説明

テラヘルツ波ビーム走査装置と方法

【課題】テラヘルツ波ビームを高速かつ広い角度で走査することができるテラヘルツ波ビーム走査装置と方法を提供する。
【解決手段】異なる波長を持つ第1レーザー光1と第2レーザー光2を発生させるレーザー装置12と、第1レーザー光1と第2レーザー光2を同一の共通焦点14bに集光させるレーザー光学系14と、前記共通焦点に位置し差周波混合によりテラヘルツ波ビーム4を発生させるテラヘルツ発生器16とを備える。レーザー光学系14は、テラヘルツ発生器への第1レーザー光と第2レーザー光と間の相対的入射θを変更可能に構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テラヘルツ波ビームを走査するテラヘルツ波ビーム走査装置と方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テラヘルツ波は、電波と赤外線の中間に位置し、周波数が0.3〜10THz(波長30μm〜1mm)の電磁波である。そのためテラヘルツ波は、紙やプラスティック等の様々な物質に対する透過性と、適度な空間分解能を有し、様々な物体の透視イメージングの実用的ツールとして期待され、これまでの研究でその有用性が確認されている。
【0003】
しかし、テラヘルツ波を用いた従来の透視イメージングは、テラヘルツ波の集光ビーム(以下、方向性を有するテラヘルツ波を「テラヘルツ波ビーム」と呼ぶ)を試料に照射し、試料自体を機械的に動かしてテラヘルツ波ビームを走査していた。そのため、テラヘルツ波ビームの走査速度は機械的動作で制限され、透視イメージングに長時間を要する問題点があった。
【0004】
そこで、テラヘルツ波を用いた透視イメージングの高速化のため、試料を固定してテラヘルツ波ビームを走査する手段として、特許文献1〜3が既に提案されている。
【0005】
特許文献1は、レーザービームの走査にガルバノスキャナミラーを用いるものである。
【0006】
特許文献2は、フェーズドアレーアンテナを用いて、テラヘルツ波ビームを走査するものである。
この発明は、波長が異なる2つのレーザー光を用いた差周波混合によりテラヘルツ波を発生させる際、アレー素子毎に光の移相器を用いて、レーザー光の位相差をシフトすることで、テラヘルツ波ビームの波面を間接的に傾け、テラヘルツ波ビームを走査するものである。
【0007】
特許文献3は、特許文献2における多数の光の移相器の代わりに、一つの空間光位相変調器を用いてアレー全体の位相をまとめて制御して、ビームを走査するものである。
【0008】
【特許文献1】特開2006−224142号公報、「レーザ走査装置およびレーザマーキング装置、ならびにレーザマーキング方法」
【特許文献2】特開2007−103997号公報、「電磁波放射装置」
【特許文献3】特開2008−5205号公報、「光制御型フェーズドアレイレーダ装置」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1のガルバノスキャナミラーは、ミラーを機械的に動作させるため、動作速度が最大1kHz(1秒間に1000回)と遅い問題点がある。
【0010】
また、特許文献2では、アレー素子ごとに光の移相器を用いているが、アレーの規模を大きくする場合、素子数に応じた多数の移相器を使用する必要があるため、装置全体の規模、コストが高くなるという問題点がある。
さらにテラヘルツ帯では、液晶を用いた電気的移相器が研究されているが、これまでは移相量が充分でなく、テラヘルツ波ビームを高速かつ広角度で走査することは困難であった。
【0011】
また、特許文献3では、多数の移相器の代わりに、一つの空間光変調器を用いているが、変調器の応答速度が遅いため、テラヘルツ波ビームの高速走査には不向きである。
【0012】
本発明は、かかる問題点を解決するために創案されたものである。すなわち本発明の目的は、テラヘルツ波ビームを高速かつ広い角度で走査することができるテラヘルツ波ビーム走査装置と方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明によれば、異なる波長を持つ第1レーザー光と第2レーザー光を発生させるレーザー装置と、
前記第1レーザー光と第2レーザー光を同一の共通焦点に集光させるレーザー光学系と、
