説明

シリンダ

【課題】ピストンとの往復動摩擦を低減可能で、かつピストンスカート部とシリンダとの間で生じ得る縦傷や過大摩耗を回避可能なシリンダを提供すること。
【解決手段】前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、シリンダ周方向の全ての断面において少なくとも一つの凹部が存在するように、複数の凹部を形成し、前記シリンダの内壁面のうち、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部を形成せず、前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計を1〜80%の範囲内とし、前記行程中央部領域における、当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域のうち、少なくともその1/4以上を、前記凹部が形成されていない領域とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンがその内壁面を摺動するシリンダに関し、特には、ピストンとの往復動摩擦を低減することが可能であり、かつピストンのピストンスカート部とシリンダとの間で生じ得る縦傷や過大摩耗を回避可能なシリンダに関する。
【背景技術】
【0002】
温暖化をはじめとする環境問題が地球規模で大きくクローズアップされ、大気中のCO削減に向けた内燃機関の燃費改善技術の開発が大きな課題となっており、その一環として、エンジン等に用いられる摺動部材の摩擦損失の低減が求められている。これに鑑み、近年において、耐摩耗性および耐焼付性に優れ、かつ、摩擦力の低減効果を最大限に発現することが可能な摺動部材の材料・表面処理・改質の技術の開発が進められている。
【0003】
内燃機関の燃費改善など、シリンダが用いられる装置のエネルギー効率を向上させるためには、摩擦損失の低減が有効である。特に、往復運動を行なうピストン(およびピストンリング)と、シリンダの内壁面との間では、摩擦低減が有効である。
【0004】
上記往復摩擦の低減のために、特許文献1ではシリンダライナの内壁面にくぼみ(凹部)を形成することにより、ピストン(およびピストンリング)とシリンダライナとの往復動摩擦を低減する技術が開示されている。また、当該文献にはシリンダライナの内壁面においてピストンのピストンスカートと摺動する部分とその他の部分とにおいて、形成する凹部の寸法や凹部の開口面積を変化させることについての開示もされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−46660号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1の発明は、シリンダライナの内壁面におけるどの部分にどのように凹部を形成することが有効であるかについての検討や、凹部のピストンスカートと摺動する部分と凹部との関係について検討について、詳細に行われてはおらず、未だ改善の余地がある。
【0007】
本発明は、このような現状においてなされたものであり、ピストンがその内壁面を摺動するシリンダに関し、特には、ピストンとの往復動摩擦を低減することが可能であり、かつピストンのピストンスカート部とシリンダとの間で生じ得る縦傷や過大摩耗を回避可能なシリンダを提供することを主たる課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための第1の発明は、ピストンが内壁面を摺動するシリンダであって、前記シリンダの内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、シリンダ周方向の全ての断面において少なくとも一つの凹部が存在するように、複数の凹部が形成されており、前記シリンダの内壁面のうち、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されておらず、前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、前記行程中央部領域における、当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域のうち、少なくともその1/4以上は、前記凹部が形成されていない領域であることを特徴とする。
【0009】
また、上記課題を解決するための第2の発明は、ピストンが内壁面を摺動するシリンダであって、前記シリンダの内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、シリンダ周方向の全ての断面において少なくとも一つの凹部が存在するように、複数の凹部が形成されており、前記シリンダの内壁面のうち、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されておらず、前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、前記行程中央部領域における、当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域のうち、少なくともその1/4以上は、当該領域以外の領域よりも凹部の面積率が低い領域であることを特徴とする。
【0010】
また、上記課題を解決するための第3の発明は、ピストンが内壁面を摺動するシリンダであって、前記シリンダの内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、シリンダ周方向の全ての断面において少なくとも一つの凹部が存在するように、複数の凹部が形成されており、前記シリンダの内壁面のうち、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されておらず、前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、前記行程中央部領域における、当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域のうち、少なくともその1/4以上は、当該領域以外の領域よりも凹部のシリンダ径方向の平均長さが小さい領域であることを特徴とする。
【0011】
上記のシリンダにあっては、シリンダ本体とその内側に固着されたシリンダライナとから構成されており、前記シリンダライナの内壁面に前記複数の凹部が形成されていてもよい。
【0012】
また、上記のシリンダにあっては、前記行程中央部領域の、前記凹部が形成されていない箇所の十点平均粗さRzが4μm以下であってもよい。
【0013】
また、上記のシリンダにあっては、前記凹部のシリンダ軸方向の平均長さが、用いられるピストンリングのうちの、最上位のピストンリングのシリンダ軸方向の長さ以下であってもよい。
【0014】
また、上記のシリンダにあっては、前記凹部のシリンダ径方向の平均長さが0.5〜1000μmの範囲内であってもよい。
【0015】
