説明

トンネルスペクトロスコピー装置

【課題】 本発明が解決しようとする問題点は、高い感度のトンネル電流検出部でトンネル電流を検出すると、探針−試料間に生じる浮遊容量による影響も大きく増幅されてしまい、測定結果が補正しきれない悪影響を受けてしまうという点である。
【解決手段】 試料に対向した探針と前記試料の間隔を固定した状態で、前記探針と前記試料間に印加するバイアス電圧を走引し、前記探針と前記試料間に流れるトンネル電流を検出して前記試料の局所領域の分析を行うトンネルスペクトロスコピー装置において、前記バイアス電圧の極性を反転して増幅し、それを微分した信号を前記トンネル電流に加算して、前記探針と前記試料間に生じる浮遊容量による影響を打ち消すよう構成したことを特徴としたトンネルスペクトロスコピー装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、探針と試料との間に作用する物理量を検出することにより、試料表面の観察を行う走査形プローブ顕微鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、探針と試料を対向配置し、探針と試料の距離を数ナノメートル以下の距離にして、探針と試料表面を相対的に走査することにより、探針と試料間に働く物理量を測定し、測定に基づいて試料表面の凹凸像等を得るように成した走査形プローブ顕微鏡が注目されている。走査形トンネル顕微鏡は走査形プローブ顕微鏡の一種であり、試料と金属製探針との距離を数ナノメートル以下に保ち、これらの間に数V程度のバイアス電圧をかけると、探針と試料間の真空間隙を通って電子が移動してトンネル電流が流れるという、いわゆるトンネル効果の原理を利用するものである。
【0003】
走査形トンネル顕微鏡は試料表面の凹凸を観察する装置として知られているが、そればかりではなく試料の局所領域における電子の状態を検知することもできる。これは一般にトンネルスペクトロスコピーと称されているが、先ずこのような走査形トンネル顕微鏡の動作について説明する。
【0004】
図1は、走査形トンネル顕微鏡のトンネル電流検出部である。試料ステージ4に載置された試料2に対向して探針1が配置されている。探針1には、増幅器6及び検出抵抗7から構成されたトンネル電流検出手段であるI/V変換回路10が接続されている。このI/V変換回路10によりトンネル電流検出を行う。
【0005】
スペクトル信号の検出を行う場合、図示しない制御装置は操作者の指示に応じた試料位置信号を供給し、探針1は所望の試料面であるX、Y位置に移動して停止する。一方、図示しない制御装置は探針1と試料面に対して垂直な所望のZ位置に停止させると共に、バイアス電圧発生回路5には掃引電圧の発生を指示する。これにより、バイアス電圧発生回路5は、図4に示すような波形の電圧を発生し、この電圧は試料2に印加される。
【0006】
このとき、所定のタイミングでバイアス電圧の掃引に同期してI/V変換回路10の出力18の電圧を取り込み、取り込んだデータに所定の処理を施すことによって、探針1の位置における試料の電子状態を知ることができる。これがトンネルスペクトロスコピーである。トンネルスペクトロスコピーの際には、探針1と試料2との間に存在する浮遊容量23のため、試料2に印加される掃引バイアス電圧自体も同時に検出され、探針1を流れるトンネル電流に誤差を生じ、その結果I/V変換回路10の出力18の電圧にも誤差を生じる。
【0007】
出力18における電圧を示したものが図5である。論理的には図1のような回路では、試料−探針間に発生する浮遊容量23により、バイアス電圧の掃引に伴って検出電圧が図5においての破線で示すような波形に従って変化することが期待される。
【0008】
しかしながら、走査形プローブ顕微鏡のトンネル電流検出回路ではnAからpAオーダーの電流を検出するため高抵抗の検出抵抗7を使用している。このように十分な感度を得るために検出抵抗を大きな値にして、増幅率を大きくすると、浮遊容量23による影響も増幅されて大きくなり、図5の実線における19のように、増幅器6が電源電圧に飽和することがあった。その場合、飽和からの回復時間があるために測定結果が、補正しきれない影響をうけてしまい、図5における前半の波形が、点線で示す理論値から大きく相違してしまう。検出抵抗7の値を下げると、感度が落ちてしまい、S/N比も悪くなる。
【0009】
なお、従来技術としては、バイアス電圧が増加する向きの掃引と減少する向きの掃引を行い、増加と減少の同一のバイアス電圧での出力電圧の平均を求め、探針と試料との間の浮遊容量に基づく誤差を除く走査形トンネル顕微鏡がある(例えば、特許文献1)。
【0010】
【特許文献1】特開平7−270433
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする問題点は、高い感度のトンネル電流検出部でトンネル電流を検出すると、探針−試料間に生じる浮遊容量による影響も大きく増幅されてしまい、測定結果が補正しきれない悪影響を受けてしまうという点である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1の発明は、試料に対向した探針と前記試料の間隔を固定した状態で、前記探針と前記試料間に印加するバイアス電圧を走引し、前記探針と前記試料間に流れるトンネル電流を検出して前記試料の局所領域の分析を行うトンネルスペクトロスコピー装置において、前記バイアス電圧の極性を反転して増幅し、それを微分した信号を前記トンネル電流に加算して、前記探針と前記試料間に生じる浮遊容量による影響を打ち消すよう構成したことを特徴としたトンネルスペクトロスコピー装置である。
