説明

ハースロールおよびその製造方法

【課題】優れた耐熱衝撃性を維持しながら、Mn酸化物との反応による変態を抑制できる新規なハースロールおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】ロール材10の胴周面にセラミック溶射皮膜20を有するハースロール100であって、前記セラミック溶射皮膜20は、イットリア(Y)を固溶させ部分安定化したジルコニア(ZrO)の粉末を溶射し、その表面にイットリア(Y)を含浸させてなる。このようなセラミック溶射皮膜を備えることによって優れた耐熱衝撃性を維持しながら、Mn酸化物との反応による変態を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロール表面にセラミック皮膜が形成されたハースロール(熱処理炉で使用される搬送ロール)に関する。
【背景技術】
【0002】
連続焼鈍ライン(CAL)や連続溶融亜鉛メッキライン(CGL)の焼鈍炉内は、温度が600〜1300℃で酸化性または還元性の雰囲気となっており、被熱処理材である鋼板は、ハースロールで連続的に搬送されながら焼鈍される。そのため、このような焼鈍炉内に配設されるハースロールは、ロール周面に摩耗が生じたり、温度の上昇および降下過程で熱応力を受ける。
また、焼鈍過程で鋼板に含まれるマンガン(Mn)やケイ素(Si)などの酸化され易い元素が表面に濃化して酸化物を形成し、これらの酸化物が、ハースロール表面に凝着して堆積し、凸状の異物(いわゆるピックアップ)が形成される場合がある。
【0003】
そして、このようにしてハースロール周面に摩耗やピックアップに伴う凹凸が発生すると、鋼板がハースロールで搬送されている間に鋼板表面に疵がついて品質低下の原因になるため、これを防止する必要がある。
以下の特許文献1には、イットリア(Y)が4〜25wt%で残部が実質的にジルコニア(ZrO)であるセラミック皮膜を連続焼鈍炉のハースロールに溶射により形成することで、ハースロールの高温耐摩耗性を向上させ、酸化物がロールの表面(ロール周面)に凝着して堆積することを防止できると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭61−124534号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記特許文献1に示すような方法では、合金元素として多量のマンガン(Mn)を含有する高張力鋼板の場合、鋼板表面に濃化したマンガン(Mn)がハースロール表面に付着して拡散する。このため、Mn拡散領域でジルコニアの立方晶および正方晶安定化元素であるイットリウム(Y)濃度が低下して、立方晶から正方晶、正方晶から単斜晶への変態が促進される。この結晶変態に伴う体積変化(正方晶→単斜晶で約4%の体積増加)によってハースロール表面に形成されたジルコニア皮膜には高い圧縮応力が負荷され、その結果、皮膜が破壊されるおそれがあるため、これを防止する必要がある。
そこで、本発明はこの課題を解決するために案出されたものであり、その目的は合金元素として多量のマンガンを含有する高張力鋼板を搬送する場合であっても、ハースロールのロール周面に形成されたジルコニア皮膜が破壊されることがない新規なハースロールおよびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために本発明は、イットリア(Y)を固溶させ部分安定化したジルコニア(ZrO)の粉末の溶射によってロール材の胴周面部分に部分安定化ジルコニアを含有するセラミック溶射皮膜を形成した後、封孔処理によってイットリア(Y)を含浸させたことを特徴とするハースロールを提供する。
ここで、部分安定化ジルコニアとは、正方晶ジルコニアが室温でも残存した状態を指す。そしてこの部分安定化ジルコニアは、外部応力を受けると正方晶から単射晶への変態が生じ、特に引張応力の作用によって進展する亀裂の成長を抑制し、高い破壊靱性を持つ。
【0007】
