説明

ターボチャージャ用転がり軸受およびターボチャージャ

【課題】安価でありながら、十分な耐久性を安定して確保することができるターボチャージャ用転がり軸受を提供する。
【解決手段】一端でインペラ14と結合し、他端でタービン13と結合する回転軸12を支持するターボチャージャ用転がり軸受1は、内輪21と、外輪22と、内輪21と外輪22との間の環状領域に配置された転動体23とを備え、内輪21、外輪22および転動体23のうちの少なくとも一つの軸受要素は、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とし、残部不純物からなる焼結体から構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ターボチャージャの回転部材を支持する転がり軸受、およびこの転がり軸受を備えたターボチャージャに関するものである。
【背景技術】
【0002】
排気ガスのエネルギーを利用しタービンを高速回転させ、その回転力でコンプレッサを駆動し、圧縮した空気をエンジン内に送り込むターボチャージャは、排気熱を伴って駆動されることや、毎分数万〜数十万回転で高速回転することから、ターボチャージャの回転部材を支持する転がり軸受(ターボチャージャ用転がり軸受)には、耐熱性能および高速回転性能が要求される。この対策に関連する技術としては従来、例えば、特開2002−129969号公報(特許文献1)および特開2003−83342号公報(特許文献2)に記載のターボチャージャ用回転支持装置が知られている。
【0003】
特許文献1および特許文献2に記載のターボチャージャ用回転支持装置は、転がり軸受に潤滑油を供給してこれを冷却するものである。
【特許文献1】特開2002−129969号公報
【特許文献2】特開2003−83342号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記従来のようなターボチャージャ用転がり軸受にあっては、以下に説明するような問題を生ずる。つまり、ターボチャージャが高温で運転されると、転がり軸受の油膜形成能力が低下し、潤滑不良となる。また、高速での運転によって遠心力が大きくなり、転動体が転走面に強く押し付けられるため、通常の軸受鋼では焼き付きや転走面剥離にいたることが懸念される。
【0005】
本発明の目的は、安価でありながら、十分な耐久性を安定して確保することが可能なβサイアロン焼結体(βサイアロンを主成分とする焼結体)からなるターボチャージャ用転がり軸受およびターボチャージャを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的のため本発明によるターボチャージャ用転がり軸受は、一端でインペラと結合し、他端でタービンと結合する回転軸を支持するターボチャージャ用転がり軸受であって、内輪と、外輪と、内輪と外輪との間の環状領域に配置された転動体とを備え、内輪、外輪および転動体のうちの少なくとも一つの軸受要素は、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とし、残部不純物からなる焼結体から構成される。
【0007】
本発明者は、βサイアロンを主成分とする軸受要素の転がり滑り疲労に対する耐久性と、βサイアロンの組成との関係を詳細に調査した。その結果、以下の知見が得られ、本発明に想到した。
【0008】
すなわち、上述のβサイアロンは、燃焼合成を含む製造工程を採用することにより、上記Zの値(以下、Z値という)が0.1以上となる種々の組成を有するものが製造可能である。そして、一般に転がり滑り疲労に対する耐久性に大きな影響を与える硬度は、製造の容易なZ値4.0以下の範囲において、ほとんど変化しない。しかしながら、βサイアロンを主成分とする焼結体からなる軸受要素の転がり滑り疲労に対する耐久性とZ値との関係を詳細に調査したところ、Z値が3.5を超えると軸受要素の転がり滑り疲労に対する耐久性が大幅に低下することが分かった。
【0009】
より具体的には、Z値が0.1以上3.5以下の範囲においては、転がり滑り疲労に対する耐久性はほぼ同等で、ターボチャージャの運転時間が所定時間を超えると、軸受要素の転走表面に剥離が発生して破損する。これに対し、Z値が3.5を超えると軸受要素が摩耗しやすくなり、これに起因して転がり滑り疲労に対する耐久性が大幅に低下する。つまり、Z値が3.5となる組成を境界として、βサイアロンからなる軸受要素の破損モードが変化し、Z値が3.5を超えると転がり滑り疲労に対する耐久性が大幅に低下するという現象が明らかとなった。したがって、βサイアロンからなる軸受要素において、安定して十分な転がり滑り疲労に対する耐久性を確保するためには、Z値を3.5以下とする必要がある。
