説明

トルク伝達装置

【課題】回転部材の回転速度に応じて、クラッチを押圧する押圧部材にクラッチから離間する方向の力を与えることができるトルク伝達装置を提供する。
【解決手段】トルク伝達装置としての駆動力伝達装置1は、インナシャフト3の回転による遠心力に基づく移動力によって回転軸線Oの放射方向に移動する移動部材40、及び移動部材40の移動に伴いメインカム80をメインクラッチ5から離間させる方向に押圧する押圧力に移動力を変換する力変換部材41を有する押圧機構4を備えた。これにより、引き摺りトルクによるメインクラッチ5のインナクラッチプレート5a,5a,…及びアウタクラッチプレート5b,5b,…の発熱を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トルク伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のトルク伝達装置として、例えば四輪駆動車の駆動源と補助駆動輪との間に配置され、車両の走行状態に適したトルクを補助駆動輪へ伝達するものがある(例えば特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に記載された駆動力伝達装置では、四輪駆動車の補助駆動輪(後輪)のみが接地した状態で車両が牽引された場合に発生するクラッチプレート間の大きな差動回転によりクラッチが発熱しないよう、差動回転により作動するポンプの油圧によって、クラッチを押圧するカム部材を押し戻すように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−14387号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の駆動力伝達装置では、ポンプ等の部品の追加が必要であり、小型化及び低コスト化の面ではなお改良の余地があった。
【0006】
従って、本発明の目的は、従来のものよりも簡素な構成でクラッチの過熱を抑制できるトルク伝達装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様では、以下のようにトルク伝達装置を構成する。すなわち、相対回転可能な第1回転部材及び第2回転部材をトルク伝達可能に連結するクラッチと、このクラッチを押圧する押圧部材と、第1回転部材又は第2回転部材の回転に伴って発生する遠心力を回転軸線方向の力に変換して押圧部材をクラッチから離間する方向に押圧する押圧機構とを備えてトルク伝達装置を構成する。この構成により、遠心力を利用して押圧部材をクラッチから離間させ、クラッチの発熱を抑制する。
【0008】
上記押圧機構は、遠心力により遠心方向へ移動する移動部材と、この移動部材の遠心方向への移動に伴って同移動部材を押圧部材に向かって回転軸線方向に移動するように案内する力変換部材とを有して構成するとよい。この構成により、遠心力を回転軸線方向の押圧力に変換する。
【0009】
上記移動部材は、力変換部材と押圧部材との間に位置して押圧部材を押圧する押圧力付与部と、この押圧力付与部よりも外周側に位置し、押圧力付与部よりも大きな質量を有するウエイト部と、押圧力付与部とウエイト部とを連結する連結部とで構成するとよい。この構成により、大きな遠心力が発生する。
【0010】
上記押圧部材には、移動部材の押圧力付与部に接触する接触面と、クラッチを押圧する押圧面との軸方向の間に、移動部材の押圧力付与部とウエイト部とを連結する連結部を挿通する挿通孔を形成するとよい。これにより、押圧部材によって移動部材を遠心方向に移動可能に支持する。
【0011】
上記第2回転部材に、外周面がクラッチに面した大径部、及びこの大径部よりも小径でかつ外周面が押圧部材に面した小径部を形成し、上記傾斜面をこれら大径部と小径部との間の段差部に形成するとよい。これにより、クラッチに近接させて押圧機構を配置する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、回転部材の回転速度に応じて、クラッチを押圧する押圧部材にクラッチから離間する方向の力を与えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置が搭載された車両の概略を説明するために示す平面図。
【図2】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置の全体を説明するために示す断面図。
【図3】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置の押圧機構を説明するために示す断面図。