前記共通焦点に位置し差周波混合によりテラヘルツ波ビームを発生させるテラヘルツ発生器と、を備え、
前記レーザー光学系は、テラヘルツ発生器への第1レーザー光と第2レーザー光と間の相対的入射角を変更可能に構成されている、ことを特徴とするテラヘルツ波ビーム走査装置が提供される。
【0014】
本発明の好ましい実施形態によれば、前記レーザー光学系は、前記共通焦点より上流側に位置する第1焦点との間に位置し、第1焦点を通過した第1レーザー光を共通焦点に集光させる共焦点レンズ系と、
前記第1焦点と共焦点レンズ系との間に位置し、第1焦点の転写位置を通過した第2レーザー光を共焦点レンズ系の光軸上に反射させるビーム結合器と、
前記第1焦点位置又は転写位置に位置し、そこを通過する第1レーザー光又は第2レーザー光を偏向させるレーザー光偏向装置と、を備える。
【0015】
前記レーザー光偏向装置は、電気光学偏向器又はガルバノスキャナである。
【0016】
本発明の好ましい実施形態によれば、前記レーザー装置は、異なる波長を持つ第1レーザー光と第2レーザー光を同時に発生させる2波長レーザー装置である。
【0017】
また、本発明の好ましい別の実施形態によれば、前記レーザー装置は、広帯域レーザー光を発生させる広帯域レーザー装置と、前記広帯域レーザー光の波長成分を空間的に分散する分散素子と、分散した広帯域レーザー光を平行にして、その断面形状を一方向に伸びた線状ビームに変換する円筒レンズと、前記線状ビームをほぼ同一の第1線状ビームと第2線状ビームに分割するビームスプリッターと、第1線状ビーム又は第2線状ビームを前記一方向にシフトするシフト光学系とを備え、
第1線状ビームは前記第1レーザー光であり、第2線状ビームは前記第2レーザー光である。
【0018】
また、本発明によれば、異なる波長を持つ第1レーザー光と第2レーザー光を発生させ、
前記テラヘルツ発生器への第1レーザー光と第2レーザー光と間の相対的入射角を変化させて前記第1レーザー光と第2レーザー光を同一の共通焦点に集光させ、
前記共通焦点に位置するテラヘルツ発生器によりテラヘルツ波ビームを前記入射角を拡大した方向に発生させる、ことを特徴とするテラヘルツ波ビーム走査方法が提供される。
【発明の効果】
【0019】
上記本発明の装置および方法によれば、レーザー光学系が、テラヘルツ発生器への第1レーザー光と第2レーザー光と間の相対的入射角を変更可能に構成されているので、レーザー装置により異なる波長を持つ第1レーザー光と第2レーザー光を発生させ、レーザー光学系によりテラヘルツ発生器への第1レーザー光と第2レーザー光と間の相対的入射角を変化させて前記第1レーザー光と第2レーザー光を同一の共通焦点に集光させ、前記共通焦点に位置するテラヘルツ発生器(例えば非線形光学素子)によりテラヘルツ波ビームを前記入射角を拡大した方向に発生させる。
【0020】
また、後述する実施例から明らかなように、テラヘルツ発生器(例えば非線形光学素子)に、異なる波長を持つ第1レーザー光と第2レーザー光(例えば2つの赤外線レーザー)を照射して、差周波混合によりテラヘルツ波ビームを発生させる際、片方のレーザー光の入射角をわずかに変えることにより、その数百倍の広い角度でテラヘルツ波ビームを高速に走査できる。
【0021】
特に、レーザー光偏向装置として電気光学偏向器を用いて、一方のレーザー光の入射角を制御することにより、テラヘルツ波ビームの走査速度を従来の機械的走査と比べて1000倍も向上させることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の好ましい実施形態を図面を参照して説明する。なお、各図において、共通する部分には同一の符号を付し重複した説明を省略する。
【0023】
(テラヘルツ波ビームの走査原理)
図1は、本発明によるテラヘルツ波ビームの走査原理を示す図である。この図は、テラヘルツ波ビームをそれぞれ(A)左側、(B)正面、(C)右側に向ける場合を示している。
この図において、1は第1レーザー光、1aは第1レーザー光の波面、2は第2レーザー光、2aは第2レーザー光の波面、3はテラヘルツ発生器(この例では非線形光学素子)、4はテラヘルツ波ビーム、4aはテラヘルツ波ビームの波面、θはテラヘルツ発生器への第1レーザー光1と第2レーザー光2と間の相対的入射角(この例では第1レーザー光1の入射角)、θはテラヘルツ波ビームの放射角である。