【0010】
一方、上述のように、βサイアロンは、燃焼合成を含む製造工程により製造することにより、安価に製造することができる。しかし、Z値が0.1未満では、燃焼合成の実施が困難となることが分かった。そのため、βサイアロンを主成分とする焼結体からなる軸受要素を安価に製造するためには、Z値を0.1以上とする必要がある。
【0011】
本発明のターボチャージャ用転がり軸受では、軸受要素は、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とし、残部不純物からなる焼結体から構成される。かかる本発明によれば、安価でありながら、十分な耐久性を安定して確保することが可能なターボチャージャ用転がり軸受を提供することができる。
【0012】
あるいは、本発明によるターボチャージャ用転がり軸受は、一端でインペラと結合し、他端でタービンと結合する回転軸を支持する転がり軸受であって、内輪と、外輪と、内輪と外輪との間の環状領域に配置された転動体とを備え、内輪、外輪および転動体のうちの少なくとも一つの軸受要素は、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とし、残部焼結助剤および不純物からなる焼結体から構成されていてもよい。
【0013】
好ましくは、焼結体から構成される軸受要素の転走表面を含む領域には、内部よりも緻密性の高い層である緻密層が形成されている。
【0014】
本発明者は、βサイアロンを主成分とするターボチャージャ用転がり軸受の転がり滑り疲労に対する耐久性と、ターボチャージャ用転がり軸受の構成との関係を詳細に調査した。その結果、以下の知見が得られ、本発明に想到した。
【0015】
すなわち、本発明の軸受要素は、上述のように耐久性に優れたSi6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とする焼結体から構成されている。そして、上述のβサイアロンを主成分とする焼結体からなる軸受要素においては、その緻密性が軸受要素において最も重要な耐久性の1つである転がり滑り疲労に対する耐久性に大きく影響する。かかる本発明によれば、βサイアロンを主成分とする焼結体からなり、接触面を含む領域に内部よりも緻密性の高い層である緻密層が形成されている。その結果、安価でありながら、転がり滑り疲労に対する耐久性が向上することにより十分な耐久性を安定して確保することが可能なターボチャージャ用転がり軸受を提供することができる。
【0016】
ここで、緻密性の高い層とは、焼結体において空孔率の低い(密度の高い)層であって、たとえば以下のように調査することができる。まず、軸受要素の転走表面に垂直な断面において軸受要素を切断し、当該断面を鏡面ラッピングする。その後、鏡面ラッピングされた断面を光学顕微鏡の斜光(暗視野)にて、たとえば50〜100倍程度で撮影し、300DPI(Dot Per Inch)以上の画像として記録する。このとき、白色の領域として観察される白色領域は、空孔率の高い(密度の低い)領域に対応する。したがって、白色領域の面積率が低い領域は、当該面積率が高い領域に比べて緻密性が高い。そして、画像処理装置を用いて記録された画像を輝度閾値により2値化処理した上で白色領域の面積率を測定し、当該面積率により、撮影された領域の緻密性を知ることができる。つまり、上記本発明のターボチャージャ用転がり軸受では、転走表面を含む領域に内部よりも白色領域の面積率の低い層である緻密層が形成されている。なお、上記撮影は、ランダムに5箇所以上で行ない、上記面積率は、その平均値で評価することが好ましい。また、軸受要素の内部における上記白色領域の面積率は、たとえば15%以上である。
【0017】
好ましくは、緻密層の断面を光学顕微鏡の遮光にて観察した場合、白色の領域として観察される白色領域の面積率は7%以下である。
【0018】
白色領域の面積率が7%以下となる程度に上記緻密層の緻密性を向上させることで、ターボチャージャ用転がり軸受の転がり滑り疲労に対する耐久性がより向上する。したがって、上記構成により、本発明のターボチャージャ用転がり軸受の転がり滑り疲労に対する耐久性を一層向上させることができる。
【0019】
好ましくは、緻密層の表面を含む領域には、当該緻密層内の他の領域よりもさらに緻密性の高い層である高緻密層が形成されている。
【0020】
緻密性のさらに高い高緻密層が緻密層の表面を含む領域に形成されることにより、ターボチャージャ用転がり軸受の転がり滑り疲労に対する耐久性が一層向上する。
