールワイヤのめっき処理と同様の条件で行うことができる。例えば、ブラスめっきの場合は、銅めっきと亜鉛めっきとを順次に行ったのち、拡散熱処理を行うことにより、銅と亜鉛の合金であるブラスめっきを鋼線表面上に形成させることもできる。
【0031】
次いで最終伸線(ステップS1)を行う。最終伸線(ステップS1)は、本発明に従い、前段に複数段よりなる乾式伸線(ステップS11)を含み、この乾式伸線(ステップS11)後に湿式伸線(ステップS12)を行うようにする。
【0032】
図2に、上記の最終伸線に好適な、最終伸線装置の模式図を示す。図2に示す最終伸線装置1は、乾式伸線装置2と、湿式伸線装置3との組み合わせよりなる。乾式伸線装置2では、巻き出された鋼線を複数のダイスに通して順次に伸線する。乾式伸線後は鋼線を巻き取り、適当な長さでカットした後、湿式伸線装置3の巻き出しに仕掛けて湿式伸線を行う。
【0033】
乾式伸線(ステップS11)は複数パス、例えば4パス以上6パス以下で含むことが好ましい。そのために図2の乾式伸線装置2では、巻き出された鋼線を通して順次に伸線する複数のダイスのうち、後段の4個以上6個以下のダイスを用いることが好ましい。前段で複数パスの乾式伸線を実施することにより、湿式伸線での減面率を低下させることができ、これにより、スチールワイヤの延性の低下を抑制することができる。乾式伸線を実施するパス数は、4パス以上とすることにより、乾式伸線の効果を発揮させることができ、また、乾式伸線後のめっき鋼線の線径を小さくすることにより湿式伸線を太物専用の湿式伸線機以外の、細・中物用の湿式伸線機でも伸線を実施することが可能となる。また、乾式伸線を6パス以下とすることにより、また、鋼線表面に形成されためっきの脱落を抑制することができる。この乾式伸線は、最終伸線前の前段伸線加工の数パスに適用することができる。
【0034】
最終伸線(ステップS1)の乾式伸線(ステップS11)後の加工量は、乾式伸線後の鋼線の直径をD0(mm)、最終湿式伸線後の鋼線の直径をD1(mm)とするとき、次の(1)式:
ε=2・ln(D0/D1) (1)
で表わされるεが2.7以下を満たす加工量であることが好ましい。このεが2.7以下であることにより、湿式伸線における発熱量を抑制することができ、これにより、最終伸線後の鋼線の延性を、いっそう向上させることができるという効果がある。
【0035】
最終伸線(ステップS1)においては、湿式伸線機の後段における個々のパスの減面率を、当該パスの直前のパスの減面率よりも低くすること、すなわち、後半部分の減面率を漸減することが好ましく、より好ましくは湿式伸線(ステップS12)の最終パス及びこの最終パスから遡る数パスは、直前のパスよりも減面率を低くする。上述したような、鋼線材に炭素を1.00質量%以上、かつ、Cr(クロム)を0.10〜0.40質量%を含む高炭素鋼を用いる場合には、最終伸線工程の後段の減面率が大きいと、伸線時に鋼線が高温となり、最終伸線後の延性が低下するおそれがある。発明者の研究によれば、このような最終伸線後の延性低下は、最終パス及びこの最終パスから遡る数パス、例えば湿式伸線が17パスである場合に12〜17パスを、直前のパスよりも減面率を低くすることにより、より抑制することができる。
【0036】
図3(a)に、最終伸線時において湿式伸線の前に乾式伸線を4パス行い、次いで湿式伸線の全17パス中、第12パス〜第17パスを直前のパスよりも減面率を低くして高炭素鋼を伸線したときの、各パスの減面率を示し、同図(b)に、そのときの鋼線の平均温度をグラフで示す。また、参考のために図4(a)に、最終伸線時において乾式伸線を行わず、湿式伸線の全17パス中、第14パス〜第19パスのみを直前のパスよりも減面率を低くして高炭素鋼を伸線したときの、各パスの減面率を示し、同図(b)に、そのときの鋼線の平均温度をグラフで示す。
【0037】
図3と図4との対比から、湿式伸線の前に乾式伸線を行った場合の図3の例は、湿式伸線の前に乾式伸線を行わなかった場合の図4の例よりも最終伸線時の鋼線の平均温度のピーク値が低く、かつ、最終伸線の後段における鋼線の平均温度が低い。このことにより、湿式伸線の前に乾式伸線を行った場合には、湿式伸線中の鋼線の発熱が抑制され、鋼線の脆化が抑制されるために、鋼線の延性の低下を抑制することができるものと考えられる。
