説明

トランスミッション用オイルに用いられる新規添加剤

【課題】潤滑剤に混入し得る水分によって劣化または分解することのない新規添加剤を提供する。
【解決手段】そのような新規添加剤は、少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の潤滑剤基油中に分散した少なくとも1種のアルカリ金属ホウ酸塩を有するコアと、ポリマーのシェルとを備えたマイクロカプセルである。アルカリ金属ホウ酸塩は、任意で水和されていてもよい。このアルカリ金属ホウ酸塩は、以下の一般式で表される化合物であってもよい。
MO1/2・mBO3/2・nHO (I)
(式中、Mはアルカリ金属、好ましくはナトリウムまたはカリウムであり;mは2.5〜4.5であり;nは0.50〜2.40である)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の主題は、トランスミッション(伝動機構)用潤滑剤などに有用な、新規のホウ素系極圧剤に関する。本発明にかかるホウ素系極圧剤は、ピッチング(孔食)現象からギアを極めて効率よく保護するのみでなく、それ自体優れた耐水性を有する。
【背景技術】
【0002】
自動車のトランスミッション(伝動機構)は、しばしば大きな荷重下で動作しなければならない。この対策として、トランスミッション用潤滑剤には、表面上に保護性の吸着膜を化学的に形成することで摩擦面を保護する極圧剤(EP剤)が含まれている。
【0003】
特に、ギアボックス用潤滑剤は、大きな荷重下での繰り返し応力によって起こるピッチング(疲労損傷の典型的な原因)に対するギア歯の抵抗力を高める役割を果たす。
【0004】
ピッチングは長期使用後に起こるが、劣化が目に見えるのは、ピッチング発生からさらに後になってからである。
【0005】
ピッチングのメカニズムはよく知られていないものの、表面から一定の深さの箇所に亀裂が生じることで始まり、そのような亀裂が成長して表面上に通常の亀裂が入ることによって突然材料のチッピング(剥れ)が発生する。この現象の対策には、部品の結合構造を適宜調節して接触応力を減少させたり、密着を防いで摩擦を軽減させたりすることが含まれる。
【0006】
潤滑剤は、それ自身の粘度、およびそれに配合された添加剤の物理化学的反応によってピッチング対策に貢献する。ギア用潤滑剤には、耐ピッチング性に関して厳しい仕様が要求される。
【0007】
トランスミッション用処方物に配合される極圧剤として、硫黄、リン、リン酸硫黄、窒素・硫黄、塩素、ホウ素などを含有する化合物、例えば、硫化オレフィン、リン酸塩、ジチオリン酸塩、ジチオカルバミン酸塩、アルカリ金属ホウ酸塩水和物などが挙げられる。
【0008】
最もよく使用される極圧剤としては、硫黄、リンまたはリン酸硫黄を含有する化合物が最も一般的である。しかし、アルカリ金属ホウ酸塩水和物も、優れた負荷容量と良好な熱的安定性の両方を発揮することから、トランスミッション用潤滑剤組成物に極圧剤として使用される。
【0009】
ホウ酸塩の許容温度範囲は、リン酸硫黄化合物の許容温度範囲(0℃〜150℃)よりも遥かに広い。また、現在の技術では、硫黄化合物、リン化合物またはリン酸硫黄化合物でホウ酸塩の耐ピッチング性レベルを実現することができない。したがって、EP剤としてホウ酸塩が配合されたトランスミッション用オイルをギアボックスに使用すると、ギア歯固有の耐ピッチング性を強化するための高価な表面処理を省くことができる。
【0010】
ホウ酸塩は、電着によって摩擦面に付着する不動態膜(non-sacrificial film)として作用する。さらに、ホウ酸塩は、周囲に存在するコハク酸イミド化合物または歯の材料に含まれる窒素と(極端な圧力・温度条件下で)反応することにより、窒化ホウ素のトライボケミカル膜を形成し得る。このような電着膜とトライボケミカル膜との双方により、極圧接触下の表面を保護する。
【0011】
ホウ酸塩は、このようなEP剤としての優れた特性だけでなく、優れた耐酸化性を有し、無臭かつ無毒であり、エラストマー製のシールと反応せず(そのため、漏れの問題がない)、さらに、金属に対して侵食性を示さない。
【0012】
典型的に、潤滑剤中に極圧剤として配合されたホウ酸塩は、固体結晶質のナノスフィアの形態で、界面活性剤によってオイル(油)のマトリックス中に分散しており、その粒径は一般的に1〜300nmである。
【0013】
しかしながら、潤滑剤に水が混入する恐れがある場合、上述の優れた極圧性能や数多くの利点にもかかわらず、ホウ酸塩の使用は望ましくない。水に部分的に可溶である無機ホウ酸塩は、分子中の水分量が増加すると構造が変化する。溶媒中に大量の水が含まれていると、その大量の水によってホウ酸塩の構造が変化し、100μmを超えるサイズの刃状結晶を形成する可能性がある。
【0014】
このような結晶化現象が始まると、球状のホウ酸塩の割合が減少すると共に結晶の割合およびサイズが増加するので、ホウ酸塩の耐摩耗特性および極圧特性にかかる品質が低下する。そのような場合、ホウ酸塩は、ギアボックスの同期システムに焼き付くことさえある。したがって、ホウ酸塩の機械特性を十分に保証し、かつギアの焼き付きを防止するには、ホウ酸塩を水から保護することが必要となる。
【0015】
解決策の一例として、ギアボックスにシール系を適宜組み込むことが挙げられるが、これは製造業者にとってさらなる複雑化を意味する。
【0016】
含ホウ素オイル(油)の水に対する敏感性の問題は、当該技術分野において周知であり、それに対して数々の改良がなされてきたが、完全には解決されていない。
【0017】
従来の改良研究は、主に、ホウ酸塩の周囲の物質(分散剤、清浄剤、摩擦調整剤など)により、添加剤中のコアへの水の浸入を制限する研究や、ホウ酸塩の分解速度を変化させる研究に関するものであった。
【0018】
特許文献1には、トランスミッション用潤滑剤のEP剤組成物が開示されており、例えば、アルカリ金属ホウ酸塩水和物を30〜70重量%、有機ポリスルフィドを10〜30重量%、ポリオールとアルキルコハク酸とのエステルを1〜20重量%、および過塩基性の硫化サリチレート系の清浄剤または過塩基性の硫化サリチレート/フェネート(フェノラート)混合物の清浄剤を0.5〜20重量%含み、任意でポリオールの脂肪酸エステルを最大20%含むEP剤組成物が開示されている。
【0019】
特許文献2には、基油中に分散したアルカリ金属ホウ酸塩水和物と、ポリアルキレンコハク酸系の分散剤およびポリイソブテニルスルホン酸の金属塩からなる分散剤混合物とを含む潤滑剤組成物が開示されている。
【0020】
特許文献3には、カプセル層とコア(芯部)とを含む熱放出用組成物が記載されており、当該コアは、マトリックス(母材)と熱供給材とを含み、熱供給材は、疎水性ワックスによって取り囲まれている。
【0021】
しかし、ホウ酸塩を分散剤および特定の摩擦調整剤で取り囲むだけでは、水の存在下での刃状結晶形成を完全になくすことはできない。そのため、シール系が設けられていないギアボックスにホウ酸塩を使用することはできない。したがって、潤滑剤組成物中の水分からホウ酸塩を保護するための新たな解決手段が求められる。