【0013】
請求項2の発明は、前記トンネル電流を検出する手段が増幅器及び検出抵抗を備えたI/V変換回路であり、前記バイアス電圧の極性を反転して増幅する手段が反転増幅器であり、前記微分する手段が前記浮遊容量に応じて可変自在である可変コンデンサを備えた微分回路である、請求項1に記載したトンネルスペクトロスコピー装置である。
【0014】
請求項3の発明は、前記探針と前記試料の相対位置を変化させ、前記探針と前記試料間の相互作用に基づいて前記試料表面の凹凸像を得る請求項1又は2に記載したトンネルスペクトロスコピー装置において、前記トンネル電流を検出する手段と、前記バイアス電圧の極性を反転して増幅する手段及び前記微分する手段と、を接続−切離自在なスイッチ手段を備え、凹凸像検出時には前記スイッチ手段の接続を切り離すよう構成したことを特徴としたトンネルスペクトロスコピー装置である。
【発明の効果】
【0015】
本発明により試料−探針間に生じる浮遊容量による影響を打ち消すことができ、高い感度のトンネル電流検出部でトンネル電流を検出しても、測定結果が補正しきれない悪影響を受けてしまうことがない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(実施例1)
本発明の構成を図2を用いて説明する。図2は本発明を用いた走査形プローブ顕微鏡の制御システム構成例を示す概略図である。試料ステージ4には試料2が載置されており、探針1が試料2に対向かつ接近して配置されている。探針1はピエゾ素子で構成されたチューブ状のスキャナ3の自由端に設置されている。このスキャナ3は、XY方向に変位自在な部分と、Z方向に変位自在な部分から構成されており、固定端は図示しないチャンバ側の取付部に固定されている。また、スキャナ3表面にはX、Y、Z軸用の図示しない電極がメタライズされており、各電極に電圧を印加することにより圧電効果を利用してXYZ方向に自由端が変位する。
【0017】
スキャナ3のXY変位部には駆動制御手段であるXY駆動回路16が接続されており、Z変位部にも駆動制御手段であるZ駆動回路17が接続されている。XYドライバ及びZドライバは制御装置15に接続されており、制御装置15は各ドライバを制御する。また、制御装置15は、演算部、メモリ部、表示部、入力部から構成されているコンピュータ20に接続されている。
【0018】
一方、探針1には、検出抵抗7、8及び増幅器6から構成されており、トンネル電流検出部であるI/V変換回路10、対数増幅器11、比較回路12、積分器14が接続されている。また、試料ステージ4には試料2と探針1間に所定のバイアス電圧を印加するバイアス電圧発生回路5が接続されており、制御装置15によって制御される。さらに、バイアス電圧発生回路5には反転増幅器21と可変コンデンサ22が接続されており、その出力はI/V変換回路10に入力される。
【0019】
以上、図2における各部の構成について説明したが、次に動作について説明する。凹凸像の二次元表示を行なうため、コンピュータ20の入力装置からサンプル動作が指示された場合には、制御装置15は、バイアス電圧回路に所定の一定電圧の出力を指示し、XY駆動回路16に位置信号を供給する。なお、図2では試料2からの高さ方向をZ方向とし、それに直交する平面を構成する軸をX軸及びY軸とする。
【0020】
そして、このとき探針1を流れるトンネル電流はI/V変換回路10で電圧に変換され、更に図示しない絶対値増幅器で一極性の信号になされると共に増幅される。この信号は更に対数増幅器11で対数に変換されて増幅され、比較回路12に入力される。比較回路12には制御装置15から基準電圧Vref13が入力されており、対数増幅器11の出力はこの基準電圧Vref13と比較される。比較回路12の出力は、積分器14により当該フィードバックループで機械的振動が増加しないように位相補償され、Z駆動回路17に入力され、スキャナ3のZ動が駆動される。
【0021】
これにより、探針1は、トンネル電流が基準電圧Vref13に対応する電流になるZ位置に移動し、出力電圧が制御装置15に取り込まれる。
以上の動作を、XY駆動回路に供給する位置信号を走査信号として探針1でX−Y平面を走査しながら行うことによって試料2の表面の凹凸を観察することができる。
【0022】
スペクトル信号の検出を行う場合、制御装置15は操作者の指示に応じた試料位置信号を供給し、探針1は所望の試料2面であるX、Y位置に移動して停止する。一方、制御装置15は探針1の試料2面に対して垂直なZ駆動を停止させると共に、バイアス電圧発生回路5には掃引電圧の発生を指示する。これにより、バイアス電圧発生回路5は、図4のランプ波形の電圧を発生し、この電圧は試料2に印加される。所定のタイミングでバイアス電圧の掃引に同期してI/V変換回路10の出力の電圧を取り込み、取り込んだデータに所定の処理を施すことによって、探針1の位置における試料2の電子状態を知ることができる。
【0023】