【0038】
上述のように湿式伸線の最終パス及びそれ以前のパスの減面率を低下させるとき、その最終パスの減面率は、6%以下であることが、より好ましい。最終パスの減面率を極力低下させて6%以下とすることにより、最終伸線終了時の鋼線の温度を低下させることで、得られた鋼線の延性をいっそう向上させることができる。
【0039】
なお、本実施形態に従い、最終パス及びこの最終パスから遡る数パスを、直前のパスよりも減面率を低くしたとしても、最終伸線時の前段で複数パスの乾式伸線を実施する伸線パススケジュールを組むことにより、最終伸線における合計の減面率を従来と同じにすることができる。これにより、湿式伸線を中・細物伸線機を用いて伸線加工することが可能となる。よって太物伸線機を新たに設ける設備投資が不要となるという絶大な効果が得られる。
【0040】
本発明に従う最終伸線を経て、好ましくは線径0.5mm以上のスチールワイヤを得ることができる。最終伸線後の鋼線は、破断強力が3000MPa以上であることが好ましく、より好ましくは破断強力が3500MPa以上である。直径が0.5mm以上であり、破断強力が3000MPa以上の鋼線は、無撚りのスチールコードに好適に用いられる。
【0041】
最終伸線後は、鋼線がコイルに巻かれ、その後に例えばタイヤのカーカスプライやベルト用に供されるが、この最終伸線後に、鋼線の表面に圧縮応力を残留させる矯正処理を行うこともできる。
【0042】
図5に、この最終伸線後に行う矯正処理に用いて好適な、矯正装置10の一例の模式図を示す。同図において、Dは最終伸線の伸線機であり、Dは最終伸線工程の最終ダイス、11は最終伸線後のブラスめっき鋼線Wが巻きかけられてこのブラスめっき鋼線Wに引き抜き力を与える駆動キャプスタンである。12は、ブラスめっき鋼線Wの表面に圧縮応力を加えるための矯正加工ロールである。この矯正加工ロール12は、第1の矯正部12Aと第2の矯正部12Bとを備え、各矯正部12A、12Bは、千鳥状に配置された複数のローラ12aを有している。ブラスめっき鋼線Wを、駆動キャプスタンに巻き付けずに直接的に矯正加工ロール12に入線してこれらのローラ12a間を通過させると、ブラスめっき鋼線Wは、各ローラの周面と接して曲げ応力が交互に加えられる。第1の矯正部12Aのローラ12aと第2の矯正部12Bのローラ12aとは、互いにブラスめっき鋼線Wを中心に90°回転させた位置関係で配置されているので、ブラスめっき鋼線Wの表面には、四方から引張応力及び曲げ応力が加えられ、圧縮応力が残留する。
【0043】
図5に示した矯正装置1では、最終ダイスDからのブラスめっき鋼線Wは、駆動キャプスタンに巻きかけることなく、直接的に矯正加工ロール12に導かれる。ブラスめっき鋼線Wが、直接的に矯正加工ロール12に導かれることにより、最終ダイスDでの引き抜き力が、直接的に矯正加工ロール12での矯正入力として加わるため、矯正加工ロール12にてブラスめっき鋼線Wに大きな圧縮残留応力が容易に得られる。
【0044】
矯正加工ロール12を経たブラスめっき鋼線Wは、ガイドローラ13により移動方向を変えられた後、溝付きの多条プーリ14と駆動キャプスタン11との間で多条に巻きかけられる。多条プーリ14を経たブラスめっき鋼線Wは、ボビンBに巻き取られる。
【0045】
矯正装置10では、多条プーリ14と駆動キャプスタン11との通線方法の調整と、多条プーリ14の傾き調整とによって、ブラスめっき鋼線Wの回転性、すなわちトーションが改善される。また、矯正加工ロール12での噛み量の調整によってブラスめっき鋼線Wの真直性、すなわちストレートネスが改善される。
【0046】
したがって、最終伸線後のブラスめっき鋼線Wに矯正装置10によって矯正処理を行うことによって、ブラスめっき鋼線Wは矯正加工ロールに直接的に入線されて鋼線の表面に大きな圧縮応力が残留することでブラスめっき鋼線Wの延性を向上させることができる。また、ブラスめっき鋼線Wは矯正加工ロール12での矯正加工により真直性が改善され、更に、多条プーリ14と駆動キャプスタン11とでの多条巻きかけによりブラスめっき鋼線Wの回転性が改善されるので、タイヤのトリートのカールや反りを防ぐことができる。
【0047】
