説明

ターボ分子ポンプシステム

【課題】簡単かつ安価な構成により磁気軸受システムを構成し、水蒸気排気速度の増大に対応可能なターボ分子ポンプを提供する。
【解決手段】高温超伝導磁気軸受をポンプロータの軸端に設け、クライオトラップを用いた冷凍機で高温超伝導磁気軸受を冷却するよう構成したので、被支持体のパラメータの変化(例えば、回転翼の重量増大)に応じて、排気速度、支持能力、および減衰能を増大させ、高温超伝導磁気軸受部の付加コストも極小にすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁気軸受を応用したターボ分子ポンプシステムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁気軸受を応用した製品で、量産品として最も成功している例として、ターボ分子ポンプがある。それは、磁気軸受の応用として比較的簡単な仕様でありながら、従来のボールベアリングに対して、その特徴である清浄(潤滑オイル必要なし)、超低振動(ロータとステータが無接触)、高信頼性(腐食性ガスに強い)というセールスポイントをもっとも活かせるアプリケーションであっためである。実際、半導体やフラットパネル等の製造用のほとんどすべてのエッチング装置に大型の磁気軸受式ターボ分子ポンプ(2,000L/S以上)が採用されている。しかしながら、磁気軸受はボールベアリングに比べて高価格なため、低価格帯の小型のターボ分子ポンプ(500L/S以下)には採用が進んでいないのが現状である。実際、高性能電子顕微鏡には、磁気軸受式ターボ分子ポンプが採用されているが、質量分析機器や電子顕微鏡等の普及型機器には、セラミック製のボールベアリングを採用した小型のターボ分子ポンプが標準採用されている。また、エッチング装置とは異なり、腐食性のガスを流さないPVD装置等には、小型のターボ分子ポンプばかりでなく、中型のターボ分子ポンプ(500L/S〜2000L/S)も価格の安いボールベアリング式ターボ分子ポンプが採用されている。更に、水蒸気を急速に排気する必要のあるPVD装置の真空チャンバー(水蒸気の排気速度4000L/S以上)では、この領域(水蒸気の排気速度4000L/S以上)で価格競争力のあるクライオポンプが主流となっている。
しかしながら、ボールベアリング式ターボ分子ポンプは、その信頼性が不十分であり、クライオポンプは、ガス溜め込み式ポンプであるため、一定期間の使用後にポンプ再生が必要なことや1Pa以上のプロセス圧での使用に不向きなこと等の欠点があるため、低価格の磁気軸受式ターボ分子ポンプで、しかも水蒸気の排気速度がクライオポンプに匹敵するターボ分子ポンプシステムが待望されている。
【先行技術文献】
低価格の磁気軸受を実現するための先行技術とターボ分子ポンプの水蒸気排気速度を増大させながら磁気軸受の低価格化を実現するアイデアの報告として以下のようなものがある。
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公平6−46036号公報
この発明は、径方向の磁気軸受の一部を制御電磁石を用いず、永久磁石を利用した受動方式としたことを特徴とするターボ分子ポンプに関するものである。
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】S Yagyu,I Fujishima,and M Miki 「Fundamental test and design of turbomolecular pump with water trap using high Tc superconductor magnetic bearing」Vacuum/volume 44/numbers 5−7/pages 729−731/1993
この文献は、水蒸気の排気にクライオトラップを用い、そのトラップの冷凍機を利用して高温超伝導体磁気軸受を構成し、それを軸受として利用するターボ分子ポンプシステムに関するものである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
大型のターボ分子ポンプ、コンプレッサー、その他種々の工業製品に応用されている完全能動制御型磁気軸受(一般に5軸制御型磁気軸受と呼ばれている磁気軸受)に対して、その価格低減を目的に、磁気軸受の一部に永久磁石を応用した受動型磁気軸受を採用した先行技術があるが、その適用範囲は特定の小型ターボ分子ポンプに限定されている。その原因は2つあり、1)完全能動制御型磁気軸受と違い、被支持体(ロータ)のパラメータ(重量、重心位置、慣性モーメント、慣性モーメント比、定常回転数、構造体の共振周波数等)の変更に対して自在に対応できず、異なる被支持体に対して、個別に磁気軸受の設計が必要となる事と2)ロータの振動現象への減衰能を大きくすることが困難なため、大型の被支持体を安定に回転させることが容易でない事とである。
一方、前述の非特許文献1に示すように、水蒸気の排気速度を増大させるためにクライオトラップを付加すると同時に高温超伝導磁気軸受を利用するのは良いアイデアであるが、3)この高温超伝導磁気軸受主体で中型以上のターボ分子ポンプのロータを支持しようとすると、そのために必要な高温超伝導体を冷却するための冷凍機の冷凍能力が、対応するクライオトラップの冷凍能力に比較して過大となるため、システム全体でかえって高価格になる欠点がある。
これらの問題点を解消することが、PVD装置等向けの真空ポンプシステムに磁気軸受式ターボ分子ポンプシステムが採用されるための課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記1)2)3)の課題を解消するために、ある基本となる磁気軸受ユニットを基準にし、要求される排気速度の増大とそれによる被支持体のパラメータの変化(例えば、回転翼の重量増大)に応じて、クライオトラップと高温超伝導磁気軸受を付加してゆく磁気軸受システムとすることでその排気速度、支持能力、および減衰能を増大させ、しかも高温超伝導磁気軸受部の付加コストを極小にすることが可能となる。
【発明の効果】
【0007】
標準化した磁気軸受部にクライオトラップと高温超伝導磁気軸受を要求される排気速度に応じて付加することで、PVD装置等の真空システムに求められる清浄、高信頼性、クライオポンプに匹敵する水蒸気排気速度とクライオポンプに対抗できる価格のターボ分子ポンプシステムが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】

