説明

ビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶とその製造方法

【課題】ガーネット単結晶の厚みを550μm未満に抑えてLPE法での育成を可能にすると共に、単体で45度の回転角を有し、絶対値で温度特性0.030度/℃以下を実現するガーネット単結晶とその製造方法の提供。
【解決手段】波長1.3μm帯域用で、格子定数を12.482Å以上且つ12.484Å以下の範囲とし、ファラデー回転角45度、温度特性が絶対値で0.030度/℃以下の単体からなるビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶を製造する。その製造方法としては、格子定数が12.482Å以上且つ12.486Å以下の範囲の非磁性ガーネット結晶基板上に、LPE法によって12.482Å以上且つ12.484Å以下の範囲の格子定数のビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶を育成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ファラデー効果を利用した光アイソレータ及び各種センサ等に用いるガーネット単結晶に関するものであり、詳しくは、ビスマス(Bi)置換型のテルビウム(Tb)−鉄(Fe)−ガーネット単結晶に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光源を半導体レーザとする光応用機器において、光コネクタ等の端面からの反射光が光源の半導体レーザに戻ると、発振モードに変化が生じノイズの原因となる。この戻り光を阻止するために光アイソレータが使用されている。波長約1.3μm用のファラデー回転子には、従来からFZ法により作製されたバルク型YIG単結晶が使用されてきたが、製造コストが非常にかさむことと、製造工程が複雑なため、近年は、LPE(液相エピタキシャル)法により育成された低コスト、高性能のファラデー回転子が考案されている。
【0003】
ファラデー回転子に求められる条件としては、光アイソレータ機能として必要なファラデー回転角45度を実現可能なことと、周囲環境温度が変化しても、ファラデー回転角の温度依存が小さいことが挙げられる。
【0004】
光アイソレータが使用又は設置される環境の温度は、光アイソレータの使用システムや地域、或いは、目的によって変わるため一概には言えないが、厳しい環境として、-40℃以上85℃以下の範囲が設定される。一方、現在の光アイソレータのアイソレーションとしては30dB以上が要求されるケースもある。従って、温度条件とアイソレーションとを考慮し、光アイソレータの組立温度を23℃として、30dBのアイソレーションを満足させるためには、この温度範囲でのファラデー回転角の変化が±1.8度、言い換えれば温度1℃当たりのファラデー回転角の変化幅(以下、温度特性と記す)が絶対値でおよそ0.030度/℃以下でなければならない。
【0005】
光アイソレータが、制御されていない環境下で使用される場合や、光吸収による熱が問題となる場合には、ファラデー回転子の温度特性はより低いものが要求される。そこで、45度のファラデー回転角を得ながらファラデー回転角の温度依存の改良に関して、特許文献1に示すように、ホスト希土類元素にTbを用いたビスマス置換型のTb−Fe−ガーネット単結晶(以下、必要に応じて単に、ガーネット単結晶と記す)によって温度依存が非常に小さいファラデー回転子が開示されている。
【0006】
【特許文献1】特公平03−69847号公報(第2−5頁、第1図)
【0007】
特許文献1では、波長1.3μm帯域においては格子常数12.438Åの非磁性サマリウム・ガリウム・ガーネット基板{111}上に、Tb含有量x:2.6で格子常数12.461Åのガーネット単結晶を育成したものが、最もファラデー回転係数の変化率が低く温度依存性が良いことが示されている。文献1には、850μmのガーネット厚さで45度のファラデー回転角を有することが示されており、変化率を1℃当たりのファラデー回転角の変化角度に直すと、25℃当りの変化率は絶対値で0.0054度/℃が最も低く、温度特性が良いことが分かる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、ファラデー回転子はその温度特性を減少させると、所望のファラデー回転角が得られるガーネット単結晶の厚みが増加してしまい、結晶育成が困難になってしまう。現在、ガーネット単結晶製造方法の主流はLPE法である。ここで簡単にLPE法を説明すると、まず白金坩堝に、ガーネット成分を酸化鉛と酸化ホウ素、及び、酸化ビスマスからなる融剤成分に溶解させ、ガーネット単結晶成長用の融液を形成する。次いで、融液の温度を降下させて過飽和状態に保つ。この状態の融液に基板を接触させると、融液から基板にガーネット単結晶が成長する。
【0009】
LPE法では成長するガーネット単結晶の厚みが増加するのに従い、単結晶の特性が劣化するという問題がある。現状では成長するガーネット単結晶の厚みが550μmを超えると、結晶欠陥が著しく増加するため、成長させる厚みは一般的に550μm程度が限度である。よって、前記特許文献1に記載されている850μmの厚みは現実には製造不可能であった。
【0010】