【0024】
本発明では、差周波混合における位相の性質を利用している。差周波混合とは、図1(B)のように、テラヘルツ発生器3(この例では非線形光学素子)に波長が異なる2つのレーザー光1、2(第1レーザー光と第2レーザー光)を照射することでテラヘルツ波ビーム4を発生させる手段である。
これに加えて、図1(A)と図1(C)に示すように、片方の第1レーザー光1の入射角をわずかに傾けると、もう一つの第2レーザー光2との間に生じる位相差5が位置によって線形的に変化する。このとき、2次の非線形光学効果に基づき、2つのレーザー光1、2から生じる電磁波は数1の式(1)で表される。
【0025】
【数1】

【0026】
ここで、E、Eはそれぞれ2つのレーザー光の電界、|E|、|E|はそれらの振幅、ω、ωはそれらの角周波数、tは時間、そしてΔφは2つのレーザー間の位相差を示している。各項に含まれる角周波数に着目するとわかるように、式(1)の各項はそれぞれ直流、第2高調波、和周波、そして差周波成分の信号を表している。ここでは差周波混合によりテラヘルツ波を発生させることから、第4項の式が数2の式(2)のように書き換えられる。
【0027】
ここで、ωTはテラヘルツ波の角周波数である。このとき、ω−ω=ω・・・式(2a)を満たす。
式(2)が意味するものは、発生するテラヘルツ波の位相が、2つのレーザー光の位相差に等しくなることである。したがって、図1(A)や図1(C)のように、片方の第1レーザー光1の入射方向を傾けると、各位置から発生するテラヘルツ波ビーム4の位相も変化し、全体から放射するテラヘルツ波ビーム4の波面4aが傾斜するため、進行方向が傾く。従って、片方の第1レーザー光1の入射角θを制御することで、テラヘルツ波ビーム4の走査(図で左右に振ること)ができることになる。
【0028】
さらに、本発明の最大の特長は、テラヘルツ波ビーム4の走査角の大きさにある。
図1(A)において、第1レーザー光1の入射を左に傾けることにより生じる2つのレーザー光間の位相差は数2の式(3)で表現される。
【0029】
ここで、kはレーザー光の波数、xは素子上の位置である。また、素子全体から発生するテラヘルツ波ビーム4の位相分布も、同様に数2の式(4)で表される。
【0030】
ここで、kはテラヘルツ波の波数である。式(1)と式(2)で説明した位相関係より、φ(x)=Δφ(x)・・・式(2b)となることから、これと式(3)、(4)を組み合わせることで、数2の式(5)の関係が導かれる。
【0031】
【数2】

【0032】
一般に、テラヘルツ波ビーム4の発生には赤外線レーザーが用いられ、さらに、テラヘルツ波ビーム4の波長は赤外線に比べて数百倍も長い。つまり式(5)中のk/kの値が非常に大きいことから、テラヘルツ発生器への第1レーザー光と第2レーザー光と間の相対的入射角(すなわち、第1レーザー光1の入射角θ)をわずかに変えるだけで、その数百倍の放射角θでテラヘルツ波ビーム4が走査されることを意味する。
【0033】
図2は、レーザー光の入射角θとテラヘルツ波の放射角θとの関係を示す図である。
この図に示すように、例えば、レーザー光(上記の例では第1レーザー光1)の入射角θを±0.1°振ると、1THzの場合に、テラヘルツ波ビーム4の走査範囲(放射角)は±40°にも及び、広角度のビーム走査が可能となる。
【0034】
(テラヘルツ波ビーム走査装置の構成)
図3は、本発明によるテラヘルツ波ビーム走査装置の第1実施形態図である。
この図において、本発明のテラヘルツ波ビーム走査装置10は、レーザー装置12、レーザー光学系14、およびテラヘルツ発生器16を備える。
レーザー装置12は、異なる波長を持つ第1レーザー光1と第2レーザー光2を発生させる。
【0035】
レーザー光学系14は、第1レーザー光1と第2レーザー光2を同一の共通焦点14bに集光させる。また、このレーザー光学系14は、第1レーザー光1(または第2レーザー光2)のテラヘルツ発生器16への入射角θを変更可能に構成されている。入射角θを変更方向、すなわち走査方向は、この例では同一平面内(この図で紙面上)であるが、例えば横方向の角度θと縦方向の角度φのように、2次元的に偏向(走査)してもよい。
【0036】
レーザー光学系14は、この例では、共焦点レンズ系17、ビーム結合器18、反射ミラー19およびレーザー光偏向装置20を備える。
