説明

チタン酸化物系蒸着材料及びその製造方法

【課題】組成式TiO(1.4≦x≦1.8)で表されるチタン酸化物と同等の性能を持ち、安価で、取り扱い時に微粉が発生しないチタン酸化物系の焼結蒸着材料を提供する。
【解決手段】前記蒸着材料は、組成式TiO(1.4≦x≦1.8)で表されるチタン酸化物からなる主成分と、ガーネット構造をとる化合物と、を含む焼結体とする。あるいは、組成式TiO(1.4≦x≦1.8)で表されるチタン酸化物からなる主成分と、酸化イットリウムと、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種と、を含む焼結体とする。前記ガーネット構造をとる化合物は、希土類アルミニウムガーネットが好ましい。前記酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種は、酸化アルミニウムであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン酸化物を主成分とした蒸着材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
真空蒸着は、真空チャンバー内で蒸着材料を電子銃や抵抗加熱によって蒸発させ、対象物に蒸着膜を形成する技術である。二酸化チタン(TiO)蒸着膜は、チタン酸化物系の蒸着材料から真空蒸着によって形成されるが、屈折率が非常に高く耐熱性に優れるため、従来からダイクロイックフィルター、ダイクロイックミラー等に用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9−241830号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
二酸化チタンを蒸着材料として二酸化チタン蒸着膜を形成しようとすると、気化した蒸着材料が凝固して膜になる際(蒸着膜形成時)に酸素ガスを放出するため、蒸着膜の品位はよくない。そのため、蒸着材料は二酸化チタン以外の形態をとることが一般的である。例えば他のチタン酸化物や金属チタンの内のいくつかを組み合わせた形態をとる。
【0005】
チタン酸化物の中でも、組成式TiOx(1.4≦x≦1.8)で表されるもの(以下亜酸化チタンとも称す)は、蒸着膜形成時のガス発生が少なく、二酸化チタン蒸着膜用の蒸着材料として最適とされる。しかしながら、前記亜酸化チタンの焼結体は非常に脆く、包装、輸送、蒸着時のルツボへの充填等の取り扱い時に容易に破砕し、多量の微粉を発生する。この微粉は蒸着時の溶融工程や加熱、気化工程でのスプラッシュ(突沸)の一因となる。スプラッシュの発生の結果、蒸着対象に蒸着材料の塊が飛散し、蒸着対象の汚損を招く。また、微粉の発生は蒸着材料の利用率の低下を招き、コストパフォーマンスが低下する。
【0006】
焼結体を非常に静かに取り扱えば、亜酸化チタン焼結体の破砕はまぬがれるが、通常工業的プロセスにおいては現実的ではない。
【0007】
一方、蒸着材料を焼結体ではなく溶融体として製造し、粉砕等の処理を施して使用する場合は前述の微粉発生の問題はない。しかしながら、溶融工程は焼結工程に比べて高温で行う必要があること、溶融時の溶融体とルツボの熱膨張差によるルツボの破損リスクがあること、溶融物とルツボが癒着して収率やメンテナンスコストがかかること、等の理由により、そのコストは焼結体の場合に比べて非常に大きい。
【0008】
特許文献1では組成がTiO(x=1.4〜1.8)であるチタン酸化物をベースとし、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム、酸化イットリウム及び酸化イッテルビウムからなる群からの酸化物を0.1〜10重量%添加した焼結蒸着材料が提案され、具体的には酸化ジルコニウムを添加する場合について開示されているが、その効果は十分なものではなかった。
【0009】
本願発明の目的は、組成式TiOx(1.4≦x≦1.8)で表される亜酸化チタンと同等の性能を持ち、安価で、取り扱い時に微粉が発生しないチタン酸化物系の焼結蒸着材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は、鋭意検討を重ね、本願発明を完成するに至った。本願発明者らは、特定組成のチタン酸化物に特定の酸化物を含有させた焼結体は、取り扱い時に破砕しにくく、破砕しても微粉がほとんど発生しないことを見出した。
