説明

チップブレーカの形成方法

【課題】本発明は、ダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素を含有する硬質焼結体切削工具に寸法精度の高いチップブレーカを安価に形成できるチップブレーカの形成方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明のチップブレーカの形成方法は、フェムト秒パルスレーザ30を用いて、そのビームスポットPをビームの照射軸周りに高速で公転させながら移動させることでダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素からなる硬質焼結体表面26に三次元形状のチップブレーカパターン24を形成することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素を含有する硬質焼結体切削工具に優れた切り屑処理性を有するチップブレーカを形成する形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
切削工具には切り屑の分断を目的として工具すくい面に凹凸の突起(チップブレーカという)が形成されている。特にダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素焼結体切削工具では、チップブレーカ形成部の材質が非常に硬いために、複雑な三次元形状のチップブレーカを形成することが困難である。
【0003】
特許文献1には、硬質焼結体切削工具のすくい面表面に、放電加工や研磨加工により、チップブレーカを形成することが示されている。
【0004】
しかし、放電加工や研磨加工では、例えば図4に示すような単純な溝形状のチップブレーカ100しか形成できず、広い範囲の加工条件に対応できる複雑な三次元形状のチップブレーカは形成できない。
【0005】
特許文献2では、レーザ加工、放電加工、あるいは超音波加工などにより、硬質焼結体チップ表面にチップブレーカを形成する方法が示されている。このような加工方法を用いることにより、硬質焼結体チップ表面に様々なチップブレーカパターンの形成が可能であるとしている。
【0006】
しかし、レーザ加工ではチップブレーカに熱的加工損傷層が残り、工具の欠損やすくい面での溶着の発生などといった不具合を生じるため、加工損傷層を取り除く必要がある。このため、予めオーバーサイズに工具を製作しておき、後加工で所望の寸法に仕上げなければならず、歩留まりの低下、寸法精度の悪化、生産性の低下などといった問題が生じる。
【0007】
以上のような問題を解決するために、特許文献3では、レーザ加工で硬質焼結体チップ表面に三次元形状のチップブレーカを形成した後、ダイヤモンド砥粒による遊離砥粒研磨方法を用いて熱的加工損傷層を除去する技術を開示している。そして、このような構成により切り屑排出性に優れた長寿命の切削工具を得ることができるとしている。
【0008】
しかし、レーザ加工後に遊離砥粒研磨工程を必要とするのでレーザ加工で形成されたチップブレーカの寸法精度、特に三次元形状のチップブレーカパターンの寸法精度が低下したり、刃先が鈍磨するおそれがあるとともに、コスト的に不利であるという問題がある。
【特許文献1】特許第2623987号公報
【特許文献2】特開平3−178736号公報
【特許文献3】特開2004−223648号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、加工が困難な高剛度の材質であるダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素を含有する硬質焼結体切削工具に、レーザ加工工程のみで寸法精度の高いチップブレーカを安価に形成できるチップブレーカの形成方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の特許文献2や3に記載されている従来技術では、いずれもレーザ加工にYAGレーザを用いている。このYAGレーザ加工は、時間幅がナノ秒程度の長パルスレーザを用いる熱加工であり、パルス時間幅が長いためにレーザ照射中に熱拡散が進むことで被加工物は溶融、気化、蒸散して加工される。このため、レーザによる加熱域とその周辺部との間で起こる熱的な落差によって加工部周辺に熱亀裂が発生し、熱的加工損傷層を形成する。そして、この熱的加工損傷層が最終的に工具の欠損や溶着といった不具合を招くことになり、後加工でこの熱的加工損傷層を除去する必要が生じるわけであ。
【0011】
本発明者は、レーザ加工において被加工物に対して熱的損傷を与え難いフェムト秒パルスレーザに着目し、レーザビームのビームスポットを高速回転しながら移動させることで精度よくかつ高効率でチップブレーカパターンを形成できることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明のチップブレーカの形成方法は、ダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素からなる硬質焼結体を有する切削工具にチップブレーカを形成するチップブレーカの形成方法であって、フェムト秒パルスレーザを用い、該フェムト秒パルスレーザのビームスポットを該ビームの照射軸周りに高速で公転させながら移動させることで前記硬質焼結体表面に三次元形状のチップブレーカパターンを形成することを特徴とする。
【0013】