しかし、合金元素として多量のマンガン(Mn)を含有する高張力鋼板を、部分安定化したジルコニアを主体とするセラミック溶射皮膜を被覆したハースロールで搬送すると、ロール表面に付着したマンガン(Mn)が、セラミック溶射皮膜内部へ拡散していきMn拡散領域ではジルコニアの正方晶安定化元素であるイットリウム(Y)濃度が低下して正方晶から単斜晶への変態が促進される。そして、このような変態が生じた場合には、体積膨張によってセラミック溶射皮膜に大きな圧縮応力が作用し、その結果剥離が生じる。
【0008】
したがって、セラミック溶射皮膜の剥離を防止するためには、ジルコニア(ZrO)の相変態を抑制することが有効である。この相変態を抑制する手法としては、正方晶安定化剤であるイットリア(Y)の含有量を多くすることによってジルコニア(ZrO)の安定化を強くする方法が考えられる。しかし、イットリア(Y)の線膨張係数はジルコニア(ZrO)に比べて小さいため、含有量が大きくなるにつれて皮膜の線膨張係数が小さくなり、鉄系基材との線膨張係数差が大きくなる。この結果、炉内の昇降温過程で発生する熱応力が大きくなってしまい、耐熱衝撃特性が劣化してしまう。
【0009】
本発明のハースロールでは、セラミック溶射皮膜成分のイットリア(Y)含有量を上げるのではなく、イットリア(Y)を封孔処理により皮膜表層部近傍に含浸させたものである。これによって、マンガン(Mn)進入サイトとなるセラミック溶射皮膜のクラックを埋めるのと同時に正方晶安定化元素であるイットリア(Y)の濃度が皮膜表層部では高い状態が維持されるため、セラミック溶射皮膜を構成するジルコニアが単斜晶に変態し難くなってそのセラミック溶射皮膜の破壊を防止することができる。
【0010】
さらに基材と接合する界面近傍の線膨張係数は、セラミック溶射皮膜成分のイットリア(Y)含有量を上げる場合と比較して大きく、耐熱衝撃性の劣化を防ぐことが可能となり、溶射する粉末のイットリア(Y)含有量を耐熱衝撃性に優れた成分とすることで十分な熱衝撃性を確保することができる。具体的には、ジルコニア粉末に固溶させるイットリア(Y)含有量としては8〜10質量%であることが好ましい。すなわち、8質量%未満では、ジルコニア(ZrO)の相変態を十分に抑制することが困難であり、反対に10質量%を超えると基材と接合する界面近傍の線膨張係数が小さくなって耐熱衝撃性が劣化するからである。
【0011】
一方で、溶射皮膜へ封孔処理を施すことは従来から知られており、例えば特開昭63−100169号公報には、熱処理用ハースロール表面にCoCrAlY−8wt%Y、ZrSiO等の溶射皮膜を形成した後に、無水ケイ酸(SiO)を含浸させる方法が開示されている。また、特開平10−18052号公報には、金属製基材上に金蔵あるいは合金皮膜を形成した後に、リン酸とクロム酸を主成分とする水溶液を塗布、スプレーもしくはその水溶液中に浸漬し、その後400超〜550℃、0.3〜3時間程度加熱することによって生成させたガラス質酸化クロム微粒子(Cr)を充填する封孔処理方法が開示されている。
【0012】
しかしながら、これらの封孔処理をジルコニア溶射皮膜に適用した場合、封孔処理剤と皮膜の線膨張係数差が大きい場合には、逆に耐熱衝撃性を劣化させる。つまり、ジルコニア(ZrO)の20〜1000℃における平均熱膨張係数は11.8×10−6(1/℃)程度であり、それに対し無水ケイ酸(SiO)は0.5×10−6(1/℃)、ガラス質酸化クロム微粒子(Cr)は7.5×10−6(1/℃)と小さく、封孔処理によって却って耐熱衝撃性が劣化する。
一方、イットリア(Y)の線膨張係数は、8.9×10−6(1/℃)と最もジルコニア(ZrO)に近く、熱衝撃性の劣化が最も小さい。さらに前述したように基材と接合する界面近傍の皮膜の線膨張係数は、皮膜全体のイットリア(Y)含有量を耐熱衝撃性に優れた成分とすることで十分な熱衝撃性を確保することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明のハースロールによれば、合金元素として多量のマンガン(Mn)を含有する高張力鋼板を搬送する場合であっても、ロール周面に形成されたセラミック皮膜が破壊され難いため、優れた耐久性、長寿命を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係るハースロール100の実施の一形態を示す部分拡大断面図である。