【0021】
好ましくは、高緻密層の断面を光学顕微鏡の斜光にて観察した場合、白色の領域として観察される白色領域の面積率は3.5%以下である。
【0022】
白色領域の面積率が3.5%以下となる程度に高緻密層の緻密性を向上させることで、ターボチャージャ用転がり軸受の転がり滑り疲労に対する耐久性を一層向上させることができる。
【0023】
また本発明によるターボチャージャは、インペラと、タービンと、一端でインペラと結合し他端でタービンと結合する回転軸と、インペラとタービンとの間に配置されたハウジングと、回転軸をハウジングに回転自在に支持するターボチャージャ用転がり軸受とを備える。そして、回転軸をハウジングに回転自在に支持するターボチャージャ用転がり軸受の軸受要素が、上述したβサイアロンを主成分として構成される。かかる本発明によれば、安価でありながら、十分な耐久性を安定して確保することが可能なターボチャージャを提供することができる。
【発明の効果】
【0024】
このように本発明のターボチャージャ用転がり軸受は、内輪、外輪および転動体のうちの少なくとも一つの軸受要素が、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とする焼結体から構成されることから、安価でありながら、十分な耐久性を安定して確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す実施例に基づき詳細に説明する。
【0026】
図1は本発明の一実施例になるターボチャージャ用転がり軸受を備えたターボチャージャを、回転軸の中心を含む平面で破断して表す縦断面図である。このターボチャージャは、ハウシング11に回転軸12が一対のアンギュラ玉軸受になる転がり軸受1で回転自在に支持され、回転軸12の一端側にタービン13の軸が、他端側にコンプレッサインペラ14の軸が結合されている。ハウシング11には軸受部の潤滑油用の入口15と出口16、および冷却水ジャケット17も設けられている。
【0027】
回転軸12は最大毎分数万回転の高速で回転するとともに、タービン13が高温の排気ガスに曝されるので、各転がり軸受1は、高温環境で高速回転を受けるという過酷な条件下で使用される。
【0028】
図2は、図1に示すターボチャージャ用の転がり軸受1を拡大した要部断面図である。転がり軸受1は、回転側軌道輪としての内輪21と、非回転側軌道輪としての外輪22と、内輪21および外輪22の間に配置される転動体23と、隣り合う転動体23の間隔を保持する保持器24とを備える。なお本実施例は、玉軸受に関するものであるが、本発明に係る転がり軸受は、ころ軸受や円錐ころ軸受等の他の転がり軸受にも採用することができる。
【0029】
内輪21は、回転軸12の外周に固定され、外輪22はハウジング11の内径孔内に固定されている。転動体23は金属製の保持器24により保持されている。
【0030】
これら内輪21、外輪22、および転動体23のうち、転動体23は、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とし、残部不純物からなる焼結体から構成される。なお本実施例の他、内輪21、外輪22、および転動体23のうちの少なくとも一つの軸受要素が、上述した組成の焼結体で構成されていればよく、他の軸受要素の素材として、例えば鋼、具体的には、JIS規格S53Cなどの炭素鋼や、SCR420、SCM420などの浸炭鋼を採用することができる。好ましくは、内輪21、外輪22、および転動体23の軸受要素全てが、上述した組成の焼結体で構成される。
【0031】
本実施例においては、転動体23は、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とし、残部焼結助剤および不可避的不純物からなる焼結体から構成されていてもよい。焼結助剤を含むことで、容易に焼結体の気孔率を低下させることが可能となり、十分な耐久性を安定して確保することが可能なβサイアロン焼結体からなる軸受要素を備えた転がり軸受を容易に提供することができる。上記不純物は、原料に由来するもの、あるいは製造工程において混入するものを含む不可避的不純物を含む。
【0032】
転動体23は、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とする焼結体から構成されている。そして好ましくは、図2に示すように、転動体23の転走表面23Aを含む領域には、内部23Cよりも緻密性の高い層である緻密層23Bが形成されている。この緻密層23Bの断面を光学顕微鏡の斜光にて観察した場合、白色の領域として観察される白色領域の面積率は7%以下である。そのため、本実施例の転がり軸受1は、安価でありながら、十分な耐久性を安定して確保することが可能なβサイアロン焼結体からなる軸受要素(転動体23)を備える。
