説明

タンパク質結晶形成制御剤

【課題】タンパク質の結晶化速度を制御することができる新規タンパク質結晶形成制御剤を提供する。
【解決手段】フッ素原子を含有するケイ酸塩化合物が溶液中のタンパク質に作用することで前記タンパク質の結晶化速度を制御するタンパク質結晶形成制御剤であって、前記フッ素原子を含有するケイ酸塩化合物が好ましくは0.1%〜9質量%、より好ましくは0.3%〜5質量%のフッ素原子を含有する層状ケイ酸塩化合物であるタンパク質結晶形成制御剤をタンパク質が溶解している溶液中に添加する。これにより、タンパク質の結晶化速度を速め、また、タンパク質の結晶核形成頻度と結晶の大きさを制御することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の結晶化を制御するためのタンパク質結晶形成制御剤に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の結晶化は、高純度な精製タンパク質を作製する技術として重要であり、X線構造解析装置を用いたタンパク質の立体構造の解明において必須の工程である。一般的なタンパク質の結晶化法では、溶液中でタンパク質の過飽和状態を作り出し、これにより該タンパク質を結晶として析出させる。このような方法として、例えばバッチ法、蒸気拡散法、透析法、自由界面拡散法、濃縮法などが知られている。
【0003】
タンパク質は巨大分子であるため概して自発的な結晶核形成が起こりにくい。したがって、巨大分子であっても容易に結晶化できる技術が望まれている。また、タンパク質の種類は膨大であり、その結晶化条件はタンパク質の種類によって大きく異なる。したがって、上記の一般的なタンパク質の結晶化法を用いてタンパク質の結晶を得る場合には、タンパク質の種類に応じた好適な結晶化法や好適な結晶化法の組み合わせを試行錯誤して選択する必要があり、さらに、該結晶化法におけるタンパク質の析出条件(沈殿剤の種類や溶液のpHなど)を好適化するのにも多大な労力を要する。また、良質なタンパク質結晶の析出には、適切な温度管理システムと防振設備を整えた環境下でタンパク質を析出させる必要がある上、多大な時間を要することが知られている。このため、簡便、迅速かつ汎用性のある結晶化法の開発が望まれている。
【0004】
そのような状況下で、粘土鉱物であるケイ酸塩化合物を用いてタンパク質の結晶化を制御する方法(特許文献1)や、ケイ酸塩化合物を含むタンパク質結晶形成制御剤(特許文献2)が報告されており、特許文献1、2にはケイ酸塩化合物がタンパク質結晶の成長速度を制御しうることが記載されている。
また、粘土鉱物を用いたタンパク質結晶化に関する技術として、ゼオライトを用いてタンパク質結晶の形及び空間群を変化させる方法も報告されているが(特許文献3)、ゼオライトがタンパク質結晶の成長速度を制御することは何ら記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−343856号公報
【特許文献2】特開2005−343766号公報
【特許文献3】特開2007−55931号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、タンパク質の結晶化速度を制御することができる新規タンパク質結晶形成制御剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、かかる事情に鑑み鋭意検討した結果、フッ素原子を含有するケイ酸塩化合物(フッ素含有ケイ酸塩化合物)がタンパク質の結晶化速度を促進することを見出した。さらに、フッ素含有ケイ酸塩化合物に含有されるフッ素の含有量を変化させることでタンパク質結晶核の形成頻度や結晶の大きさを制御できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいてなされたものである。
【0008】
即ち、本発明は、フッ素原子を含有するケイ酸塩化合物を少なくとも含む、タンパク質結晶形成制御剤を提供する。
また、本発明は、前記タンパク質結晶形成制御剤をタンパク質が溶解している溶液中に添加する工程を少なくとも含む、タンパク質の結晶化方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のタンパク質結晶形成制御剤を用いれば、従来の結晶化法よりもタンパク質の結晶化速度を速めることができる。