また、上記のシリンダにあっては、内燃機関に用いてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、第1に、シリンダ内壁面全体において、凹部をどの部分に設けるべきか検討し、種々の要件を限定している。具体的には、行程中央部領域のみに凹部を形成している(行程中央部領域以外の部分には凹部を形成しない)ため、ピストンリングが摺動する領域において、ピストンリングとシリンダの内壁面との往復動摩擦を低減することができる。また、行程中央部領域における凹部の形成面積率を所定の範囲内とすることにより、接触面積が小さくなり、潤滑油のせん断抵抗に起因する摩擦力を小さく維持することができる。さらに、本発明においては、行程中央部領域に形成される複数の凹部は、シリンダ軸方向に重なるように形成されている(シリンダ周方向の全ての断面において少なくとも一つの凹部を形成している)ため、接触面積を効率的かつ、平均的に低減することが可能となる。
【0017】
また、本発明は、第2に、前記シリンダ内壁面の行程中央部領域においても、凹部を均一に設けるのではなく、当該シリンダ内壁面と摺動するピストンのピストンスカート部との位置関係を考慮して、種々の限定をしている。具体的には、(1)前記行程中央部領域における、当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域のうち、少なくともその1/4以上は、前記凹部が形成されていない領域としている。または、(2)前記行程中央部領域における、当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域のうち、少なくともその1/4以上は、当該領域以外の領域よりも凹部の面積率が低い領域としていうる。または、(3)前記行程中央部領域における、当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域のうち、少なくともその1/4以上は、当該領域以外の領域よりも凹部のシリンダ径方向の平均長さが小さい領域としている。
【0018】
行程中央部領域における当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域は、ピストンのスカート部からの圧力が最もかかる部分であり、当該部分の少なくとも1/4以上の領域について、上記の限定をすることにより、当該部分の面圧を低減することができ、これにより、当該部分に縦傷が発生することを防止し、また当該部分の過大摩耗を防止することができる。
【0019】
また、本発明のシリンダは、シリンダの内壁面とピストンが摺動するタイプであっても、シリンダの内側に固着されたシリンダライナとピストンが摺動するタイプであっても同様の効果を得ることができる。
【0020】
また、本発明のシリンダにおいて、行程中央部領域における凹部が形成されていない箇所の十点平均粗さRzの値を所定の値以下とすることにより、往復動摩擦の低減に効果を発揮することができる。なお、十点平均粗さRzとは、JIS B0601−1994にて規定されているものである。
【0021】
また、本発明のシリンダにおいて、凹部のシリンダ軸方向の平均長さを最上位のピストンリングのシリンダ軸方向の長さ以下とすることにより、シリンダ内の気密性を高く維持することができる。
【0022】
また、本発明のシリンダにおいて、凹部のシリンダ径方向の平均長さを所定の範囲内とすることにより、往復動摩擦における潤滑油のせん断抵抗の影響を効率的に低減することができる。
【0023】
さらに、本発明のシリンダライナを、エネルギー効率の向上が特に求められている分野である内燃機関に用いることにより、高い効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明のピストンとシリンダを組み合わせた状態を示す一部切欠正面図である。
【図2】本発明のシリンダの内壁面の軸方向の展開図である。
【図3】本態様のシリンダ本体の内側に固着されるシリンダライナにおける、上記行程中央部領域の範囲の一例を示す概略断面図である。
【図4】本発明において用いられるシリンダに形成される凹部の形状の一例を示す概略展開図である。
【図5】上述した図3の行程中央部領域における、凹部の配置の一例を示す概略展開図である。
【図6】本発明において用いられるのシリンダに形成される凹部の寸法位置を説明する概略展開図および概略断面図である。
【図7】本発明において用いられるシリンダにおける、凹部の配置の他の一例を示す概略展開図である。
【図8】本発明において用いられるシリンダにおける、面積率を説明する概略断面図および概略展開図である。
【図9】本発明のシリンダライナの内壁面の軸方向の展開図である。
【図10】特別行程中央部領域の凹部と、当該領域以外の領域(一般行程中央部領域)の凹部を比較する図である。
【図11】本発明において用いられるシリンダライナとピストンの寸法を示す概略図である。
【図12】本発明のシリンダライナに凹部を形成する方法の説明図である。
【図13】参考実験のシリンダライナの展開図である。
【図14】往復動摩擦力を測定するための装置の説明図である。
【図15】参考実験1の測定結果を示すグラフである。
【図16】参考実験2の測定結果を示すグラフである。
【図17】参考実験3の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、内壁面の行程中央部領域に凹部が設けられたシリンダに関し、具体的には、シリンダ内壁面に一様に凹部を設けるのではなく、領域毎に凹部の設け方(凹部の存在の有無、凹部の面積率、凹部のシリンダ径方向の平均長さ(深さ))を変化させている点に特徴を有している。つまり、まず第1に、シリンダ内壁面を行程中央部領域とそれ以外の領域とに分け、さらに、第2に、前記行程中央部領域を、シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域とそれ以外の部分に分け、それぞれの領域に最適な凹部を設けている点に特徴を有している。このような本発明のシリンダによれば、ピストンとの往復動摩擦を低減することができ、かつピストンのピストンスカート部とシリンダとの間で生じ得る縦傷の発生や過大摩耗を回避することができる。
【0026】
図1は、本発明のシリンダとピストンを組み合わせた状態を示す一部切欠正面図である。
【0027】
図1に示すように、円筒状を呈するシリンダ10の内部にはピストン20が挿入されている。
【0028】
ここで、ピストン20は、ピストンピン21を介して回転可能に設けられたコネクティングロッド22に連結され、上下方向(図中の矢印参照)へ往復動可能に設けられている。また、ピストン20は、ピストンピン21に対してピストンピン21の軸線と直交する方向に配置されるピストンスカート部23と、ピストンリング溝24とを有している。
【0029】
ピストン20は、前記コネクティングロッド22の回転により、シリンダ10の内壁面11の所定の領域(スラスト領域および反スラスト領域という。)に押しつけられるようにして摺動することが知られており、前記ピストンスカート23は、スラスト領域と反スラスト領域とに対応する部分にそれぞれ設けられている。
【0030】