【0022】
本発明では、保護シェル(保護殻)を有するマイクロ粒子によって、ホウ酸塩をマイクロカプセル化することで上記の課題を解決する。
【0023】
マイクロカプセル化とは、中空のマイクロ粒子内に物質を封入する方法である。詳細には、マイクロ粒子のシェル(殻)または膜(典型的には高分子膜)により、前記物質を含む固体または液体のコア(芯部)を封入する方法である。このようなマイクロ粒子の粒径は、典型的に0.1〜1,000μmであり、マイクロカプセルと称される。
【0024】
マイクロカプセルは、封入される分子に応じて、農業(肥料、農薬)、健康(薬剤)、化粧品、繊維などの分野で応用される。
【0025】
特許文献4には、例えば、液体の炭化水素化合物およびワックスからなるコアをアクリル樹脂またはアミノプラスト樹脂系のポリマー膜で取り囲んだマイクロカプセルを製造する方法が開示されている。当該文献には、そのマイクロカプセルの用途も数多く記載されている。
【0026】
非特許文献1には、潤滑剤に配合される耐摩耗剤としてのジアルキルジチオリン酸亜鉛の耐酸化性を高めるために、これをマイクロカプセルに含有させる調製方法が記載されている。
【0027】
特許文献5にも、潤滑剤および油溶性の添加剤をマイクロカプセル化する技術が記載されている。
【0028】
しかし、マイクロカプセルを製造する従来の方法は、いずれも、例えば、潤滑油(任意で添加剤を含む)などの油性の疎水相を、水性溶媒中に分散させてエマルションを形成した後、油/水の界面で重合させる工程を含む。
【0029】
しかし、そもそも本発明でのマイクロカプセル化の目的はホウ酸塩を水から保護することであるから、上記の従来の方法を用いて製造されるホウ酸塩含有マイクロカプセルは望ましくない。従来技術の方法を実施すると、ホウ酸塩は水と接触することによって結晶構造が変化してしまうので、潤滑剤(特に、トランスミッション用潤滑剤)に配合する極圧剤としての使用には不向きとなる。
【0030】
したがって、
● 疎水相および添加剤を有するコアと、
● ポリマーのシェルと、
を含むマイクロカプセルを製造するにあたって、前記添加剤の性能が水によって劣化する場合には、従来技術の界面重合法によるマイクロカプセルの製造方法は適切でない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0031】
【非特許文献1】M Masuko et al./Tribology International 41 (2008), 1097-1102
【特許文献】
【0032】
【特許文献1】欧州特許出願公開第0976813号明細書
【特許文献2】欧州特許出願公開第1298191号明細書
【特許文献3】米国特許出願公開第2007/145326号明細書
【特許文献4】国際公開第2008/151941号パンフレット
【特許文献5】米国特許第5112541号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0033】
以上を踏まえて、ポリマーの膜と疎水相および添加剤を有するコアとを含むマイクロカプセルを、前記添加剤を水で劣化させないために水相を使用することなく製造する方法が望まれている。このような方法を本発明の一主題とする。
【課題を解決するための手段】
【0034】
本発明の主題は、マイクロカプセルに関するものであり、当該マイクロカプセルは、
● 少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の潤滑剤基油中に分散した、少なくとも1種の任意で水和されているアルカリ金属ホウ酸塩を有するコアと、
● ポリマーのシェルと、
を備えている。
【0035】
好ましくは、前記マイクロカプセルのコアに含まれるアルカリ金属ホウ酸塩は、以下の一般式で表される化合物であり、
MO1/2・mBO3/2・nHO (I)
(式中、Mはアルカリ金属、好ましくはナトリウムまたはカリウムであり;mは2.5〜4.5であり;nは0.50〜2.40である)
上記の一般式(I)で表される単量体繰り返し単位が、任意で数回繰り返されている。
【0036】
好ましくは、シェルのポリマーは、ポリエステル、ポリウレタン、ポリアミド、ポリウレア、これらのコポリマー、ポリアクリロニトリル、ビニル樹脂、およびアミノプラスト樹脂から選択され、より好ましくはポリウレアから選択される。
【0037】
一実施形態において、前記マイクロカプセルの粒径は0.1μm〜50μm、好ましくは0.1μm〜1μmである。
【0038】
好ましくは、前記マイクロカプセルのコアに含まれるホウ酸塩は、粒径1〜300nm、より好ましくは10〜200nm、さらに好ましくは20〜40nmのナノスフィアである。
【0039】
好ましくは、前記コアは、さらに、油溶性の分散剤を含み、当該分散剤は、好ましくは、スルホン酸化合物、硫化サリチル酸化合物、サリチル酸化合物、ナフテン酸化合物、硫化フェネート化合物、フェネート化合物、ポリアルキレンコハク酸イミド、アミン類、第四級アンモニウム塩、およびこれらの混合物から選択され、より好ましくは前記スルホン酸化合物はポリイソブテニルスルホン酸化合物であり、前記ポリアルキレンコハク酸イミドはポリイソブテニルコハク酸イミドである。
【0040】
本発明のさらなる主題は、前記マイクロカプセルを含む潤滑油である。
【0041】
好ましくは、前記潤滑油は、NFT 60−106規格に準拠して測定されるホウ素元素の含有重量が500〜5,000ppmである。
【0042】
前記潤滑油は、さらに、
−少なくとも1種の耐摩耗・極圧剤、好ましくは有機ポリスルフィド、リン酸化合物、亜リン酸化合物、ジメルカプトチアジアゾール、およびベンゾトリアゾールから選択される耐摩耗・極圧剤、ならびに/または
−少なくとも1種の摩擦調整剤、好ましくはポリオールと脂肪酸とのモノエステルから選択される摩擦調整剤、
を含んでいてもよい。
【0043】
本発明のさらなる主題は、前記潤滑油の、トランスミッション(伝動機構)用潤滑剤、好ましくはギアボックス用潤滑剤または車軸用潤滑剤としての使用である。
【0044】
本発明のさらなる主題は、界面重合法によってマイクロカプセルを製造する方法であり、この製造方法では、第1のモノマーM1および少なくとも1種の添加剤を含む疎水相S1を、連続相中に分散させて、マイクロカプセルのシェルの構成成分であるポリマーまたはコポリマーを生成し、前記連続相は、前記疎水相と混和のしない非水性有機溶媒S2で構成され、モノマーM1の連鎖重合を可能にする開始剤またはモノマーM1と重縮合反応するモノマーM2を含む。
【0045】
好ましくは、前記マイクロカプセルの製造方法は、
(1) モノマーM1を、少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の油、ワックスまたはグリースと、少なくとも1種の添加剤とを含む疎水相S1に溶解する工程と、