【0033】
さらに図2を参照して、緻密層23Bの表面である転走表面23Aを含む領域には、緻密層23B内の他の領域よりもさらに緻密性の高い層である高緻密層23Dが形成されている。この高緻密層23Dの断面を光学顕微鏡の斜光にて観察した場合、白色の領域として観察される白色領域の面積率は3.5%以下となっている。これにより、転動体23の転がり滑り疲労に対する耐久性が一層向上している。
【0034】
次に、本実施例における軸受要素の製造方法について説明する。図3は、高緻密層23Dを設けることを特段考慮しない場合の製造方法の概略を示すフロー図である。また、図4は、高緻密層23Dを設ける場合の製造方法の概略を示すフロー図である。
【0035】
図3に示す軸受要素の製造方法につき説明する。まず、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンの粉体を製造するβサイアロン粉体製造工程が実施される。βサイアロン粉体製造工程においては、たとえば燃焼合成法を採用した製造工程により、安価にβサイアロンの粉体を製造することができる。
【0036】
次に、βサイアロン粉体製造工程において製造されたβサイアロンの粉体に、焼結助剤を添加して混合する混合工程が実施される。この混合工程は、焼結助剤を添加しない場合、省略することができる。
【0037】
次に、上記βサイアロンの粉体またはβサイアロンの粉体と焼結助剤との混合物を、軸受要素の概略形状に成形する成形工程が実施される。具体的には、上記βサイアロンの粉体またはβサイアロンの粉体と焼結助剤との混合物に、プレス成形、鋳込み成形、押し出し成形、転動造粒などの成形手法を適用することにより、転動体23などの概略形状に成形された成形体が作製される。
【0038】
次に、上記成形体を昇温して焼結させることにより、転動体23などの概略形状を有する焼結体を作製する焼結工程が実施される。この焼結工程は、常圧中で行なわれる常圧焼結法により実施されてもよいが、加圧焼結法(Hot Press;HP)、熱間静水圧焼結法(Hot Isostatic Press;HIP)などの焼結法が採用されて実施されてもよい。また上記焼結の加熱方法は、ヒータ加熱のほか、マイクロ波やミリ波による電磁波加熱を用いることができる。
【0039】
次に、焼結工程において作製された焼結体に対して仕上げ加工を実施することにより、軸受要素を完成させる仕上げ工程が実施される。具体的には、焼結工程において作製された焼結体の表面を研磨することにより、軸受要素としての転動体23などを完成させる。以上の工程により、本実施例の軸受要素(転動体23)は完成する。そして、この転動体23が、別途準備された内輪21および外輪22と組合わされて、転がり軸受1が組立てられる。
【0040】
上述した製造方法によって製造された本実施例の効果を確認すべく、種々のZ値を有するβサイアロン焼結体からなる試験片を作製し、Z値と転がり滑り疲労に対する耐久性との関係を調査する試験を行なった。試験の手順は以下のとおりである。
【0041】
まず、試験の対象となる試験片の作製方法について説明する。はじめに、燃焼合成法でZ値を0.1〜4の範囲で作製したβサイアロンの粉末を準備し、図3に基づいて説明した軸受要素の製造方法と同様の方法で、Z値が0.1〜4である試験片を作製した。具体的な作製方法は以下のとおりである。まず、サブミクロンに微細化されたβサイアロン粉末と、焼結助剤としての酸化アルミニウム(住友化学株式会社製、AKP30)および酸化イットリウム(H.C.Starck社製、Yttriumoxide grade C)とをボールミルを用いて湿式混合により混合した。その後、スプレードライヤーにて造粒を実施し、造粒粉を製造した。当該造粒粉を金型で円筒状に成形し、さらに冷間静水圧成形(CIP)で加圧を行ない、円筒状の成形体を得た。
【0042】
引き続き当該成形体に対して1次焼結として常圧焼結を行なった後、圧力200MPaの窒素雰囲気中で熱間静水圧焼結法(Hot Isostatic Press;HIP)で処理することで、焼結円筒体を製造した。次に、当該焼結円筒体の外周面にラッピング加工を行ない、直径φ40mmの円筒状の試験片とした。また、比較のため、窒化珪素からなる試験片、すなわちZ値が0である試験片も上記βサイアロンからなる試験片と同様の方法で作製した(比較例A)。
【0043】