本発明のゴム物品補強用鋼線の製造方法で製造されたゴム物品補強用鋼線は、その一本をそのままで、又は複数本を撚り合わせずに束ねて、ゴム補強用スチールコードとすることができる。なお、従来と同様に、撚線のスチールコードに用いてもよい。このゴム補強用スチールコードは、空気入りタイヤのプライコードベルト及びコードの少なくとも一方に用いることができる。
【実施例】
【0048】
(実施例1)
炭素を1.0質量%、クロムを0.2質量%を含む直径5.5mmの線材に一次伸線を行って線径2.6mmとした。次に、熱処理としてオーステナイト相(約940℃)に加熱後、きれいな微細パーライト組織が得られる条件で500℃までパテンティング冷却した。次に、めっき処理として銅めっきを鋼線表面に形成し、次いで亜鉛めっきを、銅めっきされた鋼線表面に形成した後、拡散熱処理を行って厚さ3〜4μmのブラスめっきを得た。
【0049】
次に、最終伸線を行った。この最終伸線は、最初に乾式伸線により4パスで線径を2.60mmから、1.86mmまで減面した後、湿式伸線により全15パスで行い、直径0.52mmの鋼線とした。なお、この乾式伸線における前記(1)式で表わされるεの値は2.55であった。この最終伸線時の伸線条件と、そのときの鋼線の線温を表1に示し、また、これらを図6(a)、(b)にグラフで示す。
【0050】
【表1】

【0051】
得られた鋼線の特性について調べたところ、鋼線の延性を評価するための繰り返し捻り試験の結果は、RT値が10回であり、また、破断強力は3540MPaであり、延性及び強度に優れていた。
上記繰り返し捻り試験は、繰り返し捻り試験装置を用いて、軸線が直線となるように保持した鋼線に、鋼線の直径の100倍の長さ当たり3回に相当する量の捻りを繰り返し与え、鋼線にクラックを発生させる試験である。試験中の鋼線の軸線を直線に保持するためには、鋼線の軸線方向に軽く張力を掛けておく。この鋼線をまず所定回数N回捻り、この時点から逆方向に同量だけ捻り戻すことによりもとの状態に戻す。これを1サイクルとして繰り返し、鋼線にクラックを発生させる。ここで、所定回数Nとは鋼線の直径の100倍の長さ当たり3回に相当する捻り回数であり、捻りに供される鋼線の長さをL(mm)、鋼線の直径をD(mm)とすれば、式N=3×(L/100D)で表される値である。
この繰り返し捻り試験に際し、鋼線試料長Lを100mmとし、荷重には2.0kgの重りを用いた。鋼線の線径dの100倍の長さ当たり3回に相当する回転数Nは、N=3×(L/100d)の計算式により、N=6.0回である。そこで、各鋼線試料に時計方向及び反時計方向に6回転させることを繰り返し与えて、クラックが入るまでの繰り返し回数を数えた。なお、回転速度は約60回転/分とした。
RT値は、数値が大きいほどRT値が良好であることを示す。
【0052】
(比較例)
最終伸線を湿式のみで全19パスで行った以外は実施例1と同様にして鋼線を得た。この最終伸線時の伸線条件と、そのときの鋼線の線温を表2に示す。この伸線条件は、図4に示したような、湿式伸線による全19パスの、一般的な最終伸線条件である。
【0053】
【表2】

【0054】
得られた鋼線の特性について調べたところ、RT値が2回であり、破断強力は3520MPaであり、延性が実施例1に比べて劣っていた。
【0055】
(実施例2)
湿式伸線において、最終のパス及びその最終パス前の5パスを、そのパスの直前のパスの減面率よりも低く、かつ、最終パスの減面率が6%以下である5.53%とした以外は、実施例1と同様にして鋼線を得た。この最終伸線時の伸線条件と、そのときの鋼線の線温を表3に示す。この伸線条件は、図3に示した伸線条件である。
【0056】
【表3】

【0057】
得られた鋼線の特性について調べたところ、RT値が20回であり、破断強力は3520MPa)であり、実施例1よりも延性が優れていた。
【0058】
(実施例3)
最終伸線後、図5に示す矯正装置を通過させた他は、実施例1と同様にして鋼線を製造した。得られた鋼線は、実施例1の鋼線のRT値が10回であったのに対して、実施例3の鋼線は、RT値が18回であり、実施例1の鋼線に比べて延性が向上していた。
【0059】
(実施例4)