これに対し、45度のファラデー回転角よりも小さなファラデー回転角を持つガーネット単結晶を複数組み合わせることにより45度のファラデー回転角を得るファラデー回転子が考案されている。しかし、複数のガーネット単結晶を光入射方向に沿って位置を調整しなければならないため、その分工程数が増加する。更に、調整位置のずれや、光学素子数の増加により、特性の低下や製造コストの増加を招くという問題がある。
【0011】
本発明は前記各課題に鑑みてなされたものであり、育成するガーネット単結晶の格子定数を12.482〜12.484Åに設定することで、ガーネット単結晶の厚みを550μm未満に抑えてLPE法での育成を可能にすると共に、単体で45度の回転角を有し、絶対値で温度特性0.030度/℃以下を実現するガーネット単結晶とその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の請求項1記載の発明は、波長1.3μm帯域用で、単体からなる12.482Å以上且つ12.484Å以下の格子定数を有し、ファラデー回転角45度、温度特性が絶対値で0.030度/℃以下であることを特徴とするビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶である。
【0013】
又、本発明の請求項2記載の発明は、格子定数が12.482Å以上且つ12.486Å以下の非磁性ガーネット結晶基板上に、LPE法によって波長1.3μm帯域用で単体からなる12.482Å以上且つ12.484Å以下の格子定数を有するビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶を育成することを特徴とする、ビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明に依れば、波長1.3μm帯域において、単体で45度の回転角を有しながら、温度特性が絶対値で0.030度/℃以下と優れたガーネット単結晶が得られる。従って、従来の波長1.3帯域用のガーネット単結晶と比較して、一層環境温度の変化に対して回転角が影響を受けにくく特性の安定したガーネット単結晶が実現可能となる。更に、単体で45度の回転角を得られるので、光アイソレータへ搭載時の工程数の減少と部品点数の削減により光アイソレータの低コスト化が図れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
<本発明の実施形態>
以下に、本発明の実施形態を説明する。融剤として酸化鉛(PbO)、酸化ホウ素(B2O3)、酸化ビスマス(Bi2O3)を、又、酸化物ガーネットエピタキシャル膜を形成させる金属酸化物として、ガーネット原料の酸化テルビウム(Tb4O7)、酸化ビスマス(Bi2O3)、及び酸化鉄(Fe2O3)の各粉末を混合して白金坩堝内に入れて加熱溶融する。
【0016】
900℃以上で加熱溶融し十分に撹拌して均一に混合したのち、この溶融液の液面に、直径50mm、厚さ0.5mmで格子定数12.484Åで、組成(GdCa)3(GaMgZr)5O12を持つ面方位{111}の非磁性ガーネット結晶基板(以下、SGGG基板という)を浸し、LPE法によって前記{111}面上に、ビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶を810℃、大気雰囲気中で育成させた。
【0017】
育成したガーネット単結晶の厚みは約540μmであった。又、育成されたガーネット単結晶の結晶格子定数は、SGGG基板の格子定数と溶融液の組成に依存し、12.483Åであった。この格子定数を有するTb3-xBixFe5O12(x=0.7〜0.75)で示される組成のガーネット単結晶のSGGG基板を除去し、530μmの厚さまで研磨し、両面に無反射コート膜を蒸着した。そのガーネット単結晶に関して、ファラデー回転角と波長1.31μmに対する-20〜+80℃範囲内での1℃当たりのファラデー回転角の変化量(温度特性)を測定したところ、図1に示すような結果が得られた。図1中の温度特性は波長1.31μmに対するファラデー回転角45度のガーネット単結晶における-20〜+80℃範囲内での1℃当たりのファラデー回転角の変化量を示したものである。温度と共にファラデー回転角が増大する場合は+、減少する場合は-の符号で表す。
【0018】
図1から分かるように、波長1.31μmでガーネット単結晶の格子定数12.483Åにおいて、温度特性-0.030度/℃以下が得られた。更に、単体のガーネット単結晶で45度のファラデー回転角を550μm以下の厚さで実現することが出来た。
【0019】
同様に、研磨後の厚さ530μm,格子定数12.482Åのガーネット単結晶の評価試験を行ったところ、温度特性-0.024度/℃,ファラデー回転角45.845度が得られた(回転係数865度/cm)。更に、格子定数12.484Åのガーネット単結晶の評価試験を行ったところ、温度特性-0.028度/℃,ファラデー回転角49.025度が得られた(回転係数925度/cm)。
【0020】
以上から、波長1.31μmでガーネット単結晶の格子定数12.482Å以上且つ12.484Å以下の範囲において、温度特性-0.030度/℃以下が得られると共に、単体のガーネット単結晶で45度のファラデー回転角を550μm以下の厚さで実現することが可能であると裏付けられた。従って、環境温度の変化に対してファラデー回転角が影響を受けにくく安定な特性が得られるガーネット単結晶が実現可能となる。更に、本実施の形態のガーネット単結晶は、単体で45度の回転角を得られるので、光アイソレータへ搭載時の工程数の減少と部品点数の削減により光アイソレータの低コスト化が図れる。なお、前記ガーネット単結晶を、Tbの一部を他の希土類元素に置換した組成に変更しても良い。