一方で、本発明のシリンダ10の内壁面11には、その所定の領域に複数の凹部12が設けられている。図1に示すシリンダ10は、ピストン20がシリンダ内壁面上を直に摺動する、いわゆる「ライナレスタイプ」のシリンダであるが、本発明はこのタイプに限定されることはなく、シリンダ本体とその内側に固着されたシリンダライナとから構成される、いわゆる「シリンダライナタイプ」のシリンダであってもよい(以下に詳述する。)。
【0031】
図2は、本発明のシリンダの内壁面の軸方向の展開図である。
【0032】
本発明のシリンダ10の内壁面11は、その行程中央部領域13のみに所定の凹部12が形成されており、当該行程中央部領域13以外の領域には凹部が形成されていないことに第1の特徴を有している。また、さらに、前記行程中央部領域13において、当該シリンダ10と組み合わせて用いられるピストン20のスラスト側のピストンスカート部23と摺動する領域14のうち、少なくともその1/4以上の領域(図2においては、領域14と同じ大きさであり、図中の符号14の部分)について、前記行程中央部領域13における当該領域14以外の領域15とは異なる表面状態(具体的には、凹部12を形成しない、もしくは、凹部12の面積率を小さくする、もしくは、凹部12のシリンダ径方向の平均長さを小さくする(深さを浅くする))としている点に第2の特徴を有している。これにより、当該部分に縦傷が発生することを防止し、また当該部分の過大摩耗を防止することができる。
【0033】
以下の説明においては、行程中央部領域に13における符号15の領域(図2中の斜線領域)を「一般行程中央部領域」といい、符号14の領域(ピストンのピストンスカート部と摺動する部分の少なくとも1/4以上の領域)を「特別行程中央部領域」という場合がある。なお、シリンダ10の内壁面11は、ここを摺動するピストン20との関係により、フロント領域(符号F)、スラスト領域(符号T)、リア領域(符号R)、およびアンチスラスト領域(符号A)に分けられる。本発明のシリンダ10は、スラスト領域(T)内に前記「特別行程中央部領域14」が存在することとなる。ただし、ピストンによっては、スラスト領域を超えるピストンスカート部を有している場合もあり、この場合にはスラスト領域内に限定されることはない。
【0034】
以下に、「シリンダライナタイプ」を例に挙げて本発明のシリンダについて説明する。
【0035】
A.第一態様(シリンダライナタイプ)
本発明の第一態様のシリンダは、シリンダ本体とその内側に固着されたシリンダライナとから構成され、前記シリンダライナの内壁面に上記複数の凹部が形成されているものである。本態様においては、シリンダ本体の内壁面とシリンダライナの外壁面とが固着されており、ピストンは上記シリンダライナの内壁面上を摺動するものであるため、上記シリンダライナが固着されているシリンダ本体の内壁面には、凹部は設けられている必要はない。
【0036】
(1)行程中央部領域
まず、行程中央部領域について説明する。
【0037】
図3は、本態様のシリンダ本体の内側に固着されるシリンダライナにおける、上記行程中央部領域の範囲の一例を示す概略断面図である。
【0038】
本態様において、「行程中央部領域」30とは、ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である。
【0039】
例えば、図3に例示するように、ピストンの上方から第1圧力リング、第2圧力リング、オイルコントロールリングの順番で3つのピストンリングが配置されている場合、上記行程中央部領域30の上端はオイルコントロールリング32のリング溝33の下面34位置であり、下端は最上位のピストンリングである第1圧力リング36のリング溝35の上面37位置である。本態様において凹部は、当該行程中央部領域のみに形成され、それ以外の領域には凹部は形成されない。なお、本態様は、3本のピストンリングが用いられる構成に限定されるものではなく、ピストンリングが2本の構成(圧力リング、オイルコントロールリングが1本ずつ)や、ピストンリングが1本の構成(ガスシールと、オイルコントロールとを兼ね備えたピストンリング)においても同様に適用することができる。
【0040】
(2)第1の特徴
ここで、本態様の第1の特徴は、前記行程中央部領域30にのみ所定の凹部を設けた点にある。より具体的には、行程中央部領域30に、シリンダ周方向の全ての断面において少なくとも一つの凹部が存在するように、複数の凹部が形成されており、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されおらず、前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であることを特徴とするものである。
【0041】
シリンダが用いられる装置のエネルギー効率を向上させる、例えば、エンジンの燃費を向上させるためには、ピストンリングと、シリンダの内壁面(本態様においてはシリンダライナの内壁面)との摩擦損失低減が有効である。摩擦損失の低減方法は摺動条件によって異なるが、特にピストンは上死点で速度が0になる等の特徴を持つため、摺動する位置により異なる。そこで本態様のシリンダを構成するシリンダライナにおいては、その内壁面の行程中央部領域30のみに凹部を形成するとともに、シリンダ周方向の全ての断面には、前記複数の凹部のうち少なくとも一つの凹部が存在するように、換言すれば、各凹部をシリンダ軸方向において重なるように形成することによって、行程中央部領域30の全ての領域において摩擦力を低減することを可能とした。
【0042】
すなわち、ピストンの移動速度が比較的小さい上死点付近および下死点付近では、シリンダライナの内壁面の表面粗さを小さくすることにより、往復動摩擦の低減を図ることができる。しかしながら、シリンダライナの内壁面と、ピストンリングとの摺動速度が大きい領域である行程中央部領域30では、潤滑油のせん断抵抗の影響が大きくなる。そのため本態様においては、シリンダライナの内壁面のうち、上記行程中央部領域30にのみ凹部を形成することで、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積を小さくし、潤滑油のせん断抵抗の影響を低減することを可能とした。
【0043】
またここで、行程中央部領域30に複数の凹部を無造作に形成した場合、行程中央部領域30全体では、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積が小さくなるが、微視的には、摺動するピストンリングの幅(シリンダの軸方向の長さ)は行程中央部領域30にくらべて非常に短いため、場所によっては、凹部が形成されていない部分も存在する可能性があり、当該部分においては、ピストンリング摺動面とシリンダライナの内壁面とは100%接触をしていることとなってしまい、上記効果を十分に発揮できない可能性があるところ、本態様においては、上述の通り、シリンダ周方向の全ての断面には、前記複数の凹部のうち少なくとも一つの凹部が存在するように、換言すれば、各凹部をシリンダ軸方向において重なるように形成されているため、摺動するピストンリングは常に凹部と接触していることとなり、その結果、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積が100%となることはなく、上記効果を常に発揮することができる。
【0044】