【図4】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置における移動部の配置状態を示す正面図。
【図5】(a)及び(b)は、本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置の移動部を説明するために示す正面図と側面図。(a)は正面図を、また(b)は側面図をそれぞれ示す。
【図6】(a)及び(b)は、本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置の力変換部を説明するために示す正面図とそのA−A断面図。(a)は正面図を、また(b)はA−A断面図をそれぞれ示す。
【図7】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置の力変換部を拡大して示す断面図。
【図8】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置のカム機構を説明するために示す断面図。
【図9】(a)〜(c)は、本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置の動作を説明するために示す断面図。(a)は移動部の初期位置を、(b)は移動部の接触開始位置を、また(c)は移動部の移動終了位置をそれぞれ示す。
【図10】(a)〜(c)は、本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置における押圧機構の変形例を説明するために示す断面図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[実施の形態]
図1は、本発明に係るトルク伝達装置を適用した四輪駆動車の駆動力伝達系の概略構成を示す。図1に示すように、四輪駆動車101は、トルク伝達装置の一例としての駆動力伝達装置1,エンジン102,トランスアクスル103,1対の前輪104及び1対の後輪105を備えている。
【0015】
駆動力伝達装置1は、四輪駆動車101における前輪側から後輪側に至る駆動力伝達経路に配置され、かつ四輪駆動車101の車体(図示せず)にディファレンシャルキャリア106を介して支持されている。
【0016】
そして、駆動力伝達装置1は、プロペラシャフト107とドライブピニオンシャフト108とをトルク伝達可能に連結し、この連結状態においてエンジン102の駆動力を後輪105に伝達し得るように構成されている。駆動力伝達装置1の詳細については後述する。
【0017】
エンジン102は、その駆動力をトランスアクスル103を介してフロントアクスルシャフト109に出力することにより、1対の前輪104を駆動する。
【0018】
また、エンジン102は、その駆動力をトランスアクスル103を介してプロペラシャフト107,駆動力伝達装置1,ドライブピニオンシャフト108,リヤディファレンシャル110及びリヤアクスルシャフト111に出力することにより、1対の後輪105を駆動する。
【0019】
〔駆動力伝達装置1の全体構成〕
図2は駆動力伝達装置の全体を示す。図2に示すように、駆動力伝達装置1は、ディファレンシャルキャリア106(図1に示す)に対して相対回転可能な第1回転部材としてのハウジング2と、このハウジング2に同軸状で相対回転可能な第2回転部材としてのインナシャフト3と、このインナシャフト3の回転による遠心力に基づく移動力を押圧力に変換して押圧対象(メインカム80)を押圧する押圧機構4と、この押圧機構4にハウジング2の回転軸線Oに沿って並列する第1クラッチとしてのメインクラッチ5と、このメインクラッチ5に押圧機構4を介して対向する第2クラッチとしてのパイロットクラッチ6と、このパイロットクラッチ6のクラッチ力を発生させる駆動機構7と、この駆動機構7によるパイロットクラッチ6のクラッチ力の発生によってハウジング2の回転力をメインクラッチ5のクラッチ力となる押圧力に変換するカム機構8とから大略構成されている。
【0020】
(ハウジング2の構成)
ハウジング2は、フロントハウジング9及びフロントハウジング9と一体回転するように結合されたリヤハウジング10からなり、カップリングケース(図示せず)内に回転軸線Oを中心として回転可能に収容されている。
【0021】