【0011】
本願発明の蒸着材料は、組成式TiOx(1.4≦x≦1.8)で表されるチタン酸化物からなる主成分と、ガーネット構造をとる化合物を含む焼結体であることを特徴とする。
【0012】
前記焼結体は、さらに酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。さらに酸化イットリウムを含むと特に好ましい。
【0013】
もう一つの本願発明の蒸着材料は、組成式TiOx(1.4≦x≦1.8)で表されるチタン酸化物からなる主成分と、酸化イットリウムと、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種と、を含む焼結体であることを特徴とする。
【0014】
前記酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種は、酸化アルミニウムであることが好ましい。
【0015】
前記焼結体中の前記ガーネット構造をとる化合物と、前記酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種と、前記酸化イットリウムと、の合計は、前記蒸着材料に対して1重量%〜10重量%であることが好ましい。
【0016】
前記ガーネット構造をとる化合物は、希土類アルミニウムガーネットであることが好ましい。
【0017】
前記蒸着材料は、0.1Pa〜1.0×10−4Paの圧力下、1300℃〜1750℃で焼成されてなる焼結体であることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本願発明の蒸着材料は、主成分以外に、ガーネット構造をとる化合物、あるいは酸化イットリウムと、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種を含む焼結体であるため、取り扱い時に破砕しにくい。また、破砕が生じたとしても微粉が発生しない。そのため、亜酸化チタン系の焼結蒸着材料として従来よりも格段に取り扱いやすいものとなる。その上スプラッシュの発生しない安定した亜酸化チタン系の蒸着材料となる。そのため、本願発明の蒸着材料を用いて蒸着すると、高品位な蒸着膜を安定して生成することができるようになる。
【0019】
前記焼結体が主成分以外の成分としてガーネット構造をとる化合物を含む場合、さらに酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種を含むと、破砕防止効果が格段に向上する。特に酸化アルミニウムはガーネット構造をとる化合物と相性がよく、焼結具合を制御しやすい。
【0020】
前記焼結体が主成分以外の成分として酸化イットリウムを含む場合、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種を含むことが必須であるが、この場合も酸化アルミニウムを含むと破砕防止効果が格段に向上し、焼結具合を制御しやすい。
【0021】
前記ガーネット構造をとる化合物が希土類アルミニウムガーネットであると、適度な強度の焼結体を得やすく、得られる焼結体の品質ばらつきを抑えやすい。
【0022】
本願発明の蒸着材料は、0.1Pa〜1.0×10−4Paの圧力下、1300℃〜1750℃で焼成されてなる焼結体であると、特に破砕しにくくなる。その一方で、適当な応力で意図的に粉砕することも可能であり、目的の粒度に応じた粉砕処理ができるようになる。さらに、得られる焼結体の組成は非常に安定して制御されたものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は本願発明の実施例1に係る蒸着材料の粉末X線回折(XRD)スペクトルである。
【0024】
【図2】図2は比較用の、主成分100%であるTi焼結体の粉末XRDスペクトルの一例を示すものである。
【0025】
【図3】図3は比較用の、溶融体のXRDスペクトルの一例を示すものである。
【0026】
【図4】図4は本願発明の実施例1に係る蒸着材料の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【0027】
【図5】図5は比較用の、主成分100%であるTi焼結体の走査型電子顕微鏡写真である。
【0028】
【図6】図6は比較用の、溶融体の走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本願発明の蒸着材料について、実施の形態及び実施例を用いて詳細に説明する。但し、本願発明はこれら実施の形態及び実施例に限定されるものではない。
【0030】
主成分であるチタン酸化物は、組成式TiOx(1.4≦x≦1.8)で表される亜酸化チタンである。亜酸化チタンを蒸着材料とし、適度な酸素分圧下で蒸着すると、蒸着膜形成時のガス発生が抑えられ、品位の高い蒸着膜が得られる。蒸着材料が二酸化チタンの場合、ガス発生により、例えば蒸着膜内部に空孔が形成される等の不具合が生じ、蒸着膜の品位が劣る。
【0031】
亜酸化チタンTiOのxの値は、1.4を下回ると蒸着膜が着色する傾向が、1.8を上回ると蒸着膜形成時のガス発生が増える傾向にあるので、1.4≦x≦1.8である必要がある。1.5≦x≦1.7であると、蒸着材料を気化させるのに必要なエネルギーが低くなるので好ましい。1.6≦x≦1.7であると、特に必要なエネルギーが低くなるのでより好ましい。
【0032】
本願発明の蒸着材料は、焼結体中に主成分以外の成分を含む必要であるが、その態様は以下の2通りある。
【0033】
<第1の態様>
第1の態様は、焼結体が、主成分以外にガーネット構造をとる化合物を含む態様である。ガーネット構造をとる化合物が存在することで破砕防止効果とスプラッシュ防止効果が得られる。
【0034】
前記ガーネット構造をとる化合物としては、A(SiO(AはCa、Fe、Mn、Mgなど、BはAl、Cr、Tiなど)で表されるオルトケイ酸塩(いわゆる柘榴石)、イットリウム鉄ガーネット(YIG)に代表される希土類鉄ガーネット、イットリウムアルミニウムガーネット(YAG)に代表される希土類アルミニウムガーネットなどがある。中でも希土類アルミニウムガーネットが適度な強度の焼結体を得やすいので好ましい。
【0035】
前記希土類アルミニウムガーネットの中でも、イットリウム、ランタン、ガドリニウム及びルテチウムからなる群より選択される少なくとも一種の元素を希土類元素としたものは焼結体の特性を制御しやすいのでより好ましい。中でもYAGあるいは希土類元素の主成分がイットリウムであるものは製造バラツキが少なく特に好ましい。
【0036】
第1の態様において、前記焼結体が、主成分以外の成分として、さらに酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種を含むと、破砕防止効果が格段に向上して好ましい。特に酸化アルミニウムを含むと、焼結具合を制御しやすいのでより好ましい。
【0037】
第1の態様において、前記焼結体は、主成分以外の成分はさらに酸化イットリウムを含んでいてもよい。
【0038】
<第2の態様>
第2の態様は、焼結体が、主成分以外に、酸化イットリウムと、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種と、を含む態様である。両者が共存することで態様1と同様の効果が得られる。
【0039】
第1の態様同様、前記酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種が酸化アルミニウムであると、焼結具合を制御しやすく好ましい。
【0040】
特定の理論に束縛されるものではないが、これは以下のような作用機構によるものと推測される。
【0041】
第1の態様においては、ガーネット構造を有する化合物が粒子間の結合強度を増し、焼結体からの微粉発生を防止する。一般的にこのような物質は粒子成長を促すことが多く、結果粒界が増え、スプラッシュは却って発生しやすくなる。ところが、ガーネット構造を有する化合物は粒子成長を促す効果がないか、あるいは弱いため、焼結体の結晶性は下がり、粒界が減る。そのため、強度が高められたにも関わらず粒界の少ない焼結体となり、微粉発生とスプラッシュ発生の両方を効果的に抑制するのである。
【0042】
第2の態様においては、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム、酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種が粒子間の結合強度を効果的に増す。しかし、これだけでは前述のようにスプラッシュ発生の要因の一つを生む。それに対し、酸化イットリウムも共存することで、粒子成長が抑制され、微粉発生とスプラッシュ発生の両方を効果的に抑制するのである。どちらか一方だけではこれら効果の内の片方あるいは両方が十分得られない。
【0043】
本願発明の蒸着材料における主成分は、実質的にその化学的、物理的特性を決める成分であり、本願においては蒸着材料全体に対しておおよそ80重量%以上なら主成分たるものとする。主成分が少なすぎると、蒸着膜の化学的、物理的特性が、主成分のみからなる蒸着材料から得られる蒸着膜の化学的、物理的特性から乖離するので注意が必要である。
【0044】
前記主成分以外の成分の合計は、主成分について論じたように、多すぎては好ましくない。少なすぎれば微粉発生抑制やスプラッシュ抑制の効果が不十分になるので好ましくない。前記主成分以外の成分の合計が蒸着材料全体に対して1〜10重量%だと、主成分のみからなる蒸着材料から得られる蒸着膜と同等の蒸着膜を得られ、且つ、微粉発生抑制とスプラッシュ抑制の効果が特に顕著なので好ましい。より好ましい範囲は1重量%〜5重量%、さらに好ましい範囲は2重量%〜4重量%である。
【0045】
第1の態様における、ガーネット構造をとる化合物、又はガーネット構造をとる化合物と酸化イットリウムの合計、あるいは第2の態様における、酸化イットリウムは、蒸着材料全体に対して0.5重量%〜2.5重量%であることがスプラッシュ抑制効果と、主成分とのバランス上好ましい。
【0046】
いずれの態様においても、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種は、蒸着材料全体に対して0.5重量%〜1.5重量%であることが焼結体の強度と粒子成長のバランス上好ましい。
【0047】
ガーネット構造をとる化合物及び酸化イットリウムの合計重量Mと、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種の重量Mとの比M/Mについては、0.5以上1.0以下であると、前述の効果が特に顕著なので好ましい。
【0048】
本願蒸着材料は、主成分の原料と、主成分以外の成分の原料とを混合機等で混合した後、高温で焼成して焼結体としたものである。焼成手法は炉内の雰囲気をチタンと反応しないように調整して電気炉等で焼成してもよいし、炉内の真空度を高めて(排気、減圧して)真空炉で焼成してもよい。後者の方が現実的な手法と言えて好ましい。前者の場合は、例えばアルゴン等の希ガス雰囲気を用いる。
【0049】
焼成温度は、炉の構造、雰囲気等によって適宜決定する。低すぎれば焼結が不十分に、高すぎれば焼結体が堅くなりすぎたり粒子成長が起こりすぎたりする傾向にあるので注意が必要である。雰囲気焼成の場合は1200℃〜1500℃であればよく、好ましくは1300℃〜1400℃である。真空焼成の場合は、1300〜1750℃であればよく、好ましくは1400℃〜1600℃である。真空焼成は、雰囲気焼成に比べてチタンの酸素以外の元素との反応をほぼ確実に防止できるのでより好ましい。
【0050】
真空焼成する場合、10Pa以下の圧力範囲で焼成することで真空焼成としての意味をなす。真空度は高ければ高いに越したことはないが、コストや手間考慮すると、1.0×10−1Pa〜1.0×10−4Paの圧力範囲が現実的であり好ましい。
【0051】
主成分の原料は、目的組成である市販の主成分を用いてもよいし、金属チタン及び各種チタン酸化物を目的組成に応じて適宜選択し、混合して用いてもよい。例えば金属チタンと二酸化チタン、一酸化チタンと二酸化チタン、金属チタンと一酸化チタンと五酸化三チタン、三酸化二チタンと二酸化チタン、等様々な組み合わせが可能である。原料入手のし易さ、価格、取り扱い易さ等を考慮すると、金属チタンと二酸化チタンを混合するのが好ましい。
【0052】
第1の態様において、主成分以外の成分の原料は、ガーネット構造の化合物が使用可能である。さらに必要に応じて酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種、さらに必要に応じて酸化イットリウムが使用可能である。焼成温度における予期せぬ反応を防ぐため、他の形態の原料は使用しない。
【0053】
第2の態様において、主成分以外の成分の原料は、酸化イットリウムと、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種とが使用可能である。焼成温度における予期せぬ反応を防ぐため、他の形態の原料は使用しない。
【0054】
得られた焼結体は使用目的に応じて適宜粉砕工程を設けて粒度調整を行ってもよい。あるいは高水圧切断機等で特定の大きさの断片に切り分けてもよい。本願発明の焼結体蒸着材料は通常の取り扱い中に意図しない破砕はほとんど起こらず、また、粉砕工程においても微粉がほとんど発生しない。
【0055】
本願発明の蒸着材料は、主成分及び主成分以外の成分の間で反応するわけではなく、それぞれ独立して存在している。このことは粉末X線回折(XRD)によって確認できる。すなわち、XRDスペクトルの形状はおおよそ主成分のものと同等である。但し、バックグラウンドのノイズが増加し、スペクトルのピークは半値幅が広がり、ややブロードになる。このことから、化学的には変化が生じていないが、結晶的な特性に変化が生じていることが分かる。なお、相対的な量の少なさ故に、副成分に係るスペクトルのピークははっきりとは観察できない。図1はx=1.67(Ti)である本願蒸着材料のXRDスペクトル、図2は主成分100%の焼結体のXRDスペクトル、図3はTi溶融体を粉砕して粉体にしたもののXRDスペクトルである。
【実施例1】
【0056】
平均粒径0.5μmの二酸化チタン粉末86.7重量%、公称目開き45μmの金属製網篩によって粗大粒子が取り除かれた金属チタン粉末10.4重量%、酸化アルミニウム粉末1.0重量%及びYAG粉末1.9重量%を撹拌混合機で混合し、造粒機で粒径0.5mm〜3.0mm程度の顆粒状に造粒した。得られた造粒品を、1Pa以下の減圧下、1650℃で2時間焼成し、焼結体を得た。得られた焼結体を粗粉砕し、粒径0.5mm〜3.0mm程度の焼結顆粒を得た。
【実施例2】
【0057】
酸化アルミニウム粉末が1.5重量%、YAG粉末が1.5重量%であること以外は実施例1と同様にして焼結顆粒を得た。
【実施例3】
【0058】
平均粒径0.5μmの二酸化チタン粉末85.9重量%、公称目開き45μmの金属製網篩によって粗大粒子が取り除かれた金属チタン粉末10.3重量%、酸化アルミニウム粉末1.9重量%及びYAG粉末1.9重量%を撹拌混合機で混合し、造粒機で粒径0.5mm〜3.0mm程度の顆粒状に造粒した。以下実施例1と同様にして焼結顆粒を得た。
【実施例4】
【0059】
平均粒径0.5μmの二酸化チタン粉末86.7重量%、公称目開き45μmの金属製網篩によって粗大粒子が取り除かれた金属チタン粉末10.4重量%、酸化アルミニウム粉末1.7重量%及び酸化イットリウム粉末1.2重量%を撹拌混合機で混合し、造粒機で粒径0.5mm〜3.0mm程度の顆粒状に造粒した。以下実施例1と同様にして焼結顆粒を得た。
【実施例5】
【0060】
平均粒径0.5μmの二酸化チタン粉末86.7重量%、公称目開き45μmの金属製網篩によって粗大粒子が取り除かれた金属チタン粉末10.4重量%及びYAG粉末3.0重量%を撹拌混合機で混合し、造粒機で粒径0.5〜3.0mm程度の顆粒状に造粒した。以下実施例1と同様にして焼結顆粒を得た。
【0061】
[比較例1]
平均粒径0.5μmの二酸化チタン粉末89.3重量%、公称目開き45μmの金属製網篩によって粗大粒子が取り除かれた金属チタン粉末10.7重量%とを撹拌混合機で混合し、造粒機で粒径0.5mm〜3.0mm程度の顆粒状に造粒した。得られた造粒品を、1Pa以下の減圧下、1650℃で2時間焼成し、焼結体を得た。得られた焼結体を粗粉砕し、粒径0.5mm〜3.0mm程度の焼結顆粒を得た。
【0062】
[比較例2]
比較例1と同様にして原料を顆粒状に造粒した。得られた造粒品を、1Pa以下の減圧下、1800℃で2時間焼成し、溶融体を得た。得られた溶融体を粗粉砕し、粒径0.5mm〜3.0mm程度の顆粒を得た。
【0063】
[比較例3]
平均粒径0.5μmの二酸化チタン粉末86.7重量%、公称目開き45μmの金属製網篩によって粗大粒子が取り除かれた金属チタン粉末10.4重量%及び酸化アルミニウム粉末3.0重量%を撹拌混合機で混合し、造粒機で粒径0.5〜3.0mm程度の顆粒状に造粒した。以下実施例1と同様にして焼結顆粒を得た。