(2) 工程(1)で得られた混合物を、溶媒S2と任意で少なくとも1種の界面活性剤を含む連続相中に分散させた分散液を得る工程と、
(3) モノマーM1の連鎖重合を可能にする開始剤、またはモノマーM1と重縮合反応するモノマーM2を、前記連続相に添加することにより、マイクロカプセルのシェルの構成成分であるポリマーまたはコポリマーを生成する工程と、
を含む。
【0046】
一実施形態において、溶媒S2は、誘電率が25超、好ましくは30超である非プロトン性極性溶媒である。
【0047】
好ましくは、溶媒S2は、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1−メチル−2−ピロリドン、アセトニトリル、メタンアミド、メチルメタンアミド、ジメチルメタンアミド、エタンアミド、メチルエタンアミド、およびジメチルエタンアミドから選択される。
【0048】
一実施形態において、疎水相を連続相中に分散させた分散液を得る工程は、少なくとも1種の界面活性剤、好ましくは溶媒S2に含まれる界面活性剤を用いて行われる。
【0049】
好ましくは、前記界面活性剤は、HLBが10〜15の非イオン性界面活性剤である。好ましくは、前記界面活性剤は、脂肪アルコール、脂肪アミン、脂肪酸、および脂肪酸とモノアルコールまたはポリオールとのエステルからなる化合物の群から選択され、当該化合物は、エトキシ化されたものであってもよく、より好ましくはエトキシ化オレイン酸、エトキシ化トリスチリルフェノール、またはポリオキシエチレンソルビトールヘキサオレエートである。
【0050】
一実施形態において、疎水相S1は、少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の潤滑油中に分散された状態のアルカリ金属ホウ酸塩を含み、前記アルカリ金属法酸塩は、任意で水和されている。
【0051】
好ましくは、前記モノマーM1及び任意で前記モノマーM2が、多官能性のモノマーであり、より好ましくは二官能性または三官能性のモノマーである。
【0052】
一実施形態において、前記モノマーM1の連鎖重合を可能にする開始剤は、前記工程(3)で溶解される。
【0053】
一実施形態において、モノマーM2は、前記工程(3)で溶解される。これらの実施形態において、好ましくは、モノマーM1は酸ジクロリドまたはジイソシアネートであり、モノマーM2はジオールまたはジアミンである。
【0054】
本発明のさらなる主題は、前記製造方法により、本発明にかかるマイクロカプセルを製造することである。
【0055】
本発明のさらなる主題は、前記マイクロカプセルの、潤滑剤組成物の耐摩耗剤および/または極圧剤としての使用である。
【発明を実施するための形態】
【0056】
(マイクロカプセル)
「マイクロカプセル」とは、固体または液体のコア(芯部)を封入したシェル(殻)または膜(典型的には高分子膜)を備える中空マイクロカプセルのことを指し、前記コアには、保護対象の活性物質が制御放出可能に含有されている。このようなマイクロ粒子は、粒径が典型的に1,000μm以下、特には0.1〜1,000μmであり、マイクロカプセルと称される。
【0057】
本発明にかかるマイクロカプセルは実質的に略球状である。なお、マイクロカプセルの粒径またはサイズについて述べる際には、その最大寸法のことを指すものとする。本発明にかかるマイクロカプセルの粒径は、好ましくは0.1〜50μm、より好ましくは0.2〜10μm、0.1〜1.5μm、0.3〜4μm、0.4〜3μm、または0.1〜1μmである。複数のマイクロカプセルは均等なサイズを有するのが望ましい。また、均等なサイズとは、好ましくは数百ナノメートルのオーダーの違いである。マイクロカプセルは、典型的には4ミクロン(μm)未満であり、例えば、3ミクロン未満であり、特には1ミクロン未満または2ミクロン未満であるのが望ましく、これにより、当該マイクロカプセルを、潤滑油中に添加剤として容易に懸濁させることができる。
【0058】
封入される球状のホウ酸塩のサイズは、少なくとも数十ナノメートルのオーダー、場合によっては数百ナノメートルのオーダーにまでなり得るので、効果的にホウ酸塩を含有したマイクロカプセルを製造したい場合、0.1μm未満のマイクロカプセルを製造するのは困難であり、場合によっては0.2μm未満のマイクロカプセルを製造するのも困難である。
【0059】
マイクロカプセルのサイズは、約1,000倍の拡大倍率の光学顕微鏡下で測定可能であり、そのほかにも、当業者にとって既知の技術を用いて測定することができる。
【0060】
(コア)
本発明にかかるマイクロ粒子のコアは、少なくとも1種の潤滑剤基油中に分散した、典型的に固体のナノスフィアの形態の、任意で水和されたアルカリ金属ホウ酸塩を含む。
【0061】
● ホウ酸塩:
ホウ酸塩は、ホウ素と酸素とを含み、且つ任意で水和された電気的に陽性な化合物(塩)である。ホウ酸塩の例として、ホウ酸イオン(BO3−)の塩やメタホウ酸イオン(BO)の塩などが挙げられる。ホウ酸イオン(BO3−)は、例えば三ホウ酸イオン(B)、四ホウ酸イオン(B2−)、五ホウ酸イオンなどの様々な多量体イオン(polymer ion)を形成し得る。
【0062】
本願において、ホウ酸塩とは、任意で水和されたアルカリ金属ホウ酸塩のことを指す。好ましくは、ホウ酸塩は、以下の一般式によって表すことができる;
MO1/2・mBO3/2・nHO (I)
【0063】
(式中、Mはアルカリ金属、好ましくはナトリウムまたはカリウムであり;mは2.5〜4.5であり;nは0.5〜2.4である。)
上記の一般式(I)で表される単量体の繰り返し単位は、任意で数回繰り返されてもよい。
【0064】
ギアボックス用途には、耐水性が優れていることからホウ酸ナトリウム塩またはホウ酸カリウム塩が好ましい。特に、金属/ホウ素の元素比が約1/2.5〜約1/4.5または約1/2.75〜約1/3.25、好ましくは約1/3であるホウ酸ナトリウム塩またはホウ酸カリウム塩が好ましく、特に、式:KB・nHOで表される三ホウ酸カリウムが好ましい。
【0065】
潤滑剤組成物に容易に配合可能な添加剤の形態のホウ酸塩を調製するために、固体非晶質のホウ酸塩のナノスフィアの分散液を形成してもよい。例えば、そのような分散液は、平均粒径が約1〜約300nmの固体非晶質のホウ酸塩のナノスフィアを、コハク酸イミド化合物、スルホン酸化合物などの分散剤によって潤滑剤基油の中に分散させたものでもよい。
【0066】
このようなスフィアの粒径は、典型的には約10〜約200nm、典型的には100nm未満または50nm未満、好ましくは20〜40nmである。
【0067】
上記のような寸法は、例えば約1,000倍の拡大倍率の光学顕微鏡下などで測定可能であり、そのほかにも、当業者にとって既知の技術を用いて測定することができる。
【0068】