フロントハウジング9は、リヤハウジング10側に開口する収容空間9a、及びこの収容空間9aに露出するストレートスプライン嵌合部9bを有し、エンジン102にトランスアクスル103(図1に示す)及びプロペラシャフト107(図1に示す)を介して連結されている。フロントハウジング9は、ディファレンシャルキャリア106内に軸受(図示せず)を介して支持され、全体が有底円筒部材によって形成されている。そして、フロントハウジング9は、エンジン102の駆動力をプロペラシャフト107から受けてリヤハウジング10と共に回転軸線Oの回りに回転するように構成されている。収容空間9aには潤滑油が約80%の充填率で充填されている。
【0022】
リヤハウジング10は、第1〜第3ハウジングエレメント11〜13からなり、フロントハウジング9の開口内周面に螺着され、かつ電磁コイル7aを保持するヨーク14に軸受15を介して回転可能に支持されている。リヤハウジング10には、フロントハウジング9の収容空間9aの開口方向と同一の方向に開口する円環状の収容空間10aが設けられている。ヨーク14は、収容空間10a内にてディファレンシャルキャリア106に固定され、全体が段状の円筒部材によって形成されている。
【0023】
第1ハウジングエレメント11は、リヤハウジング10の内周側に配置され、全体が軟鉄等の磁性材料からなる円筒部材によって形成されている。第1ハウジングエレメント11の内周面は、インナシャフト3における小径の円筒部3bの外周面との間にシール部材16が介装されている。
【0024】
第2ハウジングエレメント12は、リヤハウジング10の外周側に配置され、全体が第1ハウジングエレメント11と同様に軟鉄等の磁性材料からなる円筒部材によって形成されている。第2ハウジングエレメント12の外周面は、フロントハウジング9の内周面との間にシール部材17が介装されている。
【0025】
第3ハウジングエレメント13は、第1ハウジングエレメント11と第2ハウジングエレメンと12との間に介在し、全体がステンレス鋼等の非磁性材料からなるハウジングエレメント連結用の円環状部材によって形成されている。
【0026】
(インナシャフト3の構成)
インナシャフト3は、各外径が互いに異なる大小2つの円筒部3a,3b、及びこれら両円筒部3a,3b間に介在する段差部3cを有し、ハウジング2の回転軸線O上に配置され、かつハウジング2内に軸受18,19を介して相対回転可能に支持され、全体が円筒部材によって形成されている。そして、インナシャフト3は、そのリヤハウジング側開口部内にドライブピニオンシャフト108(図1に示す)の先端部を挿入して収容するように構成されている。このリヤハウジング側開口部内には、ドライブピニオンシャフト108(図1に示す)にスプライン嵌合するストレートスプライン嵌合部31bが設けられている。ドライブピニオンシャフト108は、インナシャフト3のリヤハウジング側開口部内にスプライン嵌合によって相対回転不能かつ移動可能に連結されている。
【0027】
大径の円筒部3aの外周面には、フロントハウジング9の収容空間9aに露出するストレートスプライン嵌合部31aが設けられている。
【0028】
円筒部3aよりも小径の円筒部3bの外周面には、カム機構8のメインカム80及びパイロットカム81が軸方向移動可能に外嵌されている。
【0029】
段差部3cは、インナシャフト3の外部において両円筒部3a,3b間に介在して配置され、カム機構8のメインカム80に対向している。
【0030】
(押圧機構4の構成)
図3は押圧機構を示す。押圧機構4は、移動部材40及び力変換部材41からなり、インナシャフト3(円筒部3b)の外周囲に配置され、かつフロントハウジング9の収容空間9a(図2に示す)に収容されている。押圧機構4は、カム機構8のメインカム80と組み合わされて配置されるが、メインカム80については後述する。
【0031】
図4は回転軸線Oの方向から見た複数の移動部材40の配置状態を示す。図5(a)及び(b)は一つの移動部材40を回転軸線Oの方向、及び回転軸線Oに直交する方向から見た図を示す。移動部材40は、押圧力付与部40a,ウエイト部40b及び連結部40cを有し、各部が例えばステンレス等の非磁性材料によって一体に形成されている。移動部材40は、インナシャフト3の外周囲に円周方向に並列して複数個(実施の形態では4個)配置されている。そして、移動部材40は、インナシャフト3の回転による遠心力に基づく移動力a(図3参照)によって回転軸線Oの放射方向に移動するように構成されている。なお、移動部材40は、アーマチャ7bとの距離を十分に確保できるのであれば、磁束漏れの影響が小さいので、軟鉄等の磁性材料で構成してもよい。
【0032】
なお、移動部材40は、一体形成する代わりに、各部(押圧力付与部40a,ウエイト部40b及び連結部40c)を別体としてもよい。この場合、連結部40cが可撓性を有するワイヤであってもよい。