【0064】
[比較例4]
酸化アルミニウム粉末の替わりに酸化イットリウム粉末3.0重量%を用いたこと以外は比較例3と同様にして焼結顆粒を得た。
【0065】
<微粉発生率>
焼結終了後、得られた焼結体を1)焼成炉から取り出し、2)粗粉砕して顆粒状にし、3)保管用ナイロン袋梱包し、保管用ナイロン袋から取り出して蒸着装置に設置した。その後、電子ビーム蒸着装置で蒸着膜を生成した。実施例1〜5及び比較例1〜4について、1)〜3)の工程で焼結体から発生した微粉末を回収した。回収した微粉末を、公称目開き0.1mmの金属製網篩で篩い、篩を通過した微粉末の焼結体に対する重量比を微粉発生率とした。この微粉発生率が大きいほど得られた焼結体は脆く、取り扱いにくい(ハンドリングが悪い)と言える。
【0066】
<スプラッシュ発生評価>
実施例1〜5及び比較例1〜4について、電子ビーム蒸着装置の銅製ハース(ルツボ)内に蒸着材料を、試料台にガラス基板を設置し、装置内を5.0×10−4Paまで排気、減圧した。減圧後、加速電圧6kVで電子銃から250mAの電子ビームを発生させ、焼結顆粒を加熱、溶解した。焼結顆粒の加熱開始から、焼結顆粒全体が溶融するまでの間、電子ビーム蒸着装置の窓から銅製ハースを観察し、スプラッシュの発生頻度を比較した。
【0067】
<蒸着膜の評価>
焼結顆粒全体の溶解を確認した後、装置内部を1.4×10−2Paの酸素雰囲気に調整し、電子ビームの電流値を成膜速度0.3nm/secとなるような値に調整し、ガラス基板を250℃に保ちながら光学膜厚2λの蒸着膜を生成した。得られた蒸着膜について、分光光度計で透過・反射のピークを求めて波長分散特性を算出し、波長560nmにおける屈折率を求めた。
【0068】
実施例1〜5及び比較例1〜4における、各原料の重量比を表1に、評価結果を表2に示す(四捨五入の関係で重量%の合計は必ずしも100.0%になっていない)。また、実施例1、比較例1及び比較例2のXRDスペクトルをそれぞれ図1、図2及び図3に、SEM写真をそれぞれ図4、図5及び図6に示す。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
図1、図2及び図3より、本願発明の蒸着材料は添加物のない焼結体や、溶融体に比べてやや結晶性の低いものであることが分かる。また、図4、図5及び図6より、本願発明の蒸着材料は、焼結体でありながら、溶融体の蒸着材料と同程度に粒界の少ないことが分かる。
【0072】
表2より、焼結体中に、主成分以外にガーネット化合物が存在することで、あるいは、主成分以外に酸化イットリウムと、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種とが存在することで、微粉発生率抑制とスプラッシュ抑制が両立していることが分かる。また、生成した蒸着膜の屈折率より、本願発明の蒸着材料から生成される蒸着膜は、従来のチタン酸化物系蒸着材料から生成される蒸着膜と実質同等であることがわかる(屈折率の値から蒸着膜は二酸化チタンであるといえる)。これらのことから、本願発明の蒸着材料はハンドリングが良く、コスト的に有利で、スプラッシュの発生しにくい、二酸化チタン蒸着膜形成に好適な蒸着材料であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本願発明の蒸着材料を用いることで、膜品位の高い二酸化チタン蒸着膜を安定して形成することができる。本願発明の蒸着材料はその歩留まりが高く、ハンドリングがよいのでコストを抑えることができる。結果、膜品位の高い二酸化チタン蒸着膜を従来よりも安価に形成可能である。そのため、高屈折率で耐熱性の高い光学機器が安定して且つ安価に製造できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式TiO(1.4≦x≦1.8)で表されるチタン酸化物からなる主成分と、
ガーネット構造をとる化合物と、を含む焼結体である蒸着材料。
【請求項2】
前記ガーネット構造をとる化合物が、希土類アルミニウムガーネットである請求項1に記載の蒸着材料。
【請求項3】