また、本発明のタンパク質結晶形成制御剤を用いれば、簡便にタンパク質の結晶核形成頻度や結晶の大きさを制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】調製例1、調製例2及び調製例3で得られた合成サポナイトのX線回折結果を示す図である。(a)は調製例1で得られたフッ素含有合成サポナイトの解析結果、(b)は調製例2で得られたフッ素含有合成サポナイトの解析結果、(c)は調製例3で得られた合成サポナイトの解析結果を示す。
【図2】試験例1、試験例2、比較試験例1、比較試験例2で形成された鶏卵白リゾチーム結晶の写真である。(a)は調製例1で得られたフッ素含有合成サポナイトを添加したときの結晶、(b)は調製例2で得られたフッ素含有合成サポナイトを添加したときの結晶、(c)は調製例3で得られた合成サポナイトを添加したときの結晶、(d)はフッ素含有合成サポナイト及び合成サポナイトのいずれも添加しなかったときの結晶を示す。
【図3】試験例3、試験例4、比較試験例3において鶏卵白リゾチームの初濃度を20mg/mLとした際の相対結晶核密度を示すグラフである。(a)は調製例1で得られたフッ素含有合成サポナイトを添加したときの相対結晶核密度、(b)は調製例2で得られたフッ素含有合成サポナイトを添加したときの相対結晶核密度、(c)は調製例3で得られた合成サポナイトを添加したときの相対結晶核密度を示す。
【図4】試験例3、試験例4、比較試験例3において鶏卵白リゾチームの初濃度を15mg/mLとした際の相対結晶核密度を示すグラフである。(a)は調製例1で得られたフッ素含有合成サポナイトを添加したときの相対結晶核密度、(b)は調製例2で得られたフッ素含有合成サポナイトを添加したときの相対結晶核密度、(c)は調製例3で得られた合成サポナイトを添加したときの相対結晶核密度を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.本発明のタンパク質結晶形成制御剤
(i)フッ素含有ケイ酸塩化合物
本発明に用いられるフッ素含有ケイ酸塩化合物において、フッ素はケイ酸塩化合物に含有されていればよく、ケイ酸塩化合物に共有結合していてもよいし、水素結合やイオン結合等の非共有結合により結合していてもよい。また、フッ素を含有する化合物がケイ酸塩化合物に結合していてもよい。
【0012】
前記フッ素含有ケイ酸塩化合物におけるケイ酸塩化合物は、シリカとアルミナを主成分とするケイ酸塩を基本骨格とする化合物であり、ケイ酸塩化合物は層状ケイ酸塩化合物であることが好ましい。該層状ケイ酸塩化合物に特に制限はないが、モンモリロナイト、タルク、マイカ、カオリン、クロライト、バイデライト、ノントロナイト、ヘクトライト、ソーコナイト、スチブンサイト、サポナイトであることが好ましく、サポナイトであることが特に好ましい。ケイ酸塩化合物は天然に存在するものを採取して得ることもできるし、通常の方法で合成して得ることもできる。このような合成方法には、水熱合成法、溶融合成法、高圧合成法、固体反応法、火炎溶融法、変質法があり、例えば粘土ハンドブック第2版(P193〜256)に記載されている方法を用いることができる。さらに、ケイ酸塩化合物は市販品を入手することで得ることもできる。例えば、合成サポナイトとしてスメクトンSA(クニミネ工業(株)製)が市販されている。
【0013】
本発明に用いられるフッ素含有ケイ酸塩化合物を得る方法に特に制限はないが、例えば、ケイ酸塩化合物の水熱合成反応時にフッ素分を混合することによりに得ることができる。また、フッ素を用いた溶融合成法、固体反応法によりケイ酸塩化合物の構造中にフッ素が結合したフッ素含有ケイ酸塩化合物を得ることもできる。
【0014】