このとき、バイアス電圧発生回路5から発生したバイアス電圧は分岐され反転増幅器21に入力される。反転増幅器21ではバイアス電圧の極性を逆にした信号が増幅され、可変コンデンサ22に出力される。微分回路を構成する可変コンデンサ22に入力した信号は微分され、I/V変換回路10に出力される。
つまり、この可変コンデンサ22からの信号は、浮遊容量23による影響を打ち消す方向にあるため、バイアス電圧の掃引を繰り返しながら可変容量を調整して、バイアス電圧0Vでの検出出力が0Vになるようにすると図6のように真のトンネル電流値変化を得ることができる。
【0024】
図6はI/V変換回路15の出力電圧を検出電圧としたものであるが、図5における増幅器6の飽和からの回復時間がなくなっている。つまり、図4の点線の論理値において、バイアス電圧の極性を反転して増幅し、それを微分した信号を検出したトンネル電流に加算して、浮遊容量による影響を打ち消したため、浮遊容量23による影響が少なくなっていることが分かる。このため、高い検出抵抗7、8を使っても増幅器6の飽和を避けることができ、高い感度が得られ、S/N比も良い値が得られる。
【0025】
なお、浮遊容量23は試料−探針間隔に依存しており、試料−探針間隔はトンネル電流設定値や試料の材質等によりその都度変化するので、可変コンデンサ22は図6の検出電圧を見ながら検出の度に調整をしなければならない。
【0026】
以上、動作について説明したが、本発明により試料−探針間に生じる浮遊容量による影響を打ち消すことができ、高抵抗の検出抵抗を用いてもトンネル電流検出回路の増幅器が電源電圧により飽和して測定結果が補正しきれない影響を受けてしまうことがないという効果が得られる。
【0027】
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。例えば、探針−試料間の距離が変わらない場合は、値が固定されたコンデンサでも良い。
また、走査形トンネル顕微鏡と原子間力顕微鏡とを切り替え自在な装置を使用して、導電性のカンチレバーを用いてトンネル電流を測定してもよい。
さらに、反転増幅器の利得を上げた場合、調整する可変コンデンサ22の値は小さくなるから、ノイズの増加を減らすことができる。
(実施例2)
図3は、基本的に図2と同じ構成であるが、可変コンデンサ22とI/V変換回路10の間にスイッチ24を追加したものである。これはI/V変換器10に入力する可変コンデンサ21及び浮遊容量23からなるコンデンサ容量が大きくなるとその分I/V変換器10の増幅器6の持つノイズ成分が増幅されてS/N比が悪くなるのを避けるためである。通常のZ動をフィードバックしながら凹凸像を得る時には、スイッチ24を切ってコンデンサ容量の増加を減らし、トンネルスペクトロスコピーの測定を行う時のみにスイッチを入れる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】従来技術におけるトンネル電流検出部の図である。
【図2】本発明の実施例1における走査形プローブ顕微鏡の制御システム概略図である。
【図3】本発明の実施例2における走査形プローブ顕微鏡の制御システム概略図である。
【図4】トンネルスペクトロスコピー測定時におけるバイアス電圧の変化を示す図である。
【図5】従来技術における検出電圧の変化を示す図である。
【図6】本発明における検出電圧の変化を示す図である。
【符号の説明】
【0029】
1 探針
2 試料
3 スキャナ
4 試料ステージ
5 バイアス電圧発生回路
6 増幅器
7 検出抵抗
8 検出抵抗
9 スイッチ
10 I/V変換回路
11 対数増幅器
12 比較回路
13 基準電圧
14 積分器
15 制御装置
16 XY駆動回路
17 Z駆動回路
18 出力
19 増幅器の飽和からの回復時間
20 コンピュータ
21 反転増幅器
22 可変コンデンサ
23 浮遊容量
24 スイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に対向した探針と前記試料の間隔を固定した状態で、前記探針と前記試料間に印加するバイアス電圧を走引し、前記探針と前記試料間に流れるトンネル電流を検出して前記試料の局所領域の分析を行うトンネルスペクトロスコピー装置において、
前記バイアス電圧の極性を反転して増幅し、それを微分した信号を前記トンネル電流に加算して、前記探針と前記試料間に生じる浮遊容量による影響を打ち消すよう構成したことを特徴としたトンネルスペクトロスコピー装置。
【請求項2】
前記トンネル電流を検出する手段が増幅器及び検出抵抗を備えたI/V変換回路であり、
前記バイアス電圧の極性を反転して増幅する手段が反転増幅器であり、
前記微分する手段が前記浮遊容量に応じて可変自在である可変コンデンサを備えた微分回路である、請求項1に記載したトンネルスペクトロスコピー装置。
【請求項3】
前記探針と前記試料の相対位置を変化させ、前記探針と前記試料間の相互作用に基づいて前記試料表面の凹凸像を得る請求項1又は2に記載したトンネルスペクトロスコピー装置において、
前記トンネル電流を検出する手段と、前記バイアス電圧の極性を反転して増幅する手段及び前記微分する手段と、を接続−切離自在なスイッチ手段を備え、
凹凸像検出時には前記スイッチ手段の接続を切り離すよう構成したことを特徴としたトンネルスペクトロスコピー装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate