説明

ヒト軟骨細胞形質維持因子

【課題】本発明の目的は、軟骨変性の進行抑制および軟骨形成維持に効果があり、軟骨変性疾患の根本療法に有用な技術を提供することである。
【解決手段】インテグリン遺伝子発現抑制物を、ヒト軟骨細胞形質維持剤の有効成分として使用する。特に、インテグリン遺伝子発現抑制物として、インテグリン遺伝子に対するsiRNAを使用し、ヒト軟骨細胞形質維持剤の有効成分とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インテグリン阻害物質を有効成分とするヒト軟骨細胞形質維持剤に関する。また、本発明は、単層のヒト軟骨細胞において、インテグリン遺伝子の発現を阻害してヒト軟骨細胞形質維持作用発揮する物質をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軟骨は軟骨細胞と軟骨基質で構成されている。この軟骨基質は、主として高分子のプロテオグリカンであるアグリカンとII型コラーゲンでできており、細胞外マトリックスの主要成分を構成する。プロテオグリカンは、一本の芯となる蛋白質にコンドロイチン硫酸やケタラン硫酸などのグリコサミノグリカンが結合した糖蛋白質からなり、また、II型コラーゲンは、線維性コラーゲンであり、支持体としての役割の他、軟骨細胞の進展、増殖および分化を決定する重要な役割を演じているとされている。コラーゲンは前記II型コラーゲンの他、骨に大量に含まれているI型コラーゲン、細胞などの足場を作っているIII型コラーゲン、基底膜に多く含まれるIV型コラーゲンなどがある。
【0003】
これらアグリカンとII型コラーゲンの遺伝子の発現増加は、成熟軟骨細胞マーカーとして当業界に認識されている。
【0004】
一方、軟骨変性疾患としては、変形性関節症、軟骨軟化症、離断性骨軟骨炎、関節リウマチなどの軟骨変性を伴う病気があり、これらの疾患の治療には、抗炎症剤の投与、理学療法(リハビリ)、骨切り術、人工関節置換術などが採用されている。しかしながら、これらの治療方法は、いずれも対処的な治療法であり軟骨が疲弊して、減少した軟骨基質を回復させることを第一の目的とした根本治療法ではない。
【0005】
近年、軟骨変性疾患に対しては、モザイク形成術、Autologous Chondrocyte Transplantatonという自家軟骨を移植する手術が行われるようになってきたが、その成績はまだ芳しくない。その原因は、移植された軟骨が、硝子軟骨ではなく、線維軟骨を形成する故とされている(硝子軟骨は関節の軟骨の事、線維軟骨は脊椎の椎間板で線維成分が多い、この他に耳介の弾性軟骨がある)。
【0006】
また、軟骨の再生医療も徐々に試みられているが、問題点は、同様に軟骨細胞としての形質が維持できずに脱分化してしまうこととされている。この問題点は、分離した軟骨細胞が通常の培養法では脱分化を起こしてしまうこと、あるいは、移植した軟骨細胞の脱分化が関節軟骨の変性部分で起こってしまうことに起因していることが分かっている。軟骨細胞の脱分化はペレット培養、高密度培養、足場(scaffold)の工夫などである程度抑えることが可能であるが、この脱分化を抑制し移植に十分な軟骨細胞を提供する方法、あるいは、関節軟骨の脱分化を抑制して軟骨基質の産生を維持することができ、根本療法に繋がる薬剤の開発が望まれている。
【0007】
これまでに、軟骨基質合成を促進する物質(軟骨同化プロセスを促進する物質)として、抗炎症性物質(IL-1アンタゴニスト、TGF-β、IGF-1、FGF、BMP-2)が知られており、また、軟骨基質分解を阻害する物質(軟骨異化プロセスを阻害する物質)として、IL-1レセプターアンタゴニスト、TNF-αレセプターアンタゴニスト、MAPキナーゼ阻害剤、COX阻害剤、細胞接着分子などが知られている。また、軟骨基質の形成または維持に関連する作用として、I型コラゲナーゼ遊離抑制、プロテオグリカン遊離抑制、プロテオグリカン合成促進、II型コラゲナーゼ合成促進などが知られており、これらの作用を有する物質が、軟骨破壊抑制、軟骨形成促進、軟骨細胞分化誘導などを目的とした軟骨疾患の治療予防剤として有用であることが知られている(特許文献1および2参照)。
【0008】
一方、上記軟骨基質分解を阻害する物質として例示された細胞接着分子には、インテグリンが含まれている。インテグリンは、化学構造の異なる細胞表面受容体で細胞接着、組織の炎症、粘着神経細胞の分化、癌細胞転移に関与しており、その多くはフィブロネクチン、ビトロネクチン、フィブリノーゲンなどの細胞外蛋白質に見られるArg-Gly-Aspからなるアミノ酸配列のトリペプチド(RGD)に結合する細胞外ドメインを有する。インテグリンは、非共有結合したαおよびβポリペプチドサブユニットによって構成されるヘテロダイマーであり、少なくとも17の異なるαサブユニット(1〜11、D,E,L,M,V,X)と少なくとも8つの異なるβサブユニット(1〜8)が同定されている。種々のαサブユニットと種々のβサブユニットとが組み合わさって、異質のインテグリンを形成する。VLAにはVLA1〜6があり、それぞれのαサブユニットは、インテグリンα1〜6、インテグリンβ1はVLAを構成し、例えばインテグリンα5と共にVLA−5を形成する。中でも、インテグリンα5β1およびインテグリンα4β1はフィブロネクチンの受容体であり、細胞表面のフィブロネクチン線維形成に必要とされている。
【0009】
また、インテグリンα1β1とインテグリンα2β2は、コラーゲン受容体として知られている。インテグリンαvβ3は、ビトロネクチンレセプターとして知られ、腫瘍転移、固形腫瘍成育、骨粗鬆症、腫瘍脈管形成、関節炎において役割を演ずるインテグリンとされ、オステオポンチンなどの受容体で細胞遊走に必須と考えられている。インテグリンαvβ5は、ビトロネクチン受容体とも呼ばれ、新生血管形成において役割を演ずるインテグリンとされる。
【0010】
従来、インテグリンαvβ5に対するモノクローナル抗体が脈管形成を阻害することが報告されており、これらインテグリンαvβ3、インテグリンαvβ5のアンタゴニストは、脈管形成、腫瘍転移、腫瘍成育、糖尿病網膜症、黄斑変性、アテローム性動脈硬化症および骨粗しょう症の治療または予防剤としての可能性が報告されている(特許文献3参照)。また、スルホンアミド化合物を有効成分とするインテグリン発現阻害剤が動脈硬化症、乾癬、癌、骨粗しょう症、網膜血管新生症、糖尿病網膜症などの炎症性疾患、癌転移抑制、血管新生阻害等の治療剤として有効であることも知られている(特許文献4参照)。
【0011】
一方、(1)ヒト関節軟骨細胞におけるフィブロネクチンやII型コラーゲンとの接着はインテグリン抗体により阻害されること(非特許文献1参照)、(2)ヒト関節軟骨細胞が各種軟骨基質(ECM:II型コラーゲン、アグリカン)に対して接着能を有し、フィブロネクチンに対する接着は、抗インテグリンα5抗体および抗インテグリンβ1抗体で阻害されること(非特許文献2参照)、および(3)TGF-βがVAL-5(α5β1)の発現を上昇させ、フィブロネクチンに対する上昇した粘着をもたらすこと(非特許文献3参照)、等も報告されている。
【0012】
また、インテグリンβ1の阻害がII型コラーゲンに対する軟骨細胞接着を阻止することを確認し、軟骨細胞増加とプロテオグリカン合成のTGF-β刺激を否定的に調節することについても報告されている(非特許文献4参照)。
【0013】
更に、インテグリン発現およびII型コラーゲンが単層培養における軟骨細胞形状の維持に関わりあっていることについて、(1)単層培養において、軟骨細胞がII型コラーゲンとフィブロネクチンを産生し、培養期間中を通じて、細胞膜上に特異的表面レセプター(インテグリンβ1グループ)を発現すること、および(2)インテグリンβ1抗体による処理がII型コラーゲン上軟骨細胞粘着を明確に低下させること、から明らかにされている(非特許文献5)。
【0014】
このように、従来技術からは、軟骨細胞におけるインテグリンの産生(発現)が報告され、インテグリンに対する抗体により、軟骨細胞に対するII型コラーゲンやフィブロネクチンの接着を抑制することから、軟骨細胞における特定のサブクラスのインテグリンの産生が、軟骨基質との関係において軟骨分化に対して重要であることが示唆されている。それ故、インテグリン遺伝子の発現抑制は、軟骨細胞の形質維持に対しては相反する作用であると考えられていた。
【非特許文献1】Loeser RF, Arthritis Rheum. 1993;36:1103-10.
【非特許文献2】米沢ら,現代医療, 1996;28(9): 129-133.
【非特許文献3】Lee, G.M. & Loeser, R.F., Cells and Materials., 1998;8;135-149.
【非特許文献4】Scully SP, et al. Clin Orthop Relat Res. 2001;(391 Suppl):S72-89.
【非特許文献5】Shakibaei M, et al. Cell Biol Int. 1997;21(2):115-25.
【特許文献1】国際公開第2002/42448号パンフレット
【特許文献2】特開2000-72678号公報
【特許文献3】特表2004-513953号公報
【特許文献4】国際公開第01/056607号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、軟骨変性の進行抑制および軟骨形成維持に効果があり、軟骨変性疾患の根本療法に有用な技術を提供することを目的とする。具体的には、本発明の目的は、ヒト軟骨細胞形質維持剤、ヒト軟骨細胞の増殖方法、ヒト軟骨細胞形質維持作用または軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質のスクリーニング方法、および該スクリーニングに使用されるキットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意検討を行ったところ、従来の報告とは異なり、軟骨細胞の単層培養液中においてインテグリンを阻害することによって、1)軟骨細胞の脱分化を抑制できる、2)軟骨マトリックス遺伝子の発現を調整できる、3)軟骨形質のタンパク質を維持できることを見出し、インテグリン遺伝子発現抑制物がヒト軟骨細胞の形質を維持するのに有用であるという知見を得た。更に、インテグリンの生成を阻害した細胞、またはインテグリンのシグナルが細胞内に伝わらないようにした細胞を、軟骨欠損部に移植し、軟骨基質の維持を図ることにより、軟骨の再生医療が可能になることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0017】
即ち、本発明は、以下に掲げる内容の発明である:
項1. インテグリン遺伝子発現抑制物を有効成分とすることを特徴とする、ヒト軟骨細胞形質維持剤。
項2. 以下の(a)および/または(b)の作用を有する、項1に記載のヒト軟骨細胞形質維持剤:
(a)I型コラーゲン遺伝子および/または、III型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する、
(b)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させる。
項3. インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンα5β1、インテグリンαvβ5、およびインテグリンαvβ3よりなる群から選択される少なくとも1種のインテグリンの生成を抑制するものである、項1または2に記載のヒト軟骨細胞形質維持剤。
項4. インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子に対するsiRNAである、項3に記載のヒト軟骨細胞形質維持剤。
項5. インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンα5β1の生成を抑制するものである、項3のヒト軟骨細胞形質維持剤。
項6. インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンα5遺伝子に相補的配列である、配列番号1または2で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、および/またはインテグリンβ1遺伝子に相補的配列である、配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドである、項5に記載のヒト軟骨細胞形質維持剤。
項7. インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンαvβ5の生成を抑制するものである、項3のヒト軟骨細胞形質維持剤。
項8. インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンαv遺伝子に相補的配列である、配列番号4〜6のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、および/またはインテグリンβ5遺伝子に相補的配列である、配列番号7または8で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドである、項7のヒト軟骨細胞形質維持剤。
項9. 以下の(i)〜(iv)のいずれかの作用を有する、項1乃至8のいずれかに記載のヒト軟骨細胞形質維持剤:
(i)インテグリン遺伝子の発現を抑制するか、またはインテグリンのシグナル伝達を抑制することにより、軟骨変性(軟骨細胞の脱分化)の進行を抑制する、
(ii)軟骨細胞の分化を維持する、
(iii)変性軟骨を正常軟骨組織に修復する、
(iv)軟骨形質の蛋白質を維持する、
(v)軟骨形質遺伝子発現を維持(軟骨細胞の分化維持)する。
項10. 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に投与される、項1乃至9のいずれかに記載のヒト軟骨細胞形質維持剤。
項11. 軟骨マトリックス遺伝子発現調整剤である、項1乃至10のいずれかに記載のヒト軟骨細胞形質維持剤。
項12. 項1乃至11のいずれかに記載のヒト軟骨細胞形質維持剤と軟骨細胞とを共存させて培養することにより、増殖した軟骨細胞を得ることを特徴とする軟骨細胞の増殖方法。
項13. 軟骨細胞の増殖と共に軟骨マトリックス分子が増加した軟骨細胞を得ることを特徴とする、項12に記載の軟骨細胞の増殖方法。
項14. 増殖した前記軟骨細胞が、軟骨細胞移植に用いるためのものである、項12または13に記載の軟骨細胞の増殖方法。
項15. 前記軟骨細胞移植が、自家軟骨細胞移植である、項14に記載の軟骨細胞の増殖方法。
項16. 項1乃至11のいずれかに記載のヒト軟骨細胞形質維持剤を、単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に添加することを特徴とする、ヒト軟骨細胞形質維持方法。
項17. 以下の(vi)〜(x)のいずれかに記載の方法である、項16に記載のヒト軟骨細胞形質維持方法:
(vi)インテグリンの発現を抑制するか、またはインテグリンのシグナル伝達を抑制することにより、軟骨変性(軟骨細胞の脱分化)の進行を抑制する方法、
(vii)軟骨細胞の分化を維持する方法、
(viii)変性軟骨を正常軟骨組織に修復する方法、
(ix)軟骨形質の蛋白質を維持する方法、
(x)軟骨形質遺伝子発現を維持(軟骨細胞の分化維持)する方法。
項18. 以下の(1)〜(5)の工程を含む、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング方法:
(1) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に候補物質を添加する工程、
(2) 候補物質存在下および非存在下におけるインテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現の程度を測定する工程、
(3) 前記工程(2)において、前記遺伝子発現を抑制した候補物質について、さらに工程(1)の培養液においてI型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現の程度を測定する工程、
(4) 前記工程(3)において、以下の(a)および/または(b)の作用を有する物質を、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質として選択する工程:
(a)I型コラーゲン遺伝子および/またはIII型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する、
(b)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させる。
項19. 以下の(1)〜(5)の工程を含む、軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質のスクリーニング方法:
(1) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に候補物質を添加する工程、
(2) 候補物質存在下および非存在下におけるインテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現の程度を測定する工程、
(3) 前記工程(2)において、前記遺伝子発現を抑制した候補物質について、さらに工程(1)の培養液においてI型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現の程度を測定する工程、
(4) 前記工程(3)において、以下の(a)および/または(b)の作用を有する物質を、ヒト軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質として選択する工程:
(a)I型コラーゲン遺伝子および/またはIII型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する、
(b)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させる。
項20.少なくとも以下の(a)〜(e)のコンポーネントを含む、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング用キット:
(a) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液、
(b) インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(c) 各I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(d) PCR反応試薬、
(e) 上記各遺伝子発現検出用試薬。
項21.少なくとも以下の(a)〜(e)のコンポーネントを含む、軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質のスクリーニング用キット:
(a) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液、
(b) インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(c) 各I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(d) PCR反応試薬、
(e) 上記各遺伝子発現検出用試薬。
【発明の効果】
【0018】
本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤によれば、イン・ビボ(in vivo)で軟骨組織に直接投与することによって軟骨細胞の分化形質を維持する薬剤、あるいはエキス・ビボ(ex vivo)で軟骨細胞を培養する際、培地に添加する物質(アジュバント)として用いることによって、軟骨細胞の分化形質を維持する薬剤を提供することができる。
【0019】
また、本発明によれば、ヒト膝関節部等の体内にある軟骨細胞に対して直接的に投与されて、軟骨細胞の分化形質を維持する(脱分化を抑制する)医薬製剤、または軟骨マトリックス遺伝子発現を調整する医薬製剤を提供することができる。
【0020】
即ち、本発明によれば、成熟した軟骨細胞の分化形質を維持することが可能であり、また軟骨細胞移植にアジュバントとしても使用可能なヒト軟骨細胞形質維持剤が提供される。
【0021】
本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、脱分化を起した軟骨の変性部において、軟骨細胞の脱分化を抑制することによって軟骨の変性を抑制できるので、関節変形を防止する関節軟骨変性抑制剤として使用できる点においても利点がある。これに加えて、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、間葉系前駆細胞の軟骨分化を誘導、あるいは成熟した軟骨細胞の分化形質を促進することが可能な軟骨修復剤としても有用である。
【0022】
更に、本発明よれば、従来に無い新たな視点から見出された、ヒト軟骨細胞形質維持作用または軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質のスクリーニング方法ならびにその測定用キットが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本明細書におけるアミノ酸、ペプチド、塩基配列、核酸などの略号による表示は、IUPAC-IUBの規定〔IUPAC-IUB Communication on Biological Nomenclature, IUPAC-IUB Joint Commission on Biochemical Nomenclature (JCBN). Eur J Biochem. 1984;138(1):9-37.〕、「塩基配列またはアミノ酸配列を含む明細書等の作成のためのガイドライン」(特許庁編)および当該分野における慣用記号に従うものとする。
【0024】
また、DNAの合成、外因性遺伝子を含有するベクター(発現ベクター)の製造、該ベクターによって形質転換された宿主細胞および宿主細胞が分泌する発現蛋白の製造方法などは、一般的遺伝子工学的手法により容易に製造・取得することができる〔Molecular Cloning. 2nd ed. Cold Spring Harbor Lab Press; 1989;続生化学実験講座「遺伝子研究法I、II、III」、日本生化学会編(1986)など参照〕。
【0025】
また、各種態様の本発明の実施においては、特記しないかぎり、化学、分子生物学、微生物学、組換えDNA、遺伝学、および免疫学の慣用的な方法を用いることができる。これらは、例えばマニアティス(Maniatis T, et al. Molecular Cloning. A Laboratory manual. New York: Cold Spring Harbor Lab Press; 1982、サムブルック(Sambrook J, et al. Molecular A Laboratory manual. 2nd ed. New York: Cold Spring Harbor Lab Press; 1981、アウスベル(Ausbel FM, et al. Current Protocols in Molecular Biology. New York: John Wiley and Sons; 1992、グローバー(Glover D. DNA Cloning, I and II. Oxford Press; 1985、アナンド(Anand. Techniques for the Analysis of Complex Genomes. Academic Press; 1992、グスリー(Guthrie G, et al. Guide to Yeast Genetics and Molecular Biology. Academic Press; 1991およびフィンクFink DJ, et al. Hum Gene Ther. 1992;3(1):11-9.) に記載されている。
【0026】
インテグリンは、非共有結合したαおよびβポリペプチドサブユニットによって構成されるヘテロダイマーである。当該αサブユニットには、α5やαvを初めとして11種のポリペプチドがある。また、当該βサブユニットには、β1、β3およびβ5を初めとして6種のポリペプチドある。本発明において、インテグリン遺伝子とは、上記αまたはβサブユニットを構成するポリペプチドをコードする遺伝子のことであり、当該インテグリン遺伝子として、具体的には、インテグリンα5遺伝子(インテグリンのα5サブユニットをコードする遺伝子;Integrin α5: GenBank Accession No.NM_002205)、インテグリンαv遺伝子(インテグリンのαvサブユニットをコードする遺伝子;Integrin αv: GenBank Accession No. NM_002210)、インテグリンβ1遺伝子(インテグリンのβ1サブユニットをコードする遺伝子;Integrinβ1: GenBank Accession No. NM_002211)、インテグリンβ3遺伝子(インテグリンのβ3サブユニットをコードする遺伝子;Integrinβ3: GenBank Accession No. NM_000212)、インテグリンβ5遺伝子(インテグリンのβ5サブユニットをコードする遺伝子;Integrinβ5: GenBank Accession No. NM_002213)などの遺伝子が含まれる。
【0027】
本発明において、インテグリンα5β1とは、α5サブユニットとβ1サブユニットのヘテロダイマー;インテグリンαvβ5とは、αvサブユニットとβ5サブユニットのヘテロダイマー;およびインテグリンαvβ3とは、αvサブユニットとβ3サブユニットのヘテロダイマーのことである。
【0028】
また、本発明において、マトリックス遺伝子とは、I型コラーゲン遺伝子(COL1A1:GenBank Accession No. NM_000088, COL1A2: GenBank Accession No. NM_000089)、II型コラーゲン遺伝子(COL2A1: GenBank Accession No. NM_001844, NM_033150)、III型コラーゲン遺伝子(COL3A1: GenBank Accession No. NM_000090)およびアグリカン遺伝子(AGC1: GenBank Accession No. NM_001135, NM_013227)をいう。
【0029】
本発明において「ヒト軟骨細胞形質維持」とは、ヒト軟骨細胞の分化形質が維持されることである。ヒト軟骨細胞の形質が維持されていることについては、軟骨基質を形成する主要な蛋白であるII型コラーゲンやアグリカンの遺伝子の発現上昇、または維持、あるいはII型コラーゲンやアグリカンの産生増加または維持、トルイジンブルーやサフラニンOによる異染色性(メタクロマジー)による軟骨細胞の染色強度の上昇により確認することができる。
【0030】
1.ヒト軟骨細胞形質維持剤
本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、インテグリン遺伝子発現抑制物を有効成分とすることを特徴とするものである。本発明で使用されるインテグリン遺伝子発現抑制物は、ヒト軟骨細胞のインテグリン遺伝子の発現を抑制できる限り特に制限されず、インテグリン遺伝子の転写を阻害するものであってもよく、またインテグリン遺伝子の翻訳を阻害するものであってもよい。ヒト軟骨細胞において、インテグリン遺伝子の発現を抑制することにより、以下の(a)および/または(b)の作用が発現され、ヒト軟骨細胞の形質維持が可能なる。
(a)I型コラーゲン遺伝子および/または、III型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する。
(b)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させる。
【0031】
また、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤で使用されるインテグリン遺伝子発現抑制物は、以下の(i)〜(iv)のいずれかの作用を有する
(i)インテグリン遺伝子の発現を抑制するか、またはインテグリンのシグナル伝達を抑制することにより、軟骨変性(軟骨細胞の脱分化)の進行を抑制する、
(ii)軟骨細胞の分化を維持する、
(iii)変性軟骨を正常軟骨組織に修復する、
(iv)軟骨形質の蛋白質を維持する、
(v)軟骨形質遺伝子発現を維持(軟骨細胞の分化維持)する。
【0032】
本発明で使用されるインテグリン遺伝子発現抑制物は、上記(a)および/または(b)の作用が発現可能になることを限度として特に制限されないが、好ましい例として、ヒト軟骨細胞において、イングリンα5β1、インテグリンαvβ5、および/またはインテグリンαvβ3の生成を阻害(抑制)できるものが挙げられる。
【0033】
具体的には、インテグリン遺伝子発現抑制物として、インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子の1種または2種以上のインテグリン遺伝子の発現を抑制できるものが例示される。
【0034】
また、インテグリン遺伝子発現抑制物として、上記インテグリン遺伝子に対するアンチセンスDNA、アンチセンスRNAおよびsiRNA(small interfering RNA)が例示され、好適にはsiRNAが例示される。
【0035】
上記インテグリン遺伝子に対するsiRNAの一例としては、上記インテグリン遺伝子のmRNAと相補的なポリヌクレオチド配列からなる一本鎖ポリヌクレオチド(以下、インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列と表記する)が例示できる。
【0036】
本発明において、前記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列は、前記各インテグリン遺伝子のmRNAの一部または全部の領域に対して、相補的なポリヌクレオチド配列を含んでいればよく、該相補的ポリヌクレオチド配列は、ヒト軟骨細胞内において前記各インテグリン遺伝子の発現を抑制し得る効果を有する限り、いずれの領域に対するものであってもよい。
【0037】
前記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列として標的遺伝子の相補する領域の決定は、NCBIのBLASTサーチによって実施、決定することができる。具体的には、インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列の一部または全部が相補する標的として選択されるインテグリン遺伝子領域は、該インテグリン遺伝子をコードする開始コドンから50から100塩基下流となるエキソン部位が好ましく選択され、5’および3’UTRsを避けるのがよい。また、インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列としては、標的インテグリン遺伝子の相補部位の配列に対する特異性が高いことがより好ましい。また、インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列の一例として、インテグリン遺伝子領域において、50%程度のGまたはCを含んでいるAA(N19)TTという配列領域の一部または全部に対して、相補するポリヌクレオチド配列を含んでいるものが好適に例示される。また、前記のような配列が見つからないケースでは、末端部位をAA(N21)若しくはCA(N21)として代用することもできる。
【0038】
また、前記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列はRNAであっても、DNAであってもよい。
【0039】
前記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列の塩基数としては、例えば、15〜30塩基、好ましくは18〜25塩基、より好ましくは18〜25塩基、特に好ましくは19〜21塩基のであればよい。
【0040】
また、本発明では、上記インテグリン遺伝子に対するsiRNAとして、上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列と、そのポリヌクレオチド配列に相補的なポリヌクレオチド配列を含む2本鎖ポリヌクレオチドを使用することもできる。
【0041】