【0033】
押圧力付与部40aは、インナシャフト3の段差部3c(図3に示す)とメインカム3の押圧力受部80bとの間に介在し、球状部材によって形成されている。そして、押圧力付与部40aは、メインクラッチ5(図2に示す)からメインカム80を離間させる方向に押圧力b(図3参照)を押圧力受部80bに付与するように構成されている。
【0034】
ウエイト部40bは、メインカム80のパイロットクラッチ側に配置され、回転軸線Oに中心を有する円弧からなる内外周縁をもつ弓形部材によって形成されている。ウエイト部40bは、押圧力付与部40aよりも回転軸線Oに対する外周側に位置する。そして、ウエイト部40bは、押圧力付与部40aよりも大きな質量を有し、インナシャフト3の回転による遠心力を移動部材40に発生させるための錘として機能するように構成されている。
【0035】
連結部40cは、メインカム80に形成された挿通孔80d(図3に示す)に挿通されている。そして、連結部40cは、押圧力付与部40a及びウエイト部40bに一体に設けることにより、押圧力付与部40aとウエイト部40bとを連結するように構成されている。なお、組みつけの際には、押圧力付与部40a又はウエイト部40bの一方を連結部40cに結合しておき、連結部40cを挿通孔80dに挿通させた後に押圧力付与部40a又はウエイト部40bの他方を連結部40cに結合する。
【0036】
図6(a),(b)及び図7は力変換部材を示す。力変換部材41は、図6(a)及び(b)に示すように、インナシャフト3の円筒部3bを挿通させる内孔41aを有する円環状部材からなり、押圧力付与部40aのメインクラッチ側に配置され、かつインナシャフト3の段状面3cに取り付けられている。そして、力変換部材41は、移動部材40の放射方向への移動に伴いメインカム80をメインクラッチ5(図2に示す)から離間させる方向に押圧する押圧力b(図3参照)に移動力aの一部を変換するように構成されている。
【0037】
力変換部材41には、押圧力付与部40aに接触可能な接触面41bが円周方向に沿って設けられている。接触面41bは、力変換部材41における内孔41aの口径をメインクラッチ5側からパイロットクラッチ6側に向かって漸次大きくするテーパで形成されている。接触面41bは、回転軸線Oに沿った断面では、外周側がメインカム80に向かって傾斜した傾斜面である。また、力変換部材41には、図6及び図7に示すように、円周方向に等間隔をもって並列し、かつ移動部材40における連結部40cの一部を収容可能な複数(実施の形態では4個)の切り欠き41c,41c,…が設けられている。切り欠き41c,41c,…は、その切り欠き幅Wが連結部40cの外径Rよりも大きく、かつ押圧力付与部40aの外径rよりも小さい寸法に設定されている。
【0038】
(メインクラッチ5の構成)
メインクラッチ5は、図2に示すように、複数のインナクラッチプレート5a,5a,…及び複数のアウタクラッチプレート5b,5b,…を有する摩擦式のメインクラッチからなり、フロントハウジング9とインナシャフト3との配置され、かつ収容空間9aに収容されている。そして、メインクラッチ5は、インナクラッチプレート5a,5a,…及びアウタクラッチプレート5b,5b,…のうち互いに隣り合うクラッチプレート同士が摩擦係合し、またその摩擦係合を解除してハウジング2とインナシャフト3とを断続可能に連結するように構成されている。
【0039】
インナクラッチプレート5a,5a,…及びアウタクラッチプレート5b,5b,…は、回転軸線Oに沿って交互に配置され、全体が環状の摩擦板によって形成されている。
【0040】
インナクラッチプレート5a,5a,…は、その内周部にストレートスプライン嵌合部50a,50a,…を有し、ストレートスプライン嵌合部50a,50a,…を円筒部3a(インナシャフト3)のストレートスプライン嵌合部31aに嵌合させてインナシャフト3に相対回転不能かつ軸方向移動可能に連結されている。インナクラッチプレート5a,5a,…のうちパイロットクラッチ側最端部のインナクラッチプレート5aは、メインクラッチ5の入力部として機能し、カム機構8のメインカム80a(後述)からアウタクラッチプレート側に押圧力c(図2参照)を受けると、この押圧方向への移動によって他のインナクラッチプレート5a,5a,…とアウタクラッチプレート5b,5b,…とを摩擦係合させるように構成されている。インナクラッチプレート5a,5a,…には、その円周方向に沿って並列し、かつ回転軸線O方向に開口する油孔51a,51a,…が設けられている。
【0041】