次に、試験条件について説明する。上述のように作製された試験片に対し、別途準備された軸受鋼(JIS規格SUJ2)製の相手試験片(直径φ40mmの円筒状、焼入硬化済み)を、両者の軸が平行になるように、外周面において最大接触面圧Pmax:2.5GPaで接触させた。そして、試験片を回転数:3000rpmで軸周りに回転させるとともに、相手試験片を試験片に対する滑り率が5%となるように軸回りに回転させた。そして、潤滑:タービン油VG68(清浄油)のパット給油、試験温度:室温、の条件の下で回転を継続する転がり滑り疲労試験(2円筒試験)を行なった。そして、振動検出装置により運転中の試験片の振動を監視し、試験片に破損が発生して振動が所定値を超えた時点で試験を中止するとともに、運転開始から中止までの時間を当該試験片の寿命として記録した。また、試験中止後、試験片の破損状態を確認した。
【0044】
【表1】

【0045】
表1に本実施例の試験結果を示す。表1においては、各実施例A〜Hおよび比較例A〜Cにおける寿命が、比較例A(窒化珪素)における寿命を1とした寿命比で表されている。また、破損形態は、試験片の表面に剥離が発生した場合「剥離」、剥離が発生することなく表面が摩耗して試験が中止された場合「摩耗」と記載されている。
【0046】
表1を参照してZ値が0.1以上3.5以下となっている本発明の実施例A〜Hでは、窒化珪素(比較例A)と比較して遜色ない寿命を有している。また、破損形態も窒化珪素の場合と同様に「剥離」となっている。これに対し、Z値が3.5を超え、本発明の範囲外となっている比較例Bでは、寿命が大幅に低下するとともに、試験片に摩耗が観察される。すなわち、Z値が3.8である比較例Bでは、最終的には試験片に剥離が発生しているものの、試験片における摩耗が影響し、寿命が大幅に低下したものと考えられる。さらに、Z値が4である比較例Cにおいては、極めて短時間に試験片の摩耗が進行し、耐久性が著しく低下している。
【0047】
以上のように、Z値が0.1以上3.5以下の範囲においては、サイアロン焼結体からなる試験片の耐久性は、窒化珪素の焼結体からなる試験片とほぼ同等である。これに対し、Z値が3.5を超えると試験片が摩耗しやすくなり、これに起因して転がり滑り疲労に対する耐久性が大幅に低下する。さらに、Z値が大きくなると、βサイアロンからなる試験片の破損原因が「剥離」から「摩耗」に変化し、転がり滑り疲労に対する耐久性が著しく低下することが明らかとなった。このように、Z値を0.1以上3.5以下とすることにより、安価でありながら、十分な耐久性を安定して確保することが可能なβサイアロン焼結体からなる軸受要素を備えた転がり軸受が提供可能であることが確認された。
【0048】
なお、表1を参照して、Z値が3を超える3.5の実施例Hにおいては、試験片には僅かな摩耗が発生しており、寿命も実施例A〜Gに比べて低下している。このことから、十分な耐久性をより安定して確保するためには、Z値は3以下とすることが望ましいといえる。
【0049】
また、上記実験結果より、窒化珪素からなる軸受要素と同等以上の耐久性(寿命)を得るには、Z値は2以下とすることが好ましく、1.5以下とすることが、より好ましい。一方、燃焼合成を採用した製造工程による、βサイアロン粉体の作製の容易性を考慮すると、十分に自己発熱による反応が期待できるZ値である0.5以上とすることが好ましい。
【0050】
次に、図4に示すフロー図を参照しつつ、本実施例における転がり軸受の製造方法につき説明すると、まず、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンの粉体を準備するβサイアロン粉体準備工程が実施される。βサイアロン粉末準備工程においては、たとえば燃焼合成法を採用した製造工程により、安価にβサイアロンの粉末を製造することができる。
【0051】
次に、βサイアロン粉末準備工程において準備されたβサイアロンの粉末に、焼結助剤を添加して混合する混合工程が実施される。この混合工程は、焼結助剤を添加しない場合、省略することができる。
【0052】
次に、上記βサイアロンの粉末またはβサイアロンの粉末と焼結助剤との混合物を、転動体23の概略形状に成形する成形工程が実施される。具体的には、上記βサイアロンの粉末またはβサイアロンの粉末と焼結助剤との混合物に、プレス成形、鋳込み成形、押し出し成形、転動造粒などの成形手法を適用することにより、軸受要素である転動体23などの概略形状に成形された成形体が作製される。
【0053】