上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列に相補的なポリヌクレオチド配列は、上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列より、1若しくは数塩基長程長くなっていてもよく、例えば、2塩基のウラシル(U)が付加されていてもよい。また、上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列(センス鎖)と上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列に対して相補的なポリヌクレオチド配列(前記センス鎖に対するアンチセンス鎖)は、その配列において、各インテグリン遺伝子の発現を抑制し得る効果を有する限り、いずれかが1から数塩基のU、T、G、CまたはAが少なくとも何れかの末端に有するか、内部において欠失、置換または付加していてもよい。
【0042】
更に、本発明では、上記インテグリン遺伝子に対するsiRNAとして、上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列、およびそのポリヌクレオチド配列に相補的なポリヌクレオチド配列を含み、これらの両ポリヌクレオチド配列が、ヌクレオチド配列、非ヌクレオチド配列またはこれらの組み合わせからなる調節部分(ループ部分)で連結されたものを使用することもできる。
【0043】
上記調節部分がヌクレオチド配列である場合、該ヌクレオチド配列として、1塩基以上10キロ塩基未満のヌクレオチド配列、好ましくは1塩基長から数百塩基長のヌクレオチド配列、更に好ましくは1塩基長から数十塩基長のヌクレオチド配列、特に好ましくは1塩基長から20塩基長のヌクレオチド配列、あるいはスプライシングなどの細胞に備わる機構により細胞質において上記の長さのポリヌクレオチドを生じる配列からなるヌクレオチド配列が例示できる。また、上記調節部分を構成するヌクレオチド配列は、上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列と上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列に対して相補的なポリヌクレオチド配列を含んでもよい。さらに、上記調節部分を構成するヌクレオチド配列としては、ポリA、tRNA、Usn RNA、レトロウイルス由来のCTE配列などの細胞質移行性配列;NFκβ結合配列、E2F結合配列、SSRE、NF-ATなどのデコイ活性を有する配列;アデノウイルスのVA1またはVA2 RNAなどのインターフェロン誘導抑制配列;RNase抑制活性、アンチセンス活性、リボザイム活性等を有する配列;tRNAあるいは発現部位を特定するためのマーカー配列;検出のための大腸菌での選択マーカー配列などのいずれ1つまたはそれらの2以上の組み合わせ配列であってもよい。デコイ活性等の部分的二重鎖を必要とする機能配列は相補的なヌクレオチドを含むことにより作製されてもよい。さらに調節部分の配列の内部にイントロンのドナー配列、アクセプター配列を含むスプライシングに必要な配列を備えさせ、これによりスプライシング機構を有する細胞内において、調節部分の配列の一部が切り出されて再度連結されるように設計していてもよい。これら調節部分の配列の構成により、より所望のRNA機能抑制効果を増す効果やインテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列の安定性が得られる。
【0044】
また、上記調節部分が非ヌクレオチド配列である場合、その具体例としては、ポリアミド骨格を有する核酸類似の化学合成アナログのPNA(peptide nucleic acid)を例示できる。
【0045】
そして更に、本発明では、インテグリン遺伝子発現抑制物として、上記インテグリン遺伝子に対するsiRNAの他、上記インテグリン遺伝子の転写を抑制するための上記インテグリン遺伝子に対するデコイ型核酸を使用することもできる。
【0046】
本発明で使用されるインテグリン遺伝子発現抑制物の一具体例としては、後述する実施例に示される「インテグリンα5−1」、「インテグリンα5−4」、「インテグリンαv−1」、「インテグリンαv−2」、「インテグリンαv−5」、「インテグリンβ1−1」、「インテグリンβ1−5」、「インテグリンβ5−1」、および「インテグリンβ5−2」と名付けられた標的とするインテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列から演繹されるものを挙げることができる。具体的には、「インテグリンα5−1」または「インテグリンα5−4」は、それぞれ配列番号1または2で示される塩基配列からなり、インテグリンα5遺伝子に対するsiRNAとして機能できる。「インテグリンαv−1」、「インテグリンαv−2」または「インテグリンαv−5」は、それぞれ配列番号4、5または6で示される塩基配列からなり、インテグリンαv遺伝子に対するsiRNAとして機能できる。「インテグリンβ1−1」は、配列番号3で示される塩基配列からなり、インテグリンβ1遺伝子に対するsiRNAとして機能できる。「インテグリンβ5−1」または「インテグリンβ5−2」は、それぞれ配列番号7または8で示される塩基配列からなり、インテグリンβ5遺伝子に対するsiRNAとして機能できる。
【0047】
上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列の取得方法としては、遺伝子工学的手法[Methods in Enzymology,2005;392:24-35,73-96,173-185,405-419.; Nucleic Acids Res. 1984;12:9441;続生化学実験講座1「遺伝子研究法II」、日本生化学会編,105頁(1986)など]、リン酸トリエステル法やリン酸アミダイト法などの化学合成手段[J Am Chem Soc. 1967;89(2):450-3.; J Am Chem Soc. 1967;89(26):7146-7147.]およびそれらの組合せ方法などが例示できる。これら技術は当業界において一般に用いられる方法で、当業者であれば、GenBankなどの遺伝子配列提供機関から、容易に目的とする標的とするインテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列を得て、単離または精製された一本鎖ポリヌクレオチド配列を得ることができる。また、RNAの合成は2’に水酸基を有するためDNA合成に比べて合成が難しく、その合成には2’に保護基を必要とし、生成後の脱塩・脱保護で収量が大幅に減ったり、鎖の安定性を失ったりすることも考えられるが、2’の保護にorthoester(2’-ACE)を用いることにより、安定したRNA合成を行なうことも可能で、該方法はDharmacon社の2’-ACE合成RNAオリゴヌクレオチドとして、2’を保護した後、使用時に揮発性バッファーを使用することにより、容易に脱塩・脱保護を行なうことができる(http://dharmacon.com/siRNA.html)。また、RNAの合成は市販のApplied Biosystems社製ABI3900ハイスループットDNA合成器等とともにRNA合成用試薬を用いてホスホロアミダイド法により合成することもできる。
【0048】
さらに、上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列は、ポリヌクレオチドの合成を受託している会社または部門に合成を委託することにより得ることもできる。例えば、Dharmacon Research社(Lafayette,CO,USA)、シグマ社(SIGMA社:http://www.gensetoligos.com/)、Peribio Science社(http://www.perbio.com)、ChemGenes社(http:/www.chemgenes.com)、キアゲン社(QIAGEN(https://www1.qiagen.com/)等に合成を委託することより、上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列のDNAまたはRNAを入手することができる。
【0049】
合成されたRNAまたはDNAは、PAGEまたは陰イオン交換HPLCなどで精製することができる。
【0050】
また、インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列は、遺伝子組換え技術を用いても製造することもできる。例えば一旦、目的のポリヌクレオチド配列からなる一本鎖ポリヌクレオチド配列を化学合成した後、該配列の両末端またはその外側に付加可能な任意配列(プロモータ配列、ターミネーター配列を含む)を基に、PCR用プライマーを作製し、PCRにより、該配列を2本鎖DNAとした後、増幅することができる。また前記プロモータは、インビトロ転写や大腸菌においてはT7プロモータ、真核細胞においてはCMVプロモータ、真核細胞PolIII系においてはU6プロモータ、H1プロモータなどを転写開始点に対して適切に配置でき、ターミネーターは、転写終結配列の他、自己切断型リボザイム等により、転写後産物を同部位にて切断することができる。あるいは、増幅された2本鎖DNAをその末端に付加可能な制限酵素認識サイトを利用し制限酵素的に発現ベクターに連結し、増幅して、目的とするインテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列を製造し、取得することができる。当該分野において各種プラスミドベクターへの組み込みは、技術的に今日何ら困難性はない。例えば、上記インテグリン遺伝子用ポリヌクレオチド配列を含むベクターの作製は、国際公開特許WO2003/070732号、WO2003/046186号、WO2003/006477号を参考にして製造することができる。
【0051】
本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、形質維持が必要とされる軟骨細胞中の染色体内または染色体外に導入されることにより、軟骨細胞の形質維持効果を発現させることができる。本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の軟骨細胞内への導入には、インテグリン遺伝子発現抑制物として機能する前述のポリヌクレオチド配列をPCR法で増幅させて直接細胞内に導入してもよいが、該ポリヌクレオチド配列が組み込まれたベクターを使用してもよい。
【0052】
インテグリン遺伝子発現抑制物として機能するポリヌクレオチド配列の導入のためのベクターは、当該分野において既に知られており、本発明ではかかる既知のベクターのいずれもが使用できる。例えば、発現制御エレメントに連結した「インテグリン遺伝子発現抑制物として機能するポリヌクレオチド配列」のコピーを含み、かつ目的の細胞内で当該ポリヌクレオチド配列を発現できるウイルスベクターまたはプラスミドベクターを挙げることができる。かかるベクターとして、好適には、例えば起源ベクターとして、米国特許第5,252,479号明細書およびPCT国際公開WO93/7282号明細書に開示されたベクター(pWP-7A, pwP-19, pWU-1,pWP-8A,pwP-21および/またはpRSVLなど)またはpRC/CMV(Invitrogen社製)などを用いて、調製されたベクターを挙げることができる。より好ましくは、例えば、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ関連ウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レンチウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、アルファ ウイルスベクター、EBウイルスベクター、パピローマウイルスベクター、フォーミーウイルスベクターなどのウイルスベクター;カチオニックリポソーム、リガンドDNA複合体、ジーンガンなどの非ウイルスベクターなどが挙げられるが(Y. Niitsuら, Molecular Medicine,1988; 35: 1385-1395.)、これらに限定されるものではない。また、ウイルスベクターではなく、ダンベル型DNA(Zanta MA, et al. Gene delivery: a single nuclear localization signal peptide is sufficient to carry DNA to the cell nucleus. Proc Natl Acad Sci U S A. 1999;96(1):91-6.)、ヌクレアーゼ耐性を持つような修飾DNA、またはnaked plasmidもまた好適に用いることができるLiu F, Huang L. Improving plasmid DNA-mediated liver gene transfer by prolonging its retention in the hepatic vasculature. J Gene Med. 2001;3(6):569-76.)。
【0053】
上記ベクターに使用されるプロモータとしては、具体的にはインテグリン遺伝子発現抑制物として機能するポリヌクレオチドが、直線鎖状の一本鎖オリゴヌクレオチドからなるタンデム型の場合には、アンチセンスコードDNAとセンスコードDNAとの5’端それぞれにプロモータからの転写を促進し得る配列を;また、アンチセンスコードDNAとセンスコードDNAとの間に調節部分配列を有するステム型の場合には、上記ユニットの5’端にプロモータからの転写を促進し得る配列を、備えることにより、インテグリン遺伝子の発現抑制または機能抑制効果を効率化してもよい。なお、こうした配列からの転写物は、ヒト軟骨細胞におけるインテグリン遺伝子発現作用に支障がない場合には、前記のインテグリン遺伝子発現抑制物として機能するポリヌクレオチド配列に付加された状態で用いてもよいが、発現抑制に影響を与える場合には、トリミング手段を用いてトリミングを行うことが好ましい。
【0054】
上述したタンデム型、ステム型のいずれのシステムの場合でもプロモータは、上記各ポリヌクレオチド配列に対応するRNAを産生し得るものであれば、polII系、polIII系のいずれでもよいが、好ましくはsiRNAのような短いRNAの発現に適したpolIII系を用いることができる。このpolIII系のプロモータとしては、例えば、U6プロモータ、tRNAプロモータ、レトロウイルス性LTRプロモータ、アデノウイルスVA1プロモータ、5SrRNAプロモータ、7SK RNAプロモータ、7SL RNAプロモータ、H1 RNAプロモータなどを挙げることができる。なお、上記U6プロモータはRNAの3‘末端に4塩基のウリジン塩基を付加するが、この3'末端の突出はアンチセンスコードDNAおよびセンスコードDNAの先頭配列としてAを0、1、2、3または4塩基備えることにより、最終的に生成される「インテグリン遺伝子発現抑制物として機能するポリヌクレオチド」の配列の3'末端の突出を自在に4、3、2、1、0塩基にすることができる。なお、他のプロモータを用いた場合にも、同様に末端の突出塩基数を自在に変更することは可能である。また、polIII系のプロモータを用いた場合には、短いRNAのみを発現させ適切に転写を終結させるために、さらにセンスコードDNA、アンチセンスコードDNAの3'末端にターミネーターを備えることが好ましい。ターミネーターは、プロモータの転写を終結し得る配列であれば、特に限定は なく、例えば、A(アデニン)塩基が4つ以上連続した配列、パリンドローム構造を形成し得る配列などを用いることができる。
【0055】
一方、polII系プロモータとしては、サイトメガロウイルスプロモータ、T7プロモータ、T3プロモータ、SP6プロモータ、RSVプロモータ、EF-1αプロモータ、β-アクチンプロモータ、γ-グロブリンプロモータ、SRαプロモータなどを挙げることができる。ただし、polII系を用いた場合には、polIII系のよ うな短いRNAではなく、ある程度の長さのRNAとして合成される。そのため、polII系のプロモータを用いた場合には、このある程度の長さとして合成 されるRNAより、例えばリボザイムなどのRNAをセルフプロセッシングにより切断し得る手段を用いて、アンチセンスRNAまたはセンスRNAを生成させることもできる。PolII系プロモータの直後にステムループ配列を挿入し、その後ろにpolyA付加シグナルをいれて、調節部分配列としてのステムループRNAを生成させることもできる。