なお、ピストンリングが摺動する領域全てに凹部を形成した場合、つまり行程中央部領域以外の領域にも凹部を形成した場合、上記接触面積が小さくなることにより接触面圧が増加し、上死点および下死点の近傍では境界潤滑となるため、摩擦力が増加してしまう。また、このような部分に凹部があると、不要な油だまりとなってしまい、これが燃焼し油の消費量が多くなってしまうこともある。
【0045】
(3)第1の特徴における凹部(一般行程中央部領域に形成される凹部)
次に、行程中央部領域に形成される凹部について説明する。
【0046】
本態様において、前記行程中央部領域に形成される凹部の形状は特に限定されるものではなく、当該凹部の配置等に応じて適宜調整することができる。例えば、図4(a)〜(j)に例示するように、直線および/または曲線から構成される形状の凹部を形成することができる。凹部は、図4(a)〜(c)のような横長の形状でも、図4(d)〜(g)のような縦長の形状でも、図4(h)〜(j)のような縦対横の比率がほぼ等しい形状でもよい。
【0047】
ここで、本態様のシリンダにおいては、行程中央部領域におけるシリンダ周方向の全ての断面に前記凹部が少なくとも一つは形成されていることを特徴としている。これにより、接触面積を効率的、かつ平均的に低減することができる。
【0048】
前述したように、周方向の断面を考えた場合、ある断面に凹部が一つも形成されていないと、当該断面をピストンリングが通過する際は、凹部が複数個形成されている断面を通過する際と比べ、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積が大きくなる。そのため、潤滑油のせん断抵抗の影響が大きくなり、結果として往復動摩擦も大きくなる。
【0049】
これに対し、行程中央部領域においけるシリンダ周方向の全ての断面に凹部を少なくとも一つ形成することにより、行程中央部領域のどの周方向断面をピストンリングが通過する場合であっても、接触面積を確実かつ平均的に低減することができるため、往復動摩擦も確実に低減することができる。
【0050】
本態様の特徴である「シリンダ周方向の全ての断面において、複数個の凹部のうちの少なくとも一つの凹部が形成されている」状態の例としては、図5の場合を挙げることができる。
【0051】
図5は、上述した図3の行程中央部領域30における、凹部50の配置の一例を示す概略展開図である。図5においては、図面の上下方向がシリンダの軸方向であり、図面の左右方向がシリンダの周方向である。図5に例示するように、シリンダ周方向に引いた線Xは、凹部51の最下点52が、その下方に最も近接する凹部53の最上点54よりも下側に位置する。また、シリンダ周方向に引いた線Yは、凹部53の最下点55が、その下方に最も近接する凹部56の最上点57よりも下方に位置する。このように、上下に近接する凹部同士を、シリンダ軸方向に重なるように配置することにより、シリンダ周方向の全ての断面において複数個の凹部のうちの少なくとも一つの凹部を形成することができる。以上より、ピストンが往復した際に、行程中央部領域において、摺動するピストンリングが、シリンダ軸方向のどの位置においてもシリンダ内壁面との接触面積を小さくすることができ、往復動摩擦の低減に効果を奏する。
【0052】
本態様において上記凹部の寸法は特に限定されるものではなく、シリンダや共に用いられるピストンリングの寸法等に応じて適宜調整することができる。凹部は、行程中央部領域をシリンダ軸方向に貫くように形成されていてもよいが、シリンダの気密性保持の観点から、上記凹部のシリンダ軸方向の平均長さが、用いられるピストンリングのうちの、最上位のピストンリングのシリンダ軸方向の長さ以下であることが好ましい。より具体的には、用いられるピストンリングのうちの、最上位のピストンリングのシリンダ軸方向の長さの5〜100%程度とすることが好ましい。
【0053】
凹部のシリンダ周方向平均長さは、0.1mm〜15mmの範囲内が好ましく、0.3mm〜5mmの範囲内が特に好ましい。シリンダ周方向平均長さがこの範囲に満たない場合は、凹部を形成した効果が十分に得られない場合がある。一方で、周方向平均長さがこの範囲を超える場合は、ピストンリングの一部が凹部内へ入り込み、ピストンリングが変形する等の不具合が発生する場合がある。
【0054】
凹部のシリンダ径方向平均長さは、0.1μm〜1000μmの範囲内が好ましく、0.1μm〜500μmの範囲内がさらに好ましく、0.1μm〜50μmの範囲内が特に好ましい。凹部のシリンダ径方向平均長さがこの範囲に満たない場合は、凹部を形成した効果が十分に得られない場合がある。一方で、径方向平均長さがこの範囲を超える場合は、加工が困難であり、また、シリンダライナの径方向長さを長くする(肉厚を厚くする)必要がある等の不具合が生じる場合がある。
【0055】
本態様においては、隣り合う凹部間のシリンダ周方向平均長さ(間隔)は、0.1〜15mmの範囲内が好ましく、0.3mm〜5mmの範囲内が特に好ましい。隣り合う凹部間のシリンダ周方向平均長さ(間隔)がこの範囲に満たない場合には、ピストンリングが摺動するシリンダライナの内壁面の幅が小さすぎて、ピストンリングとシリンダライナの内壁面とが安定して摺動できない可能性がある。一方で、この範囲を超える場合には、凹部を形成した効果が十分に得られない可能性がある。
【0056】
なお、本態様において上述した凹部の各平均長さは、図6に例示する各箇所の平均長さを意味するものとする。図6(a)は、シリンダライナの内壁面の、シリンダ軸方向を図面の上下方向に示した概略展開図である。また、図6(b)は、シリンダライナの、周方向における概略断面図である。前記凹部の軸方向平均長さとは、図6(a)に例示するように、シリンダ軸方向における、凹部50の長さの平均である。
【0057】
また、上記凹部50の周方向平均長さとは、図6(a)に例示するように、シリンダ周方向における、凹部50の長さの平均である。図6(b)に例示するように、前記凹部50の周方向平均長さとは、内壁面を含む面における長さの平均を意味するものとし、前記凹部の面積についても同様とする。
【0058】
また、上記凹部50の径方向長さとは、図5(b)に例示するように、凹部50の底面からシリンダライナの内壁面までの長さの平均である。また、上記凹部間のシリンダ周方向平均長さ(間隔)とは、図6(a)および(b)に例示するように、隣り合う凹部50の間隔の平均である。なお、特別行程中央部領域に凹部を形成しない場合における凹部間のシリンダ周方向平均長さは、当該特別行程中央部領域を除いて考えることとする。
【0059】
本態様において、一般行程中央部領域における凹部の配置は、前述の通り、「シリンダ周方向の全ての断面に前記凹部が少なくとも一つは形成されている」ように配置する以外、特に限定されるものではない。例えば図7はシリンダライナの内周を周方向に開いた一部展開図を示すが、図7(a)に例示するように、凹部が一般行程中央部領域をシリンダ軸方向に貫くように形成されていてもよいし、図7(b)に例示するように、シリンダライナの内壁面上にらせん状に形成されていてもよい。また、図7(c)および(d)に例示するように、シリンダ軸方向に特定の長さを有する形状の凹部が一定間隔をおいて配置されていてもよい。さらに、凹部は不規則(ランダム)に配置されていてもよい。加えて、1つのシリンダライナの内壁面上に形成される複数個の凹部の形状や寸法は、互いに異なっていても同一であってもよい。