トランスミッション用潤滑剤の添加剤として使用可能な、三ホウ酸塩スフィアを含む添加剤は、例えば、KO・4HOおよびKB・4HOの水溶液を、コハク酸イミド系の分散剤およびスルホン酸カルシウム系の分散剤で安定化させた鉱油中でエマルション化させることで調製される。
【0069】
150℃で水分を蒸発させることにより、ホウ酸塩は固体の形態になる。このようにして得られた添加剤の粘度および極性は、分散液を調製するための油系溶媒の粘度および極性と同等になる。
【0070】
本発明にかかるマイクロカプセルのコアを形成可能なホウ酸塩分散液の調製方法は、例えば、特許文献2の段落[0064]から[0066]に記載されている。
【0071】
典型的に、前記分散液は、NFT 60−106規格に準拠して測定されるホウ素元素を、5〜10重量%、あるいは、最大15重量%含む。
【0072】
● 分散剤:
本発明にかかるマイクロカプセルのコアは、少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の基油中に分散したホウ酸塩を含む。本発明にかかるマイクロカプセルにおいて、ホウ酸塩を分散させるための分散剤は、潤滑剤分野の当業者にとって既知の分散剤であってもよい。
【0073】
本発明で使用可能な分散剤は、例えば、米国特許第2987476号明細書中に《界面活性剤》という名称で記載されている物質である(第3欄第35行〜第9欄第12行)。これらの物質は、少なくとも炭素数8の有機酸の油溶性塩などのアニオン性化合物、例えば、スルホン酸塩、フェネート塩、サリチル酸塩、ナフテン酸塩、好ましくはアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、またはアミン塩である。また、それらの物質は、カチオン性化合物、例えば有機アミン化合物、イミド類、第四級アンモニウム塩であってもよい。以上の化合物は、単独でもまたは混合物してでも使用可能である。
【0074】
窒素を含む化合物(特に、コハク酸イミド化合物)は、ホウ酸塩と共に相乗効果を発揮する。詳細には、窒素を含む化合物は、窒化ホウ素のトライボ膜の形成に貢献することにより、ホウ酸塩が持つ摩擦・極圧軽減能を増強する。本発明では、コアが少なくとも1種のコハク酸イミド系の分散剤を含むマイクロカプセルが好ましいとされる。
【0075】
特許文献2には、例えば、ポリアルキレンコハク酸イミド系の分散剤(特に、ポリイソブテンコハク酸イミド(PIBコハク酸イミド))およびポリイソブテニルスルホン酸の金属塩の混合物によって潤滑油中に分散されたホウ酸塩の分散液が記載されている。
【0076】
特許文献1には、分散剤として多価アルコールであるペンタエリスリトールとPIBコハク酸イミドとの反応生成物、アルキルサリチル酸化合物、および硫化アルキルフェネートを含み、当該分散剤によって潤滑油中に分散されたホウ酸塩組成物が記載されている。
【0077】
本発明にかかるマイクロカプセルのコアは、分散剤として前記分散剤混合物を含むものであってもよい。
【0078】
● 潤滑油:
本発明にかかるホウ酸塩のナノスフィアを調製するための溶剤としての潤滑油は、鉱物由来、合成由来、または天然由来のどのような潤滑剤基油であってもよい。典型的には、上市されている分散液は、グループIの鉱物由来の基油(例えば、150NSタイプ)を用いて製造されたものである。しかしながら、グループIIまたはグループIIIの鉱物性基油、ポリαオレフィン系またはエステル系の合成基油、天然由来の基油(例えば、脂肪酸のメチルエステル)、そのような用途に適した任意の他の基油材なども使用可能である。
【0079】
マイクロカプセル化するにあたっては、最終的な添加剤としての効果が向上するように、分散液中の基油の量を最小限に抑えるのが好ましい。上市されている分散液には、基油が約35重量%含まれている。好ましい分散液は、少なくとも1種の基油の含有量が35重量以下、より好ましくは25重量%以下、さらに好ましくは20重量%以下、なおいっそう好ましくは15重量%以下のものである。
【0080】
(ポリマーのシェル)
マイクロカプセルの利点は、その保護シェルにより、活性物質を外部環境から隔離し、(特に、破裂することによって)当該活性物質の放出を制御できる点である。
【0081】
本発明にかかるマイクロカプセルのシェルは、トランスミッション用潤滑油の使用時に当該潤滑油中に混入する水分からホウ酸塩を保護するためのものである。
【0082】
本発明にかかるマイクロカプセルでは、ホウ酸塩はシェル壁を通って積極的に放出されるわけではなく、金属−金属の接触時にホウ酸塩が放出される。すなわち、接触時のGPa(ギガパスカル)のオーダーの強い圧力による破裂以外の要因でホウ酸塩を放出するようなマイクロカプセルは望ましくない。
【0083】
よって、マイクロカプセルの壁としては、高度に架橋結合したポリマーで構成されて間隙率が僅かなものが望ましい。したがって、本発明にかかるマイクロカプセルの製造には、二官能性または三官能性のモノマー、すなわち、重合反応時に複数化学的に結合するモノマーが好ましい。
【0084】
また、本発明にかかるマイクロカプセルのシェルを構成するポリマーとしては、良好な耐熱性(使用時に曝され得る極端な温度、すなわち、約150〜約160℃で分解しない耐熱性)、およびギアボックス内で曝され得る高いせん断レベルに耐えられる良好な機械強度を有するものが望ましい。
【0085】
本発明にかかるマイクロ粒子のシェルとして、例えば、ポリエステル系、ポリアミド系、ポリウレタン系、ポリウレア系のポリマー、これらのコポリマー(任意で、他のモノマーを構成材料として含んでいてもよい)、ポリアクリロニトリル、ビニル樹脂、尿素とホルマリンとの縮合によって得られるアミノプラスト樹脂などによって形成されたものが挙げられる。
【0086】
耐水バリアとしての良好な特性を有することで知られるポリウレアが特に好ましい。ポリウレアは、さらに、優れた機械的強度および優れた耐熱性も有する。
【0087】
本発明にかかるマイクロカプセルのシェルは、水に不溶な性質(すなわち、疎水性)を有するポリマー材で構成されたものであれば、よりいっそう効果的である。このような化合物は、水と相互作用する能力がなく、特に、水と水素結合を生じることがない。このことは、特に、上述したポリマーのみに限らず、炭化水素由来のほとんどのポリマーについて当てはまる。しかし、一部の不飽和カルボン酸のポリマー、特に、(メタ)アクリル酸のポリマーは、水でゲルを生じるので避けたほうがよい。つまり、シェルが少なくとも1種の疎水性ポリマーを含むマイクロカプセルが好ましい。
【0088】
本発明にかかるマイクロカプセルは、潤滑剤組成物の耐摩耗剤および極圧剤として使用可能であり、そのような潤滑剤組成物は、特にはトランスミッション、より特にはギアボックスおよび車軸、好ましくはマニュアルギアボックスおよび大型車両の車軸に用いられる潤滑剤である。使用時にマイクロカプセルのシェルは、油系溶媒中に含まれ得る水分からホウ酸塩を保護する。ホウ酸塩は、高い圧力(GPaのオーダー)を伴う金属−金属の接触時に放出され、放出後は摩擦部品の表面に膜を形成することによって極圧剤としての本来の役割を果たす。
【0089】
(トランスミッション用潤滑油)
本発明のさらなる主題は、上述したようなマイクロカプセルを含む潤滑剤に関する。
【0090】
本発明にかかるマイクロカプセルの潤滑剤組成物中の配合量は、当該マイクロカプセルが含有するホウ酸塩水和物の用途および量に応じて、様々な量に調節可能である。
【0091】
本発明にかかるマイクロカプセルを含む潤滑剤組成物は、特に、軽量車両または大型車両のトランスミッション、好ましくはギアボックスまたは車軸、より好ましくはマニュアルギアボックスおよび大型車両の車軸に用いられる潤滑剤に配合される。
【0092】
典型的には、ギアボックス用潤滑剤組成物中の前記マイクロカプセルの配合量は、ギアボックス用オイル中のNFT 60−106規格に準拠して測定されるホウ素元素の含有重量が500〜5,000ppm、好ましくは1,000〜3,000ppmまたは1,500〜2,800ppm、より好ましくは約2,500ppmとなるように調節される。
【0093】
(その他の添加剤)
本発明にかかる潤滑剤組成物は、さらに、当該潤滑剤組成物の用途に適した任意の種類の添加剤、特に、他の耐摩耗・極圧剤、摩擦調整剤、酸化防止剤、清浄剤、分散剤、腐食防止剤などを含んでいてもよい。
【0094】
● 耐摩耗・極圧剤:
このような添加剤は、大抵の場合、硫黄化合物、リン化合物、またはリン酸硫黄化合物であり、例えば、ジチオカルバミン酸化合物、チアジアゾール、ジメルカプトチアジアゾール、ベンゾチアゾール、有機ポリスルフィド(特に、硫化オレフィン、より特には、トリスルフィドオレフィン)、リン酸アルキル化合物、ホスホン酸アルキル化合物、リン酸、亜リン酸、リン酸のモノエステル、ジエステルおよびトリエステルおよび亜リン酸のモノエステル、ジエステルおよびトリエステル、それらの塩、チオリン酸、チオ亜リン酸、これらのエステル、これらの塩、ジチオリン酸化合物などが挙げられる。
【0095】
これら全ての化合物は、本発明にかかる潤滑剤組成物中に、単独でまたは混合物として使用されてもよい。
【0096】
● 摩擦調整剤:
摩擦調整剤は、例えば、脂肪アルコール、脂肪酸、脂肪アミン、エステル、特に、脂肪酸とポリオールとのエステル、例えば、ペンタエリスリトールモノオレエート、耐摩耗・極圧剤として既述したリン酸化合物または亜リン酸化合物などである。
【0097】
本発明にかかるトランスミッション用オイルは、さらに、粘度指数向上剤(例えば、ポリメタクリレート、特に、低分子量のポリメタクリレート)、増ちょう剤(例えば、ポリイソブテン系)、酸化防止剤(例えば、アミノ系、フェノール系)などを含んでいてもよい。
【0098】
(マイクロカプセルの製造方法)
ポリマーのシェルと固体または液体のコアとを備えるマイクロカプセルの製造方法には、数多くの方法が知られており、被覆法、流動層噴霧法、分散媒体による界面重合法(ラジカル重合法または重縮合法)などがある。ラジカル重合法では、一方の相にモノマーが溶解され、他方の相に開始剤が溶解される。重縮合法では、一部のモノマーが連続相中に溶解され、それ以外のモノマーが分散相に溶解される。
【0099】
分散媒体による界面重合法を用いたマイクロカプセルの従来の製造方法では、水中油型のエマルションを使用する。しかしながら、本発明では、媒体への水の添加はホウ酸塩の劣化(まさにポリマーのシェルを用いたカプセル化によって避けようとしている現象)
を引き起こすので、このような既知の方法は使用できない。ホウ酸塩の水溶液から、潤滑油中に分散したアルカリ金属ホウ酸塩水和物の分散液を調製する態様では、水分の制御蒸発を行う工程が含まれる。よって、ホウ酸塩をカプセル化する方法で水を再添加することは、本来形成されていた結晶を好ましくない形へ変化させることになる。
【0100】
本発明の主題は、界面重合法によってマイクロカプセルを製造する方法である。この製造方法では、第1のモノマーM1および少なくとも1種の添加剤を含む疎水相S1を、連続相中に分散させて、マイクロカプセルのシェルの構成成分であるポリマーまたはコポリマーを生成する。前記連続相は、前記疎水相S1と混和しない非水性有機溶媒S2で構成され、前記第1のモノマーM1の連鎖重合を可能にする開始剤または前記第1のモノマーM1と重縮合反応するモノマーM2を含む。
【0101】
好ましくは、本発明にかかるマイクロカプセルの製造方法は、以下の工程を含む:
(1) 前記マイクロカプセルのシェルを構成するポリマーの前駆体である油溶性のモノマーM1を、少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の油、ワックスまたはグリース、及び任意で少なくとも1種の添加剤を含む疎水相S1(例えば、アルカリ金属ホウ酸塩水和物の分散液)に溶解する工程、
(2) 工程(1)で得られた混合物を、前記疎水相S1と混和のしない非水性溶媒S2を含む連続相中に分散させて分散液(エマルション)を得る工程、および
(3) モノマーM1の連鎖重合を可能にする開始剤、またはモノマーM1と重縮合反応するモノマーM2を、前記連続相S2に添加することにより、マイクロカプセルのシェルの構成成分であるポリマーまたはコポリマーを生成する工程。
【0102】
このようにして得られたマイクロカプセルは、濾別されてもよく、任意で、少なくとも1回の洗浄工程が施されてもよい。
【0103】
● 疎水相S1:
疎水相S1は、少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の油、ワックスまたはグリースを、単独でまたは混合物で含んでいてもよい。
【0104】
疎水相S1は、少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の潤滑剤基油、例えば、グループIの鉱物由来の基油(例えば、150NSタイプ)、グループIIまたはグループIIIの鉱物性基油、ポリαオレフィン系またはエステル系の合成基油、天然由来の基油(例えば、脂肪酸のメチルエステル)などを、単独でまたは混合物で含んでいてもよいし、あるいは、当該用途に適した任意の他の基油または潤滑剤基油の混合物を含んでいてもよい。
【0105】
疎水相S1は、鉱物ワックス、例えば、石油資源由来のn−パラフィン(ノルマルパラフィン)類を含んでいてもよいし、フィッシャー=トロプシュ法による合成ワックス、あるいは、天然ワックス(例えば、蜜ろう)を含んでいてもよい。
【0106】
また、疎水相S1は、少なくとも1種の潤滑剤基油(例えば、既述の基油)中に、例えば単一型もしくはコンプレックス型の脂肪酸の金属セッケンなどの増ちょう剤、または無機系の増ちょう剤を分散させることによって得られたグリースを含んでいてもよい。
【0107】
前記疎水相S1は、少なくとも1種の添加剤を含む。このような添加剤は、当該疎水相S1に分散剤によって溶解または分散されたものであってもよい。そのような添加剤は、例えば、潤滑剤組成物用またはグリース用の添加剤、例えば、自動車用途(例えば、エンジン用途、トランスミッション用途)、海洋用途、産業用途などに使用される潤滑剤組成物またはグリースの添加剤である。また、そのような添加剤は、特に、既述のホウ酸塩である。
【0108】
本発明にかかる方法により、前記添加剤を水分から保護することができる。
【0109】
好ましくは、前記疎水相S1は、少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の潤滑剤基油と、当該少なくとも1種の基油中に分散したアルカリ金属ホウ酸塩とを含み、当該アルカリ金属ホウ酸塩は、任意で水和されている(水和物である)。
【0110】
● 溶媒S2:
本発明にかかる方法において連続相を構成する溶媒S2には、前記疎水相S1と混和しないものが求められる。
【0111】
そのような構成は、本発明にかかる界面重合法において溶媒2として極性溶媒を用いることによって実現することができ、当該極性溶媒は、好ましくは誘電率が25超、より好ましくは30超である。
【0112】
このような極性により、疎水相(特には、本発明にかかるマイクロカプセルのコアを形成するためのホウ酸塩分散媒体として好ましい潤滑油(大半は非極性である))との相互作用が、最小限に抑えられる。
【0113】
誘電率が25超、好ましくは30超である溶媒が、油系の前記疎水相と協働して最も安定したエマルションを形成する。
【0114】
好ましくは、前記溶媒は非プロトン性である。非プロトン性の溶媒には、ホウ酸塩を分解させないという効果がある。
【0115】
本発明にかかる方法に適した溶媒S2として、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1−メチル−2−ピロリドン、アセトニトリル、ホルムアミド(メタンアミド)、メチルメタンアミド、ジメチルメタンアミド(ジメチルホルムアミド)、エタンアミド、メチルエタンアミド、ジメチルエタンアミドなどが挙げられる。アセトニトリルは、油と協働して極めて安定したエマルションを形成することができるので好ましい。
【0116】
● モノマーM1,M2:
概して述べると、本発明にかかる方法は、フリーラジカル(例えば、ペルオキシド)、カルバニオンもしくはカルボカチオンの生成源となる開始剤を用いた連鎖重合メカニズム、または重縮合法によって重合を行う。
【0117】
好ましくは、モノマーM1(任意で、重縮合法の場合にはモノマーM2)は、二官能性または三官能性のモノマーであり、すなわち、重合反応時に2つまたは3つの反応基がそれぞれ利用され、一分子あたりの前記反応基は、任意で互いに異なり、好ましくは互いに同一である。
【0118】
このような構成により、本発明にかかるマイクロカプセルの製造に適した高分子量のポリマーを調製することができ、また、架橋度が増加することによってシェルの間隙率が減少する。単官能性のモノマーでは、ポリマー鎖がカプセルの製造に適した長さに達するまでに当該鎖の生長を減少、さらには、停止させてしまう可能性がある。一方、反応基の数が多過ぎるモノマーでは、形成されるポリマーの分子量が極めて速く増大し、カプセルが完成する前に沈殿してしまう可能性がある。当業者であれば、以上の原則に基づいてポリマーに求められる官能性を適宜選択するであろう。
【0119】
本発明では、重縮合による界面重合法が好ましい。この方法により、特に、ポリウレア系のポリマーのシェルを備えたマイクロカプセルを製造することができる。
【0120】
一般的に、重縮合による界面重合法では、互いに混和しない少なくとも2種類のモノマー(一方のモノマーM2は連続相S2に溶解され、他方のモノマーM1は疎水性の分散相に溶解される)を重合させることによってマイクロカプセルのシェルが得られる。これらのモノマーは、当該技術分野で当業者にとって周知のものであり、例えば、ポリアミドのシェル、ポリエステルのシェル、ポリウレアのシェル、ポリウレタンのシェル、これらのコポリマーのシェルなどを形成可能なモノマーであり、任意で、他種のモノマーを含んでいてもよい。好ましくは、本発明にかかる方法では、上記のポリマーを形成可能なモノマーが使用される。
【0121】
カプセルの膜を構成するポリマーは、例えば、以下の表1に挙げられたモノマー対(M1,M2)によって得られる:
【0122】
【表1】

【0123】
好ましくは、本発明にかかる方法において油溶性のモノマーM1は、例えば、トリイソシアネート、ジイソシアネート、例えば、メチレンジフェニルジイソシアネート(MDI)、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(H12MDI)、トルエンジイソシアネート(TDI)、ポリ(1,4−ブタンジオールトルエンジイソシアネート)(PBTDI)、多官能性脂肪族ポリイソシアネート、酸ジクロリド(酸二塩化物)、例えば、テレフタル酸ジクロリド、イソフタル酸ジクロリド、フタル酸ジクロリド、三官能性アシルクロリド(塩化アシル)、例えば、トリメシル酸クロリド、1,3,5−ベンゼントリカルボニルトリクロリド、無水トリメリット酸クロリド、トリメリット酸クロリド、コハク酸ジクロリド、アジピン酸ジクロリド、デカン二酸ジクロリド、セバシン酸ジクロリドなどから選択される。
【0124】
好ましくは、本発明にかかる方法において連続相S2に可溶なモノマーM2は、例えば、アルカンジオール、例えば、1,4−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール、様々な分子量のポリ(エチレンオキシド)グリコール(PEOG)、アルカンポリオール、例えば、ジメチロールプロパン、ジアミン類、トリアミン類、ポリアミン、例えば、o−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミン、1,6−ヘキサメチレンジアミン(HMDA)、リシン、1,2−エチレンジアミン、ブチレンジアミン、トリ(2−アミノエチル)アミン、トリエチレンテトラミンなどから選択される。
【0125】
好ましくは、本発明にかかる方法において、ポリウレアが耐水バリアとして良好な特性を有することから、モノマーM2としてジアミン類およびトリアミン類が単独でまたは混合物で使用され、モノマーM1としてジイソシアネートおよびトリイソシアネート(特に、既述したもの)が単独でまたは混合物で使用される。
【0126】
● 界面活性剤:
本発明にかかる方法は、モノマーM1およびカプセル化されるホウ酸塩を含む油相を、連続相S2中で、エマルション化する工程及びこのエマルションを安定化させる工程を含むものであってもよい。好ましくは、このエマルション化工程は界面活性剤を用いて行われ、より好ましくは、連続相に含まれる界面活性剤を用いて行われる。
【0127】
この目的には、当業者にとって既知であるどの界面活性剤を使用してもよい。好ましい界面活性剤は、油相(例えば、本発明にかかるマイクロカプセルのコアに含まれる少なくとも1種の潤滑油)の分散液に適した、親水親油平衡(HLB)が10〜15である界面活性剤である。
【0128】
好ましい界面活性剤には、本発明にかかる方法に使用されるモノマーM1(任意で、モノマーM2)と相互作用しない界面活性剤が選択される。
【0129】
好ましい界面活性剤は、油脂由来の非イオン性界面活性剤、例えば、脂肪アルコール、脂肪アミン、脂肪酸、脂肪酸とモノアルコールのエステル、脂肪酸とポリオール(例えば、ソルビタン)のエステルなどであり、これらの化合物はエトキシ化されたものであってもなくてもよく、より好ましくはエトキシ化オレイン酸、エトキシ化トリスチリルフェノール、またはポリオキシエチレンソルビトールヘキサオレエートである。
【実施例】
【0130】
(実施例1:マイクロカプセルの調製)
カプセル化する添加剤として、式:KB・HOで表される平均粒径200nmのナノスフィア形態の三ホウ酸カリウム水和物を使用し、これを、コハク酸イミド・スルホン酸カルシウムの分散剤混合物によってグループIの鉱物性基油(150NSタイプ)中に分散させる。この分散液には、ホウ素が元素として6.66重量%含まれる。
【0131】
このようにして得られるホウ酸塩水和物の分散液20グラム中に、4,4’−メチルジフェニルジイソシアネート(MDI;モノマーM1)10グラムを溶解し、分散相(溶液1)を調製する。
【0132】
アセトニトリル(S2)160グラムと界面活性剤(ポリオキシエチレンソルビトールヘキサオレエート)13.2グラムとを混合し、連続相の第1成分(溶液2)を調製する。
【0133】
アセトニトリル20グラム中に、1,6−ヘキサメチレンジアミン(HMDA:モノマーM2)4.6グラムを溶解し、連続相の第2成分(溶液3)を調製する。
【0134】
溶液2を反応容器に投入し、これを激しく(500〜800rpmで)攪拌する。攪拌を続けながら溶液1を投入することにより、溶液2で構成される連続相中に、ホウ酸塩が含まれた溶液1のエマルションが得られる。
【0135】
このようにして得られたエマルションを安定化させた後、200rpmの速度で攪拌しながら溶液3をゆっくりと投入する。すると、エネルギーを外部から加えずとも、常温で分散相/連続相の界面においてMDIとHMDAとの重縮合が始まり、これを4時間続ける。
【0136】
このようにして、ナノスフィア形態のホウ酸塩が基油中に分散した液体のコアと、ポリウレアのシェルとからなるマイクロカプセルが調製される。
【0137】
そのカプセルを濾別し、アセトニトリルで連続的に洗浄する。その後、当該カプセルをオーブンで乾燥させる。このようにして得られたカプセルは、光学顕微鏡(拡大倍率:1000倍)下で測定される粒径が約100μmとなり、また、どのカプセルも互いに均等なサイズを有する。
【0138】
カプセルに蛍光X線を適用して行う元素分析から、カプセル内にカリウム元素が存在することが分かる。これにより、三ホウ酸カリウムの効果的なカプセル化が確認される。
【0139】
(実施例2)
以下の点以外は、実施例1と同様に行う:
● 溶液1を、実施例1のホウ酸塩水和物の分散液3グラム中に4,4’−メチルジフェニルジイソシアネート(MDI)1グラムを溶解して調製する。
● 溶液2を、アセトニトリル40グラムと界面活性剤(エトキシ化された長鎖を有する脂肪酸)140グラムと混合して調製する。
● 溶液3を、アセトニトリル20グラム中に1,6−ヘキサメチレンジアミン(HMDA)1グラムを溶解して調製する。
【0140】
顕微鏡下での測定から、本実施例のカプセルの粒径が0.5〜10μmであることが判明した。
【0141】
(実施例3:耐水性)
以下に述べるプロトコルに従い、実施例1および実施例2で調製されたマイクロカプセルの耐水性を、動作中のギアボックス内の油/水混合物を再現することで試験した。
【0142】
マイクロカプセルを洗浄、濾別および乾燥させた後、PIBコハク酸イミド系の分散剤を用いてグループIの基油(150NSタイプ)中に当該マイクロカプセルが約10重量%含まれるように再び分散させて、これを試験対象のサンプルとした。
【0143】
一方、ナノスフィアの形態の三ホウ酸ナトリウム水和物を、基油(150NS)中に、実施例1および実施例2のマイクロカプセルのコアを調製するのに用いられる分散液と同一の組成になるように分散させて、これを対照品とした。
【0144】
試験対象のサンプルと水(1体積%)とを含む混合物を20℃で調製した。次いで、この混合物を、マグネチックスターラーを用いて混合し、10分間で温度を20℃から50℃に昇温させた後、温度を50℃で20分間保持した。このようにして得られた混合物を室温で保管し、保管開始時の透明度、1日後の透明度、および10日後の透明度を測定した。
【0145】
透明度の測定では、マイクロカプセルの分散液と対照の分散液との間に目立った違いはなかった。
【0146】
しかしながら、光学顕微鏡(拡大倍率:1000倍)下の測定では、対照品のほうに100〜200のオーダーの大きなサイズの刃状結晶の形成が見られた。
【0147】
一方、マイクロカプセルの分散液では、保管開始時、1日後、および10日後においても、そのような刃状結晶は見られなかった。つまり、マイクロカプセルでは、ポリマーの保護シェルにより、水の存在下でのホウ酸塩の結晶構造変化を防止することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
● 少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の潤滑剤基油中に分散した、少なくとも1種の任意で水和されているアルカリ金属ホウ酸塩を有するコアと、
● ポリマーのシェルと、
を備えるマイクロカプセル。
【請求項2】
請求項1において、アルカリ金属ホウ酸塩が以下の一般式で表される化合物であり、
MO1/2・mBO3/2・nHO (I)
(式中、Mはアルカリ金属、好ましくはナトリウムまたはカリウムであり;mは2.5〜4.5であり;nは0.50〜2.40である)
上記の一般式(I)で表される単量体の繰り返し単位が、任意で数回繰り返されている、マイクロカプセル。
【請求項3】
請求項1または2において、ポリマーが、ポリエステル、ポリウレタン、ポリアミド、ポリウレア、これらのコポリマー、ポリアクリロニトリル、ビニル樹脂、およびアミノプラスト樹脂から選択され、好ましくはポリウレアから選択される、マイクロカプセル。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項において、粒径が0.1μm〜50μm、好ましくは0.1μm〜1μmである、マイクロカプセル。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項において、ホウ酸塩が、粒径1〜300nm、好ましくは10〜200nm、より好ましくは20〜40nmのナノスフィアである、マイクロカプセル。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項において、コアが、さらに、油溶性の分散剤を含み、当該分散剤は、好ましくは、スルホン酸化合物、硫化サリチル酸化合物、サリチル酸化合物、ナフテン酸化合物、硫化フェネート化合物、フェネート化合物、ポリアルキレンコハク酸イミド、アミン類、第四級アンモニウム塩、およびこれらの混合物から選択され、より好ましくは、前記スルホン酸化合物はポリイソブテニルスルホン酸化合物であり、前記ポリアルキレンコハク酸イミドはポリイソブテニルコハク酸イミドである、マイクロカプセル。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載のマイクロカプセルを含む潤滑油。