【0037】
共焦点レンズ系17は、共通焦点14bとこれより上流側に位置する第1焦点14aとの間に位置し、第1焦点14aを通過した第1レーザー光1を共通焦点14bに集光させるようになっている。
この例で、共焦点レンズ系17は、2枚の凸レンズ17a,17b(又は凸レンズ群)からなり、それぞれ焦点距離F,Fを有し、その間隔がF+Fに設定されている。焦点距離F,Fは、同一であるのが好ましいが、相違してもよい。
【0038】
ビーム結合器18は、第1焦点14aと共焦点レンズ系17との間に位置し、第1焦点14aの転写位置(例えば反射ミラー19の位置)を通過した第2レーザー光2を共焦点レンズ系17の光軸上に反射させる。
【0039】
レーザー光偏向装置20は、この例では電気光学偏向器であり、第1焦点位置14aに位置し、そこを通過する第1レーザー光1を偏向させる。偏向方向、すなわちレーザー光の走査方向は、この例では同一平面内(この図で紙面上)であるが、2次元的に偏向(走査)してもよい。
なお、電気光学偏向器の代わり、又はこれと併用してガルバノスキャナを用い、これを第1焦点14aの転写位置又はその近傍に設置して、第2レーザー光2を2次元的に偏向させてもよい。
【0040】
テラヘルツ発生器16は、この例では非線形光学素子であり、レーザー光学系14の共通焦点14bに位置し、差周波混合により入射角θを拡大した方向にテラヘルツ波ビーム4を発生させる。
【0041】
上述した図3の例では、第1レーザー光1の進行方向を高速光偏向器(電気光学偏向器20)で制御し、ビーム結合器18を用いて、第2レーザー光2と結合させている。また第1レーザー光1と第2レーザー光2を2枚のレンズ17a,17bを介して非線形光学素子16へ入射させる。このような構成にするのは、非線形光学素子16上で第1レーザー光1と第2レーザー光2を重ねたまま、片方(第1レーザー光1)の入射角θを変化させるためである。
【0042】
図4は、本発明のテラヘルツビーム走査装置10を高速イメージングシステムへ適用する際の構成図である。
この図において、7は測定試料、22は共焦点レンズ系、24はテラヘルツ波検出器である。共焦点レンズ系22は、2枚の凸レンズ22a,22b(又は凸レンズ群)からなり、それぞれ焦点距離F,Fを有し、その間隔がF+Fに設定されている。
【0043】
この例では、本発明のテラヘルツビーム走査装置10の下流側に、2枚のレンズ22a,22bとテラヘルツ波検出器24を付加し、測定試料7をレンズ間に設置する。発生するテラヘルツ波ビーム4は、1枚目のレンズ22aを介して、測定試料7に対して垂直方向に進行し、試料7上に集光される。その後、試料7を透過するテラヘルツ波ビーム4はもう一枚のレンズ22bを介してテラヘルツ波検出器24へ入射する。テラヘルツ波ビーム4を走査すると、焦点が測定試料7上を移動する。また、ビーム4がどの方向に制御される場合でも、つねに検出器24へ入射する構成になっている。
【実施例1】
【0044】
図5は、本発明の試験装置の全体構成図である。この図において、レーザー装置12は、異なる波長を持つ第1レーザー光1と第2レーザー光2を同一位置から同時に、かつ同方向に発生させる2波長レーザー装置(OPO)であり、反射ミラー11a,11b,11cと回折格子13を用いて、第1レーザー光1をレーザー光偏向装置20に、第2レーザー光2をビーム結合器18に、それぞれ偏向させるようになっている。
この例では非線形光学素子16は、PPLN(非線形光学素子の1つ)であり、レーザー光偏向装置20は、手動回転ミラーである。またこの図において、17cはλ/2波長板、17dは補助レンズ、25a,25bは放物面鏡、26はナイフエッジ、27はボロメータ、28はオシロスコープである。
【0045】
本発明の発明者は、図5で示したテラヘルツ波ビーム走査装置10を製作し、本発明の原理を実証する試験を行った。
この試験では、波長がそれぞれ1300nm、1306.8nmの第1レーザー光1と第2レーザー光2を周期分極反転構造を持つニオブ酸リチウム(LiNbO)結晶(PPLNと呼ばれる)に入射して、周波数1.2THzのテラヘルツ波4を発生させた。ニオブ酸リチウム(LiNbO)結晶は、上述した非線形光学素子16の1つである。
【0046】