フェムト秒パルスレーザは、パルス時間幅が短い極端な高電場を作ることが可能である。また、強力な電子振動により被削材の原子を電離させて加工が行われるために、電場エネルギが熱になる前に加工が終了する。すなわち、パルス時間幅が極めて短く周辺に熱が拡散する前に照射が終了するわけである。このため射エネルギが被削材の狭い範囲に集中し、照射領域は瞬時に気化、プラズマ化して除去される。所謂アブレーション加工である。そして、レーザビームが照射領域外に拡散しないため、照射領域を効率よく加工することができて周囲への熱損傷を抑制することができ、精度及び再現性に優れた加工を施すことができる。
【0014】
このフェムト秒パルスレーザ加工は、上記のようにアブレーション加工であるため、微細な加工が可能である。従って、ダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素焼結体切削工具にチップブレーカを加工した際に、工具すくい面の面粗さをRz1.0μm以下にすることが可能であり、また、稜線部を鋭利に仕上げることができるので、工具刃先への溶着を回避できるとともに優れた切り屑排出性を得ることができる。さらに、微細で複雑な三次元形状を加工できるので、小型あるいは小径のダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素焼結体切削工具にも容易に高精度のチップブレーカを形成できる。
【0015】
本発明のチップブレーカの形成方法においては、ビームスポットを直径1〜10μmの円周上で1000〜200000rpmで公転させながら20〜3500μm/secで移動させることが望ましい。このようにパルスレーザのビームスポットを照射軸周りに高速で公転させながら移動させるので、硬質焼結体表面の加工に関しても精度のよい加工が可能となる。
【0016】
なお、ここでいうフェムト秒パルスレーザとは、波長が1000〜2000nmの近赤外レーザで、パルス時間幅が100〜2000fs、繰り返し周波数が100kHz以上の超短パルスを有するものである。また、切削工具とは、ダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素焼結体をろう付けした切削工具全般のことであり、スローアウェイチップ、ソリッドドリル、ガンドリル、ソリッドリーマ、あるいは、座繰りカッタなどを例示することができる。
【実施例】
【0017】
以下、実施例によって本発明をさらに詳しく説明する。
【0018】
(チップブレーカ)
ダイヤモンドろう付けスローアウェイチップの切削部12に図1に示すチップブレーカを形成した。
【0019】
図1は、本実施例のチップブレーカ2を説明する図であって、(a)はスローアウェイチップ1の切削部12(図3参照)の平面拡大図、(b)は(a)のX−X部分拡大断面図(F視)である。
【0020】
スローアウェイチップ1は、取り付け穴14を有する矩形の超硬合金を台金16として、その一角部(切削部12)に平面略三角形の切刃部材18がロウ付け固着されている。切刃部材18は、タングステンカーバイド(WC)を主成分とする超硬合金の高硬度焼結体20と多結晶質ダイヤモンドを主成分とする超高硬度焼結体22とを積層して形成したものである。切刃部材18の稜線部ABCには切刃Eが形成されている。
【0021】
切刃部材18の角部近傍の表面には、チップブレーカ2として平面視略凹形状の段差部(チップブレーカパターン、以後、単にパターンともいう)24が形成されており、段差部24の切刃E側の縁部は段差部の底部に向かって下降する傾斜部28となっている。なお、段差部24を区画するその他の部分は、台金16の表面16aと同一平面となるように形成されている平坦部26である。
【0022】
傾斜部28は傾斜角θの切削工具のすくい面であり、刃先Eの周縁部29を隔てて刃先Eに沿うように位置している。なお、周縁部29の幅w3、傾斜部28の幅w2や傾斜角θ、段差部24の幅w1や深さd、および段差部24の平面形状(パターン)は、被加工物やその切削条件などによって適宜変更されうるものであるが、概ね、周縁部29の幅w3を0.1〜0.3mm、傾斜部28の幅w2を0.2〜0.5mm、傾斜角θを5〜15°、段差部24の幅w1を0.3〜2mm、深さdを0.2〜0.5mmに設定することが好ましい。本実施例では、刃先Eから0.15mm(周縁部29の幅w3)内側に、傾斜部28の幅w2が0.2mm、傾斜角θが10°、幅w1が0.4mm、深さdが0.25mmの段差部24を平面視で一辺が約3mmの矩形内に形成した。なお、角部の曲率半径Rは0.8mmであった。
【0023】
本発明ではフェムト秒パルスレーザによる1工程のみでチップブレーカを形成できるので、チップブレーカパターン(段差部)24について、その位置精度(周縁部29の幅w3の精度)および傾斜部28の幅w2や段差部24の幅w1の寸法精度を±0.02mm以内とすることができ、また、段差部深さdの寸法精度を±0.01mm以内とすることができた。
【0024】
(形成方法)
以上の態様のチップブレーカ2を高エネルギ型フェムト秒パルスレーザ(IMRA社製、B−250)30を用いて切刃部材18の上面に形成した。形成方法の概要を図2に示す。
【0025】
図2において、32はフェムト秒パルスレーザが発振されるレーザ発振器、36はレーザ発振器32からのレーザビーム34の進行路中に配置され、レーザビーム34をチップブレーカ形成面26に向けて反射させる全反射ミラー、38は全反射ミラー36により反射されたレーザビーム34をチップブレーカ形成面26の加工部位に集光する集光レンズである。40はスローアウェイチップ1を載置する載置台であり、図示しない制御手段により載置台40をX軸又はY軸方向に自在に移動することができるX−Yステージである。
【0026】
このように構成されたフェムト秒パルスレーザ30を用い、平均出力:0.25W、波長:1560nm、繰り返し周波数:250kHz、パルス時間幅:1000fsの条件で、レーザビーム34を切刃部材18のチップブレーカ形成面26に照射してチップブレーカ2を形成した。
【0027】
ビームスポットPは直径3μmに集光させ、このビームスポットPをビームの照射軸周りに高速回転させながらスローアウェイチップ1をX−Y方向に移動させて段差部24を形成した。具体的には、直径3μmのビームスポットPをビームの照射軸Z周りに直径40μmの円周Qに沿って回転数16,000rpmで回転させながら、400μm/secの移動速度で図2の矢線Lのように等高線状に移動させた。なお、一回の彫り込み深さは4μmとし、前記のビームスポットPの移動動作を50〜60回程度繰り返すことで、深さdが0.25mmの段差部24を形成した。この時、段差部24の底面の表面粗さRzは0.5〜1μmであった。
【0028】
また、スローアウェイチップ1を載置台上で水平面に対して10°で傾けて保持し、上記と同様にして表面粗さRzが0.5〜1μmである傾斜部28を形成した。なお、周縁部29は刃先の強度を保持するとともにその欠損(チッピング)を防止するようにに形成されている平坦面であり特にレーザ加工は施さなかったが、その表面粗さRzは0.2〜0.5μm程度であった。
【0029】
(切削試験方法)
次に、上記のようにして切削部12にチップブレーカ2を形成したダイヤモンドろう付けスローアウェイチップ1を用いて、図2に示す円柱状のアルミ材(AC8A−T6)2の外径旋削を行い、切り屑の生成状況を確認した。アルミ材2の切削条件は、切削速度:746m/min、送り:0.15〜0.25mm/rev、取り代(切り込み深さ):1.0mmとした。
【0030】
また、比較のためにチップブレーカを形成していない実施例と同様構成のスローアウェイチップを用いて、実施例と同一条件で円柱状のアルミ材の外径旋削を行った。
【0031】
(切削試験結果)
チップブレーカを形成していない従来のスローアウェイチップで加工した場合には、切り屑長さは30mm以上となった。このため工具へのからみつきや製品の加工精度に悪影響を与えるという問題が生じた。量産加工においては、定期的に設備を停止して工具に絡み付いた切り屑を取り除く必要が生じ、設備の稼働率が低下した。
【0032】
一方、チップブレーカ2を形成した本実施例のスローアウェイチップ1で加工した場合には、切り屑長さは5mm程度に分断されて短くなった。従って、工具に切り屑が絡みつくという不具合がなくなり、高い寸法精度を得られるとともに、切り屑の除去作業も必要なくなったので設備の稼働率を向上させることができた。
【0033】
なお、本発明のチップブレーカの形成方法は、上記の実施例に限定されることなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で種々変更してもよい。例えば、実施例では図1に示す平面視略凹形状のチップブレーカパターン(段差部)24を形成することとしたが、これ以外のチップブレーカパターンとしてもよい。本発明によればレーザ加工後の研磨加工工程などを必要とせずに、被削物の材質や形状に合わせて高精度なチップブレーカパターンを任意に形成することができるので、高効率のチップブレーカを形成することができる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、ダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素焼結体をろう付けした切削工具、例えば、スローアウェイチップ、ソリッドドリル、ガンドリル、ソリッドリーマ、あるいは、座繰りカッタなどのチップブレーカの形成に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】実施例のチップブレーカを説明する図である。(a)は平面図、(b)はX−X部分断面図である。
【図2】フェムト秒パルスレーザによる実施例のチップブレーカパターン(段差部)を形成する方法を示す斜視図である。
【図3】スローアウェイチップによる円柱状のアルミ材の切削試験方法を示す概略図である。
【図4】従来技術によるチップブレーカの一例を示す図である。
【符号の説明】
【0036】
1:スローアウェイチップ 2:チップブレーカ 12:切削部 16:台金 18:切刃部材 20:高硬度焼結体 22:超高硬度焼結体 24:段差部(チップブレーカパターン) 26:平坦部 28:傾斜部 30:フェムト秒パルスレーザ 32:レーザ発振器 34:レーザビーム 36:全反射ミラー 40:載置台 Q:スポット回転円 E:切刃 P:レーザスポット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド及び/又は立方晶窒化硼素からなる硬質焼結体を有する切削工具にチップブレーカを形成するチップブレーカの形成方法であって、
フェムト秒パルスレーザを用い、該フェムト秒パルスレーザのビームスポットを該ビームの照射軸周りに高速で公転させながら移動させることで前記硬質焼結体表面に三次元形状のチップブレーカパターンを形成することを特徴とするチップブレーカの形成方法。
【請求項2】
前記ビームスポットを直径1〜10μmの円周上で1000〜200000rpmで公転させながら20〜3500μm/secで移動させる請求項1に記載のチップブレーカの形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−216327(P2007−216327A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−38124(P2006−38124)
【出願日】平成18年2月15日(2006.2.15)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】