最終伸線後、図5に示す矯正装置を通過させた他は、実施例2と同様にして鋼線を製造した。得られた鋼線は、実施例2の鋼線のRT値が20回であったのに対して、実施例4の鋼線は、RT値が35回であり、実施例2の鋼線に比べて延性が向上していた。
【0060】
以上、本発明のゴム物品補強用鋼線の製造方法を、実施例を用いて具体的に説明したが、本発明はこれらの実施例によって限定されることはなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で幾多の変形が可能であることは、いうまでもない。
【符号の説明】
【0061】
1 最終伸線装置
2 乾式伸線装置
3 湿式伸線装置
10 矯正装置
11 駆動キャプスタン
12 加工ロール
14 多条プーリ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
めっき処理後の高炭素鋼線に最終伸線を行うゴム物品補強用鋼線の製造方法において、
この最終伸線は、前段に複数段よりなる乾式伸線を含み、この乾式伸線後に湿式伸線を行うことを特徴とするゴム物品補強用鋼線の製造方法。
【請求項2】
前記湿式伸線は、乾式伸線後の鋼線の直径をD0(mm)、最終湿式伸線後の鋼線の直径をD1(mm)とするとき、次の(1)式:
ε=2・ln(D0/D1) (1)
で表わされるεが2.7以下を満たす湿式伸線加工量を有することを特徴とする請求項1記載のゴム物品補強用鋼線の製造方法。
【請求項3】
前記最終伸線は、後段において個々のパスの減面率が、当該パスの直前のパスの減面率よりも低く、かつ、最終パスの減面率が6%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のゴム物品補強用鋼線の製造方法。
【請求項4】
前記最終伸線を行う鋼線は、炭素を1.00質量%以上、クロムを0.10〜0.40質量%含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のゴム物品補強用鋼線の製造方法。
【請求項5】
前記最終伸線後の鋼線は、直径が0.5mm以上であり、破断強力が3000MPa以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のゴム物品補強用鋼線の製造方法。
【請求項6】
前記最終伸線の前に、一次伸線後の鋼線にパテンティングを一度のみ行うことを特徴とする1〜5のいずれか1項に記載のゴム物品補強用鋼線の製造方法。
【請求項7】
前記最終伸線後に、鋼線の表面に圧縮応力を残留させる矯正処理を行うことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載のゴム物品補強用鋼線の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の製造方法により製造されたゴム物品補強用鋼線の一本又は複数本を撚り合わせずに束ねてなるゴム補強用スチールコード。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の製造方法により製造されたゴム物品補強用鋼線からなるゴム物品補強用スチールコードをプライコード及びベルトコードの少なくとも一方に用いたことを特徴とする空気入りタイヤ。
【請求項10】
めっき処理後の鋼線に最終伸線を行う伸線装置を備えるゴム物品補強用鋼線の製造装置おいて、
この伸線装置は、乾式伸線機と湿式伸線機との組み合わせからなり、この湿式伸線機の後段における個々のパスの減面率を、当該パスの直前のパスの減面率よりも低くしたことを特徴とするゴム物品補強用鋼線の製造装置。
【請求項11】
前記伸線装置により伸線された鋼線の表面に圧縮応力を残留させる矯正装置を備えることを特徴とする請求項10記載のゴム物品補強用鋼線の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−45580(P2012−45580A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−190119(P2010−190119)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】