前記希土類アルミニウムガーネットを構成する希土類元素が、イットリウムである請求項3に記載の蒸着材料。
【請求項4】
前記焼結体が、さらに酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種を含む、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の蒸着材料。
【請求項5】
前記焼結体が、さらに酸化イットリウムを含む、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の蒸着材料。
【請求項6】
組成式TiO(1.4≦x≦1.8)で表されるチタン酸化物からなる主成分と、酸化イットリウムと、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種と、を含む焼結体である蒸着材料。
【請求項7】
前記酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種が、酸化アルミニウムである請求項4乃至6のいずれか一項に記載の蒸着材料。
【請求項8】
前記焼結体中の前記ガーネット構造をとる化合物と、前記酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種と、前記酸化イットリウムと、の合計が、前記蒸着材料に対して1重量%〜10重量%である請求項1乃至7のいずれか一項に記載の蒸着材料。
【請求項9】
前記蒸着材料が、0.1Pa〜1.0×10−4Paの圧力下、1300℃〜1750℃で焼成されてなる焼結体である請求項1乃至8のいずれか一項に記載の蒸着材料。
【請求項10】
組成式TiO(1.4≦x≦1.8)で表されるチタン酸化物を主成分とする蒸着材料の製造方法であって、
金属チタン及びチタン酸化物からなる群から、目的組成に応じて適宜選択された前記主成分の原料と、ガーネット構造をとる化合物を含む原料と、を混合する混合工程と、
得られる混合物を焼成する焼成工程と、
を有する製造方法。
【請求項11】
前記ガーネット構造をとる化合物が、希土類アルミニウムガーネットである請求項10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記希土類アルミニウムガーネットを構成する希土類元素が、イットリウムである請求項13に記載の製造方法。
【請求項13】
前記混合工程において混合される原料が、さらに酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種を含む、請求項10乃至12のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項14】
前記混合工程において混合される原料が、さらに酸化イットリウムを含む、請求項10乃至13に記載の製造方法。
【請求項15】
組成式TiO(1.4≦x≦1.8)で表されるチタン酸化物を主成分とする蒸着材料の製造方法であって、
金属チタン及びチタン酸化物からなる群から、目的組成に応じて適宜選択された前記主成分の原料と、酸化イットリウムを含む原料と、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種を含む原料と、を混合する混合工程と、
得られる混合物を焼成する焼成工程と、
を有する製造方法。
【請求項16】
前記酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム及び酸化イッテルビウムから選択される少なくとも一種を含む原料が、酸化アルミニウムである請求項13又は15に記載の製造方法。
【請求項17】
前記焼成工程が、0.1Pa〜1.0×10−4Paの圧力下、1300℃〜1750℃で焼成する工程である、請求項10乃至16のいずれか一項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−107276(P2012−107276A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−255675(P2010−255675)
【出願日】平成22年11月16日(2010.11.16)
【出願人】(000226057)日亜化学工業株式会社 (993)
【Fターム(参考)】