本発明に用いられるフッ素含有ケイ酸塩化合物におけるフッ素含有量は、タンパク質の結晶化速度、結晶核形成頻度(単位体積あたりの結晶核密度)及び結晶の大きさに影響を与える。特にフッ素含有ケイ酸塩化合物中のフッ素含有量と結晶核形成頻度との間には正の相関関係があり、フッ素含有ケイ酸塩化合物中のフッ素含有量と結晶の大きさには負の相関があるため、フッ素含有量の異なるケイ酸塩化合物を用いることで、結晶化溶液の単位体積あたりに形成される結晶の数を所望の数に調節することや、所望の大きさの結晶を形成させることが可能になる。本発明に用いられるフッ素含有ケイ酸塩化合物におけるフッ素含有量は、フッ素含有ケイ酸塩化合物全体に対して、少なくとも0.1質量%であることが好ましく、好ましくは0.1〜9質量%、より好ましくは0.2〜5質量%である。この場合において、結晶核形成頻度をより高めることを目的とする場合や、より小さな結晶を形成させたい場合には、フッ素含有ケイ酸塩化合物に対するフッ素含有量を少なくとも0.3質量%とすることができ、さらに結晶核形成頻度を著しく高めたい場合には、フッ素含有ケイ酸塩化合物に対するフッ素含有量を少なくとも0.7質量%とすることができる。上記好ましいフッ素含有量の範囲内において、タンパク質の結晶化速度が促進され、また、その濃度に依存して結晶核形成頻度が高くなる。本発明においてフッ素含有量は、フッ素含有ケイ酸塩化合物を水に分散、ろ過し、ケイ酸塩化合物に結合していないフッ素及び可溶性イオンを洗浄除去することにより得られたフッ素含有ケイ酸塩化合物を蛍光X線装置(Rigaku社製、RIX1000)を用いて定量した値である。
【0015】
本発明のフッ素含有ケイ酸塩化合物は溶液中のタンパク質に作用することでタンパク質の結晶化速度を速め、また、タンパク質の結晶核形成頻度と結晶の大きさを制御する。これは、本発明のフッ素含有ケイ酸塩化合物がタンパク質溶液中でタンパク質を高密度に吸着する性質を有し、結晶核として機能するタンパク質の凝集体をフッ素含有ケイ酸塩化合物の表層において効果的に生成するためと考えられる。ここで、結晶化されるタンパク質の種類に特に制限はなく、例えば、酸性タンパク質、塩基性タンパク質、糖タンパク質、リポタンパク質などが挙げられる。また、結晶化されるタンパク質は水溶性であっても不溶性であってもよいが、不溶性の場合には、界面活性剤等の可溶化剤を用いて溶液中に溶解させるのが好ましい。また、結晶化されるタンパク質の分子量についても特に制限はない。
【0016】
タンパク質の溶解溶媒は、タンパク質の溶解溶媒としてタンパク質に悪影響を及ぼさないものであれば使用可能であるが、通常は水あるいは緩衝液である。緩衝液としては、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、カコジル酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、イミダゾール、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを用いた緩衝液、グッド緩衝液などが挙げられる。また、緩衝液のpHはタンパク質の種類に応じて溶解に適したpHを採用することができるが、通常はpH3.5〜10.0の範囲である。
【0017】
タンパク質の溶解溶媒には、タンパク質の結晶化に悪影響を及ぼさない範囲で有機溶媒を加えることもできる。このような有機溶媒として、水との相溶性のある有機溶媒が挙げられ、例えばエタノール、メタノール、アセトン、2‐メチル‐2,4‐ペンタンジオール、イソプロパノール、ブタノール、ジオキサン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドなどを加えることができる。また、タンパク質の溶解溶媒には、タンパク質の溶解度を下げるような一般的な沈殿剤を添加することもできる。沈殿剤として例えば硫酸アンモニウム、硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウム、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、硝酸ナトリウム、フッ化ナトリウム、酒石酸ナトリウム、ギ酸ナトリウム、リン酸アンモニウム、硫酸リチウム、塩化コバルト、硫酸亜鉛、マロン酸ナトリウム、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールモノエチルエーテルなどが挙げられる。タンパク質の溶解溶媒には、上記有機溶媒と沈殿剤の両者が含まれていてもよい。さらに、タンパク質の溶解溶媒には、ドデシルジメチルアミンN−オキシド等の界面活性剤やグリセロールやエチレングリコール、スクロース、トレハロース等のクライオプロテクタントを含んでいてもよい。また、タンパク質の溶解溶媒には、タンパク質を安定化させる化合物として、阻害剤、補酵素、基質等の添加剤を含んでいてもよい。