【0021】
<第1の比較例>
次に、上記実施の形態に対する第1の比較例を示す。なお、前記各実施形態と同一箇所の説明は重複するので、適宜省略する。融剤及び金属酸化物の原料は前記各実施形態と同一のものを用い、溶融液の組成範囲も前記各実施形態と同一である。
【0022】
加熱溶融、撹拌して均一に混合したのち、溶融液の液面に、直径50mm、厚さ0.5mmで格子定数12.470Åで、組成(GdCa)3(GaMgZr)5O12を持つ面方位{111}のSGGG基板を浸し、LPE法によって前記{111}面上に、ビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶を810℃、大気雰囲気中で育成させた。
【0023】
育成したガーネット単結晶の厚みは約540μmであった。又、育成されたガーネット単結晶の結晶格子定数は12.470Åであった。次にSGGG基板を除去し、470μmの厚さまで研磨し、両面に無反射コート膜を蒸着した。そのガーネット単結晶に関して、ファラデー回転角と波長1.31μmに対する-20〜+80℃範囲内での温度特性を測定した。その結果、回転係数は約500度/cm、ファラデー回転角は23.5度で、その温度特性は+0.01度/℃であった。
【0024】
この温度特性:+0.01度/℃は、0.030度/℃を上回る結果であったものの、ファラデー回転角が45度に全く及ばないため、550μm以下のガーネット単結晶が少なくとも2枚必要である。
【0025】
<第2の比較例>
次に、上記実施の形態に対する第2の比較例を示す。なお、前記各実施形態と同一箇所の説明は重複するので、適宜省略する。融剤及び金属酸化物の原料は前記各実施形態と同一のものを用い、溶融液の組成範囲も前記各実施形態と同一である。
【0026】
加熱溶融、撹拌して均一に混合したのち、溶融液の液面に、直径50mm、厚さ0.5mmで格子定数12.4865Å以上且つ12.487Å以下で、組成(GdCa)3(GaMgZr)5O12を持つ面方位{111}のSGGG基板を浸し、LPE法によって前記{111}面上に、ビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶を810℃、大気雰囲気中で育成させた。
【0027】
育成したガーネット単結晶の厚みは約540μmであった。又、育成されたガーネット単結晶の結晶格子定数は12.485Åであった。次にSGGG基板を除去し、470μmの厚さまで研磨し、両面に無反射コート膜を蒸着した。そのガーネット単結晶に関して、ファラデー回転角と波長1.31μmに対する-20〜+80℃範囲内での温度特性を測定した。その結果、回転係数は約950度/cm、ファラデー回転角は44.7度で、その温度特性は-0.031度/℃であった。
【0028】
この温度特性:-0.031度/℃は、本発明のガーネット単結晶の波長1.3μm帯域での温度特性0.030度/℃を下回る結果であった。
【0029】
以上の第1及び第2の比較例より、波長1.3μm帯域用のガーネット単結晶の厚みをLPE法での育成可能上限である550μm未満に抑えて、なおかつ単体で45度の回転角を有し、絶対値で温度特性0.030度/℃以下を実現するガーネット単結晶を作製するためには、格子定数を12.482Å以上且つ12.486以下Å以下に設定されたSGGG基板を用いて、12.482Å以上且つ12.484Å以下のガーネット単結晶を育成することが望ましいと導き出される。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明によるガーネット単結晶は、ファラデー回転角の温度依存が小さく、低挿入損失であることから、光応用機器等の部材として利用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明のガーネット単結晶の波長1.31μmにおける温度特性(度/℃)グ ラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
波長1.3μm帯域用で、単体からなる12.482Å以上且つ12.484Å以下の格子定数を有し、ファラデー回転角45度、温度特性が絶対値で0.030度/℃以下であることを特徴とするビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶。
【請求項2】
格子定数が12.482Å以上且つ12.486Å以下の非磁性ガーネット結晶基板上に、LPE法によって波長1.3μm帯域用で単体からなる12.482Å以上且つ12.484Å以下の格子定数を有するビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶を育成することを特徴とする、ビスマス置換型テルビウム−鉄−ガーネット単結晶の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−302490(P2007−302490A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−130922(P2006−130922)
【出願日】平成18年5月10日(2006.5.10)
【出願人】(000240477)並木精密宝石株式会社 (210)
【出願人】(000208857)第一電通株式会社 (5)
【Fターム(参考)】