【0060】
本態様においては、上記行程中央部領域のみに複数の凹部が形成されており、行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、シリンダ周方向の断面当たりに形成される凹部の個数が少なくとも一つ以上であればよく、その他は特に限定されるものではない。しかしながら、シリンダ周方向の一断面に形成される凹部の個数が少なすぎる場合には、凹部を形成し、接触面積を低減することによって得られる往復動摩擦力低減効果が十分に得られない可能性がある。したがって、シリンダ周方向の各断面毎に当該効果を十分に発揮できる程度の凹部を形成することが好ましい。
【0061】
往復動摩擦力低減効果が得られる程度の凹部とは、共に用いられるピストンの往復動の速度等によって異なるものであるが、本態様においては、行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計を1〜80%とすることが好ましく、10〜60%がより好ましく、20〜50%が特に好ましい。上記面積率がこの範囲に満たないと、凹部を形成した効果が十分に得られない場合があり、一方で、上記面積率がこの範囲を超えると、接触面積が小さすぎ、ピストンリングがシリンダライナの内壁面を安定して摺動できなくなる等の不都合が生じる可能性がある。前記往復動摩擦力低減効果の観点から、凹部の寸法の好ましい範囲がある。そのため、1つ1つの凹部の寸法を考慮しつつ、面積率が上記範囲内となるように、かつ、全てのシリンダ周方向断面に少なくとも1つの凹部が形成されるように、凹部の個数およびその配置を調整することが必要である。
【0062】
本態様において、「行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計」とは、図8(a)および(b)に例示するように、凹部50の面積をA、A、A、・・・Aとしたときの、上記行程中央部領域の面積に対するA、A、A、・・・Aの合計の比率を意味するものである。面積率は、行程中央部領域における凹部50の面積A、A、A、・・・Aの合計Atotalと、行程中央部領域における凹部50以外のシリンダライナ内壁面の面積Bの合計Btotalとを用い、下記式で表される。なお、図8(a)に例示するように、ここで凹部50の面積とは、前記凹部50の底部の面積ではなく、内壁面を含む断面における面積を意味する。
【0063】
【数1】

(4)第2の特徴
次に、本態様の第2の特徴について説明する。
【0064】
本態様の第2の特徴は、行程中央部領域30において、当該シリンダ(シリンダライナ)と組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域(つまり、特別行程中央部領域)のうち、少なくともその1/4以上の領域について、上述してきた行程中央部領域における当該領域以外の領域(つまり一般行程中央部領域)とは異なる表面状態とする点にある。より具体的には、特別行程中央部領域においては、凹部50を形成しない、もしくは、凹部50の面積率を小さくする、もしくは、凹部50のシリンダ径方向の平均長さを小さくする(深さを浅くする))とするものである。
【0065】
行程中央部領域における、いわゆる特別行程中央部領域は、ピストンのスカート部からの圧力が最もかかる部分であり、当該領域の少なくとも1/4以上の領域について、上記の限定をすることにより、当該領域の面圧を低減することができ、これにより、当該領域に縦傷が発生することを防止し、また当該領域の過大摩耗を防止することができる。
【0066】
(5)特別行程中央部領域
次に、特別行程中央部領域について説明する。
【0067】
図9は、本態様のシリンダライナの内壁面の軸方向の展開図である。
【0068】
図2を用いて説明したように、図9に示すように、特別行程中央部領域90は、行程中央部領域30において、シリンダライナのスラスト領域(T)内に存在し、ピストンのピストンスカート部と摺動する部分の少なくとも1/4以上の領域をいう。
【0069】
図9(a)は、行程中央部領域30において、ピストンのピストンスカート部と摺動する部分の全部を特別行程中央部領域90とした場合を示している。
【0070】
図9(b)は、行程中央部領域30において、ピストンのピストンスカート部と摺動する部分の1/4を特別行程中央部領域90とした場合を示している。
【0071】
図9(b)に示すように、本態様においては、ピストンスカート部と摺動する部分の1/4以上の領域を特別行程中央部領域90とすれば足り、図9(a)に示すように、必ずしも、ピストンスカート部と摺動する部分の全部を特別行程中央部領域90とする必要はない。
【0072】
図9(c)は、行程中央部領域30において、ピストンのピストンスカート部と摺動する部分の1/2を特別行程中央部領域90とした場合を示している。
【0073】
図9(c)に示すように、本態様においては、必ずしも特別行程中央部領域90が一体となっている必要はなく、2つ以上の領域の合計を特別行程中央部領域90としてもよい。
【0074】
(6)第2の特徴における凹部(特別行程中央部領域に形成される凹部)
次に、特別行程中央部領域に形成にされる凹部(形成されない場合を含む)について説明する。
【0075】
本態様にあっては、特別行程中央部領域90は、(1)凹部が形成されていない、(2)当該領域以外の領域よりも凹部の面積率が低い、(3)当該領域以外の領域よりも凹部のシリンダ径方向の平均長さが小さい(凹部の深さが浅い)の何れかである。
【0076】
ここで上記(1)凹部が形成されていない場合にあっては、当該特別行程中央部領域90は、行程中央部領域以外の領域と同様の表面形状(つまり、通常のシリンダライナの表面形状)となっている。
【0077】
また、上記(2)凹部の面積率が低い場合とは、当該他の領域と比べて、当該特別行程中央部領域90の凹部の数が少ない、または、当該他の領域と比べて、当該特別行程中央部領域90の凹部のシリンダ周方向の長さが短い、ことを意味する。
【0078】
図10は、特別行程中央部領域の凹部と、当該領域以外の領域(一般行程中央部領域)の凹部を比較する図である。
【0079】
図10(a)は一般行程中央部領域における凹部の正面図であり、図10(b)は特別行程中央部領域における凹部の概略展開図である。図示するように、凹部同士の間隔を広げることにより、特別行程中央部領域90の凹部の面積率を低くすることができる。
【0080】
また、図10(c)は一般行程中央部領域における凹部の断面図であり、図10(d)は特別行程中央部領域における凹部の断面図である。図示するように、凹部のシリンダ径方向平均長さ(深さ)を小さくしてもよい。
【0081】
なお、本態様においては、特別行程中央部領域は存在するものの、行程中央部領域全体としては、上記「(3)第1の特徴における凹部」で説明した種々の条件はすべて満たしている。つまり、特別行程中央部領域に凹部を形成しない場合であっても、行程中央部領域全体においては、凹部の面積率は上記の範囲内となり、シリンダ周方向の断面には、少なくとも一つの凹部が形成されていることとなる。また、特別行程中央部領域に凹部を形成する場合であっても、前記の条件を満たし、かつ凹部の各寸法等は、上記で説明した範囲内となっている。