図6は、レーザー光1の入射角θを変化させた際のテラヘルツ波ビーム4の強度分布を示す図である。この図で、横軸は、非線形光学素子16(LiNbO結晶)から見たテラヘルツ波の放射角θを表している。また、図中の各数値は、レーザー光の入射角θである。
この図からレーザー光1の入射角θをわずか0.011°だけ傾けただけで、テラヘルツ波ビーム4の全体が大きくシフトしていることが確認できる。
【0047】
図7は、レーザー光1の入射角θに対するテラヘルツ波ビーム4の放射角θの関係図である。
この図において実線は、式(5)の関係から得られる計算値を表している。この図から若干の誤差は認められるものの、実験結果は計算値に充分近い値を示しており、入射角θの変化に対して200倍の角度でテラヘルツ波ビーム4が走査されることが確認された。
【0048】
図8は、本発明によるテラヘルツ波ビーム走査装置の第2実施形態図である。
この図において、レーザー装置12は、広帯域レーザー装置31、分散素子32、円筒レンズ33、ビームスプリッター34、およびシフト光学系35からなる。また、36a〜36fは、反射ミラーである。
広帯域レーザー装置31は、この例では、フェトム秒レーザーであり、100fs,90MHzの広帯域のレーザー光8を発生させる。
分散素子32は、半透過ミラー32aおよび回折格子32bからなり、レーザー光8の一部をプローブ光8aとして取り出し、その他を波長成分を空間的に分散する。
円筒レンズ33は、分散したレーザー光8を平行にして、その断面形状を一方向に伸びた線状ビーム9に変換する。
ビームスプリッター34は、線状ビーム9をほぼ同一の第1線状ビーム1と第2線状ビーム2に分割する。第1線状ビーム1は第1実施形態における第1レーザー光1であり、第2線状ビーム2は第1実施形態における第2レーザー光2である。
シフト光学系35は、反射ミラー35a,35bからなり、第2線状ビーム2を前記一方向にシフトするようになっている。
【0049】
また、この例において、テラヘルツ発生器16はストリップライン型光伝導アンテナ、17eは円筒レンズ、29はダイポールアンテナである。
【0050】
図9は、図8の装置の原理図である。この図において、(A)は線状ビーム9の空間分散図、(B)は第1線状ビーム1と第2線状ビーム2を空間的に重ねた図、(C)は、ストリップライン型光伝導アンテナの構成図である。
【0051】
図8、図9において、図9(A)のように、様々な周波数成分を持つ広帯域レーザー光8に、回折格子32b(やプリズム等)を用いて、空間的な分散を与え、位置によって周波数が線形的に分布する線状ビーム9を形成する。
さらに、図9(B)で示すように、この線状ビーム9を分割して、ほぼ同一の第1線状ビーム1と第2線状ビーム2を用意して、片方のビーム(第2線状ビーム2)を横にずらして重ねる。このとき、重なる領域内の各位置では、レーザー光の周波数は異なるが、2つの光の差は同一になる。
従って、第1線状ビーム1と第2線状ビーム2を図9(C)で示されるストリップライン型光伝導アンテナ(又は、その他の非線形光学素子)へ照射することにより、重なる領域全体で差周波混合が起き、単一周波数のテラヘルツ波ビーム4が発生する。
さらに、空間分散ビームの各周波数成分の位相が揃っていて、等位相面が進行方向に対して垂直に分布するとき、片方の空間分散ビーム(例えば第1線状ビーム1)の入射角θをわずかに変えると、図1で示した単一波長のレーザー光を用いる場合と同様な位相差が生じ、テラヘルツ波ビーム4を入射角θを拡大した方向に走査することができる。
【実施例2】
【0052】
図10、図11は、図8で示したテラヘルツ波ビーム走査装置の試験結果である。このうち、図10は、レーザー光1の入射角θを変化させた際のテラヘルツ波ビーム4の強度分布図であり、図11は、レーザー光1の入射角θに対するテラヘルツ波ビーム4の放射角θの関係図である。
【0053】
図10から、図6の結果と同様に、レーザー光1の入射角θをわずかに傾けただけで、テラヘルツ波ビーム4の進行方向が大きく変化していることがわかる。
また、図11から、レーザー光1の入射角θをわずか0.155°の範囲で変化させたとき、その187倍の角度である29°もテラヘルツ波ビーム4が拡大されて走査されることがわかる。またこの実験値は計算値と良い一致を示している。
【0054】
