説明

トラクション制御装置

【課題】 より早くスリップに起因して発生する振動を収束できるトラクション制御装置を提供する。
【解決手段】 車輪振動が発生した場合に、エンジントルク目標値を車輪振動が発生する前と比べて所定量減少した値とする。すなわち、車輪振動が発生したと判定されると同時に、車輪振動が発生しない領域までエンジントルク目標値を下げるようにする。具体的には、車輪加速度とエンジントルク目標値の減少量との関係をマップ化しておき、車輪加速度の最大値に対応するエンジントルク目標値の低減量を求める。これにより、車輪振動をより早く収束させることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スリップに起因して発生する振動を抑制できるトラクション制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、スリップに起因して発生する振動を抑制するトラクション制御装置として、特許文献1および特許文献2に示されるものが提案されている。
【0003】
特許文献1に示されるトラクション制御装置では、駆動輪の振動を検出し、振動が検出されたときには、フィードバック補正トルクのうち特に微分要素を小さくし、かつ、目標駆動トルクを下げる成分にのみ規制する。これにより、駆動トルクを増加させる変化が制限され、駆動トルクが徐々に下げられることで、振動が徐々に収まる。
【0004】
特許文献2に示されるトラクション制御装置では、加速時の振動を検出し、振動が検出されたときには駆動トルクを保持する。これにより、振動を低減させることができる。
【特許文献1】特開平7−324641号公報
【特許文献2】特開平5−178189号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に示されるトラクション制御装置のように、駆動トルクを増加させる変化が制限される場合、振動が収まるにしても、その収束が遅い。また、上記特許文献2に示されるトラクション制御装置のように、駆動トルクを保持するものであったとしても、同様に、振動の収束が遅い。なお、特許文献2では、駆動トルクを保持するために、スロットルが低下したものとなっているが、あくまで駆動トルクを保持するために行われるものであり、振動を収束させることはできない。
【0006】
本発明は上記点に鑑みて、より早くスリップに起因して発生する振動を収束できるトラクション制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記振動は、車輪スリップ率が、スリップ率と路面摩擦係数μとの関係から決まるμピークを超えた場合に発生する駆動力の急変を起因として発生する駆動系ねじれ振動であると推定した。換言すれば、デファレンシャルが上下に振動するワインドアップ振動である。
【0008】
そして、トラクション制御では、スリップ率がμピーク付近に保たれるように駆動力制御が実行されることになるため、このような駆動系ねじれ振動が持続しやすくなると想定される。
【0009】
したがって、このような振動をより早く収束するためには、振動が発生したとき、瞬間的に、駆動力を低減する必要があるという結論に至った。
【0010】
そこで、請求項1に記載の発明では、車輪の振動度合いを振動度合検出手段によって求め、検出された振動度合いに基づいて、低減量決定手段にて、エンジントルク目標値の低減量を決定すると共に、このとき決定された低減量をエンジントルク目標値の前回値から差し引き、その差し引かれたエンジントルク目標値となるように駆動トルクを制御することを特徴としている。
【0011】
このように、車輪振動が発生した場合に、エンジントルク目標値を車輪振動が発生する前と比べて所定量減少した値としている。すなわち、車輪振動が発生したと判定されると同時に、車輪振動が発生しない領域までエンジントルク目標値を下げるようにしている。このため、車輪振動をより早く収束させることが可能となる。
【0012】
例えば、請求項2に示されるように、振動度合検出手段は、車輪加速度を検出する手段を有し、この手段によって求められた車輪加速度に基づいて車輪の振動度合いを検出する。
【0013】