【0018】
(ii)タンパク質結晶形成制御剤
本発明のタンパク質結晶形成制御剤は、フッ素含有ケイ酸塩化合物そのものであってよく、さらに他の成分を含んでいてもよい。当該他の成分としては、沈殿剤、緩衝剤、添加剤などが挙げられる。
本発明のタンパク質結晶形成制御剤を用いることで、溶液中に溶解したタンパク質の結晶化に要する時間を短縮することができ、また、溶液中に溶解したタンパク質の結晶核形成頻度を増加させることができる。すなわち、本発明のタンパク質結晶形成制御剤はタンパク質結晶形成促進剤として使用することもできる。
【0019】
本発明のタンパク質結晶形成制御剤の剤型に特に制限はなく、固形剤であっても、フッ素含有ケイ酸塩化合物が分散している液剤であっても、粘土状の半固形剤であってもよい。
【0020】
本発明のタンパク質結晶形成制御剤により、タンパク質の結晶化に要する時間を短縮でき、また、結晶の数と大きさを制御することができる。これにより、現在は困難である工業的なタンパク質の結晶化による精製を容易化することができる。
本発明のタンパク質結晶形成制御剤の有効成分であるフッ素原子含有ケイ酸塩化合物は不溶性の固形物であるため、タンパク質の結晶に対してコンタミネーションを起こすことが少ない。
本発明の結晶形成制御剤は結晶形成を促進する機能を有するので、結晶化工程における有機溶媒、沈殿剤の使用量を低減でき、また、難結晶化タンパク質の結晶化を容易化することができる。
本発明のタンパク質結晶形成制御剤は、X線構造解析用のタンパク質結晶化条件を決定する際の補助剤として汎用的に利用できる。
【0021】
2.本発明のタンパク質結晶の製造方法
本発明のタンパク質結晶形成制御剤をタンパク質が溶解している溶液中に添加することで、本発明のタンパク質結晶形成制御剤に含まれるフッ素含有ケイ酸塩化合物が溶液中のタンパク質に作用して該タンパク質を結晶化することができ、これにより該タンパク質の結晶を得ることができる。ここで、「タンパク質結晶形成制御剤をタンパク質が溶解している溶液中に添加する」とは、タンパク質結晶形成制御剤をタンパク質が溶解している溶液中に添加することのみならず、タンパク質が溶解している溶液をタンパク質結晶形成制御剤に添加することも含む。
タンパク質溶解液中へのタンパク質結晶形成制御剤の添加量に特に制限はないが、溶液中のフッ素含有ケイ酸塩化合物の最終濃度が、少なくとも0.01%(w/v)となるように添加することが好ましく、0.01〜1.0%(w/v)となるように添加することがより好ましい。
さらに、高い結晶核形成頻度を得るためには、フッ素含有ケイ酸塩化合物の最終濃度が0.01〜0.5%(w/v)となるように添加することがより好ましく、より高い結晶核形成頻度を得るためには、0.05〜0.3%(w/v)となるように添加することが好ましく、0.1〜0.2%(w/v)となるように添加するのがより好ましい。
【0022】
本発明の製造方法において、タンパク質結晶形成制御剤が添加されるタンパク質溶液中のタンパク質の濃度は、タンパク質が溶解している限りにおいて特に制限はないが、結晶化をより促進する観点からは、タンパク質濃度が高い方が好ましく、飽和溶解度付近のタンパク質濃度であることがより好ましい。
【0023】
結晶化工程における温度に特に制限はないが、4〜25℃であることが好ましい。
【0024】
タンパク質の溶解溶媒は、前記のタンパク質結晶形成制御剤の項で説明したものを用いることができる。
【0025】
本発明の製造方法により、タンパク質結晶を短時間に得ることができ、また、結晶の数と大きさを制御することができる。これにより、現在は困難である工業的なタンパク質の結晶化による精製を容易化できる。
本発明の製造方法によれば、本発明の製造方法に用いられるタンパク質結晶形成制御剤の有効成分であるフッ素原子含有ケイ酸塩化合物が不溶性の固形物であるため、製造されたタンパク質結晶にフッ素原子含有ケイ酸塩化合物等のコンタミネーションが少ない。