【0056】
本発明の有効成分であるインテグリン遺伝子発現抑制物の軟骨細胞内への導入は、インテグリン遺伝子発現抑制物をそのまま、またはインテグリン遺伝子発現抑制物として機能するポリヌクレオチドを含むベクターを用いて、当該分野において既に知られている各種の方法に従って行うことができる。具体的には、軟骨細胞内への導入方法としては、リン酸カルシウム法(Virology. 1973;52(2):456-67.)、エレクトロポレーション法(Nucleic Acids Res. 1987;15(3):1311-26.; Nature. 1986;319(6056):791-3.)、リポフェクション法(Proc Natl Acad Sci U S A. 1987;84(21):7413-7.)、ウイルスにより感染導入方法(Sci Am. 1994;271(6):34-6.)、ポリエチレングリコール法(EMBO J. 1984;3(12):2717-22.)、パーティクルガン法(Proc Natl Acad Sci U S A. 1988;85(22):8502-05.)、アグロバクテリュウムを介した方法(Nucleic Acids Res. 1984;12(22):8711-21.)、HVJエンベロープ法、凝集法、マイクロインジェクション法、DEAE-デキストラン法、あるいはジーンガンなどから選択することができる。
【0057】
なお、本発明の有効成分であるインテグリン遺伝子発現抑制物が導入された細胞を選択する方法としては、インテグリン遺伝子発現抑制物、またはインテグリン遺伝子発現抑制物として機能するポリヌクレオチドが挿入された組換えベクターに特異的なDNA配列をプローブあるいはプライマーとしてハイブリダイゼーション、PCRなどの公知の手法により選択することもできる。また、上記組換えベクターを使用する場合には、該ベクターに選択マーカーを備えさせておき、その選択マーカーによる表現型を指標に、インテグリン遺伝子発現抑制物が導入された細胞を選択することもできる。
【0058】
本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、前述するインテグリン遺伝子発現抑制物を用いて、通常の製剤化技術により製剤化することができ、用途に応じてカプセル剤、顆粒剤、クリーム剤、散剤、シロップ剤、錠剤、注射剤、および軟膏剤等の、固体および液体の種々の医薬製剤として使用することができる。製剤用の担体や賦形剤としては、固体または液体状の物質が挙げられる。これらの例としては、例えば、乳糖、ステアリン酸マグネシウム、スターチ、 タルク、ゼラチン、寒天、ペクチン、アラビアゴム、オリーブ油、ゴマ油、エチレングリコール、ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ乳酸 ポリグリコール酸共重合体(PLGA)、ヒアルロン酸、コラーゲンスポンジなどやその他、常用のものが例示される。
【0059】
かかる製剤中の本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の含有量は、その剤型やインテグリン遺伝子発現抑制物の種類等によって異なるが、有効成分であるインテグリン遺伝子発現抑制物、またはインテグリン遺伝子発現抑制物として機能するポリヌクレオチドの配列が組み込まれたベクターを、該医薬製剤の総量に対して0.0001〜80%(w/w)の濃度で含有していることが好ましい。
【0060】
本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、投与(in vivoおよびex vivoでの使用を含む、以下同様)の前にインビトロ(In vitro)で軟骨形成に関与する成長因子と知られているbFGF(basic fibroblast growth factor: Weisser J, et al. Osteoarthritis Cartilage. 2001;9 Suppl A:S48-54.)、TGF-β1(transforming growth factor-β1: van Beuningen HM, et al. Lab Invest. 1994;71(2):279-90.)、BMP(bone morphogenetic protein: Glansbeek HL, et al. Arthritis Rheum. 1997;40(6):1020-8.)、IGF-1(insulin-like growth factor-1: Mi Z, et al. Arthritis Rheum. 2000;43(11):2563-70.)、およびGlcAT-I (glucuronosyltransferase-I: Venkatesan N, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2004;101(52):18087-92.)等を共に使用してもよく、また該成長因子の適用前後に使用してもよい。また、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、ヒト軟骨細胞形質維持効果または軟骨マトリックス調整作用が増強される他の物質とを混合して合剤とし、かかる合剤を投与してもよく、合剤を作製することなくそれらを同時に投与してもよい。
【0061】
本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、ヒト軟骨細胞に導入されて、(1)I型コラーゲン遺伝子、および/またはIII型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する作用を有する、および/または(2)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持すさせる作用を発揮させることができる。即ち、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、ヒト軟骨細胞において、軟骨マトリックス遺伝子である、I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、および/またはアグリカン遺伝子の発現を調整することができるので、軟骨マトリックス遺伝子発現調整剤として使用することができる。
【0062】
本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、対象とするヒト軟骨細胞、ヒト軟骨組織、ヒト関節軟骨部などにおいて、標的とするインテグリン遺伝子の発現を抑制するか、またはインテグリンのシグナル伝達を抑制することにより、(1)軟骨変性(軟骨細胞の脱分化)の進行を抑制する、(2)軟骨細胞の分化を維持する、(3)変性軟骨を正常軟骨組織に修復する、(4)軟骨形質の蛋白質を維持する、(5)軟骨形質遺伝子発現を維持(軟骨細胞の分化維持)するなどヒト軟骨細胞形質を維持することができる。本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、上記効果が有効に利用可能である限り、種々の用途に特に制限なく使用可能であるが、例えば、変形性関節症、軟骨軟化症、離断性骨軟骨炎、関節リウマチ、椎間板変性症、椎間板ヘルニア、軟骨変性を伴う軟骨下骨の無腐性壊死などの軟骨変性疾患、種々の骨系疾患(例えば、achondroplasia、またはMorquio病など);外傷や手術による軟骨の損傷・切除、あるいは骨きり術後;先天的な軟骨の低形成や奇形等の軟骨関連疾患の治療薬として使用することができる。また、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、細胞移植による軟骨欠損修復においては未分化前駆細胞からの軟骨誘導あるいは軟骨細胞の形質維持に有用である。
【0063】
また、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、軟骨カンレン疾患の治療薬として用いられる他、軟骨修復剤、または骨折修復促進剤としても用いられる。
【0064】
更に、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、軟骨細胞内に導入されることによりヒト軟骨細胞の形質維持が可能になるので、該剤が導入された軟骨細胞を増殖させることにより、移植に十分な量および質の軟骨細胞を提供することができる。従って、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、軟骨細胞の移植に実用可能な軟骨細胞を増殖させる方法にも利用することができる。
【0065】
以下、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の代表的な使用方法について、具体的に説明する。
【0066】
2.ヒト軟骨細胞形質維持剤による軟骨細胞の形質維持(軟骨細胞形質維持方法)
本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤は、ヒト軟骨細胞内に導入されることにより、該ヒト軟骨細胞の形質を維持、具体的には(1)軟骨変性(軟骨細胞の脱分化)の進行を抑制する、(2)軟骨細胞の分化を維持する、(3)変性軟骨を正常軟骨組織に修復する、または(4)軟骨形質の蛋白質を維持することができる。従って、本発明は、更に、ヒト軟骨細胞に上記ヒト軟骨細胞形質維持剤を投与または添加することを特徴とする、ヒト軟骨細胞の形質維持方法を提供する。ヒト軟骨細胞の形質維持方法は、軟骨関連疾患の治療に有用である。
【0067】
ヒト軟骨細胞の形質維持方法を利用して軟骨関連疾患を治療する具体的実施態様としては、直接患者の治療対象部位(例えば軟骨変性病変部またはその周辺部)に投与する方法(in vivo法)と、一旦患者の体外へヒト軟骨細胞を取り出し、該細胞と本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤を共存させて培養した後、再度患者の治療対象部位(例えば軟骨変性病変部またはその周辺部)に戻す方法(ex vivo法)の2種類の方法が代表的に挙げられる。
【0068】
具体的には、前者のin vivo法では、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤を、患者の治療対象軟骨組織または軟骨部位に直接投与(非経口投与)する方法や、患者に経口投与する方法によって、ヒト軟骨細胞の形質維持が可能になる。本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤を非経口投与する方法としては、特に制限されないが、例えば該剤がポリヌクレオチドである場合、ポリヌクレオチド配列直接導入法(in vivo法)を使用できる。かかるポリヌクレオチド配列直接導入法(in vivo法)においては、患者の軟骨変性組織、あるいは軟骨変性部位における変性軟骨組織が正常軟骨組織に置き換わる程度、あるいは正常軟骨組織の分布領域が増加する程度によって、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の効果を判定することもできる。
【0069】
該in vivo法において、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の投与は、有効成分であるインテグリン遺伝子発現抑制物が対象軟骨細胞内に導入される限り、特に制限されず、ウイルス的導入方法および非ウイルス的導入方法のいずれで実施してもよい。
【0070】
ウイルス的導入方法としては、ベクターとしてレトロウイルスベクターを用いる方法を挙げることができる。その他のウイルスベクターとしては、アデノウイルスベクター、HIV(human immunodeficiency virus)ベクター、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV: adeno-associated virus)、ヘルペスウイルスベクター、単純ヘルペスウイルス(HSV)ベクターおよびエプスタイン−バーウイルス(EBV:Epstein-Barr virus)ベクターなどが挙げられる。
【0071】
非ウイルス的導入方法としては、例えば、リン酸カルシウム共沈法;エレクトロポーレーション法;リポフェクション法;ポリエチレングリコール法;マイクロインジェクション法;DEAE-デキストラン法;ポリヌクレオチドを封入したリポソームと予め紫外線で遺伝子を破壊した不活性化センダイウイルスを融合させて膜融合リポソームを作製し、細胞膜と直接融合させポリヌクレオチドを細胞内に導入する膜融合リポソーム法[(Nakanishi M, et al. Exp Cell Res. 1985;159(2):399-409.): Nakanishi, M., et al., Gene introduction into animal tissues. In Trends and Future Perspectives in Peptide and Protein Drug Delivery (Ed.by Lee, V.H., et al.)., Harwood Academic Publishers Gmnh. Amsterdam, 1995;337-349.];ポリヌクレオチドのプラスミドを金でコートして高圧放電によって物理的に細胞内にポリヌクレオチドを導入する方法;オリゴヌクレオチドのプラスミドを直接インビボで臓器や腫瘍に注入するネイキッド(naked)ポリヌクレオチド法;多重膜正電荷リポソームに包埋したインテグリン遺伝子発現抑制用ポリヌクレオチド配列を細胞に導入するカチオニック・リポソーム法(Yagi, K., et al., Biochem. Biophys. Res. Commun.,196;1042-1048.);特定細胞のみにインテグリン遺伝子発現抑制用ポリヌクレオチド配列を導入し、他の細胞に入らないようにするために、目的とするヒト軟骨細胞に発現するレセプターに結合するリガンドを本発明のポリヌクレオチドと結合させてそれを投与するリガンド−DNA複合体法;HVJ-リポソーム法;パーティクルガン法;またはジーンガンを用いた方法などを使用することができる。
【0072】
該in vivo法において、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の投与量としては、有効成分であるインテグリン遺伝子発現抑制物の種類、患者の年齢や性別、疾患の程度等に応じて適宜設定できる。例えば、インテグリン遺伝子発現抑制物を含むベクターを使用する場合であれば、1日当り体重1kg当り、例えば該ベクターの力価として約1×10pfuから1×1015pfu程度とするのがよい。また、かかる投与量は、1〜7日あたり1回または数回に、まとめて、または分割して投与することができ、症状の軽重、医師の判断により、適宜変更することができる。
【0073】
なお、該in vivo法の実施に当たっては、特に体外における予備実験によって、インテグリン遺伝子発現抑制物の直接的な導入によって、実際に目的ポリヌクレオチド配列が導入されるか否かを、PCR法による検索やイン・サイチュPCR法やリアルタイムRT-PCR法によって確認するか、あるいはインテグリン遺伝子発現物の導入に基づく所望の治療効果である軟骨マトリックス遺伝子発現の調整効果、特にII型コラーゲンやアグリカンの発現の上昇や蛋白質の増加などを確認しておくことが望ましい。
【0074】
また、ウイルスベクターを用いる場合は、増殖性レトロウイルスなどの検索をPCR法で行うか、逆転写酵素活性を測定するか、あるいは膜蛋白(env)遺伝子をPCR法でモニターするなどにより、ヒト軟骨細胞形質維持剤の投与に際して、インテグリン遺伝子発現物の導入による安全性を確認することが重要であることはいうまでもない。
【0075】
一方、後者のex vivo法は、治療対象とする軟骨変性を有する患者から軟骨細胞を採取した後、皿状容器における単層培養条件下、または抗原性を有する部分が除かれたコラーゲン、ゼラチン、フィブリン、ポリグリコール酸、ポリ乳酸などの足場となる足場材料(scaffold)の中において、培養液中に該軟骨細胞と本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤を添加して、数週間共培養した後、作製された軟骨様組織を軟骨欠損部または軟骨変性部位に移植する方法である。
【0076】