【0082】
(7)シリンダライナ
本態様におけるシリンダライナは、シリンダ本体の内側に固着して用いられるものであり、ピストンに装着されたピストンリングが、その内壁面上を摺動するものである。本態様のシリンダライナの寸法や材質等は、シリンダ本体の寸法や材質、共に用いられるピストンリング等との相性、さらには運転温度などを考慮し、適宜設計可能である。
【0083】
本態様においては、ピストンリングと、シリンダライナの内壁面との往復動摩擦力低減の観点から、上記行程中央部領域の、前記凹部が形成されていない箇所の十点平均粗さRzが4μm以下とすることが好ましく、2μm以下とすることがさらに好ましく、1μm以下とすることが特に好ましい。また、本態様においては、シリンダライナの内壁面における、上死点付近の領域、下死点付近の領域、および行程中央部領域等、ピストンが摺動する全ての領域が上記表面粗さを有することが好ましい。なお、上記十点平均粗さRzとは、JIS B0601−1994にて規定されているものである。
【0084】
(8)シリンダ本体
本態様において用いられるシリンダ本体は、前記シリンダライナをその内側に固着することができればよく、その材質や寸法などは用途や運転温度等に応じて適宜設計可能である。
【0085】
(9)凹部の形成方法
本態様のシリンダの行程中央部領域(一般行程中央部領域および特別行程中央部領域)における複数の凹部の形成方法については、特に限定されることはなく、上述した各条件を満たす凹部を形成することができれば、いかなる方法をも採用することができる。
【0086】
例えば、マスキングした後、砥粒を吹き付けることにより凹部を形成するブラスト加工法(後述する実施例で採用)や、マスキングした後、腐食溶液につけ込むことにより凹部を形成する方法、さらには凸版印刷においてインクの代わりに腐食液を使用した腐食加工方法などを採用することができる。
【0087】
また、本態様のシリンダにおいては、最終的に凹部が形成されていればよく、必ずしも、製造工程においてシリンダ表面を除去して凹部とする必要はなく、逆にシリンダ表面に凸部を形成することにより、結果として当該凸部が形成されなかった部分を凹部としてもよい。
【0088】
この場合、具体的には、所定のマスキングした後、各種PVD法によってPVD皮膜を凸部として形成する方法、またPVD皮膜の他、クロム、銅、錫、亜鉛、ニッケル、ニッケル−リン等のめっき皮膜や、その他四三酸化鉄、リン酸マンガン、二硫化モリブデン、フッ素樹脂、グラファイト皮膜等用いることができる。
【0089】
(10)シリンダと組み合わせて用いられるピストンリング
本態様のシリンダと組み合わせて用いられるピストンリングについては、特に限定されることはなく、現在公知である種々のピストンリングを適宜選択することができる。
【0090】
特に、ピストンリングの外周摺動面は、その目的や用途により種々の形状を呈しているが、本態様のシリンダは、すべての外周摺動面の形状が異なる全てのピストンリングと組み合わせが可能である。
【0091】
例えば、3本リング構成(2本の圧力リングと、1本のオイルリング)のピストンリングの場合にあっては、第一圧力リングの外周摺動面がバレル形状、偏心バレル形状、テーパ形状等が好ましく、第2圧力リングの外周摺動面が、テーパ形状、アンダーカット形状、アンダーフック形状等が好ましく、合口形状は中断アンダーカット形状が好ましく、オイルリングにあっては、コイルエキスパンダとオイルリング本体とからなる2ピース構成オイルリングや2本のサイドレールとスペーサエキスパンダからなる3ピース構成オイルリング等を用いることができ、特に2ピース構成オイルリングの外周摺動面形状がストレート形状やダブルベベル形状やバレル形状、オイルリング本体の上レールの上面側及び下レールの下面側がバレル形状とすることが好ましく、このような組み合わせをすることにより大幅なLOCの改善効果が期待できる
(11)シリンダと組み合わせて用いられるピストン
本態様のシリンダと組み合わせて用いられるピストンについても、特に限定されることはなく、現在公知である種々のピストンを適宜選択することができる。
【0092】
本態様のシリンダは、その行程中央部領域に複数の凹部を有しているため、当該凹部がオイル溜まりとして機能し、従来のシリンダ(凹部なし)と比べてオイル量が増大することにより、ピストンリングによるオイルのかき残しが生じ、凹部にかき残されたオイルが摺動面に流れ出し、上昇してきたピストンリングにかき上げられたり、残存するオイルが蒸発してしまうことによるLOCの悪化が懸念される。したがって本態様のシリンダと組み合わせ用いるピストンにあっては、オイルを素早く排出するために、オイルドレイン孔(オイルをクランクケースに排出するための孔)をスラスト方向、反スラスト方向にそれぞれ2〜6箇所形成したり、オイルドレイン孔の直径を大きくするなどの工夫をしてもよい。さらに、スラスト方向のオイルドレイン孔の数や大きさを、反スラスト方向に形成されるオイルドレイン孔よりも多く、大きくすることが好ましい。
【0093】
B.第二態様(ライナレスタイプ)
本態様の第二態様のシリンダは、上記「第一態様」のようなシリンダライナは用いられておらず、シリンダ本体の内壁面に直に上記凹部が形成され、ピストンが当該シリンダの内壁面上を直に摺動するものである。
【0094】
本態様において用いられるシリンダ本体は、その内壁面に直に前記凹部が形成されたものであればよく、その寸法や材質については特に限定されることはない。
【0095】
本態様のシリンダは、シリンダライナが用いられず、シリンダ本体の内壁面上に直に凹部が形成されること以外については、上記「A.第一態様」のシリンダライナタイプのシリンダと同様であるため、ここでの説明は省略する。すなわち、「A.第一態様」の全ての項目((1)〜(11))については、本態様のライナレスタイプにもそのまま適用することができ、本態様のシリンダは、その内壁面の行程中央部領域において、所定の領域に所定の凹部を設けることにより、上記「第一態様」と同様な効果を奏するものである。
【0096】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。たとえば、本発明のシリンダ内壁面の材質は、アルミ、アルミ系合金、鋳鉄、鋳鋼、鋼など、従来より使用されている各種材料を用いることができる。
【実施例】
【0097】
以下に実施例と比較例を示して本発明をさらに具体的に説明する。
【0098】
<シリンダライナの準備・加工>
以下の表1に示すような凹部を有する、従来例1、実施例1〜5、比較例1〜7のシリンダライナを準備・加工した。シリンダライナの寸法は図11に示す通りである。
【0099】
なお、シリンダライナの加工方法は以下の通りである。
【0100】
従来公知のシリンダライナ(材質:FC250)(凹部なし)を用意し、その行程中央部領域にマスキング板(SUS420、厚さ:0.5mm)を用い、以下の手順で凹部を形成した。なお凹部は、図5に示す菱形形状とし、配置も図5と同様とした。
(1)シリンダライナの内壁面に前記マスキング板を固定した。