本発明の製造方法によれば、本発明の製造方法に用いられる結晶形成制御剤が結晶形成を促進する機能を有するので、結晶化工程における有機溶媒、沈殿剤の使用量を低減でき、また、難結晶化タンパク質の結晶化を容易化することができる。
【実施例】
【0026】
以下、調製例、試験例、比較試験例に基づいて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はその要旨を越えない限りこれらに限定されるものではない。
【0027】
調製例1
Na型サポナイト理想構造式Na0.33(Mg)(Al0.33Si3.67)O10(OH)に基づき、水ガラス(北越化学工業株式会社製)、硫酸マグネシウム(関東化学株式会社製)、硫酸アルミニウム(関東化学株式会社製)を用い、モル比率がSi:Mg:Al=3.67:3:0.33となるように反応させ、水和ゲル1.5Lを調製した。その後、フッ化ナトリウム(関東化学株式会社製)18gを溶解させた水溶液0.5Lを加え、2Lの反応ゲルを3L容器のオートクレーブにて250℃にて4時間の水熱反応を行った。水熱合成後の生成物(1L)をろ紙で吸引ろ過して、得られたケーキに水2Lを加えて攪拌することにより再分散し、これを再ろ過した。再分散・再ろ過操作を3回繰り返すことで未反応物を洗浄除去し、これを乾燥することによって、フッ素含有合成サポナイト(以下、調製例1の合成サポナイトと呼ぶことがある)を得た。
【0028】
調製例2
フッ化ナトリウムの配合量を6gとしたこと以外は調製例1と同じ方法で、フッ素含有合成サポナイト(以下、調製例2の合成サポナイトと呼ぶことがある)を得た。
【0029】
調製例3
調製例1においてフッ化ナトリウムの代わりに水酸化ナトリウム(関東化学株式会社製)5gを配合したこと以外は、調製例1と同じ方法でフッ素を含有しない合成サポナイト(以下、調製例3の合成サポナイトと呼ぶことがある)を得た。
【0030】
表1、図1に調製例1の合成サポナイト、調製例2の合成サポナイト、調製例3の合成サポナイトの物性測定結果を示した。表1に示された結果は、蛍光X線測定装置(Rigaku社製、RIX1000)によって得られた化学組成値を示している。表1により、調製例1の合成サポナイトでは0.86質量%のフッ素が、調製例2の合成サポナイトでは0.53質量%のフッ素がそれぞれ検出できたのに対し、調製例3の合成サポナイトではフッ素が検出できなかったことが分かる。また、図1にはX線回折装置(Rigaku社製、MiniFlex)によって得られた結果が示されており、(a)は調製例1の合成サポナイトの解析結果、(b)は調製例2の合成サポナイトの解析結果、(c)は調製例3の合成サポナイトの解析結果を示す。各合成試料において、2θ/θ=7.8〜8.8°にd(001)ピークがあり、各合成試料が10.0〜11.3Åの層間距離を持つ層状化合物であることが示された。また、2θ/θ=60.7〜60.9°(1.53Å)に3−八面体型粘土鉱物であることを示すd(060)ピークが検出でき、サポナイトが合成されていることが示された。
【0031】
【表1】

【0032】
試験例1 フッ素含有ケイ酸塩化合物によるタンパク質結晶形成の制御(1)
タンパク質の結晶化において一般的な結晶化法であるハンギングドロップ蒸気拡散法に、上記調製例1の合成サポナイトを適用することにより、タンパク質の結晶化を試みた。
【0033】
沈殿剤として1.0mol/L塩化ナトリウムを含む0.2mol/L酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.7)をリザーバー溶液として作製した。
タンパク質溶液として、0.020mol/L酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.7)を用い、鶏卵白リゾチーム(和光純薬(株)製)の20mg/mL溶液を調製した。
1.0mol/L塩化ナトリウムを含む0.2mol/L酢酸ナトリウム緩衝液(pH 4.7)を用い、調製例1の合成サポナイトを0.2%(w/v)の濃度で分散させた分散液を調製した。
【0034】
24ウェルプレート(TPP社製)のウェル内に前記リザーバー溶液を400μL添加した。