【図1】本発明の実施例を応用したターボ分子ポンプシステムの縦断面図
【図2】特許文献1の実施例であるターボ分子ポンプの縦断面図
【図3】非特許文献1の図3にあるターボ分子ポンプシステムの縦断面図
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0009】
以下、本発明の実施例を図1に基づき説明する。
図1は、本発明の実施例を応用したターボ分子ポンプシステムの縦断面図である。
特許文献1と同様に、径方向変位センサー1aと径方向電磁石2aで一組の径方向能動型磁気軸受を構成し、シャフト3aを支持する。固定側永久磁石4aと回転側永久磁石5aは互いに吸引し,シャフト3aを軸方向下方へ引く磁極配置とし、その逆方向である軸方向上方へ、軸方向電磁石7aがアーマチャーディスク8aを吸引する力を軸方向変位センサー6aで検出する位置信号により制御し、シャフト3aの軸方向能動型磁気軸受を構成する。また固定側永久磁石4aと回転側永久磁石5aによる軸方向吸引力は一組の径方向受動型磁気軸受を構成する。これらの磁気軸受により支持されるシャフト3aに回転翼であるロータ9aを装着し、駆動モータ10aでシャフトを高速回転させることにより、固定翼13aとの相互作用により、吸気口11aから気体分子を排気口12aへ結果的に移送するターボ分子ポンプを構成する。
しかしながら、特許文献1の発明による磁気軸受システムは、シャフト3aとロータ9aで構成される回転体の重量や重心位置と磁気軸受システムの径方向磁気軸受けの作用点やそのばね定数等にある関係が成立つ場合にのみ有効に動作するため、たとえば、図1に示すようなロータ9aに変更した場合、上部の重量が増加し重心が上部に移動するため、磁気軸受システムを有効に動作させるためには、それにあわせて、径方向電磁石能力や位置等を設計変更しなければならなくなる。そのような事態に対応するため、本発明においては、上記磁気軸受システムを基本的に変更せず、ロータ9aの上部にさらにもう一組の高温超伝導磁気軸受を追加することにより、ロータ9aの変更に対応できるようにする。
本ターボ分子ポンプシステムの動作原理を以下に説明する。まず高温超伝導磁気軸受を除いた磁気軸受システムでロータ9aを磁気浮上させる。その後ここでは図示していない粗引きポンプで排気口12aから真空排気することによりクライオトラップ14付近の圧力が下がるに従い、冷凍機15により高温超伝導体16および水蒸気捕獲用バッフル17が冷却されていく。高温超伝導体16が超伝導状態になると、上部回転側永久磁石51aの磁束が高温超伝導体に捕捉されるようになり、その捕捉状態を保持しようとする力を利用する高温超伝導磁気軸受が構成される。この高温超伝導磁気軸受は、径方向の支持力ばかりでなく軸方向にも支持力が働き、しかも振動に対して減衰能も持つため、この後、駆動モータ10aによりロータ9aを回転させると、安定にロータの共振点を通過し定常回転に到達する。
このように、本ターボ分子ポンプシステムは、水蒸気捕獲用バッフル17でクライオポンプとほぼ同等の水蒸気排気速度を実現し、従来の磁気軸受式ターボ分子ポンプに比べて、低価格の磁気軸受システムで大排気速度の回転翼となるロータ9aを安定に高速回転できる。
高温超伝導体16と水蒸気捕獲用バッフル17の冷却温度は、高温超伝導体の特性や要求される高温超伝導体磁気軸受性能に依存するが、たとえばY−Ba−Cu−Oを利用する場合、概略70K付近が適当である。また高温超伝導体16をたとえば銅あるいはアルミニュウム等の熱伝導の良い金属からできたホルダー18に埋め込んだ構造にすると、冷却時に高温超伝導体16に圧縮応力が働くようになり、その電磁力による破壊を防止する効果がある。
【産業上の利用可能性】
【0010】
従来からボールベアリング式ターボ分子ポンプやクライオポンプが真空ポンプシステムとして利用されているPVD装置等に、磁気軸受式ターボ分子ポンプシステムが採用されるようになる。
【符号の説明】
【0011】
1,1a 径方向変位センサー
2,2a 径方向電磁石
3,3a シャフト
4,4a 固定側永久磁石
5,5a 回転側永久磁石
6,6a 軸方向変位センサー
7,7a 軸方向電磁石
8,8a アーマチュアディスク
9,9a ロータ
10,10a 駆動モータ
11,11a 吸気口
12,12a 排気口
13,13a 固定翼
14 クライオトラップ
15 冷凍機
16 高温超伝導体
17 水蒸気捕獲用バップル
18 ホルダー
51a 上部回転側永久磁石

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一組の径方向受動型磁気軸受と一組の径方向能動型磁気軸受と一組の軸方向能動型磁気軸受に更に一組の高温超伝導磁気軸受からなるターボ分子ポンプに高温超伝導体の冷凍機を共用するクライオトラップを付加したターボ分子ポンプシステム
【請求項2】
熱伝導の良い金属に埋め込んだ高温超伝導体を高温超伝導磁気軸受の固定側に使用する請求項1記載のターボ分子ポンプシステム
【請求項3】
高温超伝導体を埋め込む金属に銅またはアルミニュウムを使用した請求項2記載の高温超伝導磁気軸受を使用する請求項1記載のターボ分子ポンプシステム

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−216458(P2010−216458A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−94386(P2009−94386)
【出願日】平成21年3月17日(2009.3.17)
【出願人】(509083692)株式会社EM応用技術研究所 (5)
【Fターム(参考)】