請求項3に記載の発明では、振動度合検出手段によって、車輪加速度に基づいて車輪振動が発生したことが判定されたときに、低減量決定手段にて、車輪振動が発生したと判定されたときにおける車輪加速度の最大値を求め、この車輪加速度の最大値からエンジントルク目標値の低減量を求めることを特徴としている。
【0014】
このように、エンジントルク目標値の減少量を車輪振動が発生した場合の車輪加速度の最大値に基づいて求めるようにすれば、車輪振動の大きさに応じて大きさが変動する車輪加速度に基づいてエンジントルク目標値の減少量が求められる。このため、車輪振動が発生しない領域にするために必要なエンジントルク目標値の減少量を正確に求めることが可能となる。
【0015】
請求項4に記載の発明では、低減量決定手段は、車輪加速度とエンジントルク目標値の低減量の関係をマップとして記憶しておき、このマップに基づいて、車輪加速度の最大値に対応するエンジントルク目標値の低減量を求めることを特徴としている。
【0016】
このように、マップに基づいてエンジントルク目標値の低減量を求めるようにすれば、演算で求める場合と比べて、トラクション制御を実行する際の処理負担を低減することが可能となる。
【0017】
そして、車輪振動中の車輪加速度とエンジントルク目標値の低減量は相関があるものの、これらの相関が完全に比例関係にあるわけではないため、演算で近似するよりも、マップを用いて求める方がより正確にエンジントルク目標値の低減量を求めることが可能となる。
【0018】
また、請求項5に示されるように、振動度合検出手段は、車輪速度の振幅を検出する手段を有し、この手段によって求められた車輪速度の振幅に基づいて車輪の振動度合いを検出することもできる。
【0019】
この場合、請求項6に示されるように、振動度合検出手段によって、車輪速度の振幅から車輪振動が発生したことが判定されたときに、低減量決定手段にて、車輪振動が発生したと判定されたときにおける車輪速度の振幅の最大値を求め、この車輪速度の振幅の最大値からエンジントルク目標値の低減量を求めることができる。
【0020】
これにより、請求項3と同様の効果を得ることができる。
【0021】
そして、この場合にも、請求項7に示されるように、低減量決定手段は、車輪速度の振幅とエンジントルク目標値の低減量の関係をマップとして記憶しておき、このマップに基づいて、車輪速度の振幅の最大値に対応するエンジントルク目標値の低減量を求めることができる。
【0022】
これにより、請求項4と同様の効果を得ることができる。
【0023】
請求項8に記載の発明では、低減量決定手段は、エンジントルク目標値の低減量の最大値として、エンジントルク目標値に対して所定の係数を掛けた値を設定していることを特徴としている。
【0024】
トルク低減を大きくした場合、車輪の振動収束を早くすることができるものの、車速が失速する背反がある。したがって、最終的な低減量の最大値を制限することにより、車速が失速することを抑制でき、ドライバに失速感を与えることを防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
(第1実施形態)
本発明の一実施形態を適用したトラクション制御装置を図1に示す。
【0026】
図1に、本発明の一実施形態にかかるトラクション制御装置を実現した車両制御システムの全体構成を示す。以下、この図に基づいて車両制御システムの構成について説明する。
【0027】
図1に示されるように、車両制御システムは、エンジンEG、変速装置GS、ブレーキ液圧制御装置BPC、各車輪FL、FR、RL、RR毎に備えられたホイールシリンダWfl、Wfr、Wrl、Wrr、各種センサ群および電子制御装置(以下、ECUという)1を備えた構成となっている。
【0028】
なお、車輪FL、FR、RL、RRは、それぞれ左前方、右前方、左後方、右後方の車輪を示している。そして、以下の説明で用いている「**」は、車輪FL〜RRを示す添え字に相当するものである。
【0029】