第2実施形態の利点は、様々な波長成分を持つ(マルチモード)レーザー光を用いることにより、光の利用率を高めることができる点にある。また、フェーズドアレーの原理を用いてビームを走査するためには、テラヘルツ波の発生領域がその波長に対して充分広いことが条件であり、第2実施形態では、図11で示すビームが重なる領域全体から発生するため、ビーム走査に非常に適していると言える。
【0055】
上述した第1実施形態又は第2実施形態の装置を用い、本発明の方法では、 レーザー装置12により異なる波長を持つ第1レーザー光1と第2レーザー光2を発生させ、レーザー光学系14によりテラヘルツ発生器への第1レーザー光と第2レーザー光と間の相対的入射角θを変化させて前記第1レーザー光と第2レーザー光を同一の共通焦点14bに集光させ、この共通焦点14bに位置するテラヘルツ発生器16によりテラヘルツ波ビーム4を入射角θを拡大した方向に発生させる。
【0056】
また、上述した実施例から明らかなように、テラヘルツ発生器16(例えば非線形光学素子)に、異なる波長を持つ第1レーザー光1と第2レーザー光2(例えば2つの赤外線レーザー)を照射して、差周波混合によりテラヘルツ波ビーム4を発生させる際、片方のレーザー光1の入射角θをわずかに変えることにより、その数百倍の広い角度でテラヘルツ波ビーム4を高速に走査できる。
【0057】
特に、レーザー光偏向装置20として電気光学偏向器を用いて、一方のレーザー光の入射角θを制御することにより、テラヘルツ波ビーム4の走査速度を従来の機械的走査と比べて1000倍も向上させることが可能である。
【0058】
(従来の技術に対する優位点)
本発明は、従来技術と比較して、以下の点で優れている。
(1)非機械的動作による高速化
従来、レーザー光のビームを比較的速い速度で走査する装置として、ガルバノスキャナが挙げられる。これはサーボモーターを用いてミラーを機械的に回転させるものであり、その走査速度は1kHz程度である(ビームを一往復させるのに1ミリ秒要することを意味する)。
これを本発明のレーザー光偏向装置20として用いた場合、レーザー光の入射角θの変化(例えば±0.1°)に対してテラヘルツ波の放射角θの変化(例えば±40°)は100倍以上になるので、ガルバノスキャナの振れ角度を非常に小さくでき、その分、走査速度を1kHzより高めることができる。
【0059】
また、本発明のレーザー光偏向装置20として電気光学偏向器を用いた場合、電気光学偏向器は、走査速度が1MHzにもおよび、機械的走査と比較して1000倍以上も速度を向上させることが可能である。
【0060】
(2) 装置の小型化・低コスト化
非機械的なビーム走査技術として、フェーズドアレーアンテナが従来から知られている。フェーズドアレーアンテナは、発振器から出力されるテラヘルツ波を各アレー素子へ分配し、素子毎に可変移相器を用いてそれぞれのアンテナへ給電する。このとき、位相を等量的に変化させて制御することにより、アンテナ全体から放射する電波の波面が傾き、ビームが走査されるものである。
しかし、フェーズドアレーアンテナは素子数が多く、規模が大きいアレーアンテナを構成する場合、それに応じた多数の可変移相器が要求され、装置全体が大きくなり、コストも高くなる欠点がある。
これに対し、本発明では可変移相器をいっさい必要とせず、光偏向器一つあればビーム走査が実現できるため、装置の小型化、低コスト化が可能である。
【0061】
(3) 広角度・高分解能
本発明において、従来技術に無い最も大きな特長は、レーザー光の入射角の数百倍の角度でテラヘルツ波ビームを走査できるという「角度増大効果」を有していることである。これまでの研究で、レーザー光の入射角を傾けて、その入射角と同じ角度の方向にテラヘルツ波ビームを制御する例は報告されている。このとき、光偏向器の角度範囲は数度程度であるため、テラヘルツ波ビーム走査角度も数度が限界ということになる。
しかし、本発明では、角度が増大されるために、テラヘルツ波ビームを充分広範囲に走査することが可能である。さらに、光偏向器の角度分解能は2ミリ°程度であることから、これをイメージング装置に適用した場合、その解像度は1000以上に及び、イメージングとして充分な性能を有している。
【0062】
(産業への適用例)
(1) 高速非破壊検査装置