【図2】熱処理条件(温度パターン)を示すグラフ図である。
【図3】表1に示す各サンプルの単斜晶比率と熱処理累積時間との関係を示すグラフ図である。
【図4】表1に示す各サンプルの耐熱衝撃性を比較したグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を添付図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明に係るハースロール100の実施の一形態を示したものであり、そのハースロール100の表層部分の構成を示した部分拡大断面図である。
図示するように、このハースロール100は、SUSなどの鉄系材料からなるロール材10の胴周面部分に、イットリア(Y)を固溶させ部分安定化したジルコニア(ZrO)の粉末を溶射して部分安定化ジルコニアを主体とするセラミック溶射皮膜20を形成した後、封孔処理によってこのセラミック溶射皮膜20にイットリア(Y)を含浸させてなるものである。
【0016】
そして、このような構成をした本発明のハースロール100にあって、次述する実施例で実証するように合金元素として多量のマンガン(Mn)を含有する高張力鋼板を搬送する場合であってもロール材10の周面に形成されたセラミック溶射皮膜(ジルコニア皮膜)20が破壊され難くなるため、優れた耐久性、長寿命を発揮することができる。
以下、本発明の具体的実施例を説明する。
(実施例1)
縦50mm×横50mm×厚さ10mmのSUS304からなる板材を基材とし、その表面に中間層として厚さ100μmのCoCrAlYからなる相をプラズマ溶射により形成した。その上に以下の表1で示される8種類の組成のジルコニア粉末(サンプルNo1〜No8)を溶射することにより、厚さ150μmのジルコニア皮膜(セラミック溶射皮膜)を形成した。
【0017】
ここで表1に示すサンプルNo1ではジルコニア粉末におけるイットリア(Y)含有量を6質量%、サンプルNo2では8質量%、サンプルNo3では10質量%、サンプルNo4では12質量%、サンプルNo5では20質量%というように徐々に増やしている。また、サンプルNo6ではイットリア(Y)含有量8質量%のジルコニア粉末で溶射した後に、リン酸とクロム酸を主成分とする水溶液を塗布後、500℃×1時間の加熱をすることによってCrを生成させて封孔処理を実施している。さらにサンプルNo7,No8では、それぞれイットリア(Y)含有量8質量%、10質量%のジルコニア粉末で溶射した後に、アルコール系溶剤中にイットリア(Y)粉末を含ませた封孔材を塗布して含浸させ、その後に乾燥することで封孔処理を実施している。
【0018】
【表1】

【0019】
次に、このようにして得られた各サンプル(ジルコニア皮膜)のMn酸化物との反応による変態の生じ易さを調べるため、各サンプルのジルコニア皮膜上にMnO粉末を載せて熱処理を行った。この熱処理は窒素雰囲気中で図2に示すような温度パターンで5回行った。
そして、試験前と熱処理が1回終了するたびに各ジルコニア皮膜の相構造をX線解析で調べ、正方晶系ジルコニアの単斜晶への進行度合い(単斜晶比率:Xm)を下記の式(1)で算出した。試験後に単斜晶が生じている量(単斜晶比率)が多いほど耐Mn反応性に劣り、早期に皮膜に亀裂や剥離が生じ易くなる。
【0020】
【数1】

【0021】
その結果を図3のグラフに単斜晶比率(%)と累積熱処理時間(hr)との関係で示す。
このグラフから分かるように、イットリア(Y)含有量が12質量%以上のサンプルNo4、No5では単斜晶比率に変化はみられず、変態が生じていないことが分かる。これに対しイットリア(Y)含有量が10質量%以下のサンプルNo1〜No3では熱処理時間の増加に伴い単斜晶比率は増加し、イットリア(Y)含有量が小さいほど単斜晶比率は大きくなって変態が進行しているのが分かる。
また、封孔処理を施したサンプルNo6〜No8では、熱処理時間の増加に伴い、単斜晶比率の増加はみられるものの封孔処理無しのものと比較して単斜晶比率は大きく低下しており、変態抑制効果が得られていることが分かる。
【0022】
次に、各サンプルの熱衝撃特性を調べる試験を行った。