ハンギングドロップのセットアップに際し、シリコンコーティング処理を施したカバーガラス(松浪硝子工業(株)製)上で前記タンパク質溶液5μLと前記分散液5μLとを混合し、前記カバーガラスを逆さの状態にして、高真空グリース(ダウコーニング・東レ(株)製)により前記24ウェルプレートを密封し、20±1℃の温度下で2週間静置した。
【0035】
形成した結晶を、結晶の形態、結晶形成までの経過時間、結晶の大きさ及び結晶核密度の4つの基準により評価した。結晶形成時間は、偏光顕微鏡観察下(倍率40倍)で最初の結晶が現れるまで、すなわち、10μm〜20μm程度の結晶が現れるまでの経過時間(日数)と定義した。結晶の大きさは、前記2週間静置後に偏光顕微鏡観察下で測定した結晶の長軸の長さ(mm)と定義した。結晶核密度は、前記2週間静置後の偏光顕微鏡観察時のドロップの底面の単位面積当りに形成した結晶の個数(個数/mm)と定義した。
【0036】
試験例2 フッ素含有ケイ酸塩化合物によるタンパク質結晶形成の制御(2)
試験例1において、調製例1の合成サポナイトの代わりに、調製例2の合成サポナイトを使用した以外は、試験例1と同じ方法で試験した。
【0037】
比較試験例1 フッ素を含有しないケイ酸塩化合物によるタンパク質結晶形成の制御(1)

試験例1において、調製例1の合成サポナイトの代わりに、調製例3の合成サポナイトを使用した以外は、試験例1と同じ方法で試験した。
【0038】
比較試験例2 フッ素を含有しないケイ酸塩化合物によるタンパク質結晶形成の制御(2)
試験例1において、調製例1の合成サポナイトを0.2%(w/v)の濃度で分散させた分散液を調製する代わりに、合成サポナイトを添加していない1.0mol/L塩化ナトリウムを含む0.2mol/L酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.7)を調製し、当該緩衝液5μLをタンパク質溶液5μLと混合した以外は、試験例1と同じ方法で試験した。
【0039】
試験例1、試験例2、比較試験例1、比較試験例2の結果を表2、図2に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
表2の第2カラムより、フッ素含有ケイ酸塩化合物を添加した試験例1及び試験例2におけるタンパク質の結晶形成時間が、フッ素を含有しない合成サポナイトを添加した比較試験例1や合成サポナイトを添加していない比較試験例2におけるタンパク質の結晶形成時間に比べて速いことがわかる。また、比較試験例1におけるタンパク質の結晶形成時間は、比較試験例2におけるタンパク質の結晶形成時間に比べて遅いことから、フッ素を含有しない合成サポナイトの添加は、結晶形成時間を遅らせることもわかる。
【0042】
また、表2の第3カラム及び第4カラムより、試験例1及び試験例2における結晶の大きさが、比較試験例1及び比較試験例2における結晶の大きさよりも小さく、結晶核密度が顕著に増加することがわかる。試験例1における結晶核密度の増加は極めて顕著であり、結晶核形成頻度が合成サポナイトのフッ素含有量に依存して増大することもわかった。
このような現象は、フッ素を含有する合成サポナイト表面が結晶核として作用するリゾチームの凝集体を効率的に形成する場として機能し、その結果、リゾチームの結晶核形成頻度が格段に高まったためにおきたと考えられる。
【0043】
図2は試験例1、試験例2、比較試験例1、比較試験例2において形成された結晶を示す写真である。(a)は試験例1における結晶、(b)は試験例2における結晶、(c)は比較試験例1における結晶、(d)は比較試験例2における結晶を示す。図2より、試験例1、2及び比較試験例1における結晶形態と、比較試験例2における結晶形態が、大きさを除いては同様の形態であることがわかる。これは、ケイ酸塩化合物である合成サポナイトが鶏卵白リゾチームの結晶の対称性には影響を及ぼさないこと、すなわち結晶成長には悪影響を及ぼさないことを示している。
【0044】
試験例3 フッ素含有ケイ酸塩化合物の添加量が結晶核密度に与える影響(1)