【請求項8】
請求項7において、NFT 60−106規格に準拠して測定されるホウ素元素の含有重量が500〜5,000ppmである、潤滑油。
【請求項9】
請求項7または8において、さらに、
−少なくとも1種の耐摩耗・極圧剤、好ましくは有機ポリスルフィド、リン酸化合物、亜リン酸化合物、ジメルカプトチアジアゾール、およびベンゾトリアゾールから選択される耐摩耗・極圧剤、ならびに/または
−少なくとも1種の摩擦調整剤、好ましくはポリオールと脂肪酸とのモノエステルから選択される摩擦調整剤、
を含む潤滑油。
【請求項10】
請求項7から9のいずれか一項に記載の潤滑油の、トランスミッション用潤滑剤、好ましくはギアボックス用潤滑剤または車軸用潤滑剤としての使用。
【請求項11】
界面重合法によってマイクロカプセルを製造する方法であって、
第1のモノマー(M1)および少なくとも1種の添加剤を含む疎水相(S1)を、連続相中に分散させて、マイクロカプセルのシェルの構成成分であるポリマーまたはコポリマーを生成する工程を備え、前記連続相は、前記疎水相と混和のしない非水性有機溶媒(S2)で構成され、M1の連鎖重合を可能にする開始剤またはM1と重縮合反応するモノマー(M2)を含む、マイクロカプセル製造方法。
【請求項12】
請求項11において、
(1) モノマー(M1)を、少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の油、ワックスまたはグリースと、少なくとも1種の添加剤とを含む疎水相(S1)に溶解する工程と、
(2) 工程(1)で得られた混合物を、溶媒(S2)と任意で少なくとも1種の界面活性剤を含む連続相中に分散させた分散液を得る工程と、
(3) M1の連鎖重合を可能にする開始剤、またはM1と重縮合反応するモノマー(M2)を、前記連続相に添加することにより、マイクロカプセルのシェルの構成成分であるポリマーまたはコポリマーを生成する工程と、
を含む、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項13】
請求項11または12において、溶媒(S2)が、誘電率が25超、好ましくは30超である非プロトン性極性溶媒である、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項14】
請求項13において、溶媒(S2)が、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1−メチル−2−ピロリドン、アセトニトリル、メタンアミド、メチルメタンアミド、ジメチルメタンアミド、エタンアミド、メチルエタンアミド、およびジメチルエタンアミドから選択される、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項15】
請求項11から14のいずれか一項において、疎水相を連続相中に分散させた分散液を得る工程が、少なくとも1種の界面活性剤、好ましくは溶媒(S2)に含まれる界面活性剤を用いて行われる、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項16】
請求項15において、界面活性剤が、HLBが10〜15の非イオン性界面活性剤である、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項17】
請求項15または16において、界面活性剤が、脂肪アルコール、脂肪アミン、脂肪酸、および脂肪酸とモノアルコールまたはポリオールとのエステルからなる化合物の群から選択され、当該化合物は、エトキシ化されたものであってもよく、好ましくはエトキシ化オレイン酸、エトキシ化トリスチリルフェノール、またはポリオキシエチレンソルビトールヘキサオレエートである、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項18】
請求項11から17のいずれか一項において、疎水相(S1)が、少なくとも1種の鉱物由来、合成由来または天然由来の潤滑油中に分散された状態のアルカリ金属ホウ酸塩を含み、前記アルカリ金属法酸塩は、任意で水和されている、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項19】
請求項11から18のいずれか一項において、モノマー(M1)及び任意でモノマー(M2)が、多官能性のモノマー、好ましくは二官能性または三官能性のモノマーである、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項20】
請求項11から18のいずれか一項において、M1の連鎖重合を可能にする開始剤が、前記工程(3)で溶解される、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項21】
請求項11から18のいずれか一項において、モノマー(M2)が、前記工程(3)で溶解される、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項22】
請求項18において、M1が酸ジクロリドまたはジイソシアネートであり、M2がジオールまたはジアミンである、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項23】
請求項11から22のいずれか一項において、請求項1から6のいずれか一項に記載のマイクロカプセルを製造する、マイクロカプセルの製造方法。
【請求項24】
請求項1から6のいずれか一項に記載のマイクロカプセルの、潤滑剤組成物の耐摩耗剤および/または極圧剤としての使用。

【公表番号】特表2012−527511(P2012−527511A)
【公表日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−511399(P2012−511399)
【出願日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際出願番号】PCT/IB2010/052248
【国際公開番号】WO2010/134044
【国際公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【出願人】(505036674)トータル・ラフィナージュ・マーケティング (39)
【Fターム(参考)】