該ex vivo法は、具体的には、患者から採取したヒト軟骨細胞と本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤とを共存させて培養する工程、および培養により得られた軟骨細胞を患者の治療対象部位に戻す工程により実施することができる。
【0077】
該ex vivo法で使用されるヒト軟骨細胞は、患者自身の病変部、あるいは変性部位の軟骨細胞が好ましいが、該細胞が得られ難い場合は、増殖能力が高く、軟骨への分化が期待される骨髄間葉系細胞、滑膜細胞、筋由来細胞および線維芽細胞などで代用することもできる。
【0078】
該ex vivo法において、軟骨細胞と本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤とを共存させて培養する工程は、該軟骨細胞内に本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の有効成分であるインテグリン遺伝子発現抑制物を導入させ、該インテグリン遺伝子発現抑制物が導入された軟骨細胞を培養することにより実施される。
【0079】
軟骨細胞内にインテグリン遺伝子発現抑制物を導入させるには、例えば、リポフェクタミン2000などのトランスフェクション試薬の存在下で、インテグリン遺伝子発現抑制物が0.01〜10 μmol/Lの濃度範囲で存在する条件下で該軟骨細胞を所定時間インキュベートすれば良い。上記インテグリン遺伝子発現抑制物の濃度については、その軟骨細胞内への導入効率等に基づいて適宜設定すればよい。インテグリン遺伝子発現抑制物の軟骨細胞内への導入効率については、例えば、蛍光色素で標識したインテグリン遺伝子発現抑制物を用いた予備試験を行うことにより推定できる:(1)ヒトの変形性関節症に罹患し人工関節置換手術を受けた膝関節から手術の際に得られた関節軟骨から採取したヒト軟骨細胞を付着細胞培養プレート上に播種した後、10 %FBS、ペニシリン、ストレプトマイシン、およびアスコルビン酸(25 μg/mL)を添加したDMEM/F12培地を用いて、5 %炭酸ガス条件下、37℃で前培養する、(2)次いで、細胞をPBSで洗浄して、ヒト軟骨細胞を12穴プレートの各ウェルに0.5 mLずつ添加し、5 %炭酸ガス条件下、37 ℃で24時間培養する、(3)蛍光色素で標識したインテグリン遺伝子発現抑制物をトランスフェクション用試薬と共に各ウェルに添加後、さらに5 %炭酸ガス条件下、37 ℃で24時間培養する、(4)軟骨細胞の蛍光強度を測定する。
【0080】
このようにして測定された蛍光強度から、インテグリン遺伝子発現抑制物の軟骨細胞内への導入効率を推定することができる。更に、斯くして推定される導入効率の推定値と、軟骨細胞により産生されるインテグリン遺伝子の発現量を対比することにより、インテグリン遺伝子発現抑制物が有するインテグリン遺伝子の発現抑制効果の程度を推定することもできる。このような推定には、コントロールとして、インテグリン遺伝子発現抑制物を添加しなかった場合、または非特異的オリゴヌクレオチド配列を添加した場合を採用し、該コントロールとの比較において、インテグリン遺伝子の発現量が50%、60%、70%、80%、90%、95%、99%、100%などの値を基準とするとよい。
【0081】
また、該ex vivo法における軟骨細胞の培養方法としては、採取した軟骨細胞を高密度で培養する高密度培養法、ペレット等の皿状容器に単層形態で培養するペレット培養法、微小重力環境下において軟骨細胞を培養する培養法、前記微小重力環境下で足場材料の中において軟骨細胞を培養する培養法を例示することができる。
【0082】
また、培養により得られた軟骨細胞を患者の治療対象部位に戻す工程は、例えば、有効成分であるインテグリン遺伝子発現抑制物が内部に導入された軟骨細胞を1×10細胞/bodyから1×1015細胞/body程度の範囲で、患者の治療対象部位に移植するとよい。
【0083】
以下、該ex vivo法の実施態様について、具体例を挙げて説明する。即ち、まず患者の膝非荷重部軟骨を鏡視下に採取後、得られた軟骨片を細片し、トリプシンおよびコラゲナーゼで酵素処理することにより軟骨細胞を単離する。続いて、得られた軟骨細胞に、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤を添加し、例えばリポフェクタミン2000存在下に生理食塩液で10%に調整された患者血清と抗生物質(Gibco社製)を加えたダルベッコ改変イーグル培地(Gibco社製)にて32℃で1時間培養する。次いで、2500回転にて遠心分離した後、回収した軟骨細胞を37℃で5%炭酸ガス条件下で24時間培養し、その後、可溶性ポリマーポリグリコール酸−ポリ乳酸、あるいは抗原性を有する部分が取り除かれたアテロコラーゲンゲルに包埋ゲル化させた後、3〜4週間培養する。なお、必要に応じて、bFGF、TGF-βなどの軟骨形成に関与する成長因子を併せて添加する。培地は2ないし3日毎に交換する。かくして培養期間内に包埋された軟骨細胞はコラーゲンゲル内で増殖し、または周囲に細胞外マトリックスを産生し、軟骨様組織となるのを確認する。3〜4週間後、関節切開などの手技により、関節軟骨損傷部位を展開し、この生体外で作製した軟骨様組織を患者の軟骨欠損部に移植し、別途採取した骨膜でパッチするように周囲の軟骨に縫着させる。かくして目的とする本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤を、ヒト軟骨細胞を軟骨変性部位を有する患者からヒト軟骨細胞を採取した軟骨細胞と共培養し、ヒト軟骨細胞に導入培養した後、得られるヒト軟骨細胞を再び、患者の軟骨変性部位、あるいは軟骨変性病変組織へ再移植するヒト軟骨細胞形質維持方法(ex vivo法)を実施することができる。
【0084】
上記ex vivo法において、細胞内への本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の導入効率は、アルシアンブルー陽性染色法を用いることによって確認することができる。即ち、前記培養終了後、細胞層の一部を取り出して、4%パラホルムアルデヒド溶液(和光純薬社製)で室温で2時間固定し、蒸留水およびpH1.0の5%酢酸で洗浄した後、アルシアンブルー液pH1.0(和光純薬社製)で室温で2時間軟骨基質を染色する。次いで5%酢酸および蒸留水で洗浄して乾燥させた後、細胞層に6mol/Lのグアニジン塩酸(ナカライテスク社製)溶液を加えて色素を抽出し、マイクロプレートリーダー(バイオ・ラド社製)にて630nmの吸収を測定し、アルシアンブルー染色強度を計測する。培養開始直後と比較計測したアルシアンブルー陽性染色強度の増加の程度から軟骨基質産生の促進効果の有無を判定することにより、本発明のヒト軟骨細胞形質維持方法の効果を判定することもできる。
【0085】
また、上記培養終了時点での細胞の形態を位相差顕微鏡を用いて観察し、培養した軟骨細胞の基質産生が亢進していることを示す丸く変化した細胞形態が見られるか否か、あるいは軟骨細胞の分化が亢進したか否か、軟骨基質の産生の強い亢進を示す細胞間の間隔の広がった典型的な成熟軟骨細胞様の形態が見られるか否かによって、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の効果を判定することもできる。
【0086】
さらに、別の方法としては、前記培養終了後、細胞層の一部を取り出して、イン・サイチュPCR法またはリアルタイムRT-PCR法を用いて、(1)I型コラーゲン遺伝子および/または、III型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する、(2)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させているか、否かの軟骨マトリックス遺伝子の発現変化の程度を、これら遺伝子配列特異的プローブを用いて、通常の方法で測定することによっても、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の効果を判定することもできる。
【0087】
そしてさらに別の方法としては、前記培養終了後、細胞層の一部を取り出して、上記I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲンアグリカンに対する抗体(モノクローナル抗体またはポリクローナル抗体)を用いて、該細胞上に発現している軟骨基質の主要な構成成分となっている(1)II型コラーゲンおよび/またはアグリカンの蛋白質の産生が維持または増加しているか、および/または(2)I型コラーゲンおよび/またはIII型コラーゲンの蛋白質の産生が低下または維持されているかを、ウェスタンブロット分析により確認することによっても、本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の効果を判定することもできる。この方法では、軟骨細胞に対して、PE標識抗I型コラーゲンモノクローナル抗体、PE標識抗II型コラーゲンモノクローナル抗体、PE標識抗III型コラーゲンモノクローナル抗体、PE標識抗アグリカンモノクローナル抗体を用いたフローサイトメトリー解析により行うこともできる。
【0088】
なお、前述するex vivo法により軟骨細胞を再度患者の病変組織に戻した後に、再度、前述するin vivo法により本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤の投与を実施してもよい。
【0089】
3.軟骨細胞の増殖方法
更に、ヒト軟骨細胞形質維持剤とヒト軟骨細胞とを共存させて培養させることにより、該ヒト軟骨細胞形質維持剤の有効成分であるインテグリン遺伝子発現抑制物が導入された軟骨細胞を増殖させることができる。即ち、本発明は、更に、ヒト軟骨細胞形質維持剤とヒト軟骨細胞とを共存させて培養することにより、増殖した軟骨細胞を得ることを特徴とする軟骨細胞の増殖方法を提供する。当該増殖方法により増殖された軟骨細胞は、形質維持作用に優れているので、軟骨細胞移植、好ましくは自家軟骨細胞移植に用いることができる。
【0090】
当該増殖方法において、ヒト軟骨細胞形質維持剤の添加量や軟骨細胞の培養方法等については、上記項におけるex vivo法の場合と同様である。
【0091】
4.インテグリン遺伝子発現抑制物が導入された軟骨細胞
本発明はまた、ヒト軟骨細胞形質維持剤の有効成分であるインテグリン遺伝子発現抑制物が導入された軟骨細胞を提供する。当該軟骨細胞の薬学的有効量を、適当な無毒性医薬担体ないしは希釈剤と共に配合した医薬組成物または医薬製剤(遺伝子治療剤)は、前述する軟骨関連疾患の治療剤として有用である。
【0092】
上記軟骨細胞を含む医薬組成物(医薬製剤)に利用できる医薬担体としては、製剤の使用形態に応じて通常使用される、充填剤、増 量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、表面活性剤、滑沢剤などの希釈剤ないし賦形剤などを例示でき、これらは得られる製剤の投与単位形態に応じて適宜選択使用できる。
【0093】
上記軟骨細胞は、ヒト軟骨細胞形質維持剤の有効成分であるインテグリン遺伝子発現抑制物をそのままポリペプチドの状態で保持しているものであっても、またインテグリン遺伝子発現抑制物として機能するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクターを細胞内に保持しているものであってもよい。
【0094】
上記軟骨細胞を含む医薬組成物(医薬製剤)は、リン酸緩衝生理食塩液(pH7.4)、リンゲル液、または細胞内組成液用注射液中に上記軟骨細胞を配合した形態であってもよい。
【0095】
上記医薬組成物(医薬製剤)の投与方法は、特に制限がないが、例えば膝関節腔や膝関節組織内などの変性軟骨部位またはその周辺部に投与されるが、各種製剤形態、患者の年齢、性別その他の条件、疾患の程度などに応じて決定される。
【0096】
上記医薬組成物(医薬製剤)中に含有されるべき有効成分(上記軟骨細胞)の量およびその投与量は、特に限定されず、所望の治療効果、投与法、治療期間、患者の年齢、性別その他の条件などに応じて広範囲より適宜選択される。一般には、上記軟骨細胞が1×10細胞/bodyから1×1015細胞/body程度の範囲から選ばれるのが適当である。
【0097】
上記医薬組成物(医薬製剤)は1日に1回または数回に分けて投与することもでき、1から数週間間隔で間欠的に投与することもできる。
【0098】
5.医薬候補物質のスクリーニング方法
5−1.ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング方法−1
また本発明は、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング方法を提供する。当該スクリーニング方法は、具体的には、以下の(1)〜(5)の工程を経て実施される:
(1) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に候補物質を添加する工程、
(2) 候補物質存在下および非存在下におけるインテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現の程度を計測する工程、
(3) 前記工程(2)において、前記遺伝子発現を抑制した候補物質について、さらに工程(1)の培養液においてI型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現の程度を測定する工程、
(4) 前記工程(3)において、以下の(a)および/または(b)の作用を有する物質を、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質として選択する工程:
(a)I型コラーゲン遺伝子および/またはIII型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する、
(b)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させる。
【0099】
本スクリーニング方法でスクリーニングに供される候補物質としては、例えば、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液、血漿などが挙げられ、これら化合物は新規な化合物であってもよいし、公知の化合物であってもよい。
【0100】
また、上記の工程(2)において、インテグリン遺伝子の発現の程度の計測は、インテグリン遺伝子発現測定用プライマーまたはプローブを用いて、公知の方法により実施できる。なお、各インテグリン遺伝子発現測定用プライマー配列対またはプローブ配列は、当業者であれば、公知の遺伝子配列情報に基づいて適宜設定できる。目的遺伝子の発現の程度は、例えばイン・サイチュPCR反応、RT-PCR反応法を用いて測定することがてき、あるいはDNAチップを用いた検出方法も使用することができる。
【0101】
上記の工程(2)において、例えば、上記各試験の場合において候補化合物のインテグリン遺伝子発現抑制の程度が、コントロールまたは候補物質非存在下と比較して、約20%以上、好ましくは約30%以上、より好ましくは約50%以上抑制している場合、該候補物質を次工程(3)の対象として選択する。
【0102】
更に、上記の工程(3)において、I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、および/またはアグリカン遺伝子の発現の程度の測定も、該遺伝子発現測定用プライマーまたはプローブを用いて、公知の方法により実施でき、これらのプライマーまたはプローブの配列も、当業者であれば、公知の遺伝子配列情報に基づいて適宜設定できる。
【0103】
上記工程(4)では、 (a)I型コラーゲン遺伝子および/またはIII型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する効果が、コントロールまたは候補化合物非存在下と比較して、約20%以上、好ましくは約30%以上、より好ましくは約50%以上である場合、該候補物質をヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質とすることができる。また、(b)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させる効果が、コントロールまたは候補化合物非存在下と比較して、約20%以上、好ましくは約30%以上、より好ましくは約50%以上である場合、該候物質をヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質とすることができる。