(2)図12に示すように、シリンダライナ100をブラスト加工機のターンテーブル101に固定した。
(3)図12に示すように、シリンダライナ100の内側にブラスト加工機の砥粒噴出口102を挿入し、ターンテーブル101を回転させ、かつ砥粒噴出口102を上下に移動させながら、砥粒をシリンダライナ1000の内壁面に吐出させた(砥粒噴出口102が上昇している時のみ砥粒を吐出させた。)。なお、砥粒材としてはアルミナを用い、砥粒径は53〜74μmのものを用いた。砥粒噴出圧は約2MPaであり、ターンテーブル101の回転数は4rpmとした。また、砥粒噴出口102の上下移動時間は5min×2回とした。
(4)ターンテーブル101からシリンダライナ100を取り外し、ついでマスキング板をシリンダライナから取り外した。
(5)シリンダライナ100の内壁面にホーニング加工を行った。なお、ホーニング加工は、形成された凹部の端部に罵詈が生じている場合があり、これを削除するためである。
(6)形成された凹部の形状は、図5の通り菱形であり、軸方向長さ、周方向長さともに1.4mmであった。また、凹部のシリンダ径方向長さは表1に示す通りである。
【0101】
なお、スラスト側の凹部のシリンダ径方向長さ(凹部の深さ)を他の領域よりも浅くする場合にあっては、上記の加工方法において、マスキング板を複数用意し、凹部のシリンダ径方向長さを確認しつつ、複数のマスキング板を適宜交換することにより行った。
【0102】
<実機試験による摩擦力の測定>
上記の各シリンダをそれぞれ以下の条件の実機(エンジン)に搭載し、摩擦力を測定した。
【0103】
・実機の種類:ディーゼルエンジン
・排気量:9000cc
・シリンダ数:6
・シリンダ径:112mm
・ストローク:150mm
・回転数:2700rpm
・荷重:全負荷
・水温:90℃
・油温:成り行き
・ピストンの材質:球状黒鉛鋳鉄
・ピストンのピストンスカート部の周方向長さ(幅):90mm
<評価>
表1は、従来例、実施例および比較例における摩擦力測定およびシリンダライナのスラスト側の面性状の観察の結果である。
【0104】
摩擦力については、従来例(凹部が全くないシリンダライナ)の摩擦力を基準(100%)とし、これに対する実施例および比較例の摩擦力の割合を示したものである。
【0105】
また、スラスト側の面性状については、目視にて、縦傷が確認された場合を「×」、確認されなかった場合を「○」とした。
【0106】
また、総合評価については、摩擦力比が0.9未満で、シリンダライナの面性状に異常がないものを「○」とし、摩擦力比が0.9以上で面性状に異常がないものを「△」とし、面性状に異常があるものについては摩擦力比に関係なく「×」とした。
【0107】
【表1】

なお、表1において、Fはシリンダライナのフロント領域、Tはシリンダライナのスラスト領域、Rはシリンダライナのリア領域、Aはシリンダライナのアンチスラスト領域を示す。
【0108】
また、表1において、「T」の欄に記載されている「凹部面積率」、および「径方向長さ」は、それぞれ、特別行程中央部領域における凹部の面積率、および径方向長さを示しており、スラスト領域内であっても、当該領域以外の部分は、「F」および「R」の欄に記載されている「凹部面積率」、および「径方向長さ」と同一とする。
【0109】
なお、比較例2、4については、アンチスラスト側にも、特別行程中央部領域のシリンダ周方向幅と同一の幅において凹部を形成し、本発明の「スラスト側のみとする」効果と比較できるようにした。
【0110】
表1に示すように、行程中央部領域に凹部を有さない従来例に比べると、実施例、比較例ともに摩擦力を低減することができることが分かる。
【0111】
しかしながら、行程中央部領域に単純に凹部を設ける場合にくらべ、本発明の実施例のように、いわゆる特別行程中央部領域における凹部をなくす、または面積率を小さくする、さらには、凹部の深さを浅くすることにより、シリンダライナのスラスト側に発生する縦傷をなくすことができることが分かる。
【0112】
一方で、スラスト領域ではなく、アンチスラスト領域に特別行程中央部領域を設けると、摩擦力の低減効果に劣る結果となった。
【0113】
<参考実験1:往復動摩擦力の測定>
本発明のシリンダにおいて、凹部の面積率摩擦力との関係を評価するため、往復動摩擦力の測定を行った。具体的には以下の通りである。
【0114】
図13において斜線が付されている行程中央部領域に、上記に記載した(1)〜(6)の手順で、種々の面積率で凹部を形成し、図14に示す装置を用いて往復動摩擦力を測定した。この際に用いた試験片ピストンリングの軸方向長さh1は1.2mm、径方向長さa1は3.2mm、ピストンリングの接線方向張力Ftは9.8Nであった。また、往復動摩擦力の測定時の回転数は50〜750rpm、ピストンリング周辺温度は80℃であり、供給油はSAE粘度10W−30のものを用いた。
【0115】
<参考実験1の評価>
シリンダライナの内壁面の凹部が形成されていない箇所の十点平均粗さRzが2μm、凹部のシリンダ径方向平均長さが10μm、回転数が750rpmの際において、凹部の面積率が、0%、1%、10%、30%、50%、60%、80%、90%の場合の往復摩擦力の測定結果を図15に示す。なお、図15においては、凹部が形成されていない、つまり上記面積率が0%の従来のシリンダライナ摩擦力を1.00としたときの摩擦力比を示す。
【0116】
図15から、凹部の面積率が行程中央部領域の全域にわたって1〜80%の範囲においては、効果的に摩擦力が低減されており、摩擦力は凹部の面積率が50%の時に最小となることが分かる。これは、凹部の面積率を増加させていくと、50%までは接触面積の減少効果により摩擦力が減少し、上記面積率が50%を超えると接触面積が小さくなることによって摺動部の面圧が過剰に高くなり、摩擦力が増加することに起因するものと考えられる。
【0117】
<参考実験2:摩擦力による機械的損失の測定>
さらに、本発明のシリンダにおいて、行程中央部領域のみに凹部を形成することの意義についての評価をするため、摩擦力による機械的損失(FMEP)の測定を行った。具体的には以下の通りである。
【0118】
図14に示す装置を用いて、摩擦力による機械的損失(FMEP)を求めた。その際の試験方法は、ピストンに試験片ピストンリングをセットし、馴染み運転をした後、オイル温度80℃にてエンジンスピードに相当する回転数を変化させて、摩擦力を測定した。本参考実験においては、行程中央部領域にのみ凹部が形成されたシリンダライナ(参考実施例1)、凹部が形成されていないシリンダライナ(参考比較例1)、摺動端にのみ凹部が形成されたシリンダライナ(参考比較例2)、摺動端及び行程中央部領域に凹部が形成されたシリンダライナ(参考比較例3)について、摩擦力を測定した。なお、上記行程中央部領域に凹部を形成する場合には、上記行程中央部領域の面積を100%としたときに、全凹部の面積の合計が50%となるように形成した。また、上記摺動端とは、図14に例示する装置のシリンダライナの、上記シリンダライナの上端からピストンの上死点における試験片のピストンリングのリング溝の下面位置までの領域(上側摺動端)、及びピストンの下死点における試験片ピストンリングのリング溝の上面位置から上記シリンダライナの下端までの領域(下側摺動端)を意味するものとする。