試験例1の結晶化方法において、タンパク質溶液として鶏卵白リゾチーム(和光純薬(株)製)の20mg/mL溶液に加えて15mg/mL溶液を調製し、さらに、調製例1の合成サポナイトを0.2%(w/v)の濃度で分散させた分散液に加えて0.1%、0.4%、0.8%(w/v)の濃度で分散させた各分散液を調製し、各タンパク質溶液と各分散液を用いて試験例1と同じ方法でタンパク質の結晶を形成させた。
【0045】
形成した結晶を、相対結晶核密度により評価した。結晶核密度は、偏光顕微鏡観察時のドロップの底面の単位面積当りに形成した結晶の個数と定義した。相対結晶核密度は、比較例2の溶液を添加した場合の結晶核密度に対する結晶核密度と定義し、比較例2の溶液を添加した場合の結晶核密度を1としたときの結晶核密度として示した。
【0046】
試験例4 フッ素含有ケイ酸塩化合物の添加量が結晶核密度に与える影響(2)
試験例3において、調製例1の合成サポナイトの代わりに、調製例2の合成サポナイトを使用した以外は、試験例3と同じ方法で試験した。
【0047】
比較試験例3 フッ素を含有しないケイ酸塩化合物の添加量が結晶核密度に与える影響(1)
試験例3において、調製例1の合成サポナイトの代わりに、調製例3の合成サポナイトを使用した以外は、試験例3と同じ方法で試験した。
【0048】
試験例3、試験例4、比較試験例3の結果を図3、図4に示す。
【0049】
図3は、鶏卵白リゾチームの初濃度を20mg/mLとした際に観察された相対結晶核密度を示している。(a)は試験例3における相対結晶核密度、(b)は試験例4における相対結晶核密度、(c)は比較試験例3における相対結晶核密度を示す。なお、図3の横軸はタンパク質溶液中への添加時における合成サポナイト分散液の濃度(w/v)を示しており、タンパク質溶液と合成サポナイト分散液は1(5μL):1(5μL)の割合で混合されているため、ドロップ中の合成サポナイト濃度、すなわち、タンパク質結晶化溶液中の合成サポナイト濃度は、図3に示された濃度の2分の1の濃度である。図3より、フッ素含有合成サポナイトが添加された場合(試験例3及び4)には、添加量が比較的少ない範囲(タンパク質溶液中への添加時の合成サポナイト分散液がおよそ0.1〜0.4%(w/v)の範囲)において、添加量の増加に依存して相対結晶核密度も増加することがわかった。試験例3における相対結晶核密度の増加率は、試験例4における相対結晶核密度の増加率に比べて著しく高いことから、フッ素含有量の高い合成サポナイトほど、その添加量が結晶核密度に与える影響が大きいことがわかる。
【0050】
一方、フッ素含有合成サポナイトの添加量が比較的多い範囲(タンパク質溶液中への添加時の合成サポナイト分散液がおよそ0.4〜0.8質量%(w/v)の範囲)では、相対結晶核密度のさらなる増加は認められないことから、フッ素含有合成サポナイトの消費量を少なくし、かつ効果的な結晶核頻度の増加を実現する観点からは、タンパク質結晶化溶液中におけるフッ素含有合成サポナイトの濃度を0.1〜0.2%(w/v)(図3において、タンパク質溶液中への添加時の合成サポナイト分散液濃度0.2〜0.4%(w/v)に相当)程度にすることが好ましいことがわかった。
【0051】
図4は、鶏卵白リゾチームの初濃度を15mg/mLとした際に観察された相対結晶核密度を示している。(a)は試験例3における相対結晶核密度、(b)は試験例4における相対結晶核密度、(c)は比較試験例3における相対結晶核密度を示す。なお、図4の横軸はタンパク質溶液中への添加時における合成サポナイト分散液の濃度(w/v)を示しており、タンパク質溶液と合成サポナイト分散液は1(5μL):1(5μL)の割合で混合されているため、ドロップ中の合成サポナイト濃度は、すなわち、タンパク質結晶化溶液中の合成サポナイト濃度は、図4に示された濃度の2分の1の濃度である。図4より、フッ素含有合成サポナイトが添加された場合(試験例3及び4)には、添加量が比較的少ない範囲(タンパク質溶液中への添加時の合成サポナイト分散液がおよそ0.1〜0.4%(w/v)の範囲)において、添加量の増加に依存して相対結晶核密度も増加することがわかった。試験例3における相対結晶核密度の増加率は、試験例4における相対結晶核密度の増加率に比べて著しく高いことから、フッ素含有量の高い合成サポナイトほど、その添加量が結晶核密度に与える影響が大きいことがわかる。
【0052】