表1に示した8種類の各サンプルを大気中で1000℃まで加熱した後、水中に入れて急冷する処置を繰り返し、ジルコニア皮膜に剥離が生じるまでの繰返し数を調べてこの回数を「剥離までの熱サイクル数」とした。剥離が発生するまでの熱サイクル数が多いほど耐熱衝撃性に優れている。
その結果を図4のグラフで示す。
このグラフからも分かるようにイットリア(Y)含有量が多くなるほど熱衝撃性は劣化することが分かる。実機操業可能な熱衝撃サイクル数の目安は10回超えであり、前記の変態抑制効果が大きかったイットリア(Y)含有量が12質量%以上では熱衝撃性の観点で問題が生じる。
【0023】
一方、封孔処理を施したサンプルNo6〜No8のうち、Crで封孔処理を行ったサンプルNo6は極端に熱衝撃性が悪化し、実機適用は困難であるが、イットリア(Y)で封孔処理を行ったサンプルNo7,No8では熱衝撃性の大きな劣化は確認されなかった。
表1に各サンプルのMnOとの反応性評価試験結果として初期と5回目の熱処理後の単斜晶比率変化ΔXm(%)、耐熱衝撃試験の結果として剥離までの熱サイクル数をまとめた。本発明に対応するサンプルNo7,No8は、8〜10質量%のイットリア(Y)を固溶させたジルコニア粉末で溶射を行った後、イットリア(Y)による封孔処理を行ったものであり、いずれも優れた耐熱衝撃性を維持しながらMn酸化物との反応による変態を抑制できることが分かる。
【0024】
(実施例2)
連続焼鈍ライン用のハースロールとして、(1)直径φ900mm、肉厚28mmの中空ロールに中間層としてCoCrAlYを100μm、TopコートとしてZrO−8wt%Yを150μm溶射施工したロール(従来技術1)と、(2)TopコートとしてZrO−12wt%Yを150μm溶射施工したロール(従来技術2)と、(3)TopコートとしてZrO−8wt%Yを150μm溶射施工した後に封孔処理でYを含浸させたロール(本発明)とを用いて実際の連続焼鈍ラインでのテストを実施した。
【0025】
ハースロールを適用した位置での操業条件は炉温800〜850℃、雰囲気3%H2−N2、露点−40℃であり、3ヶ月間の連続操業を行い、その後に炉開放を行って各ハースロール表面の点検を行った。
この結果、いずれのハースロールにおいてもピックアップの発生は観察されなかったが、剥離状態に差が生じた。
以下の表2はそのときの観察結果をまとめたものである。この表からも分かるように封孔処理を実施していない従来技術1,2に対応するハースロールではいずれも皮膜の剥離が観察されたが、本発明に対応するハースロールでは、皮膜は剥離せず、本発明の有効性が確認された。
【0026】
【表2】

【符号の説明】
【0027】
100…ハースロール
10…ロール材
20…セラミック溶射皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロール材の胴周面にセラミック溶射皮膜を有するハースロールであって、
前記セラミック溶射皮膜は、イットリア(Y)を固溶させ部分安定化したジルコニア(ZrO)の粉末を溶射し、その表面にイットリア(Y)を含浸させてなることを特徴とするハースロール。
【請求項2】
前記ジルコニア(ZrO)の粉末に固溶させるイットリア(Y)の含有率が、8〜10質量%であることを特徴とする請求項1に記載のハースロール。
【請求項3】
ロール材の胴周面部分に、イットリア(Y)を固溶させ部分安定化したジルコニア(ZrO)の粉末を溶射して部分安定化ジルコニアを含有するセラミック溶射皮膜を形成する工程と、
当該工程によって形成された前記セラミック溶射皮膜に、封孔処理によってイットリア(Y)を含浸させる工程と、を含むことを特徴とするハースロールの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2011−6729(P2011−6729A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−149742(P2009−149742)
【出願日】平成21年6月24日(2009.6.24)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】