【0104】
上記各スクリーニング方法によって選択されたヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質は、例えば、軟骨疾患、変形性関節症、軟骨軟化症、離断性骨軟骨炎、関節リウマチ、椎間板変性症、椎間板ヘルニア、軟骨変性を伴う軟骨下骨の無腐性壊死などの軟骨変性疾患、種々の骨系疾患(例えば、achondroplasia、またはMorquio病など);外傷や手術による軟骨の損傷・切除、あるいは骨きり術後;先天的な軟骨の低形成や奇形等の軟骨関連疾患の治療薬として使用することができる。
【0105】
上記本発明のスクリーニング方法を用いて選択される「ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質」を医薬として使用する場合、常套手段に従って実施することができる。例えば、前記した本発明のヒト軟骨細胞形質維持剤と同様にして、注射剤、錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤、無菌性溶液、懸濁液剤などとすることができる。
【0106】
上記本発明のスクリーニング方法で選択された「ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質」の投与量は、対象疾患、投与対象、投与ルートなどにより差異はあるが、例えば該物質が低分子化合物であり、ヒト軟骨変性疾患の目的で非経口的に投与する場合であれば、一般的に成人(体重60kgとして)においては、一日につき該化合物を約0.01μg〜30mg程度、好ましくは約0.1μg〜10mg程度、より好ましくは約1.0μg〜1mg程度を静脈注射により投与するのが好都合である。該製剤は1日に1〜数回に分けて投与してもよい。
【0107】
5−2.ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング方法−2
更に、本発明は、上記とは別の実施態様として、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング方法を提供する。当該スクリーニング方法は、具体的には、以下の(1)〜(5)の工程を経て実施される:
(1) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に候補物質を添加する工程、
(2) 候補物質存在下および非存在下におけるインテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現の程度を計測する工程、
(3) 前記工程(2)において、前記遺伝子発現を抑制した候補物質について、さらに工程(1)の培養液においてI型コラーゲン蛋白、II型コラーゲン蛋白、III型コラーゲン蛋白、アグリカン蛋白の値を測定する工程、
(4) 前記工程(3)において、以下の(a)および/または(b)の作用を有する物質を、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質として選択する工程:
(a)I型コラーゲン蛋白および/またはIII型コラーゲン蛋白の発現を抑制または維持する、
(b)II型コラーゲン蛋白および/またはアグリカン蛋白の発現を上昇または維持させる。
【0108】
本スクリーニング方法の実施形態、スクリーニング方法で得られた物質の使用方法等については、前述する「ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング方法−1」と同様である。
【0109】
5−3.ヒト軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質のスクリーニング方法−3
また、本発明は、上記とは更に別の実施態様として、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング方法を提供する。当該スクリーニング方法は、具体的には、以下の(1)〜(5)の工程を経て実施される:
(1) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に候補物質を添加する工程、
(2) 候補物質存在下および非存在下におけるインテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現の程度を計測する工程、
(3) 前記工程(2)において、前記遺伝子発現を抑制した候補物質について、さらに工程(1)の培養液から得られる軟骨細胞を固定しアルシアンブルー液で染色し、アルシアンブルー染色の吸光度を測定する工程、
(4) 前記工程(3)において、候補物質非存在下の値と比較して、アルシアンブルー染色強度に有意差のある物質を、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質として選択する工程。
【0110】
本スクリーニング方法の実施形態、スクリーニング方法で得られた物質の使用方法等については、前述する「ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング方法−1」と同様である。
【0111】
5−4.ヒト軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質のスクリーニング方法
更に、本発明は、ヒト軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質のスクリーニング方法を提供する。当該スクリーニング方法は、具体的には、以下の(1)〜(5)の工程を経て実施される:
(1) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に候補物質を添加する工程、
(2) 候補物質存在下および非存在下におけるインテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現の程度を計測する工程、
(3) 前記工程(2)において、前記遺伝子発現を抑制した候補物質について、さらに工程(1)の培養液においてI型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現の程度を測定する工程、
(4) 前記工程(3)において、以下の(a)および/または(b)の作用を有する物質を、ヒト軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質として選択する工程:
(a)I型コラーゲン遺伝子および/またはIII型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する、
(b)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させる。
【0112】
本スクリーニング方法の実施形態、スクリーニング方法で得られた物質の使用方法等については、前述する「ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング方法−1」と同様である。
【0113】
6.スクリーニング用キット
本発明は、更に上記スクリーニング方法を簡便に実施するためのキットを提供する。即ち、本発明は、ヒト軟骨細胞におけるインテグリン遺伝子の発現検出用プライマーまたはプローブの少なくとも1種と、ヒト軟骨マトリックス遺伝子の発現検出用プライマーまたはプローブの少なくとも1種とを構成成分として含有することを特徴とする、ヒト軟骨細胞形質維持作用またはヒト軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質をスクリーニングするためのスクリーニング用キットを提供する。
【0114】
ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング用キットとしては、以下の構成成分からなるものを例示できる。
1.少なくとも以下の(a)〜(e)のコンポーネントを含む、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング用キット。
(a) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液、
(b) インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(c) 各I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(d) PCR反応試薬、および
(e) 上記各遺伝子発現検出用試薬。
【0115】
2.少なくとも以下の(a)〜(f)のコンポーネントを含む、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング用キット。
(a) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液、
(b) インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(c) PCR反応試薬、
(d) 上記各遺伝子発現検出用試薬、
(e)各標識抗I型コラーゲン蛋白抗体、標識抗II型コラーゲン蛋白抗体、標識抗III型コラーゲン蛋白抗体、および/または標識抗アグリカン蛋白抗体試薬、および
(f)標識抗体検出用試薬。
【0116】
3.少なくとも以下の(a)〜(g)のコンポーネントを含む、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング用キット。
(a) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液、
(b) インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(c) PCR反応試薬、
(d) 上記各遺伝子発現検出用試薬、
(e) 細胞固定液(4%パラホルムアルデヒド溶液)、
(f) アルシアンブルー液、および
(g) グアニジン塩酸溶液。
【0117】
4.少なくとも以下の(a)〜(e)のコンポーネントを含む、ヒト軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質のスクリーニング用キット。
(a) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液、
(b) インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(c) 各I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(d) PCR反応試薬、
(e) 上記各遺伝子発現検出用試薬。
【0118】
上記各キットは、上記各構成成分と共に任意成分として、細胞培養液、反応希釈液、染色剤、標識剤、緩衝液、固定液、洗浄剤などの各種試薬類を含むことができる。
【実施例】
【0119】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。これらの実施例は、単なる例示であり、本発明を限定するものではない。以下、実施例において、特に言及しない限り、単位「%」は「%(w/w)」を意味する。
実施例1
I. 軟骨細胞の採取と培養
変形性関節症に罹患し人工関節置換手術を受けた14膝関節(患者年齢59-72歳、平均65歳)から手術の際に得られた関節軟骨を用い、これを0.5% プロナーゼ(Pronase:Calbiochem社製)および0.025%コラゲナーゼ(collagenase P:Roche Diagnostics社製, Basel, Switzerland)により処理して軟骨細胞を単離した。
【0120】
単離した軟骨細胞は、以下に述べる方法でsiRNA[small interference RNA:長鎖2重鎖RNAが細胞内で約21ヌクレオチド長の小型RNAからなる2本鎖RNAである小型干渉RNAに切断されて標的遺伝子抑制活性を有する分子として機能することが判明し、標的遺伝子と相同性を有するsiRNAを哺乳類細胞に導入することにより、インターフェロン系をの活性化せずにRNAインターフェアランス効果を生み出だせる干渉法(Elbashir SM, et al. Nature. 2001;411(6836):494-8.)。約20ヌクレオチド長の部分に相補的である特定の遺伝子のみをより特異的に抑制する遺伝子機能抑制系を用いて本発明において対象とするインテグリンα5、インテグリンαv、インテグリンβ1、インテグリンβ5遺伝子特異的RNAを作製した一本鎖RNA]の導入を行ったのち12穴の付着細胞培養用プレート(イワキ社製、東京)に播種し、10% FBS(ウシ胎児血清)、ペニシリン、ストレプトマイシン、およびアスコルビン酸(25 μg/mL)を添加したDMEM/F12培養液(Gibco社製)中で培養した。培養時の細胞密度はおよそ4〜5×104/cm2であった。
【0121】
II. siRNAおよびsiRNAの導入
インテグリンに対するsiRNAはすべてキアゲン(Qiagen社製:東京)から購入した。インテグリンα5、αv、β1、β5に対するsiRNAおよびコントロールsiRNAの塩基配列およびカタログ番号は以下の通りである。RNAiに際してはoff-target効果(siRNAが当初予定したmRNA以外のmRNAを切断する活性を示すこと)を考慮して一分子あたり少なくとも2種のsiRNAを用い、同様の結果が得られることを確認した。
インテグリンα5-1: UUAGUGUUCUUUGUUGGCC (Cat. No. SI00034195); 配列番号1
インテグリンα5-4: UUCAAGUAUGUCUCUGGGC (Cat. No. SI00034216); 配列番号2
インテグリンαv-1: UAAAUCUAUAAUAAAGUUGdCdT (Cat. No. SI00034335);配列番号4
インテグリンαv-2: UAUUCCUGUAACAUCAUGCdTdA (Cat. No. SI00034342);配列番号5
インテグリンαv-5: UUAUUCAUCAAACUACUACdAdT (Cat. No. SI02628108);配列番号6
インテグリンβ1-1: UUCAUUUGUAUUAUCCCUCdTdT (Cat. No. SI02628115);配列番号3
インテグリンβ1-5: Sequence not provided (Cat. No. SI00300573)
インテグリンβ5-1: UUUGAAGCCAUUUCAUAGCdGdG (Cat. No. SI00034412);配列番号7
インテグリンβ5-2: UUCACGAUGGUGUCCACCCdAdT (Cat. No. SI00034419);配列番号8
コントロール : ACGUGACACGUUCGGAGAAdTdT (Cat. No. 1022076); 配列番号9
(分子名のあとの枝番号はsiRNAの識別番号;コントロールは、グリセルアルデヒド3リン酸デハイドロゲナーゼ(GAPDH)に対するsiRNA)
siRNAの軟骨細胞への導入は酵素消化の直後にNucleofector(登録商標)および一次培養ヒト関節軟骨細胞用バッファー(ともにAmaxa社製、ドイツ)を用い、同社のプロトコールに従ってエレクトロポレーション(electroporation)法により行った。すなわち一回のsiRNA導入には1×106個の軟骨細胞を用い、これを専用の緩衝液に懸濁させたのち各1.5 μgのsiRNAを混じてエレクトロポーションを行った。
【0122】
この方法による細胞の生存率はおよそ60〜70%であり、またsiRNAの導入効率は蛍光色素で標識したsiRNAを用いた予備実験の結果からおよそ60%と推定された。
【0123】
III. PCRによる定量評価
培養細胞からの総RNAの抽出はRNeasy kit (Qiagen社製)を用い、添付のプロトコールに従って行った。
【0124】
ゲノムDNAの混入を避けるためすべてのサンプルでDNaseI (Qiagen社製) 処理を行った。それぞれのサンプルから1 μgの総RNAを用いてAMV逆転写酵素 (avian myeloblastosis virus reverse transcriptase:AMV-RT, Roche Diagnostics社製)によりcDNAを合成し、これを用いて定量PCRをライトサイクラー(LightCycler:Roche Diagnostics社製)上で行った。
【0125】
PCRにはLightCycler FastStart DNA Master SYBR Green I (Roche Diagnostics社製)を添付のプロトコールに従って用いた。PCRの過程でPCR産物の産生量はPCR産物に結合したSYBR Green dyeから発した蛍光を定量することによって測定した。
【0126】
定量PCRに用いられたプライマーの塩基配列は以下の通りである。なお、以下、「GAPDH」とはグリセルアルデヒド3リン酸デハイドロゲナーゼ、「Col2」とはII型プロコラーゲン、「Col3」とはIII型プロコラーゲン、および「Aggrecan」とはアグリカンを指す。
GAPDH: Forward 5’- CAGGGACTCCCCAGCAGT -3’ ;配列番号10
Reverse 5’-GGCATTGCCCTCAACGACCA -3’ ;配列番号11
Col2: Forward 5’- GACATAGGAGGGCCCGAGCA -3’ ;配列番号12 [4405-4424]
Reverse 5’- CGGCACCTGAAGGGAGGTCT -3’ ;配列番号13
Col3: Forward 5’- TCGAACACGCAAGGCTGTGA -3’ ;配列番号14 [4410-4429]
Reverse 5’- TGTCGGTCACTTGCACTGGTTGA -3’;配列番号15
Aggrecan: Forward 5’- GCACGAGAAGGGCGAGTGGA -3’ ;配列番号16 [6864-6883]
Reverse 5’- GCTCCTGGGCTCAGCGTCCT -3’ ;配列番号17
PCRの反応プロトコールはすべてのプライマーセットに共通で、95℃、10分のステップでDNA合成酵素を活性化させたのち、95℃ 10秒、60℃ 15秒、72℃ 6秒の熱サイクルを50回行った。それぞれの反応ごとにPCR産物の融解曲線を解析して単一なPCR産物が得られていることを確認した。
【0127】
IV. II型コラーゲンおよび硫酸化プロテオグリカン産生量の測定
siRNAを導入した軟骨細胞におけるII型コラーゲンとプロテオグリカンの産生量を測定するために、3×106個の軟骨細胞に対してインテグリンαvに対するsiRNA(Cat. No. SI00034335;配列番号4)またはコントロールsiRNA(Cat. No. 1022076;配列番号9)をそれぞれ3回のエレクトロポレーションによって導入し、導入後の軟骨細胞を単層培養で維持した。培養開始後3、5、7日目に軟骨細胞が産生した硫酸化グリコサミノグリカン(sGAG)は培養上清中の硫酸化グリコサミノグリカンを硫酸化グリコサミノグリカン・テストキット(sGAG test kit:Wieslab社製, Lund, Sweden)により計測することによって評価した。
【0128】
培養開始後7日までに産生されたII型コラーゲンの定量は以下のように行った。細胞層をタンパク分解酵素阻害剤(Complete Mini, Roche Diagnostics社製)を含む200 μLのRIPA lysis buffer(50 mM Tris-HCL, pH 7.4, 150 mM NaCl, 1% (v/v) Triton X-100, 1% (w/v) sodium deoxycholate, 0.1% (w/v) SDS, pH8.0)を用いて回収し、これに含まれる不溶分画を遠心分離によって得た後、得られたペレット中のII型コラーゲンの量をキット(Native type II collagen detection kit: Chondrex社製、Redmond, WA, USA)を用いて測定した。次にこれらの測定値からエレクトロポレーションに伴う細胞数の変動の影響を排除するため、回収したRIPA lysis bufferの上清中のDNA量をQuant-iT DNA Assay Kit(Invitrogen社製)を用いて測定し、硫酸化グリコサミノグリカンおよびII型コラーゲンの計測値を得られたDNA量で補正した。
【0129】
その結果、図1に示すように、インテグリンβ1に対するsiRNA(配列番号3およびCat. No. SI00300573のRNA配列)の結果は、単層培養開始後4日から5日目にそのsiRNAの効果が最も強く現れた。
【0130】
インテグリンβ1に対するsiRNAは、単層培養開始後3日から7日目にI型およびIII型プロコラーゲンの発現を減少させた(図2参照)。I型およびIII型プロコラーゲンに対する抑制が単層培養開始後5日目に最も強く観察され、III型プロコラーゲンの発現が平均41%減少した。一方、II型プロコラーゲンまたはアグリカン発現は、期間中、有意な変化は観察されなかった(軟骨マトリックス遺伝子の発現維持または抑制)(図2参照)。
【0131】
インテグリンα5に対するsiRNA(配列番号1または配列番号2のRNA配列)の効果は、インテグリンβ1に対するそれらに基本的に類似していた。その結果を図3に示す。II型プロコラーゲンおよびアグリカンの発現が殆ど影響されずに残っている時、I型およびIII型プロコラーゲンの発現は、有意に抑制された(軟骨マトリックス遺伝子の発現維持または抑制)。
【0132】
インテグリンβ1に対するsiRNAの場合、I型およびIII型プロコラーゲンの発現は、単層培養開始後5日目で最も強く減少したが、III型プロコラーゲン発現の減少量は平均27%であった。インテグリンα5に対するsiRNAのIII型プロコラーゲンの発現減少効果は、インテグリンβ1に対するsiRNAによるものより幾分弱かった。
【0133】
以上の結果から、インテグリンα5β1は、脱分化の過程にある軟骨細胞において、異常なコラーゲンの誘導に対する原因であると見ることができ、インテグリンα5β1活性の制御は、培養された軟骨細胞における異常な遺伝子発現を予防するのに有用であると考えられる。
【0134】
同様な実験をインテグリンαvに対するsiRNA(配列番号4−6のRNA配列)およびインテグリンβ5に対するsiRNA(配列番号7または8のRNA配列)を用いて行った。
【0135】
その結果、図4に示すように、インテグリンαvに対するsiRNA (配列番号4−6のRNA配列)の導入によってはII型プロコラーゲンおよびアグリカンの発現に殆ど影響せず、III型プロコラーゲンの発現は、維持された。
【0136】
一方、図5に示すように、インテグリンβ5に対するsiRNA (配列番号7または8のRNA配列)の効果は、単層培養した軟骨細胞における培養開始後5日目に最も強く観察され、II型プロコラーゲンの発現またはアグリカンの発現を上昇させ、III型プロコラーゲンの発現は維持された(軟骨マトリックス遺伝子の発現維持または上昇)。
【0137】
以上の結果から、インテグリンαvβ5は、脱分化過程の期間中に観察された軟骨マトリックス遺伝子の発現喪失に対する原因であると見ることができ、インテグリンαvβ5活性の制御は、培養された軟骨細胞における軟骨マトリックス遺伝子発現を保つのに有用であると考えられる。
【0138】
軟骨変性部表層では、軟骨細胞においては単層培養された軟骨細胞において観察されたと類似の変化である、II型コラーゲンおよびアグリカンの相対的な産生低下、III型コラーゲンの発現誘導という表現形の変化が起こっており、軟骨細胞の脱分化を維持し、軟骨細胞の形質維持作用(軟骨マトリックス遺伝子の発現調整作用)を発揮し、低下した軟骨基質産生能を回復することによって、軟骨の変性を抑制することが可能となる。当該作用を有するインテグリン遺伝子発現抑制物を有効成分とするヒト軟骨細胞形質維持剤または軟骨マトリックス遺伝子発現調整剤は、軟骨形成促進剤、関節変形を防止する関節軟骨変性抑制剤、成熟した軟骨細胞の分化形質を促進することが可能な軟骨修復剤、あるいは軟骨再生剤などとして用いることができる。
【0139】
上記の各ヒト軟骨細胞形質維持剤または軟骨マトリックス遺伝子発現調整剤の提供により、変形性関節症、軟骨軟化症、離断性骨軟骨炎、関節リウマチ、椎間板変性症、椎間板ヘルニア、軟骨変性を伴う軟骨下骨の無腐性壊死などの軟骨変性疾患、種々の骨系疾患(例えば、achondroplasia、またはMorquio病など);外傷や手術による軟骨の損傷・切除、あるいは骨きり術後;先天的な軟骨の低形成や奇形等の軟骨関連疾患の治療薬として使用することが可能になる。
【0140】
実施例2 インテグリンの発現抑制が軟骨マトリックスタンパク産生に及ぼす影響
ヒト関節軟骨から酵素消化によって単離した軟骨細胞に対し、単離直後にインテグリンαv、インテグリンβ5に対するsiRNA、またはコントロールsiRNAをエレクトロポレーションによって導入して細胞を単層培養で維持した。培養開始から1週間の時点で細胞培養層をRIPA緩衝液によって回収し、II型コラーゲンとDNAを定量、II型コラーゲン産生量をDNA量によって補正したのちインテグリンに対するsiRNAを導入した群とコントロールsiRNAを導入した群の間でII型コラーゲン産生量を比較した。一回の定量には、およそ3x106個の細胞を用いた。
【0141】
II型コラーゲン蛋白の定量は、コラーゲン測定用ELISAキット(Native Type II Collagen ELISA Kit:カタログNo.6009 :Chondrex社製)を用いて測定した。即ち、実施例1のIVの項において、各siRNAが導入された後に得られた単層培養軟骨細胞を細胞培養培地を除去した後、用いた12ウェルの細胞培養用プレート1ウェルの細胞単層に対して0.5mLの0.05M酢酸(蟻酸でpH2.8-3.0に調製)を添加し、細胞掻き取り器を用いて遠心分離器に細胞を移した。
【0142】
次いでペプシン溶液(0.05M酢酸に1〜10mg/mL溶解したもの)の開始容量の1/10を添加して、ローター上でゆるやかに攪拌しながら4℃で一晩コラーゲンを消化した後、さらに10×TSB溶液(1.0Mトリス-2.0M NaCl-59mM CaCl2,pH7.8-8.0)の開始容量の1/10を添加して、1N NaOHでpH8.0に調製した。次いで、膵臓のエラスターゼ溶液(1x TSB,pH7.8〜8.0に溶解した1mg/mL)の開始容量の1/10を添加して、ローター上でゆるやかに攪拌しながら35℃で30分、インキュベーションし(これにより重合体のコラーゲン分子内の内部の、あるいは内側の架橋を消化して残存の重合体コラーゲンを単体化した)、室温で5分間、10,000rpmで検体を遠心分離し、上清を得た。
【0143】
次いで検体/標準希釈緩衝液(B)で上清を希釈し、Native Type II Collagen Detection Kitを用いて、II型コラーゲンキャプチャー用抗体およびII型コラーゲン検出用抗体を用いるELISA法でキットの使用説明書に従って490nmの波長で測定して軟骨細胞中のII型コラーゲンの量を測定した。
【0144】
DNA量の測定は、Quant-iT DNA Assay Kit(Invitrogen社製)を用いて、その使用説明書に順じて実施した(http://www.invitrogen.co.jp/)。即ち、96ウェルプラスチック皿に100μLのコンポーネントA(Quant-iT DNA BR試薬液)と20mLのコンポーネントB(Quant-iT DNA BR緩衝液)を添加し混合希釈した。
【0145】
各マイクロプレートの中に上記でDMSO中で1:200倍の濃度に希釈されたサンプル溶液を200μLずつ添加した。測定における最終的な各反応液における添加物の量は、10mM塩化ナトリウム、2mM塩化マグネシウム、10mM酢酸ナトリウム、10mM酢酸アンモニウム、5mM酢酸カリウム、pH7.4、1%エタノール、0.1%フェノール、0.2%クロロホルム、0.01%SDS、0.010%Triton X-100、100μMのdNTPs(dATP,dCTP,dGTP,およびdTTP)、20μg/mLのBSA、10μg/mLのIgGを含有する。そして、異なったウェルにコンポーネントC(各λDNAスタンダード、8段階、0、5、10、20、40、60、80、100ng/μL)の10μLを加えて、よく混合した。次いで別のウェルに対して、各サンプルを20μLを加えて、よく混合した。5分間室温で反応させたのち、核酸に結合した蛍光色素の量を527nm波長で測定することでDNAを定量した。最終的にDNAの量はスタンダードの解析結果を元に求めた回帰直線を元に計算して得られた。
【0146】
その結果、まずインテグリンαvの発現抑制には2種のsiRNA(配列番号4および6)を用いた場合、ELISAで計測したII型コラーゲンの産生は配列番号4の場合が、コントロールsiRNA(配列番号9)を導入した軟骨細胞に対して1.72±0.30倍の増加、配列番号6の場合が、コントロールsiRNAを導入した軟骨細胞に対して1.42±0.2倍の増加を示した。
【0147】
次に、インテグリンβ5の発現抑制には2種のsiRNA(配列番号7および8)を用いた場合は、ELISAで計測したII型コラーゲンの産生は配列番号7の場合が、コントロールsiRNAを導入した軟骨細胞に対して1.54±0.13倍の増加し、そして配列番号8の場合は、コントロールsiRNAを導入した軟骨細胞に対して1.66±0.25倍の増加を示した。
【0148】
このようにインテグリン遺伝子発現抑制物の投与により、軟骨マトリックス蛋白の産生が増加し、該インテグリン遺伝子発現抑制物はヒト軟骨細胞形質維持剤の有効成分としての効果が期待できる。
【0149】
実施例3 [35S]硫酸の取り込みによる硫酸化プロテオグリカンの産生量の検討
ヒト関節軟骨から酵素消化によって単離した軟骨細胞に対し単離直後に、インテグリンαvの発現抑制には2種のsiRNA(配列番号4および6)、インテグリンβ5の発現抑制には2種のsiRNA(配列番号7および8)、またはコントロールsiRNA(配列番号9)をエレクトロポレーションによって導入し、得られた細胞を均等に2分して細胞を単層培養で維持した。
【0150】
培養開始から5日の時点で分割した内の1群の培養液中に[35S]硫酸を20μCi/mL加え、産生される硫酸化プロテオグリカンを標識した。[35S]硫酸添加後8時間で2群とも細胞培養層を回収し、[35S]硫酸により標識した群はMasudaらの方法(Masuda, K.,et al., Analytical Biochemistry, 1994:217, 167-175)によりプロテオグリカン産生を定量し、他の1群はQuant-iT DNA Assay Kit(Invitrogen社製)によってDNA量を計測することにより、DNA 1μg当たりの[35S]硫酸の取り込みをインテグリンαvまたはインテグリンβ5に対するsiRNAを導入した群と、コントロール siRNAを導入した群とで比較した。
【0151】
即ち、インテグリンαvまたはインテグリンβ5に対するsiRNA、またはコントロールのsiRNA(配列番号9)をエレクトロポレーションによって導入し、得られた細胞を均等に2分して12穴付着細胞用培養皿(イワキ製)の各1ウェルに播き、10%FBS、50μg/mLゲンタマイシン、25μg/mLアスコルビン酸(pH7.2)含有のDMEM/F12 (50:50)培地を用いて、培地を毎日交換して培養・維持した。培養開始後5日の時点で、[35S]硫酸を20μCi/mL加え、12〜18時間インキュベートした後、培地を除き、細胞層に含まれるプロテオグリカンをプロテナーゼインヒビター(0.1M 6-アミノヘキサニック酸、0.01M EDTA、0.005M ベンズアミジン・ハイドロクロライド、0.01M N-エチルマレイミド、および0.001M フェニル・メチルスルフォニリルフロリド)を含む4Mグアニジン塩酸、0.05M酢酸ナトリウム溶液(pH6.0)を培養皿1ウェルあたり500 μl加え、4℃で4時間穏やかに振盪することにより抽出した。
【0152】
グアニジン溶液中に抽出された硫酸化プロテオグリカンの定量はプロテオグリカンに含まれるグルコサミノグリカンに対して複合体を形成する性質を持つアルシアン・ブルーを用いて行った。
【0153】
アルシアン・ブルーは、0.085M MgCl2を含む0.05M酢酸ナトリウム、pH5.8に0.2%(w/v)溶液として調製し、調製後2週間以内の新鮮なものを使用した。特に示さない限り、バイオ・ラド社からのアルシアン・ブルー(カタログ番号:No.161-0401,Batch 12H-4375:電気泳動精製試薬)を用いた。アルシアンブルーとグルコサミノグリカン複合体の分離にはミリポア社製デュラポア膜(0.45μm穴径)を底部に持った96ウェルプレートを用いた。この96ウェルプレートの各ウェルに75μLの希釈緩衝液(0.5%Triton X-100を含む0.05M酢酸ナトリウム、pH5.8)を加え、次いで25μLのサンプルおよび150μLのアルシアン・ブルー色素溶液を加えた後、プレートを室温で1時間、緩やかに振盪してアルシアン・ブルー複合体を形成させた。この後、96ウェルプレートをバキューム・マニフォールドに装着し、デュラポア膜を介して陰圧を加えることで未取り込みの[35S]硫酸を含む緩衝液を除去した。次いで、96ウェルプレートの各ウェルに200μLの緩衝液(0.1M硫酸ナトリウム、0.05M MgCl2を含む0.05M酢酸ナトリウム、pH5.8)を加え吸引するという操作を3回繰り返し、未取り込みの[35S]硫酸を十分に除去した。底の廃液をブロッティングにより除去した後、各ウェル底部のデュラポア膜を4mLのシンチレーションバイアルの中にディスポーザブルパンチを用いて落とし込み、シンチレーションバイアルに500μLの可溶化緩衝液(4Mグアニジン塩酸、33%イソプロパノール)を加えて1時間の間緩やかに振盪させることによってアルシアン・ブルーに結合した[35S]硫酸を分離、可溶化した。最後に、各バイアルに2.5mLのシンチレーション液を加えてシンチレーション・カウンターで放射性活性をカウントした。
【0154】
DNA量の測定は、Quant-iT DNA Assay Kit(Invitrogen社製:http://www.invitrogen.co.jp/)を用いて、その使用説明書に順じて、実施例2と同様に核酸に結合した蛍光色素の量を527nm波長で測定することでDNAを定量した。最終的にDNAの量はスタンダードの解析結果を元に求めた回帰直線を元に計算して得られた。
【0155】
上記の計測の結果、インテグリンαvの発現抑制には2種のsiRNA(配列番号4および6)を用いたが、[35S]硫酸の取り込み量で計測した硫酸化プロテオグリカンの産生は配列番号4のsiRNAの場合、コントロールのsiRNAに対して1.88±0.39倍の増加を示し、また配列番号6のsiRNAの場合、コントロールのsiRNAに対して1.75±0.25倍の増加を示した。
【0156】
また、インテグリンβ5の発現抑制には2種のsiRNA(配列番号7および8)を用いたが、ELISAで計測したII型コラーゲンの産生は配列番号7のsiRNAの場合、コントロールのsiRNAに対して1.68±0.15倍の増加を示し、配列番号8のsiRNAの場合、コントロールのsiRNAに対して1.75±0.33倍の増加を示した。
【0157】
以上の結果から、インテグリン遺伝子発現抑制物の投与により、軟骨マトリックスの産生を維持することが可能になることが明らかとなり、該インテグリン遺伝子発現抑制物はヒト軟骨細胞形質維持剤の有効成分としての効果が期待できる。
【0158】
実施例4 インテグリンの発現抑制に伴う細胞の形状の変化
関節軟骨細胞は軟骨基質から単離して単層培養により維持されると速やかに細胞の形状に変化が生じ、本来の球状の形態を失って線維芽細胞様の細長く扁平な形状となる。この形状の変化は細胞の表現型の変化と同期して生じることが知られており、単なる形態の変化にとどまらず細胞の機能的な変化と密接な関連があるものと考えらている。細胞の形状の変化にも細胞−マトリクス間の接着がインテグリンを介して影響することは広く知られた事実である。このため、単層培養開始後の軟骨細胞の形状の変化がインテグリンの発現抑制によって、特にインテグリンαvまたはインテグリンβ5の発現抑制によってどのように変わるかを検討した。
【0159】
この実験では、インテグリンαvまたはインテグリンβ5の発現抑制によって単層培養開始後の軟骨細胞の形状の変化は顕著に抑制されるという結果が得られた。インテグリンαv、インテグリンβ5のそれぞれ2種のsiRNA(配列番号4、6および7,8)を導入して細胞の形状の変化をコントロールsiRNA(配列番号9)を導入した細胞と比較したところ、インテグリンαvまたはインテグリンβ5の発現を抑制した細胞では細胞の扁平化が抑制され、本来の球状の形状がよく保たれる傾向が明らかに観察された。
【0160】
この知見から、インテグリンαvまたはインテグリンβ5は、軟骨細胞の脱分化の過程における細胞の形状の変化をひきおこす大きな要因であることが明らかとなった。従って、インテグリン遺伝子発現抑制物の投与により、軟骨細胞の脱分化を抑制(軟骨形質を維持)するができ、インテグリン遺伝子発現抑制物がヒト軟骨細胞形質維持剤の有効成分として使用できることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0161】
【図1】実施例1において、インテグリンβ1に対するsiRNA(配列番号3およびCat. No. SI00300573のRNA配列)を導入したヒト軟骨細胞を培養した際に、インテグリンβ1の発現量(GAPDHに対する相対値として表示)を測定した結果である。なお、図中、intは、インテグリンの略である。以下の図2〜5も同様である。
【図2】実施例1において、インテグリンβ1に対するsiRNA(配列番号3およびCat. No. SI00300573のRNA配列)を導入したヒト軟骨細胞を培養した後に、該細胞内におけるII型プロコラーゲンの発現量(左図)、アグリカンの発現量(中図)、およびIII型プロコラーゲンの発現量(右図)を測定した結果である。なお、図中、いずれの発現量もGAPDHに対する相対値として表示する。
【図3】実施例1において、インテグリンα5に対するsiRNA(配列番号1または配列番号2のRNA配列)を導入したヒト軟骨細胞を培養した後に、該細胞内におけるIII型プロコラーゲンの発現量(GAPDHに対する相対値)を測定した結果である。
【図4】実施例1において、インテグリンαvに対するsiRNA(配列番号4−6のRNA配列)を導入したヒト軟骨細胞を培養した後に、該細胞内におけるII型プロコラーゲンの発現量(左図)、アグリカンの発現量(中図)、およびIII型プロコラーゲンの発現量(右図)を測定した結果である。なお、図中、いずれの発現量もGAPDHに対する相対値として表示する。
【図5】実施例1において、インテグリンβ5に対するsiRNA(配列番号7または8のRNA配列)を導入したヒト軟骨細胞を培養した後に、該細胞内におけるII型プロコラーゲンの発現量(左図)、アグリカンの発現量(中図)、およびIII型プロコラーゲンの発現量(右図)を測定した結果である。なお、図中、いずれの発現量もGAPDHに対する相対値として表示する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インテグリン遺伝子発現抑制物を有効成分とすることを特徴とする、ヒト軟骨細胞形質維持剤。
【請求項2】
以下の(a)および/または(b)の作用を有する、請求項1に記載のヒト軟骨細胞形質維持剤:
(a)I型コラーゲン遺伝子および/または、III型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する、
(b)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させる。
【請求項3】
インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンα5β1、インテグリンαvβ5、およびインテグリンαvβ3よりなる群から選択される少なくとも1種のインテグリンの生成を抑制するものである、請求項1または2に記載のヒト軟骨細胞形質維持剤。
【請求項4】
インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子に対するsiRNAである、請求項3に記載のヒト軟骨細胞形質維持剤。
【請求項5】
インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンα5β1の生成を抑制するものである、請求項3のヒト軟骨細胞形質維持剤。
【請求項6】
インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンα5遺伝子に相補的配列である、配列番号1または2で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、および/またはインテグリンβ1遺伝子に相補的配列である、配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドである、請求項5に記載のヒト軟骨細胞形質維持剤。
【請求項7】
インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンαvβ5の生成を抑制するものである、請求項3のヒト軟骨細胞形質維持剤。
【請求項8】
インテグリン遺伝子発現抑制物が、インテグリンαv遺伝子に相補的配列である、配列番号4〜6のいずれかに示される塩基配列からなるポリヌクレオチド、および/またはインテグリンβ5遺伝子に相補的配列である、配列番号7または8で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドである、請求項7のヒト軟骨細胞形質維持剤。
【請求項9】
以下の(i)〜(iv)のいずれかの作用を有する、請求項1乃至8のいずれかに記載のヒト軟骨細胞形質維持剤:
(i)インテグリン遺伝子の発現を抑制するか、またはインテグリンのシグナル伝達を抑制することにより、軟骨変性(軟骨細胞の脱分化)の進行を抑制する、
(ii)軟骨細胞の分化を維持する、
(iii)変性軟骨を正常軟骨組織に修復する、
(iv)軟骨形質の蛋白質を維持する、
(v)軟骨形質遺伝子発現を維持(軟骨細胞の分化維持)する。
【請求項10】
単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に投与される、請求項1乃至9のいずれかに記載のヒト軟骨細胞形質維持剤。
【請求項11】
軟骨マトリックス遺伝子発現調整剤である、請求項1乃至10のいずれかに記載のヒト軟骨細胞形質維持剤。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれかに記載のヒト軟骨細胞形質維持剤と軟骨細胞とを共存させて培養することにより、増殖した軟骨細胞を得ることを特徴とする軟骨細胞の増殖方法。
【請求項13】
軟骨細胞の増殖と共に軟骨マトリックス分子が増加した軟骨細胞を得ることを特徴とする、請求項12に記載の軟骨細胞の増殖方法。
【請求項14】
増殖した前記軟骨細胞が、軟骨細胞移植に用いるためのものである、請求項12または13に記載の軟骨細胞の増殖方法。
【請求項15】
前記軟骨細胞移植が、自家軟骨細胞移植である、請求項14に記載の軟骨細胞の増殖方法。
【請求項16】
請求項1乃至11のいずれかに記載のヒト軟骨細胞形質維持剤を、単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に添加することを特徴とする、ヒト軟骨細胞形質維持方法。
【請求項17】
以下の(vi)〜(x)のいずれかに記載の方法である、請求項16に記載のヒト軟骨細胞形質維持方法:
(vi)インテグリンの発現を抑制するか、またはインテグリンのシグナル伝達を抑制することにより、軟骨変性(軟骨細胞の脱分化)の進行を抑制する方法、
(vii)軟骨細胞の分化を維持する方法、
(viii)変性軟骨を正常軟骨組織に修復する方法、
(ix)軟骨形質の蛋白質を維持する方法、
(x)軟骨形質遺伝子発現を維持(軟骨細胞の分化維持)する方法。
【請求項18】
以下の(1)〜(5)の工程を含む、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング方法:
(1) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に候補物質を添加する工程、
(2) 候補物質存在下および非存在下におけるインテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現の程度を測定する工程、
(3) 前記工程(2)において、前記遺伝子発現を抑制した候補物質について、さらに工程(1)の培養液においてI型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現の程度を測定する工程、
(4) 前記工程(3)において、以下の(a)および/または(b)の作用を有する物質を、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質として選択する工程:
(a)I型コラーゲン遺伝子および/またはIII型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する、
(b)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させる。
【請求項19】
以下の(1)〜(5)の工程を含む、軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質のスクリーニング方法:
(1) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液に候補物質を添加する工程、
(2) 候補物質存在下および非存在下におけるインテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現の程度を測定する工程、
(3) 前記工程(2)において、前記遺伝子発現を抑制した候補物質について、さらに工程(1)の培養液においてI型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現の程度を測定する工程、
(4) 前記工程(3)において、以下の(a)および/または(b)の作用を有する物質を、ヒト軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質として選択する工程:
(a)I型コラーゲン遺伝子および/またはIII型コラーゲン遺伝子の発現を抑制または維持する、
(b)II型コラーゲン遺伝子および/またはアグリカン遺伝子の発現を上昇または維持させる。
【請求項20】
少なくとも以下の(a)〜(e)のコンポーネントを含む、ヒト軟骨細胞形質維持作用を有する物質のスクリーニング用キット:
(a) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液、
(b) インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(c) 各I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(d) PCR反応試薬、
(e) 上記各遺伝子発現検出用試薬。
【請求項21】
少なくとも以下の(a)〜(e)のコンポーネントを含む、軟骨マトリックス遺伝子発現調整作用を有する物質のスクリーニング用キット:
(a) 単層を形成したヒト軟骨細胞の培養液、
(b) インテグリンα5遺伝子、インテグリンαv遺伝子、インテグリンβ1遺伝子、インテグリンβ3遺伝子、およびインテグリンβ5遺伝子よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(c) 各I型コラーゲン遺伝子、II型コラーゲン遺伝子、III型コラーゲン遺伝子、およびアグリカン遺伝子の発現測定用プライマー対またはプローブ、
(d) PCR反応試薬、
(e) 上記各遺伝子発現検出用試薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−308461(P2007−308461A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−142147(P2006−142147)
【出願日】平成18年5月22日(2006.5.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年11月21日 インターネットアドレス「http://www./oarsi.org/」に発表
【出願人】(504136993)独立行政法人国立病院機構 (37)
【出願人】(000206956)大塚製薬株式会社 (230)
【Fターム(参考)】