本発明を産業へ応用する場合、その高い走査速度から、大量の物体を測定する場合に威力を発揮する。テラヘルツ波は紙やプラスティックを透過し、金属を反射する性質を持つため、例えば食品や製品に混入されている金属片等の異物を非破壊で探知することができる。また、物質によって固有の吸収スペクトルを有する性質もあることから、郵便物等に隠されている爆発物や禁止薬物を発見することもできる。
例えば、製品の生産ラインや郵便物の配送ラインにおいて、ベルトコンベアのような可動台上に乗せられている被検査物が移動している状態で、本発明のテラヘルツ波ビーム走査装置を用いて、テラヘルツ波の焦点を被検査物の移動に対して垂直方向に走査させることで、非検査物の全体をイメージングして、透視画像を得ることができる。
このとき、高速に測定を行うことで、生産速度を落とすことなく、検査装置を生産ラインにそのまま付加することも可能である。テラヘルツ波は、X線測定と比較して人体への被爆が無く、製品工場や郵便局での利用者にとって扱いやすいという利点もある。このように、発明したテラヘルツ波ビーム走査装置は、産業応用のための実用的な技術として高い有用性を持っている。
【0063】
(2) 移動体通信用アダプティブアンテナ
テラヘルツ波はマイクロ波より周波数が数百倍高いことから、現状のデータ伝送速度よりはるかに高速な超広帯域無線通信への利用が期待されている。発明したテラヘルツビーム走査方法は、イメージングのみならず、この無線通信における基地局用のアダプティブアンテナにも応用できる。
例えば、送信機から信号がビーム走査装置に送られ、信号を載せたテラヘルツ波ビームが空間に放射される。このとき、ビームを移動体通信端末の方向に集中することにより、端末での受信強度が高まり、品質の高い通信回線が確保される。また、干渉による回線劣化の抑制効果も同時に得られる。さらに、同ビーム走査方法をベースに改良を施すことにより、端末から発せされる電波を受信し、その到来方向を探知し、送信ビームを自律的に端末方向へ走査することや、端末の移動に対してビームを自動的に追尾し、回線品質を維持する技術の開発にも繋がる。また、複数のテラヘルツビームを形成することで、複数の端末に対してそれぞれ独立したビーム走査、追尾をする新たなアンテナの開発も期待できる。
【0064】
なお、本発明は上述した実施例及び実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更できることは勿論である。
【0065】
(1) テラヘルツ波のみならず、ミリ波(30GHz〜300GHz)のビーム走査にも適用できる。
(2) 非線形光学素子には、非線形光学結晶、光伝導素子を含む。
(3) テラヘルツ波が発生する非線形光学素子は、アレー構造であってもよい。
(4) アレー構造の場合の素子数は2つ以上であれば幾つでもよい。
(5) レーザー光の帯域は可視光や赤外線である。
(6) レーザー光偏向装置として、電気光学偏向器、音響光学偏向器、回転ミラーがこれに含まれる。
(7) レンズの代わりに、反射鏡を用いてもよい。
(8) 2次元方向のテラヘルツ波ビーム走査も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明によるテラヘルツ波ビームの走査原理を示す図である。
【図2】レーザー光の入射角θとテラヘルツ波の放射角θとの関係を示す図である。
【図3】本発明によるテラヘルツ波ビーム走査装置の第1実施形態図である。
【図4】本発明のテラヘルツビーム走査装置10を高速イメージングシステムへ適用する際の構成図である。
【図5】本発明の試験装置の全体構成図である。
【図6】レーザー光1の入射角θを変化させた際のテラヘルツ波ビーム4の強度分布を示す図である。
【図7】レーザー光1の入射角θに対するテラヘルツ波ビーム4の放射角θの関係図である。
【図8】本発明によるテラヘルツ波ビーム走査装置の第2実施形態図である。
【図9】図8の装置の原理図である。
【図10】レーザー光1の入射角θを変化させた際のテラヘルツ波ビーム4の強度分布図である。
【図11】レーザー光1の入射角θに対するテラヘルツ波ビーム4の放射角θの関係図である。
【符号の説明】
【0067】
1 第1レーザー光、1a 第1レーザー光の波面、
2 第2レーザー光、2a 第2レーザー光の波面、
3 テラヘルツ発生器(非線形光学素子)、
4 テラヘルツ波ビーム、4a テラヘルツ波ビームの波面、
5 位相差、7 測定試料、8 広帯域レーザー光、