次に、上記成形体の表面が加工されることにより、当該成形体が焼結後に所望の軸受要素の形状により近い形状になるよう成形される焼結前加工工程が実施される。具体的には、グリーン体加工などの加工手法を適用することにより、上記成形体が焼結後に転動体23などの形状により近い形状になるように成形される。この焼結前加工工程は、成形工程において上記成形体が成形された段階で、焼結後に所望の軸受要素の形状に近い形状が得られる状態である場合には省略することができる。
【0054】
次に、上記成形体が、1MPa以下の圧力下で焼結される焼結工程が実施される。具体的には、上記成形体が、ヒータ加熱、マイクロ波やミリ波による電磁波加熱などの加熱方法により加熱されて焼結されることにより、転動体23などの概略形状を有する焼結体が作製される。焼結は、不活性ガス雰囲気中または窒素と酸素との混合ガス雰囲気中において、1550℃以上1800℃以下の温度域に上記成形体が加熱されることにより実施される。不活性ガスとしては、ヘリウム、ネオン、アルゴン、窒素などが採用可能であるが、製造コスト低減の観点から、窒素が採用されることが好ましい。
【0055】
次に、焼結工程において作製された焼結体の表面が加工され、当該表面を含む領域が除去される仕上げ加工が実施されることにより、軸受要素を完成させる仕上げ工程が実施される。具体的には、焼結工程において作製された焼結体の表面を研磨することにより、軸受要素としての転動体23などを完成させる。以上の工程により、本実施例における軸受要素は完成する。
【0056】
ここで、上記焼結工程における焼結により、焼結体の表面から厚み500μm程度の領域には、内部よりも緻密性が高く、断面を光学顕微鏡の斜光にて観察した場合、白色の領域として観察される白色領域の面積率が7%以下である緻密層が形成される。さらに、焼結体の表面から厚み150μm程度の領域には、緻密層内の他の領域よりもさらに緻密性が高く、断面を光学顕微鏡の斜光にて観察した場合、白色の領域として観察される白色領域の面積率が3.5%以下である高緻密層が形成されている。したがって、仕上げ工程においては、除去される焼結体の厚みは、特に接触面となるべき領域において150μm以下とすることが好ましい。これにより、転走表面23Aを含む領域に、高緻密層を残存させ、軸受要素の転がり滑り疲労に対する耐久性を向上させることができる。
【0057】
上述した製造方法によって製造された軸受要素の断面における緻密層および高緻密層の形成状態を調査する試験を行なった。試験の手順は以下のとおりである。
【0058】
はじめに、燃焼合成法で作製した組成がSiAlONであるβサイアロンの粉末(株式会社イスマンジェイ製、商品名メラミックス)を準備し、図4に基づいて説明した軸受要素の製造方法と同様の方法で、一辺が約10mmの立方体試験片を作製した。具体的な製造方法は次のとおりである。まず、サブミクロンに微細化されたβサイアロン粉末と、焼結助剤としての酸化アルミニウム(住友化学株式会社製、AKP30)および酸化イットリウム(H.C.Starck社製、Yttriumoxide grade C)とをボールミルを用いて湿式混合により混合した。その後、スプレードライヤーにて造粒を実施し、造粒粉を製造した。当該造粒粉を金型で所定の形状に成形し、さらに冷間静水圧成形(CIP)で加圧を行ない、成形体を得た。引き続き当該成形体を圧力0.4MPaの窒素雰囲気中で1650℃に加熱して焼結することで、上記立方体試験片を製造した。
【0059】
その後、当該試験片を切断し、切断された面をダイヤモンドラップ盤でラッピングした後、酸化クロムラップ盤による鏡面ラッピングを実施することにより、立方体の中心を含む観察用の断面を形成した。そして、当該断面を光学顕微鏡(株式会社ニコン製、マイクロフォト−FXA)の斜光で観察し、倍率50倍のインスタント写真(フジフイルム株式会社製 FP−100B)を撮影した。その後、得られた写真の画像を、スキャナーを用いて(解像度300DPI)パーソナルコンピューターに取り込んだ。そして、画像処理ソフト(三谷商事株式会社製 WinROOF)を用いて輝度閾値による2値化処理を行なって(本実施例での2値化分離閾値:140)、白色領域の面積率を測定した。
【0060】
次に、試験結果について説明する。図5は、試験片の上記観察用の断面を光学顕微鏡の斜光で撮影した写真である。また、図6は、図5の写真の画像を、画像処理ソフトを用いて輝度閾値により2値化処理した状態を示す一例である。また、図7は、図5の写真の画像を、画像処理ソフトを用いて輝度閾値により2値化処理する際に、画像処理を行なう領域(評価領域)を示す図である。図5において、写真上側が試験片の表面側であり、上端が表面である。
【0061】