アウタクラッチプレート5b,5b,…は、その外周部にストレートスプライン嵌合部50b,50b,…を有し、ストレートスプライン嵌合部50b,50b,…をフロントハウジング9(ハウジング2)のストレートスプライン嵌合部9bに嵌合させてハウジング2に相対回転不能かつ移動可能に連結されている。
【0042】
(パイロットクラッチ6の構成)
パイロットクラッチ6は、図2に示すように、駆動機構7の駆動によるアーマチャ7bの移動によって互いに摩擦係合可能な円環状の摩擦板からなるインナクラッチプレート6a,6a及びアウタクラッチプレート6b,6bを有し、アーマチャ7bとリヤハウジング10との間に配置され、かつフロントハウジング9の収容空間9aに内に収容されている。
【0043】
インナクラッチプレート6a,6aは、その内周部にストレートスプライン嵌合部60a,60aを有し、かつストレートスプライン嵌合部60a,60aをストレートスプライン嵌合部81aに嵌合させてパイロットカム81に相対回転不能かつ軸方向移動可能に連結されている。
【0044】
アウタクラッチプレート6b,6bは、その外周部にストレートスプライン嵌合部60b,60bを有し、ハウジング2の回転軸線O上に移動可能に配置され、かつストレートスプライン嵌合部60b,60bをストレートスプライン嵌合部9bに嵌合させてハウジング2に相対回転不能かつ軸方向移動可能に連結されている。
【0045】
(駆動機構7の構成)
駆動機構7は、図2に示すように、電磁コイル7a及びアーマチャ7bを有し、ハウジング2の回転軸線O上に配置されている。そして、駆動機構7は、電磁力の発生によるアーマチャ7bの電磁コイル7a側への移動によってパイロットクラッチ6のインナクラッチプレート6a,6a及びアウタクラッチプレート6b,6bのうち互いに隣り合うクラッチプレート同士を摩擦係合させるように構成されている。
【0046】
電磁コイル7aは、リヤハウジング10の収容空間10aに収容され、かつヨーク14に取り付けられている。そして、電磁コイル7aは、図2に破線で示すように、通電によってヨーク14,パイロットクラッチ6,アーマチャ7b及びリヤハウジング10等に跨って磁気回路Gを形成し、アーマチャ7bにリヤハウジング10側への移動力を付与するための電磁力を発生させるように構成されている。
【0047】
アーマチャ7bは、カム機構8(メインカム80のクラッチプレート押圧部80a)とパイロットクラッチ6との間に配置され、かつフロントハウジング9の収容空間9aに収容されている。アーマチャ7bは、鉄等の磁性材料からなる環状板によって形成されている。そして、アーマチャ7bは、電磁コイル7aの電磁力を受け、パイロットクラッチ6側にハウジング2の回転軸線O(ヨーク14の軸線)に沿って移動するように構成されている。また、アーマチャ7bは、その外周部に回転軸線Oに沿ったストレートスプライン嵌合部70bを有し、ストレートスプライン嵌合部70bをフロントハウジング9(ハウジング2)のストレートスプライン嵌合部9bに嵌合させてハウジング2に相対回転不能かつ軸方向移動可能に連結されている。
【0048】
(カム機構8の構成)
図8はカム機構を示す。図8に示すように、カム機構8は、メインカム80、このメインカム80にハウジング2の回転軸線O(図2に示す)に沿って並列するパイロットカム81、及びこのパイロットカム81とメインカム80との間に介在するカムフォロア82を有し、メインクラッチ5とパイロットクラッチ6との間に配置され、かつフロントハウジング9の収容空間9aに収容されている。
【0049】
メインカム80は、パイロットカム81との相対回転によって発生するカム力をカムフォロア82から受けてメインクラッチ5を押圧するクラッチプレート押圧部80a、及び移動部材40の押圧力付与部40aの押圧力bを受ける押圧力受部80bを有して一体に構成されている。メインカム80には、円周方向に並列し、かつカムフォロア82側に開口する複数のカム溝(図示せず)が設けられている。
【0050】
クラッチプレート押圧部80aは、メインクラッチ5のインナクラッチプレート5a,5a,…のうち入力側のインナクラッチプレート5aに対向する対向面80fを有し、円環状に形成されている。クラッチプレート押圧部80aには、インナシャフト3の円筒部3aのストレートスプライン嵌合部31aに嵌合するストレートスプライン嵌合部80cが設けられており、メインカム80はインナシャフト3と相対回転不能かつ軸方向移動可能に連結されている。また、クラッチプレート押圧部80aには、移動部材40の連結部40cを挿通させる挿通孔80dが径方向に沿って設けられている。また、クラッチプレート押圧部80aには、潤滑油を流通させるための複数の貫通孔80e,80e,…(1個のみ図示)が設けられている。