エンジンEGは、スロットル制御装置TH及び燃料噴射装置FIを備えた内燃機関であり、ドライバの駆動要求に応じたアクセルペダルAPでの操作量およびECU1からのエンジン制御信号に基づいて駆動される。具体的には、スロットル制御装置THは、アクセルペダルAPの操作に応じてメインスロットルバルブMTのメインスロットル開度を制御すると共に、ECU1からの制御信号に応じてサブスロットルバルブSTを駆動し、サブスロットル開度を制御するようになっている。また、燃料噴射装置FIは、ECU1からの制御信号に基づいて駆動され、燃料噴射量を制御するようになっている。これらスロットル制御装置TH及び燃料噴射装置FIの駆動により、エンジンEGにおけるエンジン回転数が制御されるようになっている。
【0030】
なお、本実施形態に示す車両は、FR駆動方式のものであり、エンジンEGが変速装置GS、センタディファレンシャルDC及びリヤディファレンシャルDRを介して車両後方の車輪RL、RRに連結された構成となっている。従って、車輪FL、FRが従動輪、車輪RL、RRが駆動輪となる。
【0031】
変速装置GSは、トランスミッションのギア位置の切替えを行うものである。変速装置GSでのギア位置は、変速装置GS内に設けられたギア位置センサからECU1に伝えられるようになっており、また、ECU1からのギア位置制御信号に基づいて調整されるようになっている。
【0032】
ブレーキ液圧制御装置BPCは、ドライバの制動要求に応じて踏み込まれるブレーキペダルBPの操作量と、ECU1で実行されるトラクション制御に基づく制動要求に応じて、各車輪FL、FR、RL、RRそれぞれに装着されたホイールシリンダWfl、Wfr、Wrl、Wrrに加えられるブレーキ液圧(ホイールシリンダ圧)を調整するものである。具体的には、ブレーキ液圧制御装置BPCには、図示しないマスタシリンダが備えられていると共に、このマスタシリンダの出力ブレーキ液圧(マスタシリンダ圧)を検出する圧力センサPSが備えられている。そして、圧力センサPSの出力信号がECU1に入力されるように構成され、ECU1からのブレーキ制御信号に基づいてブレーキ液圧制御装置BPCに備えられた図示しないアクチュエータ(例えばソレノイド等)が駆動されることで、ホイールシリンダ圧が調整されるようになっている。
【0033】
各種センサ群は、上記した各センサに加え、車輪速度センサWS1〜WS4、ブレーキスイッチセンサBS、スロットルセンサTSおよびエンジン回転数センサERを有して構成される。
【0034】
車輪速度センサWS1〜WS4は、各車輪FL、FR、RL、RRに配設されている。これら各車輪速度センサWS1〜WS4がECU1に接続され、各車輪の回転速度、即ち車輪速度に比例するパルス数のパルス信号をECU1に向けて出力するようになっている。
【0035】
ブレーキスイッチセンサBSは、ドライバがブレーキペダルBPを踏み込んだことを検出するものである。このブレーキスイッチセンサBSからの検出信号はECU1に入力されるようになっている。
【0036】
スロットルセンサTSは、アイドル域か出力域かを検出すると共に、メインスロットルバルブMT及びサブスロットルバルブSTのスロットル開度を検出するものである。このスロットルセンサTSからは、アイドル域か出力域かをオンオフ信号で表したアイドルスイッチ信号と、各スロットルバルブMT、STのスロットル開度信号が出力され、これら各信号がECU1に向けて出力されるようになっている。このスロットルセンサTSのアイドルスイッチ信号に基づき、アクセルペダルAPの操作、非操作を検出できるようになっている。
【0037】
エンジン回転数センサERは、エンジン回転数を検出するためのものである。エンジン回転数はエンジントルクのパラメータとなるもので、エンジンEGの種類毎にエンジン回転数に応じたエンジントルク曲線が決まっている。
【0038】
ECU1は、マイクロコンピュータCMPを有している。マイクロコンピュータCMPには、入力ポートIPT、出力ポートOPT、プロセシングユニットCPU、記憶手段となるROM2及びRAM3、図示しない制御タイマやカウンタなどが備えられ、これら各部がバスを介して相互に接続された構成となっている。
【0039】
上記した車輪速度センサWS1〜WS4、ブレーキスイッチBS等の出力信号は増幅回路AMPを介して入力ポートIPTからプロセシングユニットCPUに入力されるようになっている。また、出力ポートOPTからは、駆動回路ACTを介して、スロットル制御装置TH及びブレーキ液圧制御装置BPCに向けてそれぞれの制御信号が出力される。