【0119】
<参考実験2の評価>
測定結果を図16に示す。図16においては、凹部が形成されていない参考比較例1のシリンダライナの機械的損失を1としたときの、その他のシリンダライナの機械的損失比を示す。
【0120】
図16から、行程中央部領域にのみに凹部が形成された参考実施例1のシリンダライナは、凹部が形成されていない参考比較例1のシリンダライナや、摺動端に凹部が形成されている参考比較例2及び参考比較例3よりも機械的損失が少ないことがわかる。
【0121】
<参考実験3:往復動摩擦力の測定>
本発明のシリンダにおいて、シリンダ内壁面の平均十点粗さRzと摩擦力との関係を評価するため、往復動摩擦力の測定をおこなった。具体的には以下の通りである。
【0122】
図13において斜線が付されている行程中央部領域に、上記に記載した(1)〜(6)の手順で、面積率50%で凹部を形成し、図14に示す装置を用いて往復動摩擦力を測定した。この際に用いた試験片ピストンリングの軸方向長さh1は1.2mm、径方向長さa1は3.2mm、ピストンリングの接線方向張力Ftは9.8Nであった。また、往復動摩擦力の測定時の回転数は750rpm、ピストンリング周辺温度は80℃であり、供給油はSAE粘度10W−30のものを用いた。
【0123】
<参考実験3の評価>
凹部のシリンダ径方向平均長さが10μm、回転数が750rpmの際において、シリンダライナの内壁面の凹部が形成されていない箇所の十点平均粗さRzが0.5μm、2μm、4μm、5μmの場合の往復摩擦力の測定結果を図17に示す。なお、図17においては、凹部が形成されていない、つまり上記面積率が0%であって、かつ内壁面の十点平均粗さRzが2μmの従来のシリンダライナ摩擦力を1.00としたときの摩擦力比を示す。
【0124】
図17から、十点平均粗さRzが同じ場合でも、凹部が形成されているものは、凹部が形成されていないものに比べて摩擦力が大幅に低減されていることが分かる。また、凹部が形成されているもの同士を比較すると、十点平均粗さRzが4μmを超えると摩擦力が急激に大きくなっていることが分かる。これは、凹部を形成することにより接触面積が小さくなり、凹部が形成されていない場合と比べて摺動部分の面圧が高くなるため、摺動面の表面粗さの影響を受けやすくなることに起因するものと考えられる。
【符号の説明】
【0125】
10…シリンダ
11…シリンダ内壁面、シリンダライナ内壁面
12、50…凹部
13、30…行程中央部領域
14、90…特別行程中央部領域
15…一般行程中央部領域
20…ピストン
23…ピストンスカート部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンが内壁面を摺動するシリンダであって、
前記シリンダの内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、シリンダ周方向の全ての断面において少なくとも一つの凹部が存在するように、複数の凹部が形成されており、
前記シリンダの内壁面のうち、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されておらず、
前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、
前記行程中央部領域における、当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域のうち、少なくともその1/4以上は、前記凹部が形成されていない領域であることを特徴とするシリンダ。
【請求項2】
ピストンが内壁面を摺動するシリンダであって、
前記シリンダの内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、シリンダ周方向の全ての断面において少なくとも一つの凹部が存在するように、複数の凹部が形成されており、
前記シリンダの内壁面のうち、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されておらず、
前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、
前記行程中央部領域における、当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域のうち、少なくともその1/4以上は、当該領域以外の領域よりも凹部の面積率が低い領域であることを特徴とするシリンダ。
【請求項3】
ピストンが内壁面を摺動するシリンダであって、
前記シリンダの内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、シリンダ周方向の全ての断面において少なくとも一つの凹部が存在するように、複数の凹部が形成されており、
前記シリンダの内壁面のうち、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されておらず、
前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、
前記行程中央部領域における、当該シリンダと組み合わせて用いられるピストンのスラスト側のピストンスカート部と摺動する領域のうち、少なくともその1/4以上は、当該領域以外の領域よりも凹部のシリンダ径方向の平均長さが小さい領域であることを特徴とするシリンダ。
【請求項4】
前記シリンダは、シリンダ本体とその内側に固着されたシリンダライナとから構成されており、前記シリンダライナの内壁面に前記複数の凹部が形成されていることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載のシリンダ。
【請求項5】
前記行程中央部領域の、前記凹部が形成されていない箇所の十点平均粗さRzが4μm以下であることを特徴とする請求項1〜4の何れか一項に記載のシリンダ。
【請求項6】
前記凹部のシリンダ軸方向の平均長さが、用いられるピストンリングのうちの、最上位のピストンリングのシリンダ軸方向の長さ以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のシリンダ。
【請求項7】
前記凹部のシリンダ径方向の平均長さが0.1〜1000μmの範囲内であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のシリンダ。
【請求項8】
前記シリンダが、内燃機関に用いられることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載のシリンダ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate


【公開番号】特開2010−236443(P2010−236443A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−86288(P2009−86288)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(390022806)日本ピストンリング株式会社 (137)
【Fターム(参考)】