図5および図6を参照して、本発明の軸受要素と同様の製造方法により作製された本実施例における試験片は、表面を含む領域に内部よりも白色領域の少ない層が形成されていることがわかる。そして、図7に示すように、撮影された写真の画像を試験片の最表面からの距離に応じて3つの領域(最表面からの距離が150μm以内の領域、150μmを超え500μm以内の領域、500μmを超え800μm以内の領域)に分け、領域毎に画像解析を行なって白色領域の面積率を算出したところ、表2に示す結果が得られた。表2においては、図7に示した各領域を1視野として、無作為に撮影された5枚の写真から得られる5視野における白色領域の面積率の、平均値と最大値とが示されている。
【0062】
【表2】

【0063】
表2を参照して、本実施例における白色領域の面積率は、内部において18.5%であったのに対し、表面からの深さが500μm以下である領域においては3.7%、表面からの深さが150μm以下の領域においては1.2%となっていた。このことから、本発明の軸受要素と同様の製造方法により作製された本実施例における試験片は、表面を含む領域に内部よりも白色領域の少ない緻密層および高緻密層が形成されていることが確認された。
【0064】
上述した製造方法によって製造された本実施例の効果を確認すべく、本発明の軸受要素の転がり滑り疲労に対する耐久性を確認する試験を行なった。試験の手順は以下のとおりである。
【0065】
まず、試験の対象となる試験片の作製方法について説明する。はじめに、燃焼合成法で作製した組成がSiAlONであるβサイアロンの粉末(株式会社イスマンジェイ製、商品名メラミックス)を準備し、図4に基づいて説明した軸受要素の製造方法と同様の方法で直径φ40mmの円筒状の試験片を作製した。具体的な製造方法は次のとおりである。まず、サブミクロンに微細化されたβサイアロン粉末と、焼結助剤としての酸化アルミニウム(住友化学株式会社製、AKP30)および酸化イットリウム(H.C.Starck社製、Yttriumoxide grade C)とをボールミルを用いて湿式混合により混合した。その後、スプレードライヤーにて造粒を実施し、造粒粉を製造した。当該造粒粉を金型で円筒状に成形し、さらに冷間静水圧成形(CIP)で加圧を行ない円筒状の成形体を得た。
【0066】
次に、当該成形体に対して焼結後の加工代が所定の寸法となるようにグリーン加工を行ない、引き続き当該成形体を圧力0.4MPaの窒素雰囲気中で1650℃に加熱して焼結することで、焼結円筒体を製造した。次に、当該焼結円筒体の外周面に対してラッピング加工を行ない、直径φ40mmの円筒状の試験片とした。ここで、上記焼結円筒体に対するラッピング加工により除去される焼結円筒体の厚み(加工代)を8段階に変化させ、8種類の試験片を作製した(実施例A〜H)。一方、比較のため、窒化珪素および焼結助剤からなる原料粉末を用いて加圧焼結法により焼結した焼結円筒体に対して、上述と同様にラッピング加工を行ない、直径φ40mmの円筒状の試験片を作製した(比較例A)。ラッピング加工による加工代は0.25mmとした。
【0067】
次に、試験条件について説明する。上述のように作製された試験片に対し、別途準備された軸受鋼(JIS規格SUJ2)製の相手試験片(直径φ40mmの円筒状、焼入硬化済み)を、両者の軸が平行になるように、外周面において最大接触面圧Pmax:2.5GPaで接触させた。そして、試験片を回転数:3000rpmで軸周りに回転させるとともに、相手試験片を試験片に対する滑り率が5%となるように軸回りに回転させた。そして、潤滑:タービン油VG68(清浄油)のパット給油、試験温度:室温、の条件の下で回転を継続する転がり滑り疲労試験(2円筒試験)を行なった。そして、振動検出装置により運転中の試験片の振動を監視し、試験片に破損が発生して振動が所定値を超えた時点で試験を中止するとともに、運転開始から中止までの時間を当該試験片の寿命として記録した。なお、試験数は実施例、比較例ともに8個ずつとし、その平均寿命を算出した上で、比較例Aに対する寿命比で耐久性を評価した。
【0068】
【表3】

【0069】
表3に本実施例の試験結果を示す。表3を参照して、実施例の試験片の寿命は、その製造コスト等を考慮するといずれも良好であるといえる。そして、加工代を0.5mm以下とすることにより試験片の表面に緻密層を残存させた実施例D〜Gの試験片の寿命は、比較例Aの寿命の2〜3倍程度となっていた。さらに、加工代を0.15mm以下とすることにより試験片の表面に高緻密層を残存させた実施例A〜Cの試験片の寿命は、比較例Aの寿命の5倍程度となっていた。このことから、本実施例の転がり軸受は、耐久性において優れているものと考えられる。そして、軸受要素の加工代を0.5mm以下として、表面に緻密層を残存させることにより寿命が向上し、軸受要素の加工代を0.15mm以下として、表面に高緻密層を残存させることにより寿命がさらに向上すると考えられる。