【0040】
ROM2にはトラクション制御を実行するためのプログラムが記憶されている。プロセッシングユニットCPUは、イグニッションスイッチ(図示せず)がオンされている間、ROM2に記憶されたプログラムに従った処理を実行するものであり、RAM3は、そのプログラムの実行に必要な変数データを一時的に記憶させるものである。
【0041】
以上のように構成された制御システムによりトラクション制御処理が実行される。トラクション制御処理は、ECU1により実行され、ECU1において実行されるトラクション制御処理とは異なる処理によって演算された各種演算値を用いて実行される。このトラクション制御処理に用いられる各種演算値に関しては、エンジン制御などにおいて周知のものであるため、詳細については説明を省略する。
【0042】
図2に、トラクション制御処理のフローチャートを示す。このトラクション制御のフローチャートに示される各処理は、イグニッションスイッチがオンされてマイクロコンピュータが起動されると実行されるもので、各駆動輪RL、RRに対して実行される。
【0043】
まず、ステップ100において、車輪振動判定および車輪加速度最大値記憶処理が実行される。この車輪振動判定および車輪加速度最大値記憶処理の詳細は、図3のフローチャートで示される。この図を参照して、車輪振動判定および車輪加速度最大値記憶処理について説明する。
【0044】
ステップ102では、各駆動輪の車輪加速度DVW**が予め設定された振動判定加速度基準K−DPを超えているか否かが判定される。ここでいう振動判定加速度基準K−DPとは、車輪加速度DVW**の値がスリップに起因する車輪振動が発生していると想定される程度の判定閾値として設定されるものであり、ECU1のうち本ステップを実行する部分が本発明の振動度合検出手段に相当する。ここでは、振動判定加速度基準K−DPとして、車輪加速度DVW**が+側に変化した場合の判定閾値として設定され、例えば、30m/s2に設定されている。
【0045】
このステップで肯定判定された場合には、スリップに起因する車輪振動が発生しているものとして、ステップ104に進む。そして、ステップ104において、該当する車輪に対して、+側車輪加速度経験有りを示すフラグF−PLG**がセット(ON)されると共に、+側加速度経験からの経過時間C−UKDP**がカウンタによって計測される。
【0046】
そして、ステップ106に進み、該当する車輪に関して、駆動輪車輪加速度最大値M−DVW−PLAS**として現在記憶されている値が今回求められた車輪加速度DVW**よりも小さいか否かが判定される。ここで肯定判定された場合には、ステップ108に進み、駆動輪車輪加速度最大値M−DVW−PLAS**として現在記憶されている値が今回求められた車輪加速度DVW**に書き換えられる。また、否定判定された場合には、駆動輪車輪加速度最大値M−DVW−PLAS**として現在記憶されている値の方が維持される。
【0047】
一方、ステップ102において否定判定された場合には、ステップ110に進む。ステップ110では、該当する車輪について、カウンタで記憶されている+側加速度経験からの経過時間C−UKDP**が車輪振動無し判定基準K−UPDPより短いか否かが判定される。つまり、上記した車輪加速度DVW**が予め設定された振動判定加速度基準K−DPを下回った時間が車輪振動無し判定基準K−UPDPを超えた場合、車輪の振動が無いものと考えられる。
【0048】
このため、このステップで肯定判定された場合には、まだ車輪の振動が無くなっていない可能性があるものとして、ステップ112に進み、カウンタの値を1つインクリメントすることで+側加速度経験からの経過時間C−UKDP**が増やされる。
【0049】
また、このステップで否定判定された場合には、もう車輪の振動が無くなったものとして、ステップ114に進む。そして、ステップ114にて、該当する車輪に対して、+側車輪加速度経験有りを示すフラグF−PLG**がリセット(OFF)されると共に、駆動輪車輪加速度最大値M−DVW−PLAS**として現在記憶されている値が0とされ、さらに、車輪振動判定フラグF−SINDO**がリセット(OFF)されると共に、振動判定カウンタが0にリセットされる。