一方、フッ素含有合成サポナイトの添加量が比較的多い範囲(タンパク質溶液中への添加時の合成サポニン分散液がおよそ0.4〜0.8質量%(w/v)の範囲)では相対結晶核密度のさらなる増加は認められないことから、フッ素含有合成サポナイトの消費量を少なくし、かつ効果的な結晶核頻度の増加を実現する観点からは、タンパク質結晶化溶液中におけるフッ素含有合成サポナイトの添加量を0.1〜0.2%(w/v)(図4において、タンパク質溶液中への添加時の合成サポナイト分散液濃度0.2〜0.4%(w/v)に相当)程度にすることが好ましいことがわかった。
【0053】
なお、タンパク質溶液中への添加時のフッ素含有合成サポナイト分散液が、0.4%(w/v)のときに比べて0.8%(w/v)のときに相対結晶核密度が減少しているが、これは、フッ素含有合成サポナイトの添加量が多くなることによって、フッ素含有合成サポナイトへのタンパク質の吸着量が増加し、ドロップ内のタンパク質濃度に偏りが生じ、ドロップ内の過飽和度が低下したことが原因であると考えられる。そして、前記相対結晶核密度が減少は、図3の結果に比べて図4の結果でより顕著であるが、これは、タンパク質濃度が低い方が、過飽和度の低下の影響をより受けやすいためと考えられる。
【0054】
上記試験例、比較試験例は、フッ素含有合成サポナイトの結晶形成制御効果を示すものであるが、フッ素含有金雲母、フッ素含有ヘクトライト、フッ素含有四ケイ素雲母等のフッ素含有ケイ酸塩化合物について同様の実験を行った結果、フッ素含有合成サポナイトと同様の結晶形成制御効果が確認された。すなわち、本発明のタンパク質結晶形成制御剤の有効成分として、フッ素含有サポナイト以外のフッ素含有ケイ酸塩化合物を用いた場合でも、フッ素含有サポナイトを用いた場合と同様の効果が得られることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素原子を含有するケイ酸塩化合物を少なくとも含む、タンパク質結晶形成制御剤。
【請求項2】
フッ素原子を含有するケイ酸塩化合物が溶液中のタンパク質に作用することで、該タンパク質の結晶化速度を制御する、請求項1に記載のタンパク質結晶形成制御剤。
【請求項3】
フッ素原子を含有するケイ酸塩化合物がフッ素原子を含有する層状ケイ酸塩化合物である、請求項1又は2に記載のタンパク質結晶形成制御剤。
【請求項4】
フッ素原子を含有するケイ酸塩化合物におけるフッ素含有量が0.1%〜9質量%である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のタンパク質結晶形成制御剤。
【請求項5】
フッ素原子を含有するケイ酸塩化合物におけるフッ素含有量が0.3%〜5質量%である、請求項4に記載のタンパク質結晶形成制御剤。
【請求項6】
タンパク質結晶形成制御剤がタンパク質結晶形成促進剤である、請求項1〜5のいずれか一項に記載のタンパク質結晶形成制御剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のタンパク質結晶形成制御剤をタンパク質が溶解している溶液中に添加する工程を少なくとも含む、タンパク質結晶の製造方法。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−121789(P2011−121789A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−278400(P2009−278400)
【出願日】平成21年12月8日(2009.12.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)掲載年月日:平成21年11月20日 掲載アドレス:http://www.aeplan.co.jp/mbsj2009/ (2)発行者名:社団法人 日本セラミックス協会 刊行物名:「Archives of BioCeramics Research Volume 9」 発行年月日:平成21年12月8日
【出願人】(000104814)クニミネ工業株式会社 (30)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】