8a プローブ光、9 線状ビーム、
10 テラヘルツ波ビーム走査装置、
11a,11b,11c 反射ミラー、
12 レーザー装置(2波長レーザー装置)、
13 回折格子、14 レーザー光学系、
14a 第1焦点、14b 共通焦点、
16 テラヘルツ発生器(非線形光学素子、ストリップライン型光伝導アンテナ)、
17 共焦点レンズ系、17a,17b 凸レンズ(又は凸レンズ群)、
17c λ/2波長板、17d 補助レンズ、17e 円筒レンズ、
18 ビーム結合器、19 反射ミラー、
20 レーザー光偏向装置(電気光学偏向器、ガルバノスキャナ)、
22 共焦点レンズ系、22a,22b 凸レンズ(又は凸レンズ群)、
24 テラヘルツ波検出器、25a,25b 放物面鏡、26 ナイフエッジ、
27 ボロメータ、28 オシロスコープ、29 ダイポールアンテナ、
31 広帯域レーザー装置、32 分散素子、32b 回折格子、
33 円筒レンズ、34 ビームスプリッター、
35 シフト光学系、35a,35b 反射ミラー、
36a〜36f 反射ミラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異なる波長を持つ第1レーザー光と第2レーザー光を発生させるレーザー装置と、
前記第1レーザー光と第2レーザー光を同一の共通焦点に集光させるレーザー光学系と、
前記共通焦点に位置し差周波混合によりテラヘルツ波ビームを発生させるテラヘルツ発生器と、を備え、
前記レーザー光学系は、テラヘルツ発生器への第1レーザー光と第2レーザー光と間の相対的入射角を変更可能に構成されている、ことを特徴とするテラヘルツ波ビーム走査装置。
【請求項2】
前記レーザー光学系は、前記共通焦点より上流側に位置する第1焦点との間に位置し、第1焦点を通過した第1レーザー光を共通焦点に集光させる共焦点レンズ系と、
前記第1焦点と共焦点レンズ系との間に位置し、第1焦点の転写位置を通過した第2レーザー光を共焦点レンズ系の光軸上に反射させるビーム結合器と、
前記第1焦点位置又は転写位置に位置し、そこを通過する第1レーザー光又は第2レーザー光を偏向させるレーザー光偏向装置と、を備える、ことを特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ波ビーム走査装置。
【請求項3】
前記レーザー光偏向装置は、電気光学偏向器又はガルバノスキャナである、ことを特徴とする請求項2に記載のテラヘルツ波ビーム走査装置。
【請求項4】
前記レーザー装置は、異なる波長を持つ第1レーザー光と第2レーザー光を同時に発生させる2波長レーザー装置である、ことを特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ波ビーム走査装置。
【請求項5】
前記レーザー装置は、広帯域レーザー光を発生させる広帯域レーザー装置と、前記広帯域レーザー光の波長成分を空間的に分散する分散素子と、分散した広帯域レーザー光を平行にして、その断面形状を一方向に伸びた線状ビームに変換する円筒レンズと、前記線状ビームをほぼ同一の第1線状ビームと第2線状ビームに分割するビームスプリッターと、第1線状ビーム又は第2線状ビームを前記一方向にシフトするシフト光学系とを備え、
第1線状ビームは前記第1レーザー光であり、第2線状ビームは前記第2レーザー光である、ことを特徴とする請求項2に記載のテラヘルツ波ビーム走査装置。
【請求項6】
異なる波長を持つ第1レーザー光と第2レーザー光を発生させ、
前記テラヘルツ発生器への第1レーザー光と第2レーザー光と間の相対的入射角を変化させて前記第1レーザー光と第2レーザー光を同一の共通焦点に集光させ、
前記共通焦点に位置するテラヘルツ発生器によりテラヘルツ波ビームを前記入射角を拡大した方向に発生させる、ことを特徴とするテラヘルツ波ビーム走査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−265361(P2009−265361A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−115034(P2008−115034)
【出願日】平成20年4月25日(2008.4.25)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】