【0051】
押圧力受部80bは、インナシャフト3の段差部3cに対向し、メインカム80の内周側に配置され、かつクラッチプレート押圧部80aのカムフォロア側端面に一体に形成されている。押圧力受部80bのメインクラッチ側端面にはガイド部20が設けられている。ガイド部20は、移動部材40の押圧力付与部40aを介して力変換部材41に対向し、かつ移動部材40の放射方向への移動に伴い押圧力付与部40aを案内する円環状のガイド部20が設けられている。
【0052】
ガイド部20には、押圧力付与部40aに接触する接触面20aが円周方向に沿って設けられている。接触面20aは、ガイド部20の厚さを均一とする扁平な面で形成されている。
【0053】
パイロットカム81は、そのリヤハウジング側端面がリヤハウジング10(第1ハウジングエレメント11)のパイロットカム側端面との間に軸受21を介在させ、インナシャフト3の小径の円筒部3bの外周囲に相対回転可能に配置されている。パイロットカム81の外周部には、インナクラッチプレート6a,6aのストレートスプライン嵌合部60a,60aに嵌合するストレートスプライン嵌合部81aが設けられている。また、パイロットカム81には、円周方向に並列し、かつカムフォロア82側に開口する複数のカム溝(図示せず)が設けられている。
【0054】
カムフォロア82は、メインカム80とパイロットカム81との間に介装され、球状部材(ボール)によって形成されている。
【0055】
〔駆動力伝達装置1の動作〕
運転者が四輪駆動車101のエンジン102を始動し、ギヤをドライブレンジにすると、エンジン102の回転駆動力がトランスアクスル103及びプロペラシャフト107を介してハウジング2に伝達され、ハウジング2が回転駆動される。
【0056】
駆動機構7の電磁コイル7aが非通電状態にあるときは、電磁コイル7aを基点とした磁気回路Gが形成されず、パイロットクラッチ6におけるクラッチプレート同士が摩擦係合することがない。
【0057】
このため、カム機構8においてメインクラッチ5のクラッチ力となる押圧力が発生せず、メインクラッチ5のインナクラッチプレート5a,5a,…とアウタクラッチプレート5b,5b,…とが摩擦係合せず、エンジン102の回転駆動力はハウジング2からインナシャフト3に伝達されない。
【0058】
一方、走行中に電磁コイル7aが通電されると、磁気回路Gが形成され、アーマチャ7bがパイロットクラッチ6のクラッチプレート同士を摩擦係合させる方向に移動する。
【0059】
このため、アーマチャ7bの移動による押圧によってパイロットクラッチ6のクラッチプレート同士が摩擦係合し、ハウジング2の回転力がパイロットクラッチ6を介してカム機構8のパイロットカム81に伝達される。
【0060】
これに伴い、パイロットカム81が回転し、この回転力がカム機構8において発生するカム作用によってメインクラッチ5のクラッチ力となる押圧力に変換され、この押圧力によってメインクラッチ5のクラッチプレート同士を摩擦係合させる方向にメインカム80が移動する。
【0061】
これにより、メインクラッチ5のクラッチプレート同士が摩擦係合し、エンジン102の回転駆動力がハウジング2からインナシャフト3に伝達され、さらにインナシャフト3からドライブピニオンシャフト108を介してリヤディファレンシャル110に伝達される。そして、リヤディファレンシャル110からリヤアクスルシャフト111を介して後輪105に伝達され、後輪105が回転駆動される。
【0062】
ところで、電磁コイル7aが通電されない場合にも、パイロットクラッチ6においてクラッチプレート同士間に介在する潤滑油の粘性に基づく摩擦係合力に起因して所謂引き摺りトルクが発生することがある。
【0063】
例えば、四輪駆動車101が後輪105のみを接地させて一方向(例えば車両前方)に二輪牽引される場合である。この場合、ハウジング2が回転せず、インナシャフト3のみが回転する状態となり、インナシャフト3の回転力がカム機構8のメインカム80に伝達される。
【0064】
これに伴い、メインカム80が回転し、この回転力がカム機構8において発生するカム作用によってメインクラッチ5のクラッチ力となる押圧力に変換され、この押圧力によってメインクラッチ5のクラッチプレート同士を摩擦係合させる方向にメインカム80が移動する力が発生する。
【0065】
仮に押圧機構4がないとした場合には、メインクラッチ5のクラッチプレート(インナクラッチプレート5a,5a,…、アウタクラッチプレート5b,5b,…)同士が摩擦係合し、ハウジング2とインナシャフト3との間に大きな回転差(1000rpm〜2000rpm程度)が生じると、インナクラッチプレート5a,5a,…及びアウタクラッチプレート5b,5b,…が発熱する虞がある。
【0066】
この点、本実施の形態においては、インナシャフト3が回転すると、押圧機構4の作動によって移動部材40がメインカム80と共にパイロットクラッチ側に移動し、メインカム80がメインクラッチ5から離間する。
【0067】
より詳細には、インナシャフト3が回転すると、この回転に連動して押圧機構4の移動部材40がカム機構8のメインカム80と共に回転軸線Oの回りに回転する。これにより、遠心力に基づく移動力aが移動部材40に発生し、この移動力aの作用方向(インナシャフト3の放射方向)に移動部材40が移動すると共に回転軸線Oに沿った方向にも移動する。
【0068】
この様子を図9(a)から(c)に示す。移動部材40は、その押圧力付与部40aが図9(a)に示す初期位置(移動開始位置)からガイド部20の接触面20aに案内されながら図9(b)に示すように力変換部材41の接触面41bに接触する位置(接触開始位置)に向かって移動する。そして、移動部材40は、押圧力付与部40aを力変換部材41の接触面41bに押圧接触させながら、図9(c)に示すように移動を終了する位置(移動終了位置)に移動する。
【0069】
この際、力変換部材41の接触面41bが移動部材40の押圧力付与部40aから移動力aを受け、その一部を押圧力bに変換する。
【0070】
そして、押圧力bが押圧力付与部40aを介してガイド部20の接触面20aに作用し、メインカム80が移動部材40と共にメインクラッチ5から離間する方向に移動する。
【0071】
よって、パイロットクラッチ6においてクラッチプレート同士間に介在する潤滑油の粘性に基づく摩擦係合力に起因して引き摺りトルクが発生しても、パイロットカム80がメインクラッチ5における入力側のインナクラッチプレート5aを押圧することが抑制される。
【0072】
従って、本実施の形態においては、パイロットクラッチ6で生じる引き摺りトルクによってメインクラッチ5のインナクラッチプレート5a,5a,…とアウタクラッチプレート5b,5b,…とが摩擦係合せず、インナクラッチプレート5a,5a,…及びアウタクラッチプレート5b,5b,…の発熱を抑制することができる。
【0073】
[実施の形態の効果]
以上説明した実施の形態によれば、次に示す効果が得られる。
【0074】
(1)引き摺りトルクによるメインクラッチ5のインナクラッチプレート5a,5a,…及びアウタクラッチプレート5b,5b,…の過熱を防止することができ、潤滑油の寿命低下及び各クラッチプレートの損傷発生を抑制することができる。
【0075】
(2)インナクラッチプレート5a,5a,…及びアウタクラッチプレート5b,5b,…の発熱による焼損を防止することができ、四輪駆動車101の二輪被牽引が可能となる。
【0076】
以上、本発明の回転力伝達装置を上記の実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の態様において実施することが可能であり、例えば次に示すような変形も可能である。
【0077】
(1)上記実施の形態では、押圧力付与部40aが球状部材(球体)からなる場合について説明したが、本発明はこれに限定されず、図10(a)〜(c)に示すように例えば半球体(球体を2等分した一つ)又は1/4球体(球体を4等分した一つ)からなる押圧力付与部40aであってもよい。
【0078】
図10(a)において、押圧力付与部40aは、球面400a及び扁平面401aからなる半球体によって形成され、球面400aを力変換部材41の接触面41aとガイド部20の接触面20aに接触可能な構成とする。
【0079】
図10(b)において、押圧力付与部40aは、球面400a及び扁平面401aからなる半球体によって形成され、球面400aを力変換部材41の接触面41aに、また扁平面401aをガイド部20の接触面20aにそれぞれ接触可能な構成とする。
【0080】
図10(c)において、押圧力付与部40aは、球面400a及び扁平面401aからなる1/4球体によって形成され、球面400aを力変換部材41の接触面41aに、また扁平面401aをガイド部20の接触面20aにそれぞれ接触可能な構成とする。
【0081】
(2)上記実施の形態では、押圧機構4の移動部材40がインナシャフト3の外周囲に円周方向に並列して4個配置されている場合について説明したが、本発明における移動部の個数については特に限定されるものでないことは勿論である。
(3)上記実施の形態では、メインカム80をインナシャフト3にスプライン嵌合し、パイロットカム81をパイロットクラッチ6を介してハウジング2にトルク伝達可能に連結したが、これとは逆に、メインカム80をハウジング2にスプライン嵌合し、パイロットカム81をパイロットクラッチ6を介してインナシャフト3にトルク伝達可能に連結してもよい。
(4)上記実施の形態では、トルク伝達装置を四輪駆動車の駆動力伝達系に適用した場合について説明したが、トルク伝達装置の用途はこれに限らない。例えば車両の左右輪間の差動を制限可能な差動制限機能付きのディファレンシャル装置に適用してもよい。また、車両に限らず工作機械等のトルク伝達系に適用することも可能である。
【符号の説明】
【0082】
1…ディファレンシャルキャリア、2…ハウジング、3…インナシャフト、3a…円筒部、31a…ストレートスプライン嵌合部、3b…円筒部、31b…ストレートスプライン嵌合部、3c…段差面、3d…仕切壁、4…押圧機構、40…移動部、40a…押圧力付与部、40b…ウエイト部、40c…連結部、41…力変換部、41a…内孔、41b…接触面、41c…切り欠き、5…メインクラッチ、5a…インナクラッチプレート、50a…ストレートスプライン嵌合部、5b…アウタクラッチプレート、50b…ストレートスプライン嵌合部、6…パイロットクラッチ、6a…インナクラッチプレート、60a…ストレートスプライン嵌合部、6b…アウタクラッチプレート、60b…ストレートスプライン嵌合部、7…駆動機構、7a…電磁コイル、7b…アーマチャ、70b…ストレートスプライン嵌合部、8…カム機構、80…メインカム、80a…クラッチプレート押圧部、80c…ストレートスプライン嵌合部、80d…挿通孔、80e…貫通孔、80b…押圧力受部、81…パイロットカム、80b…ストレートスプライン嵌合部、82…カムフォロア、9…フロントハウジング、9a…収容空間、9b…ストレートスプライン嵌合部、10…リヤハウジング、10a…収容空間、11…第1ハウジングエレメント、12…第2ハウジングエレメント、13…第3ハウジングエレメント、14…ベース、15…軸受、16…シール部材、17…シール部材、18,19…軸受、20…ガイド部、20a…接触面、21…軸受、G…磁気回路、O…回転軸線、a…移動力、b,c,…押圧力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内面に収容空間が形成された第1回転部材と、
前記第1回転部材にその回転軸線に沿って相対回転可能に配置され、かつ前記収容空間に収容された第2回転部材と、
前記第1回転部材と前記第2回転部材とをトルク伝達可能に連結するクラッチと、
前記クラッチを前記回転軸線方向に押圧する押圧部材と、
前記第2回転部材の回転に伴って発生する遠心力を前記回転軸線方向の力に変換し、前記押圧部材を前記クラッチから離間させる方向に押圧する押圧機構とを備えたトルク伝達装置。
【請求項2】
前記押圧機構は、前記遠心力により遠心方向へ移動する移動部材と、前記移動部材の遠心方向への移動に伴って同移動部材を前記押圧部材に向かって前記回転軸線方向に移動するように案内する力変換部材とを有する請求項1に記載のトルク伝達装置。
【請求項3】
前記移動部材は、前記力変換部材と前記押圧部材との間に位置して前記押圧部材を押圧する押圧力付与部、及び前記押圧力付与部よりも外周側に位置し、前記押圧力付与部よりも大きな質量を有するウエイト部、及び前記押圧力付与部と前記ウエイト部とを連結する連結部を備えた請求項2に記載のトルク伝達装置。
【請求項4】
前記押圧部材には、前記移動部材の押圧力付与部と接触する接触面、前記クラッチを押圧する押圧面、及び前記回転軸線方向における前記接触面と前記押圧面との間に位置し、前記移動部材の連結部が挿通される挿通孔が形成された請求項3に記載のトルク伝達装置。
【請求項5】
前記力変換部材は、前記押圧部材の押圧面の内側にあたる前記第2回転部材の大径部と前記押圧部材の接触面の内側にあたる前記第2回転部材の小径部との間の段差部に配置された請求項4に記載のトルク伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−17395(P2011−17395A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−162857(P2009−162857)
【出願日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】