【0070】
以上、図面を参照してこの発明の実施形態を説明したが、この発明は、図示した実施形態のものに限定されない。図示した実施形態に対して、この発明と同一の範囲内において、あるいは均等の範囲内において、種々の修正や変形を加えることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明は、ターボチャージャの回転軸を支持する軸受に有利に使用される。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明の一実施例になる転がり軸受を備えたターボチャージャを示す縦断面図である。
【図2】同実施例を拡大して示す概略部分断面図である。
【図3】同実施例の製造方法の概略を示すフロー図である。
【図4】同実施例の製造方法の概略を示すフロー図である。
【図5】試験片の観察用の断面を光学顕微鏡の斜光で撮影した写真である。
【図6】図5の写真の画像を、画像処理ソフトを用いて輝度閾値により2値化処理した状態を示す一例である。
【図7】図5の写真の画像を、画像処理ソフトを用いて輝度閾値により2値化処理する際に、画像処理を行う領域(評価領域)を示す図である。
【符号の説明】
【0073】
1 転がり軸受、11 ハウジング、12 回転軸、13 タービン、14 コンプレッサインペラ、21 内輪、22 外輪、23 転動体、23A 転走表面、23B 緻密層、23D 高緻密層、24 保持器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端でインペラと結合し、他端でタービンと結合する回転軸を支持するターボチャージャ用転がり軸受であって、内輪と、外輪と、前記内輪と前記外輪との間の環状領域に配置された転動体とを備え、
前記内輪、前記外輪および前記転動体のうちの少なくとも一つの軸受要素は、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とし、残部不純物からなる焼結体から構成される、ターボチャージャ用転がり軸受。
【請求項2】
一端でインペラと結合し、他端でタービンと結合する回転軸を支持するターボチャージャ用転がり軸受であって、内輪と、外輪と、前記内輪と前記外輪との間の環状領域に配置された転動体とを備え、
前記内輪、前記外輪および前記転動体のうちの少なくとも一つの軸受要素は、Si6−ZAl8−Zの組成式で表され、0.1≦Z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とし、残部焼結助剤および不純物からなる焼結体から構成される、ターボチャージャ用転がり軸受。
【請求項3】
前記焼結体から構成される前記軸受要素の転走表面を含む領域には、内部よりも緻密性の高い層である緻密層が形成されている、請求項1または2に記載のターボチャージャ用転がり軸受。
【請求項4】
前記緻密層の断面を光学顕微鏡の遮光にて観察した場合、白色の領域として観察される白色領域の面積率は7%以下である、請求項3に記載のターボチャージャ用転がり軸受。
【請求項5】
前記緻密層の表面を含む領域には、前記緻密層内の他の領域よりもさらに緻密性の高い層である高緻密層が形成されている、請求項3または4に記載のターボチャージャ用転がり軸受。
【請求項6】
前記高緻密層の断面を光学顕微鏡の遮光にて観察した場合、白色の領域として観察される白色領域の面積率は3.5%以下である、請求項5に記載のターボチャージャ用転がり軸受。
【請求項7】
インペラと、タービンと、一端で前記インペラと結合し他端で前記タービンと結合する回転軸と、前記インペラと前記タービンとの間に配置されたハウジングと、前記回転軸を前記ハウジングに回転自在に支持する請求項1〜6に記載のターボチャージャ用転がり軸受とを備えた、ターボチャージャ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−299733(P2009−299733A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−152966(P2008−152966)
【出願日】平成20年6月11日(2008.6.11)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】