【0050】
続いて、ステップ116に進み、各駆動輪の車輪加速度DVW**が予め設定された振動判定加速度基準K−DMよりも下回っているか否かが判定される。ここでいう振動判定加速度基準K−DMとは、車輪加速度DVW**の値がスリップに起因する車輪振動が発生していると想定される程度の判定閾値として設定されるものである。ここでは、振動判定加速度基準K−DMとして、車輪加速度DVW**が−側に変化した場合の判定閾値として設定され、例えば、−30m/s2に設定されている。
【0051】
このステップで肯定判定された場合には、スリップに起因する車輪振動が発生しているものとして、ステップ118に進む。そして、ステップ118において、該当する車輪に対して、+側車輪加速度経験有りを示すフラグF−PLG**がリセット(OFF)されているか否かが判定される。そして、肯定判定された場合には、これ以降の処理が実行されないまま本処理が終了される。
【0052】
つまり、ステップ118では、上記ステップ104において+側車輪加速度経験有りを示すフラグF−PLG**がセットされていない場合には、たとえステップ116で肯定判定されていたとしてもこれ以降の処理が実行されず、+側車輪加速度経験有りを示すフラグF−PLGがセットされている場合にのみこれ以降の処理が実行される。ただし、車輪に振動が発生したときには、車輪加速度DVW**は、+側と−側双方において振動判定加速度基準K−DP、K−DMを超えることになるため、+側で超えたときをトリガとして、始めてステップ118以降の処理が実行されることになる。
【0053】
そして、ステップ118で否定判定された場合にあ、ステップ120に進み、該当する車輪の振動判定カウンタC−SINDO**が振動判定値K−SINDOよりも小さいかか否かが判定される。ここでいう振動判定値K−SINDOは、車輪の振動が確実に発生していると検出しても構わない回数に設定され、例えば2回程度に設定される。
【0054】
このステップで肯定判定された場合には、該当する車輪の振動判定カウンタC−SINDO**が1つインクリメントされると共に、+側車輪加速度経験有りを示すフラグF−PLG**がリセット(OFF)される。
【0055】
また、このステップで否定判定された場合には、該当する車輪の車輪振動判定フラグF−SINDO**がセット(ON)されると共に、+側車輪加速度経験有りを示すフラグF−PLG**がリセット(OFF)される。
【0056】
以上のようにして車輪振動判定および車輪加速度最大値記憶処理が終了すると、図2に示すステップ200に進む。
【0057】
ステップ200では、振動判定が為されているか否かが判定される。これは、いずれかの車輪の車輪振動判定フラグF−SIODOがセット(ON)されているか否かに基づいて判定される。そして、このステップで肯定判定された場合にはステップ300に進む。
【0058】
ステップ300では、前回振動判定が為されていないか否かが判定される。これは、上述した車輪振動判定フラグF−SIODOの前回値となる車輪振動判定フラグF−SIODO−Oに基づいて判定されるもので、後述するステップ500において記憶される。
【0059】
このステップで肯定判定された場合、今回初めて車輪振動判定フラグF−SIODOがセットされたものであるとして、ステップ400に進む。そして、ステップ400において、車輪振動判定成立時におけるエンジントルク補正処理が実行される。ECU1のうち、本処理を実行する部分が本発明の低減量決定手段に相当する。
【0060】
このエンジントルク補正処理の詳細は、図4のフローチャートで示される。この図を参照して、車輪振動判定および車輪加速度最大値記憶処理について説明する。
【0061】
ステップ402では、車輪振動判定時の駆動輪車輪加速度最大値M−DVW−PLAS**に基づく低減トルク量TRQDWN−SINDOが算出される。ここでいう低減トルク量TRQDWN−SINDOは、駆動トルクの低減量を示しており、駆動輪車輪加速度最大値M−DVW−PLAS**との相関に基づいて求められるもので、例えば、図5に示されるマップから求められる。
【0062】
図5は、駆動輪車輪加速度最大値M−DVW−PLAS**と低減トルク量TRQDWN−SINDOとの相関関係を示したマップであり、例えば実験によって予め求められたものである。
【0063】
この図に示されるように、駆動輪車輪加速度最大値M−DVW−PLAS**が大きくなるほど、低減トルク量TRQDWN−SINDOが大きくなるように設定されている。これは、車輪が振動した時の車輪加速度DVW**が大きいほど、振動を早期収束させるためには多くのトルク低減が必要となるからである。
【0064】
そして、ステップ404に進み、最終的に必要とされる低減トルク量TRQDWNが算出される。具体的には、前回のエンジントルク目標値に対して所定の係数、例えば30%を掛けた値と、ステップ402で求められた低減トルク量TRQDWN−SINDOのうち小さい値が最終的な低減トルク量TRQDWNとされる。
【0065】
これは、トルク低減を大きくした場合、車輪の振動収束を早くすることができるものの、失速する背反があるため、これを抑制するために、最終的な低減トルク量TRQDWNの最大値を制限したものである。
【0066】
例えば、車輪加速度の変動が同じであったとしても、車両が走行している路面に応じて、スリップ率と路面摩擦係数μとの関係(μ−S特性)が異なっている場合がある。車両が走行している路面が路面A、路面Bで有るとした場合、スリップ率と路面摩擦係数μとの関係は、例えば図6のように示される。そして、これら各路面A、Bにおいて、μピーク付近の勾配、つまりμピークを越えた後のμの低下度合いが同じであると、車輪加速度の変動が同等になると予測される。
【0067】
しかしながら、車輪加速度から求めたエンジントルク目標値の低減量が大きく、駆動力が十分大きい路面Aの場合のエンジントルク目標値からその低減量を減じたとしてもドライバに失速感を与えないが、駆動力が十分ではない路面Bの場合のエンジントルク目標値からその低減量を減じた場合には、ドライバに失速感を与えてしまう。
【0068】
したがって、上述したように、前回のエンジントルク目標値に対して所定の係数掛けた値までに最終的な低減トルク量TRQDWNの最大値を制限し、ドライバに失速感を与えることを防止している。
【0069】
また、最終的な低減トルク量TRQDWNが求められると、ステップ406に進み、エンジントルク目標値が求められる。具体的には、前回のエンジントルク目標値から低減トルク量TRQDWNを差し引くことで、今回のエンジントルク目標値が求められる。
【0070】
このようにして、車輪振動判定成立時におけるエンジントルク補正処理が終了すると、図2に示すステップ500に進む。そして、ステップ500において、車輪振動判定フラグF−SIODOの前回値となる車輪振動判定フラグF−SIODO−Oとして、今回の車輪振動判定フラグF−SIODOが記憶される。以上のような各処理が所定の演算周期毎に繰り返し実行される。
【0071】
そして、エンジントルク目標値が補正されると、ECU1からその補正結果に応じたエンジン制御信号が出力され、エンジントルク目標値となるように駆動トルクが制御される。ECU1のうち、この処理を実行する部分が本発明の駆動トルク制御手段に相当する。
【0072】
図7は、本実施形態で示すトラクション制御が実行された場合のタイミングチャートである。図7(a)は、駆動輪速度と車輪速度の関係を示したもの、図7(b)は、駆動輪加速度の変動を示したもの、図7(c)は、振動判定が為されたときの車輪振動判定フラグF−SIODO−Oの状態を示したもの、図7(d)は、エンジントルク目標値の変動を示したものである。
【0073】
これらの図に示されるように、振動が発生し、その振動によって駆動輪速度が車体速度に対して揺れるように変化した場合、駆動輪加速度がその揺れに応じて変動する。そして、駆動輪加速度が振動判定加速度基準K−DP、K−DMを超えると、車輪振動が発生したと判定され、車輪振動判定フラグF−SIODO−Oがセットされる。この瞬間、エンジントルク目標値が判定前から所定量減少した値とされる。
【0074】
以上説明したように、本実施形態のトラクション制御装置では、車輪振動が発生した場合に、エンジントルク目標値を車輪振動が発生する前と比べて所定量減少した値としている。すなわち、車輪振動が発生したと判定されると同時に、車輪振動が発生しない領域までエンジントルク目標値を下げるようにしている。このため、車輪振動をより早く収束させることが可能となる。
【0075】
そして、エンジントルク目標値の減少量を車輪振動が発生した場合の車輪加速度の最大値に基づいて求めるようにしている。つまり、車輪振動の大きさに応じて大きさが変動する車輪加速度に基づいてエンジントルク目標値の減少量が求められる。このため、車輪振動が発生しない領域にするために必要なエンジントルク目標値の減少量を正確に求めることが可能となる。
【0076】
また、車輪加速度とエンジントルク目標値の減少量とを予めマップにしておき、そのマップを用いてエンジントルク目標値の減少量を求めるようにしている。このため、エンジントルク目標値を演算によって求める場合と比べて、ECU1での処理負担を少なくすることができる。さらに、このようにマップを用いる場合、以下のような効果がある。
【0077】
例えば、トラクション制御が実行される際の車両の走行路面として、路面Bと路面Cを想定し、これら各路面B、Cでのスリップ率と路面摩擦係数μとの関係(μ−S特性)が図8のように示されたとする。
【0078】
このような場合、路面Cと比べて路面Bのようが車輪振動の大きさ、つまり振動レベルが大きい。このような車輪振動を抑えるためには、μピークの手前まで駆動トルクを低減する必要があり、そのような駆動トルクとなるようにエンジントルク目標値が低減されることになる。
【0079】
この場合、エンジントルク目標値をスリップ率が図中a点となるまで低減しても車輪振動を減衰させることは可能であるが、収束が遅くなる。また、図中c点となるまでエンジントルク目標値を低減させた場合、車輪振動を早く減衰させられるが、車速の失速感があり、ドライバにもたつき感を感じさせる可能性がある。
【0080】
したがって、車輪振動中の車輪加速度とエンジントルク目標値の低減量は相関がある。しかしながら、これらの相関が完全に比例関係にあるわけではないため、演算で近似するよりも、マップを用いて求める方がより正確にエンジントルク目標値の低減量を求めることが可能となる。
【0081】
(他の実施形態)
上記実施形態では、マップを用いてエンジントルク目標値の低減量を設定しているが、演算によって求めることももちろん可能である。例えば、慣性をI、車輪加速度をω’、タイヤトルクをTT、駆動トルクをTdとした場合、次式のような関係が成り立つ。
【0082】
(数1)
Iω’= (TT−Td)
しがたって、ω’が次式として表され、タイヤトルクTTがμ×m×g(ただし、μは路面摩擦係数、mは車重、gは重力加速度)となることから、この数式から車輪加速度に応じた駆動トルク、すなわちその駆動トルクを得るために必要となるエンジントルク目標値を求めることができ、その低減量を求めることが可能である。
【0083】
(数2)
ω’=(TT−Td)/I
ただし、このような演算によってエンジントルク目標値の低減量を求める場合には、マップで求める場合と比べて、上記した効果が得られないため、演算よりもマップを利用した方が好ましい。
【0084】
また、上記第1実施形態では、車両の振動度合いを検出するために、車輪加速度を用いているが、車輪速度の振幅を用いることも可能である。この場合にも、車輪速度の振幅の最大値に基づいてエンジントルク目標値の低減量を求めれば、より正確に低減量を求めることが可能となる。そして、この場合にも、車輪速度の振幅の最大値とエンジントルク目標値の低減量との関係をマップ化しておけば、上記実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0085】
なお、各図中に示したステップは、各種処理を実行する手段に対応するものである。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本発明の一実施形態にかかるトラクション制御装置を実現した車両制御システムの全体構成を示す図である。
【図2】トラクション制御処理のフローチャートである。
【図3】車輪振動判定および車輪加速度最大値記憶処理の詳細を示すフローチャートである。
【図4】エンジントルク補正処理の詳細を示すフローチャートである。
【図5】駆動輪車輪加速度最大値M−DVW−PLAS**と低減トルク量TRQDWN−SINDOとの相関関係を示したマップである。
【図6】路面Aと路面Bそれぞれのスリップ率と路面摩擦係数μとの関係を示した図である。
【図7】トラクション制御が実行された場合のタイミングチャートである。
【図8】路面B、Cでのスリップ率と路面摩擦係数μとの関係を示した図である。
【符号の説明】
【0087】
1…ECU、EG…エンジン、GS…変速装置、BPC…ブレーキ液圧制御装置、FL、FR、RL、RR…車輪、Wfl、Wfr、Wrl、Wrr…ホイールシリンダ、WS1〜WS4…車輪速度センサ、BS…ブレーキスイッチセンサ、ST…スロットルセンサ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪の振動度合いを検出する振動度合検出手段と、
前記振動度合検出手段によって検出された前記振動度合いに基づいて、エンジントルク目標値の低減量を決定する低減量決定手段と、
前記低減量決定手段によって決定された前記低減量を前記エンジントルク目標値の前回値から差し引き、その差し引かれた前記エンジントルク目標値となるように駆動トルクを制御する駆動トルク制御手段と、を備えていることを特徴とするトラクション制御装置。
【請求項2】
前記振動度合検出手段は、車輪加速度を検出する手段を有し、この手段によって求められた前記車輪加速度に基づいて前記車輪の振動度合いを検出することを特徴とする請求項1に記載のトラクション制御装置。
【請求項3】
前記振動度合検出手段は、前記車輪加速度に基づいて車輪振動が発生したことを判定し、
前記低減量決定手段は、前記振動度合検出手段によって検出される前記車輪加速度から、前記車輪振動が発生したと判定されたときにおける前記車輪加速度の最大値を求め、この車輪加速度の最大値から前記エンジントルク目標値の低減量を求めることを特徴とする請求項2に記載のトラクション制御装置。
【請求項4】
前記低減量決定手段は、前記車輪加速度と前記エンジントルク目標値の低減量の関係をマップとして記憶しておき、このマップに基づいて、前記車輪加速度の最大値に対応する前記エンジントルク目標値の低減量を求めることを特徴とする請求項3に記載のトラクション制御装置。
【請求項5】
前記振動度合検出手段は、車輪速度の振幅を検出する手段を有し、この手段によって求められた前記車輪速度の振幅に基づいて前記車輪の振動度合いを検出することを特徴とする請求項1に記載のトラクション制御装置。
【請求項6】
前記振動度合検出手段は、前記車輪速度の振幅に基づいて車輪振動が発生したことを判定し、
前記低減量決定手段は、前記振動度合検出手段によって検出される前記車輪速度の振幅から、前記車輪振動が発生したと判定されたときにおける前記車輪速度の振幅の最大値を求め、この車輪速度の振幅の最大値から前記エンジントルク目標値の低減量を求めることを特徴とする請求項5に記載のトラクション制御装置。
【請求項7】
前記低減量決定手段は、前記車輪速度の振幅と前記エンジントルク目標値の低減量の関係をマップとして記憶しておき、このマップに基づいて、前記車輪速度の振幅の最大値に対応する前記エンジントルク目標値の低減量を求めることを特徴とする請求項6に記載のトラクション制御装置。
【請求項8】
前記低減量決定手段は、前記エンジントルク目標値の低減量の最大値として、前記エンジントルク目標値に対して所定の係数を掛けた値を設定していることを特徴とする請求項1ないし7のいずれか1つに記載のトラクション制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−37809(P2006−37809A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−217114(P2004−217114)
【出願日】平成16年7月26日(2004.7.26)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】